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<第6回応募作品>「雪模様」 著者:前山 尚士

 三日三時、深大寺にて待つ
 あかりからの年賀葉書に書いてあった文面に頭を抱える。これじゃぁ年賀状じゃなくて果たし状だ。中三にもなって、全体何を考えているんだか。
「いいじゃない、慎太郎。ちゃんとこうして2人で合格祈願に来れたんだから」
「そうだけどさ。家が隣同士だから結局同じバスで来たじゃん。深大寺で待つも無いだろ」
「ユーモアよ、ユーモア」
 僕とあかりのユーモアセンスには深くて大きな溝があるらしい。いくら幼馴染で似たような環境で育ったとは言え、こういうのは先天的な物のようだ。
「でもさ、お正月も3日だって言うのに、すごい人手ね。まさかお参りするのにこんなに並ぶなんて」
「だね」
 僕らは参拝客の列に並んでそのうんざりする長さに肩をすくめた。動き回っているならまだしも、こうやってじっと立っているだけだと余計に寒さが身に染みる。僕らは両の掌に何度も息を吐きかけて擦り合わせたり、その場で足踏みしたりして寒さをしのいだ。のろのろとしか進まない参拝の列がうらめしかった。ようやく表門をくぐって大きな香炉のところまでやって来たころには、僕らの体はすっかり冷えてしまった。もくもくと漂う線香の煙は涙腺や鼻の粘膜を刺激したが、冷えた体にはその温かさが有難かった。
「慎太郎、ちょっとは頭よくなるように、ちゃんとお線香の煙かぶっときなさいよ」
「あかりはついでに顔にもかけときな。ご利益で可愛くなるかもよ」
「結構です。私は元々可愛いですから」
 全く可愛くないことを言う。黙っていれば良家のご令嬢に見えなくもないのに。
 やっと賽銭箱の前までたどり着くと、僕らは財布から百円玉を1枚取り出して放り込んだ。競うようにして威勢良く鈴を鳴らす。勢いで危うく拍手を打ちそうになるのを押し留めて手を合わせ、目を閉じて受験合格を祈願する。お寺で拍手を打った日にゃあかりになんて言われるかわかったもんじゃない。危ない、危ない。もう頃合いだろうと思って目を開けると、あかりはまだ目をつぶって手を合わせていた。
 神妙な面持ちで祈るあかりの横顔に僕は見とれてしまった。
 この前あかりと深大寺に来たのは中二の夏だった。あの頃、僕はあかりのことが気になって仕方がなかった。それが恋なのかそうでないのか未だに自分でも分からない。
 結局僕らは幼馴染以上にも同級生以上にも進化することなく、時の流れのまま受験戦線へと突入した。今思うとこれが僕らのベストな距離で、あの頃の気持ちはしあわせな勘違いだったのかも知れない。そんな枯れた想いでいたのに、どうして今あかりの横顔にどきどきしてるんだろう。
 僕がひとり悶々としていると、ようやくあかりが目を開けた。
「百円ぽっちで長々とお祈りされても、神様も迷惑だろ」
「いいのよ、受験生なんだから」
「だいたいさ、深大寺の神様って縁結びの神様だろ。受験は管轄外じゃないの」
「いいのよ、ついでなんだから」
 何がついでなんだか分からなかったが、それは置いておいて僕らは人の流れに任せて門 前のみやげ物屋が並ぶ通りを歩いた。
 冷たい木枯らしが頬をかすめていく中、「甘酒」と書いたのぼりが魅惑的にはためいていた。僕らは茶屋で甘酒を飲んでひと息つくことにした。
 茶屋の長椅子に並んで座り、甘酒の入った紙コップを両手でつつんで暖をとりながらすすると、滑り込んだ熱々の液体が口の中いっぱいに甘さを振りまいた。
「美味しい」
「温まるね」
 僕らはふうふう言いながら甘酒をすすった。
「慎太郎が受験する高校ってさ、大学の付属だったよね」
「そうだよ。理工系の私大の付属」
「私の高校も短大の付属校なんだ。女子高なのは気に入らないけど、もう一度受験勉強しなくてもいいのは、ありがたいかなって思うんだよね」
 あかりは志望校を決めるのにひと悶着あったらしい。女子高なんか行かないと頑として言い張ったあかりが、結局はお母さんが進めるお嬢様学校を第一志望にしたのは、僕が志望校を私立の理数科高校一本に絞ったのと同じ時期だった。
「高校に受かったら大学までエスカレーター式だもんね」
「まあね」
「大学生になったらさ、合コンとかするのかな」
「さあ、するかもね」
「合コンてさ、男の子と女の子が一緒にお酒のんでおしゃべりするんでしょ」
「そんなもんかな」
「ねえ、今から練習しない?丁度お酒もあるし」
 また妙なこと言い出す。お酒と言っても甘酒だし。しかし僕の反対意見など昔から通った例がない。結局あかりに押し切られて「合コンごっこ」をする羽目になったのだった。
 しばしの間、2人で向かい合って無言で甘酒をすする。こうやって改まって顔を合わせると、気まずいというか気恥ずかしいというか、なんか妙な気分だ。
「ねえ、質問かなんかしなさいよ。こういうのは男の方から話すものよ」
「え?あ、うん。そうか」
 一抹の理不尽さを感じながらもそんなものかと思い質問を考える。
「えと、あかりさんのご趣味は?」
「絵画を少々。慎太郎さんは?」
「パソコンを少々」
 何かが違う。
 しばしの沈黙の後、あかりのやめようかのひと言で「合コンごっこ」はあえなく打ち切りとなった。緊張から解き放たれやれやれと思う反面なぜか残念な気もした。
「そう言えばさ、慎太郎、2年の女子に告られたんだって?」
 甘酒が気管に入ってむせる。なんでそんなことをあかりが知っているんだ。
「うん。まあそうなんだけどさ。断ったよ」
「えーっ?なんでそんなもったいないことするのよ」
「いや、一応受験生だしさ」
 それにもし他のコと付き合ったりしたらあかりとこうやって馬鹿話なんか出来なくなる。
「だったらさ、受験が済んだら付き合っちゃえば?」
「そうだな。考えとくわ」
「ねえねえ。初デートはどこにする?」
 曖昧な返事で話題を切り上げようと思ったのに、女というのはこの手の話が大好きなので困る。デートコースなんて考えたこともない。
「えーと、調布のパルコにある本屋で待ち合わせして、パルコで映画見て、パルコでお茶して、パルコでウィンドウショッピングでもするかな」
「あんた、パルコから一歩も出ないつもり?」
 どうやらあかりのお気には召さなかったらしい。調布のパルコがダメなら、吉祥寺パルコっていう手もあるぞ。ちょっと遠いけれど。
 ひとつ大きくため息をつくとあかりは恩着せがましくこう言った。
「しょうがないわね、慎太郎は。受験が終わったら私がデートの練習台になってあげる」
 一体、どんな三段論法を使うとそんな結論が出るのやらわからないが、兎に角受験が終わったら僕はあかりとデートをすることになったらしい。
「それまでお年玉使わずにとっておいてね」
 こいつ思い切りたかる魂胆か。それでも何故かウキウキとして拒めない自分がいた。
 いい加減甘酒も無くなったので、僕らは茶屋を後にした。いつの間にか参拝客はその数を減らしお参りの列は短くなっていた。
「見て見て、慎太郎。雪だよ」
「本当だ。寒いはずだよ」
 僕は空を見上げて雪模様を眺めた。ちらちらと天から雪がひとひら、またひとひらと舞い降りて来る。そうしていると僕の背中に回ったあかりが後ろから抱きつくようにして僕のコートのポケットに手を突っ込んできた。
「慎太郎のポケット、温かーい」
「ちょっ、あかり、おまえ何やっ」
「お願い」
 僕の抗議はあかりの真剣な言葉で遮られた。
「お願い、ちょっとだけこのままいさせて」
「あかり」
 背中にもたれかかるあかりの重さを感じる。
「私ね」
 あかりがためらいがちに言葉を紡いだ。
「私、慎太郎と同じ高校に行きたかったんだ。中学までずっと同じだったんだもん」
 胸の奥で何かがキュッと絞めつけられた。僕は答える代わりにポケットに手を突っ込んで、あかりの冷たい手を握った。あかりの手がほんのりと温かくなる頃、僕はひとり言のように言った。
「受験、早く終わるといいな」
 うんと言ったのが背中から聞こえた。
「そしたらデートだよ」
「ああ」
「練習だけどね」
 あかりがいたずらっぽく笑った。
 今は冬。手がかじかむぐらい寒い冬。でも、冬の後には必ず温かい春が来る。きっと今年の春はいつもより温かいに違いない。
 僕らはしばらくの間、そのまま雪模様の空を見上げた。

前山 尚士 (東京都調布市/男性/会社員)

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