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「お願い神様 フォーリンラブ」 著者:だりん

昨日から降り続いた雨がやんで、久しぶりの梅雨晴れとなった土曜日。いつもより一時間も早く目が覚めた。まさかこんなに晴れるとは思わなかった。これは幸先が良い。天が俺に味方してくれているんだ。
普段はしない朝シャンなんかしちゃって、髪をセットするのに三十分も費やした。途中、姉きが早く洗面所を開けろと騒いだけど、余裕で無視してやった。今日は一世一代の大イベントなのだ。誰にも邪魔されたくない。
朝飯を食べずに家を出た。何だって今日はめぐたんとの初デートなのだ。めぐたんとはクラス、いや学校一可愛い女の子、高橋めぐみ。俺はこっそりと彼女をめぐたんと呼んでいる。これは誰にも内緒だ。そんなめぐたんとの夢のデートを申し込んだのが一週間前。
「めぐちゃんの作ったお弁当、食べたいかも」
ちゃっかりとお弁当までねだった。今日始めて食べるのはめぐたんの御飯がいい。
 待ち合わせの神代植物公園には、一時間も早く着いた。デートのマナーは遅れないこと。
二人分の入場券を買って、ベンチに座ってデートの段取りを考える。まずはツツジを見て、それから温室に行く。その後で今が見頃なバラを見て、その頃にはもう割といい感じでさり気無く手を繋いでいるんだ。そして木陰のベンチに腰かけてお弁当タイム。最高。
ふと空を見上げれば、抜けるような青空に白い雲がぽっかり浮いている。もう少しで夏だ。これからの事を考えて幸せを噛みしめた。
「お待たせ」
 おお、その声は。その声は、麗しの、めぐたん! じゃねーぞ。何か声が低い。
「何ニヤニヤしているの? 気持ち悪い」
俺は唖然とした。そこにいるのはめぐたんとは似ても似つかない香苗。ただでかいだけの宮崎香苗。だけど何故か色っぽいという事で男に人気がある。俺にはさっぱり分らない。
「早いね。いつも遅刻ギリギリなのに」
 驚きすぎて声が出ない俺には構わず、香苗は一人で話してくる。
「私も早く着いちゃった。めぐみはまだだね」
「おま、お前、何でいるの?」
「何でって。めぐみから聞いてない? みんなで遊ぼうって誘われたよ」
「みんな、ってさ」
俺の言い方がまずかったのか。二人でデート、ということが通じてなかったのか。どっと力が抜けた。
「お弁当も作ってきたよ」
お前のはいらねえよ。……とは怖くて言えねえよ。香苗には殺されそうで言えない。
「そりゃどうも」
「めぐみ、遅いなぁ」
「遅いっすね」
「今日暑いかな」
「暑いんじゃないっすか」
テンションが下がって、オウム返しにしか言葉が出てこない。しかも、どうも梅雨の蒸し暑さが体にまとわりついて気になり出した。日差しが憎い。
「ねぇ、そうだ。あのさ」
急に香苗が改まった声を出した。俯いて言いにくそうにしている。何だよ。
「あのね、実はね……」
暑いから早く話してくれよ。
「遅くなってごめんなさい!」
 その声は!
小走りに駆けてきたのは、今度こそ本物の麗しのめぐたん!
思わずベンチから立ち上がってしまった。
「全っぜん待ってないよ。ノープロブレム」
「陽平君も香苗も早いね。お待たせしました」
 そう言いながら、俺らに向かって律儀にお辞儀をした。やばい、可愛い。やっぱり可愛い。生きてて良かった。幸せ。
「よし、早速中に入ろうぜ」
 今までのテンションはどこへやら。俄然やる気になった。入場券を一枚追加で買って、二人に渡す。一人邪魔者がいるけど、めぐたんと一緒にいられる事で今は良しとしよう。
 植物園に入ってまず目についたのは、たくさんの咲き乱れたツツジだった。
「わぁ、きれい」
「たくさん咲いてる」
二人の嬉しそうな声を聞いて、俺も満更ではない。ツツジを眺めながらフワフワと歩くめぐたんは、気がついたら先へ駈け出して池を覗き込んでいた。そう、彼女はいつでもどこでもマイペースで自由なんだ。そこがまたいいんだけど。だけど、どうして俺の横には香苗がいるんだ。
「めぐみは元気だよね。好奇心旺盛。天真爛漫。そこがいいところ。可愛いもん」
 そうそう。よく分かってるじゃん。
「ねえ。さっきの続きだけどね」
「なに?」
「うん。あのね、携帯持って来た?」
 うつむき加減で話す香苗はいつもと違ってしおらしい。何だよ、さっきから。
「持ってきたけど?」
ちょ、待てよ、もしや。もしや、実は俺のこと好き系? そう思うと辻褄が合う。デートにわざわざ着いてくるところとか。俺の横を歩くところとか。そうだったのか。驚いた。
「あのさ、香苗。俺はさ」
 変に気を持たせたら逆に可哀そうだ。
「お前は知らなかったかもしれないけど」
その時、ジーンズのポケットに入れていた携帯電話のバイブが揺れた。誰だよ。こんな時に。ディスプレイを見るとミカミの文字が見えた。げ、あいつだ。小中高と一緒で腐れ縁の三上崇。取敢えずシカトは出来ない。
「三上?」
「おー、陽平? 俺、おれ。ごめん。遅くなって」
「はっ?」
凄い勢いで携帯を奪って、香苗が話し始めた。
「三上君? うん、うん。本当に来てくれたんだ。今ね、ツツジのところにいるの。入って直ぐだよ。うん、待っているね」
やけに大きな声で興奮して話して、一方的に電話を切った。何だ、これ。
「三上君、来るって? 良かったね」
いつの間にか、笑顔でめぐたんが傍に来ていた。全然良くないよ。
「めぐちゃん。三上も誘ったの?」
「うん。来られる事になったら、陽平君に電話してもらうように言っておいたの」
涼しい顔をして、三上が大股で歩いて来た。
「おう、お待たせ。悪い、遅くなった」
待ってねーよ。
「三上君」
香苗は三上を見止めて、みるみるうちに顔が赤くなり、はにかんだ笑顔になった。
 俺のデートの計画がどんどん壊れていく。本気でやるせない。朝から何も食べてないし、腹が減ってきた。こうなったらやけ食いだ。
めぐたんのお弁当を思い出してまたテンションが上がる。
「腹減ったから、まずはお昼食べようぜ」
お昼までには早いけど、食べないとやっていられない。
 バラ園の先にある木陰のベンチに腰かける。
「めぐちゃん、いただきます」
ついに、ついに、めぐたんのお弁当。蓋を開ける手が震える。開けてまず目についたのは、い、いか。やけに茶色いお弁当の真ん中にはイカの甘辛煮が入っていた。後は白米。
「お~、すげえ美味しそう」
香苗のお弁当を開けた崇が歓声を上げた。中を覗くと卵焼き、サラダにミニトマト、ピーマンの肉詰め等色とりどりだ。
「めぐみちゃんのは? イカ美味しそうじゃん。俺、イカ好き」
そう言って崇は俺のお弁当からイカを一つ取って食べ……た!
「お前、食べるなよ」
本気で殺意が湧いた。
「私、今日寝坊しちゃって。ごめんね」
「全然いいよ。旨いもん」
これ以上、誰にも食べられないように一気にかっこんだ。
 バラを見て、温室に入って、一通り見て周ってそれなりに楽しかった。植物園を出た時にはまだ明るかった。このまま帰るのはもったいない。今日は不完全燃焼だ。そして俺はいい事を思いついた。
 みんなと別れてから深大寺に行った。そこには見慣れた先客がいた。
「香苗、何やってるんだよ」
「別に。邪魔しないでね」
それはこっちのセリフだ。俺は神経を集中させた。
「神様、どうかどうか、めぐたんと結婚させてください」

「ねえねえ、聞いてる?」
ハッと我に返った。目の前には大盛り二人前の蕎麦を食べ終えた嫁が訝しげにこちらを見ていた。久し振りに深大寺に来て、十年前のデートを思い出していた。マジマジと嫁の顔を見る。めぐたんとは似ても似つかない。
「この前の結婚式良かったね。ほら背の高い」
「崇と香苗だろ」
「そうそう」
そうだ。あの日、一緒にお参りした香苗の願いは聞き入れられたのだ。しかし俺は……。
「あ~、美味しかった~。お腹いっぱい」
「おい、その腹はなんだよ。今度からカエルって呼ぶぞ」
待てよ。ちょ、待てよ。
「なあ、お前学生時代、何て呼ばれてた?」
「どうして? 恵子の恵の字からとって、めぐたん。私、恵って名前に憧れてたから」
 ちょっと恥ずかしそうにバツの悪そうな顔をして言った嫁が、なんだか可愛く見えたから不思議だ。そうか。そうだったのか。深大寺の縁結びの神様は、俺の願いも叶えてくれていたんだ。ありがとう、神様。

だりん(神奈川県秦野市/32歳/女性/会社員)

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