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「ふたり想い愛」 著者: 十和 ゆき乃

「美優(みう)さ。幸太のこと好きならさ。お寺さまでお参りすればいいんだよ」
 クラスメートのナナは、コップの底についている水滴を、ペーパーで拭き取りながら、さも当たり前のように言った。
 ナナはクリームあんみつを、美優は冷じるこを食べている。ナナは、あんみつに入っているさくらんぼを、美優の冷じるこの中に、ポイッと入れた。缶詰のさくらんぼが嫌いだからというのはわかるが、別に私もいらないんだけど……。美優はそう思いながらも、口の中に放りこむ。
 深大寺にほど近いこの甘味屋に、ナナと立ち寄るのはお小遣いがもらえる毎月一日。高校三年になって、お小遣いがアップしてから始めた。今日は7月1日だから、これで四回目だ。二人の間で言う「お寺さま」とは、深大寺のこと。クラスメートであり、幼なじみでもあるナナと美優は、この寺の近くで生まれ育った。
「深大寺っていうのは、縁結びで有名なお寺で、その歴史は古く……。って何を今さら、言うかなぁ? ナナ知ってるよね。私が、小学生の時は、あっくん、中学生の時は、壮(そう)希(き)、それから、えっと。とにかくいつも両想いになりたいってお祈りしてるじゃん!」
 ナナのなんとなく上から目線の言い方が鼻につく。最近彼氏ができたからって。
「美優違うんだってば。両想いになれますようにってお祈りしてたんでしょ。それじゃ、ダメなんだってば。いい? あのね……」
 ナナは、美優のほっぺに触れるくらい顔を近づけて話し始めた。

 美優はその夜、湯船に浸かりながら、昼間ナナが教えてくれたことを思い出していた。
 好きな人と両想いになる方法。それは、ちょっと意外なものであった。まず願い事を書道用紙に筆で書く。(どうしても苦手な場合は、筆ペンもあり、だそうだ)書いたら、深大寺のお守りの中に入れ、それを持って一か月間毎日かかさずお参りに行く。そして、その願い事のことだけを、ひたすら祈る。
 ただし「両想いになれますように」ではいけない。好きな人の願い事、つまり「幸太の願い事」は何かを自分で考え祈れというのだ。
 にわかには信じがたかった。幸太の願いが叶えば、幸太と両想いになれるなんて、どう考えてもつじつまが合わない。もし幸太の願いが、クラスで一番人気の綾香とつきあいたいだったら? 美優は今ひとつ納得できなかったが、ナナはそれで彼氏ができたと喜んでいたし、やるだけやってみようと思い直した。
 幸太が今、望んでること。やっぱり志望大学に合格? でもそれは大丈夫か、前回の模試でも合格ラインだったし。綾香のこと? 可愛いとは言っていたけど、つきあいたいって意味ではない……と思いたい。
幸太の姿を思い浮かべ、美優は一生懸命、考えた。風呂から上がった美優は、おばあちゃんの部屋から、書道用紙と筆ペン、そして広告の裏紙を拝借した。裏紙に「幸太が願っているであろう事」を何度も何度も練習する。右手の小指側が真っ黒になっている。まぶたが重くなってきた頃、姿勢を正して、ようやく書道用紙に向かった。
「七月三〇日土曜日、高校生活最後の交流試合。神尾幸太君がレギュラー出場して、ホームラン打ちますように。」
 書き終えた後、最近好きなキャラクター「ソラカラちゃん」のシール、中でも一番大事にしていたものを、用紙のすみにそっと貼った。

 早速次の日から、美優は「お寺さま参り」を始めた。いつも立ち寄っているから、毎日のお参りなど訳ないことだと思っていたが、一日も欠かさずとなると意外に大変だ。平日はともかく、友達と遊びに行く土日は、早起きしてお寺さまに向かう。帰りでは、塾のない日の門限八時を過ぎてしまうし、門限を破っては、願いも叶えられそうにないからだ。
 しかしそれ以上に難しいのが、「幸太が願っているであろう事」だけを祈るということ。つい自分の願いも頭をよぎる。成績上がりますようにとか、痩せますようにとか。自分より相手のことを優先して考えたことって今まであったかな? 美優は、ふとそう思う。

 お参りを始めて十日が過ぎた頃、美優の心にある変化が起こり始めた。「幸太の願い」を祈っていたつもりが、「幸太の願いが叶うことが私の願い」になっていたのだ。
高校生活最後の試合で、本当にホームランを打ってほしい。幸太はいつも「俺は万年ベンチ暖め係応援隊だ」と笑っている。二年生の終わりまでは、ほとんど試合に出させてもらえなかった。たまにレギュラーに選ばれてもスタメンではないし、今ひとつ結果を残すこともできなかった。でも、とにかく野球が好きで、仲間が好きで、だから試合に出られなくても満足している、幸太はそう言っていた。しかし、心の中はどうだろう? 当然、応援ではなく自分が試合に出て、勝利に貢献したいに決まっている。だったらこの試合が最後のチャンスだ!美優は心の底から、幸太が活躍してほしいと願った。
 
あの甘味屋でナナに「両想いになれる方法」を聞いた次の日から、お参りを始めて28日。いよいよ明日が運命の7月30日だ。一か月にはちょっと足りないのが心配だったが、始めたのが2日からだから仕方ない。
 もちろん美優は、応援行くつもりだった。でも行けなかった。お母さんが、熱を出してしまったのだ。美優の家は、蕎麦屋を営んでいる。かき入れ時の週末に、お母さんなしでは、とてもじゃないが店は回らない。お父さんも、それとなく美優の恋に気づいているパートの典枝さんも、応援に行けと言ってくれる。しかし幼い頃から、店を見てきた美優にとって、それはかなり無理があることだとわかっていた。膝を痛めているおばあちゃんまでもが手伝いを買って出ようとしている。今日は自分が店を手伝うべきだ! 美優は、髪を一つに束ね、赤いエプロンをつけた。
 
 二時半頃、ようやく店が落ち着いた。お父さんが作ったお粥を、お母さんが寝ている部屋に運ぶ。お母さんは、食欲がないと言いながらも、7割くらいは食べた。回復に向かっている様子で安心する。美優は、ふと聞いてみたくなった。
「お母さんはさぁ、深大寺にお参りする時、何をお祈りするの?」
「何をって、そりゃぁ、美優や、お父さんたちが健康で幸せでありますように、だよ」
 お母さんは、ぬるめの、いつもより薄くいれたお茶をすすりながら答えた。
「じゃあ、自分の願い事はしないの?」
 お母さんは、即答した。
「家族が幸せなら、お母さんも幸せに決まってるじゃない。他に何を祈ることがある?」
 
美優は、この一か月近く、自分がしてきたことの意味がわかったような気がする。相手の願いや幸せを祈った時間。それは自分にとってもまた幸せな時間だったのだ。もちろん両想いになりたいが、なれなかったとしても幸太を大切に思う気持ちに変わりはない。
ほどなくナナからメールが届いた。「試合負け、ホームラン打てず、でも頑張った!」と。
美優は、店が終わるとすぐにお寺さまに向かった。結局、幸太はホームランを打てなかったが、試合には出られたし、なんだかお寺さまに、お礼を言いたい気分だったから。
 
石段を駆け上り、門をくぐると、見覚えのある後ろ姿が。なんと幸太だ! 美優の心臓の音が聞こえたのか? 幸太が振り返る。幸太は、美優がいることに、ひどく驚いていた。
「応援行けなくてごめん。試合、残念だったね。でも幸太頑張ってたってナナに聞いた。」
 幸太に落ち込んでいる様子はなく、むしろ活き活きとして見えた。
「俺、試合で初めてスリーベースヒットを打ったんだ。満塁だったから、3点取って。まぁ、次が三振で、結局俺はホームベース踏めなかったんだけど。それも俺らしくね?」
 幸太は興奮しながら、今日の試合の様子を話した。美優は嬉しかった。負けても幸太は満足している。ホームランではなかったが願いは叶ったも同然だ。急に幸太がだまった。
そして意を決したように口を開く。
「勢いついでに言わせてください! 深沙大王様、力をお貸しください! えっと、美優さん、僕とつきあってもらえませんか?」
 普段は「俺」って言う幸太が、なんで急に「僕」? 美優は吹き出してしまった。一瞬幸太が不安そうな顔をしたので、慌てて美優も真面目な表情を作る。
「私で……、あの私でいいの?」
 幸太は、大きくうなずき、美優をみつめる。
「深大寺スゲぇ。ほんとに叶っちまった。なぁ、美優知ってる? 深大寺の魔法」
「えっ? 魔法? ああ、好きな人の願い事を祈るってやつ?」
「俺さぁ、それやってみたのよ。でも、美優の願い事、全然わかんなくってさ。で、仕方ないから、美優の願い事が叶いますように、って書いたんだ。でも、そんな漠然なの、なんかずるいだろ。だから俺、朝晩2回お参りしたんだ。倍祈れば、大王様も許してくれるかなって。ところで美優の願い事って何だろ? きっと叶うよ。俺も叶ったから」
 美優は、泣いた。嬉しくて泣いた。幸太も目を潤ませながら、微笑んでいる。
その日は二人でお参りをした。ちょっとだけ、散歩して帰ろうと、神代植物公園を歩いているとき、幸太がそっと美優の手に触れた。美優は、その手をキュッと握りかえした。

十和 ゆき乃(東京都品川区/40歳/女性/主婦)

   - 第7回応募作品