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<第5回応募作品>「軍曹と私」 著者: 藤村 優

人を本気で愛したことがない、人を本気で愛せないという、会社で噂の”軍曹”。外見も坊主で、自衛隊出身だと本気で一部の人には思われていて、本気で笑うことなんてないんじゃないかと言われている”軍曹”。彼の祖父が軍人だったという説もある。そうかと思えば、本当は、いい人だけど不器用だから、40歳を過ぎても結婚できないんだという意見もある。
とにかく様々な噂が飛び交い、”軍曹”には謎が多い。私にとって、真相はわからない。

三年前のある金曜日の夜に会社の先輩たちと皆で飲んでいて、その中にたまたま”軍曹”もいた。トイレですれ違った時に、
「深大寺に行きたいって思うけど、明後日行かない?」
って、”軍曹”が言う。
唐突過ぎる。普通、深大寺に行ったことがあるかとか、興味があるかとか、そういうことから聞くのではないだろうか。
私は好きな男に振られたばかりで、特に予定もなかったので、
「いいですよ。深大寺って名前しか聞いたことがないけど、何があるんですか?」
と尋ねると、
「蕎麦が有名だから、食べたいなって思って。思いつきでしかないけど。」
「そうなんですかぁ。行ったことないし、是非行きたいです。」

なぜだか、”軍曹”と初めてデートをすることになり、深大寺へ行くことになった。
蕎麦が有名とは言っていたが、せっかく出かけるわけだし、他に何かないのかと思い、帰って早速、ネットで『深大寺』について調べる。

「…深大寺は、”縁結びのお寺”…」

え!?マジで!? ここ、二人で行っちゃマズくない!?
“軍曹”が行きたいって言った理由は、蕎麦ではなく、”縁結び”だから!?
いやいやそんなこと、あるわけがない。ただ蕎麦が食べたいだけだ。・・・色んな思いが、自分の頭の中を駆け巡る。

本当はなぜ、深大寺に行こうと”軍曹”はしたのか?メールですぐにでも、冗談交じりに、
「深大寺って”縁結びのお寺”なんですよね?(笑)」
って送ってみたかったが、蕎麦を食べたいから行きたいと言われたわけだし、自分から深大寺って”縁結びのお寺”なんですよねなんてことは、さすがに言えない。

考えすぎによる知恵熱なのか、勝手に思いをめぐらしすぎたせいか、あんなに元気だったのに、土曜の夜から体調を崩してしまう。夜中に39度近い熱が出て、吐いてしまった。
でも、せっかく誘ってもらい、しかもデートとしては初めてで、断ったら一生デートはない気もして、断れず、体調を崩したことも伝えられず、何も言わずにデートを決行した。

ところが、吉祥寺から深大寺に向かってバスに乗ると、やはり体調がおかしくなる。込んでいたこともあるが、貧血になり、倒れた。”軍曹”がいなかったら、頭を打っていたかもしれないし、もっとひどい倒れ方をしていたかもしれない。
しかし、そもそも彼がいなければ、深大寺に行かないから、倒れもしないか・・・。
意識がなくなったので、途中でバスを降りる。
数分は意識がなく、”軍曹”の声は遠かった。だんだん意識が戻り、声が聞こえる。
「無理はよくない。体調悪いなら、帰ろうか?」
「大丈夫です。ちょっと休んだら直ると思いますし。」
「でも、また行けばいいじゃない。」
「せっかくここまで来たし。」
「案外、頑固だね(笑) じゃ、水を買って来るから待ってて。」
“軍曹”は水を買って戻ってきた。少し休んで、またバスへ乗る。

深大寺には着いたものの、やっぱり体調が芳しくない。”軍曹”がいうように、引き返したほうがよかったのだろうか。でも、引き返すことを断念したのだから、具合が悪い姿は見せたくない。

有名な蕎麦屋で蕎麦と、深大寺ビールを飲むが、どちらもなかなか体が受け付けない。
蕎麦は二口くらいしか食べられず、後は私の分の蕎麦も、”曹長”は食した。食べ物を残すのはよくないからと言いながら・・・。

様子を見つつ、深大寺を歩くが、お寺でも気持ちが悪くなってきた。座って休めるベンチもなく、我慢しきれず、
「苦しい」
と”軍曹”に伝えると、深大寺本堂の近くにある建物に入り、少し休ませて貰えるよう、”軍曹”はお寺の方にお願いする。
人を愛せないような、冷たい人間だと言われているわりには優しく、行動もテキパキしていて、驚いた。それに対し、お寺の方は、
「倒れはったなんて、お気の毒に。少し暑いかもしれませんが、気にせず、ゆっくり休んでいってください。」
と優しい言葉をかけてくださり、薬までくださった。
暫く、休ませてもらう。私は1時間くらい寝させて貰い、彼は深大寺本堂を見ながら、涼んでいた。

見知らぬ”軍曹”と私に対して、とても親切にしてくださったお寺の方のことは、今となっても忘れられない。
薬の効果もあってか、暫く休ませていただいた後は、無事に体調も回復し、いったいあの苦しさは何だったのか?というようなほどにまで回復した。深大寺で休ませていただけなければ、また倒れていたかもしれない。

初めてのデートで行った場所だからということもあるが、深大寺とは”軍曹”と私の間では忘れることができないお寺である。

蕎麦が目的だったのか、”縁結び”のお寺に行こうとしたのか、未だに真相は”曹長”には聞けていない。今となっては聞く機会を逃したし、聞いたとしても、
「蕎麦が食べたかっただけ。」
という回答が帰ってきそうな気がする。

それから暫くし、何度かデートも重ね、”曹長”と付き合うことになった。
理由は色々あるが、確かに変わっているところはあるし、不器用な人間でもあるが、まっすぐで、本当に困ったときには助けてくれる気がしたし、一緒にいることで、人を愛せないココロの持ち主のココロを少しは解凍できるかもしれない気がしたからだ。
人を愛せないし、愛したこともないという点に関しては、何かトラウマと言うか、昔の彼女にひどい目に会わされたとか、きっと何かがあるに違いない。あえて話そうとしないから、その点は無理に聞いてはいないが・・・。

ネットで出てきた文字のように、本当に深大寺は”縁結びのお寺”だったのかもしれない。

久々に、
「深大寺に蕎麦を食べに行こう。」
と言って、深大寺に”曹長”と深大寺に足を運んでみようかと思う。
そして、深大寺の本殿で、ここは”縁結びのお寺”なんだよと、話してみようかと思う。
「今日は蕎麦を食べにここに来たわけじゃないよ。今日来た目的は・・・」
と笑顔で言ってみたい。
“軍曹”はいったい、どんな反応をするのだろうか・・・。

藤村 優(東京都新宿区/女性/OL)

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