<第6回応募作品>「計画を立てたならデートあるのみ」 著者:渡邉 博之
ふかふかふか。
靴底を押し返してくるようなこの弾力、何だか心地よい気分になる。
今、僕は、近くに流れるせせらぎを見ながら落ち葉で敷き詰められてできた自然の絨毯の上を一人歩いている。神代植物公園の中にそれはある。
絨毯の両側には、あずきなし、しらかし、アベマキ、シナノキ。そんな聞いたことがない木の名前が書かれた茶色のプレートがそれぞれの木に付けられている。
春とはいえ強い日差しが、見上げるほど高い位置に生い茂る高木の緑葉に遮られて涼しげな空間を作っている。僕はかぶっていたグレーの野球帽を取った。さわやかな風が汗で少し濡れた髪を通り抜けひんやりとして気持ちよかった。
この公園も使えるな。僕は、歩きながらそう思った。
三日後に約束している彼女とのデートのために僕は、下見をしているのだ。彼女は、成瀬彩夏さんという。彼女とは言ったのもの友達の域を出るか出ないかのあいまいな関係だ。今度の三度目のデートで僕は、一気に彼氏への昇格を狙っている。
彼女とは、男友達に数合わせで誘われた合コンで初めて出会ったのだが席が隣だったことが幸いしお互い映画の話で盛り上がり翌週の映画デートにつなげることが出来た。そのデートは、彼女がリクエストしたアクション映画を観たので終始いい雰囲気で進んだ。その後、また次の約束が出来たのだからこのデートは成功したということだ。
彼女は、色白でショートカット、スキニージーンズがよく似合う僕好みの女の子だった。僕は、彼女の無邪気な笑顔に一瞬にして心をつかまれた。
今回、蕎麦をデートコースにからめようと思ったのは、前回の映画デートの帰りに彼女が蕎麦好きだと知ったからだ。新蕎麦の時期に長野へ蕎麦を食べに行くというのがここ数年の定番行事となっているそうだ。よほどの蕎麦好きなのだろう。そんな彼女の舌を満足させる蕎麦を食べさせることが出来たなら昇格がぐっと近づくであろう。しかしそれには問題があった。僕には、蕎麦屋にわざわざ行って蕎麦を食べるという文化がない。せいぜい駅の立ち食い蕎麦をかき込むぐらいなのだ。
そんな僕が、無謀にも蕎麦をからめたデートを計画しよう決めたのだ。彼女に喜んでもらいたくて。
そう決めてから僕は、本屋でガイドブックを見たりネットで検索したり友人に聞いたりと出来る限り情報収集に努めた。
そして僕は、深大寺の蕎麦が歴史があり有名であることを知った。さらに周辺の様子を調べると神代植物公園があることを知った。これなら蕎麦だけでなく自然の中でリラックスしたデートが出来ると思った。
そんな流れで今日の下見を迎えた。
公園の下見を終えるとお目当ての蕎麦屋である喜楽庵に立ち寄りもり蕎麦を食した。程よい腰の強さで噛みごたえがあり蕎麦とはこういうものなのかと思った。日曜日と言うこともありかなりの行列ができていて待たされたがこの味なら許せる。そして最後に蕎麦粉を使ったまんじゅうを頼んだ。このまんじゅうは、ネットからクーポン券を印刷し持って行くと無料で食べることができる。これもまた甘さ控えめで一口大なので量的にもちょうどよくとってもおいしかった。きっと甘党の彼女も気に入ってくれるだろう。
思い通りの下見ができた。あとは、本番を迎えるのみだ。
三日後、いよいよその日が来た。降水確率五十パーセントと言う微妙な天気予報が出ていたが朝起きた時点ではまだ雨は持ちこたえていた。
僕たちは、新宿駅近くのコンビニで待ち合わせた。店内で立ち読みをしていた僕の背中越しに「おはよう」という彼女の声が聞こえてきた。振り向くと彼女は、ニコッとほほ笑み僕を見ていた。
「おはよう」
僕も思わず笑みがこぼれた。
彼女は、白い帽子をかぶり細身のジーンズをはきTシャツにカーディガンを羽織りストローバックを右手に持っていた。バックから折り畳み傘の柄の部分が少しのぞいていた。
「天気何とか持つといいね」
そんなことをお互い話しながら新宿駅に向かった。
「達也君は、深大寺行ったことあるの?」
「あっあるよ」
「最後に行ったのはいつ頃?」
「うーん。去年かな」
とっさに僕は、嘘をついた。デートの下見をしたなんて恥ずかしくて言えなかったし深大寺を最近知ったことも何となく隠したかったから。
「そっかー。私、深大寺、久しぶりだから楽しみだよ。今日は、どのお蕎麦屋さんに行くの?」
「喜楽庵」
「えっほんと?あそこおいしいよね。私好きだよ。あっクーポン券持ってきた?」
「うん。まんじゅうのでしょ?」
「そう。あれクーポン券持って行けばただだもんね」
彼女は、とっても嬉しそうな表情をした。
彼女は、どうやら僕より詳しいようだ。
京王線に乗り調布駅で降りた。そこから深大寺行きの路線バスに乗ってもよいのだがあえて歩いた。三十分弱。僕たちは、たわいもない話で盛り上がった。いい雰囲気のまま住宅街や畑を抜けると緑豊かな深大寺の入り口に着いた。
まずは、計画通りあの絨毯へと向かった。
「ふかふかするねーおもしろーい」
彼女は、そう言って子供のようにスキップをした。とっても楽しそうだった。
次に公園内にあるバラ園を散策した。彩り豊かなたくさんのバラの花に彼女は引き込まれていた。一通り公園内を回った後、喜楽庵へ向かった。
さすがに平日と言うこともありすぐに店内へ入ることができた。
そして僕が席を座った時だった。
「すみません。もしかして日曜日にいらっしゃった方かしら?」
声の先には、お店のおばちゃんが立って僕を見ていた。
「はい?」
「クーポン券を出しておまんじゅうを食べたお客さんじゃないですか?その帽子この前もかぶってたでしょ?帽子だけ印象に残ってたもので」
僕は、まずいと思った。彼女に嘘をついたことがばれてしまう。確かに僕のことだがこのタイミングで何が言いたいんだ。僕は、少しいらだちを感じていた。
「いやねークーポン券をいただいたのにおまんじゅうの代金をいただいてしまったものですから。もしあなただったらお金をお返ししようと思って」
「あれ達也君今年は初でしょ?」
彼女が、聞いてきた。僕は正直に言うことにした。
「おばさんそれ僕です」
「やっぱりね。よかったわ会えて。今、お金持って来るわね」
彼女が、不思議そうに僕を見ていた。
「ごめん。実は、日曜日に下見に来たんだ。本当は、今日初深大寺なんだー」
気まずかった。
「そうなんだー。ありがとう」
彼女は、笑顔でそう言った。予想外の言葉だった。
「嘘ついてごめんね」
「気にしなくていいよ。私、うれしいし」
「そう言ってもらえると少し気持ちが楽になるよ」
「ねえ深大寺をデートコースに選んだ理由はなに?」
「それは、蕎麦を食べさせたかったのと公園があるからいいかなーと思って」
「なんだーそれだけかー。二人でお参りしたいのかと思った」
「お参り?」
「うん。深大寺は、縁結びのお寺でしょ。お蕎麦食べたら一緒にお参りしようね」
僕は、どうやら昇格できそうだ。にんまりしながらそう確信した。
渡邉 博之(静岡県沼津市/37歳/男性/会社員)