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<第8回・最終審査進出作品>「五円に救われる」 著者:舟崎 泉美

 賽銭泥棒しようかと思ってさ……。
 そんな顔すんなよ、ちゃんと話聞けって、まだ、話ははじまったばっかりだ。
金がないんだよ。いや、何かあったわけじゃないんだ。盗まれたわけでもないし、ギャンブルで擦ったわけでもない、女に貢いじまったってわけでもない、単なる無駄遣いってわけでもない。ただ、夏休みに入ってうかうかしてたら、あっという間になくなってた。
 ウチ貧乏だし、生活費の主は奨学金なんだけどさ……奨学金だけじゃ生活できないじゃん。バイトしろ、バイトしろって、親とかもウルサイし。そりゃ、バイトはした方がいいのはわかってるけど、金があればいろいろ気持ち的にも余裕もできるだろーし、だけど、できないんだよなこれが。憧れの東京に来たんだから、原宿や渋谷で流行りの服買ってさ、彼女だって作りたいさ、週末飲み行くとか憧れるしさ。俺みたいな大学生も居るかもしんないけど、俺だけ孤独な気がして。
 なんか無理なんだよ。バイトだって、時給の良い近所のパチ屋に面接に行ったんだ。高校時代のバイトは、田舎だったし暇なコンビニでさ、そんなとこでしか働いたことない俺が、なんでかしんないけど、一発で面接受かっちゃってさ。
 なんで、パチンコ屋に面接に行ったかって? なんか、憧れみたいなのがあったんじゃん? それに4流? 5流? な大学しか入れない俺には、家庭教師とか、塾講師とか、そんなバイトも出来るわけないしな。即採用で安心したけど、仕事がキツイのなんのって。体力は使うし、音はうるせーし、それに煙草が辛いのって。昔からぜんそく持ちだし軽いもんだけど、まあ、吸えないしみたいな。
 働いてる奴も煙草吸う奴多くて、休憩室にも入れなくて、誰とも仲良くなれずに……。
どう深大寺に繋がるかって?
 まあ、聞けって。バイトは一週間ぐらいで辞めちまったんだけど。することないわけ。大学の奴とかさ、地元の奴はさ、大学で新しい仲間作って楽しそうにやってんじゃん。俺だってそうしたいけど、人見知りだしな。俺だけなんもないみたいな。
結局、コンビニで酒買ったり、煙草買ったり、着る場もないのに服とか買ったりして、金も使っちまって。しかも、夏休み入っちまうと、海だプールだ花火だって、世間が騒ぐから、ますます自分の居場所がない気がして滅入っちゃって、行く相手だっていないだろ? 
 お前?
 まあ、お前は親友だよ。けど、男同士で行ってもなあ。親元離れて、解放されて遊びたいみたいな理想があったのに、鬱々とした感情から抜け出せなくて。
 毎日DVD借りるぐらいしかすることなくて。今、百円だし。着替えもする気なしないし、風呂も入る気おきないし。近所のコンビニとかマックとか松屋とかばっかで、メシ食ってさ、そしたら、本気で金もなくなっちまって。ここで深大寺に繋がるわけ。
 夜中に深大寺に忍び込んでさ、蕎麦屋も土産物屋もなーんもやってなくって、暗い通りをさ、誰にも見つからないように、こそこそ歩くの。誰も居ないのにこそこそ。
 何しにって? ……だから言ったじゃん。賽銭泥棒。
前に一回行ったんだって、彼女できますようにってお願いしに、そんときは、真剣にお願いしてたのに、できなかったんだから、せめて、ちょっとでも返してもらおうと思って。そんとき、小銭がなくて、五百円も入れたんだからさ。
 賽銭箱を木陰から見たんだ。まあ、心臓はバクバクだよな。けどよ。そんときに女の子が居て、後ろ姿は可愛い格好してて、同い年ぐらいかな? 白いシャツにピンクのスカート履いて髪はセミロングっていうの? 肩ぐらいの長さで。彼女、ずっと、手合わせて祈ってて、賽銭箱の前から動かないんだよ。五分かな、十分かな、とにかく長く感じた。早くしろよって時にさ、俺のケータイが鳴って、一日に一回も鳴らないようなやつがだよ。しかも、内容とかもおかんからでバイト決まったかー? みたいな。でさ、その子が音で気付いちゃって、こっちに気付いちゃって。それが、マジ可愛いんだ。色白で目も大きくて、鼻が三角で、三角って変か。なんか、好み過ぎるぐらい好みで。男ってバカだよな。賽銭泥棒がどうのこうのより、いつものジャージとTシャツで来たことを後悔するっていう。
 驚いた顔でこっち見るからさ、近付いてなんか言わなきゃって、彼女は怯えてたみたいだけど、寄ってたんだよ。怪しい人間じゃないって、ごまかさなきゃみたいなのもあったのかもな。彼女も逃げる気配とかないし、目の前まで行って言うことなくて思わず「……月、キレイですね」とか言っちゃって。バカだろ? 夏目漱石かっての。その子怯えた顔しながらも「……そうですね」とか答えるわけ。でも、よく見たら、その子泣いてたっぽいんだよ。暗闇だからよくわかんないんだけど「……どうしたんですか?」とか聞いたら
「……彼氏にフラれちゃって……」とか、普通に答えてくれるわけ。誰かに聞いてほしかったんかな? で、なんか、言わなきゃみたいな、けど、なんも言えない気がして、ない頭で考えても何も言葉が出てこないし、どうしようとか思ってたら「あなたは?」って彼女から声掛けてくれたんだ。おおとか思ったけど、金がなくて賽銭泥棒に来たとは、間違っても言えないし。
「……まあ、いろいろと重なって、神頼みに来たみたいな……」とか言うわけ。
 笑うなって。そんなもんだろう?
「まあ、人生っていろいろありますもんね」って、彼女も笑うわけよ。また、それもかわいい笑顔なわけ。
 金盗もうと思ってた。賽銭箱の前で必死で女の子と仲良くなろうって、次の言葉探してる俺って、バカだよ、バカ、バカ。
「あなたみたいに可愛らしい人がフラれるんだなんて」
 頭おかしくなってたんだろうな? 犯罪しようと思ってた、俺の前にいきな天使みたいなかわいい子が現れたんだから。普段なら可愛らしいなんて言葉、絶対、女の子に言えないからな。彼女は笑って「そんなことはじめて言われました」って照れたように、下を向いてさ、恥じらいもたまんないね。
それに調子良くして「彼氏にフラれてなんで深大寺なんですか? 気に触ったらごめんなさい。恋愛の神社だから、フラれたから来るってことは新しい、彼氏が欲しいか、もしかして……」それ以上聞くのは良くない気がした。というよりも、聞いたら自分がショックを受ける気がしちゃって。
「まだ、私、彼が好きでやり直したくて」
 やっぱりだよな。
「そうですか……でも、世の中には素敵な人がたくさんいますから、あなたみたいな人なら絶対、新しい彼氏できますよ」
「可愛らしくなんてないですって」
「あなたこそ、いろいろって恋愛絡みですか?」
「まあ、それも含め」
「お祈りしなくていいんですか?」
「……ああ、そうですよね」
 そこまでいって、財布がないことに気付いた。お金を盗みにきたのに財布なんて持ってるわけないだろ? 一応、ポケットを漁るふりをして「財布忘れて来たみたいで……」あははっみたいな「おもしろい人ですね?」って、彼女も笑いながら、鞄を開けて「五円なら貸しますよ」「いえいえいいですよ。こないだ、五百円入れたんで百回分ですよ、今回は賽銭なしでも神様はサービスしてくれますって」「それは良くないですよ。こんな時間にあなたにも会えたのも、何かのご縁ですからもらって下さい」って、五円玉を差し出してくるの。その、セリフには心臓がなるっていうか、どきっとした。
 それで、どうなったかって?
 どうなっただろうな? 言いたくないな。別にもったいぶってないよ。
「じゃあ、私はこれで……」彼女は五円を渡して俺の元から立ち去ろうとした。声を掛けようとした。何か言わなきゃって「……待って……」聞こえたか聞こえないようなちっちゃい声だったと思う。けど、彼女は振り返った。
「また、会える?」
「ご縁があれば、会えるんじゃないですか? 私、近くに住んでるんで」それ以上、何も聞けずに、彼女は去っていった。
 彼女が去った後にその五円玉握りしめて『もう一度、彼女に会えますように』って願い込めたさ、金なんていろんな人の手回ってるのに、手放したくなくて。けど、この五円でお祈りしたら、願いが叶う気がして。夜中だし小さくカランカラン鳴らして、手合わせて帰ったよ。賽銭盗もうなんて、もう頭から無くなってた。
 連絡先?
 聞けるわけないだろ? こんなダメ男がさ
 ……とりあえず、次の日からバイト探して、コンビニで働いて、まあ、すぐ見つかって良かったけど。今は、部活かサークルかなんか探そうかなって感じだよ。バカみたいかもしれないけど、夢みたいなもの見つけられたな。
もし、ご縁が会って次に彼女に会えた時に堂々と連絡先聞きたいからな。
 まじ、頑張れよ深大寺のご利益って感じじ!!
 彼女が元カレとより戻してたら? いいんだよ。そのころには、イイ男になって別のもっと、素敵な女の子見つけてるからさ。ご縁があれば会える気がするんだ。
 なんの根拠だろうな?

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<著者紹介>

舟崎 泉美(東京都世田谷区/28歳/女性/ライター)

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