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「乃梨子は生きる」著者:月見坂草平

 日曜日の深大寺は、人出が多かった。昨日の午後は大雨になったので、参詣の人々は、まだ乾ききっていない石畳を歩いている。乃梨子も水の溜まっていないところを慎重に探した。本堂前に並んでいる老若男女が、前に進んで手を合わせては、掃けていく。
 乃梨子の順番になり、賽銭箱の前に立った。だが、何を祈願したらいいのか、気持ちの整理がつかない。住岡先生が水生植物園に現れることを願っているのだろうか、住岡先生と交際して心が通じ合うことを願っているのか、もっと女性として求められることを願っているのか、あるいはこの気持ちが鬱陶しくて捨てたいのか。左手薬指に指輪がある住岡先生と関係ができたとしても、それは不倫である、気持ちを寄せる相手として相応しくないだろう、端から恋愛対象ではないのだ、と手を合わせたまま逡巡していた。
 目を開けると、後ろには数人が並んでいた。立ちすくんだまま動かない乃梨子を、どうしたものかと訝しく眺めていた。済みません、と頭を下げて、乃梨子は場を譲った。
 山門を外に出て参道を引き返し、ぽつぽつと水生植物園へ歩を進める乃梨子に、昨夜の経緯がちくりと心を刺してくる。調布市内にある有彩の自宅マンションで夕食をご馳走になっていると、有彩のスマートフォンが鳴った。乃梨子、ごめんね、友奈の送迎になっちゃった、と有彩は謝った。明日の日曜は二人で深大寺へ出かけて、植物園を一回りして、蕎麦を食べる予定だったのだが、それができなくなった、というのである。
 ラッキーだ、住岡先生を待つ言い訳をしなくて済んだと乃梨子は内心喜んだが、仕方がないね、たまには一人でぶらぶらするのもいいかな、と努めて残念そうに返事をした。
 普通に結婚して、普通に子育てをしている有彩を、特別に羨ましく思うことはなかったが、普通の家庭の中で起こる日常の出来事が、ちくりと心に刺さることは確かだった。
 有彩は、大学入学以来、長く付き合いが続いている数少ない同級生である。静岡県で高校教員をしている乃梨子が東京へ遊びに来た時は、有彩とホテルのラウンジでお茶をして、深大寺に近い家に泊めてもらうのが習慣になっている。二人して、年齢をとったよね、と笑いあうのも常のことになった。三十路を迎える前に結婚し、友奈と光弘、二人の子を産み育ててきている有彩の振る舞いには、年齢なりの重みが感じられる。母親としての自信だよね、と乃梨子が褒めると、ただやつれているだけじゃん、と有彩は目を細めて、コーヒーカップに唇を寄せた。だからさ、そのやつれ具合が綺麗なんだよ、身体の芯から光る感じね、やっぱり自信が美を醸し出しているんじゃないかなあ、と乃梨子が反論すると、そう言ってくれるのは嬉しいけどね、と有彩はカップを置いた。続けて、ふうっと息を吐いて、フロアを動き回っているウェイトレスに視線を飛ばしている。ああいうね、はち切れるような若さが羨ましいなって、最近よく思うよ、子育てしている母親の美しさなんて、若さには敵いっこないもの、と笑った。
 そうなのだ、もう若くはないと、有彩との会話を思い出して、乃梨子はあらためて自分へ言い聞かせてみる。四十代も半ばだが、未婚で、付き合っているパートナーもいない。そんな自分が、いま住岡先生への思いに囚われている。気の滅入っているのが自分でも分かるが、他人から見たら、むしろ滑稽と見えているかもしれなかった。
 写真でも撮ろう、ぶらぶら歩いているだけでは結論の出ないことを考えるばかりだと、乃梨子はスマートフォンを取り出した。昨夜静岡県内では雨量が多くなって、新幹線が運転を取りやめたというニュースがある。運転再開は正午以降になる見込みと今朝の続報があったから、今日、住岡先生は来られないのではないか。乃梨子は、急に緊張感が抜けて、解放されたように感じ、スマートフォンを手にしたまま、深呼吸を二度三度と繰り返した。住岡先生が来ないのであれば、植物園を歩いて、自分の気持ちを整理する以外にすることもない。乃梨子は、この機会を、冷静に振り返ってみる時間にしようと心を決めた。
 年度末の人事異動で同僚となった住岡先生は、乃梨子よりも十ばかり年上の理科教員で、転勤の挨拶も、定年退職までお世話になります、というものだった。専門科目は生物で、とくに植物に詳しいという評判だったが、それ以外には、あまり人となりを窺える情報がなかった。定時制課程に長く在籍したらしく、一緒に勤務したという人がいなかったせいもある。住岡先生自身も、口数が多い方ではなかった。
 その住岡先生に惹かれるのはなぜだろうと乃梨子は考えてみる。
 生徒たちは、住岡先生とよく喋っていた。授業の前後や掃除の時間など、住岡先生の周囲には男女の生徒が入れ代わり立ち代わり現れて、お喋りをしている。そういうときの住岡先生は、にこやかに微笑んでいて、包み込まれるような安心感があった。乃梨子は、自分も、そのお喋りに加わりたかったが、生徒たちの中に割り入る勇気は出なかった。
 住岡先生の普段の振る舞いは紳士然としていた。職員室の入り口では、必ず後ろに来る人を確認してから閉めるし、音が聞き取れないほど静かに閉めている。コピー機が用紙切れになったり、シュレッダーの紙屑が溢れて、乃梨子が困っていると、どこから見ていたのか、住岡先生が現れて助けてくれたことがあった。パソコンの知識が豊富であることは、すぐに職員室で知られて、頼りにされた。乃梨子も、表計算ソフトのマクロ機能について訊ねて、詳細に教えてもらったことがある。困っている人の立場になって、丁寧に対処してくれる姿勢に感動すら覚えたのだ。あれ程丁寧に教えてくれたのには、何か理由があるはずだ、他の人たちに対する時とは熱心さが違うと感じる、自分に対する住岡先生の気持ちが、そうさせているに違いないと乃梨子は考えた。
 ある日、給湯室でコーヒーを淹れている住岡先生が目に入ると、不意の動きがあった。右手で左手を隠したのだ。乃梨子には、その仕草の意味が分からなかったが、その日の帰りに、あれは左手薬指の指輪を隠したのだと思い当たった。
 それ以後、乃梨子は住岡先生を単なる同僚として見ることができなくなった。定年まであと数年の老教師といえども、住岡先生は男性である。自分が何という取り柄もない中年女であることはよく自覚しているが、もし住岡先生が自分を女性として見ているのであれば、それは嬉しいことだ。しかし、周囲にはもっと若い女性教員が何人もいるし、気立ての良い事務職員もいた。何も、冴えない自分を対象にしなくてもいいだろう、自分など相手にするはずがないと乃梨子は思いこもうとした。
 だが、そう思えば思うほどに、住岡先生に対する感情が強く湧いてくるのを、乃梨子は持て余した。どうすればいいのか分からない、どうするべきなのかも分からない、自分から何か動くのか、住岡先生が声を掛けてくれるのを待つのか、判断も決心もできなかった。
 ふう、と乃梨子は溜息をつく。
 一昨日、職員室で飲み会の出欠を問われた時、東京の友人の所へ遊びに行くことを、断る口実にした。向こう側に住岡先生の顔が見えたので、日曜日は深大寺の水生植物園に行くつもりだと、普段よりも大きめの声で喋った。待ち合わせの約束をしたわけでもなく、言葉を交わしてさえいなかったが、たしかに住岡先生は頷いたように見えたのだ。思いは通じていると乃梨子は信じたかった。
 蕎麦畑を横目に見て、乃梨子は水生植物園を歩いていく。早くも鳴き始めたミンミン蝉の声を耳にしながら城山を下って、花菖蒲が残る木道に入ると、葦原に埋もれて小さな白い花を毬のように沢山つけている草が群れていた。これは、何という花だったかな、とスマートフォンのカメラを向けて画像検索を試みる。ミクリ、花言葉は恋の痛み、と表示された。恋の痛み、恋の痛み、と心の中で繰り返しながら、よく見ようと腰をかがめた。
 その時である。すっと影が差した。顔を上げて振り返ると、目の前に住岡先生が立っている。来てしまいました、と住岡先生は破顔した。

 二人は、水生植物園の門脇にある蕎麦屋に入った。昼には早かったが、蕎麦を手繰りながら、互いの身の上話をした。住岡先生は、大雨で新幹線が止まるのを予想して、昨日の午後東京に来ていたのだった。五年前に妻を病気で亡くしたが、指輪は外す機会を失っていた。先日、気持ちが整理できて外しました、外す時に見られていましたね、と静かに話した。乃梨子は、二十代のころには付き合う人がいたが、結婚には至らず、それ以降は交際することもなく過ごしていることを告げた。
 午後になって、さらに増えた深大寺本堂の参拝者の列に、乃梨子は住岡先生と並んでいた。この年齢で恋愛成就を願っていいのかしら、と乃梨子が呟くと、もちろん構わないでしょう、生きているのですから、と住岡先生は朗らかに答えた。
 そうだ、私は生きている、と反芻して、乃梨子は前に進む。その心には一片の逡巡もなかった。

月見坂草平(静岡県浜松市/62歳/男性/無職)