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「セカンド・チャンス」著者:來田典子

「子供って、すぐ打ち解けますね…」
隣の紗枝が微笑みながら呟いた。俺は内心、「子供は大人の都合を酌んだ行動をしますよ」と言いそうになったが、初対面の間柄、そうした本音を腹に飲み込み、当たり障りのない返答をした。「うん…そうですね」。
俺は榛原健。妻の美咲が3年前に他界してから5歳の息子、海斗と2人、調布市で暮らしている。今日は共通の知人の紹介で会うことになった…というと聞こえは良いが、半ば強引に1人親同士をくっつけようとするお節介なやつに押し切られ、佐々木紗枝とその娘、麻耶ちゃんと2x2で神代植物公園の自由広場にやってきた。初顔合わせなのに会う場所をホテルのティールームなど洒落た場所にしなかったのは、正直、見知らぬ者同士気を遣って取り留めもない話をするのが面倒だったからだ。加えて、普段保育園に通う海斗を週末誰かに預けることへのうしろめたさもあった。万が一、付き合うことになったとしても、相手の子供との、そして子供同士の相性が最後の決め手になるのでは?というもっともらしい口実から、「子供と一緒に公園に行きませんか?」と提案。神代植物公園は千歳烏山にいる紗枝たちと調布の俺たちが行きやすいこともあるが、特に自由広場は平日には幼稚園児や保育園児が遠足でやってくる遊び場で、子連れにはもってこいの場所だと会社の同僚から聞いていた。
4歳の麻耶ちゃんは海斗と学年が1つ違う。自分の子供を褒めるのも何だが、海斗は美咲譲りの穏やかな性格で、同世代の男の子にありがちなマウントを取るタイプではない。今日はあらかじめ、「一つ年下の女の子が来るから」と伝えておいた。「ふーん」と言ったきりだったが、広場に到着するや否や、「あれで遊ぼう」と麻耶ちゃんをリードしてミニアスレチックに走って行った。
紗枝とベンチに座って保育園の話など差しさわりのない会話をしながら子供達を眺める。麻耶ちゃんがキャーキャー言いながら海斗の後について走り回っているのを見て、「麻耶があんなに嬉しそうにはしゃぐの、久しぶりに見る気がします」
紗枝は嬉しそうだ。
***
海斗がこちらに走ってきた。後ろから麻耶ちゃんもついてくる。
「パパ、そり!頂戴」
「麻耶ちゃんと交代で使うんだぞ」
持ってきたプレイボードを渡すと、
「麻耶、行こう!」
「うん、海斗くん!」
すっかり意気投合したようで、あっという間に丘を駆け上がっていく。紗枝が、
 「あれ、芝生を滑るそりですか?」
 「そうそう。段ボールでもいいけどうちにあったので持ってきました。すみません、2つあればよかったんですが…」
「いえいえ。交代で使わせていただけると喜びます」
 視線の先で最初に海斗が楽しそうに芝を滑り降りてくる。丘の上で待つ麻耶ちゃんはいてもたってもいられない様子で、
 「早く、早く!」
大声で叫んでいる。隣で紗枝が苦笑いして、
「すみません…海斗くんのそりを貸してもらうのに。あの子ったら…」
下まで滑ってそりが止まると、海斗は麻耶ちゃんの元に駆け上がる。
 今度は麻耶ちゃんの番だと思いきや、海斗は一丁前に滑るときの注意点をレクチャーしているようだ。
 「あいつ…」
 「海斗くん、麻耶に教えようとしてくれてますね」
 「いや…つべこべ言わずに早く滑らせてあげろよ…」
 芝滑りに夢中な子供達を座って眺めていると、海斗と麻耶ちゃんが走ってきた。2人とも汗まみれで着ている服にも顔にも芝が張り付いている。
 「どうした?」
と尋ねると、海斗がプレイボードを差し出して、
 「パパもやってみて!楽しいよ」
「ママも!気持ちいいよ!」
 「えー?!」
紗枝が隣で俺の表情を伺っている。
「…でも…」
公園に行くと言っていたので、紗枝は7分丈のパンツにスニーカーを履いている。
「せっかくだからやってみませんか?」
自分が言おうとした頭の中の言葉が口からは出ずに、耳から入ってきた。紗枝が嬉しそうな顔でこちらを見ている。
紗枝が先に言ったんだ…と理解するのにコンマ数秒遅かったようで、返答するのに微妙な間が開いた。頭をかきながら立ち上がる俺の手を海斗が、レジャーシートを手早く片付けた紗枝の手を麻耶ちゃんが、それぞれ引っ張って4人で丘を上がっていく。
芝滑りでも紗枝が主導権を握った。
「もしよければ私、先にやってみてもいいですか?」
きっとこんな風に太陽の光に当たって子供の歓声を聞いていると、大人が普段縛られている箍みたいなものが緩むのかもしれない。紗枝はキラキラと子供のような目でこちらを見ている。こうなったら楽しむしかない。
「あ、どうぞ!僕もやりますよ」
***
大人と子供、4人が芝だらけになっているうちに、西日が差してきた。
「じゃ、そろそろ…」
俺が切り出す。
「車で来ているので、帰りは送っていきますよ」
「ありがとうございます」
海斗と麻耶を間に挟んで、他愛のない話をしながら、駐車場へ向かった。傍から見れば仲の良い4人家族に見えただろう。
車に乗ると海斗と麻耶は後部座席でスイッチが切れたようにすぐに静かになった。紗枝が助手席から後ろの2人を見て、
「2人とも、遊び疲れて寝てしまいましたね」
「佐々木さんもお疲れになったんじゃ?」
「私ですか?久しぶりに身体を使って遊べて、気持ちがよかったです。今夜はぐっすり眠れそう」
「それは良かった…」
フフッと紗枝が笑う。
「深大寺って良縁祈願や縁結びの神様らしいですけど、今日は榛原さんと海斗くんに会えてよかったです」
「そう言ってもらえると良かった…」
「綺麗な夕焼け…」
「今日は暑かったですからね」
「…次回、どうしますか?」
何か言葉を発しないと、と思ったが、喉が詰まって唾を飲み込む。
「今日は本当に楽しかった…私は榛原さんと海斗くんとまたこうやって会えたらいいなと思っています。でももしセカンド・チャンスの相手が榛原さんじゃないのなら、今日の楽しい思い出だけ、覚えておきます」
フロントガラスの向こうの夕日が沈もうとしている。美咲の笑顔が浮かんできた。
「俺ももう一度…いいかな?」
太陽の光に当てられて箍が緩んだのは俺の方だ。助手席で返事を待つ紗枝に言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」

來田典子(東京都渋谷区)