いつの間にか、たどり着いていた。
退屈な授業に耐えられなくて、途中でこっそり教室を抜け出したのはいつもといっしょ。だけど、このまま家に直行するのももったいなくて・・・。せっかくバイトも休みだし。そんなことを考えているうちに、ふらっとバスに乗り、人の流れのままにたどり着いたのが深大寺だった。

大学の近くにあるとはいえ、バスを使わないとこられない距離のこの土地を訪れたのは、もちろんこれがはじめて。それも、一人で来るなんて・・・。自分でも、何をしたいのかよく分からなかった。
ときどき、教室や街中の人いきれに、がまんできなくなることがあった。目的があるのかないのか、人はみな、どこかに向かって進んでいくけれど、私には何の目的も見出せなかった。そんな世界をいっときでも飛び出して緑の中に埋没してしまえば、なにかが変わるかもしれない、などと淡い期待を抱いたのかもしれない。でも、そんなこと考えてもしょうがなかった。だって、現に今私は、深大寺の門の前に立っているのだから。
平日の昼間なだけあって、深大寺の境内に人影はあまりなかった。深く濃い緑は、母親の胎内のようにあたたかく、そしてやわらかく私を包んでくれる。東京に出てきてちょっと無理をしていたのかもしれない。緑が恋しくなっていた。緑の中に身をおくと故郷の山々を思い出して、山の情景と共に不思議な安寧が私を包んでいた。静かに目を閉じると、梢のささやきだけが私に話しかけてきてくれる。そんな時間に、しばしうっとりしていた。

どのくらい経っただろうか。うっすらと現実に戻りつつある私の意識に、なにかが働きかけてきた。ゆっくりまぶたを上げると、池のふちに三脚を立てて、ファインダー越しに水面をじっと見つめている人がいる。古い建造物には目もくれず、その人は水面に写るなにかに心奪われていた。
不思議だった。
その人の隣に立って、いっしょにファインダーを覗いてみたい衝動に駆られたからだった。静かにゆれる水面には、その一瞬一瞬に計り知れない顔と可能性が見えるから、私もつい、時間を忘れて見入ってしまうことがある。だから、気持ちの波が同じうねりを描いているのを感じたのかもしれない。ふと気がついたら、その人に声をかけていた。
「何が見えますか?」
なに、バカなことを聞いているんだろう、私・・・。それも、見知らぬ人に。いつもの私だったら考えられない。後悔したけど、幸運にもその人は一向に顔を上げる気配もなく、ファインダーを覗いたままだった。今のうち、ときびすを返したそのとき、
「おもしろいことを聞くんだね」
と、どこかとぼけた、やんちゃ坊主のような柔らかい声が私の背後から聞こえてきた。しまった、と思ったけれど、そのまま立ち去ることもできず・・・。恐る恐る振り返ると、声からは想像もできない、ひげ面でこわもてのその人がいた。
「ははは、そうですよね。わたしったら、なに言っちゃったんだろ。すみませんでした」
何を言えばよいのかわからなくて、引きつった笑顔になってしまったのが、自分でもよく分かる。どうしよう・・・と困っていたら、その人はおもむろにかばんを開けて、いくつかの写真を取り出した。
「別に謝ることでもないけどさ。よかったら、この写真見てみる?」
差し出された写真に写っていたのは、すべて水の写真だった。留まることなく流れる水の動きには、理性では制御できない、魔性の美がある。何もかも飲み込んでしまう、恐ろしさがある。きらきら輝く水面や、夕日を映した湖面などはなく、その人の写真にあったのは、憂いを秘めた水の流れだけだった。

結局その日は、素性のひとつも聞かずに別れてしまった。
そしてまた、単調な毎日が始まった。それでも、ふとした瞬間に思い出していた、あの日のあの出会いを。現実なのか夢なのか。それさえも分からないくらい遠くて曖昧な記憶しか残っていないけれど、いつまでも心の奥底にしがみついて離れない。なぜなのだろう。疑問符は常に私の胸の中でうずいていたけれど、気がついたら半年が過ぎていた。

もやもやした気持ちを引きずりながらも、それに気が付かない振りをしていた。なんだかちょっと、面倒だったのだ。自分でも、その気持ちのありどころを判断しかねていて、気が付かない振りをしているうちに、いつかは消えてなくなってしまうだろうと、安易に考えていた。
そんな時、ゼミ仲間でドライブに行くことになった。久しぶりの旅行に、日々とらわれていた鬱々とした気分もすっかりはれていた。
そんな気になっていた。それなのに・・・。
帰り道に偶然通りかかった、深大寺の前。突然、私は訳のわからない衝動に駆られていた。
「ここで降ろしてくれる?」
あわてたのは、ドライバーだ。
「いいけど、いきなり言われても・・・。ちょっと待ってよ。それにしても、こんなところで降りても、帰るのが大変なんじゃないの?」
不思議がる友人を尻目に、私はひとり深大寺山門前で降り、あの日のあの場所に向かっていた。
そこには、あの日と同じ場所でファインダーを覗く、彼がいた。すぐに気がついたけれど、名前も知らない彼に声をかけることもできず、遠くからその姿を眺めていた。彼は、あの日と同じように水面を見つめたままで、身じろぎひとつしない。すると、何かを察したのだろうか、突然振り向いてしまった。
「あれ?久しぶりだね。いつからそこにいるの?」
あの日と同じようにとぼけた声と、ちょっぴり驚いた表情。やっぱり引きつった笑いになってしまって、恥ずかしさを隠そうとうつむく私に、彼はカメラを向けた。
「やめてください」
口を開いたその瞬間、カシャというシャッター音が響いた。

その日から、何かが流れ出してしまった。いつのころからか、最初に出会ったあの日と同じ時間、同じ場所で会っていた。自然に、2人の向かう場所と互いを必要とする時間は一致していたから、特に約束をすることもなかった。深大寺境内を散歩して、植物公園まで足を伸ばすこともしばしば。公園の中で特に好きだったのは、池の中に凛として咲く蓮の花だった。蓮の花の前に立つと、自分を覆っていたベールがはがれていく。何のことばもいらない。時を忘れて、二人、寄り添うだけでよかった。
おもむろに、あなたは私を振り返る。何かを語ろうとするけど、その目がどこを見ているのかわからなくて、私は立ちすくんでしまうことがよくあった。私を見ているようでいて、本当はその先の何かを見つめている。そんなあなたの目に、いつも惹かれていた。
「どこを見てるの?」
「そんなこと、聞くもんじゃないだろ?」
同じ会話を何度繰り返したことだろう。私のことばに、あなたはいつも微笑みながら同じ答えを返す。

いつの頃からだろうか、花や池をぼーっと眺める私を、あなたはよくカメラに収めるようになった。何の前触れもなしに、ときどきカシャっとシャッター音が鳴る。突然取られるものだから、ろくな写真がない。
「またこんな顔してる・・・」
嫌がる私を楽しむかのような、いたずらっ子の笑顔。その笑顔を見ると、怒った顔もすぐにほころんでしまう。小さな争いごとも、2人の間を清く流れていくだけだった。

2人の時間が、彼にとってどのような意味を持っていたのかわからない。ただ一ついえるのは、その頃からはっきりと彼の撮る写真に変化が現れたことだった。どこか憂いを秘めた写真に、一筋の光が差し込み、映像全体を明るく照らし出すようになった。そのことに気がついたとき、私はなんとも言えない不安にかられた。私は、彼の隣にいてよいのだろうか?彼は、この先もずっと、私の隣で笑っていてくれるのだろうか?そんな疑問ばかりが、私を苦しめるようになった。
彼の中で何かが変わり、それは確かに私の存在に因っている。ファインダーを覗くその目は、私を見つめるその目に通じていた。だからわかるのかもしれない。私を見つめる彼の目に映っているのは、今では私そのものだから。その先を、彼は見ることができなくなっていた。

四季折々に咲く花のように、私もまた彼の四季の中でつぼみを膨らませ、花開き、そして散っていかなければならないのかもしれない。留まることを知らない水の流れのように、最後にはここから流れ出ていかなければならないのかもしれない。
離れていくことも時には必要なのだと、なんども自分に言い聞かせた。二つの流れは、交叉しても永遠の一筋にはなりえない。いまは、違う方向に向かうべきときなのだろう。それが、あなたがあなたであるために必要なことなんだ。いいじゃない。また出会い、交叉することもある。そんな時、自然に笑える自分でありたい。あなたと出逢って、素直に笑えるようになった自分でありたい。
今では、あなたという存在と巡り会えたことさえもまた、儚い夢物語のように思える。あなたの存在も、わたしという意識も、すべてが幻だったのだと・・・

変わらぬあなたの笑顔に、心の中で別れのキスをした。
何年後に、私たちは再びこの地で交叉するのだろうか。この深大寺で。

(了)

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<著者紹介>
中山 琴音(千葉県市川市/31歳/女性/派遣社員)

ぴゃあ ぴゃあ ぴゃあ

もうちょうど十年前の夏になる。私は小学四年生だった。夜、自分の部屋で寝ようとしていた。
私が住む緑の多い染地は、虫だの鳥だのいろんな音が聞こえてくる。でもあんな不思議な音は聞いたことがなかった。なんの動物だろう?ネズミ?私は懐中電灯を持って裏手の用水路に出かけてった。
  
ぴゃあ ぴゃあ ぴゃあ

それはまだ目もあかない、掌にのるくらいの生まれたての子猫だった。こんなところに迷い込めるはずがない。文字通り誰かに捨てられたのだろう。私は生まれたての子猫がニャーと鳴けないことを初めて知った。
二歳上のお兄ちゃんとそっと段ボールに猫をいれて子ども部屋に隠した。猫はもうぴゃあと鳴かず、小さくゴロゴロと喉を鳴らした。ほっとした。でも子猫は、早朝突然苦しみだし、あっさり死んでしまった。
私たちは泣いた。そしてひとしきり泣いた後、兄が深大寺に動物の供養所があることを思い出した。
自分たちの貯金を全部おろして、親に内緒で自転車で深大寺に向かった。お墓を買うつもりだった。お寺までは長い長い坂があり、身体が重たかった。

深大寺に着いた。お蕎麦屋さんの軒先の赤い腰かけが目を引く。すると、そこから男の子がひょいとのぞいた。
「何やってるの?」
兄の塾に、深大寺のお蕎麦屋さんの息子がいるとは聞いていた。兄は泣きながら動物供養の場所を聞いた。賢そうな男の子は色々聞かず、黙って道順を指差した。
「終わったら、戻って来なよ」

動物供養係のおじいさんは山羊みたいな白いひげを生やしてて、優しかった。
「ご両親も知らないならお墓じゃなくて合同葬になさい」
お金はほんの少しで済んだ。
帰り道、男の子の店に寄るとおばさんがおそばを三つ用意してくれた。
「いいことしたね。猫ちゃん喜んでるよ。」
男の子とおばさん、おそば、すべてのあたたかさが身に沁みた。タマコと名付けたあの猫は、きっと深大寺の仏様の元に還ったと私は信じられた。

あの男の子はいったいどうしてるだろう?いかにも利発なあの子は難しい中学に受かり、その後はあまり兄も知らないようだった。
あの子の顔は、ちょっとだけ新城に似てた。私はたまに、新城を日ごろ見てるからあの男の子を思い出すのか、あの子に似ているから新城と付き合っているのかわからなくなるときがある。

新城は私の通ってる女子大の講師だ。初めて彼のマンションに行ったのは大学一年の冬だった。十二月のオートロックの高層マンションはうすら寒かった。
「きれいな部屋じゃないけど、まああがって」
 学者なだけあって、大きな机には、新城の専門分野である本が乱雑に積み上がっている。でもそれ以外は、言うほど雑多でもない。
そして、ビーフシチューとワインで少し早いクリスマスを祝って、私たちは付き合うことになった。
「先生は三十八歳だから、私の倍生きてることになるのね」
「僕は自分が素敵だと思う女性の年齢は気にならないけど、アキちゃんはどうなのかな」
しどろもどろになった新城がおかしかった。

春になった。私は新城が住む街の地理もだいぶ覚えて、彼のための夕飯の買い物もするようになった。
新城は千葉に別居中の妻子がいた。うすうすわかってたことだ。いわく「ダメ男に愛想をつかし」たんだそうだ。でも、離婚するのかどうかとか、そういうことには触れたくなかった。そんなこと、十九歳の私には重たすぎる。
ともあれ、私は新城のことが好きだった。私好みのルックスも、物知りなところも、年に似合わず純粋なところも。
私は彼に愛されていればそれでよかった。

八月の私の誕生日は、見事に土砂降りの雨だった。でも、新城が夜景の見える高層階のレストランを予約してくれていた。こういう気がきくところは、よ!さすが三十八歳!という気になる。
私たちは雨で煙った夜景を見ながらシャンパンで乾杯した。生のジャズピアノ演奏が素敵だった。ほろ酔いの新城が言った。
「二十歳おめでとう。まだ二十歳かあ。すごいことだね。」
「何よ、子供だってこと?」
私はすねるふりをした。
「何言ってるの。君は僕より大人なところがたくさんあるよ。」
「ねえ、あのピアノを弾いてる人、素敵じゃない?」
私はピアノ奏者を指差した。黒いドレスで、上品な色気があった。
「私、あんなオトナないい女になれると思う?」
私は笑いながら言った。新城は、ちょっと考え込むようにゆっくり言った。
「君はもう彼女なんかよりずっと、いい女だよ。こんなにきれいだし、優しいし、アタマだっていいし。」
新城は酔って、グラスを弄んでいた。
「君は僕とは段違いのいい男に愛されるよ。
...君はいい結婚を、するよ。」
聞こえないくらいの何気ない小さな一言だった。でもそれはぞっとするくらい完全に「他人事」だった。
新城の眼は、一面のガラス窓が映す遠く煙った大都会に飲み込まれていた。
そして彼の実体は、どこにもないように見えた。
怖かった。新城がもつ底なしの闇が。
彼の中に私と一緒の未来は一ミリグラムもないことはとっくに承知だった。でも、改めて新城の口からそれを実感させられると、意外にも私の心は芯からざっくり傷ついた。
私はすぐに話題を変えた。時はとりあえず過ぎてゆく。
高層階で、どうでもいい話題でその場を持たせていると、ふとそこから飛び降りてもいい気持になった。ガラスに映るアルカイックスマイルの私は、他人のよう。
いつの間に現実はこんなにばかばかしくなってしまったんだろう?夜景はとびきり美しくて、無限だった。ほんとうに、跳んでしまおうか。この素晴らしい夜景と一体になれるのなら。
私は表情を変えずにグラスを空けた。
「おっしゃる通り。私はいいオンナだから、先生なんてすぐ捨てて、すごく幸せになってくの。」
新城は笑った。

雨がやんだ。私は一人で新宿駅まで歩きながら、切っていた携帯の電源をつけた。ほぼ同時に電話が鳴った。
「アキ、デートだからって携帯切るなよ。俺は加奈といてもいつもONだぜ!」
兄だった。友人と麻雀中のようだ。
「何よ、圏外だったの!」
私は嘘をついた。
「俺にもいつか紹介しろよ、お前の彼氏。今度、加奈と4人で飲むか?」
兄はアリゾナの大学に留学中の身だ。なのに夏休みが長すぎるとかで、一か月も日本に帰ってきている。
「はいはい、そのうちね。相変わらず声がでかいよ、もー。何の用?」
「おう、明日深大寺行かないか?俺、日本にいるうちに行きたいんだけど」
「タマコのご供養でしょ?行くよ」
私はすぐに返事した。
電話を切ると、地下街へ潜っていった。どうせ兄は今日、徹夜マージャンだろう。そのとき、地下街のもっと地下のほうから声が聞こえた気がした。
  
ぴゃあ ぴゃあ ぴゃあ

夜、夢を見た。誰がこんなところに置き去りにしたんだろう?真っ暗な草っぱら。黒い用水路。まだ足もろくに立てず、彷徨ってた。でもタマコはいない。どうやら溺れかけているのは、わたしだ。

約束の土曜は快晴だった。私と兄は昔みたいにひいひい言って自転車を漕かずに、冷房の利いたバスでスマートに深大寺に向かった。
新城は今日、別居している息子とプールに行っているはずだ。私には言わないけど奥さんも一緒なのかもしれない。でも兄といると、そんなことも忘れた。
心をこめて、タマコの供養を終えた。
「お兄ちゃん、お蕎麦屋の男の子ってどうしてるの?」
私は思い切って聞いた。
「えっ。お前たっちゃんのこと覚えてたのか。」
兄は目を丸くした。
「言いにくいなあ...。」

たっちゃんは今年の五月に亡くなっていた。
兄はおばさんにお悔やみが言いたくて、今回深大寺に来たのだ。
私は兄が朝から下げてた菓子折りの意味を今さら理解し、膝がすこし震えた。兄は気重そうに、お茶屋さんに入るかと言った。

...学校も違ったし、あんまり会ってなかったけど、たっちゃんが不倫してる噂は有名だった。しかも、年が倍も違う大学の講師と。
でも、遊びだと思ってた。だって、子持ちの女だぞ。
最後にあいつに会ったのは去年だ。偶然調布駅で見かけた。
「年上の彼女はステキらしいな」
 俺からかったけど、あいつ笑ってるだけだった。でも、たっちゃん本気だったんだな。
何がこじれたのか、今になっては誰もわからない。
表向き、あいつは脳の病気で死んだことになってる。でもほんとは、飛び降り自殺なんだ。女のマンションから...

兄はそこまで言うと、肩で深く息をした。私は涙が溢れた。ぽろぽろ落ちた。私はきょう、たっちゃんにここに呼ばれたと思った。
「わかるよ。私もきのう新宿のビルで飛び降りるところだったもん。
たっちゃんもある時、本気で好きな人の未来に、まるで自分がはいってないことを実感しちゃったのかもね...。残酷なことだよね。」
兄が仰天して私を見た。
私は新城のことが好きだった。たっちゃんも本気で女性を愛したのだろう。
私は、会えば会うほど新城への愛着が募った。でもそれは叶わないことだった。だって、彼の中は空っぽなのだ。
彼に手を握っていてほしかった。でも彼の手はどこにもない。彼は自分の闇の中の住人であることをやめなかった。そんな人と付き合うためには、割り切らなければいけない。本気にならないで、大人になることだ。でも、それは私の心の見えないところを少しずつ、剥ぐように確実に傷つけた。そして、憔悴した。
「そこから先は何もないよ。たとえ飛び降りようと。」
どこからか、むかし道案内してくれたたっちゃんの幼い声がしたような気がした。

「...紹介したくない彼氏なのかとは思ってた。」
兄がつぶやいた。そして、おもむろに立ち上がった。
「さ、本堂に行くか。たっちゃんのために祈るぞ!」
大声につられて、私は涙でぬれたハンカチをしまった。そのばかみたいな大声は、兄なりに私を慰めていた。
深大寺の深い緑から大きなみんみん蝉の声が響いた。無力だったタマコはもう天国で立派な強い猫になってるだろうか。そう信じたかった。
私は立ち上がり、八月の眩しい陽光の中を歩き始めた。

(了)

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<著者紹介>
前田 陽子(愛知県名古屋市/33歳/女性/主婦)

 前掛けに残った打ち粉をふるい落としながら、僕は、「蕎麦処・しまむら屋」の通用口から飛び出した。幼なじみの水川志穂から、帰ってきているという連絡があったからだ。
 向かったのは深大寺小学校の裏口に通じる長い階段。そこでは、両脇に生い茂った葉桜のカーテンが陽光を閉じ込めて揺れていた。
僕は逸る気持ちを落ち着けようと石段に腰を下ろし、煙草を取り出した。すると、上からこつこつと音を立てて、僕の隣に水色のミュールが並んだ。見上げると志穂がいた。
「慎ちゃん、嶋村慎治君よね?」
 志穂に声を掛けられて、僕は主役を迎える司会者のようにかしこまって立ち上がった。
「小学生のとき、ここでよくやったよね。ジャンケン遊び」
「あ、ああ。パーはパイナップルなのに、パラシュートだって言い張ってたよな」
「慎ちゃんはいつも負けてた。だっていつもグーばっかりなんだもん」
 そんな会話を交わして、僕達は顔を見合わせて笑った。
指の間の白い煙草が薄茶色になっていく。見上げると、矢の様な斜線が降り注いでいた。 
持っていた手拭を志穂に被らせて、僕達は通り沿いにある不動堂の軒先に滑り込んだ。 
並んで立っていると、今、こんなことやっているのと志穂は名刺を差し出した。「シナリオライター」という肩書きが記されていた。
「ライターかぁ、夢を叶えたんだ」
そう言うと、志穂は「まあね」と肯定したものの語尾には力がなかった。
「今日はどうしてここに?」
「...取材、みたいなものかな」
 「覚えてる? ここで昔雨宿りしたこと」
応えのかわりなのか、志穂は寒そうに身体
を縮めて上着の襟をすぼめた。その姿がまるで今にも萎みそうなパラシュートに思えた。
雨音に誘われて、僕は二人で過した、八年前の短い日々を想い出していた。
志穂が転校してきたのは六年生の終わりになってからだった。母親と二人暮らしだと担任が言っていたのを記憶している。
初めて話した場所があの階段だった。クラスメイトとジャンケン遊びをしていると、仲間に入れてと強引に加わってきたのだ。
「え? パラシュート? 嘘だろー」
皆から笑われても、志穂は断固としてパーはパラシュートだと主張した。
「福岡じゃ、パーはパラシュートなの!」
皆に同調することなく、志穂は志穂の方法で皆に馴染んでいった。
パラシュートを背にして、ひらりと降り立ったかの様な、勇ましいヒロインに僕の心はいとも簡単に占有された。

志穂は妄想の中で遊ぶドラマ作りの天才だった。それを知ったのは、僕の愛猫サクラが死んだ時だった。
サクラを胸に抱いて、僕達は山門前の水路を辿って万霊塔までとぼとぼと歩いて行った。
万霊塔は葬儀から埋葬までする動物の総合葬祭場である。墓にサクラを納めて斎場を出てくると、斑模様の猫が首を伸ばして、淋しげに尖塔を見上げているのが目に止った。
「あの猫、サクラに会いたいのかも。そんな顔してる。私には分かるの」
そうかもしれないと思った。志穂の妄想がリアルに感じられたのは、それがサクラに対する最高の餞の言葉だと子供心にも思えたからだろう。素敵なドラマメーカーの志穂といつまでも一緒にいられると思い込んでいた。そうあの日までは...。

早咲きの桜が散り、濡れて透き通った花びらが小学校の階段をびっしりと覆っていた。
その日も、志穂はジャンケンする度にどんどん階段を上って僕から遠ざかって行った。
あと数日もすれば中学校の制服の袖に手を通し、子供時代に終わりを告げる、そんな著しい変化を前にして、僕の心はざわざわと揺れていた。志穂は早々とてっぺんに到達すると僕に向かって宣言した。
「私ね、作家になりたいと。お父さんが果たせんかった夢、私が叶えたいんやもん」
二人きりの時に不意に飛び出す方言も僕には嬉しいハプニングだった。僕だけに心を許している、そんなときめきさえ感じていた。
明確な未来を語る志穂が羨ましかった。
現状維持型の僕は、いつか家業の蕎麦屋を継ぐのだろうという漠然とした未来しか描いていなかったからだ。僕が黙っていると、志穂は急に立ち上がり、もう一回勝負をしようと言い出した。しかも負けたら相手の願いを何でも聞くこと、という罰ゲームのおまけまで突き付けてきた。
願いはあった。もしも勝てたら志穂に自分の気持ちを打ち明けようと思った。中学校に進んでもずっと友達で、いや、飛び切り仲の良い二人でいような。そう宣言するつもりだった。しかし、僕に振られたのはやはり罰ゲームの役目だった。志穂の願いは何だろう。僕は静かに待っていた。
「私が...私がね、もしも...」
その言葉を遮る様に、雨が落ちてきた。激しい雨足に追われ、僕達が迷わず目指したのが不動堂の軒先だった。雨音は強まるばかりだったが、藁葺きの屋根は互いに身を寄せる僕達を優しく覆ってくれていた。肩先から仄かに志穂の体温が伝わり、発車ベルにも似たけたたましい鼓動を悟られない様に何度も深呼吸をして紛らわせた。さっき志穂はいったい何を言おうとしていたのか、「もしもって何?」と口を開こうとした時、黒い傘から不意に視界を塞がれた。
「志穂ちゃん、お母さんが大変なことに」
同じ団地に住むという隣人がアッという間に志穂を連れ去ってしまい、それからの音信は途絶えてしまった。
後に人づてに、志穂の亡き父親を追うように病気がちの母親も逝ってしまったと知らされたとき、僕は何故か、万霊塔を見上げる斑模様の猫の淋しげな横顔を思い出していた。 

あのときの志穂の願いは何だったのか。
雨は通り過ぎていった。それなのに、隣に並ぶ志穂の頬は濡れていた。雨なのか、それとも涙なのか。聞きたいことはたくさんあったが、僕は言葉をグッと飲み込み、店に志穂を誘った。まだ自慢できるほどの腕前ではなかったが、自分で打った蕎麦を振舞った。こっそりと大盛にして。
どんな時も満腹になると人は幸せな気持ちになれるものだと、父からいつも聞かされていたからだった。食べ終わると、志穂の頬は桜の花びらのような明るさを取り戻していた。
厨房の暖簾越しに母と姉が興味津々で僕達を見守っていた。泣き顔で俯く志穂が何か訳ありに見えたのだろう。小意地の悪い姉は、腹を突き出すポーズを取って『孕ませた?』というサインを送ってきた。僕は憤然として首を振った。ここでは話は出来ないと悟り、店を出て再びあの階段に向かった。志穂が一番素直になれる場所だと思ったからだ。

「...駄目になったのよ。テレビデビューするはずだったんだけど。私の作品は他の人が書くようになったって。私の物なのによ!」
階段に着くと、志穂は胸の内を吐き出した。
理不尽とも思える厳しい世界で健気に闘っている志穂の姿が想像できた。そんな志穂に月並みな励ましをするのはよそうと思った。
ふと僕はジャンケン遊びをしようと申し出た。志穂は不思議そうな顔をしていたが。
勝ったら何でも願いを叶えてもらえるというあの時の条件を付けてゲームを始めた。
どうしても今日だけは志穂に勝たなければならない。そんな思いでジャンケンをした。
ゲームの最中、僕はあることに気が付いていた。僕がいつもグーばかり出していたのは、志穂の歯切れのいい「パラシュート」が聞きたかったからなんだと。グーを封印したお陰で、僕は初めて志穂に勝利した。志穂は神妙な顔で僕の言葉を待っていた。
「あのさ...辞めんなよ、シナリオ。それがファン第一号の僕の願いだから。それと、ここにはいつでも戻ってこいよ。親戚がいなくたって深大寺は志穂の故郷なんだから」
志穂は何度も何度も頷き、瞳を潤ませて涙まみれになっていた。

バス停までの道程を僕達は無言で歩いた。調布駅北口に向かうバスが近付いてきた時、志穂が僕に振り向いてこう言った。
「取材なんて嘘。本当は、あの時言えなかった願いを叶えてもらいたくって...あの日、慎ちゃんに言おうとしたこと、それはね、もしも私のパラシュートが墜落しそうになったら絶対絶対、受け止めてねってこと」
その願いも今日、叶ったのだと志穂は、はにかみながらバスに乗り込んだ。
想いは繋がっていた。
初恋が実らないというのは、相手を待つことができなかった人の言い訳かもしれないと思った。待つことは僕の得意分野だから。僕はパラシュートが再びこの町に降り立つまで待とうと思った。
それまでにもっと美味い蕎麦が打てるようにならなくては。これまでとは違うときめきに心の根っこを揺さぶられ、僕は無性に走りたくなった。人目も気にせず、小さな子供の様に両手を広げ、飛行機を真似ながら、山門前の通りを一気に駆け抜けて行った。深大寺小学校の階段ではジャンケン遊びに興じる子供達がいた。パーを出した子に向かって、僕は思わず叫んでいた。
「パーはパラシュート。この深大寺じゃ昔からそうなんだ!」  

(了)

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<著者紹介>
古澤 あずみ(東京都大田区/50歳/女性/講師業)

その朝、電話がせかすように鳴り、父が大声で二階の杏子を呼んだ。電話はいとこの神山礼二からだった。電話口の礼二の声はくぐもり、頼りなげだった。そのため、杏子は大声で応対した。礼二が深大寺に来て欲しいといっているのがわかる頃、家族全員が二人の逢瀬を知っていた。
時代は、戦争統制下であり、調布駅に止まるおもちゃのような小さな車両の横にも「勝て、一億火の玉だ」というスローガンが貼られていた。恋にも明日という言葉が約束出来ない時代に杏子は生きていた。
杏子は着物の裾を押さえ埃っぽい川沿いの道を小走りに走った。道は飛行場と並行して走る。急に頭上で鼓膜を揺らす爆音が降ってきた。練習機は、エンジン音で空気を震わせながら、杏子の行く手をふさぐように下降してくる。多くの航空兵が調布飛行場で訓練をうけていた。近々に南方方面に神風飛行隊として出撃するともっぱらの噂だった。
一度、父の所用で飛行場の兵舎を訪ねた。応対に出た若い兵士は、杏子の来訪をまぶしそうに見ながら白い歯を出して「お使いご苦労様であります」と直立して敬礼した。同じ部屋にいた兵士たちも杏子にいっせいに注目した。杏子は着物の上から多くの視線の痛さを感じた。
礼二とは数年前にも、深大寺で会っていた。その時、境内は厄除元三大師大祭の縁日で賑わっていた。礼二は小さなだるまを一つ買い、杏子に片目を入れてくれとせがんだ。
今日の深大寺の山門は、人影もなく武蔵野の雑木林の中で、時が固まったように佇んでいる。礼二は既に山門の傍らで待っていた。学生服にゲートルを巻き、短くなったタバコをせわしげにふかしていた。杏子を認めるとはにかんだ笑顔を向けた。「急に電話で呼び出してしまって」と、ぽつりと言葉を投げた。その語気は五月の風に浚われるくらい小さく弱弱しかった。鐘楼は木漏れ陽を受けてゆったりと座る古老の姿のようだ。拝殿正面に来ると礼二は、大学の徽章のついた帽子を脱いで小脇に挟んだ。杏子に背を向けて、拝殿に向かいながらぼそっという。「僕にも召集令状が来ました」。杏子の耳は召集という言葉を拾いたがらない。大学生の兵役は猶予されていた。しかし戦況の悪化がそれを許せぬ状況となっていた。礼二も学徒兵として出陣せねばならなくなった。着物の袖で耳をおおいたいのを我慢して礼二の次の言葉を待つ。「二週間後に青森の連隊に入隊です。」礼二は拝殿で手を打った。乾いた音が木立に突き刺さる。「ご武運をお祈りいたします」月並みな言葉が杏子の口からでると礼二は、きっと眉を上げて振り向き、無精ひげが目立つ口元を引き締めて言葉をつないだ。「杏子さんに出征前にどうしても会いたくて。無理をいいました」杏子はその押さえた口調の陰の気迫に肌があわ立つ気がした。「さあ、そばでもご馳走しましょうか。ここのそばはうまい」。山門脇のそば屋には、客の姿はなく、中老の店主は、学生服と矢絣姿の二人連れを好奇な目で見ながら、そばを運んできた。「あと半年で卒業なのに無念です。戦地から戻ってきたらまた、勉強を続けて、父の貿易会社を手伝うつもりです。」。その貿易会社も今は米英との交戦下では、開店休業状態だった。礼二はタバコを出して火をつける。杏子はその煙の中に、次にかけるべき言葉を捜していた。
「少し歩きましょうか。」タバコを吸い終わると礼二は立ち上がった。「ご馳走様でございました」。杏子は短く礼を述べた。広い境内にある坂道のひとつを二人は登り始めた。坂を上りきると、急に視界が開けた。そこは雑木林が切れ、眼下には多摩丘陵が見下ろせた。のどかな藁葺き屋根の風景が点在し、野川がその中心を流れ、戦争を示すのは大きく緑をえぐった飛行場だけであった。丘陵から先に目を転じると、まだ冠雪を頂く富士が見えた。春のもやる空気の中でもその姿は凛々しく確固たる美しさを主張している。「綺麗ですこと」この日初めて杏子は自ら話の口火を切った。「晴れやかですね。子どもの頃親戚一同で芦ノ湖に行きましたね。富士山が綺麗だった。覚えてますか?」杏子はちいさくうなずいた。杏子の脳裏では、礼二が漕いでくれたボートの中で大人ぶって父親から教わった寮歌を歌ってくれた様子が幻灯のように再現された。
今再び、その礼二と二人きりで富士をみている。でもこの確かな瞬間は、砂時計よりも早く足跡を残さずに過ぎ去ってしまう。
「もう一度唄っていただけませんこと?あの時と同じように」礼二は杏子の唐突な願いにしばらく小さく口をあけて、無精ひげを手でなぜた。それから、恥じらいと学生らしい明るさが混在した口調でいった。「それじゃあ、ひとつ歌いますか!すごい音痴ですよ。」あたりは無人で、歌の聞き手が高くさえずる四十雀の一群だけなのを確かめて、礼二は歌い出した。歌は単語から始まった。低い腹に響く言葉で外国語だった。「フロイデ! オー、フロイデ! フロイデ・シェネル・ゲッテルフンケン」それはベートーベンの交響曲第九の歓喜の一節だった。たどたどしいドイツ語が、歌に置き換わるとなぜか空気を暖めるように杏子の心の隙間になだれ込んできた。短い一節は謡曲の義経のような勇猛さで丘陵を超えて、遠景の奥多摩連山の山肌にまで達するようだった。悲しみに凍っていた心を暖かい白湯で包むような歌声だった。その力強い響きは寺の古鐘にぶつかり安らいだ音を鳴らすのではないかと思えた。最後の節を歌い終わる時、礼二が拳を握って目を閉じて歌っているのに杏子は気づいた。曲が終章と思った矢先、聞きなれた言葉でその曲は無理やりに続けられた。杏子はその言葉に戸惑いと滑稽さを覚えて、礼二を制止しようとした。でも礼二の面に浮かぶ真摯さを目にし、否応のない現実に引き戻された。曲は悲しい言葉を載せる道具に変わっていた。「杏子さん。おー杏子。僕を待っていて下さい。僕を待っていて欲しい。必ず帰ってくるから。あなたを嫁に迎えたい」音符を無視した即興歌詞は、音を後から従えながら続けられた。荘厳歌とは不釣合いな言葉の羅列があった。礼二の肩は折々震え、手にした学帽はくちゃくちゃに丸められた。礼二の頬は赤みを増し、固く閉じた目尻から落涙が頬を伝った。あの照れ屋の礼二の思い切った独白に杏子の胸中のほのかな遠灯は、白色灯のような煌々とした明るさに変わっていた。前で組んでいる手を指が白くなるほど強く握って歌をきいた。歌い終わると礼二はすぐには振り向かず、腰に下げた手ぬぐいで頬の涙を拭いた。そして、風を切るような速さで振り向き、杏子の肩を思い切り引き寄せて固く抱いた。その抱き方はあまりに強く、乱暴すぎて杏子は息ができないほどだった。埃っぽい学生服の匂いと礼二の体臭が杏子の顔全体を包んだ。礼二は何もいわずただ強く抱くだけだった。杏子は、いつの間にか、自分の頬が涙でぬれ始めたのに気づいた。どのくらい抱擁が続いたかわからない。突然、礼二は両手で杏子を突き放し、自分の濡れた頬をこぶしでぬぐった。そして膨らんだポケットから縁日で買い求めた小さなだるまと大学の校章を取り出し杏子の手に乗せた。「自分と思ってもっていてくれませんか?自分が生きて帰ってきたら、その時両目をいれて下さい」その達磨は、まだ杏子が書き入れた片目のままだった。杏子の中で何かが急に破裂した。それは、観音菩薩の慈悲の御水が固く閉ざされた御堂の扉を急に開門させるような性急さで起こった。杏子は礼二から、まるめてしわになった学帽を奪い取り、自分の頭の上においた。そして背筋をまっすぐに伸ばし、一言一言を、高い震える声で堰を切る激しさでいった「神山二等兵は、必ず生きて帰還すべし。これは命令である。再度、山門前にて参集せん」礼二は唖然とした顔でその台詞をきいていた。そして間をおいて同じく背筋を伸ばして敬礼していった。「杏子分隊長殿。神山二等兵は、必ず無事に生還いたします。絶対に死にません。約束いたします」そう答えた顔には朝焼け空の神々しさが浮き出ていた。杏子は、自分が身に着けていた白い薄手のショールを肩からとり、礼二の首元に巻きつけた。ショールは、航空搭乗員のマフラーのように風をはらんでゆれた。ショールの片端をにぎり、軍事演習で日焼けした礼二の頬に片手を添えて熱くいった。「私、お待ちしております。ずっとお帰りをおまちしております。決して死んではいけません」礼二の二度目の抱擁は、緩やかで暖かくタバコのにおいがした。それは、礼二が残していったくちづけのためだったとしばらくして杏子は気づいた。礼二の涙で着物の襟はしとど濡れた。
やがて戦争が終わったが、礼二は南の島の石になって帰還した。礼二から預かっただるまは礼二の位牌の横でまだ片目を開けて杏子をみている。校章はすっかりくすんで闇に溶けいりそうだ。二人で、もう一つの目を書入れるという約束は履行することがなかった。
鯉のぼりが野川の風に泳ぐ頃、杏子はいつも杖に頼りながら、礼二と一緒に富士をみた丘陵へ登ることにしている。礼二は山門脇で待っている。杏子は当時と同じそば屋に入りそばを二人前注文する。店員は二人前?と決まって聞き返す。今の礼二は杏子にしか見えない光となっている。
旧盆の時節が来ると、杏子は予め買っておいただるまを取り出し、両目を書き、第九を口ずさみながら、送り火でだるまを燃やす。誰もその訳をしらない。だるまと第九の取り合わせは傍目には何とも奇妙である。でも杏子の心のなかでは、それが、寄木細工のように寸分の狂いもなくぴったりと組み合わさっている。

(了)

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<著者紹介>
立石 信行(東京都三鷹市/58歳/男性/自由業)

『明日は行きたい所があるから、十一時に三鷹駅で待ち合わせでどう?』
夜の十時を過ぎた頃、二週間ぶりに彼女から届いたメールに、ほっとした反面、正直戸惑った。
『三鷹駅?』
いつもの駅じゃなくて?そういう意味を込めて短い返事を送った。彼女と俺の家の最寄り駅は同じだった。十一時待ち合わせの時間を見たって、俺と会う前に何か別の用事があるわけでもなさそうだ。
『そう。行き先は内緒』
俺の疑問に先回りして、牽制をかけるような受け答えに、嫌な考えが頭をよぎる。
『分かった』言い回しに迷って、結局こんな短い返事になった。
学生時代から付き合いだして六年、有紀子とは週末を一緒に過ごすのがほとんどになっていた。特に約束をしなくても、惰性的にそんな関係になってから、もう随分時間が経っていた。だから二週間前、俺なりに、そういう雰囲気に決着をつけるつもりでプロポーズしたのだが、考えさせて欲しいといわれてから今、かなり気まずいのも確かだった。現に先週末、俺たちは会っていない。うやむやな雰囲気の週末を持て余して、部屋の掃除をしてみた。その結果マグカップを一つ落として割った以外、大して何も変わりはしなかった。

俺たちの最寄り駅ではなく、三鷹駅に十一時ならばいつもより早く家を出なければならないのだと気付いたのは、出掛ける一時間前だった。まだギリギリ間に合うと腕時計に目をやりながら、スニーカーに足先を突っ込んでドアを開けた。
――大丈夫。
三鷹に特別深い思い出はない。今までのデートだって朝の弱い俺に合わせて、大抵十一時頃からだった。もいつもどおりのはずだ。彼女の思惑がどうあれ、手酷いことにはならないに違いない。大丈夫。・・・多分。
これじゃまるで自己暗示だ、と苦笑して部屋に鍵をかける。今日は土曜日。今夜、俺たちは今までどおりに、一緒にこの部屋に帰ってくるだろうか。そしていつもより少しだけ綺麗な部屋に、彼女は気付くだろうか。

「おはよう」
時計より僅かに早く滑り込んだ駅の改札付近には、既に彼女の姿があった。
一瞬目が合ったけれど、そこからは何の感情も読み取れない。会ったばかりでそれも一瞬見ただけなら当然なのに、つい深読みして勘繰ってしまう。
「バスに乗るからね。こっち」
 現地に着くまで行き先は教えないつもりらしいと悟って、先に歩き出した彼女に大人しく従えば、頭上の案内板に「ジブリ美術館」の文字。
ホラーやサスペンス、たまにはラブロマンスとかそういうのに混じって、時々俺たちは「となりのトトロ」や「魔女の宅急便」をレンタルビデオ屋で借りて見た。俺はジブリ映画の中では「紅の豚」が一番のお気に入りだったけど、彼女は男のロマンを理解しなかった。でも俺も彼女も「魔女の宅急便」に出てくる黒猫の「ジジ」のちょっと生意気な口の利き方を気に入っていた。だからてっきりジブリ美術館に行くものと思った。赤いリボンをした小生意気な黒猫のマグカップを一組、お土産にでも買って帰るかと考えている俺の手を、彼女が引いた。
「こっち。ジブリ美術館じゃないよ」
不意に掃除の時にマグカップを落として割ったことが重なって、繋がれたままの彼女の手を見やる。小さい手。
――なあ有紀子さ、お前今、何、考えてる?

駅前のコンコースを下りて、彼女が並んだのは、中年からそれより年上の人の多い列の最後尾、調布駅行きのバス停だった。
『神代植物公園前』というバス停で乗客が半分以下に減ったが、彼女は迷うことも大勢にも惑わされることもなく『深大寺入り口』で降りた。珍しいこともあるものだ。
「お寺?」
「そう。渋いでしょう」
静かに告げた彼女の口元を見つめて、もしもこれが最後のデートになるのなら随分だ、と思った。俺の報われない恋心を、別れたその場で供養してもらえ、とでも言うことなのだろうか。そんな、洒落たブラックジョークのセンス、彼女にはなかったと思うけど。ますます彼女の考えていることが分からなくなる。考えるのはやめたはずなのに、またすぐに一挙手一投足に惑わされている自分に気付いて、溜息をついた。時間が経てば分かる。でも、やっぱり気になるのだ。

「へぇ、結構ちゃんとした観光地なんだな」
 人の波が増えるに連れて、出店から漂う香りも濃くなってきた。
「雑誌に載ってたの」
深大寺は元々彼女が知っていた場所ではなかったらしい。バスを降りて歩いている途中で気付いたが、特産品らしい蕎麦の文字が目立つ。
俺は彼女の腕を引いて道の真ん中を歩くよう促した。なんだか収まりが悪いのだと、人の右側を歩くのが好きではない彼女は、俺を見上げる。
「湯気に当たったらまずいだろ」
はっと気づいた様に頷いた彼女はバッグからハンカチを取り出す。
彼女は蕎麦アレルギーだった。蕎麦屋、蕎麦饅頭、蕎麦粉。何を好んでこんな蕎麦だらけの場所に来たのだろう。やっぱり、なにかあるのだ。願わくば、その何かが、悪い結果ではありませんように。

見た目よりも急な分厚い石の階段を上って、大きな門をくぐると目の前が本堂だった。
ご縁がありますように。財布から五円玉を取り出して、賽銭箱に投げ入れて、手は叩かないでそっと合わせた。彼女も隣で瞼を閉じる。寺で願う事じゃないかもしれないと気付きつつも、もう一度願った。有紀子とまだこの先も縁が続きますように。

引き返して門を抜けたすぐ向かいに、おやきと煎餅を焼く店があった。昼過ぎのこの時間、丁度小腹も空いてきていたし、ちゃんとした昼食はとりあえず三鷹駅に戻ってから考えようと決めて、野沢菜のおやきと梅の煎餅をひとつずつ求めた。釣り銭と財布をしまうのを待って、半分に割ったおやきを彼女がよこす。
「いい香り。修ちゃん、この味好きでしょう?」
そう言いながらとても自然に、並木道の途中のバス停に彼女は並んだ。
「お嬢さん、どこへ行くんですか?」
俺はわざと畏こまって彼女に尋ねた。
「どこって、三鷹駅に戻るんでしょ?」
きょとんとして、彼女は答える。
「それは京王線つつじヶ丘駅行きのバス停ですが」
え、と視線を移した先には、つつじヶ丘駅行きの表示。
「あれ?間違った。何となくつられて並んじゃった」
「だと思った」
気まずいとき、唇の上下を噛み合わせて、ちらっと右上を見る彼女の癖。それから、そろそろと列を離れて、再び歩き初めた。
「やられた」
その言い回しが可笑しくて、思わず吹き出した瞬間に、残り一口分くらいのおやきが手からころりとバランスを崩して、地面に落ちた。
中身が散らかることもなく、ぽてんと道端に転がったおやきをそのままにしておくには余りにも不自然だったが、彼女がそっと屈んで取り上げた。
「はい、今度は落とさないでね」と代わりに半分に割った煎餅が渡される。落ちたおやきの欠片はさっきまで煎餅を挟んでいた紙にきれいにくるまれて、彼女のバックに収まった。「ありがとう」と返した。
有紀子とのこういう自然な遣り取りが好きだった。だからこの先も、ずっと大切にしようと決めたのだ。当然の様になされるさり気ない気遣いと、それにありがとうと返せる関係。こんな風になら、きっとずっと一緒に生きていけると思った。
「俺はまだ秘密の行き先があるのかとも思ったけど」
「・・・ないよ。今日の目的地は深大寺だけ」
それきり気まずそうに黙った彼女を見やると、口を噤んでいる。
「なに?」
歯切れの悪さに先を促すと、んーと唸り声が答える。目的を達成したなら、もうそろそろ意図を教えてくれてもいいはずだ。俺にしても、流石にもう我慢の限界だ。
「あのね、修ちゃん」
彼女が不意に立ち止まる。 
「深大寺って、お寺にしては珍しい縁結びの神様なの」
俺は深く息をついた。なんだそういうことだったのか、と思うと同時に緊張が解けて肩の荷が下りた。安心した。
「お寺は神様を祭る所じゃないよ」
地に足が着けば、余裕も出来る。俺の突っ込みに「そうでした」と彼女は照れたように笑った。
「それにここの名産が蕎麦だなんて知らなかった。一人で来たら、危うく死に掛けてたかも」
「しかも帰りは三鷹駅じゃなくて、つつじヶ丘駅に着いちゃってたかもしれないし?」
「方向音痴はなかなか治らないものだよ」
「一生だめかもな」
「うん。だめかもね」
彼女はまた笑った。
「・・・迷ってた。二十五、なんてまだ早いんじゃないかとも思った。プロポーズ、嬉しかったのも本当だけど、正直、修平よりいい人が他にいるかもしれないとも、考えた」
「・・・うん」
有紀子のこと、俺より幸せにできる男は居るのかもしれないと、俺自身思う。だけどそういうことじゃない。
それになにより「幸せにする」なんて言い方は有紀子自身が怒る。やって貰ってるばっかりなんて、自分の人生を人に預けちゃうのなんて、絶対に嫌だ、とか何とか言うに決まってる。
「でも修ちゃんがあたしのこと良く見てくれてるのも分かった」
そう言葉を続けて有紀子ははにかんだ。可愛いな。間抜けだけど。
「結婚しようか」
それが、二週間前の俺の申し出への、彼女の返事だった。
「・・・良かった。ここでプロポーズを断られたら、それこそ深大寺に引き返して絵馬を描きに行かなきゃなくなるところだった」
代わりに厄除けの護摩でも焚いてもらおうかと言い合って笑った。
「修ちゃんの厄年の時にでもさ」
「いや、まずはお礼参りだろ」
「お礼参り?」
「さっき。祈ったんだよ。有紀子とまだ縁が続きますようにって。俺はプロポーズ断られた上に、そのまま振られるんじゃないかって一日ひやひやしてた」
今度こそ、三鷹駅行きのバス停が見えた。お揃いのマグカップは来週末に、有紀子と一緒に買いにいこうと思う。

(了)

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<著者紹介>
壱尋(東京都青梅市/20歳/女性/学生)

「また、桃花は彼氏かえたのかい。恥ずかしいわ」
「母さんみたいに亡くなった人を40年以上、ずぅーっと、おもいつづけるのはイヤよ」
「桃花は父さんが理想の男のくせに。あんなひと、いないよ。季節毎に花は咲く。時々に女はひらいてなきゃいけないね」
「でも、母さん。永遠に咲き続けることこそ女の鏡なのよ」
始まった。美枝子グランマと桃花ママの噛み合っているような、いないような支離滅裂恋愛観バトルが。現世では会えない恋と続かない恋をしている二人はいつも言い合いながらも声が明るい。水際にある木造のお蕎麦屋さんでは小さな声の響きでも空気のゆらめきが大きい気がする。
「もう...聞こえるからやめなよ」
参戦してこない私に
「だから華蓮は、中学三年にもなって未だに彼ができないのよ」
と、ふたりが揃って放つ。年上の乙女たちは、きっと最高のお茶うけである恋話で、私の口をなんとか開かせようと茶番劇を演じているのだろう。

 お蕎麦屋さんをでて、山門をくぐると前を歩いていた二人が立ち止まった。顔をみあわせてニヤついている。七色の花おみくじがあった。家長の美枝子グランマは、さっと手をいれた。
「赤、赤い花は血行を良くして活気づけ幸福を招くって。これで私も、まだ、あんた達のお世話ができるわね」
「何言っているの。私がお世話しているんでしょ」
憎まれ口をたたきながら桃花ママは、おみくじの入った箱の中を何回転もグルグルと手でうごかし、ひとつを出そうとしては、かきまわすことを何度も繰り返して、やっととりだした。
「今年は何人と新しい恋ができるかな。白い花は清々しくどんな人とも協調し幸福を招くそうよ。次は華蓮ね。何色かしら」
二人は悪巧みを抱いているともいえる笑い顔を見せている。このひとたちの興味の先はシンプルに私の恋愛に向いている。
「あぁ...」
なんだか今日にふさわしくない感じがして、戸惑っていると
「つまらない女ねぇ」
「女の子らしくないのよねぇ」
そう。二人といるとかえって冷静になるのだ。
「もう時間」
と私は先に常香楼に進んだ。薫りは私達をまとって、少しずつ日々に降り積もった邪気を白い煙のなかにすいとって昇華してくれるようだ。

 グランマの旦那様、ママのパパ、私のおじいちゃんの祥月命日だった。深大寺に出かける朝、グランマは、今年も夢で何回もあえますようにと祈っていた。生け花の師範らしく、床の間いっぱいに広がり風がなくても揺れるような繊細な花を活けていた。桃花ママは、パパが桃花のことを永遠に忘れませんようにと彩りのあるゴージャスなプリザーブドフラワーを食卓に飾った。二人は「特権をあたえる」「譲る」と満足げに仏壇の花を供える役目を私にあてがった。会ったことのないおじいちゃんをセピア色の写真から想像して凛とした花をおいた。そして一番好きな果実だったと聞いた柿をそえた。

 女三人の家に週に一度、男の人が入ってくる。二人の乙女のテンションがあがる。インターホンが鳴るとどちらが受話器をとるかのジャンケンで毎回あらそっている。そして、急ぎあしで玄関先に二人で迎えにいく。ゲームとしてたのしんでいるだけだと解るが、私はつい大人ぶって鼻をならす。男の人が来たからって、はしゃぐのはとても格好悪い。私が幼い頃、グランマはおばあちゃんとして、ママはお母さんとして、大人らしく役割をしっかりと演じていた。二人の子どもじみた可愛らしさが、どんどんエスカレートするに触れて、私は何故か可愛らしさをますます閉じ込めてしまった。桃花ママは常に何かをしかけようとする。
「華蓮、受験勉強なんて、どうでもいいから、たまには先生と散歩でもしてきなよ」
「ちょっと、それじゃ来てくれている意味がないじゃない」
常識的なことは、あまり二人には届かないのだがカテキョーの手前言ってみた。先生は優しい顔をしていた。
「じゃあ先生、私は先に部屋に行っているから、二人とお茶飲んでからあがってきてよ」
私はさっさと階段をのぼった。先生と一緒に部屋に行くのに自然な動きがみつからないのだ。狭い階段を横に並んでのぼるのも変だし、数段前の先生に自分の家にもかかわらずに後ろから付いていくのも妙だし、私がさきで少し下の段に先生がいるのも恥ずかしい。ずっと女三人で暮らしてきたから男の人との距離がつかめない。
「おばあさんもおばさんも楽しい人だよね」
「二人からは名前で呼んで、って言われなかった?」
「まえでは美枝子さん、桃花さんだよ」
名前のところだけ抑揚をつけながら言い、その後、少し笑っている。ちゃんとあの二人に女の人として接してあげている先生は大人なのだとおもった。二人が変に画策するから先生を見ることができない。だからといって、横顔を盗み見するほども意識していないはずだ。でも特別なにかあったわけでもないのに先生が頭に浮かぶことが多くなった。

 高校受験の前日の土曜日、インターホンが鳴っても二人はジャンケンをしなかった。
「もう今さら勉強したって仕方ないでしょ。外の空気すってきたら」
私が玄関に出迎えに行けということらしい。私はひとりで玄関口にでた。
「二人が気分転換に先生と散歩してこいって言った」
先生は、ただほほえんでいた。初めて先生と家のそとを歩いた。天に向かう丈夫な枝にしたたるほど花をつけているモモの木から香りがした。
「桃は、花が葉よりも先でてくるんだよ。枝から花が開いているような感じは、おばあさんとおばさんみたいだね」
「それって、どういう意味?」
と声をだして私が先生の前で笑ったのは初めてだろう。勉強部屋のなかでは、私はいつもムスッとしていたから。そとの道は狭くないので隣を歩くのが自然だと思った。坂道をくだった水生植物園は寒さのせいか色あせたカラカラの枯葉が落ちているばかりだ。
「蓮は泥のなかでもかおり高い綺麗な華を咲かすって。華蓮って素敵な名前だね」
水のようにすっきりとした先生の香りがした。沼で咲く蓮の香りは、どんな香りなのだろうと想像した。水面に花が浮かんでいる気がした。小さい頃から呼ばれている名前は、ただの『カレン』で意味なんて考えたことがなかった。
「明日のお守りを買いに行きたいんですけど...」
亀島弁財天池にかかる橋と山門前に流れる小川をまたぐふたつの橋をこえる。本堂につながる階段の一段目にかかる足が先生と同時だったから二段目もあわせてみた。そのリズムが胸をひきあげる。お守りが並んでいる台の角には花おみくじがある。
「先生、今までの勉強のお礼におみくじあげる。ひいてみて」
大きな手がゆっくりと花おみくじをひとつつかむ。青色の花は心地よい静けさを呼び幸せにするという。先生に似合う色だ。

「おかえり」
めずらしく二人が玄関先で出迎えてくれる。
「なんだぁ、先生と一緒じゃないのぉ」
「うん」
花おみくじを握った手のひらを二人の前でひらく。
「先生のことは、わたし、好きじゃないよ」
そう言って動かない私を二人は大きく笑いとばした。
「まあ、いいからおあがりなさい」
おじいちゃんの仏壇の前で手をあわせて二人はなにやら報告している。
「わたし、ただ、花おみくじひいただけ」
誰かを好きになるのがどういうことか私には、まだ理解できない。
「いいのよ。わたしたちの血をひいているからね」
と二人は合唱のように声をあわせて言った。
「で、紫ってどうなの?」
「......」
「...ん?」
「心があらわれて緊張をほぐすって」
「そうよ、もっと素直になりなさい」
でも先生のことは、やっぱりまだ恋じゃない。なんだかリズムがくるうような、時間や場所を忘れてしまうような感じを恋と呼ぶんじゃないかと、グランマとママを見ていると思うのだ。私はまだ冷静だし可愛らしくもない。これは恋じゃない、と胸のなかで繰りかえす。
 しばらく恋ってなにか考えてみよう。そして、誰のことを話すかわからないけど次のおじいちゃんの祥月命日には女三人で恋話をしたいとおもう。

(了)

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<著者紹介>
奈良井 綾乃(東京都杉並区/32歳/女性/会社員)

 僕の育ったところには面白い噂があったんだ。近くに縁結びの寺だか何だかがあってね。よく恋人同士がお参りに行ってたんだ。たしか僕が中学生くらいの時だったと思うんだが、友達からその寺のある噂を聞いたんだ。七月一日から七夕まで、毎晩欠かさずにそこへお参りに出かけると意中の人と両思いになれるっていう噂だった。噂が広まったばかりの頃はクラスの女の子がきゃあきゃあ言って話していたな。噂らしく、友達のお姉さんが成功したとか言ってね。
 ただひとつ面倒な決まりごとがあってね、そのお参りを続ける七日間は家からお堂に行くまで誰とも会ったり話したりしてはいけないそうなんだ。つまり、そのお参りをしている姿は誰にも見られてはいけないんだ。そうするとお参りの効果は無くなってしまうんだって。

 ここまで語り終えると、今日子は大きな目を二、三回しばたかせた。
「ロマンチックだね。人魚姫の話みたい」
 そう言って笑った今日子は、実際の年齢よりもずっと幼く見えた。エプロンの端で手を拭うと、僕が食べ終えた蕎麦の食器をゆっくりと片付け始めた。
「ずいぶんとそのおまじないに詳しいみたいだけど、もしかしてやったことあるの?」
 悪戯っぽく、今日子が言った。
「馬鹿言うなよ、そんなことするわけないだろ? 単なる噂さ」
 僕は笑って否定した。今日子はふうんと言って、そんな僕を場違いな真剣な眼差しで見つめた。
「深大寺にも、そんな噂とかないのかな。縁結びの寺なんだろう?」
「聞いたことないわ、ずっとここに住んでいるけど」
 現在大学生の彼女は、深大寺で生まれ育ち、大学もそう遠くない八王子に通っている。生まれてこの方、調布の杜を出たことのない生粋の地元っ子だが、そんな彼女が知らないとなると、やはりそういう噂はないのだろうか。
「深大寺でもできるかも知れないよ。今日子ちゃんもやってみたら?」
「それだけで、好きな人と一緒になれるのなら、やってみてもいいかもね」
 目を逸らすように今日子は天井を見上げて、さも興味がなさそうに言った。
「もうすぐ七月だね」
 店から外の道路が見渡せる大きな窓の方に歩み寄って、今日子が呟いた。昨日からしとしとと降る雨は、今年の梅雨が長引きそうな予感をさせた。もう長いこと晴れの日を見ていない。
「そう、チャンスは一年のうちにたった七日間しかないんだぜ」
「もう...、まだ言ってるの? やらないわ、そんなおまじない」
 すこし怒ったような顔をして、今日子がおどけた。
 日が落ちきり暗くなり始めた頃、僕しか客がいなかった蕎麦屋に、やや年配の夫婦らしき客が訪れた。奥で女将さんが咳払いをすると、今日子はあわてて接客を始めた。僕と女将さんは目配せをして苦笑した。
「そろそろ行くよ」
 荷物を背負って伝票を持つと、接客中の今日子が少し笑って口だけで、また今度と僕に伝えた。
「あと何回来られる?」
 勘定を済ませると今日子が寄って来て僕に聞いた。僕は笑って外を見ながら言った。
「まだ、たくさん」
 今日子のありがとうございましたに見送られて、外に出る。どんよりと曇り、雨の降る道で傘をさすと、世界がひどく狭くなった気がした。
 僕は帰り道、帰郷の日までにあと何回この深大寺の蕎麦屋に来られるのだろうかと、頭の中の暦を数え始めた。

 昼食にしては遅すぎ、かといって夕飯には早過ぎる中途半端な時間に、僕は決まって今日子の働く、その蕎麦屋を訪れた。初めてこの店にやってきた日も、そんな中途半端な時間だった。
 客はまず誰もいないその時間帯に、店内のテレビを見ている女将さんとパートの女の子。初めてその店を訪れた時は、休憩時間だったのか、その女の子は店のカウンター席で蕎麦を頬張っていて、咄嗟に挨拶ができずに、後ろを向いてしばらく口に手を当てていた。どうしたものか店先で困っていると、待った分だけ元気の良い「いらっしゃいませ」と、客を待たせていた割には溢れるような笑顔。気まずい沈黙が嘘のように晴れて、僕は思わず笑った。彼女の紅潮した顔がまぶしく見えた。
 店を気に入り、初めて訪れた日から十日くらいの間に二、三回ほど行き、その時僕は彼女の名前が今日子ということを彼女から聞いて知った。と言うよりは、彼女が自分で言ったようなものだった。
 人当たりのいい子だった。いつも店が暇な時間に行っていたせいか、手持ち無沙汰な彼女は僕によく話しかけてきた。最初は天気がどうとか、他愛のない話だったが、通ううちに彼女は自分の話をするようになり、時に僕の話を聞きたがった。自分の身の上話を聞かれるなど、僕の人生の中では珍しいことだったから、初めは何を話していいか分からなかったが、時折冗談や嘘を交えて語った話を、彼女はいつも笑顔で聞いてくれていた。
 いつしか、僕が話すほうが多くなり、今日子は昔話をせがむ子供のように、僕が来るとテーブルの向かいに座るようになった。これではどっちが客なのか分からない。
 僕も、意識では店と客の関係というよりも、家族に近いものを感じていた。長いこと家族と離れて暮らしている僕にとっては、家族そのものでもあったように思える。
 店に通いだしてからの二年は、本当にあっという間に過ぎてしまった。この二年は、念願叶って上京し、新しい環境と仕事に夢を膨らませ、そして理想とかけ離れた厳しい現実の中で膨らませた夢を急速に萎ませるのにも、十分な時間だった。
 ここ数ヶ月は今日子に喋った話も、故郷のことばかりだった気がする。今日子に故郷がいかに良いところであるかを話すことで、尻尾を巻いて逃げる準備をしていたようで、そんな自分がひどく情けなく思えた。
 盆前には東京を引き払い、実家に戻るつもりだった。

 東京の暮らし全てが嫌なことであったわけでは勿論無い。現に今日子がいる店は居心地のよい場所だったし、忙しい仕事を共にした同僚たちも、友人として不足の無い人たちだった。
 前から仕事を辞める話はしていたので、そんな僕を気遣ってか、毎週末、違う人が送別会だの、説得会だのを開いてくれた。
 今週もそんな週末の例外に漏れず、金曜日の夜にしこたま飲んだ。終電で帰り、アパートに戻る道すがら、酔い覚ましも兼ねて僕は遠回りをして帰宅していた。
 電車を降りた頃には、長いこと降り続いていた雨も止み、厚い雨雲もところどころ綻び、初夏の濃紺の夜空を覗かせていた。
 遠回りの最中に帰郷のことを考えた。僕は本当に故郷に帰りたいのだろうか?
(あと何回来られる?)
 店を出るときの今日子の顔と声が不意に頭の中に浮かんだ。まだたくさんと言いながら結局あの日以来足を向けなかったのは、悪いことをした気がしていた。
 いつの間にか深大寺の前に来ていた。僕は雨上がりの深大寺が好きだった。森の中のような濃密な空気と深緑、光る玉砂利の絨毯、雨に煙った境内は幻想的な空間だった。
 そんな美しい景色に引かれるように僕は境内へ上った。本当は入ってはいけないのだろうが、愛した町と別れるのだ。今日くらいは大目に見て欲しい。
 僕は緊張した。境内に、人がいた。暗くてよく見えなかったが、小柄で子供か女性のような気がした。終電も無いこんな時間に、何をしているのだろうかと、自分を棚に上げて思った。
 時間が時間なだけに僕は初め、幽霊がいるのだと思った。心臓を鷲掴みにされたような寒気を感じた。だがその幽霊は、深大寺の本尊に向かって手を合わせている。
 そっと暗がりに入ってじっと幽霊を見て、僕は再び驚いた。その幽霊の正体は、今日子だった。ぎゅっと目を瞑り、口は真一文字にきつく閉められ、無言の祈りがこちらに聞こえてしまいそうなほど、真剣な顔だった。
 何をしているのかと、今日子を呼ぼうとした声を僕はあわてて飲み込んだ。ひょっとして、今日子は僕が教えた無言参りをしているのではないだろうか。今日は七月七日、七夕だった。彼女が、僕が教えたとおり忠実に無言参りをしているのなら、今日は最終夜ということになる。そして、ルールで彼女は無言参りを終えるまで誰とも会ってはならない。
 僕は急に、今日子が今想っているかもしれない男に激しい嫉妬を覚えた。こんな噂を容易く信じてしまうほどに、彼女はその男を好きなのだろうか。僕は、あんな噂など言わなければ良かったと後悔した。しかし同時に、彼女が今祈りを込めているのは、もしかして僕なのではないかと考えた。
 ひたすらに祈る彼女を見て、僕はずっと今日子が好きだったのだと、この時初めて気付いた。
 雲が薄くなり、夜空に月が顔を出した。暗くてよく見えなかった彼女の姿が、青白い月明かりに照らされて、きらきらと光った。たった今、彼女の願いが聞き届けられたかのように、伸びた一筋の月光が彼女に手を差し伸べていた。永遠に見ていたい、美しい瞬間だった。
 僕は彼女の想い人が誰であろうと、もうどうでもよかった。ただ、彼女の純粋な想いを壊したくなかった。そっと立ち去るつもりだった。
 雨で濡れた玉砂利が僕の足元で鳴った。静寂の中でその音は、今日子を振り向かせるのに十分な音だった。
 今日子が驚いて、こちらを見た。僕は見つからぬよう暗がりでじっと息を潜めた。
 今日子の顔が無言参りに失敗した悲しみでみるみる歪んだ。大きな瞳から大粒の涙がぽろぽろと落ちるのが遠目でもはっきりと分かった。
 流れる涙を両手で拭いながら、今日子は逃げるように走った。
「待ってくれ! 今日子ちゃん。僕だ!」
 堪え切れず、僕は暗がりから飛び出して今日子を呼び止めようとした。聞こえてか、聞こえずか、今日子は走るのを止めなかった。
 僕は小さくなっていく今日子の背中を、呆然とただ見つめていた。

 今日子の無言参りは、やはり僕のせいで失敗してしまったのだろうか。傍らで微笑んでいる妻に、僕はあの時の無言参りの結果を、未だ聞けずにいる。

(了)

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<著者紹介>
前田 直哉(東京都多摩市/23歳/男性/SE)

夫から電話があったのは、夕飯の支度をしている時だった。
「もしもし? ゆう子?」
のどに何かがひっかかっているような秀治の声と、携帯ごしに伝わってくる緊迫した空気に、新妻のゆう子はどきっとした。
「どうしたの? なにかあった?」
「高速で事故った。さっき現場から引き上げてきて、これから警察に事情を聞かれるとこだ。今夜はたぶん帰れないけど、怪我はしてないから心配すんな」
「事故って――」
「大丈夫だよ、何かあったらまた連絡するから。じゃあな」
「ちょっと待ってよ! もしもし、もしもし?」
切れてしまった携帯を無意識にたたんだゆう子は、上の空で台所に戻った。炊飯器の内釜に二合の米を入れ、しゃくしゃくと力をこめて研ぎながら、落ち着け、落ち着け、と胸のうちで繰り返す。
秀治は大型トラックのドライバーだ。怪我は無いと言っていたが、単独事故なんだろうか。それともトラック同士か、もし相手が乗用車だったら、家族連れが乗っていたりしたら......。炊飯器のスイッチに手を伸ばしかけて、ハッとわれに返った。
(秀ちゃん、帰ってこないんだった)
突然わきおこった心細さから逃れるために、ゆう子は小走りに玄関に出た。ミュールをつっかけてドアを開ける。ひんやりした闇の匂いをかいでいると、雨音が耳の奥にしみてきた。アパートの通路に、鉢植えのアジサイが青白く浮かんでいた。


翌朝、疲れきった顔で帰ってきた秀治は『トンネル内でスピードオーバーの車に追突された』とだけ語り、さらに詳しく聞き出そうとするゆう子を『うぜえんだよ』の一言で封じ込めた。こうなると、秀治は頑として口を割らなくなる。
それが男らしいと思ってんの? いつの時代の人間だよ、と心中で悪態をつきながらも、ゆう子はあきらめるほかなかった。


「今日は牛丼だよー。頑張って国産肉買ったんだよ」
ゆう子の声に、のっそりと起き上がった秀治は、どんぶりを取り上げて一口、二口かきこんだが、すぐに眉根を寄せて箸をおいた。
「味つけ、薄かった?」
「いや。なんか最近、腹の調子がおかしくて」
「なんだ、早く言ってよ。今、おかゆ炊くから」
「いいよ、あんまり食いたくない」
「だって、食べなきゃ体がもたないよ。そうだ、素麺買ってあったっけ。素麺なら入るでしょ?」
「食いたくない、って言ってんだろ!」
たたきつけられた語気の荒さに、ゆう子は息を呑んだ。出会ってから二年半、今まで人並みに喧嘩もしたが、秀治のこんなに冷たい声を聞いたのは初めてだった。
「おれ、会社、辞めようと思う。もう、長距離は無理だ」
突然、自分の存在が宙に浮いてしまったような戸惑いと焦りが胸を噛み、ゆう子はその無念さを言葉に出さずにはいられなかった。
「勝手だよ、秀ちゃんは!」
自分でも驚くほどとんがった声が出た。秀治は顔を伏せたまま、食器を片付けるゆう子の手元だけを見ていた。


ゆう子が野川沿いの古い家を訪問するようになってから、そろそろ一年になる。主婦である晴代の家事の手伝いと、その夫・敏夫の介護のためだった。認知症を患っている敏夫も、孫のように若いホームヘルパーが来るのを楽しみにしているらしい。
「ゆうちゃん、ふさいでる? 新婚さんらしくないね」
その日、晴代に穏やかな声で尋ねられて、ゆう子は張り詰めていた気持ちがくにゃりとしなった。悩み事を仕事場に持ち込むつもりはなかったのだが、気心の知れた晴代に対する甘えで、ゆう子はいつか、秀治の交通事故から前夜の口喧嘩に至るまでのいきさつを、洗いざらい打ち明けていた。
「そりゃあ、大変だったね」
話が予想以上に深刻だったせいか、晴代は卓の前でいずまいを正した。敏夫の爪を切っていたゆう子は小さく笑って、
「力になってあげたいのに、結局は何の役にも立てなくて。悔しいけど、私、奥さんの資格がないみたい」
晴代は、パーキンソンでこわばった指をゆう子に預けている夫に視線を向けた。
「私らにもそんな時があったわ......この人ねぇ、友達の借金を肩代わりしちゃったことがあるのよ」
「え、ほんとですか?」
「ほら、連帯保証人、とかってね。借りた本人が夜逃げしちゃって、借金の取立ては毎日来るし、住んでいた家は取られるし。これ以上苦労させたくないから別れてくれ、って平たくなって頭下げられて、そんな勝手な、って思ったわ」
晴代は、目じりの皴を深くした。
「でも、せっかくご縁があって一緒になったんだものね。実はね、私ら、再婚同士なの。今ふうに言えば、ば・つ・い・ち」
ふふっ、と茶目っぽく笑う。
「そういえば、あんたたち、なれそめは深大寺さんだって言ってたね。さすがに縁結びの神様だわ。結婚の時も二人で報告に言ったっていうから、若いのに偉いなぁ、って思ってた」
なれそめまで持ち出されて、ゆう子は照れくさくなった。
――境内は初詣客でごった返していた。次々に人手に渡ってしまう手水の柄杓を取りあぐねているゆうこの肘を誰かがぞんざいにつついた。振り向くと、柄杓を手にした青年が、かけてやる、という身振り。素直に従って手を出すと、凍るような湧き水の冷たさとともに、熱感のあるしびれが指先を走った。小声で礼を言い、ハンカチを差し出したが、青年はすでに、清めた手をジーンズの脇にこすり付けているところだった。ゆう子は耐え切れずにくくっとのどを鳴らし、彼はうっすらと赤くなった――。
「ねぇ、ゆうちゃん。私はね、『ご縁』っていうのは、空気や水みたいなものだと思うんだよ。そういう自然で素直なものほど、大事なのと違う?」
それから、晴代は明るい目で付け加えた。
「あんたも、水が流れるみたいに自然にしてたらいい。相手を思う気持ちが本物なら、『ご縁』は、裏切らないよ」


ゆう子が風呂から上がると、秀治は隣の部屋でテレビを見ていた。アナウンサーの声が、インターチェンジの出口付近で起きた玉突き事故について伝えている。不意にテレビの音が途絶えた。
「もう寝るの?」
暗くなった部屋を覗くと、秀治は抱えた膝に顔を押し付けていた。不審に思い、ゆう子は側に行って、固く盛り上がった肩に手をかけた。
「秀ちゃん、どうかした?」
「......見舞いに行ったら、奥さんと小さい子供がふたり来てた。ベッドの方からずっと、ピッピッっていう音がしててさ。よくわかんねえけど、ほら、血圧とか呼吸とか、そんなの測る機械があるだろ? あの音がずっと耳から離れない。あれがいつか止まっちゃったらって思うと、いてもたってもいられないんだ」
「もしかして、この間の事故のこと? 相手の人、そんなにひどい怪我だったの?」
秀治は深いため息をついた。
「だって、だって、相手はスピードオーバーだったんでしょ? トンネル内でそんなにスピードを出すなんて自殺行為だよ。秀ちゃんのせいじゃないって」
「追突された時、おれ、パニックになって、とにかくトンネルの外に出なくちゃ、って思ったのを覚えてる。相手の車をひきずったまんまだぜ? 警察には、あの場合仕方なかった、むしろ的確な判断だった、って言われたけど、本当にそうだったのかな。おれがもっと冷静だったら、あのおっさんも軽い怪我ですんでたかもしれない。でも、ときどき、何でおれのトラックにぶつかってきたんだよ、って、むかつく気持ちがこみあげてきて――ひどいよな、死にかけてるっていうのに。何ひとつしてあげらんねえくせに......おれ、自分で自分がいやんなる」
ゆう子は思わず秀治の背中に抱きついていた。
「......千羽鶴、折ろうか」
その考えがどこから来たものか自分でもわからないまま、続けた。
「折り方教えてあげるから、ね?」
振り向いた秀治は、不思議なものを見るような深い目になって、頷いた。


二人で毎晩遅くまで折り続けた千羽鶴が、ようやく仕上がった。
「受け取ってくれるかな?」
完成品を前にして秀治は急に弱気になったようだったが、ゆう子は黙っていた。彼の気持ちに任せようと決めていたからだ。
秀治は半日考えた末に、短い手紙を書いた。
――渡すこと、悩んでいました。自分と自分の奥さんとで一緒に折りました。元気になってもらいたいと祈っています。今はその気持ちでいっぱいです――
千羽鶴をダンボールに入れて水色の封筒をのせた。配達伝票には、G県から始まる相手方の住所を書いた。


秀治が黙って見せた手紙の表には、秀治とゆう子の名が並んでいた。差出人は、田代真理とある。目で問いかけるゆう子に秀治は小さく頷いてみせ、緊張した面持ちで封を破った。
――主人の意識がもどりました。一昨日からは人工呼吸器もはずれて、来週には食事ができるようになるそうです。先生も、順調に回復している、とおっしゃってくださいました。お二人に送っていただいた千羽鶴のおかげです――
ゆう子の目に涙が盛り上がり、零れ落ちた。じっと手紙に見入るゆう子を、秀治は無言で抱きしめた。


晴代は深大寺の参道にいた。ゆるい坂だったが、夫を乗せた車椅子を押し上げていくのは、さすがにこたえた。すっかり息が上がってしまい、口の中で、よいしょ、よいしょ、と呟く。
それを背中に聞いた敏夫は、難儀している妻が気の毒になったらしい。健康だった頃と同じ口調で、
「大丈夫か? 無理するな、おれが代わってやるから」
幾重にも皴の寄った、色白の晴代の顔に微笑が広がった。思えば、『おれが代わってやる』は、昔から敏夫の口癖のようなものだった。
『ほら、こっちによこせ』そう言って、いつも重荷を引き受けてくれた。
つくづくやさしい男だと思う。そのやさしさを歯がゆく思った時もあるけれど、振り返ってみれば決して楽な人生ではなかったけれど。今はただ、一日でも長く一緒にいたいという思いだけがある。
「さて、私らも縁結びの神様にご挨拶」
晴代は車椅子の車輪をめぐらした。そろそろ梅雨明けだろうか。雲が切れて光がさしている。その淡い輝きをいとおしむように、深い木立の向こうでヒグラシが鳴き始めた。                                 

(了)

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<著者紹介>
鶴田 まり子(東京都多摩市/女性/主婦)

 携帯電話に、高子からのメールが入った。「仕事のトラブルで約束の時間には行けそうもない」と。和也は割烹料理店の竹で編んだ長椅子から腰を上げた。店の大きな幅広の窓ガラスに小雨の滴がわずかについていた。霧雨に時おり雨が降っている。窓ガラスには、にぎわう白髪頭の背中を丸めた姿や、整然と並んだ料理を映していた。にぎやかに談笑する中年女性グループの背後から化粧の匂いが鼻をつく。
 初老の落ち着いた女性の店員さんに挨拶して、連れの者が来られなくなった事を告げて外へ出た。夜の七時を過ぎていて、夜風はどんよりしていた。
 和也は恋人の高子の誕生日祝いのために割烹料理をご馳走しようと待ち合わせていた。看護士の高子は勤務時間外にアクシデントがあったらしい。よりによって日勤の日を選んだのに、病因で何があったというのだろう。当てもなく和也は傘を広げて足を進めた。歩道には街路樹の枝がはみ出し、大きな葉っぱから深緑の匂いを漂わせている。空腹だ。いきつけの布田駅の居酒屋にでも行くか。
 突然何かが和也にぶつかってきた。それは若い女だった。足を滑らせ歩道で横倒しになった。和也はあわてて肩を抱えて起こした。スパッツをはいたお尻から太ももまで濡れ、ノースリーブの腕は冷たい。その手に白い杖が握られていた。
「もしかして、目が......」
 彼女は目を開けてはいるが視線が定まっていない。
「アッ、ごめんなさいあわててたもんだから」
 高校生ぐらいに見えるが、手足が長く年齢がわからない。
「よかったら、傘に入れてあげようか。どこまでいくの?」
「野草園に行こうと思っていたんです」
「野草園? ここは深大寺三丁目だよ」
 よく見ると彼女の目のあたりに何だの跡がある。さっきまで泣いていたようだ。
「調布駅から歩いてきたんですけど、道がわからなくなっちゃって。本とはいっしょに行く人がいたんですけど、電話にも出てくれなくて」
「野草園は三鷹通りから入るんだ。連れていってあげるよ」
 和也と盲目の娘は霧に包まれた道を歩いた。一つの傘に腕と肩が触れ合いながら足元を気にして妙な緊張感で歩いた。彼女の名前は鈴木沙耶といい、大学3年だという。
「ホタルを見にきたんです。でも彼が反対してめちゃめちゃになっちゃったんです」
「ホタル? そうか、今夜はホタルの見学会だったのか。昔、行ったことあるよ。でも、目が見えなくてホタルの見学会はどうかな」
「そう、みんなそんなこと言う。でも、行ってみないとわからない。ホタルの光が見えなくても何かを感じられたらって思って一人できちゃったんです。わがままだって言われるかもしれないけど、このチャンスは年に一度しかないし......」
 車の行き交う道から住宅地の道に入り、辺りは暗くなり静かになった。どんよりした暑さがある。街灯が遠くで光っているが、雨で辺りがほとんど見えない。
「ほら、そこのホタル荘を左に曲がって坂道を登る「
 そう言って彼女の横顔を見た。丸井額に柔らかい髪が乱れている様子は幼い子どものようにも見えた。どんな生活をしているのか、尋ねてみたくなった。初めて盲目の少女に会って好奇心がどうしても先にたつ。
 住宅地がなくなり畑と水田が広がってきた。ひんやりと涼しくなり、水田のカエルが盛んに泣いている。その泣き声は周囲を埋め尽くしてうるさいほどだ。
「すごい! どこか遠い地方にでも来たみたい。こんなにたくさんのカエルの合唱を聞いたのはじめて」
 沙耶ちゃんは感激して周りをキョロキョロしている。調布駅から歩いて二十分の所にこんなのどかな場所があるとは誰も信じないだろう。それにしても子どもみたいなしぐさで足をバタバタさせて感激している様子を見ていると和也はふきだしそうになった。
「トノサマガエルにツチガエルにアマガエルが喉を膨らませて鳴いてるよ」
 「深大寺広場野草園」と看板が門にあった。なだらかな坂道を小川に向かって歩くと、家族連れの人達が何人も集まっていた。ここまで来れば団体に混じって歩いていけばいいだけだ。小学生と母親の組み合わせが何組もあった。大きな石の上を歩いて行くと辺りはいっそう冷気が増してきた。草や樹木が密生している。沙耶ちゃんは傘を持つ右手にすがるようにしっかりつかまっている。石に足を載せるとよろめいていた。
「ほら、ゲンジボタルが光ってるよ」
「どんな風に?」
「木の枝に止まって光っているのとか、飛びながら蛇行して光っているのとか、草むらで光っているのとか」
「そんなにいっぱいいるんだね」
 彼女の左手をとって指差した。その手をホタルの飛び回る動きに合わせて動かした。
「鬼火みたいに青い光で点滅してるよ。小指の爪ほどの小さな昆虫だけど何も食べずに五日間光って飛び回るんだ。オスだけがお尻を光らせる」
「ふうん、そんなに短い寿命なんだ......もっと長く生きていたいだろうね」
 沙耶ちゃんは真剣な表情になって言った。
「ホタルだけじゃなくて、カゲロウもセミも大人になってからよりも幼虫の期間がとても長いからね。パートナーを探すためのパフォーマンスの意味だよね。だから短い期間とも言えないかも知れない」
 青白い光の残像が暗い夜空に怪しい線を描いた。それは幻想的で夢の中の幻覚を見ているような不思議な気分になってきた。旋回し螺旋状に青白い光が飛ぶ。音が消え、闇と点滅だけが周りを覆っている。小川の水面に落ちながら淡い光が水に漂っている。
 後ろから子供に押されて歩いた。沙耶ちゃんの手を引いてから尋ねた。
「どう? ホタルって何か感じられた?」
 沙耶ちゃんの表情は生き生きとして目に力がこもっていた。
「やっぱり来てよかったよ。同じ空気の中でホタルといられたんだもん。空中を飛ぶ様子が見えたような気がした」
 小雨が肩を濡らすのも気にせず、二人で砂利の坂道を歩いた。何か話したいと思っていたが、気持ちのいい脱力感で話が途切れた。見えている事をなんとかして伝えようとしていたが、それでよかったのだろうか。確かな感激が伝わってきたが、これが伝えた手ごたえだったのだろう。
 三鷹通りまで来てタクシーを拾って沙耶ちゃんを乗せた。
「慈恵までお願いします」
和也は「慈恵」と聞こえたように思えたが聞き間違いだろうとしか思っていなかった。タクシーが甲州街道の信号を超えるまで見送った。
 ウシガエルのうめき声と京王線の鉄橋の音を聞きながら、和也は野川沿いのアパートに帰った。木造のアパートの階段を踏むと粘りつくような感触が足の裏に伝わりメリメリ音がした。
 京王線の職員をしている和也はこの古めかしいアパートが好きだった。昭和の風情が残っているし、野川のカルガモやウシガエルの声を聞けるのも好きだった。
 鞄の中からリボンの結わえてある包装紙の箱を出してちゃぶ台に置いた。高子の誕生日プレゼントに渡すはずだったすずらん模様のエナメルの靴だ。今度はいつ会えるだろう。お互いの仕事の時間帯がなかなかうまく合わないのだ。
 冷蔵庫を反射的に開けた。納豆のパックがあるだけだ。冷蔵庫の上に重なっているカップヌードルを食べる事にした。カップヌードルにお湯を注いでいると携帯電話がけたたましく鳴った。
「やっと仕事終わったよ。ねえ、聞いてくれる?」
 看護士の高子からの電話だった。
「それがさ、ひどいんだよ。うちの内果病棟の患者がさ、抜け出したのよ。ねえ、ひどいでしょ。私が帰ろうとした直後だよ。みんなして捜索したんだよ。この雨の中をさ、どこ探していいかわかんないよ。パルコにも東急にも行ったよ。ゲーセンとか探したんだよ。それがさ、なんでもなかったみたいにさ帰ってるのよ。全く頭にくるじゃないのさ」
 和也は台所で顔をほころばせてカップヌードルをかき混ぜた。
「それで、その人は認知症か何かの年寄だったの?」
「それがね、違うんだ。年寄なら許されるよ、女子大生なんだよ。全然目が見えない子だよ。しかたないかもしれないけどさ、過保護なんだね」
 和也の割り箸を持つ手が止まった。
「ネコの子みたいに丸くなって寝てるの。頭きたけどさ、強くも言えなくてさ、なにしろ癌の末期だからさ。ねえ、和也、聞いてるの、ねえ、聞いてるの」

(了)

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<著者紹介>
大谷 重司(東京都調布市/49歳/男性/鍼灸師)

深大寺本堂の縁の下。
僕は泣いていた。
空も泣いていた。
どちらもいつ泣きやむのか分からない。
ずっとないていたらどうしよう。
そう不安に思ったとき、彼女が傘をさして迎えにきてくれた。
「お母さんが許してくれるって。一緒にうちに行こ?」

懐かしいにおいがする。
緑と木、そして土のにおい。
ここに来るたびにあの三年前のことを思い出す。
いま足りないものは一つだけ。
雨。それのにおい。
ふいに左から右に抜けるやわらかな風が吹いてきて、彼女の香りが通り抜けた。
左上を見ると、彼女は奥にある祭壇に手を合わせて願い事をしている。
肩口まである黒髪が風に揺れ、同じように白のカーディガンとスカートが揺れていた。
なにをお願いしているんだろう。僕は彼女とここへ来るたびに考えてしまう。一度、聞きたそうな顔をしていると、「誰かに言うとお願いが叶わなくなるんだって」と、やんわりと断られた。
だから僕は考える。彼女がなにをお願いしているか。だけど、その考えはいつも途中で終わってしまっていた。
「ごめんね、待たせちゃって。行こ、悠斗」
彼女の願い事が終わってしまうからだ。
僕たちは本堂を後にして来たときと同じ、山門から大通りに続く土産物通り(僕たちが勝手に呼んでいるだけだけど)に出た。
平日のここは人通りもまばらでゆったりと歩けるから好きだ。逆に休日や祝日は嫌いだった。蕎麦屋や甘味処、楽焼屋等に立ち並ぶ人たちで普通に歩くことさえもままならない。背の低い僕は人波に飲まれないようにして歩くのに精一杯で、彼女との散歩を楽しんでいる余裕がない。だから嫌いだ。
大通り――三鷹通りに出て左に向かう。僕たちの家は、この先にあるだらだらとした上り坂を登りきり、さらに奥に進んだところにある。
散歩となるといつもこのコースだ。他の道は歩道があんまり整備されてなくて車が歩行者のすぐ脇を通るから危ないと、たまにしか連れてってもらえない。
坂を上りきったところで、向こうから大きな犬が歩いてきた。半歩後ろには飼い主らしき人がいるけど、どう見ても犬に引っ張られているようにしか見えない。
彼女と飼い主らしき人は互いに挨拶を交わす。僕はといえば、
「ワンッ! ワンッ!」
すれ違いざまに吠えられてしまった。
「すみません・・・。こら、ダメでしょビリー!」
飼い主らしき人が犬を叱りながら紐を引っ張って犬を遠ざける。
「悠斗、怖くないの?」
ううん、と首を横に振って何事もなかったように僕は歩きだした。
そういえば、この散歩コースの途中、彼女が本堂でお願いをするようになったのはいつ頃だったろう。ほんのつい最近のような気もするし、結構前だったような気もする。
そういえば、同じ頃から彼女があんまり僕と遊んでくれなくなったような気がする。冷たくなったというよりも僕と遊ぶ時間が別の時間に取られてるんだと思う。
「・・・・・・」
なんだか腹立たしい。
イヤすぎてないてしまいそうだ。
僕と彼女が遊ぶ時間。
それを奪い取るヤツを僕は知っている。
アイツだ。
アイツと遊ぶ数日前、彼女はきまって嬉しそうな顔をする。そしてその顔は当日と遊びから帰ってきてその日が終わるまで続く。
哀しいことに彼女は数日前から嬉しそうな顔をしている。アイツと逢う日が近づいているに違いない。どうにかして彼女とアイツの遊びについていけないものだろうか。
別に何するというわけじゃないけど。アイツとの遊びがそんなに楽しいのか、僕は知りたかった。

数日後、僕はどうにかして彼女とアイツの遊びについていくことに成功した。
「・・・なぁ、さっちゃん。なんで悠斗がいるんだよ」
彼女の名前をアイツが呼んだ。
佐須 明海。だから、さっちゃん。
「たまにはいいでしょー。こんなデートも」
「まぁさっちゃんがいいって言うならいいけどさ」
「ならよし。――で、裕樹。今日はどこいく?」
「悠斗がいるからなぁ。そんな遠くまで行けないだろー。日曜だから深大寺は混んでるし・・・」
「調布駅まで歩く?」
困っているアイツの代わりに彼女が行き先を言った。それを聞いてアイツが、ゲッという顔をする。
「マジかよ・・・。遠くね?」
「いいじゃん。たまには私のダイエットに付き合ってよ」
「・・・おまえのどこに脂肪があるってんだよ。なあ悠斗?」
いきなり話を振られても困る。答えないでいると、アイツは小さく溜息をついた。
「ほら、悠斗も《どこに脂肪がついてんだ?》って顔してんじゃん。だいたい、おまえ体重いくつよ?」
「四十二キロ。――てか女の子に体重きく? ふつー」
「だったら答えるなよ・・・。ったく、別に俺は今のままのさっちゃんが好きだからダイエットなんかしなくていいと思うだけど」
「――っ! ばか」
「うわ。殴ることないだろ~」
「朝っぱらから甘ったるいセリフ言ってるからよ。ほら、調布駅まで行くの? 行かないの?」
「他にいい案もないし・・・。行きます、行きますよ」
そう言って歩き出す二人に僕は半歩遅れてついていった。少しだけ早足になってようやく彼女の右横に着く。アイツはというと彼女を挟んで左側を歩いていた。
整備されていない歩道の車が通る側を、彼女を守るようにして。
しばらくしてアイツが僕に話しかけてきた。
「なあ悠斗。どうせならもっと太った方がいいと思わないか? ――特に胸の辺り」
次の瞬間、アイツが車道に放り出された。

その日の夜。
僕は居間でテレビを見ている彼女の横に座り、テレビを見ている振りをしながら考えていた。
彼女がアイツといると嬉しそうな顔をするわけを。
答えは簡単だった。
僕が彼女を好きなように、彼女はアイツを好きで、アイツも彼女が好きで、お互いがお互いを好きなら、それは嬉しいことだろう。彼女がアイツに逢う数日前から見せる顔は、嬉しい顔なんかじゃなくて幸せな顔なんだと気づいてしまった。
悔しいけれど、彼女を一方的に好いている僕に、あの幸せそうな顔を向けられることはないだろう。
だって僕はまだ生まれてから三年しか生きていなくて、十五年も生きている彼女から見れば子供だ。恋愛対象として見られるわけがない。
ふいにテレビから流れる音が消えてなくなって、僕は考え事を中断した。見れば画面は真っ黒で鏡のように目の前にいるものを映していた。
そこには立ち上がる彼女とソファーに座っている小さな犬の姿。
あれ・・・? 僕は映ってないで、僕のいる場所に犬がいる・・・?
僕が首を傾げると、その犬も首を傾げた。
???
わけがわからない。
わからないけど、彼女が行ってしまったので僕は慌ててその後を追っていった。

いつもと同じ散歩コース。いつものように本堂で彼女がお願いをする。
そういえば、彼女が本堂でお願いをするようになったのはここで縁結びのお守りを買ってからのような気がする。彼女がなんのお願いをしていたのか分かったような気がした。

――二人の縁は結ばれたよ。悔しいけど。

報告してみて、あ、と思い出す。
僕と彼女との縁もここで結ばれたんだ。
雨の日、彼女がここに来て――


懐かしいにおいがする。
緑と木、そして土のにおい。
いま足りないものは一つだけ。
雨。それのにおい。
ふいに左から右に抜けるやわらかな風が吹いてきて、彼女の香りが通り抜けた。
「お待たせ。行こ、悠斗」
彼女に促されて、僕は本堂を後にした。

(了)
 
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<著者紹介>
鈴美 輝(東京都豊島区/22歳/男性/介護士)

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