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<第2回応募作品>『恋は藪の中へ』著者:佐竹 喜信

「恋に燃えたい、燃えてみたいっ!」――。
 鐘の余韻が早春の乾いた空気を揺らし、烏の鳴き声と交錯して遠くへ流れていく。池に浮いた枯葉が一つところに溜まって動かない。山門前の出店では、そばまんじゅうを蒸す湯気が幟旗を包み、まだ時の流れが遅く、温もりが恋しい季節を実感させる。出店に並んだ達磨の赤が、色の乏しい参道で賑やかだが、白目を剥いたその姿は、どれもが目玉を入れてくれるのを待ち望んでいるかのようだ。刹那、池の鯉の跳ねる音が〝動〟を感じさせた。
「おっと危ない! 踏まれちゃうところだった。こんな日に出てくるんじゃなかったかなぁ。うぅ、怖ゎ…だけどなぁ、オイラだって彼女見つけたいしよぉ」
 人混みを器用に交わしながら、独り言を呟いてみる。流されるように歩く人たちからは、誰も返事などあろうはずもない。
「オイラの初恋、どうせ手ほどきを受けるなら、ちょっぴり歳上がいぃな。熟女はダメさ。お袋みたいな女じゃ、何だか罪深くっていけない。そうだなぁ…オイラより二つ、三つ上が理想だよね。ウフッ」
 いわゆるナンパというヤツである。しかも相手を絞り込んでいるようだ。しかし世の中そんなに甘くはない。ジグソーパズルのピースが一発でピタリと合うことがないように、理想の異性が見つかるなんて確率は極めて低い。多くが妥協し、ピースを強引に押し込んでいるのだ。あるいは、その先の目的さえ達することができれば、それで良しと最初から相手を選ばない場合もあるが。
「あっ、お色気光線を飛ばしてくる女がいる。ダメダメ、あんなションベン臭い小娘なんか、オイラはゴメンだね」
 聞こえたのか、ションベン娘は睨み返している。
「バ~カ! フンッ、なんだぁ? アッチの白粉臭い年増は。お高くとまってやがる。あの器量で気取るとは、チャンチャラ可笑しいや。こっちもバ~カ!」
 年増も聞こえたようだが、好意ととったのか、ニコニコしている。
「おっ!? この色っぽい声は…いたーっ!! あの艶はまさしく理想の歳上だ。きっと二つ違いだぞ。さぁ、どう攻める…だけどなぁ…フラれたらどうする…やらずに後悔するより、やって後悔したほうがオイラの生き方には合っているんだ。いくぞ…だけどなぁ…さっきの小娘も年増もこっちを見てるしよぉ…無視されたらみっともねぇよなぁ…」
 意外と女々しい。
「偶然を装えばいぃんだな。さりげなくすれ違って…そう、さりげなく」
 さぁ、気持ちを高めて。
「あ、あ、あのぉ…」
「アタイに何か用?」
「い、いぇ(まさに二つ歳上。フェロモン大放出だぁ~!)」
「用がないのなら、ちょっと失礼」
「ま、待ってくださ…」
「まだ何か?」
「うっ!」
「あらイャだボク、鼻から血が垂れてますよ」
 おっと、若さが出た。
「あ、いぇ、これはさっき生肉を食べたもんですから、そのぉ」
「まぁ、朝から豪勢ね」
「よ、よかったら一緒に食べませんか? 生肉」
「魚? それとも鳥?」
「さ、魚です」
「ふ~ん、生魚ねぇ」
「は、はぃ」
「やめておくわ。じゃぁね、そこ、どいてくれる? ボク…というより坊やのいるところ。向こうへゆきたいの、アタイ」
 子供扱いどころか、赤ちゃん扱いだ。さてどうする?
「ぼ、坊や、ですか」
「違って? だってぇ、男の匂いがしないんですもん。ひょっとして…」
「オ、オイラは男です! だからこうしてお姉さんに…」
「アタイに?」
「そうです。お付き合いを…」
「オホホ。可愛いこと云うわね。ママゴトはもういぃわ。アタイはお腹空いてるの」
「だから、魚を」
「魚はアタイ、食べないの。あの生臭さが嫌いなの!」
 もう作戦を変えなさい。魚が餌じゃぁ釣れません。
「じゃぁ鳥だったら…」
「オラオラ! 坊やにお嬢ちゃん、そこでさっきから何乳繰りあってるンでぇ」
 ほら、もたもたしているから、横恋慕が入った。
「お嬢ちゃんって、ひょっとしてアタイのこと?」
「他に誰がいるってんだぃ!」
「失礼ね! この子を坊やと呼ぶのは分かるけど、アタイはお嬢ちゃんじゃないわよ」
「お嬢? ハハッ、確かに違った」
「違う? じゃぁ何よ」
「安っぽいズベ公だな」
「し、失礼ねっ! アタイがズベ公なら、アンタはゴロツキじゃない!」
 坊やはズベ公とゴロツキの罵り合いに加われず、オロオロするばかり。
「ゴロツキとはまた云ってくれるねぇ、ズベちゃんよぉ」
「ンまぁ~! 憎たらしい!!」
 坊や、ここは割り込むべきよ。
「あ、あのぉ~」
「なんだ? 坊や」
「何よ、坊や」
「その女性はオイラの…」
「女だとでも云うのかぃ?」
「ちょっとぉ、冗談やめてちょうだいよ! アンタみたいなオシッコ臭い坊やと付き合うだなんて」
 坊や、負けるな。
「オイラだって彼女探しに来てるんだぃ!」
「坊や、だったらアッチにいる、もっと小娘にしときな。お似合いだぜ。このズベちゃんはオレと付き合いたいんだとよ」
「ちょっと! いつアタシがそんなこと云ったのよ」
「分かってるって。男欲しいってぇ匂いが出まくってらぁ。別に相手してやっても、いぃんだぜ?」
「や、やめてよ! 気持ち悪い」
 坊や、ココで男を見せるの。
「よ、よせよ、嫌がってるじゃないか!」
「坊や、声が震えてるぜ」
「や、やるか?」
「相手になってやってもいぃぜ」
「(…ココじゃぁ場所が悪い)」
 坊やは走った。
「おっ! なんでぃ」
 ゴロツキは、ガムシャラに追いかける。
「そっちから喧嘩売ってきながら、いきなり逃げるのか?」
「逃げるんじゃないやぃ。かかって来~ぃ」
「そ、そんなところをくぐりやがって!」
 坊やは垣根を抜け、続く太めのゴロツキもどうにか抜け出した。さらに人ごみを抜け、塀を駆け昇った。
「意外とすばしっこいじゃねぇか」
 坊やは塀の上を器用に走る。
「こんな細いところを逃げやがって」
 坊やが走ってきたのは駐車場だった。
「ハァハァ…坊や、ココでやろう、ってぇのかぃ。OK。そう唸ってばかりいねぇで、いつでもかかってきな」
 これが坊やの作戦だった。息の荒くなったゴロツキに対して、坊やはさすがに若い。
「いくぞ!」
 後ろに回った。
「速い! クソ坊ずめ、どこ行きやがった」
「そこだ!」
「痛てててッ! 耳に噛み付きやがったな。痛ッ! 今度は背中を引っ掻きやがった」
 坊やにとっては、若さこそ武器だった。
「堪らん!」
「坊やなんて呼ばせない!」
「分かった、分かった! 勘弁してくれ――」
 ゴロツキが逃げたのを見届けたのか、ズベ公がゆったりと、そして腰を振りながら歩いてきた。
「意外と強いのね。気に入ったワ」
「フンッ! どうってことないやぃ」
「でも足を怪我してるわよ。アタイが舐めてやる」
「やめてくれよ、自分でやるから」
「遠慮しないの」
 坊や、まんざらでもないような。
「強い男となら付き合ってもいぃのよ」
「フンッ! なんだぃ、今さら」
 ちょっと強気の坊やである。だがそこはズベ公、恋のベテランだった。
「その強がった態度が可愛いわね」
「くっついてくるなよぉ。そんなところを舐めるなって。よ、よせったらぁ」
「ウフッ、可愛いわ、坊やったら。アタイが〝女〟を教えてあげるから、さ、こっちへいらっしゃい」
 呆気なく陥落した。二匹の猫は、お尻を擦り合わせながら藪の中へと消えていった。早春は、深大寺の猫にとっても恋の季節である。その山門前で、二匹の恋の行方を追う二つの目があった。深大寺門前の出店に並んだうちの一体の達磨である。恋の成就のお礼のためか…と思いきや、どうやらそれは鯉の鱗だった。

佐竹 喜信(東京都新宿区/46歳/男性/会社員)

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