あと5分早く起きればよかったと後悔する。毎朝のことだ。通勤バッグを脇に抱え携帯電話を片手に、いつものあのバスに乗り込むべく走る。道草しながら登校する小学生、すれ違う自転車の高校生、眠そうに見上げる猫たちに、心の中で軽く挨拶をする。土の香り、花の香り、草木の香り。澄んだ朝の空気に太陽の光が眩しい。

坂を下ると見えるバス停は、深大寺の参道入り口に位置していて、バス通りを覆う木々がちょうどよい日陰を作っている。終点なので、時刻になるまで出発しないでいてくれるから助かる。
今日もなんとかバスに乗れてひと安心。私は8時10分深大寺発のバスに乗って駅へ向かう。運転手に軽く挨拶をしたら、決まって私は私の席に座り、首を横にしたり下にしたりして、居心地の良い座り位置を見つける。奥から2番目の二人掛け。一番落ち着くその席は、いつからか私の指定席となった。
そして、通路をはさんで反対側の窓際には、やはりそこを指定席としている、彼が座る。

このバス停は、週末には観光客で長い列が出来る。深大寺でお参りして、神代植物園を散策し、蕎麦屋でおいしいお蕎麦を食べ、もしかしたら温泉にまで足を伸ばしたかもしれない人たちの満足気な顔が並ぶ。バスを待つ列が長ければ長いほど、私は誇らしく思う。活気と静けさとが同居している深大寺は、いつでも私達を温かく迎えてくれる。

 私がこのバスを利用するようになったのは、1年前。誰よりも早く出社する新入社員特有の張り切りも最初だけで、間も無く定時ぎりぎりに間に合う、このバスに乗るようになった。毎朝会う顔ぶれは、同じ深大寺の住民というだけで、自然と親近感が沸いてくるものだ。名前も知らなければ、住む家も知らない、そんな微妙な距離感の中で、「今日はいるな」とか「いないな」とか、お互いの存在を確認する。
やがて、私はバスに乗ったら真っ先に、等間隔に並んだ席から覗く彼の横顔を探すようになっていた。

彼のことが気になり始めたのは、スーツ姿が素敵だったからだ。年齢は、そう、30代半ばといったところか。大人の落ち着いた雰囲気を醸し出していて、眩しそうに窓の外を見上げる横顔が特にいい。理想の上司像は?と聞かれたら、真っ先に彼を思い浮かべるだろう。
片思いと呼ぶには、あまりに現実味が無く、私の中で彼は言わば神聖な存在。よく知らないから、というのもあるかもしれない。初恋を思い出させる様な純粋な気持ちだ。彼に会えた日と、そうでない日とでは、私の一日の始まりが違う。

それは梅雨の真っ只中だった。雨の日は決まってバスは遅れるので、私も他の皆と同じ様に列に並んでいた。しとしとと降る雨は、深大寺の緑をより一層引き立てて、風情のある表情を魅せる。バス停を囲う木の柵をカタツムリがゆっくりと昇っていく。

しばらくして彼がやってきて、私のすぐ後ろに列を作った。そしてまたその後ろには、あまりお見掛けしないおばあちゃんが手に荷物を抱えてやってきて、少しためらった末に彼に尋ねた。

「すみません、こちらは杏林の病院に行くバスかしら」
「えぇ。病院の近くを通りますよ」彼はおばあちゃんに返事をする。
「そう、ありがとう。うちのおとうさんが入院してね」
「ではお見舞いですか。雨の中大変ですね」
「えぇ。この年になると色々とあるわね」
「すぐによくなるといいですね」
「ありがとう。あら、バスが来たわね」

雨の中、少し遅れてバスは到着し、私達はいつもより少し混みあったバスに揺られた。やがて「病院前」とのアナウンスが流れると、おばあちゃんは彼に軽く一礼をしてから、バスを降りた。
何気ないやりとりだったが、なんだかとても心温まった。きっと彼は優しい人なのだろうと、その日から余計に彼を意識する様になった。初めて聞いた彼の低い声が、私の心に響いた。

彼に会えた朝には、バスに揺られる間中、私は様々な想像を頭の中に巡らす。彼はバスを降りたらどこへ向かうのか。どういう仕事に就いているのか。その一つ一つが私の胸を躍らせ、イメージがどんどん膨らんでいく。

でもそれはバスに乗っている間だけ。バスから降りれば魔法は解けて、現実の世界に戻り、私は私の行く先を急ぐ。

毎朝の出会いを、四六時中引きずることはなく、バスを降りて生活が始まったら、それはそれで精一杯で、目まぐるしく一日は過ぎていき、そしてまた次の朝を迎える。
毎朝起きるのは辛いけれど、坂を下ってバス停にまで辿り着けば、深大寺特有の空気が私をリセットしてくれて、新しい日をまた頑張ろうと思える。会社で嫌なことがあって落ち込んでいる朝も、新しい出会いがあってワクワクしている朝も、いつでも深大寺は私を見守ってくれている気がしている。そしてバス停の顔ぶれも、同じ朝の始まりを共有する、戦友の様な仲間意識を持つ。少なくとも私はそうだ。

ある夏の日、私は連日の暑さと、仕事の忙しさにうんざりしながら、帰りのバスに乗り込み、空いている席を探した。エアコンの風がやけに強くて、風向きを変える。
発車直前に、誰かが軽く会釈をして隣に座ったなと思ったら、それは彼だった。
私は思わず2度確認してしまった。ダラっと座っていたのを座り直して、一瞬にして熱くなる頬に気付かれない様に、私は窓の外を見た。体温は急上昇して汗が噴出してくる。

「あぁどうしよう・・・」と心の中で叫ぶ。

初めて間近に感じる彼の存在に、胸の鼓動が止まらない。
「声をかけるべきか、いや、ここで焦ってはいけない、でも・・・」

バスが出発すると、彼はそっと本を取り出し、静かに読み始めた。
私も、過剰に意識している自分が恥ずかしくなり、でもやっぱり気になるので、ページをめくる彼の大きな手や、重そうに膨れ上がった鞄に密かに目をやりながら、「いつも通り」に振舞った。

そうこうしているうちにバスが終点への到着を報せると、まず彼がバスを降りて、私がそれに続いた。夜の深大寺は虫の音とともに、少し寂しげに私達を迎える。
私はしばらく後ろから彼の姿を目で追っていた。極度の緊張から開放された安堵と、声さえも掛けられなかった悔しさとで、なんだか複雑な心境だった。そして彼の温もりが私の肩にかすかに残っていることに気付き、ポーっとして、家までの道のりに今起きた約20分の出来事をプレイバックした。
その夜はなかなか寝付けなかった。

それから、秋、冬、と季節が変わっても、私と彼の距離は縮まることも、遠ざかることもなかった。毎日真面目に通勤していることはわかっても、それ以上のことを知ることはない。

でもだからこそ、良い距離感を保つことが出来ているのかもしれない。毎日同じ場所で、同じ時間に顔を合わせる。その毎日が変わらないからこそ、バス停は私の好きな場所のままだし、彼にずっと憧れる続けることが出来る。
そしてふと思い出しては、あの夏の日の様な、幸せな偶然が巡ってくることを願う。そんな風に毎日が過ぎていけば、私は楽しい。

こうして私の1年は過ぎる。季節ごとに変わる深大寺の風景の片隅で、顔なじみの戦友達とともに、私は8時10分発のバスに乗り込む。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
mari(東京都調布市/25歳/女性/会社員)

「まり子ぉ! いい加減に起きなさい!」
 階段の下からの母親の怒鳴り声に、ようやく目を覚ましたまり子は、もぞもぞと枕元の目覚まし時計を見て驚いた。
 時刻は、六時五十九分。
 ベッドから転げ落ちるように出ると、慌ててカーテンを開け、窓の外を見る。
「いない......」
 まり子が、愕然と肩を落とした次の瞬間、彼は現れた。
 通称、うしろ姿の君。
まり子の家は深大寺門前に店を構えるそば屋。店の二階にあるまり子の部屋からは、とてもよく深大寺境内を望むことができる。   
いつ頃からだろう。彼が毎朝参拝に現れるようになったのは。まり子が朝起きてカーテンを開けると、決まって、同じ男が深大寺の門をくぐる後ろ姿が目に飛び込んできた。最初は何とも思っていなかったけれど、三回目にしたあたりから、気になってきて、一週間続いたところで、時計を見るようになり、三週間目に入ったところで、ある規則性があることに気がついた。
 彼は、平日の朝七時丁度に、深大寺を訪れる。ちなみに土日祝日はやってこない。スーツ姿というところから想像するに、きっとサラリーマンなのだろう。
 タイミングの問題なのか、まり子は彼の後ろ姿しか見たことがない。何度か顔を見てやろうと、七時前から窓の前に待機していたことがあったけれど、一瞬目を離した隙に彼は深大寺に入ってしまい、結局いつもの後ろ姿しか見ることができなかった。
 後ろ姿から推し量るに、年齢は三十代半ば。背中から漂ってくるどっしり感が、結婚して家庭を守る立場にある者にしか出せない落ち着きを感じさせる。でも、まり子が気になってしまうのは、落ち着いた雰囲気の中にも、どことなく寂しさが感じられるからだ。
後ろ姿が寂しそうに見える人は、恋の傷を負っている。
前に見たドラマの主人公が、そう言っていた。
深大寺は縁結びの神様。だったら彼には、どんな事情があるのだろう......?  

 まり子が仕事から帰ると、店を閉めたばかりの母親が、まり子に飛びつくように駆け寄ってきた。
「まりちゃん、この方なんてどう? 一部上場企業の本部長さんだって」
 母親はそう言って、立派な台紙に貼られた写真を目の前に押し付けてくる。
 お見合い写真だ。
「私まだ結婚する気ないって言ってるじゃない。今、仕事がいいトコなんだから」
「だって、まりちゃん。女は三十過ぎたら、どんどん貰い手がなくなっちゃうのよ、今が最後のチャンスなのよ」
「働く女にとって、三十なんてまだまだひよっ子なの。お母さんの考えを人に押し付けないでくれる?」
 まり子はそう言うと、お見合い写真の中身も見ずに、二階の自分の部屋へ駆け上がった。
 硬いスーツを脱ぐと、ベッドの上にごろりと転がる。そして天井を見ながら考える。
 三井まり子、二十九歳彼氏なし。仕事は広告代理店営業。先日同期の中で一番乗りで主任に昇格し、今一番仕事が楽しい時。そんな自分に、母親は熱心に見合いの話を持ってくる。短大を出てすぐ、二十歳で父と結婚した母親は、結婚こそ女の幸せという考えの持ち主なのだ。まり子の中にも、仕事だけに生きることへの不安が全くないわけでもない。男には負けたくない。女だからと馬鹿にされたくない。そんな一心で七年間がむしゃらに働いてきたけれど、果たしてそれで自分は幸せなんだろうか......? 
 そんなことを考えているうちに、まり子は化粧も落とさず、そのまま眠ってしまった。

 翌朝七時。もはや毎朝の恒例行事のように、まり子は窓の外に目をやる。
 来た。うしろ姿の君。
この人は、どんな人なんだろう。
 昨日の出来事があったからか、今朝は妙にしんみりとした気分で彼の後ろ姿に見入ってしまった。どうしてこんなに熱心に縁結びの神様にお参りにくるのだろうか。勝手に既婚者と決めつけていたけれど、ひょっとして独身? 仕事が忙しすぎて、気がついたら婚期を逃していたというパターン? 
 まり子が出勤しようと玄関に出ると、近所のおばちゃんと母親が一枚の写真を見ながら、こそこそと何かを話していた。
「この方、まりちゃんにどうかしら?」
「でもねぇ、いくら奥さんと死別でも、結婚歴がある方はねぇ」
 また私の見合いの話か。昨日の今日で、よく次から次と話があるもんだ。まり子は半ばあきれながら、家を出た。
 会社に着くと、入社三年目で早々に結婚退職した同期からメールが届いていた。
 タイトルは「生まれました!」。
 どうやら、二人目のお子さんが生まれたらしい。
 同じ大志を抱いて入社した同期。でも方や仕事を辞め、家族を作り家庭を守るという、女性の本能に沿った女の幸せを手にしている。一方まり子は、結婚の予定もなく、仕事を生きがいに、いわゆる男性的な人生を歩んでいる。何を持って幸せとするかは、人それぞれの基準があるから、どっちが幸せだなんて比較はできないけれど、三十歳を目の前にして、子供に囲まれて幸せそうな同期を見ると、さすがのまり子も少し考えてしまう。

 次の日まり子は、普段よりも三十分早く起きて身支度を整え、驚く母親を軽くあしらうと、家を出た。向かうは深大寺。駅ではない。
 今まで幸か不幸か、後ろ姿しか見ることができなかった「うしろ姿の君」。今日は、絶対に顔を見る。そして、もうこれ以上、後ろ姿を追わない。
 毎朝、彼の後ろ姿を見るのが楽しみだった。最初はただあれこれ勝手に想像して楽しんでいるだけだったけれど、最近は、彼の姿を見るたび、どことなく胸が痛かった。
 とりあえず、顔を見よう。
 彼の顔を見れば、何かが変わるような気がした。最近のこの悶々とした気持ちに、終止符が打てると思った。
 七時十分前、一足先に、深大寺の神様にお参りをすると、まり子はそのまま彼がやってくるのを待った。早朝の深大寺境内は、昼間の賑わいとはまた違う荘厳な雰囲気を漂わせていた。青い空に、セミの声が耳をつく。木々の緑が目にまぶしい。ああ、世間は夏だったんだ。
 まり子の腕時計が七時を指した。
 いよいよだ。
 でも、彼は現れない。
 なぜ? 今までずっと平日の午前七時という規則性を一度も破ることなく現れていた彼が、どうして今日に限ってこない? まり子は、思わず本殿の中を覗くようにして見る。深大寺の神様、これは、神様が私に、うしろ姿の君とは会うな、とおっしゃっているのですか? そうまり子が心の中で神様に問いかけた時だった。
 小さな女の子の手を引いた男が境内に入ってきた。そして本殿の前に立つと、女の子を諭すように言う。
「お父さんが一生懸命深大寺の神様に頼んだんだ。真央の痛いの治してくださいって。真央がいい子に頑張ったから、神様も真央の痛いの治してくださったんだよ。一緒にお礼を言おうね」
 そう言うと、親子はそろって手を合わせる。
 深大寺は縁結びの神様なのに......。まり子は、思わずクスリとしてしまってからハッとした。ひょっとしてこの人......?! 三歩下がって、男の後ろ姿を見る。
 うしろ姿の君......。
 今朝はスーツ姿ではなくジーパンにポロシャツというラフなスタイルだったからすぐには気が付かなかったけれど、この後ろ姿は、まさしくまり子が毎朝自分の部屋から眺めていたうしろ姿の君。子供がいるってことは、やはり結婚していたんだ。
 少し胸が痛かったけれど、彼が熱心にお参りに来ていた理由もわかったし、どこか吹っ切れたような、なんだかとてもすがすがしい気持ちになった。
朝食を摂るため、一旦家に戻ったまり子は、テーブルの上にお見合い写真らしきものが置いてあるのに気がついた。
 お見合い、か。一回くらいしてみてもいいのかも知れない。そう思って、何気なく開いた写真を見て、まり子は絶句した。
「お、お母さん、こ、この人?!」
「なあに? 今朝はやけに早く家を出たと思ったら、戻ってきたの?」
「この人、この人何?」
「ああ、その方ね。まりちゃんにどうかって昨日お話をいただいたんだけれど、三年前に奥さんと死別されていて、さらに小さなお子さんもいるっていうのよ。お母さん、まりちゃんに結婚はして欲しいけど、さすがに子連れの方の再婚となるとねぇ......」
「いい!」
「え?」
「いい! いいよ。お母さん、私、この人と会う!」
 まり子は喜々として声を張り上げた。だって、お見合い写真に写っていたのは、さっき深大寺で会った、うしろ姿の君、まさにその人だったから。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
押切 優(東京都武蔵野市/女性)

 さっきまで深大寺を渡っていた夜風が私の部屋にもゆっくり吹き込んできている。たった今、バス停で気まずく別れた恋人の言葉を反芻しながら、私は窓辺のソファにぐったりと座り込んだ。
「君は今、一体どこを見ているのかなぁ。君が昔、恋人を亡くしたことは知ってるよ。でももういいんじゃないか?今をちゃんと見て、今を生きてほしいんだ。俺のためにも。」
昔、という言葉が思いのほか私の心にこたえた。そうね、と言うことも、昔のことなんかじゃないのよ、と言うことも出来ずに、ただ痛いところを突かれたという顔をはっきりと見せてしまったことが自分でもわかった。何故、今日、深大寺になんか行ってしまったのだろう。あれからずっと避けるように行ったことがなかったのに。
今日で卓が死んでちょうど10年だ。昔、と言われても仕方のない年月が過ぎたのだった。
少し湿った夜風はこの街を渡り、川の方にも流れていく。窓から川向こうの明かりをぼんやりと眺めていたら、ふいに携帯電話が鳴った。知らない番号だった。
「もしもし?」
少し訝しげな声で電話に出ると、一瞬とまどったような間をおいて、女性の声が「もしもし」と言った。
「あの、植村理佳さんでしょうか?」
「はい。」
「突然すみません。私、今は高橋と言いますが、智恵子です。・・・桜井卓の姉です。」
「え?」
この10年、いつも頭から離れることのなかったその名前が、自分以外の人の口から出たことに私は本当に驚いた。次の言葉を捜していると、彼女は続けて言った。
「本当に突然で申し訳ありません。弟のこと、覚えていらっしゃいますか?」
覚えているも何も。忘れたことなんかないです。1日たりとも。忘れたくても、どうしてもそれが出来なくて今日だってそれが原因で恋人と気まずくなってしまって。覚えてますかなんて見当違いの質問もいいとこです。頭の中にそんな言葉が溢れたが、
「はい。よく覚えています。」
とだけ言った。久しぶりに聞く卓のお姉さんの声は、「姉貴、秀才なんだよね。俺は絶対かなわない。」といつも卓が自慢げに言っていたことそのままに、落ち着いたトーンだった。卓から頼まれたものをどうしてもあなたに渡さなければいけなくて、でも今あなたがどうしているか判らなくて、卒業アルバムの名簿を頼りにご実家に連絡して電話番号と住所を教えていただいて、郵送したのですが、届きましたか?というようなことを簡潔に言った。
ええ?卓から頼まれたもの?郵送?私は慌てて、さっき無意識にまとめて持ってきた郵便物の山を探った。チラシやらダイレクトメールやらの中にしっかりとした硬くて白い封筒があった。これだ。
「ああ、ありました。」
「よかった。卓が、自分が死んで10年経ったらあなたに渡してくれって。卓の遺言みたいなものだから、それだけはどうしても届けてあげたくて。今さら、ご迷惑だったかもしれないけど。ごめんなさいね。」
そう言って、電話は切れた。
自分が死んで10年経ったら?あの時、卓は病床の中でも決して死ぬなんてことは言わなかった。私にはいつも笑顔だった。茫然とその封筒を開けると、また封筒が入っていた。表書きの真ん中に、懐かしい、涙が出るほど懐かしい文字で「理佳へ」とだけ書いてある。私はその文字を見ただけで、手が震える自分に今さらながら驚いていた。そしてどうしてもその封筒を開けることが出来なかった。
夜風は少し冷たさを増してきた。川向こうの明かりもさっきより少なくなった。私は窓を閉めて、何もかもがどうでもいいような気がしてそのままソファで眠った。
翌日は昨日とはうって変わって晴れ渡った。午後遅くにようやく起き出した私は、その晴天の空を見て、あの封筒を持って深大寺に行くことにした。10年経ってから卓が私に伝えたかったことをちゃんと聞かなくては、と思った。夏至に近い力強い晴れ空から卓が見ているような気がした。
バスを降りて山門を入ると、七夕飾りが夕風にゆらゆら揺れていた。昨日の雨で鮮やかさを増した緑が、華やかな七夕飾りといいコントラストを作っている。
卓の家は深大寺の近くにあった。私が大学を出て、一人暮らしの地を調布に決めた理由はここにしかない。私たちは高校の同級生だった。違う大学に進んでも恋は終わらなかった。高校生の可愛い恋から大学生のちょっと苦味も含んだ恋愛にステップアップしただけで、私たちはそれぞれの都合がつく時はいつも一緒にいた。その時間を思い出すときはいつも深大寺が舞台だ。楽焼なんか何個も作ったし、蕎麦の味比べと称して全部の蕎麦屋を回ったし、初詣も何回も来た。でも1度もここで買わなかったものがある。縁結びのお守りだ。
深大寺は縁結びのお寺。それはこの界隈では有名な話で、勿論私たちも知っていた。ある時私は卓に、
「深大寺って縁結びのお寺なんだよね?お守りとか、買わない?」
と言ったことがある。その時卓は即座に、
「縁なんて、もう結ばってんだから、そんなもの要らないでしょ。」
と笑って言って私の右手をとった。少しだけ顔をこっちに向けて横目で私をじっと見た。結ばってる、という変な言い回しがおかしくて私も笑ったが、私も卓の目を見返して内心ドキドキしていた。卓は私を見る時よく、正面からではなく横目を使った。心配そうな時も怒っている時も愛おしそうに見る時も。私は卓のその横目の視線が大好きだった。私たちはそのまま、縁が結ばったと信じたまま、それから近い未来に本当に結婚するはずだった。まさかそれから近い未来に卓がこの世からいなくなるなんて、思ってもいなかった。つないだ卓の左手がさらりと少し冷たかったのを今も私の右手が覚えている。
今、私の右手には紙だけの小さな卓がいる。私は池のほとりのベンチに座った。ここでよく、後ろの土産物屋でソフトクリームや蕎麦パンやお焼きを買って二人で食べた。今は私一人と、手の中の卓。
「10年後、33歳の理佳へ。」卓からの手紙はそんな書き出しで始まっていた。
「33歳の理佳なんて、本当は想像もつかないんだけど、元気ですか?どうしていますか?もうお母さんになっているのかな?幸せですか?なんて、こんなこと書きながら今はまだ僕は生きていて、君もまだ23歳で、何だか妙な気持ちです。でも、どうしてかな、僕が死んだら君はきっと悲しむに決まってて、そうしてそれがずっと続いてしまったら、と心配になって、そしたらいてもたってもいられなくなったんだ。今、君は幸せかい?もしそうじゃないなら、それは僕のせいかもしれないね。もしそうなら、本当にごめんね。理佳、僕は君に会えて本当に幸せだったんだよ。君を置いて先に行くのは悲しいし悔しいけれど、君がいたから僕のこの短い人生はものすごく鮮やかな光に満ちていたと今、心から思うんだ。理佳、本当にありがとう。だから理佳、君も鮮やかに光輝いていてほしい。今もこれからもずっとそうであってほしい。君の幸せを祈ることしか出来なくなる僕だけど、誰よりも何よりもそれだけはずっと祈り続けるから。10年経った今も、祈っているから。これだけは忘れないで。頑張れ、理佳。またいつか会おう。」
手紙の文字は薄闇にまぎれて読めなくなってきた。長い時間をかけて、何度も何度も読んだ。手の中の卓、空にいる卓、私の心の中の卓。10年後の私のことまで心配しているバカみたいに愛しい卓。
「泣いてるの?」
急にすぐ隣から声をかけられて、私はぎょっとして横を見た。いつからいたのだろう?もう夕闇が迫っているというのに、小学1、2年生くらいの男の子が私の隣に座って池の方を見ている。言われた通り、私は確かに泣いていた。卓が死んでから私は泣くことすら出来なくなっていたことにも気が付いた。
「ボク、お家は近いの?」
涙声で私はその男の子に尋ねた。男の子は少しうつむいて足をぶらぶらさせながらコクンと頷いた。それからゆっくり顔をあげて少しこっちを向いて言った。
「男の子は泣いちゃ駄目だって、お父さんが言うんだ。でも、お姉ちゃんは女の子だから泣いてもいいんだよね。」
「もうお姉ちゃんじゃないわよぅ。」
私はちょっと照れ隠しに笑って言って男の子を見た。またぎょっとした。
男の子は横目で私をじっと見ていた。卓と同じ目だ。卓が私を見る時の、悲しそうな愛おしそうな、懐かしい愛しい目だ。私は言葉が出ず、私たちはしばらくそうやって横目で互いを見つめあった。
男の子はふいに視線をはずして、立ち上がってポケットから何かを取り出した。
「これ、あげる。」
小さな何かを私の手の中に入れて、男の子は夕闇の参道を走って行ってしまった。茫然と男の子を見送り、手の中のそれに目を凝らすと「あっ」と声を上げそうになった。それは縁結びのお守りだった。私は慌てて立ち上がって、男の子が行った方を見た。男の子は夕闇にかき消されたように見えなくなっていた。
空を見上げると、鬱蒼とした緑の切れ間から星が見えた。涼風が私の顔を撫でた。私はお守りと小さな紙の卓をそっとポケットにしまい、代わりに携帯電話を取り出して、恋人の番号を押した。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
川向 裕貴  (東京都調布市/37歳/女性/会社員)

 その女の人はすごく目立っていた。はっきり言ってしまえば、浮いていた。まぁ、ものすごい美人ということもあるけど。
なにしろ、八月のあたま、セミだってやけくそに鳴き叫んでるっていうのに、

彼女、き・も・のを着てるんだ。それも黒色の...喪服。

黒い喪服に白い日傘。目の前を通るとき、ばっちり観察したら、絽っていうの? 単の着物で、遠目よりは涼しげに思えたけど...。
決して着物を着慣れているって感じはしなかった。年だって十四歳のぼくとたいして離れてないって感じだし。
とにかく店番をしているぼくの目の前を通って、彼女は深大寺に向かって行ったんだ。
ここから、境内までは歩いて三十分はかかる。つまり再び彼女がぼくの目の前に現れるのは、一時間後だ。ぼくはバカ兄貴を叩き起こして、断固、休憩タイムを要求した。
「もう昼飯かよ。早くねぇ?」
 ぶつくさと文句を言っている兄貴と交代して、ぼくは店の隣の蕎麦屋に向かった。
「いらっしゃい! ...なんだ、宏明なの」
 割烹着姿で、がっかりしたように言ったのは、母さんだ。ぼくの家は、深大寺の山門前で、「早い・安い・その割に美味い」がウリの蕎麦屋とそれに付随する土産物屋で生計を立てている。ぼくは夏休みだけ、土産物屋でアルバイトをしている。
 いつもニコニコ現金払い、従業員割引を使って注文したカツ丼をかっこんだ。
「これからが混むのよ。向こうはお兄ちゃんに任せて、あんたはこっちを...」
 もちろん、母さんの声は聞き流した。


「兄ちゃん、母さんが蕎麦の方、手伝いに来いってさ!」
 いつもと変わらない自然な感じで言った。
「お前...なんか...、おかしくねぇ?」
 するどい...。
普段はバカな兄貴がこういう時だけ妙に賢くなるのは、どういうわけなんだろう。
「おかしくなんかないよ! それより...」
 言いかけたその時だった。例の喪服の女の人が店の前を通りかかったのだ。
 来い! こっちに来い! 店に入れ! ぼくの必死な願いが神に...おそらくは縁結びの深沙大王に...通じたらしく、その女の人は店の前で、日傘を畳んだ。
「いらっしゃいませェ!」
 大きな声を出したのは、兄貴だった...。一瞬、マジで殺意を覚えたね。
 もちろん喪服の女の人はそうとは知らずに、たいして広くもない土産物屋の店内をきょろきょろと見回している。清涼飲料水の自動販売機の前に立ち止まって、ちょっと考え込むようにしてから、ぼくたちを振り返った。
「あの...飲み物を買いたいんだけど、千円札、くずしてくれる?」
「あ、はい。でもまぁ...なにも飲み物なんざ、買うことはありませんやね。おい、宏明、冷蔵庫から麦茶を持ってきて差し上げなさい」
 落語家のような口調で、兄貴はぼくにそう言った。本日二度目の殺意を噛み殺して、ぼくは冷蔵庫に向かってダッシュした。


 戻ってくると、女の人は兄に勧められたらしく、丸椅子に座って扇子を動かしているところだった。アップにした茶色い髪の毛が一本だけほつれて、首筋に汗で張り付いているのが、変に生々しい感じだった。
「どうぞ。...粗茶ですが」
「こちら浦部優奈さんとおっしゃるそうだ」
 えらそうに兄貴が言った。三つしか違わないくせに! ぼくは顎を少しつきだすようにして、頭を下げた。こんなことをすると余計にガキに見えてしまうのは、承知の上だ。
 優奈さんは、そんなぼくを哀れんだように、しっかりした弟さんね、と言った。お世辞という言葉くらい、ぼくだって知っている。
「お葬式の帰りなのよ」
 その格好を見れば当然、想像がつく。
「でも向こうはびっくりしたみたい。親族でもない私が、お着物で現れたもんだから」
「どなたのご葬儀だったんですか?」
 これは、兄貴。こういう時はほんと、ソツがない。
「彼のお葬式。私、愛人なの」
 ぼくと兄貴は顔を見合わせた。
「愛人...だったっていう方が正しいわね。だってあの人...、死んじゃったんだもん」
「え~と、俺、昼飯まだなんで、ちょっと行ってくる。ゆっくりしてってくださいね」
 バカ兄貴はそう言い残して、店を出た。こういう時はほんと、逃げ足が速い。
「いくつなんですか? 年?」
「私? 三十二よ」
 想像していたよりはかなり上だったが、それでも死んでしまった愛人の後を追うような年齢...若くも、逆に諦めの境地に達しているって、わけじゃあない。
古い恋を葬って、新しく生きなおすにはちょうどいい年齢だ。ぼくは感じたことをそのまま口にした。
「ありがとう。...あなた、大人ね」
 ぼくは、この世の中に、泣きたくなるような悲しい笑顔があるってことを初めて知った。
「でもね...」
 優奈さんは、悲しい笑顔のまま、続けた。
「すごく好きだったの。親子ほどに年も違うし、奥さんもお子さんもいる人なのに...。どうしようもないくらい、好きだった」
話しながら、優奈さんは左手の薬指をしきりに気にしていた。ぼくの視線を感じたのか、優奈さんは、左手を広げて、甲をぼくに向けた。赤い石の指輪。
「彼からもらった、たった一つの物なの。誕生石、ルビーだから」
「へぇ~」
「向こうの奥さんがよくできた人でね、多少の財産分与はしてもいいって言ってくれたんだけど。...断っちゃった」
「えっ? なんで! もったいない」
「お金で買われた恋じゃないもん」
 ぼくはなにも言えなかった。
「その代わりにね、分骨してもらった」
「ブンコツ...?」
「彼の骨をね...分けてもらったの。ほんのちょっとだけどね。それで、彼のお骨と一緒に深大寺に来たってわけ」
「縁結びの神様だから?」
「そう」
 話すだけ話すと、優奈さんは少しさっぱりしたような顔で立ち上がった。
「つまらない話、聞かせちゃったね。...そうだ、お礼に...なにか買っていくわ」
「いいですよ、ロクなもん、ないから」
 親が聞いたら卒倒しそうだが、本当のことだ。でも優奈さんは全然聞いてなくて、商品を一つ一つ手に取っては、検討し始めた。
 仕方なく、ぼくも付き合う。
「じゃあ...これなんか。干支の置物! 時期じゃないか...。あ、これは! お菓子。日持ちもするし、お土産に喜ばれること...」
「ねぇ...これは? これは、なに?」
 優奈さんが手にしたのは、うっすらと埃を被った『スノードーム』だった。
 半円球のドームの中に、鎮座する深大寺。その周りには色とりどりのビーズがある。ドームの中は水だから、一度逆さにして戻すと、しばらくの間はビーズが浮遊してキレイ、っていうあのスノードームだ。
「なにって...、もらって嬉しくないお土産物の定番、スノー...」
「これ、いただくわ」
 ぼくはあわてて、埃を掃った。
「おいくら?」
値札は変色していて、読めなかった。
「いいです、差し上げます」
「そうはいかないわよ。じゃあ、さっき両替しようとした千円! これでいい?」
 剣幕に負け、ぼくはそれを包装して渡した。


 優奈さんから手紙が来たのはそれから一ヶ月たった頃だった。土産物屋、兼、蕎麦屋、兼、自宅の住所は包装紙を見て知ったにしてもぼくの名前は覚えてもらえなかったようだ。

『ご兄弟の弟さんの方へ』

 と書く優奈さんもどうかと思うが、これで届けてしまう日本の郵便って優秀すぎる...。
 中には、スノードームの写真が一枚。
 あれから優奈さんはスノードームについて調べたらしい。そしてインターネットで、手作りキットを買えることを知ったのだ。
 半円球のガラスグローブ、コンタクトレンズ用の精製水。それに台座とそれを固定するシリコン充填材、パウダーともチップとも呼ばれる雪をイメージするモノがあれば、スノードームは誰にでも簡単に作れる。
世界に一つしかない、自分だけのスノードームが作れるのだ。
優奈さんのスノードームには、赤い石の指輪...彼からもらったと言っていたルビーの指輪が鎮座している。その回りに浮遊している白い粉は...砂ではない...もちろんビーズでもなく、おそらくは人間の骨。写真の裏には、

『ステキなお墓ができました』

 なんだこりゃ? と兄貴が喚いた。ぼくはただ、笑っていた。
恋の墓標だよ...と言っても、ガキの兄貴には、たぶん理解できないだろうから。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
emi  (東京都江東区/41才/女性/主婦)

「スズメバチの巣があるから危ないよ」
「大丈夫だよ、ほら」
 下から木を見上げる僕の心配をよそに、彼女は茂った枝と葉の間から姿を現した。そして片手で枝にぶら下がりながら、もう片方の手を開いて僕に見せた。手のひらにはオレンジ色に熟れたビワの実がふたつのっていた。
 その場で皮をむき、もぎたてのビワのジューシーな食感と甘酸っぱい味覚を堪能すると、小学校四年生の自転車デートがスタートした。
 学校近くのビワの木で待ち合わせて、まずは近くの市立図書館深大寺分館へ。図書館脇の廃棄電池ボックスを覆うように、桑の木の枝が張り出している。枝には赤い実が実っていた。十粒とって彼女に五粒渡すと、口に放り込んでまた自転車を走らせた。桑の実はまだ酸っぱかった。
ペダルをこぎながら食べかすの種をぷっぷっと吹きつつ、武蔵境通りに出る。そのまま南下すると「神代植物公園北」の信号が見えてくる。そこを左折。葉桜になっている並木道を走る。セミの鳴き声を聞くにはまだ早かったか。
「植物公園ってさ、サザエさんのオープニングに出てたよね」
なんて無駄話でフォローしつつ、そのまま植物公園横を走り抜けると、僕らが「ジン小」と呼んでいた深大寺小学校が見えてくる。ジン小の校門に向けて方向転換、そのまま校門を通り過ぎて角を右折すると、深大寺へと続く道。
 わざわざ遠回りして深大寺に向かうのには理由があった。ジン小側からだと急勾配の下り坂がある。そこをブレーキをかけずに自転車でイッキに駆け下りる「ノーブレーキアタック」を、僕らは絶叫しながら敢行した。
 坂道を降りた勢いでそのまま深大寺を通り過ぎ、再び武蔵境通りを南下、野川沿いに入る。次の目的地は調布飛行場だ。飛行場の隣には、野球場やサッカー場が何面もある広大な「カントー村」があった。着いたときには汗だく。でもすぐにゴムボールでキャッチボールをした。ゴムボールはよく曲がる。カーブ、シュート、フォーク、ナックル、パーム、シンカー。意味もわからないまま球種だけ言って投げると、それなりに変化する。変化についていけない彼女は、僕の投げたボールをそのつど後ろにそらしながら、「すごいね」と笑ってボールを取りに行った。僕は、ボールを追う彼女の揺れる後ろ髪を見ながら、「なんで女の子ってみんな髪が長いんだろう」なんて、とんちんかんなことを考えていた。
 どうしてこうなったのか、きっかけは覚えていない。本当は、クラスの友達を何人か誘って遊びたかった。でも、もし僕と彼女が「仲良し」ってことにされたら、クラス中、いや学年中から冷やかされてしまう。それに耐える自信がなかったから二人で遊んだ。
しかし、僕の目論見は、遊んだ次の日にあっけなく崩れ去った。彼女が自分の親友に遊んだことを話したのだ。予想通り、話はその日中に広がり、僕はみんなから冷やかしの餌食になった。なにかというと、彼女の名前を連呼する。同じクラス内で、彼女はいつもどおり僕に冗談をかけてきたけれど、もう目を見ることすらできなかった。一日、一週間、一カ月...、同じ態度を取り続ける僕に、彼女も呆れたのか、会話はなくなった。
 五年生になってクラス替えがあった。僕と彼女は別のクラスになり、より疎遠になった。たまに廊下ですれ違うことがあっても、お互い目をそらせた。あの自転車デート後、彼女のことで知ったことといえば、卒業文集に載っていた夢、「保母さんになること」。たったそれだけ。僕は「先生になりたい」と書いた。
 それが初恋だった、と知ったのは地元の中学に進んでからだ。彼女は私立中学に進学した、と彼女の親友が教えてくれた。いなくなって初めて彼女をずっと意識していたことに気付いた。最も嫌な思い出になっていたはずの自転車デート。でもいつしか、その思い出を噛みしめることが、僕にとっての救いになっていたんだ。

高校卒業後、親のコネで地方の建築会社に住み込みで就職した。朝から夕方まで土木作業の毎日。そのときになって初めて、これまで無駄に過ごしてきたことを後悔した。中学生以降、受験勉強や部活、辛いと思われるものすべてから目を背け、逃げてきた。今も辛いが、親の顔を潰すわけにもいかない。でも、まだ十代だからできるこの仕事。二十年先も同じことができるのか...? かといって、他にできることもない。日増しに膨れる不安と苛立ち。休みの日も遊びに行く気になれず、寮で寝ていることが多くなった。
 就職して二年目の正月なんて最悪だった。風邪をこじらせ、実家にも帰らず寝込んでいた。すると、年賀状の代わりに実家から一枚のはがきが転送されてきた。
「お正月に帰ってきたら渡そうと思ってたんだけど」
 と電話で親が言っていたそのはがきは、成人式の招待状だった。
 葛藤が生まれた。式に行って旧友に会えば、幾分か救われるかもしれない。でも正直、今の自分の姿を晒したくない。
風邪が治っても、曖昧な気持ちに決着はつけられなかった。
 成人式の日。結局、仕事で式には出席できなかった。この仕事に祝祭日は関係ない。
「俺、早生まれだし。まだ二十歳じゃないし」
 そんな言い訳を自分にして納得させた。させたはずだった。

 その日の夜、夢を見た。
――滝のような、せせらぎのような音が聞こえる。この場所は...、思い出した。ここは深大寺の横にある二頭の獣の頭がある場所だ。小学生の頃はみんな、「トラ」と呼んでいた。そのトラの口から絶えることなく水が落ちている。幼い頃、この場所が怖かった。噛まれそうで、飲み込まれそうで、心が落ち着かなかったからだ。
そこには成人式を迎えたばかりの僕がいる。スーツ姿だ。でも大人になってもこの場所は落ち着かない。早々と引き上げようと振り向いた瞬間、目の前に彼女がいた。顔は小学校四年生のときのまま。背だけが伸びている。成人式に出席したのか、艶やかな振袖姿だ。
「久しぶり」
 たぶん、口が開いたままになっていたのだろう。そんな僕の顔がおかしかったのか、彼女は一言だけ発すると、あとはずっと微笑んでいた――
 次の日の平日、僕は早朝に寮を出て仕事をサボった。就職の面接以来しまっていたスーツを引っ張り出して着込み、調布を目指して電車に乗った。

 昼過ぎに京王線の飛田給駅に着くと、カントー村を目指した。今は味の素スタジアムが建っていた。以前は遠くまで抜けて見えた空が狭く、小さく見えて少し寂しかった。
 そのまま歩いて人見街道を北上、野川から深大寺を目指す。ゆっくり野川沿いを歩きながら、こんなことをしているのは小学生以来だと気付いた。
 汗ばんできたのでマフラーを外して少したった後、夢に出てきた場所に着いた。冬だからか、トラの口から水は出ていなかった。幼い頃、あんなに広く感じたこの場所も、大きく感じたトラも、今見るとずいぶん狭く、小さく感じた。「場所が変わったり、人が変わったり...、みんな変わっていくんだな」と、思った。
 そのままジン小の急坂を息も切れぎれ登って、市立図書館の深大寺分館に向かう。やっとの思いで着くと、昔桑の木があった場所も駐車場になっていた。そこから僕らが通っていた小学校に向かうと、途中にあのビワの木があるはずだ。
ビワの木のまわりは、以前は空き地だった。今、空き地には大きな保育園が建っていた。門には、「市立深大寺保育園」と書かれている。しかし、まるでそこだけ避けるかのように、ビワの木は残っていた。僕は木の下に辿りつくと、しばしの間、実もなく、葉もなく、枝だけの木を見上げていた。
 あの時と同じように。その時だった。
「大丈夫だよ、ほら」
 という声が保育園の庭から聞こえてきた。庭ではたくさんの園児を相手に、今は保育士と呼ばれるようになった立場の若い女性が声をかけている。
今まで怠けていたはずの僕の頭が咄嗟に反応した。卒業文集。夢で聞いた声。そしてビワの木...。間違いない。この直感は、きっと正しい。
 一度大きく深呼吸して今度は空を見上げた。それまで気付かなかったけれど、澄んだ空気のなか、既に陽は傾いてきているものの、まだ青空が広がる立派な小春日和だった。
「これって、また救われたってことになるのかな」
 目線をもとに戻し、大きく息を吐くと、僕は保育園の庭に向かって一歩を踏み出した。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
伊藤 亮 (東京都府中市/30歳/男性/フリーライター)

 

その日、僕は仕事の後に大学時代の友人と新宿で食事をした。大学を卒業してから、二年ぶりの再会ということもあってずいぶん話も盛り上がり、予定の帰宅時間をだいぶオーバーしていた。
帰りのバスの中で友人が話していたクラスメイトの近況を思い返しながら窓の外を眺めていると、深大寺というワードが耳に入ってきて急いでバスを降りた。バス停に飛び下りるや否や、スチームのようにきめの細かい雨が僕の腕にまとわりついきてきた。それはまるで真夏の暑さをなだめるかのような、涼やかな霧雨だった。
僕はいつものように深大寺につながる通り道を歩き、お寺が見え始めると左にそれた。昼間は参拝の人だかりで賑やかなこの小道も、夜遅くなると人通りは少なくなり、坂の上から闇がぼうっと近づいて来るような気がした。吸いこまれそうになる暗闇に一瞬ひるみながらも、僕は歩くピッチを早めた。聞こえてくるのは自分の靴の音と、おおげさに傘で反響する雨音だけだ。この曲がりくねった坂道を上りきれば、右手に手のひらのように大きな葉っぱを枝いっぱいに生い茂らせた柿の木が見えてくるはずだった。
僕はその柿木を二十四年間ほぼ毎日見続けてきた。家を出れば、必ずその老木のつくるトンネルの下を潜ってきた。僕が生まれて間もない頃から母は僕を抱えて日の当たる縁側で乳を与えていた、という話をよく祖母から聞かされていた。
頭上では薄くぼんやりと白い光を放つ外灯の回りで、霧雨が細かい結晶をつくって宙を舞っていた。正面からは、ゆるやかな風に乗った霧雨が僕のまつげに吸い付いて、やがてそれは水滴となってわずかに視界を塞いだ。お寺の生垣から道に覆いかぶさるように梢を伸ばしている柿の木を過ぎようとした時だった。僕の視界をかすかに黒い影が――それは確かに、僕の視界の右下隅にあった――遮った。驚いて振り返ってみると、その影はうずくまるようにして顔を伏せ、小刻みに揺れていた。よく見るとそれは、制服を着た女の子だった。首元に黄色いリボンのついた半袖のYシャツに紺色のスカートと、それと同色の靴下を身にまとっていた。わずかに見える横顔はまだあどけなく、十六、七歳に見えた。
よっぽどそのままにして先を急ごうかと思ったが、僕は思い返してその少女に近づいてみることにした。Yシャツが雨でべっとりとはりついていて、肩が透けて見えていた。肩までかかった黒々とした髪が、霧雨をはじいてきらきらと光っていた。それは、真冬に青白いイルミネーションを冷たく光り放つクリスマスツリーを連想させた。
僕は恐る恐るその少女に近づいて、そっと傘を被せてあげた。顔を覆ってすすり泣いている彼女からは、ほのかにシャンプーとまだ実っているはずもない柿の実が入り混じった甘いにおいがして、僕はまた酔いが回ってきたような気がした。
「あのぉ......。こんなところで傘もささないで風引くよ?」
僕にしてはかなり思い切って、愛想よく声をかけたつもりだった。
しかし、その少女は僕の存在にすら気付いていないのか、ぴくりとも反応しなかった。
「一体どうしたの?」
僕は一緒になってしゃがみこんで、今度はもっとゆっくりと、語尾をあげて、声をかけてみた。そして、ハンカチをそっとその少女の胸元に差し出した。少女の袖の短いシャツの脇からわずかに覗きみえる白い下着が間近で目に入った瞬間、僕の心臓は小さくトクンと音を立てた。そんな思いを見透かされないように、ハンカチを差し出したまま雨粒を弾いている少女のローファーを見つめながら、僕は彼女の反応を待った。しかし、少女はあいかわらず時々鼻をすする音を立てるだけで、手を顔で覆い小さく震えていた。
「もしもーし」
僕は半ば投げやり気味で声をかけた。どうやら彼女が僕の存在に気付いていないということはないようだった。その証拠として、この三度目となる僕のアクンションを機に、彼女のすすり泣きは止んだ。
僕の傘に柔らかく舞い降りてくる霧雨の音が、木の葉がこすれる音と心地よく混じって、眠気を誘う調和音を奏でていた。遠くの方で車がそのハーモニーを遮るようにして、水溜りを切る音を立てて走っていた。彼女の顔の輪郭を形作っている髪の毛は、滑らかな曲線を描いて口元に滑り込み、その毛先は求心力を失ってそこにべっとりとまとわり付いていた。
すっかり困り果てた僕は、傘の柄についているバンドをパチンパチンと人差し指で弾きながら、ただ一緒にしゃがみこんでいた。それから、ふと思い出したように頭上の柿の木に目をやった。
僕はその柿の木が好きだった。夏になるとカミキリがよく取れる木で、幹は乾燥して鱗のようだったが、秋になると見かけによらず柿をたわわに実らすという、幼少時代の僕を飽きさせることのない木だった。この老木に登ると、足元からは悲鳴に似た軋む音を発し、枝から手を離すたびに幹から剥がれ落ちた軽い木屑が、まるで髪の毛がはらはらと抜けて落ちていくように風に散った。


それは、ぼんやりと輪郭のない音だった。
「な......ら......」
突然少女が答えた。本当に彼女が発した言葉かどうか疑わしくなるほど聞き取りにくかったが、どこか余韻の残る声だった。僕は黙って彼女を見た。
少女は、両方の手のひらいっぱいを使って涙を拭ってから、うつむいたままもう一度言った。
「さようなら......をね......」
髪の影に隠れているピンク色をしたいかにも弾力のありそうな張りのいい唇。それが雨に濡れたのか涙で濡れたのか、艶やかに光を帯びていた。僕はその唇の光をじっとみつめながら、黙って続きを待った。
「さようならを言いたかったの......」
そう言って、少女は初めてちらりと僕の顔を見て、そしてまたうつむいた。
思ったより大きな瞳の奥に見える虹彩は、ずっと見ていたら誰でも簡単に催眠術にかかってしまいそうなほど美しい幾何学的な模様をしていた。
 僕はどう答えればいいかわからなかった。雨の降る夜更けに、少女が傘も差さずにさようならと言って泣いている。それら一つ一つの条件のどれをとってもわからなかったし、そもそも今自分の置かれている状況すら理解できなかった。
とにかく僕はその『さようなら』という言葉に対しては答えずに、
「いつからそこにいるの?」と訊ねた。
雨脚が強くなってきて、僕の傘から聞こえる雨粒の作り出すリズムのテンポが上がりはじめていた。
数秒間の沈黙後、彼女は囁くように答えた。
「ずっと前から・・・」
「ずっと前からってどのくらい前から?」
「ずっとずっと前。祐樹の生まれるずっと前からだよ」
電話ボックスの中から話しかけているのかと思うほど、彼女の声には遠近感がなかった。僕はぼうっと彼女を見つめていた。一体、彼女と僕との間にはどれほどの距離があるのだろう。目の前にいる彼女は、本当は僕の耳元でささやいているのであろうか、それとも百メートル離れた場所から糸電話を使って話しかけてきているのだろうか。そして彼女はなぜ僕の名前を知っているのであろうか。


そんなことを混乱した頭の中で考えていた時だった。強烈な光が上空からサーチライトで照らしたかのようにあたりの景色をはっきりと映し出し、その光は乱反射して鋭い閃光となって僕の目に刺し込んできた。そしてそれとほぼ同時に、眼前の空間を縦に裂くように天高くから響いてくる爆音がした。僕は驚いて体のバランスを崩しながら顔を伏せた。一瞬だけふわりと無重力状態を体感した気がした。それは何分、いや何秒間のできごとであったかわからなかったが、僕には永遠に続いていくのではないかと思われた。しばらくすると、その割れるような騒音はライオンの唸り声のような低い音に変わり、粘っこく焦げたにおいが僕の鼻腔をつんと刺激した。僕はしばらく目も開けられず、煎り豆がフライパンで弾かれるような乾いた音でようやく顔を上げる気になった。
つい今まで眼前にいた少女はいなくなっていた。ただ、さっき少女がしゃがみこんでいたそこだけは雨にもぬれず、代わりに乾燥した薄い灰色のアスファルトが、外灯によって楕円状にぼうっと映し出されているだけだ。僕の傘が風に乗ってころころと坂を下っていた。雨はすましたように小降りになっていた。
豆の煎る音はお寺の生垣の向こう側から聞こえてきた。立ち上がって首を伸ばしてみると、そこには変わり果てた柿の木の姿があった。その老木だけが、一つの葉も残さず真っ黒い巨大な炭と化して、見事に真っ二つに割れていた。それはまるで、計算して図ったかのようにYの字が縦に二等分されていたのだった。そして強い雨粒を受けながら煙をくすぶっていた。
少女がいたアスファルトから立ち昇る雨のにおいと、無残な姿の老木からの焦げたにおいが入り混じり、それらは、僕が高校生の頃にこの柿の木の下で友人たちと花火をした日のことを思い出させた。父のコレクションの一つとして棚に飾ってあった年代もののウィスキーを勝手に持ち出して、それを友人たちと回し飲みしながら、安っぽい打ち上げ花火に次々と点火をした。すべての花火が打ち上げられると、あたりは火薬のにおいで充満した。


この柿の木はずっと僕のことを見ていたのだろうか。
幼少時代、毎日のようにこの柿の木で遊んでいた。高校、大学と進学しても修学旅行と部活の合宿以外は毎日見かけていた。昔の恋人とこの通りを何度も通ったことがある。僕はさっきまで彼女がしゃがみこんでいたアスファルトが、少しずつ雨粒によって濃青色に変化していく様子を眺めていた。懐かしい青春時代の思い出と少女の姿が交錯しはじめた。
彼女は別れの言葉を口にしていた。それでも僕はここに来ればまた彼女に会えるような気がした。僕が彼女のことを忘れずに毎日毎日この通りを歩けば、ある雨の日にシャンプーと柿のにおいとともに彼女がふっと現れて、今度は素敵な笑顔でみせてくれるのではないか。そんな気がしたのだ。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
田崎 大和(神奈川県三浦市/32歳/男性/会社員)

 高校三年生のこの時期にもなれば、目ぼしい学校行事も全部終わって、大半の生徒は受験だなんだと忙しい日々を送り始めていた。それでも中にはちらほらと、ゆったり生活をしている生徒もいて、それらは、推薦ですでに大学入学を確定しているか、家業を継ぐか、または受験をあきらめているかだった。前者が僕で、恭子は後者だった。恭子の家は花を育てて売っていて、恭子は高校を卒業した後、すぐにその花屋を継ぐことになっていた。
 継ぐとはいっても、おじさんはまだしばらくは現役でいるし、大学に行き、そこを卒業したあとでもいいと言っているのだが、恭子は頑として店を継ぐと言い張った。
 あるとき恭子は僕に言った。
「大学を出なくても働ける職場があるっていうのに、なんで大学に行かなきゃいけないのかしら」
 恭子の勉強嫌いは筋金入りだった。
 だから僕が勉強をしていると、恭子はよくからかってきた。
「いい大学入ってもいい就職できるかわからないし、いい就職してもいい人生が送れるかわからないのよ」とか、
「知ってる? 学歴が高いほうが変人の率が高いんだって」だとか。
「お父さんが、智志くんがお婿に来てくれればこの店も安泰なのに、だってさ」異様に低くおじさんの口真似をしていた。「今すぐお婿に来ちゃえば受験勉強とかしないで済むわよ」
 僕の気持ちも知らずに、そんなことを冗談で言える恭子が、少し恨めしかった。

 冬も半ばになって、僕の受験が近づいてきた。第一、第二志望を僕は京都の大学としていた。
「受かったら本当に関西の方行っちゃうんだ」僕の書いた志望校リストを見ながら、恭子はつぶやいた。「なんで都内で大学選ばなかったの?」
「別に深い理由はないけど、その大学にいる教授が書いた本読んで、おもしろいかな、って思ったから」
「ふうん」と恭子は興味なさそうに相槌を打った。「でも第三志望はこっちなんだ。じゃ、二つとも落ちればここに残れるね」
「受験生の前で落ちるとかって言うなよ。縁起が悪いだろ」
「縁起とか、信じてないくせに」
「信じてるわけじゃないけど、縁起は担ぐもんだろ。今日だって、帰りにお守り買おうと深大寺に寄ろうと思ってたし」
 すると恭子は身を乗り出した。
「深大寺に、縁結びのお守り?」
「合格祈願だよ。受験生なんだから」
「なんでよ」と不満気に恭子は言った。「深大寺に行くんだったら縁結び買わないでどうするのよ。せっかく今最新ニュースを仕入れてきたところなのに」
「最新ニュースってなんだ?」
「聞きたい?」と、恭子は人差し指を立て、顔を近づけてきた。しゃべれば息が当たる位置で、僕は顔が熱くなった。「縁結びのお守りの中に恋のお願い事を書いて入れて、深大寺の水辺に近い木の枝に結びつけると、その願いが叶うっていうおまじない」
「聞いたことないな、そんなの」
「当然よ。女の子連合の間だけに伝わる、秘密のおまじないなんだから」
「胡散臭いな」
 つい口に出してしまっていた。
「胡散臭くなんかないわよ。代々伝わる由緒正しき伝統のおまじないよ。まあ、今日行ったら試してみるがいいわ」
 偉そうに胸を張ってそう言うと、恭子はまた僕の志望校リストに目を落とし、「京都かあ」とつぶやいていた。
 恭子と別れてから深大寺に寄った。合格祈願のお守りを手にとって、そのとき隣にあった恋愛成就のお守りも目に入った。
 恭子の言葉が浮かんだ。くだらない。おまじないなんて意味のないことだ。そう思いながら、僕は、二つのお守りを買った。
 買ったところから少し離れたところに椅子を見つけ、そこに座った。鞄の中からノートを取り出し、一枚切り取った。
 右を見て、左を見て、誰も自分を見ていないことを確認したが、逆にそれが目立つことだと思い、慌てて下を向いた。
 シャーペンを出し、そのノートに書こうとして、手を止めた。
 なんて書こう。恋愛の願い事か。「恭子と結婚できますように」。いくらなんでも飛ばしすぎだ。早すぎる。「恭子と付き合えますように」。恭子と僕が付き合ってるのなんか想像できなかった。
 試行錯誤の結果、「恭子と両思いなれますように」と書いた。我ながら小学生の女の子みたいだ、と思った。
 そのノートを小さく折りたたみ、お守りの中に詰める。ちょっと膨らんで、格好悪くなってしまった。
 あとは、水辺の近くの木に結びつけるだったな。僕はあたりを見回した。ちょうど目の前の蕎麦屋の裏手に、池の上に枝を突き出した木があった。
 夕方で参拝客も少なくなっているとはいえ、まだ人はいた。それでもなるべく人が途切れるタイミングを見計らって、僕はその木へと突進した。
 枝に手を伸ばしお守りのひもを結び付ける。青い布地に小さな人形がついたそのお守りは、僕が手を離すと、軽く揺れた。
 そのとき、蕎麦屋の窓から、従業員のおばさんと目が合ってしまった。僕は一目散に逃げ出した。
 次の日、さりげなく、恭子にそのおまじないの話題を振ってみた。自分は、本当はそんなの信じていないんだ、と誰にでもなく言い訳するためだった。
 だが、恭子は予想外のことを言った。
「ああ。そんなの、嘘よ」恭子はあっさりと白状した。「私が作ったんだもの」
 その後、「もしかして、試してみたの」とか「何て書いたの」と恭子にからかわれたが、そんなことよりも、なんであんなことをしたんだろうかという後悔と、誰かに見られたんじゃないかという恐怖が僕を襲ってきた。
 その日学校でなにがあったかは覚えていない。学校が終わるや否や、僕は深大寺へ向かった。
 あの蕎麦屋の裏の、あの木だ。人目があるのも気にせず、近づいて見ると、そこにはお守りのかけらもなかった。全くなかった。
 たしかにこの木だったはずだ。手を伸ばしてこの枝に結び付けた。木も見覚えがある。蕎麦屋の名前もそのとおりだった。しかし、お守りだけがない。
 池に落ちた? そんなはずはない。固く結んだはずだ。とすれば誰かが解いて持っていったのか。こんなところにお守りが結び付けてあったら、誰でも気になるし、住職さんや管理の人とかが片付けたのかもしれない。そうとしか思えなかった。もう、あと僕にできることは、持って行った人に中が見られないようにと祈るくらいだった。
 僕が落ち込んでいると、
「こらー」
 という怒鳴り声が後ろで聞こえた。
 振り返ってみると昨日目が合ったおばさんが、僕を見て立っていた。
「あ、すいません、すいません」
 僕はすぐに木から離れ、ぺこぺこと頭を下げながら走って逃げた。
 後ろで、「近頃の若いやつは、どいつもこいつも」とおばさんが愚痴を言っていた。

 お守りのことは気になったが、受験も近かった。努めて忘れるようにして、僕は勉強に打ち込んだ。そして二月の終わり、大学から合格通知が来た。第一志望に合格して、僕の京都行きが決まった。
 京都への出発は入学式の二日前の日、三月の終わりの日だった。父が運転してくれる車で、京都まで行くことになっていた。ちなみに僕を京都のアパートに置いた後で、二人で観光をするのだそうだ。
 朝早くの出発だったのに、恭子は見送りに来てくれた。
「京都に行っちゃったら智志のその間抜け面も簡単には見れないと思って、見納めに」
 恭子の減らず口は、高校を卒業したのに変わらずだった。
「それだけじゃないけどね」
 恭子はポケットに手を突っ込んで、もぞもぞとしていた。
「ほら、餞別よ」
 そう言って恭子がポケットから取り出した物は、深大寺のお守りだった。青い布と小さな人形、中央には恋愛成就と書かれている。あのお守りのことが思い出されて、顔が熱くなった。
「あっちできれいな彼女でもゲットしな」
 握らせるため僕の腕を掴もうとした恭子の手を、僕は避けた。
「いいよお守りなんて。どうせ効かないし」
 効いていたら、今頃......。女々しい考えが浮かんできて、恭子の顔が見れなくなった。僕がうつむくと、
「ばーか」
「ばかってなんだよ」
 声をあげて恭子は笑った。僕には彼女の考えていることがまったく分からなかった。
「いいから。このお守りは効くのよ。持っていきな」
 僕の手の中に人形を握らせ、その上から恭子は両手でそれを握った。恭子の手は暖かかった。
 そろそろ出発すると父に言われて僕は車に乗り込んだ。助手席に母、僕は後部座席だ。
「じゃあね」と窓越しに恭子が手を振った。恥ずかしかったが、もう簡単には会えないんだし、と僕も手を振った。
 そして出発した。恭子がだんだん小さくなって行った。恭子は見えなくなるまで手を振っていた。
 改めて、恭子からもらったお守りを見てみた。ますます僕が買ったお守りに似ていた。
 よくみると、お守りのひもが切れていた。
恭子のやつ、不良品をよこしたのか。一度はそう思ったが、すぐに別の考えが頭を支配した。
 あのお守りは、木の枝にかなり固く結びつけた。取るには、枝を折るか、若しくはひもを切るかしなければ簡単ではなかっただろう。そういわれてみれば少し膨らんでいる気もする。
 慌ててお守りの袋を開き、中を覗いてみた。紙が入っていた。背筋が凍るような気がした。
 取り出し、折り畳まれた紙を開いていった。見たことがある折り目だった。
 そして、
「げ」
 思わず声に出ていた。紙には、見覚えのある字で「恭子と両思いなれますように」と書かれていた。そしてその横には、「智志が第一志望の大学に受かりますように」と書かれていた。
 僕は気が遠くなった。
 遠くなった気のどこかで、恭子の言葉が思い出されていた。
「このお守りは効くのよ」
 僕は後ろを見た。見知った景色が後ろに流れていった。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
日下部 健(千葉県船橋市/19歳/男性/学生)

 思い出すのは、森の中の、彼女のメロディ。

 空港という場所は、昔から好きだった。
 どこへだっていけるという開放感と、ここから全世界へ繋がっているのだという一体感。
 僕が、二番目に自由を感じる場所だ。
 そう、二番目に。

『私たち、自由だもの』
かつて僕にそう言った彼女こそ、自由の代名詞のような女の子だった。
 機内で、フライトのアナウンスが流れる。
 彼女を思い出して、自然と僕は口角が上がるのを自覚する。
 今から、飛行機が僕を乗せて大空へ飛び立つのだ。
 最も自由な、彼女のもとへ。


 深大寺という場所がある。
 深い森に覆われた、縁結びで有名なお寺だ。
 周辺には、季節の花々が美しく咲き乱れる神代植物公園や、名物の蕎麦屋がある。
 春という名の彼女は、ひたすら深大寺というこの場所を好んだ。
 ことあるごとに、僕は春に連れてこられた。
 僕はそれが嫌いじゃなかったし、むしろ恋人としての役割なのだと思っていた。
 春は、僕が恋をした女の子だった。

 その日曜日。
 高校が休みの僕は、思う存分ベッドで惰眠を貪っていた。期末テストも終わって、大分気が緩んでいたのだと思う。夏休み目前のその日、春からの着信で昼過ぎに目が覚めた。
 『もしもし、アキヒロ?』
 「...うん」
 『寝起きだった?』
 「うん」
 『そりゃ悪いことした』
 春は、電話の向こうで笑った。
 『今から、出てこない?』
 春の透き通った声に、僕は条件反射のように「いいよ」と答えていた。
 僕はまたこの日も、深大寺へと足を運ぶことになった。

 馴染みの蕎麦屋の中に、やはり春はいた。
 僕は、窓の外から、彼女に見えるように、大きく手を振った。
 春は僕に気づいて席を立ち、会計を済ませて外へと出てきた。
 「蕎麦ばっかりで、飽きない?」
 「だっておいしいものは何回食べてもおいしいのよ」
 満面の笑みで、春は答えた。
「それで、春。
今日は何するの?土産物屋めぐり?それとも植物公園?」
「今日はね...」
春は、まっすぐ指を指した。
 道の先へ向かって。
「お参り。
 たまには本堂に行かないと」
 決定権はすべて春にある。
 僕は苦笑してうなずき、彼女と一緒に歩き出した。

 ―僕が春と知り合ったのは、中学3年のとき。クラス替えで、偶然同じ教室、席は隣になったのだ。
 はじめは、ずいぶんきれいな子だなあと思っていた。アーモンドの形をした目も、日に焼けてミルクティ色になった髪も。
 「これからよろしくね」
 それが、僕らが初めて交わした言葉。
だけど春は、あまり学校には来なかった。今に始まったことではないらしい。
 クラスメイトにいじめられていたわけではない(むしろ、明るくてきれいな春は人気者だった)。
 春は、基本的に束縛が嫌いだった。
 学校という場が、あまり好みではなかったようだ。自由を、ひたすら求めていた。
 それでも特に問題にならなかったのは、春の成績が抜群に良かったからだ。
 春は、何でも器用にこなした。
 難解な数式も、
 複雑な世界共通語も、
 跳び箱も裁縫も料理だって。
 僕は、そんな春にただ圧倒されていた。
 春は、みんなが知らないこと、学校では教えてくれないことも知っていた。
 「アキヒロ。どうして葉っぱの色は緑色なんだと思う?」
 「葉の色?」
 僕には分からなかった。
 彼女がなぜそんなことを言い出したのかも、なぜ葉の色は緑なのかも。
 「緑だから緑なんじゃないの?
 理由なんてあるのかな」
 そういうと、春は笑って、僕の肩に手を伸ばした。
 きっと、外掃除の時間にくっついてきたんだと思う。そこには一枚緑の葉があって、春はそれを手で遊ばせた。
 「答えはね、光と色の関係。
 色ってほら、数え切れないくらいいっぱいあるでしょう?太陽の光って、そのいくつもの色を含んだ光なの。
 葉っぱは、そのお日様の光の中でも、緑以外の色が好きなのよ」
 「緑以外の色?」
 僕は、おうむ返しに聞いた。
 「そう、緑色だけが、葉っぱは嫌いなの。
 だから、他の色は吸収して、緑色だけ撥ね返すのよ。その撥ね返された色が、私たちの目にはきれいな緑色として映っているの」
 本当は、一番苦手な色なのに。でも、すてきなアイロニーよねと春は言った。
 僕は、そして幸せそうに笑った春にぼうっと見とれてしまった。
 きっと、この瞬間からだと思う。
 僕が本格的に春に恋したのは。
 春がいない日、ぼんやりと春の机を眺めるようになったのは。
 
 
 「さっき、少しだけ植物公園に行ったの」
 屈託なく、春は笑いながら話す。
 本道への、緑に囲まれた初夏の道を、僕らは歩いていた。
 「バラがいっぱい咲いていたわ。
 香りと存在感がすごくて、くしゃみしちゃった」
 「花の匂いでむせて咳き込むのは、花に対して失礼じゃない?」
 「そこはこらえたわ。くしゃみだけ。
 ご安心あれ!
 だけど、一瞬、時間を忘れた。花の魅力はすごいわね」
 僕らは、何度このやり取りを繰り返しただろう。
 僕らが付き合う前から、春は深大寺へきていたようだ。多分、学校へ来なかった日、大抵の行き先はここだろう。
 日がな一日、緑の中でゆっくり読書をしたり、花々の写生をしたり、あるいは鼻歌を歌いながら散歩したり。
 
だけど、なんだか今日の春はいつもと違う気がした。なんとなく。

「春、なにかあったの?」
そもそも、本堂へ行くこと自体が珍しい。
本堂へ行こうとしたのは、僕らの高校受験の願掛け一回きりだ(といっても、春は優秀だから問題なかった。春と一緒の高校に行きたくて、必死で願掛けしたのは僕だ。その願いは、叶った)。
春は、笑った。
 だけどその笑顔は、今まで春が見せたことのないような、くすんだ笑顔だった。
 「さて」
 そして春は、口笛を吹き始めた。


 ―春が好きなのだと告げた日、彼女は僕を深大寺まで連れてきた。
 「私、いつもここに来るの」
 春は僕の手を引っ張り、緑の道を進んだ。
 僕は何が何だか分からなくて、春になされるがまま、ここへ来た。
 「緑がね、好きなの。
 ここにいると、森の海で泳いでるみたいじゃない?」
 その言葉が、また僕の胸を振るわせる。
 春は、学校ではなく、この森で学んだことの方が、きっと多いのだろう。
 「分かる気がするよ」と僕も言った。
 春は足を止め、振り返る。
 その眼差しに、射抜かれる。
「私がここに来たいって言ったときは、一緒に来てくれる?」
 僕は一瞬言葉を忘れた。
 けれど、あわてて「喜んで」と言った。
 春は、満足そうに微笑む。
 回らない頭で、これも縁結びの神様の力なのかななんて、僕は考えていた。


 春は、口笛を吹いた。
 でたらめなのか、それともこういう曲調なのか、僕にはいまいちよく分からない。
 だけど、とてもきれいに春は口笛を吹く。
 まるで子守唄のような、そのメロディに聴き惚れてしまう。
 だけど、メロディが、止んだ。

 「―告白します。
 私ね、来月から海外に行くことになっちゃったの」
 瞬間に、春は僕にそう告げた。
 「え?」
 「父親がね、ボストンで研究するんだって。
 社会学の教授をやってるんだけどね、うちの父さん。
 家族ぐるみで、日本を出ることになっちゃった」
 驚いた?と、春は僕の顔を覗き込んだ。
 「お別れになっちゃうね、アキヒロ」

 目の前が、真っ暗になった気がした。
 混乱と、めまい。
 言葉が、出てこなかった。
 分からない。
 引き止めるべきなのかも、笑顔で見送るべきなのかも、冗談だろそんなのと言って笑えばいいのかも。
 だけど春はそんな冗談はつかない。
 悲しいことに、そんな冗談はつかないんだ。

 「アキヒロ」
 春は、また笑った。今にも泣き出しそうに。
「私、笑ってお別れしたいわ」

 春は、もう決めてしまっていたようだ。
 ボストンへ行くことも、今日別れを切り出すことも。
 「どうして...」
 ―日本に残らないの?
 ―僕と一緒に暮らせばいいじゃない。
 ―いきなり言われて、笑って別れろという方が無理だ。
 搾り出された言葉でさえも、その先が紡げなかった。
 (縁結びの神様なんて嘘だ。
 だって、僕らの関係は今、この場で終わりを告げようとしている。)
 僕の心は、そう叫んで。
 そして。
 ―メロディが、流れた。
 僕は、思い頭を上げた。
 それは、春の口笛だった。
 いつだって。
 そう、いつだって、春は自由だ。
 自由な春は今、遠いボストンへ行こうとしている。
 僕を置いて。
 僕は、ボストンがどんなところだか分からない。今は、想像もできない。
 怖かった。春に、置いていかれることが。
 だけど、あんまりにも春の口笛が優しくてきれいで。
 僕はいつの間にか、飲み込まれるように春のメロディに聴き入っていた。
 アップ、スロー、スロー、アップ...
 曲のテンポが、まるで不規則で、自由そのものの春のようだった。
 ふと、視界が開けたと思ったら、そこは本堂の前だった。
 通り過ぎる人々が、春と僕とに目を留めていた。
 そうして、曲が、終わった。

 親子連れの小さい女の子が、ぱちぱちと小さな拍手を送ってくれて、春は照れたように笑った。
 「春。それ、なんの曲?」
 僕は、いまさら春に聞いた。
 春は、ふんわり笑って、
「覚えておいてね。私の好きな曲」
―リフレイン―
再び、その曲を奏でた。
「シューベルトよ」
本堂の前で不謹慎だとは思うけれど、自由な春は気にしない。
日に焼けたミルクティ色の髪が、口笛が、風に溶ける。
 「覚えていてね」
 春の声とメロディだけが、僕の耳の奥へ残響する。
 きっと、ボストンという遠い土地でも、春と、このメロディは変わらないんだろう。
 「春」
 心が震えた。
 鼓膜よりも確かに。

 「僕が、会いにいく」
口笛を奏でる春に、僕は誓った。
 縁結びの神様。あなたの手さえも、春がすり抜けてしまうというのなら、僕が追いかければいい。
 自由で、それゆえに孤独な春を。
 僕は、春と同じものを見て、同じものを感じたいと願ったのだから。
 だったら僕もボストンへと旅立てばいい。
「きっと追いつくから。
 ボストンに、会いに行くからね」
 春は、泣きそうな笑顔でうなずく。
ままならない僕の恋人は、そうしてやっと、口笛に隠れて「ありがとう」と囁いた。

(了)
 
-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
四季(東京都調布市/22歳/女性/会社員)

 夕刻を告げる梵鐘と同時に陽は落ち、晩秋の夜気がひたひたと迫る。深大寺参道に面した木造家屋は窓枠も木で、気の早い木枯らしが忍び込むのもたやすい。私と妹の玲は洗い髪を急いで乾かしあった。三軒隣の土産物屋で生まれた子猫を欲しいと言う玲は、うちは食べ物屋だから諦めなさいと諭されると機嫌を損ね、二十年近く前のままごとの話にさかのぼってまで文句を言い募った。玲はときどき驚くほど幼い。去年、細めのタイが似合う嶺司と肩を並べて成人式に行ったというのに。
「あたしは赤ちゃんの役をしたかったの。なのにいつもペットの子猫の役ばっかり、沙耶姉ちゃんだってホントは猫を欲しかったんでしょ」
「にゃおぉん、ゴロゴロってやって、嶺司が『本物みたい』って目を丸くしたら、玲、得意そうだったよねぇ」
 玲はいつも猫の役。隣の嶺司とは、父さん母さんの揃った家族ごっこ、できなかったから。いや、やっぱり私の意地悪も少しある。二人が『れいちゃん』と呼び合うのが羨ましかった。誰かが呼ぶと一緒に返事して、くすくす笑うのも見たくなかった。もっとも、そんなこと忘れかけていた。今では医学生の嶺司の背はとうに私を追い越している。上背の高さは亡くなったお母さんの置き土産。早いもので年を越せば十七回忌だ。
 あの頃、嶺司の母さんは新年が明けてすぐ入院し、三十歳目前で亡くなった。乳がんの転移で。小学生になったばかりの私も、入院前夜の彼女の姿を憶えている。隣家の庭の物音に気付いて怖々のぞくと、寒々とした庭の隅に見えたのは季節外れの花火の鮮烈な光だった。黙ってマッチを擦っていた、嶺司の母さん。手元でパチパチいってた光の束。あの時、自分にもう夏は来ないと悟っていたのか。一秒でも長く生きたかったに違いない。「嶺司は眠る前におっぱい飲むのよ、四歳にもなって甘えん坊で泣き虫で」と、いつか小声で教えてくれた。ナイショ、と我が子そっくりの片えくぼを刻みながら。
 私は彼女の年にずいぶん近付き、今は好きがこうじて撮り始めた写真を本業にする瀬戸際に立っている。現像薬がしみた指、フィルムをこすらないように丸く切り揃えた地味な爪の二十四歳の私は、嶺司にはどう見えているだろうか。簡単だ、聞けばいい、私のこと好き?と。そして飛び出せばいい、砂漠にでも海にでも、私だけの心の風景を追いながら。
 嶺司から答えを聞いたら、踏み出す勇気が生まれるだろうか、それとも破れた心を繕って、やるせない時を長く費やすのだろうか。簡単で怖くて、聞けない言葉を、私は胸の底に結晶のように潜ませている。 

 新年、玲と私は年越しの家業の手伝いに駆り出され、夜明けには嶺司を誘い、三人でお不動様にお参りする。だが今年は違った。疲れたといいながら毎年一番はしゃぐ玲が、用があるから、とあっさり抜けた。言い訳一つしないところが玲らしいのだが、ともあれ妹の勝手を謝りながら、私は年初で賑わう通りを嶺司と歩いた。最近、玲は夜も明けないうちに出かけて昼過ぎに帰ったり、日がな台所にこもってお菓子を焼いたり、時には煙草のような匂いを漂わせていることもある。パティシエを目指しているから煙草は吸わないと宣言していたのに、と言うと嶺司はふと、えくぼを見せた。
「沙耶、久しぶりにおれの家に寄ってくれる?」
 旧くから豆腐屋を営む嶺司の家は、この界隈の湧水を使うせいか、豆腐も揚げもふわりと舌触りが良く、蕎麦屋の馴染み客にも贔屓が多い。けれど男手ひとつで切り盛りする店では量産は難しく、数年前からは気心の知れた近所の店に納めるのみになっていた。ひとり息子が医師になると決め、父親も早々と荷を降ろしたのが、周囲から惜しまれていた。
 久しぶりに訪れた嶺司の部屋にはお母さんの遺影と一緒に、私が撮った写真が壁を彩っていた。だぶだぶの制服で、顔の前で得意気にピースしている中学入学式の嶺司。サッカーの地区大会で決勝弾を決め、こぼれるような笑顔の高校時代。大学一年の夏、腰を痛めたお父さんにかわって店を手伝い、親子並んだ豆腐屋の前掛け姿。折々の表情が眩しい。
 熱い紅茶を運んでくると嶺司は改まった顔になり、勉強机の引き出しから小さな白い包みを取り出した。細くひねったコヨリ状の紙の隙間から、ほのかに火薬の匂いがする。
「これ。沙耶に渡さなきゃ、って」
 どきんとした。私に?
「線香花火だよ、おれが作った。沙耶に、火の色を見てほしい」
 その時気付いた。玲の匂いだ。玲はこれを作っていたのだ。紅茶もうちのと同じ香りだった。ストレートで華やかな、玲のお気に入りと同じ。しまいこんでいた疼きがあふれ、結晶が弾けた。
「玲を好き?」
 嶺司は飲みかけの紅茶に思い切りむせ、咳き込んだ。頬が赤くなったのは咳のせいかと思う間もなく、私は部屋を飛び出した。が、途端に足を止めてうなだれた。思えば二人はお似合いだ、あっけらかんと周りを気にしない玲は時にトラブルメーカーにもなるが、年より落ちついている嶺司はさりげなく人を支えられる性分で、私はいわば二人の姉だ。今なら、驚いたでしょ、の一言ですむかも、と私は向き直った。おかげで、追ってきた嶺司と危うく鉢合わせするところだった。真剣というより必死な目があった。
「違うよ、何から話せばいいか混乱してるけど・・・とにかく聞いて、沙耶」
 嶺司の長い話が始まった。

 最近、薬学の先生に聞いた。火薬と共に使う炎色材の組み合わせで花火はさまざまな色になり、例えば赤い色の素はストロンチウムといって、貝殻やサンゴ、また人体にも骨や歯に微量に含まれるものだと。そして海外では乳がんや前立腺がんの鎮痛剤に使われる成分でもあるそうなんだ。おれ、おばあちゃんが前に言ってたことを思い出したよ。母さんは医者に勧められてたのに、絶対に薬を使おうとしなかったって。おれはなかなか乳離れしないから、母乳を通じて何か影響がでたら、と母さんは心配したんだ。
 実はおれ、花火は苦手だった。病院で母さんの顔にのった白い布、そして焼き場で見た骨の色と花火の色がダブってさ。
 それでもおれが花火を作ろうと思ったのは、沙耶に見せるためだよ。材料は理科研究室から少しもらってきて調合も割合簡単だけど、色のバランスが案外難しくて。沙耶に似合う花火の色を作るのに、玲に手伝ってもらった。沙耶が写真のために遠くに行くかもしれないって玲に聞いたから、おれの気持ちを伝える時間がどれだけあるか、内心焦ったよ。
 憶えてるかな、沙耶がおれに作ってくれた、夕陽の線香花火。
 チビの頃ふざけて、沙耶の線香花火を落として、おれのほうがぴいぴい泣いてさ。そしたら、沙耶はおれの手をぐいっと引っ張って、一番大きい花火をあげる!って山門を走り抜けて、本堂の階段をかけ上って、賽銭箱の縁に足掛けて、おれを抱えあげて手を思い切り伸ばしてさ、落ちかけたでっかい夕陽に線香花火の棒をくっつけるくらいにさしかけて、『嶺司だけの一番きれいな花火、いつでも見せてあげる』、だから泣くな、っておれの鼻水を拭いた。
 あの後、罰当たり!って大目玉だったよな。 でも、沙耶はけろっとしててさ。
 あれから沙耶はおれの胸の中にずっと住んでる。おれにとっては、赤いストロンチウムの塊みたいな夕陽の色は、沙耶そのものなんだ。
 
「おれは三つも年下で、しかもまだ学生だし、頼りないことこの上ないだろうけど」
 微かにうわずったその言葉は、ストロンチウムの赤い色に縁取られて、温かく静かに降りそそいできた。そして、長い時間をかけて熟成されてきた私の思いとひとつになった。
 それから私たちは庭に出て、自作の線香花火に火を点け、パチパチとはぜる赤い小さな光を見つめた。昔、嶺司の母が花火を見つめていた庭で。日が傾き始めて空気が冷え、私の荒れた指はすぐかじかんだ。嶺司は私の指と頬を両手でしっかり包んでくれた。
「ところで」私は言った。「玲は花火のためだけに来てたの? 何か他にもあるよね?」
「うん、実は今日も」
 すると座敷からガタンと物音が聞こえ、一瞬おいて、鳴き声がした。にゃおぉん、ゴロゴロ。私たちは顔を見合わせ、噴き出した。

 数ヶ月後、私は砂丘のある小さなまちにきていた。砂に沈む陽と海から昇る陽を撮るために。南のこの地では桜が満開で、空気も行き交う人も、匂うほど淡く染まる。深大寺にもじきに花の便りが届くだろう。休憩して携帯を見るとメッセージが一件。昨日送ったメールと写真データの返信だった。

発信者 REIJI
件名 ストロンチウムの色だね
本文 海に沈む夕陽を届けてくれてありがとう。沙耶の心が伝わってくる。撮りたいものをありったけ撮ってから戻って来ればいいよ。おれはいつでも沙耶を待ってるから。
PS 玲は最近ますますうちの豆腐に惚れ込んで、入り浸ってる。新しいトーフスイーツを創作するって。オヤジもかなわないなぁ、なんて言いながら、また腰がしゃんとするようになったよ。

(了)

-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
藤森 みのり(武蔵野市緑町/46歳)

春から高校で同じクラスになった中川めぐみのことが、僕はここ半年気になって仕方ない。
彼女は目立たない、おとなしい女の子だ。背丈はクラスの真ん中くらい。顔はどちらかというと童顔で彫りが浅く、髪は肩にかかるかどうかというくらいの自然に流した黒髪。部活は吹奏楽部に入っていて、いつも二、三人の女子と物静かに話している、そんな子である。もっとも一つその印象とかけ離れた部分があって、それは運動神経が抜群に良いということだ。体育の授業は男女別々なので、僕がそれを知ったのは、五月のはじめにあったクラス対抗のスポーツ大会の時だ。バスケットボールに出場した彼女が、鮮やかなドリブルで群がる女子をあっという間に抜き去り、見事なシュートを決めるのを見て、僕は普段の様子とのギャップに何か胸がすくような思いがしたのを覚えている。
ただしこのギャップのために中川めぐみが気になりだした、というわけではない。というのは五月のこの行事の時にすでに、僕は嬌声を上げながら体育館を駆け回る女子の中で、彼女ばかりを目で追っていたのだから。
彼女と直接会話を交わしたのは今までたった二回きりだが、僕はその詳細をことごとく再現することができる。一度目は五月の連休明け。放課後の掃除当番が一緒になった時だ。たまたま彼女が運んでいた机を誤って倒してしまい、中に詰まっていたノートやプリント類が床に散乱した。僕はちょうどすぐ近くに居たので、胸をどきどきさせながら
「大丈夫? 足とかぶつけなかった?」
 と言いながら机をつかんで引き起こした。
「うん。ありがと」
 彼女は言って床にしゃがみこみ、散らばったプリント類を拾って机の中に戻し始めた。僕は何か気の利いたことを言わなくちゃと焦ったが、彼女がしゃがむ度にふわっと広がる制服のスカートと、その動きにつれてかすかに立ちのぼる甘い香りで神経がかき乱され、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
二度目は夏休み中の登校日の朝である。集合は午前十時だったが、僕は日が高くなってから自転車を走らせるのを嫌って早めに家を出て、午前九時過ぎに学校に着いた。教室は冷房が入るので、本でも読んでいようと思ったのである。ところが教室に入ると、思いがけず中川めぐみが一人、机に向って勉強をしていた。僕はわななきながら
「おはよう」
 と声をかけたが、その声はおかしいくらい小さく、教室の後ろの方にいた彼女にはほとんど聞こえなかったのではないかと思う。けれども彼女は顔を上げて、
「あ、辻君。おはよう」
 と言い、それからちょっと笑いながら
「あたし時間間違えて八時半に来ちゃった」
 と舌を出したのだ。僕はとっさに「僕も間違えちゃった」と言おうとしたが、奇妙な自制心がそれを口にさせず、
「僕は暑いのがやだから早めに来た」
 といささかぶっきらぼうに言った。
「そっかあ。暑いの苦手そうだもんね」
 中川めぐみは何気なく口にして、それからはっと息を飲んで口に手をやった。「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて」と言おうとして、それをも飲み込んだことを僕は瞬時に察した。
「それでも暑かったけど」
 僕は押しかぶせるように言って窓際の一番前の自分の席に座り、素早い動作で本を取り出した。あの時の、全神経が背中に張り付いているような感じ、本の文字が一行たりとも目に入ってこない波立った気持ちを、僕はどうにも忘れることができない。後ろを振り向いて何かひとこと言えれば、という痛切な思いを抱いたまま、僕は結局次のクラスメートがやってくるまでの十五分くらいの間、石像のように固まったまま、教室の時計の秒針が立てるかすかな音を聞いていたのである。
 好きなんだったら、もっと愛想良くすればいい、とか、ダメもとで想いを打ち明ければ、などというのは僕の肉体的条件を無視したたわごとだ。僕がそんなふうに生まれついていないのは、僕の姿を一目見れば誰だってわかる。身長百六十五センチ、体重百二キロ、胡桃を口いっぱいに溜めたリスのようにぶらりと垂れ下がった顎の肉。僕が座ると大抵の椅子はギリギリと嫌な音を立てるし、僕の自転車は小さな段差を越える度に、今にもバラバラに分解するのではないかと思われる程、激しく振動する。
 小さいときからデブと言われ続け、町を歩けば同情心から目をそらす他人の気持ちにことさら敏感になるこの僕が、自分の本心を隠し、ことさら無愛想に振舞うのは、正当な精神の自衛のはずである。それならばいっそ、女の子が好きになるとか、彼女が欲しいとか、そんな気持ちが起きなければ良いのだが、僕の心は無情にも彼女を離れてくれず、僕の背負わされた条件、自分の醜さを痛いくらいに自覚させるのである。
 いつもながらの堂々めぐりの考えをここまで続けたところで、階下から母が呼ぶのが聞こえた。食堂に下りていくと、父と母、それに小五の妹がすでに食卓についていた。三人が三人とも、ずんぐりした胴の上にまん丸な顔をちょこんと載せて、小さな茶碗と箸を操っている姿を見て、僕は不快な感じが胃の中に広がるのを覚えた。うちの家族は別段大食いというわけではない。普段の食事も野菜と魚が中心の、至って健康的なものだ。にもかかわらず全員がまるで手品のようにころころと太っているのは、間違いなく遺伝子の仕業である。そう思うと、僕は三人が呑気に笑ったりなぞしているのが腹立たしくてたまらなくなる。黙り込んで御飯を一杯だけ食べ、早々に食器を片付けようとしたところで、母が言った。
「なんか最近落ち込んでない。どうしたの」
「別に」
「嘘。なんかあるんでしょ」
「ねえよ」
 すると父がにやにや笑いながら言った。
「ははあ。恋患いだな」
 おそらく適当に口にしたに違いないその言葉が、僕の心を直撃したために、僕は思わず立ち尽くした。すると妹がキャハハと笑って、ませた口調で喋りだした。
「だったらねえ、深大寺に行くと良いよ。縁結びの神様が居るんだって。優菜ちゃんが言ってた」
 ふん。ばかばかしい。お前もそのうち神頼みなんぞ役に立たない絶望的な肉体の条件に嫌でも気付かされる事になるさ。僕はそう思い、無言のまま自室に戻った。

 だがそれから二週間程経った秋晴れの日曜日、僕は自転車で野川を渡り、深大寺に向かう坂道をのぼっていた。妹の言葉が心の片隅になかったと言えば嘘になるが、別に神頼みをしようという訳ではない。僕は元来日本史好きだったので、たまたま日本史の資料集に、白鳳時代の釈迦如来像が深大寺にあると書いてあるのを読んで、それを見に行こうと思ったのだ。
蕎麦屋と土産物屋の並んだ短い参道は文字通りごったがえしていて、もちろん家族連れや女同士のグループも多かったが、どちらを向いても大学生の、中年の、あるいは高校生のカップルが必ず一組は目に付く。僕は急いでそこを通り抜け、本堂、大師堂、白鳳仏のある釈迦堂と順にお参りした。椅子に座った形の珍しい釈迦如来像は、彫りの浅いすっきりした顔立ちに優美な気品を湛えて鎮座しており、僕は思わず感嘆のため息をついたが、次から次へと流れてくるカップル達が手をつないで喋りながら僕の前を通って行くのに、やはり神経を逆撫でされずにはいられなかった。
「白鳳時代だって。徳川家康とかの時代?」
「もっと前だろう。義経とかの時代じゃねーの。俺よくわかんねーけど」
 といった会話に僕は苛立ち、僕が中川めぐみと一緒にここに来れば、どれほどちゃんとした解説ができることかと思わされ、それにつけてもこんな男にも決して勝てない条件を背負った自分を呪う気持ちが否応無しに膨れ上がるのである。
ああ、ダメだダメだと思いながら山門の下のベンチに座り込む。ペットボトルのお茶を飲みながら辺りを見回すと、団子をかじりながら行き交うカップルや杖を突いた老婆、はしゃぎまわる子供をつれた若い夫婦などが、ベンチを二人分占領した僕に、例の微妙な憐憫の視線をなげかけてきた。
手に入れた寺の解説パンフレットに目を落とし、若者が島に幽閉された娘に会うため、深沙大王に遣わされた亀の背中に乗って湖を渡るという伝説を舌打ちしたいような気分で読む。おそらく自分が亀に乗ったら、亀は重みに耐え切れずに水の中に沈み、僕は溺れ死ぬことだろう。深沙大王とやらが助けてくれるのは、結局条件に恵まれた人間だけなのだ。
ちょうどこう考えた時、ドサッという音と「キャー」という悲鳴が聞こえて、僕は反射的に階段の方を振り向いた。見ると階段を降り切った所に、青い甚平のようなものを着た男がばったりと手をついて倒れている。
「大丈夫?」
 首まで隠れる黒いセーターを着た、細身ですっきりとした顔立ちの美女が心配そうな声で言い、かがみこんで助け起そうとした。男は真っ赤な顔で苦笑いしながら跳ね起き、無言で彼女の手を取って急ぎ足で歩き出す。その姿を見て、僕は思わずベンチから立ち上がった。二十代と思われる背の低いその男は、あちこちに垂れ下がった肉がフルフルと揺れるすさまじい肥満体型だったのである。体の中から突き上げてくるような衝撃があって、僕はやにわに二人の後を追って歩き出した。周囲の人の視線はもはや眼中になかった。ただ女に背中をなでられながら急ぎ足で歩く巨体が僕の目と心を占領していた。
二人は参道を出て右に折れ、すぐ近くの蕎麦屋の駐車場で濃緑色の四輪駆動車に乗り込んだ。若いカップルには不似合いなその車がのそのそと車道に出て行くのを駐車場の入り口に立って呆然と眺めていた時、僕は不意にあることに気付いてあっと声を上げた。そして二人を乗せた車が走り去った後、僕は自分の心の中に、今まで持ったことのなかったある勇気がふつふつと滾っているのを知ったのだった。

(了)

-------------------------------------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
平 聡(東京都八王子市/26歳/男性/アルバイト)

1|234 次の10件>>

主催

深大寺短編恋愛小説実行委員会
深大寺恋物語公募ポスター

8月1日13時を持ちまして、公募を締め切りました。多数のご応募、有り難うございました。

Facebookはじめました

紹介作品について

ブログにて紹介させていただいております作品は、第一次審査を通過し、且つ、Wordや一太郎のデータにてご応募いただいた方の作品のみを掲載させていただいております。
掲載前には、直接メールでご連絡しております。
何卒ご了承ください。

著作権について

このブログに掲載されている文章、及び画像の無断使用、無断転載、無断流用を固く禁止します。
※作品の転載に関しては、ご本人様のみ可能です。
転載等に関してご質問がございましたら、事務局までご一報下さい。

深大寺周辺地域紹介

深大寺地域観光マップ

Facebook始めました

最近のトラックバック