「縁結びのルール」 著者: 山岸 晋吾
山門を通って常香櫻を横目にかけていく。息を切らしながら急いで本堂までかけていく。
私は山本萌。調布高校に通う17歳の女子高生。私の学校で今話題になっているのがこの深大寺にまつわる縁結びの神様だ。調布駅から本堂まで全速力で走り好きな人の名前を言ってお祈りする…すると好きな人と仲良くなって付き合えるという噂。でも走っているときにその人はもちろん、知り合いに会ってはいけないというルールがある。話しかけられてもいけない。
私は愛しの高橋君と仲良くなりたい一身で走っていた。高橋君はサッカー部のエースでキャプテン、ユーモアがありクラスで人気者で勉強もできる。
本堂にやっとの思いでたどり着こうかという瞬間、お土産店の前に見覚えのある制服の集団が見えた。噂ばかりで実際に走った人がいると聞いたこともなかったのに、先客がいたなんて、ツイてない。ともかく今回のチャレンジは断念せざるを得なくなり、慌てて近くの木に身を隠した。
「でさー、うちのクラスの子なんだけど。」
萌は出るに出られなくなり、隠れたまま話を聞くはめになってしまった。
「…って可愛いよな。」
「わかる!めっちゃ可愛いと思う!」
残念ながら誰が可愛いのか聞き取れない。でも同じ学校の男子生徒の噂話には興味があった。耳に全神経を集中させる。
「彼氏とかいるのかな?」
「高橋、お前知ってる?」
萌は隠れていたことも忘れて、思わず身をのり出してその男子生徒の集団をもう一度よく見た。そこにいたのは愛しの高橋君とサッカー部の連中だった。汗びっしょりのこの姿を見られたら全力疾走したことがばれてしまう。そうなったら最悪だ。こうなったら、隠れたままでいるしかない。
「ん、あぁ、そうだね。」
高橋君のそっけない返事で、膨らみかけていた萌のささやかな期待は穴の開いた風船のようにしぼんでしまった。
誰かの
「腹減ったから蕎麦でも食べに行かない?」
という一言を合図に高橋君の集団が動き出した。幸い誰も萌の存在には気付いていないようだったが、しばらく隠れたまま様子を伺ってから帰ることにした。
萌は学校の中ではイケてるグループというか、地味なグループに属しているわけではない。男友達も何人かいるし、男子と話すのが苦手でもない。でも好きな人を前にすると気持ちが顔に出てしまう。昨日聞いた深大寺での恋愛話も気になるが、話して気持ちを共有できる人は見当たらず、もやもやした気持ちのまま昼休みを迎えた。
「ねぇ、萌ちゃん。」
光一が声をかけてきた。こいつは俗に言う幼馴染みたいな奴だ。馴れ馴れしい関西弁で、外で会うと必ず声をかけてくる。少しは空気を読めばいいのに…とさえ思う。
「昨日さ…」
といいかけた光一を制して、萌はすばやく席を立つと手を引っ張って皇室を出ると、足早に非常階段へ向かった。光一は、思った通り萌がおまじないのために走っているところを目撃していたらしい。わき目もふらずに走っていた理由を知りたがっていたが、まさか本当のことを言うわけにはいかない。最近運動不足だからジョギングをしていたと言い張ってごまかした。そんな萌の気持ちを知らずに光一は
「そっかー。何や、てっきりあの深大寺の縁結びのやつやってるのかと思ったわ。」
ちニヤニヤした。その無神経さに腹が立ったのと、焦りと照れ隠しで、萌は思わず光一を思い切りたたいてしまった。黙って立ち去ろうとした萌の背中に向かって
「いやー俺はな、てっきり萌がおまじないで走っとるから声かけへんかってんで。」
という光一の言葉が追いかけてきた。意外にも光一が空気を読んでいた…ということに驚いた。今まで女の子同士のおしゃべりの中で、アイツのことを”空気が読めない最低な奴”と言ってしまったのを思い出して反省した。これからは”いい奴”と薦めてやることにしよう。
「話はそれだけでしょ?じゃあね。」
黙って行くのは悪い気がして、そう一言だけ言って教室に戻ろうとしたが、光一は萌を見ずに大声で喋っていた。
「でな、萌ちゃんに言いたい事が…あれ?何で黙って帰った?おっかしいなぁ…」
学校も終わり、萌はいつも通り家に向かって歩いていた。神代植物公園を通り抜ける途中で休憩して家に帰るのが習慣みたいなものになっている。公園のベンチに座っていると
「斉藤さん?」
と声をかけられた。声の主は高橋君だった。。
平静を装って返事をしたものの、緊張の余り直視できない。
「昨日さ…君、深大寺に居なかった?」
しまった、上手く隠れたはずがバレていた。
斉藤君は、可愛いと話題に上っていた女の子は萌の事だということ、萌が近くに隠れていたことはサッカー部の連中には話してないことなどを、隣に座って笑顔で話し始めたが、
萌はドキドキして相槌すらうてず、話を理解するのがやっとだった。
「モテモテだよなー、彼氏とか居るの?」
という高橋君の一言で、私にもチャンス到来か…?と思ったが言葉が出てこない。すると高橋君は次の瞬間、萌に相談を持ちかけた。
「それより相談したい事があるんだけど…」
萌はさらに戸惑った。
「俺最近彼女とうまくいってないんだよね。」
一瞬何のことだか分からなかった。彼女?そう、高橋君には彼女が居たのだ。その後は何を喋っていたかどう帰ったか覚えていない。
とぼとぼ帰っていると公園に置いてあったバイクにぶつかってしまった。ガシャガシャとバイクたちが倒れていく。
「あ、ごめんなさい。」
萌が謝りながらバイクを直していると持ち主と仲間たちがそばに寄ってきた。
「おい、ねーちゃん何してくれんの?」
私生活では絡みたくない部類の人間だ。なんでバイクにぶつかったのか後悔しても遅い。
「あー、これ修理費高いよーどうすんの?」そんな傷など、どこから見ても分からない。
「あの、本当にすいませんでした。」
「謝って済むなら世の中楽だよねー?」
「とりあえず、ちょっと俺の家に行こっか。」その男たちは萌を家に連れてこうとする。
「あ、あの、本当にごめんなさい。」
必死で手を振り払っているその時、見覚えのある学生服の少年が一人やってきた。
「兄ちゃん、勘弁してもらえへんかな?」
特徴のある関西弁。
「あぁ?」
男たちはその高校生を囲み始めた。
「んだ?お前が責任取ってくれんのか?」
「学生だからって容赦しないよ?」
「逃げろ!早く行かへんか!」
その声を聞いて萌は走り出した。何が起こったのかもわからずただ走った。公園を出て家へ向かう途中で萌は重大な事に気付く。
「あ、鞄が無い…」
そう、萌は公園に鞄を置いてきてしまったのだ。しかし戻る勇気が無い。でも鞄の中には財布も学生証も入っている。取りに帰らないわけにはいかない。恐る恐る公園に行く事にした。
「あの制服はうちの学校だった。誰?」
あのときに聞いたのは関西弁…。あれ?関西弁?萌の知り合いに関西弁を喋るのは一人しかいない。あの幼馴染みたいな奴だ。気付くと萌は公園へ向かって走り出していた。もし助けてくれたのが光一だったら、彼が危険な目に合っていたらどうしよう。息を切らして公園へ着くと、そこには嫌な感じの男の姿は見当たらない。どこかに連れて行かれてしまったのだろうか…と、心配で辺りを見回した。すると木の近くに鞄が置いてあり、その鞄の近くにうずくまっている男子高校生を発見した。
「あの…大丈夫ですか?」
「お、おう。大丈夫やで。」
どう見ても大丈夫ではない。萌はその高校生を抱き起こした。やはり光一だった。
「光一!大丈夫?なんで助けてくれたの?」「え、たまたま通りかかったらなんか大変な事になってたからな。助けるしかないだろ。」
ぼろぼろの光一が言った。
「もう、バカっ!」
思わず目からは涙が溢れ出した。すると何故か光一は萌にキスをした。萌は驚いた。
「俺さ、お前の事好きなんだよ。高橋から公園で萌が大変な事になってるって電話もらって駆けつけたんだよ。」
おい高橋!と突っ込みたかったが、そんな事はどうでもよくなるぐらい光一がすごくかっこよく見えた。今度は萌が光一をギュッと抱きしめた。
その後、萌は光一と付き合う事になった。あの一件があってからどうも光一がかっこよく見えるようになった…というかどうやら好きになってしまったみたいだ。
光一があのおまじないを信じて萌の為に調布から深大寺まで走っていた事が分かったのは付き合ってずっと後の事だった。
山岸 晋吾 (神奈川県横浜市/19歳/男性/専門学生)