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<第4回応募作品>「経過観察調査員」 著者: 大澤 信明

 奈良時代(ならじだい)、ある美(うつく)しい娘(むすめ)が恋(こい)に落(お)ち、生(うま)れたのが満功上人(まんくうしょうにん)です。
 この満功上人(まんくうしょうにん)が深大寺(じんだいじ)を開山(かいざん)しました。
 深大寺(じんだいじ)は今(いま)、縁結(えんむす)びの神様(かみさま)として親(した)しまれています。

「地球まであと一循環(サークル)。すべて順調です」
 経過観察調査員のサルス・F・ベリは目を覚ました。

 量子計算機のジーチ(JCN)が、予定通りの時間に冷凍睡眠から俺を起してくれたようだ。

 一循環とは、地球の時間にして約七十五時間をあらわす単位。彼らの星は連星になっており、その星がお互い一回りするのにかかる時間である。
 彼らはこの時間を三つに分けて、一循環に三回寝起きをする。地球でいう三日を一循環にまとめて生活している。
 太陽が不規則に顔を出すこの星では、光でなく連星の影を感じて二十五時間の体内時計が働いている。

 一万循環に一回、我々は地球に経過観察調査員を送っている。
 地球時間でいえば約八十五年に一回の割合だ。今回が、百九十回目の経過観察調査(190調査)となる。
 188調査では「惑星全域交流レベル」までしか進んでいなかった地球文明が、前回の189調査で「飛行可能レベル」まで文明が進んだと報告された。現在は「大気圏突破レベル」まで文明が進んでいる可能性が高い。
 不安定な核融合エネルギーを使い、自らの力で自らを滅ぼす危険がある、文明進化の最も危険な時期にさしかかっているというわけだ。
 光子変換エネルギーを実用化して、「星系突破レベル」まで文明が進み、我々が正式なコンタクトを申し込むのは、次の191調査の後という事になりそうだ。その頃には、地球の知的生命体も我々と同じように、今の十倍くらい寿命が延びているであろうか。
 無論、それまで地球の知的生命体が自滅しなければ、であるが。

 地球は175調査の時に起こったある事件によって、誰も行きたがらない調査対象惑星となったいわくつきの星だ。
 その星に、文明レベルの中で最も危険な「大気圏突破レベル」の文明期に行きたい調査員などいない。
 だから、通常三人で行われる調査が、今回は特例として俺一人になった。

 俺が地球調査に名乗りを上げたとき、同僚たちはみな驚きの声を上げた。
 特別ボーナスがそんなに欲しいのかと嫌味を言われ、あるやつには物好きだなと笑われもした。
 お前の勇気は尊敬するが、頼むから無事帰ってこいよ、と本気で心配してくれるやつもいた。

 しかし、そんな忠告には意味がない。俺が今回この星に行く理由。それは、一人でこの星を調査できるからだ。

 俺は、175調査の時に起こった事件の真相を、ずっと追い求めてきた。フークマという上級調査員の失踪事件がなぜ起きたのか。
 通常の三人チームで行けば、勝手にこの「フークマの謎」を調べる事などできない。一人で行けるからこそ、この星へ行く意味があるのだ。
 だから、八十五年前の189調査にも応募せずに、その調査結果を精査するに留めた。今まで行われた調査結果は、すべて頭に入っている。特に、問題の175調査の結果は、暗記するほど検証している。

「ライラ、フークマは見つかったか?」
 175調査隊長カイマはライラ調査員に声をかけた。
「だめ、何の手掛かりもないわ」
「そうか、あいつはこの座標4282―182周辺にはもういないのか。どこに消えちまったのだ、まったく」
 カイマは一瞬考え、ライラに言った。
「とりあえず船に戻ろう」
 二人は、雑木林が広がる丘の上に浮遊している船に戻り、船の中を再び調べる事にした。船には、フークマの探査スーツや通信装置などが残されていた。
「あいつは何で、探査スーツを置いて外に出たのだ」
 隊長のカイマは、ライラに苛立ちをぶつけるように聞いた。
「この星の高知能生命体は我々とDNA的に非常に近いから、探査スーツを着て姿を消さなくても、不審に思われる事はないと思うけど」
 ライラは、カイマを見ずにそう答えた。
「だからって、現地知的生命体に姿を見せるのは観察規則違反だぞ。そのうえ武器カプセルも持たず、持って出たカプセルは言語補助と医療補助、後は浮遊装置の三つが入った箱だけだ」
 カイマには理解できない事だらけだ。
 ライラとカイマが船外調査を行い船に戻ってくると、船内待機しているはずのフークマは姿を消していた。
「ジーチ、フークマは外に出る前、ただその湧水のあたりを映しているモニターを見ていただけなのだな。」
 船の量子計算機に向かい、カイマは問いかけた。
「間違いありません」
 量子計算機の答えは、常に簡潔である。

 銀河系の端にある、地球という辺鄙な星を有名にしたのは、175調査のとき、調査員が一人行方不明になったからだ。
 その上級調査員だった男の名から、その失踪事件は、「フークマの謎」と言われている。

 地球時間の千三百年前に行方不明になった、俺の「じいさん」にあたるフークマ失踪の理由を知ることが、190経過観察調査の本当の目的だ。
 俺がフークマの孫だって事はずっと秘密にしてきた。
 俺の母親が生まれる前に消えた男フークマ。
 「ばあさん」は、自分の生んだ子がフークマの子供だとは誰にも言わずに娘を育てた。父親のフークマ自身も、その事を知ることなく姿を消した。
 「ばあさん」は俺にだけ、その秘密を教えてくれたのだ。
 
 事故でもなく、最優秀の調査員が煙のように姿を消した。調査員の間では伝説となっている謎だ。
 「地球人と話をする、ケガを治す、空を飛ぶ」この三つの事ができるカプセルを持ってフークマは姿を消した。
 この謎は俺が解いてみせる。
 「ばあさん」は「じいさん」の謎を解けるのは俺しかいないと信じて、教えてくれたんだからな。
 いなくなった「じいさん」に、お前が一番似ていると言って笑っていた「ばあさん」の願い、俺が叶えてみせるぜ。

 今から約六百年前の183調査の報告によると、その時フークマ達の船が停船した丘は深大寺城という城になっている。
 とりあえず、その城の近くに船を隠して調査をする事にしよう。
「ジーチ、地球座標4282―182へ向かってくれ」
 サルス・F・ベリは量子計算機に指示を出すと,「フークマの謎」に思いをめぐらせた。

 福満(ふくまん)とある豪族(ごうぞく)の美(うつく)しい娘(むすめ)が恋(こい)に落(お)ちました。
 娘(むすめ)が、湧水(わきみず)を汲(く)むとき足(あし)を滑(すべ)らせ大(おお)ケガをしたところを助(たす)けてくれたのが、医者(いしゃ)の福満(ふくまん)でした。
 娘(むすめ)の両親(りょうしん)は、どこの馬(うま)の骨(ほね)ともわからない渡来人(とらいじん)の福満(ふくまん)には娘(むすめ)をやれないと、二人(ふたり)の仲(なか)はさかれました。
 娘(むすめ)は湖(みずうみ)の小島(こじま)に連(つ)れて行(い)かれ、二人(ふたり)は会(あ)う事(こと)ができなくなってしまいました。 しかし、福満(ふくまん)は霊亀(れいき)の背(せ)に乗(の)り、島(しま)へ渡(わた)りました。 
その事(こと)を知(し)った娘(むすめ)の両親(りょうしん)は、福(ふく)満(まん)の不思議(ふしぎ)な力(ちから)に驚(おどろ)き、これはきっと深沙大王(じんじゃだいおう)さまのご加護(かご)だと、二人(ふたり)の結婚(けっこん)を認(みと)めました。
 深大寺(じんだいじ)を開山(かいざん)した満功上人(まんくうしょうにん)は、この二人(ふたり)の息子(むすこ)です。

大澤 信明(東京都世田谷区)

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