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「深大寺の幽霊」著者:一月

 その寺の裏通り佇んでいた幽霊に会ったのは梅雨の頃だった。
 その日私は、深大寺南町にある叔父宅の留守番をする事になっていた。
 深大寺に来るのは十二年ぶりの中学生以来で、懐かしさが込み上げる。それで私は夕刻になってから散歩に出掛ける事にしたのだった。
 ところが、道に迷った。
 確か深大寺本堂前の通りを抜け、そのまま武蔵境通りを越え、緑の多い住宅街、季節は六月だったので、花盛りの紫陽花を楽しみながら歩いていたのだが、気が付けば道が分からなくなっていた。二十五歳にあるまじき失態をしでかしてしまい、あげくに頼りの携帯も家に置いて来てしまったから困った。
 薄暮を過ぎ、いよいよ夜の暗さが辺りに降りて来ると、近年体験しない暗さになった。
 というのも、まったく街灯がないのだ。
 灯りのなさに心細くなりながら、どこかとんでもない方向へと連れて行かれるのではないかと不安になる。
 だけど心配とは裏腹に、道は見覚えのある場所へと繋がっていた。
 そう、ここは深大寺本堂の裏手の道だ。
 ようやっと頭の中に自分の現在地が浮かぶ。
 ここからなら家まであともうちょっとだ。
 ほうっと安堵の息を吐き出して、(家に帰れる…)と緩んだ顔を上げると、その家へと抜ける細道がこれまでの比でなく真っ暗である事に気付いて閉口する。
「………」
 人とすれ違えば、軽く会釈しなくては気まずいほどの細い小道である。
 両側には鬱蒼とした雑木林があり、まるで道を覆わんとするばかりに迫り出している。
 私は唾を飲み込む。
 一度引き返して、そば屋などの並ぶ本堂の表通りへ出ようかと思ったが、もう歩き続けてかれこれ四時間が過ぎている。
 この暗い細道さえ抜けてしまえば、ベタつく汗を流すお風呂も、バスに乗る前に吉祥寺駅で購入した惣菜の夕飯も待っている。
 ええい、行ってしまえ、と私は思い切った。
 そして踏み出すや暗闇。背後に光。
 六月の湿気た風に樹々がざわめき、思わずして鳥肌が立ち、肩が持ち上がる。だが、怖気ている自分に知らん顔をして進む。
(もう、なんでどこもそこもこんなに暗いんだろう…。ここは都内でしょう…)
 誰とも会いませんようにと祈りながら、中盤辺りに差し掛かった時だった。
 緩やかなカーブの切れ目に、横を向いた男が、夜空を仰いでぽつんと立っているのが見えたから、心臓を掴まれた。
 なぜって、その若い男は場違いに着物を纏い、憂いた横顔、宵の下で見るにまさに”幽霊”だったからである。
(つ、ついに見てしまっ…)
 と、愕然とし、背筋に冷たいものを走らせるが、私は慌てて顔を振るった。
 いやいや、待て待て。幽霊だのどうだのなんて、今この場合、問題ではない。というか、怖いから問題にしない。
 問題は、どうであれ、あれの傍をすり抜けなければ帰宅が出来ないという事である。
(回り道…、しようかな…)
 幸い向こうは私に気付いていない。こんな暗闇に着物姿で佇んでいる男など、詳細不問で避けるべきである。
 しかし、私はもう疲れ切っていた。
 ここを通ればもう家なのだと思うと、なかなか引き返す気持ちになれない。
 それで暗がりに佇む着物の男を見ていたのだが、彼の遠い目や、ひどくくたびれた表情を眺めていると、徐々に心配になって来た。
 芥川か、太宰か。着ているもののせいで、まるで不調に追い詰められた作家のようだ。まさか木を見上げてよからぬ事を考えているのではないだろうな…、と頭に過ぎると、私はしばし悩んだ末、自分でも驚くのだが、声を掛けるという結論を出したのだった。
「あ、あの…、どうかされましたか?」
 少々離れた位置から恐る恐ると声を掛けられ、着物の男がぴくりと反応する。
 上を見仰ぐのを止め、ひどく緩慢な動作でこちらに振り返る。
 そして、私の姿を見止めるなり、「ああ、見つかってしまった」というような残念そうな表情をしたのだった。
 私が(やはり幽霊…)と息を呑む間に、着物の男はそんな表情を引っ込めた。そして、代わりに困ったような笑みを作ると、こちらに身体の向きを変え、口を開いた。
「やあ…、驚かせてしまったみたいですみません。ちょっと考え事をしていたのです」
 まともな受け答えが返って来て、私はきょとんとする。と、着物の男が小首を傾ぐ。
「しかし、ここなら誰もいないと思ったのですが、この暗い道が怖くなかったのですか?」
 予想外に話を振られてしまった私は慌てる。「え?えっと…怖かったんですけど、早く帰りたくって。でも歩いて来た道もぜんぜん街灯がなくて暗かったんです。都内なのに…」
 と、地元の人であろうのに、失礼な一言を漏らしてしまい、私はハッと口を閉じた。
 気まずそうにしていたら、話の続きを待っていた着物の男は、ある拍子に「ああ」と一人合点すると、にっこりとした。
 私の背後を指で示す。
「あちらへずっと行った先にに天文台があるのをご存知ですか?ここいらは星がよく見えるよう、光が制限されて街灯を少なくしているのです。暗くて驚かれたでしょう」
 どうも気を遣われたと分かって私は恐縮する。男は、街灯の代わりに足元の照明を多く置いていると付け加え、
「でもここに長くいると慣れてしまうものですよ。暗闇も楽しいものです。ここいらの暗さは昔から変わりません」
 と、長い事小道にいた風な事をいうので、やっぱり幽霊なのかしらと私は思う。
 男の穏やかな口調と小道の暗闇、歩き回った疲れにぼんやりとして、私は次第に現実感がなくなって来た。この着物の男をどう捉えていいか分からなくなって、眉を困らせる。
「…さっきの昔からって…、昔の深大寺ってどんな所だったんです?」
 場つなぎの小さな質問に、暗闇の中で男が袖を揺らし、「ふうむ」とあごを撫ぜたのが分かる。
「お寺は江戸の頃からもうありましたけど、周辺には本当に何もありませんでした。野原や畑ぐらいでしょうか」
「…畑ってやっぱりおそば?」
 私がちょこんと口を挟むと、男は頷く。
「ええ、そうです。そばは稲の代わりです。元々ここらは米を作るには向かない土地なのですよ」
 それを聞いて意外に思った。なぜならここは湧水に恵まれた場所でなかったか。そう、深大寺本堂の隣にだって深沙大王という水神を祀ったお堂があったはずだ。
 水といえば田んぼなのになぜ、と、私が考え込んでいると、ふいに男の声がした。
「ほら、湧き水は冷たいでしょう?米を作るためには溜池を作って一度温めなくてはいけなかったのですよ」
 冷たい清水は、茹で上がったそばを晒すのには具合がよいのですけれどね、と男は笑う。
 心を読まれてしまった私は呆気に取られる。
 以降も男は私の呟きや問いをよく察して、深大寺界隈の歴史や民話などを話してくれた。
 まるで久しぶりに人と話したみたいに、嬉しそうに話す彼の様子に、私も知らずの内に軽く微笑んでいて、そして暗い小道が怖くなくなっていた。
 私達はいつの間にか三鷹通り方面へと歩き出していて、明るい道路が見えた所で男は暗闇に立ち止まり、「では、気を付けて」と私を明るい通りへと送り出した。そして元来た道へと消えて行ったのだった。

 不思議な体験をし、叔父宅の留守番を無事に終えた私は、あれは幽霊だったのか、なんだったのかとしばらく気になっていたのだが、ある日、ひょんな所から答えを貰う事になる。
 私の叔父は深大寺観光の広報を手伝っていて、「お前、散策したのならちょっと感想を頼まれてくれないか」と呼ばれたのだ。
 そして再び叔父宅を訪れた時、なんと、居間にYシャツを着たあの男が、広報担当として座っていたのである。
 お互いに驚き、広報担当、だから詳しかったと理解した時、私は思わず笑ってしまった。
「あの時、なんで着物姿だったんですか?」
 現代着の彼に尋ねるとぎくりと肩を揺らしてまずそうにしたが、やがて「やあ、実は…」と降参して教えてくれた。
 要は毎年恒例の夏の広報を書くのに詰まってしまい、気分を出すために浴衣を着て徘徊していたらしい。しかし先取りし過ぎた夏の様相にも、半ばやけくその打開策にも自ずと恥ずかしさはあったようで、明るい所には出られず、真っ暗なあの道にずっといたのだそうだ。
「そうだったんですか」
 叔父が居間へと戻って来ると、照れ入る彼と、笑っている私の様子にきょとんとする。
 が、取り直して取材を始める事にしたらしい。機嫌のいい叔父がさっそく私を指差す。
「いやなに。この子がこっちに来た時、郷土史にやたら詳しい奴に会ったらしくてな。一緒に歩いたのがえらい楽しかったって何度も俺に話すんだよ」
 第三者の感想を交えて作る郷土史案内マップなんて面白いだろう、と張り切る叔父。
 はたとする彼に、今度は私が照れて赤くなる番だった。

一月(東京都練馬区/34歳/女性/自営業)