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<第9回公募・選外作品紹介>「文芸部恋物語」 著者:飛田給麻呂

 梅雨時期の放課後。掃除当番は終わった。
 高校二年のオレ、遠藤宗一は図書室に向かう。オレは文芸部に所属しており、先日提出された課題について、資料が欲しかったのだ。

 先日の文芸部会議で三島祐輔部長は、その太い腕でがっしりとペンを握り、図書準備室のホワイトボードいっぱいに課題を書き記し発表した。
『緊急企画! ”深大寺短編恋愛小説”に文芸部全員で応募!』
『今回出展する作品は文化祭で配布!』
 オレはそれをみて今回の課題に猛然と反対した。
 「は?恋愛小説?恋愛? 部長、無茶だよ!おれ恋愛小説とかあんまり読まないし。しかも学校で配るなんて恥ずかしいじゃん!女子からも何言ってやれよ!なあ、山田!」
「わたしは賛成です。」
 当てが外れた。山田ならば反対してくれると思ったのに。彼女はいつもの冷静な口調で付け足した。
「地域活動に貢献できますし、自分の作品を世間に発表できるなんて、素敵な機会だと思います。」
 部長、副部長は当然のこと、山田晴美もやる気だ。もうひとりの女子、吉本杏美は少し困った顔をしていたが、部の決定には反論しづらいと見え苦笑していた。憮然とした態度のおれ見て、三島部長はニヤッとしたあと皆に告げた。
「では、今度の土曜日に五人全員で現地調査へ行こうと思いますので、よろしく!」

 そんな訳で早速、今日の放課後から取りかかろうと思う。やるからには全力を尽くすのがオレのモットーだ。図書室の引き戸をひくと受付カウンターには、我が文芸部の吉本が座っていた。原稿用紙に何か書いているようだ。吉本とはクラスも違い、部活でも女子同士でいることが多いため、あまり話したことがなかった。小柄で整った顔立ちに白い肌。さらさらな髪、はっきりいって美人である。見渡すと図書室にはオレと吉本以外誰もいない。微妙な緊張感を覚えつつもオレはとりあえず尋ねた。
「あれ、もう一人は?」
 図書室の受付当番は二人一組のはずだ。
「‥‥。遠藤君?。」
と、吉本はちらっとこちらをみて答える。しかし、すぐに原稿用紙へ目を向け、またすぐに書き続け、黙り込んでしまった。しばらくの沈黙に耐えかねて、問いかける。
「えっと、今日は吉本が当番なんだ。丁度よかった、例の課題に役立ちそうな資料ってない?例えば昨年の受賞作とか?参考になるといいけど。」
 すると今度はしっかりこっちを向いて、強めな語気で返答してきた。
「ない。ないよ。それにこういうのに応募する時は影響されちゃうから読まないほうがいいよ。絶対!」
「い‥、いやあ、まあ、どんなかなと思って、ちょっと参考にね‥。」
 オレは戸惑い気味に言葉をもらすと、彼女はこちらから目をそらし、少しきまり悪そうに言った。
「ゴメン、その、わたし、いま小説を書いていたところだったから‥。ちょっと‥。」
 そんな上の空の状態で、図書室の受付をしていていいのだろうか‥。
「いやいや、オレの方こそゴメン、気がつかなくって。吉本の創作に対する姿勢は立派だね。どんな話を書いているの?オレなんて全然思いつかないよ。深大寺っていったら、蕎麦、ビール、あと縁結び効果と神代植物園ね。昔よく家族で行ったな。」
「遠藤君は書かないの?前から不思議に思っていたけれど、あんまり文集にも載せてないよね。それに一年の今頃まで剣道部だったでしょ?」
 不意に痛いところ突かれた。
「文章書くのは好きだよ。よくノートに書き留めている。でも、毎回尻切れとんぼになっちゃって、締め切りに間に合わないんだ。」
「それは残念ね。締め切りは守らなきゃ。」
彼女らしい真っ当な答えが、微笑みと共に帰ってきた。
「オレが剣道部だったってこと、部長から聞いたの?三島部長も剣道部だったんだけど、一緒に文芸部へ移ったんだ。」
「剣道部から文芸部って、ずいぶん畑ちがいね。」
「まあね。でも、オレ結構、本読むほうだよ。それに剣道に対する情熱がそんなに強いわけじゃなかったからね。」
「そうなの?」
「そう、朝練に出ようっていう根性がなかった。」
「それは、へたれね。」
 吉本から”へたれ”という言葉が出るとは思わず、つい笑い出してしまった。つられて彼女も笑い出す。オレは少し、吉本との距離を縮めた気がした。
「吉本は2年から入ってきたよね。どうして?」
「えっ?まあ、なんとなくね‥。あっ、そこの棚に東京名所ガイドブックがあるけど、深大寺のこと載っているわよ、きっと。」
 あからさまに話題をはぐらかされた気がするが、まあ単なる世間話だ。深くは突っ込まない。
 吉本が指差した方向にある棚をぼんやり眺め、また視線を戻すと彼女は既に原稿用紙に向かっていた。
 楽しい時間が過ぎ去り、一抹の寂しさを覚えつつも、今はすこし吉本に近づけた事に心が弾んでいた。

 そして、深大寺集合の日がやってきた。深大寺敷地内の鐘楼前十一時三十分が待ち合わせ時間だ。「もうすぐ鐘つきがはじまるぜ。」既に到着していた三島部長が教えてくれた。
 鐘の音がなり、その余韻に浸っているところで副部長が姿を現した。
「よし、全員揃ったな。みんな昼飯はまだだよな。蕎麦食べながら、今日の巡回コースを決めよう。」
 本堂が目の前にあるにも関わらず見学は後回しになった。山門を潜り、蕎麦屋へ向かう。
 石で組まれた路面。瓦の軒先をもつ店並み。時代劇の世界にはいったような空間が広がりわくわくする。
 ふと、青いテントに『深大寺恋物語』と書いてある看板が目についた。バックナンバーを販売しているらしい。吉本には止められていたが、昨年の『第二十集』を購入してみる。
 周りの風景を見ながら、はしゃぐ皆に遅れを取らないよう配慮しつつ、ぺらぺらと頁をめくってみると、名字は違っていたが、オレとおなじ名前の主人公の話があった。さらに読み進めていくと、剣道部の先輩と後輩による男子同士の恋物語が記されている。
「なんじゃこりゃ‥。この先輩って三島部長と同じ名前だ。学校から深大寺までの描写って明らかにうちの学校だし。それにしても同性愛かよ。」
 著者紹介を見た。<飛田給杏樹(東京都調布市/十六歳/女性/学生)うちの学生で小説を書いて送るやつなんて文芸部の二人以外にいるだろうか?杏樹、調布市飛田給‥。吉本は杏美。”杏”の字がだぶるな。彼女の住所は飛田給だったか?などと考えていたら皆とはぐれてしまった。そこに携帯電話が鳴った。三島部長からだ。
「おい!どこいった?もう店に入っているぞ。遠藤の分、もりそば頼んじゃうけどいいか?」
 教えられた店に到着すると、皆、席についていた。
「何やってたんだよ。天ぷら追加する?」
 おれはこの本を三島部長に見せるか迷っていた。吉本にも読むなと言われていたし、ここでは出さないようにしよう。だが、探りを入れてみることにした。
「吉本ってペンネームあるの?」
「えっ?な‥ないよ。なんで?」
「うん、今回、自分の名前どうするか決めかねてるんだよね。文化祭でも配布される訳だし、ちょっと恥ずかしいじゃん。三島部長はツイッターとかのアカウント名だよね。」
「おう、” yusucom(ゆすこん)”だ。だがなあ、どのみち文芸部って5人しかいないだろ。バレバレだよ。そんなの気にしていたら何にも書けないぞ。」
「でも、性格とか考えとか文章に出るでしょ。後々まで残るし、慎重に慎重を期したいんですよ。」
「そうか?あんまり考えすぎると、つまらない物しか出来なそうだけどな。遠藤はもっとガンガン書けよ。そんな調子だから毎回締め切りに遅れるんだよ。」
 話が嫌な方向に向かってしまった。ちらっと吉本の方を見ると、彼女はオレから目をそらして、コップの水を口にした。
 蕎麦屋を出てオレたちは早速、縁結びのパワースポット深沙堂へ向かう。ぞろぞろと歩いていると吉本がオレの隣に来てつぶやいた。
「遠藤君、去年の恋物語読んだでしょ。」
「やっぱり吉本か。」
「ごめん、勝手にモデルにしちゃって。遠藤君と三島部長って仲良さそうに見えたから。想像したら止まらなくなっちゃって‥。まさか入賞するとは思わなかったし。怒ってる?」
「うん‥。それより、そんな風に見られていたって事がショック。」
「遠藤君のことずっと見てたよ。」
 彼女はまっすぐにオレの目を見て言った。
 縁結びの神様は、もうご利益を与えてくれたようだ。

飛田給麻呂(東京都三鷹市/42歳/男性/会社員)

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