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「完璧な果実」著者:椿野うづめ

「お久しぶりです、覚えていますか」
 土曜日の朝、着信音で目が覚めた私は、右手でそっと枕元のスマホを引き寄せ、メッセージの送り主を確認して、息を呑んだ。午前6時。カーテンの隙間から漏れ出る朝日の帯に、スマホの画面をかざす。細かな指紋の跡が無数に浮かび上がるのも気にせず、一文字ずつ、何か精密部品を取り付けるみたいに、慎重に文字を入力する。
「お久しぶりです。忘れるわけ、ないじゃないですか」
 たった二文を打っただけで、むくんだ背中と、授乳中で張った胸の谷間に冷たい汗が流れる。心臓は走り抜けたばかりの競走馬のように速く脈打ち、十年前の私の記憶が、昨日のことのように思い出される。同時に、もう戻れないあの時間に、もしも違う決断をしていたのなら、私達は今頃どうなっていたのだろうか、と考え込む。
 二十九歳の私は、十九歳からの数年間、通っていた大学の十歳年上の生物学の助教と、曖昧な関係にあった。彼は私が履修していた一般教養の生物の実習の授業で、教授の助手として実習を手伝っていて、何度か質問をするうちに、実験内容に関する詳細な資料を送って貰うこととなり、連絡先を交換し、それから私的なやりとりをするようになった。
彼は私によく、君は他の学生さんとは違う、聡明で特別な雰囲気があると最初から思っていたよ、と言ってくれた。そう言われると私はいつも、私も初めからあなたのことを、同じようにそう思っていました、と返信するのがお決まりだった。
その授業を受けていた一年間、私達はたまに連絡を取り合うだけで、いわゆるデートのようなことはしないようにしていたけれど、最終日の授業が終わってからは、彼の時間に余裕がある週末には、建築物好きの彼に連れられて深大寺に行ったり、神代植物公園で、さえずる鳥の習性や繁殖行動について教えてもらったり、彼に言わせると「極めて非科学的」な、おみくじを引いたりして、時間を過ごすようになった。
彼は一貫して知的で、研究しているネズミ目の遺伝に関する話や、フランス哲学の話、執筆している英語の論文を学会で発表する話、自分の中で湧き上がる人間としての色々な欲望や感情は、一科学者である自分の論理性とは対極にあって、いつもそのジレンマに悩んでいるという話等、独特で抽象的な彼の世界のことを、なんでも話してくれた。
また、時には私が日々ぼんやりと感じていた違和感や感情を、うまく言語化して、昇華してくれることもあった。私は彼のそういう特質に触れているうちに、自分でも止められないぐらい彼にのめりこんでいった。彼のような人は、私の周りには他に一人もいなかったし、これから先何があっても彼以上の人間に出会うことはないのだろうと確信していた。  
けれども私達はいつまで経っても、恋人という関係にはならなかった。彼がいつもぎりぎりのところで、恋人になることを避けるのだった。彼はただ、研究で成果を出さなければ君を永く幸せには出来ない、そのために今は恋人を作ってはいけない、君を恋人にしてしまうと、君に寂しい思いをさせてしまうから、どうかこのまま恋人の寸前でいて、自由に生きていて欲しい、と真剣に語りかけてくるのだった。私はいつもわかった風な顔をして、きっとそうするのが一番いいです、と自分に言い聞かせるように言ってから、彼の腕の中でその体温をいつまでも夢中になって味わった。そのうちに同じ季節が三度巡った。
 別れは突然訪れた。就職した会社で、私に好きな人が出来たのだ。彼とは正反対のタイプで、陽気でいつも周りに人がいて、物事を深く考えすぎず、楽観的でエネルギーがぎらぎらと輝いている人。年の近い彼から強引に誘われるうちに、ついに私は断り切れなくなり、それどころか、冷静で落ち着いていて論理的でいつも同じ場所から動かない助教の彼に、物足りなさを感じるようにすらなっていた。彼と会う頻度も確実に減っていた。
 別れ際、彼は、こんなのと一緒にいてくれて、本当にありがとう。幸せだった。と寂しげに呟いた。そんな寂しそうな顔をするなんてずるいです、と言って、私は彼に抱き着き、最初で最後のキスをした。彼はほとんど唇を動かすことなく、すべてを受け止める不器用なキスをした。改札に吸い込まれていく彼の後ろ姿が、私が見た彼の最後の姿で、それから私達が会うことは二度となかった。
 あれから六年の月日が流れた。私は職場の彼とはまた別の、友人の紹介で出会った堅実な男性とあっという間に結婚し、一児の母となった。出産と同時に仕事も辞め、家事と育児に追われる忙しくも穏やかな日々を送っている。けれどもたまに、ふとした瞬間に、私は今でも、助教の彼を思い出す。他にもたくさんの恋をしたはずなのに、彼のことだけが、いつまでも残り香のように染みついて、気を抜くとたちまち匂い立ってしまうのだ。
 なぜ彼だけが、と考えるとおそらくそれは、恋が始まっても終わってもいない、恋が恋のままただそこに、ごろんと転がっているからなのだろうと思う。綺麗に皮を剥いて果肉をむさぼり、果汁を飲み干し、種まで噛み砕いてみたら、なんだ、大したことはなかった、と思えるのかもしれない。けれども私の中の彼はまだ、冷蔵庫の隅でひんやりと冷やされて、誰かに食べられるのを今か今かと待ちわびる、完璧な果実なのだ。
 その果実が今、突然私に連絡をくれた。嬉しくないといえば嘘になるし、彼が今どこで誰とどういう風になっているのか、気になって仕方がない。けれども結婚をして子供までいる私には、今更、その果実を差し出されたところで、何一つできることはないのだ。
「覚えていてくれたなんて、嬉しいな」
 彼からの返信が来た。そういえば彼は、独り言のようなメールが多かったことを思い出す。天然なのか臆病なのか、こちらが返信しても無視してもどちらでも良いようなメールばかりくれた。今、どこでなにをしているんですか、と聞いたら負けの気がした。
「神代植物公園の桜は、今年も綺麗に咲いています」
 何気ない報告に見せかけて、さりげなく初デートの場所を思い出させる。
「こちらは、子供が生まれたよ」
 懐かしいね、とか、ふと思い出すよ、とか、そういう言葉を少しでも期待してしまった私が馬鹿だった。ああそうなのか、とガクンと肩の力が抜ける。それはそうだ、出会った当時二十九歳だった彼は今、三十九歳になっている。結婚ぐらいしていてもおかしくはないし、子供だっているかもしれない。頭ではわかっていてもどこかで彼には、「研究に打ち込んでいるうちに年だけとってしまってね」と、困ったように笑っていて欲しかった。
返信をするか迷ったけれど、彼とのつながりを自分の手で絶つことが、まだどうしてもできなくて、「それは、おめでとうございます」と桜の花びらの絵文字を付けて送った。「ありがとう。本当によく食べる子たちで、哺乳類の魅力にますますとりつかれているよ」
生まれたばかりなのに、食べるのか? と疑問が浮かぶ。よく母乳を飲むということなのだろうか。たしかに息子が生まれた時も、こんなに小さい体でよくもこんなに、というほど、毎日毎日すごい力で乳首に吸い付き、母乳を根こそぎ吸い取っていくのに驚いた記憶がある。それに、子たち、ということは、双子とか兄弟がいるということなのか? 
「うちの息子もよく飲みます」と、それとなく、結婚して子供までいることを伝えるつもりでそう返信したら、しばらく間をおいてから、
「哺乳類の成長はあっという間だからね。たいていは一年もすれば大人になってしまう」
 頭の中にハテナが浮かぶ。ピコン、という着信音と共に画面に、茶色い物体が表示される。画面の明るさを上げて見ると、二匹の小さなもぐらが重なり合うように写っている。
「半月前、うちの庭の穴を覗いたら産まれていたんだ。毎日山ほどミミズを食べるよ」
 奥さんと、たくさんの子供に囲まれた、私の頭の中の現在の彼の姿は、一瞬にして消え去った。私はみぞおちのあたりをくすぐられたように湧き出してくる笑いを抑えられず、声を殺してくすくす笑った。息子が目をうっすらと開けてこちらを見ている。
「あなたっていつも、そういう人でしたよね」返信を待たずに、
「でも、そんなところが、私は大好きでした」
一息に送ってしまうと、笑いと懐かしさと寂しさが混ざった不思議な涙が一筋、頬を伝い落ちた。涙を指先でなぞるように拭いていると、
「私もあなたを哺乳類の中で一番愛していました」
じゃあ両生類や爬虫類には負けてしまうかもしれないの? と一人で呟いて、くすりと笑う。彼はこれからも、あの頃と変わらずこうして生きていくのだろう。そして、私は彼とは違う生き方を望み、今もこれからも生きていくのだろう、と理解する。
「子供たちが大きくなったら、ただの哺乳類同士として会いませんか」
ぐずり始めた息子を抱き上げながら送信すると、彼とあのまま共にいたのなら決して抱き上げることの出来なかったであろう、圧倒的な熱を帯びた息子の重みが、私の胸の真ん中に、どすんと落下した。

椿野うづめ(東京都調布市/28歳/女性/会社員)