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<第5回応募作品>「転校生」 著者: 伊藤 朝香

 「何してんの?」
 「金魚、埋めてる。」
 深大寺の本堂に続く階段の脇で、男の子はしきりに砂利に埋もれた土を掘り返している。男の子の隣には金魚鉢。のなかにはお腹を見せた仰向けの金魚。
 あやねはその姿が奇妙に感じて声をかけたのだ。
 「何でここに埋めてるの?」
 「ここなら金魚が神様に会えるかもしれないから。」男の子は答えながらも手を動かすのを止めない。何言ってるんだろ、この子。あやねは冷たい視線を男の子に投げかけた。
 「よしっ出来た。」男の子は勢いよく立ち上がり、両手についた湿った土をはらう。あ:。同じ目線になってあやねは気づいた。
 私、この子知ってる。 
 隣のクラスに転校してきた藤坂陸だ。よっちゃんが超かっこいい、やばいって騒いでいたのを思い出した。
 それでなくても転校生は転校生というだけで目立つものだ。
 初めて真正面から陸の顔を見てあやねは納得する。切りそろえられた髪はうっすらと茶色く、日差しを通して今は金色に見える。目がきれいなパッチリ二重で赤い唇は作り物みたいに形いい。身長は:同じくらい。
 フーン、かっこいいじゃん。なんか都会の子って感じ。
 「君さ、隣のクラスの子だよね?」陸が話しかけてきた。 
 「あ:うん。転校生してきた藤坂陸君だよね?」一応確認する。
 「うん。」陸は短く答えた。それから会話が途絶えてしまった。なんか喋らなきゃ。
 「ねえ、なんで金魚ここに埋めてたの?」
 「え?だから、」「神様に会えるから?意味わかんないよ。なんで神様に会う必要があるの?」私の問いに陸は当たり前のように言う。
 「金魚が神様に会えたら、僕のお願い伝えてもらえるからさ。」
 お願い?なんか、子供っぽい。
 「お願いって、」「ねえ、これからひま?」聞こうとしたら陸に遮られた。ひま?
ひまじゃなかったらこんなとこ来ない。心の中で毒つく。
 あやねはこの調布という町があまり好きじゃない。家の前の大道路を渡るとある、あやねが通う深大寺小学校。一二〇〇年の歴史をもつ深大寺。深大寺の界隈にはお蕎麦屋さんやお団子屋さんが数多く建っている。三月のダルマ市や十月のそば祭り、年明けの初詣の時にはここはたくさんの人で溢れる。そしてその深大寺と小学校を覆うようにある大きな神代植物公園。
 つまらない、とあやねは思う。つまらないよ、こんなとこ。渋谷とか原宿が近所にあればいいのに。だけどお母さんはそんな危ないところ一人で行っちゃいけないって言う。
 「ねえ、ヒマなの?」しびれを切らしたように陸がもう一度聞いてきた。
 「まあ:うん。」
 「じゃあ一緒に遊ぼうよ。僕、引っ越してきたばかりだからまだ友達いないんだ。」
 「ここで?」
 「うん。ここ、すごくいいところだね。空気が澄んでるかんじがする。」陸はあたりを見渡しながら大きく息を吸った。
 「こんなとこ、何もなくてつまらない。」
あやねは鯉が気持ちよさそうに泳ぐ池を眺めながら言う。陸がついてくる。
 「そう?立派なお寺があって、公園があって、近くにはお蕎麦屋さんとか団子屋があって風情あるじゃない。僕は気に入ったな。」
 フゼイって何?こいつ、難しい言葉使って大人ぶってる。あやねはいらついた。
 「ねえ、渋谷行ったことある?」陸はここに来る前、都心のほうにいたって噂を耳にした。お金持ちらしいよって聞いてもないのによっちゃんが興奮しながら言ってたっけ。お金持ちならあたしが行ったことない渋谷にも行ったことあるんだ。むかつく。陸はさらりと答える。
 「うん、あるよ。でも人が多いだけで別に楽しくないよ。」それでも行ったことあるんだからいいじゃない。あやねはますます苛立ちを覚えた。
 「私、もう帰らなきゃ。」こんなやつと遊んでも楽しいわけない。どうせここのことも田舎だと思って馬鹿にしてるくせに。あやねは早足で山門まで歩いていく。
 「え:遊ばないの。」陸の消えそうな小さい声が聞こえたけれど、無視した。
 こんなとこ早く出て行くんだ。あやねは授業中もずっと同じことを考えていた。
今度小テストやりまーすと言う先生の声も届かないくらい、心の中は別の思いに支配されていた。
 三時間目と四時間目の間の十分休みも寄っちゃん達のおしゃべりには参加せずに、机に座って算数のノートに「脱出計画」とタイトルをつけてひたすら作戦を練っていた。うーんうーんと唸っていると、隣のクラスから何かがぶつかるような激しい音が聞こえた。みんな驚いて次々と教室から出て、隣のクラスを覗きに行く。あやねもさすがに気になって、席を立った。
 他のクラスからも見に来ていてちょっとした人だかりができている。
 「何?どうしたの?」あやねが近くにいた子に聞いたとき、陸がイスを持ち上げている姿が前にいた子の頭越しに見えた。陸の目線の先にはしりもちをついた男の子が三人。まさに今、その三人に向かって投げようとしている。陸が叫ぶ。
 「僕の家は夜逃げしてきたわけじゃない!ただお父さんの仕事がうまくいかなくなったから引っ越してきただけだ!」その叫び声と同時に陸はイスを思いっきり投げた。きゃあっと周りで見ている女の子達が顔を手で覆う。あやねは目を背けずに陸を見続けた。陸から目が離せない。十分休みはとうに終わっていて、異変に気づいた先生達が止めなさい!と陸を押さえつけた。陸はそれでも近くにあったイスを持ち上げようとした。そのイスを先生が奪う。
 「今度変なこと言ったら許さないからな!」周りの机やイスを足で蹴飛ばしながら、陸は教室から出て行った。待ちなさい、と先生が声をかけてもお構いなしに。すげーとかこわーいという声があやねの周りで飛び交う。
 あやねはすげーともこわいとも思わなかった。別のことを考えていた。昨日の陸の神様へのお願いのこと。金魚に託した陸の願い。
さっきの怒り狂う陸を見て、わかったような気がした。わかったら、陸と話したくなった。脱出計画を考えるよりも、陸と話したい。あやねは教室に戻る人だかりから逃れ、先生に気づかれないように陸の後を追った。
 陸は深大寺の本堂より奥にある元三大師堂へと続く階段に座りうずくまっていた。あやねはそっと近づき、ねえ、と声をかけた。陸が驚いたように腕の中にうずめていた顔をあげた。陸の前にしゃがみ込んで、あやねは陸の顔を見上げて言う。
 「昨日なんのお願いしてたのか当ててあげようか。」
 「:何?」陸は眉毛を歪めた。まだ、怒ってるみたい。
 「君の昨日のお願い。昔に戻れますように、でしょ。お金持ちで、都会に住んでたときに戻れますようにってお願いしてたんでしょ。」この答えに自信があった。
だけど陸はゆっくりと首を横に振りながら、「違うよ。」と言った。:あれ?
 「僕は、お金持ちじゃなくても都会に住めなくてもいいんだ。ただお父さんの仕事がもう一度うまくいって、お母さんとお父さんと僕の三人で幸せに暮らして行ければそれでいいんだ。」落ち着いた声で言う。静かだった。さわさわと木々の葉が揺れる音がはっきりと聞きとれるくらい静かな声だった。
 「お金持ちじゃなくていいの?」
 「うん。」
 「都会じゃなくてもいいの?」
 「うん。」
 :フーン。なんか、私よりずっと大人じゃん、この子。脱出とか考えてるの馬鹿みたいに思えてきた。あやねは陸の隣にこしかけた。
 「ねえ、あれに書いたら願い事叶う?」
陸は目の前にある絵馬掛けを見て言った。そこにはひしめき合うようにたくさんの絵馬がくくりつけられいる。
 正直こんなにたくさんの願いを神様が聞いてくれるのか疑問だったけれど、うん、と答えておいた。陸が必死な顔で見てたから。つい応援したくなる。神様もこの子のためならと頑張ってくれるかもしれない。
 陸は絵馬を買って、すぐに書き始めた。後ろから覗いてみると、「お父さんの仕事がうまくいきますように」と書いていた。藤坂陸、と名前を書いて一番上の真ん中に背伸びしてくくりつける。
 「ありがとう。」陸が私に向かって唐突に言った。何で?私、何もしてない。
 「後追ってきてくれたでしょ。なんか嬉しかったから。」陸が照れくさそうに微笑む。
 ありがとう、なんて言われてなんだか私も照れくさい。陸と目が合って、顔が赤くなるのが分かった。何赤くなってんの、私。
 「あ!」そういえば。え、何?とすかさず陸が聞いてくる。
 「ここの神様って縁結びの神様だからそれ以外は叶えてくれないかも。」私の言葉に陸はああ、と拍子抜けしたように言った。
 「大丈夫だよ。縁結びの他に厄除けと商家繁栄のご利益もあるみたいだから。」
 :また難しい言葉使ってる。あやねが無言で睨むとどうしたの、と陸が慌てたように言った。

伊藤 朝香(山形県飽海郡/21歳/女性/フリーター)

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