「当機はまもなく成田国際空港に到着します。日本時刻は午前十一時五十分...」
 うたた寝をしていた僕が聞こえてきたアナウンスにはっとした瞬間、十一歳のあの日の光景が鮮明に甦って来た。
 
 「そこに放しちゃいけないのよ!」
後ろからいきなり言葉を投げつけられ、ムッとしながら振り向いた。目を三角につり上げた亜季(あき)が、両手を固く握りしめて睨んでいる。両足はハの字に開いていて、まさに仁王立ちだ。僕より三㎝程大きいだけなのに、迫力は三㎝分ではきかない。右の握り拳からはリードが出ていて、済まなそうな表情を浮かべ、お座りをしている権太の首に繋がっている。
「だって元々この池で拾った亀なんだよ。」
僕は亜季の迫力に圧倒されながらも、何とか自分の正当性を訴えようと必死の抵抗を試みる。しかし心の中では早くも「負け」のライトが点滅し始める。昔から亜季に口答えをして勝ったためしはないのだ。
 亜季とは生まれた時からの腐れ縁、幼馴染だ。母が僕の出産時に入院した病院の二人部屋で偶然同室になったのが亜季の母親だった。ものすごい安産で僕が生まれた二日後、母親をうんと苦しめてやっと誕生したのが亜季だ。二日だけでも兄貴の僕のはずだったが、その後黄疸がひどく出たため、処置室に入れられ、結局二人とも同じ日に退院したのだった。そんな縁があり、家が近所だったことも手伝って、幼稚園の頃までは良く一緒に遊んだ。この深大寺でも初詣を始め、だるま市やそばまつり等、様々なイベントに一緒に参加した。
 しかし次第に僕は男子の友人と荒っぽい遊びに夢中になり、亜季は女子同士の不思議な「ごっこ」世界にはまり、一緒に遊ぶことが徐々に減っていたのは自然なことだ。同じ小学校に入学はしたが、言葉を交わす回数はめっきり減り、更に男子対女子の言い争いの場面になると、亜季はその弁舌の才能を如何なく発揮して僕たちを言い負かすのだ。そんな女ボス的な亜季に、「二日だけでも兄貴だぞ。」と心の中で叫びはするものの、だいたいのシチュエーションにおいて筋は向こうが通っていることは否めず、仁王立ちの女子軍団を背にすごすごと退散するのだった。
 そんな亜季にまずい場面を見られたものだ。僕が飼っている亀は、二人が幼稚園の年長の頃に、この深大寺の弁財天池で捕まえたものだ。当時は五㎝程の大きさのものだったが、今は二十㎝はゆうにある。
 亜季は亀のぬめっとした皮膚に触るのがどうしても我慢できずに泣いた。僕にしても気持ち悪いのは同じで、積極的に触ろうという気にはならなかったが、珍しく怯えている亜季になんとか自分の強さを見せたくて、無理矢理気持ちを奮い立たせ、甲羅を掴み、亜季の目の前に突き出した。
「こんなの何でもないさ、ほら。」
手足をロボットのように交互に動かす亀の腹を見つめ、
「拓(たく)海(み)、すごいね。」
と、涙で濡れたまつ毛を瞬かせながら、尊敬の眼差しを僕に向けた亜季。その時僕は言い知れぬ達成感と幸せの中にいた。今考えてみると、あの時ほど亜季に対し優越感を感じた事は無く、言い換えればそれが唯一亜季に「勝った」と胸を張って言える出来事だった。
 亜季に「勝利」したとても貴重な戦利品の亀は、嫌がる母を説き伏せ、僕の家で飼われる事になった。だが、その大切なヴィックを手放さなければならない日がやって来た。
 ある日、珍しく早く帰宅した父が、当時滅多になかった家族四人揃った夕食の席で、
「会社の異動でマレーシアに行くことになった。家族みんなで行こうと思う。暖かくて海がきれいで、食べ物もおいしいぞ。」
と、突然切り出した。母はもう承知の様子で父の隣で微笑み、何も言わない。
「引っ越すの?皆で?学校は転校するの?」
弟の隼(しゅん)の質問に母は、
「ええ、そうよ。外国だから飛行機に乗って行くのよ。拓海も隼も飛行機は初めてよね。海に毎日入れるわよ。学校も日本人学校があるから全然心配ないの。」
「ヴィックは?連れて行ける?」
僕の質問に父も母もキョトンとした表情を浮かべ、ああと思いついたように言った。
「亀はちょっとな。置いていかないと。」
ただ一つの戦利品は残されることになった。
 そんな訳で僕は、亜季と一緒にヴィックを拾ったこの弁財天池へやって来たのだ。ここで拾ったのだから、数年飼ってここに戻すのは何も問題は無いだろうと思った僕だったが、そうでもないらしい。
「拓の亀はミドリガメでしょ。外来種なの。元々この池にいたって言うけれども、それも誰かが池に放してそれが繁殖したものよ。だから池に戻すのはダメ。」
優等生の学級委員らしい答えに、今回もまた僕は反論できない。
「じゃあどうしよう。ぼく外国に引越しちゃうんだ。」
亜季の目が大きく見開かれ、みるみるうちに潤んできた、ように見えたが気のせいだったようで、すぐにキラキラは収まった。
「何処に行くの?」「マレーシア。暖かくて海がきれいで食べ物がおいしいんだって。」
僕はまだ一度も行ったことのない国について、父の受け売りの言葉で説明する。
「ふ―ん、そうなんだ。ずっとなの?」
「ううん。六年間だって。今五年生だから、六年後っていうと高二になっちゃうな。」
「じゃあヴィックはあたしが預かってあげる。」「いいの?六年だよ。」「大丈夫。亀って散歩とか必要ないし、丈夫なんでしょ。」
僕はヴィックの処分を免れた安堵と、亜季の思いもよらぬ提案に戸惑いながら、水槽を亜季に渡した。
「何でヴィックという名前にしたの?」
「別に、意味なんてないよ。言い易いから。」
勝利=Victoryのヴィックだなんて絶対に教えない。
「ねえ知ってる?この深大寺の言い伝え。ある青年がお金持ちの娘と恋仲になったんだけれど、娘の父はそれを絶対に認めず、娘を湖の小島に隠してしまったの。でも青年は娘の事が忘れられず、毎日湖畔に立ち続けていたら、大きな亀が現れて、その背中に乗って、娘に会いに行くことが出来たんだって。その話を聞いた娘の父は、亀は深沙大王の使いで、水の神である深沙大王の心を動かせた青年は只者ではないと悟って、娘との仲を認めたの。やがてできた二人の息子を僧にし、湖の辺りに深沙大王を祀り、そこが深大寺になったんだって。
だから、ここの亀さんは大切にしなきゃ。それにヴィックは二人で見つけたんだもの。あたしにだって飼う権利はあるわよ。」
「えっ、覚えていたの?ヴィックを捕まえた時の事。」
「当たり前じゃない。素手で持ち上げちゃって目の前に突き出されたんだよ。、あたしには絶対できないって、すごいって思ったよ。」
このささやかな戦利品は僕だけの思い出の亀だとばかり思っていたので、少し驚いた。
「ねえ、手紙書いてよね。」
うんと答えようと振り向いたその頬に亜季の唇が触れた。l何、今の?
水槽を左手に持ち、権太と右手が繋がった亜季は、「じゃあね」と明るく笑いながら、呆然と佇む僕を残して去って行った。
 引越しまでの数日、学校で目が合っても亜季は全くいつもの亜季だった。やっぱりあれは偶然だったのか。クラスの皆が寄せ書きをしてくれた色紙には「ヴィックは任せて」と、端っこに小さくあった。

 あれから六年が過ぎ、父が日本に帰る日が決まった。その間僕は日本人学校の中学を卒業し、シンガポールにある日本の大学の系列高校に入学していた。マレーシアには適当な高校がなかったので、憧れの1人暮らし、寮生活になったのだ。高校卒業まであと一年なので僕だけ残ることになったのだが、夏休みを利用し、家族と共に一時帰国することになった。僕の高校は夏に進級なので、日本の夏休みが始まる少し前から休みに入り、九月からは高三になるのだ。三つ下の隼は日本であと1年過ごし、日本の高校受験に備える。
 日本に帰って数日が経ったある日、亜季から電話が来た。
「鬼灯祭りに行こうよ。浴衣着て来るのよ。」
有無を言わせず電話を切る早業も健在だ。帰国したてで浴衣なんかある訳がない。
 うだるような暑さも夕方になると幾らか薄れ、僕はTシャツにビーサン姿で待合せの深大寺山門に立った。浴衣姿の女子中高生らが大勢いて、急に亜季が判るか、いやそれより亜季が僕の顔を覚えているか不安になった。
 とその時、肩を叩かれ振り向くと、僕の記憶よりかなり大人びた浴衣姿の亜季がいた。
「浴衣着てないじゃない。」
ぷーっと頬を膨らませる亜季に、さっきまでの心配が吹き飛んだ。出店を冷かし、お焼きを買って池の脇のベンチに腰を下ろす。
「ヴィック、どう?」「元気よ。あと一年預かっとく。拓が日本に帰って来るまで。」
目の前を僕たちと同じくらいのカップルが通り過ぎて行く。
「拓、随分背が伸びたね。」「亜季が縮んだんだろ。」「なーによ、それ。」
自分でも驚くほど滑らかに会話が進む。六年間は僕をだいぶ話し上手にしたようだ。あの時僕より三㎝大きかった亜季は、今はたぶん僕より十三㎝は小さい。
 昔を思い出しふと気が緩んだ瞬間、首を掴まれたと思ったら、唇がすっと重なった。
 全くの不意打ち。ああまた僕の負けだ。

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<著者紹介>
三瓶 恭子(東京都三鷹市/女性/画廊勤務) 

 寺で一人の女性と会った。心地良い、優しい日差しが木々の間から差し込む、夏の前の事だった。
 こんな所で会うなんて奇遇ですね、と彼女は言い、僕が座っていた石段の横に座った。彼女の長く美しい髪に心和まされる一方、僕の顔は疲れきっていた。こんな事は彼女に言うべきではなかったのかもしれない。僕は生きることに疲れたと愚痴をこぼした。そして彼女はそれを慰める言葉をかけてくれた。それが彼女との最後の思い出だった。彼女はその後亡くなった。

 僕が小学五年生の頃に日高という名のクラスメイトがいた。日高はいたずら小僧という言葉が具現化されたような男で、よく女の子にちょっかいを出し、ギャーギャーと文句を言われながらそれを喜んでいる男だった。
彼には「別れ神」という名のあだ名があった。彼に噂されたカップル、友人は別れる運命にあるというのが名の由来だった。もちろん彼にそんな神通力が備わっている訳ではなく、単にひやかされたのが気恥ずかしくなりお互いうまく喋れなくなってしまう、という小学生にとってはありがちな話であったのだが、クラスの、とりわけジンクス好きの女子はこの噂を大いに信じ、そして恐れてもいた。
ある日クラスで小競り合いがおきた。女子と女子との喧嘩だ。僕は途中からやじ馬に入ったので事情を把握しかねていたが、最初にいたやじ馬の一人が親切にも事の起こりを説明してくれた。どうやら原因は交換日記にあるらしかった。
「何で日記に私の悪口を書くの、信じられない」
「なによ、元はあんたが悪いくせに」
今にも取っ組み合いになりかけるか、と期待したその時、先生が来て二人は引き離された。が、それでも二人の腹の虫は収まらなかったようだ。放課後、二人は日高の所に頼み事をもってきた。
「私達を引き離して。もう絶対口を利かないんだから。それにはあんたの力が必要なの」
たまたま日高と一緒に遊んでいた僕はそれを聞いてなるほどと思った。こんなメリットゼロの悪名が付いた男にも何かと利用法はあるものだ。まさに捨てる神あれば拾う神あり。この場合は神の方が拾われたわけだが、僕は何となく「リサイクル」という言葉が浮かび、最近のごみ問題について考えていた。
当の神様も最初は困惑していたようで、照れくささ半分、事情が飲み込めないのと半分で、最初は渋っていたが、一向に引かない彼女らに根負けし半ばヤケクソ気味に言い放った。
「お前ら、ラッブラブー、ヒューヒューお熱いね」
その言葉に満足したのか彼女らはお互い顔を見合わせ頷くと、鼻息を鳴らしながら別々の方向へと歩き出していた。
神の有効利用法について僕は何も周りには話さなかった。が、いつの間にか女子を中心に翌日には広まっていて、それ以来神のもとに迷える子羊ならぬ、怒れる女子達が時たまやってきては以前のように絶交祈願をするようになっていたのだ。お調子者の日高はだんだんノリが良くなっていて、しまいには「ふむ、その願い叶えてしんぜよう」なんて事まで言っていた。

そして再び神の転機が訪れた。その転機をもたらしたのは、例の交換日記でもめていた二人だった。あれだけ大騒ぎしたのにある日突然仲直りをしていたのだ。周囲はぽかんと彼女らが手をつなぎながら登校する様子を見ていた。雨降って地固まるという言葉のごとく、以前よりも二人の友情は固く結ばれているようだった。
なんだ、日高のお祈り効かないじゃん。とつぶやく声もあった。一体いつからお祈りになったのか、しかしそれには日高ではなく件のご迷惑ズが回答した。
「日高は別れ神なんかじゃなかったの。だって、本当に結ばれる二人って色々な困難を乗り越えていくわけじゃない。その結果、二人の絆は強くなる。日高はそれを与えてくれた、縁結びの神様だったの」
なんだそりゃ。と、僕は正直思ったが、元々日高のジンクスを信じている女の子達はこれにも飛びついた。それから、ありがたい神の所へは、ひっそりと女子が恋愛話をもってくるようになった。誰それくんと自分が結ばれるようにお祈りしてほしい。そういった願いが神のもとへ届けられるようになった。
日高の仕事は卒業まで続いた。意外にも日高は口が固く、誰から何の相談を受けたかは絶対他に漏らさなかった。よく、そんな面倒な事をやるなあと日高に言った事もあったが、日高にもこれはこれでメリットがあるらしい。
「女子が誰の事を好きかってのがこれで分かるじゃん。結構おもしろいぜ」
日高は少しニヤつきながら言い、さらに「実は」とちょっと間を置きながら「お前のこと言いに来た奴もいたしな」とこらえていた笑顔を全開にしながら僕が予期せぬ事を付け加えてきた。一瞬で僕の心臓が魚のように跳ねた。清岡――と頭に一瞬よぎったが、自分でかき消した。これまで生きてきた十年少々、僕は人生とはそんなに甘く無いということを知っていた。
「どーせ、高橋とかなんだろ」高橋とは僕の姉によく似たクラスメイトだ。ちなみに姉は僕よりも体格が良い。性格は大怪獣。とってもジャイアンのような女性だった。
「ま、それは仕事上の秘密だな。仕事続けられなくなるからお前もこの事は言うなよ」
とだけ言って、彼はそそくさと自転車にまたがり帰ってしまった。その後も何度か尋ねたが結局、その相手の事は教えてもらえなかった。

僕は十九歳になっていた。中学、高校と無味乾燥な日々を送り、ようやく大学生になれたものの、女っ気一つないキャンパスライフに危機感を感じ、藁をも掴むつもりで、恋愛祈願をしに深大寺へと来ていた。
結局、子供時代に日高の言っていた女の子はその後もずっと現れなかった。時折、寂しくなるたびに彼が言っていた女の出現を祈ったが、所詮は日高という胡散くさい神様のいうことだ。信用したのが間違いだった。待っているだけでは何も変わらない。大学生になってやっと気づいた僕は、まずは第一弾ということで日高よりも霊験あらたかな深大寺にお参りへ来たのだ。
寺にはあまり人がいなかった。これは絶好のお祈り日和だ。一心不乱に祈りを捧げていると、ふと横に人の気配を感じた。
「久し振りだね」
黒く長い髪を風になびかせながら清岡沙友里がそこに立っていた。清岡沙友里、小学生の時に僕が恋したクラスメイト。整った顔、透き通った白い肌。うすい青地のワンピースの裾を揺らしながら、大きな目で僕を見つめる。日差しを避けるためにかぶった麦わら帽子が良く似合っていた。
「き、清岡さん。どうしてここに」
突然のことに慌てながら僕は訊いた。声が多少裏返ってしまったかもしれない。最悪だ。
「恋愛祈願」
彼女はそう言って笑っていた。この美少女が恋愛祈願。いったいそんな必要があるのか。久しぶりに会った初恋の人相手に動揺を隠せず、僕は瞬間的に聞き返してしまった。
「うん」と彼女は頷く。「日高くんって覚えている?」彼女は続けた。
「小さい頃ね、彼にもお祈りを頼んだ事あったんだ。女子の間ではすごい効き目だって流行っていたから、恥ずかしかったけど私もお願いしてみたの。誰にも言わないでって言って一人で。まるで日高くんに告白しているみたいに緊張したのは今でも覚えている」
告白、という単語がチクリと胸を刺した。当たり前だが、彼女も年頃の女の子だった。好きな人の一人や二人くらいいただろう。でもそれを改めて言われるとやはりショックだ。
「日高くんは、真剣に聞いてくれた。いつもの彼とは別人ってくらい。でも私の場合、お祈りはしてもらえなかったの。オレなんかに頼っちゃダメだ。その気持ちをぶつければ絶対うまく行くって彼は言っていたわ」
 日高が真剣な顔をしている姿をイメージしてみたが、一向にうまくいかない。あいつにもそんな一面があったのかとぼんやり思った。
「でも、私にはそんな勇気はなかった。日高くんが言うようにチャンスはいくつもあったんだ。でも行動には移せなかった。そうして小学校を卒業しちゃったの。中学でも同じ。ずっと勇気が出ないままだったの」
 彼女の言葉を漏らさず聞いた。そして尋ねた。
「清岡さんは、誰が好きだったの」
 ついに聞いた。彼女は再びふふっと笑っていたが何も答えず、ただ微笑んでいた。遠くで車のクラクションが鳴った。そちらをチラッと見て視線を戻すと、彼女は僕に向かって紙を差し出していた。そこには彼女の連絡先が書いてあった。
それが僕と妻とが初めてまともな会話をした日の話だった。

月日は経ち、僕らは幸せな家庭を築いた。子供にも恵まれ、その子たちも大きくなり、孫もできた。色々な事があった。悲しいことも多かった。しかし、いつも妻は僕を励まし、支えてくれた。僕たちは幸せだった。
妻が亡くなり、葬儀も終わった。ふと僕は、妻との最後の思い出となった寺へと足を運んでいた。妻はもういない。最後に妻と交わした言葉を思い出す。
「君がいなくなってしまうのに耐えられないんだ」
 自然と涙が出てくるのがわかった。こんな時も彼女に甘えている自分が情けなかった。しかし、彼女は優しく笑いかけながら言う。
「私は幸せでした。あなたと長く一緒にいられてとても幸せでした。それでいいじゃないですか。だから、泣かないで。私の分もこれからも生きて下さい」
 その後、眠るように死んでいった彼女の事を思い出し、僕は再び泣いた。
空を見るといわし雲が見えた。木々が風に揺れる。目を閉じ、僕は妻への思いを馳せる。
 緑に囲まれた静かな寺で、僕と妻をからかう声が聞こえた気がした。風に揺れる疎林の奥で小さな少年がこっちを向いている。
 あの時の日高が笑っていた。

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<著者紹介>
水島 啓介(東京都武蔵野市/28歳/男性/塾講師)

 そうね、要するにあの人にさえ愛されればそれでいいのよ。私はね、あの人がたった一秒でも私の事を愛してくれるなら生涯誰からも愛されなくたってかまわないって、本気でそう思っているのよ。私は君の想像をはるかに超えるほど心を病んだ女なの。だから、君の想いには答えられないな。
 これが、僕の告白に対する佐野ゆかりの返答だった。佐野ゆかりは、僕ではない誰かの影を見つめながらゆったりと煙草の煙を吐き出した。煙が大きく宙に広がる。僕は煙に向かって、
「僕ならあなたの心をそんなにも惑わせたりしない」
と小さく呟いた。
 だからこそよ。彼女は悲しそうな笑みを浮かべて言った。蝉の、命を嗄らすような鳴き声が響き続けている暑い八月の日だった。
 彼女は僕を玄関先まで見送ってくれた。またいつでも来て構わないから。そう言って彼女は煙草を人差し指と中指で挟んだまま、軽く手を振った。僕は俯いたまま返事をせずに自転車のサドルに跨り地面を蹴った。僕には彼女を救うことはできないのだろうか。長く急な坂道をブレーキもかけずに、ただ、ただ風を切って走り下りた。坂の上。深大寺の隣の赤い屋根の家。佐野ゆかりはそこで個人ピアノ教室の講師をしている。
僕が佐野ゆかりと初めて出会ったのは二か月前の事だった。深大寺の近くの蕎麦屋でアルバイトをしていた僕はこの急な坂を毎日自転車で往復していた。そして、坂道を上っている行きの道では子ども達の演奏する拙いピアノ曲がどこかから聞こえてくるのだが、坂道を下っている帰りの道には至極繊細で美しい音色が風に乗って聞こえてくることに気が付いた。音の粒が月の光に反射してきらきらと輝いているような、そんな音色だった。その音色に心を魅かれた僕は音を辿り、ピアノ教室という小さな看板と「佐野」という表札の掲げられた赤い屋根の家にたどり着いたのだ。次の日から僕は色々と理由をこじつけては佐野ゆかりと名乗る彼女のもとに通い続けた。
「僕、はじめてゆかりさんを見た時はびっくりしたんですよ。まさかこの家から煙草をくわえた女性が出てくるとは思いませんでしたから」
 僕が言うと彼女は声をあげてさも愉快そうに笑った。私だってびっくりしたわよ。突然インターホン越しにピアノを聴かせてくれなんて見知らぬ少年に頼まれちゃったんだから。
「それで、いつになったらピアノを聴かせてくれるんです?」
 言ったでしょう。私のピアノは人に聴かせるようなものじゃないの。専門は、教えることだから。そして、彼女が演奏する姿を僕が見る事は結局一度も無かった。
 僕は彼女のピアノレッスンの合間をぬっては彼女の家に通った。時には彼女から小一時間にわたって偉大な作曲家達のエピソードを聞き、また時にはごく簡単なピアノ曲の弾き方を教えてもらった。彼女は僕の生活に色を与えた。事実僕が毎日を生きる意味は佐野ゆかりにしかなかった。
 ある夜、一通りピアノを教わった後いつものように僕は彼女の家で雑談を交わしていた。佐野ゆかりは僕のために霜の降りたグラスに麦茶を注いだ。話の途切れた瞬間、水が流れるように自然に、彼女は言った。
私、好きな人がいるのよ。
軽く柔らかかった空気が突然ずっしりと重みをもった。乾ききった唇を舐め、僕は平静を装って言った。
「へえ。そうなんですか」
 いい年してあの人の事が頭から離れないの。ねえあの人、本当に美しくピアノを弾くのよ。私、全身であの人を愛しているの。そう、愛しているのよ、心から。ねえ、きっと私の全身に流れているのは血液なんかじゃなくて、あの人への愛なのよ。
 一息に言い終えると彼女は小さく身震いをした。口調こそ、いつも通りゆったりとしていたが、彼女の眼は長い前髪の後ろで爛々と紅く輝いていた。僕は再び唇を舐め、混沌とした頭の中と、高鳴る胸の鼓動を落ち着かせるように小さく深呼吸をした。彼女の言葉が僕の体の中に反響していた。彼女が言葉として発した感情は、僕の、佐野ゆかりに対するそれそのものだった。
「どうしてまたそんなことを僕に話してくれるんです」
 感情とは裏腹に僕の発した言葉は驚くほど冷静だった。どうしてって。彼女は笑って言った。あなた変なこと聞くのね。分からないわよ、どうして君なのかなんて。ただ、誰かに言ってみたくなっただけ。言葉にすれば、より思いが強くなることってあるじゃない。長いこと悶々と思い続けているとね、時々自分の気持ちに確証が持てなくなるのよ。だから、たまにこうして自分の気持ちをはっきりと言葉にして、確かめるの。それで強く確信するのよ。ああ、私は今もあの人を文字通り全身で愛しているんだわ、ってね。
返すべき言葉が見つからなかった。僕はグラスに麦茶を少し残したまま席を立った。
「今日はもう帰ります」
 ちょっと待って。彼女はカーディガンを羽織りながら椅子から立ち上がった。少し、お寺を散歩して帰らない?
 切った爪の欠片のように細長い月の下を僕たちはしばらく無言のまま歩いた。沈黙の中僕は、細い腕をさすりながら隣を歩く年上の女性の事を終始考えていたし、おそらく彼女は僕の知らない〝あの人〟のことを考えていた。昼間様々な出店や土産物屋の並ぶ参道は暗く静まり返っていた。草むらから、虫の音が聞こえた。のどかよね。彼女は呟いた。駅前はあんなに賑やかなのにこの周辺は本当にのどか。東京じゃないみたい。
「本当に、いいところですよね」
 僕がそう言うと、彼女は心から嬉しそうに微笑んだ。参道の一番奥まで歩き続けた僕たちは階段を上り、山門をくぐった。暗い参道とは違い、本堂はぼうっと明るく照らされていた。深大寺はね、縁結びのお寺なのよ。子供の様に無邪気に言うと彼女は本堂に走り寄った。僕も走って後を追う。賽銭を投げ入れ、僕達は手を合わせる。彼女が縁結びの神様に何を願っているかなんて考えなくとも分かった。そして僕は隣に立つ彼女のその情熱的な恋にいつか終わりが来ることをそっと願った。
 そして次の週の帰り道、僕が坂道を自転車で走り下りていると、繊細なピアノの音が風に乗って聞こえてきた。今日こそは彼女の演奏している姿を見られるかもしれない。そう思った僕は彼女の家へ向かって一心にペダルを漕いだ。そして自転車を停め、音の止んだタイミングを見計らってチャイムを鳴らそうとした。その瞬間、焦っていた僕は玄関先に置いてあった植木鉢を足で蹴り倒してしまった。ピアノの音が止み、静まり返る中、陶器が床に転がる乾いた音が大きく響きわたった。僕は思わず瞬時に玄関前を離れ、側の電柱に身を隠した。何故だかは分からない。ただ、体が勝手に動いたのだ。
 ドアを開け、出てきたのは怯えた目で神経質に辺りを見回す彼女だった。だが、明らかにいつもの佐野ゆかりとは様子が違った。いつも明るい色の衣類を好んでいた彼女が至極シンプルで地味な色のワンピースを着用し、煙草もくわえていなかった。大きく見開かれた目は恐怖に震えていた。何とも言えない違和感を覚えた僕はそっと傍に止めた自転車に跨り、彼女から見えないように走り去った。
 僕は言いようのない焦燥感に駆られ、次の日チャイムを鳴らして現れた佐野ゆかりに告白した。状況は読めなかったが、彼女の置かれた現状から彼女を救うことができるのは自分しかいないと、そう感じたのだ。それと同時にもう佐野ゆかりと会うことができなくなるようなそんな不安を感じたからでもあった。
そしてその予感は、現実となる。
その一週間後、彼女の家を訪ねると、佐野ゆかりはドアを開け訝しげに僕を見上げた。
「どちらさまですか」
 唖然とした僕は女性に名前を訊ねた。
「佐野ゆきですけど...」
「佐野、ゆき?」
ふいに佐野ゆきの目の色が変わった。
「あなたもしかしてストーカーですか」
 僕は呆気にとられて佐野ゆきを見つめ返した。佐野ゆきはか細い指で僕を指差すと震える声でヒステリック気味にまくしたてた。
「そうよ。今まで何年間も私を付け回していたストーカーよ。私の留守中に家に忍び込んで煙草を吸ったり、クローゼットの中をいじったり。証拠がないからずっと警察も動いてくれなかったのよ。ここ一週間、やっと現れなくなったと思って安心していたのに」
ヒステリーを起こした佐野ゆきに慌てて頭を下げた僕は気が付くと深大寺の参道を歩いていた。あの細い月の下、大らかで気さくで、それでいてたった一人の人間を病的なまでに愛していた、あの美しい人と歩いた道を。
 佐野ゆかりのことを、佐野ゆきの作り出したもう一つの人格だとは考えたくなかった。佐野ゆかりが、なぜ姿を消したのかは分からない。おそらく佐野ゆきを取り巻く環境に何らかの変化が生じ、それによって精神状態にも変化が生じた。そんなところだろう。だが僕は佐野ゆかりという一人の人間を全力で愛していた。彼女こそが僕の全てだった。ひと夏の恋。言葉にしてみるとなんて脆く哀しいのだろう。蝉が鳴き叫ぶ中、僕は俯いた。頬を熱いものが伝っているのを感じた。僕も、彼女も、全力で誰かを愛していた。命を嗄らしてまで鳴く蝉のように。
煙草の匂いが鼻の奥に沁みついて、離れなかった。

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<著者紹介>
小川 桜子(東京都調布市/17歳/女性/学生)

ママの口癖はさ、「悪い男と良い男を見極める目を養いなさい。悪い男っていうのは、けちな男のことよ。お金のこともそうだけどそれだけじゃなくて、時間、感情、すべてにおいてけちな男のことよ」っていうのでさ、それをあたしが小学生だったころからときどき言って聞かせられたわけ。もちろんそのときはその意味なんてよくわからなくてね。それにそのママが選んだはずのパパがものすごくけちな男の典型だったからさ。ま、だから別れたんだろうけど。極めつけはさ、家の本棚にあった山田詠美の「放課後のキイノート」を手にとってみたら、あとがきに、ママの口癖とおんなじことが書いてあってさ、ちょっとママ、あなたの教訓、パクリじゃんって。しかもその教訓、まるで生かせてないじゃんって。笑っちゃうでしょ。あれ、これ言ったことあったっけ? あ、聞いた、あ、そう。
 でさ、二十歳ちょいのときにあたしは大恋愛をしたわけ。でもあたしはママの教訓をひとつも生かせずに、もう史上最強にけちな男を選んでしまったわけよ。しかもそのけちな男に五年も費やしてしまったの。もう、無駄以外の何物でもないよね。二十代前半の、女としていちばん瑞々しい時を、ドブに捨ててしまったわけよ。元彼がけちな男だと見極めるための時間だったと思えば無駄じゃないのかもしれないけどさ、やっぱり五年は時間かけすぎたよね。楽しかったこともあったけどさ、男を見極めて、バツだったら、さっさと見切りをつけることも大切よね。でもさあ、顔がすごいドンピシャでタイプでさ、あたし面食いじゃん? だからずっと我慢してたんだよねえ。でもさ、大恋愛敗れて考え方改めたよ。男は顔じゃない、初心に帰って、次はけちじゃない男を選ぶんだ! って。......え、あ、そう、これも言ったっけ、......そう。
 しばらく会っていなかった人と会うと、自分の近況報告をどこまでしたかわからなくなる。カウンター席の横でノンアルコールビールを飲む、幼馴染の崇とは、私が件の元彼と付き合って以来一度しか会っていなかった。元彼にばれないように、こっそりメールや電話でちまちま連絡はとっていたので、五年間分の互いの報告をしようとしても、それ聞いた、ばかりになって、でも面と向かって話していないので、どれを話してなくてどれを話したのかわからなくて、会話はちぐはぐになった。
「崇、なんで傘持ってんの?」
 私は話を変えようと、彼のイスにかけてあるビニール傘に目をやった。
「え、繭、天気予報見てこなかったの?」
「ケータイで見たよ。降水確率五十%」
「じゃあ持ってくるだろ、ふつう」
「だって五十%なら、五分五分じゃん。降らない確率も五十%なわけだし、降ったら運がなかったってあきらめるもんでしょ」
「おまえバカだね。降水確率五十%なら降るよ。そういうもん」
 崇はノンアルコールビールをおかわりした。そして腕時計に目をやり、
「お、あと十五分で繭もアラサーの仲間入りだ。おめでとう」
 と言ったので、
「ちょっと、まだおめでとうって言わないでよ。十五分後にもう一回余計にトシとるみたいでいやだ」
「なんだその理屈。まあいいや。あ、繭のお母さん、まだ深大寺の蕎麦屋で働いてるっておふくろから聞いたけど」
「あ、まだうちらのママ仲良いんだ。うん、そうそう。なんか、接客業が楽しいみたい。というか、ちやほやされるのが、かな」
「あー、繭のお母さん、美魔女だからなあ」
「ビマジョってなに」
「なんでもない」
「ふうん。でもさ、別れた旦那にプロポーズされた場所で働くのって、どうなの?」
「思い出の場所だからでしょ」
「別れたのに? それって未練がましくない?」
 私がそう言うと、崇はふっと黙ってしまった。ゆっくりと瞬きをする崇の「未練」に、自意識過剰かもしれないけれど、自惚れかもしれないけれど、思い当たることがひとつだけあった。
 二十歳のとき、私は崇と一度だけ寝たことがある。私の「大恋愛」がさっそくうまくいかなくなって、元彼に内緒で崇と会った。
 私は散々元彼の愚痴を言い、崇はそれを文句ひとつ言わずただ聞いてくれていた。そして、散々飲んだ私は、あーもー崇にしとけばよかった、と、ティッシュ一枚分くらいの重みでつぶやくと、崇は真顔で、「そうしろ。おれは繭が好きだから」と言われてびっくりした。のは、ちょっと嘘だ。本当は、私に甘い視線を向けてくる崇に気づいていた。そして私は、彼の想いに甘えて、彼と寝た。酔っていたからとか、傷ついていたからとか、そういう言い訳はふさわしくない。単純に、寝たかった。それだけだ。
 でも私は崇と付き合ったりせずに、元彼と付き合い続けた。私にとって崇はやっぱり、顔が全然タイプじゃなかったし、なにより、たまに愚痴を聞いてくれる男友達、という貴重な存在を失いたくなかった。だからこそ私たちはまっさらで仲の良い幼馴染でいられたのだ。寝なきゃよかったのだけれど、過ぎたことはしかたない。コトが済んだ翌朝、向かい合って朝食をとっているときに、私は崇に「これからも友達でいてくれる?」と、本当に卑怯でずるいことを言った。崇はただ「うん」と言った。
 崇はまだ私のことを好きなのだろうか。この五年間、崇から女の話は聞かなかった。もっとも、崇との電話は、私が一方的に元彼の惚気や愚痴を一方的にまくしたてることで成立していたので、彼女がいたかどうかはわからない。
 自分の気持ちを打ち明け、寝てみたら、翌朝「これからも友達で」なんてのたまう女と、よく今まで友達でいてくれたよなあ。
「あ、一分切った」
 崇が腕時計を見て言った。
「十二時まで? うわー」
 私は頭を抱え、ため息をつき、諦めたように、カルーアミルクを飲んだ。
「十秒切った! 九......八......七......」
「あんたまじ細かいなあ」
「三......二......一......0と、二十五歳おめでとう。結婚しない?」
私は呆気にとられ、は? と言って、ぽっかり口を開けた。
「なんで?」
「いや、好きだからでしょ、そりゃ」
 崇は右手の人差し指で鼻の下をこすった。
「え、ずっと? 小学生から?」
「あー、まあ、そうかな」
「まあってなによ」
「いや、人並みに別の女の子と付き合ったこともあったし」 
「ああ、あったねー」
「なんで不機嫌そうに言うんだよ。おまえこそ俺のことずっといいように使ってたくせに」
「うーん、すいません」
 私は素直に謝った。
「でもなんでいきなりプロポーズ? 結婚を前提としたお付き合いとかはないの?」
「だって......今更じゃね?」
 崇の言いたいことはよくわかったので、私は「まあね」と言った。
 お互いになんとなく黙ってしまった。小学校に入学してからすぐ、私を好きだったとすると十八年か。これはすごく長い時間なのではないだろうか。
 私が筆記用具を忘れたら、おろしたてのバトエンを貸してくれた崇。シロツメクサで冠をうまくつくれないでいたら、自らつくった王冠をそっと頭にのせてくれた崇。運動会ではちまきを忘れた私に自分のを貸してくれ、自分が忘れたと先生に申告した崇。文化祭の看板をつくるグループにハブられて、一人で作業していたら、何も聞かずに手伝ってくれた崇。マラソン大会の練習のために夜中にジョギングをしていたら、危ないからと毎晩一緒に走ってくれた崇。
 ひとつ、またひとつ思い出してゆくと、あれ、なんかイイやつじゃん、と思った。顔はタイプじゃないけど、まあ、でも。
「降水確率くらい」
「え?」
 崇はすっとんきょうな声を出した。
「降水確率がなに?」
 崇は言った。
「今日の降水確率くらい。あたしが、あんたと、結婚する確率」
崇はぱっと顔を輝かせた。店の奥から、前もって打ち合わせでもしてあったのであろう、『まゆちゃん たんじょうび おめでとう』と書かれたプレートの乗ったホールケーキが出てきた。ノンアルコールビールを飲んでいたはずの崇が、あの、オレ今、プロポーズ成功したんすよ、と酔っぱらいのようにケーキを持った店員さんに絡み、店中から恥ずかしいくらいの祝辞と拍手をいただいた。まだOKとは言っていないのに。
でも、でも。
十八年、私を想い続けてくれた男。顔はタイプじゃないけど、でも、それだけ長い間私に心を向けてくれていたことって、それって、絶対、けちじゃできないよな。
「今週末にでも、繭のお母さんに挨拶しに、深大寺に行こう」
 崇は言った。
四角く切り取られた窓の外には、いつの間にか、たっ、たっ、と大粒の雨が弾けていた。

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<著者紹介>
尾崎 陽子(東京都国分寺市/26歳/女性/ライター)

オレは今、ソーシャルネットワークサービスで知り合った女と初顔合わせのデートをしている。
女のブログは主に深大寺を含むその周辺の風景写真がメインだった。 
見ると気が滅入るような痩せた野良猫。
自家製の食いかけのパスタ。
下品な週刊誌の素人モデルがやるような目鼻を手で隠した自分撮り写真のアップ。

彼女の様な地味で隙の多そうな女に声をかけている。
多少、回りくどいが路上のナンパと変りない。
26歳、理容師。
実際に会ってみると些か古風な顔立ちである。
控えめな化粧と肩まで伸びた黒髪。
均整のとれた目鼻立ちは美しくはあるが、WEBサイトで知り得た感じと違った。

想像していたのはもっと軽薄で軽いタイプの女だった。
だが、目の前の女からその様な印象はまるで感じられない。
しかし、こうしてここに居るという事はある種の覚悟を決めて来たという事だ。
初顔合わせの前日にこんなメールを送った。
「今日は大人同士特別な日にしたいね」

バーチャルな擬似恋愛から現実に引き込む踏み絵。
こんなセリフ、気持ち悪くてとてもオレの口からは言えない。
メールならではである、それを受取った相手の反応は大きく分けて二つに一つだ。
勝負下着で来るかドタキャン。
まぁ例外的に、お友達と来る慎重派もいた。
日和話の挨拶も程々に、最寄りの蕎麦屋に行った。

緊張を解す為に、気の済むまで一寸した無駄話を聞いてあげる事が大事だ。
笑顔は絶やさず言葉を控えめにただ頷く。
毎度の事だが3、4日目のカレー鍋にまた火を点すような倦怠感を感じる。
デザートの皿が下げられ、話のネタも尽きてきたらしい、
「でも、ちょっと安心しました」
女が言った。

「実際に会ってみて怖い感じの人だったどうしようと思っていました」
それは違う。
窓には温かな日差しと緑が揺れているこんな穏やかな蕎麦屋の一室がそう錯覚させているだけだ。

爽やかな午後の日差しを味方に、一、真剣な顔で作戦を遂行する。
「この後どうする。どっか静かな所に行かないか?」
ホテルという露骨な名詞を入れないスマートな誘い方。
すると女は嬉しそうな声で、芝生の広場まで行きませんか?と言った。
「いいね、行こう」と狼狽を悟られないようにオレは言った。

                 ※  
        
間延びした木漏れ日の落ちる雑木林を抜けると、開けた原っぱにたどり着いた。
木々の森に縁取りされた広場のまん中辺りに、囲いが設けられ青々とした丈の長い植物が密生している。
それは女のHPにアップしていた写真で見た事がある。
西洋のススキだ。
秋には中世のお姫様の帽子飾りみたいな稲穂に変身する。
とりあえず目的地に着いた。

黙っていると、閉館までこの野球グラウンドより広そうな所をただグルグル歩き回る事になりかねない。
チョッと休みますか?とオレは言って立ち止った。
女はニッコリと頷く。

布のバックから敷物を取り出しソレを草原に敷いた。
おそらくこの準備の良さは特別な事はなく女の何時ものスタイルなのだろう。
ベットメイクするように甲斐甲斐しくシートの皺をのばす。
アレはブログにアップしていたススキだよね」オレは言った。
「パンパスグラス?」
「晩秋の感じがでて、良い写真だったよ」
シートに佇む飾り気のない女の掌にそっと手を沿えてみた。
青々としたパンパスグラスは気まぐれな風に吹かれ、満員電車の乗客のような動きをしている。

「あのさ、深大寺辺はパワースポットが多いらしいね」
検索エンジンでチェックしたネタだ。
何処かの湧水には不老不死の女の涙が混ざるらしく、飲むと失恋の傷を癒してくれるそうだ。
ペットボトルに詰めて売り出しら面白いかも知れない。
そう言うと女は笑った。

「知らなかった、じゃあ貴方も飲まなきゃ」
「オレこれからフラレるの?」

少し冷えた女の手を包み込むように指を広げた。
慌てて手を引く訳でも、握りかえしてくるわけでもない。
しかしコレでは電車の中で痴漢している人と変らないではないか。
掌に嫌な汗が滲んでくる。

「水鏡の話を知っている?」女は言った。まるで目の前の空気に問うように、
「知らないな。どんな話?」

女の顔色を伺い、執拗に指先を絡めた。
なんだか本当に痴漢をしているような心地で興奮してきた。

「深沙王様が御祭りされている社の裏にね、水溜りほどの湧き水が溜まる池があるのを知っている? 縁結びのエピソードは有名だけれどその池の古い言い伝えを知る人は少ないと思う」
ふいに、冷たい指先が応えるように結びついてきた。

「満月の晩に、その湧き水を汲んで月明かりに照らすと、愛しい人の姿が水鏡に浮かぶの。でも、その水鏡を覗く事を許されるには条件があって、それは鏡の向こうの相手に絶対話し掛けてはいけないという事」
こんな芝居がかった話し方が出来るのだとオレは少し驚いた。

「神様との約束の誓いの印に水鏡を覗く者は剃刀を口に咥えなくてはいけないの、こんな風にね」
と、女は振り向き、錆びついた鉈のような小ぶりの金属片を咥えて見せた。
オレは驚き仰け反りつつ握っていた手を離してしまった。

女はにっこり笑い、
「仕事道具です」と、手にとってそれを見せてくれた。
錆びた金属辺だが刃の部分は鋭い光を放ち、異様である。
剃刀を手に女の話は続いた。

それは甲州街道の宿場町にあった老舗宿の娘の話だ。
年頃になった娘には想いを寄せる相手がいた。
それは月に何度か女中衆の髪を上げにくる髪結い床の若い職人。
今でいう見習い美容師だ。
相手もまんざらではなく、二人の仲は深くなっていく。
しかし、娘の将来を案じた宿の主人は、髪結いの棟梁を通し、恋仲にある職人に今後二度と娘に会わないと誓約を交わさせた。
十分な手切れ金を受け取り、髪結いの職を辞した男は娘の知らない、風の噂も立たぬ遥か遠方に姿を消した。
訳を知らない娘は来る当てもない男を待ち続けた。

そして娘、水鏡の話を知る事になる。
ある満月の日の夜、女がやって見せたように娘は真一文字に剃刀を咥えて水桶を覗き見る。
鏡に映った姿は愛しいあの人と、傍らの伴侶の姿。
堪らずに声を張り上げて泣き叫ぶ娘。
口から落ちた剃刀がバサリと水鏡を切ると、桶は真っ赤な血で染まったという。
戒を破った娘はその後、未来永劫死ぬ事を許されぬ体となった。
「貴方ならどう思う?死も、歳も取らない体を」女が聞いてきた。
正直想像もつかないと首を振った。

重い空気で話が終わると女は、互いに向かい合うようにシートに立膝を付き、淡い花模様のスカートの裾を揃え正座し、ニットの上着を丁寧に折り畳むとそれを膝の上に置いた。「顔剃りしてみませんか? 頭をココに、体はこう」自分の正面を空手チョップするように方向を示す。
膝枕で髭を剃るというのだ。

まるでオレの妄想を見られたようで気まずかったが、躊躇いもなく敷物に横になり、女の膝に頭を沈めた。
想像以上に快適であった。
澄みきった青空を遮る美しい女の顔。
整った顔のパーツや、小さく、それでいて意思の強そうな唇。
天幕の用に髪がしな垂れ、その髪の間を五月の風がそよぐ。
衣類から香る甘い香り。

それらに魅了されながら微かな胸騒ぎを感じた。
それは沼底の汚泥のような、僅かな刺激で舞い上がる悪い予感。
恐ろしく錆び付いた刃物を持ち歩く女の非常識と意味深な昔話。

不意に女は剃刀を口に咥え、しな垂れた髪を後ろ手に結わえる。
ゾクとする冷たい視線。
水鏡の女はやはりこんな顔で桶を覗いたのだろうか?
濡れた美しい唇と華奢な顎の形。
真一文字に咥えた鋭利な刃物のコントラストにオレは深く混乱した。
女の振る舞いに巧妙な悪意を感じつつも麻薬に似た居心地の良さに身動きが出来ない。

冷たい指で、濡らされる顔。

女の手は額へ、そしてグイと髪を抑え、同時に刃物が額をなぞる。

痛くは無いがリンゴの皮を剥くように、顔の皮が削れて行く感じ。
「気持ち良いかな?」

女の下腹部が揺れている。
笑いを押し殺しているのか?
頭蓋骨に砂を握りつぶす様な音が響く。


ジャリ。
ジャリジャリジャリ。


押し殺した笑いは今ハッキリとした笑い声に代わる。
「いったい何が可笑しいの?目開けちゃダメ?」
後悔と恐怖が巻きあがる。
「貴方、目開け君ね。顔剃りの最中に目を開けるお客さんは嫌われるよ」
冷たく言い放つ女。

「分かった大人しく」とまで言いかけるとグイと首を真横に向かせられた。
剃刀を顎下に当てる。

耳の傍で、
「喋るな」と女が言う。
思わずつぶった瞼を薄く見開く。
とても暗い。
斜めに差し込む陽射しがとても遠く感じられた。
更に目を見開くと、事態を包み隠す様に藍色の着物の袖がオレの視界を遮っている。

着物の袖の向こうの丘に、一組の老夫婦が佇んでいるのが見えた。
結った髷に着物姿!?

コツと触れる頭部の感触は枕をすり返られたように突然変り、視界の端に僅かに見えるのは朱色の着物帯で、見覚えのない古めかしい香袋の根付が揺れている。
喉に押しつけられた剃刀は髭を剃るどころか飴細工を押し切る様にグイと力が込められた。   

「動くと死ぬよ。横にチョイト引いただけでね」
喉が締め付けられ大きな声が出せない。
「なんでオレが?」怒気を込めてオレは言う。

「女を誑かす下衆だからさ。辞世の句でも読みやがれ」
ああ、これで終わりかと思う諦めの気持ちと裏腹に、恐怖で縮み上がったチッポケナ怒り。
「タブラカスだと?テメェさんざ飲み食いしてコレか?俺だって本当の恋がしたいわ。ソレが出来ないから困ってんだろうが。古臭せえ価値観を押しつけてくるんじゃねぇ馬鹿野郎」

あ、死ぬと思った刹那、ザブリと液体が降りかかり、
その場に女の高笑いが響く。

突風がオレの背を吹きぬけ湖面の波紋の如く草原を毛羽立たせ、行きついた先の森の木々をザザザと揺らす。


無我夢中でその場から転げ出し、一組の老夫婦の下に駆け出した。
お爺さんとお婆さんだ。

「助けてくれ人殺しがいる。ひとごろしぃ」目が合うと同時に、夫婦は飲んでいたコーヒーを噴出し、咳き込みながらゲラゲラ笑う。
不意に濡れた顔を手で拭うと、

「ああぁ、マユゲが無くなっている」

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<著者紹介>
五十嵐 文秋(東京都調布市 /男性)

 どこか暖かいところに行きたいなあ、と亮子が小さい声でぼそっと言った。僕はそれまでの長い沈黙に耐えられなくなっていたので、つい何も考えずに、「大温室は?」と地雷を踏んでしまった。まずいと思い、並んで歩く亮子のほうをちらっと見ると、僕の声など聞えなかったように、亮子は前を向いたまま表情を変えずに歩いている。
 そして、三メートルくらい行ってから急に、
「ああ、神代の」
 と、まるで皮肉でもいうような言いかたをした。
 二ヵ月前だったら、いいね、と笑顔で言うか、こっちを向いて親指を立てる仕草をしたと思う。
 僕たちは、だらだらとあてもなく歩きながら、別れ話の終わらせかたをさぐっていた。二日前に大雪が降ったせいで、道の両側には雪かきされた茶色っぽい小山がいくつも出来ていて、僕はところどころでその山を蹴ったり、乗っかったりしながら、気まずい雰囲気をやり過ごそうとしていた。亮子の、暖かいところへ行きたい、という言葉は、僕にむけられたものではなく、ただの独り言だったのだろう。
 僕と亮子のあいだでは、暖かいところといえば、神代植物公園の大温室だった。のどが渇いたといえばペットボトルのジャスミンティだったし、空腹だよー、なら牛丼で、ちょっと疲れたならチョコアイスだった。でも、亮子は、二人に共通だった辞書の単語を全部削除したようだった。
 僕の存在が、亮子のなかでは既に無視できるくらい小さくなっているのか、それとも無視したいと強く思わなければならないほど、まだ大きいのかは、わからなかった。
 僕が茶色く汚れた雪山に乗り損ねてすべって尻をついたとき、ふいに亮子が、
「最後に、いっとく」
 と僕の顔を見た。
 何を言われるのだろうと、ちょっとびくつきながら亮子の顔を見ていたら、亮子は、曇り空を見あげてため息をつきながら、
「大、温、室」
 とあきれたように言った。僕が、「行っとく」と「言っとく」を、勘違いしたのに亮子はしっかり気づいていた。
「ああ、ああ」
 僕は、画面の切り替わりが遅いスマホのような反応をした。
 亮子が僕を見て、ぷっ、と吹きだした。僕も笑おうとしたが、多分、頬がひきつっただけに見えたと思う。
「徹平、バス何時?」
 亮子が、不機嫌顔に戻って言う。
 すかさずジーパンのお尻のポケットからスマホを取り出して検索した。かいがいしいコンシェルジュのように見えたらいいなと思いながら。

 別れ話の原因は、僕にある。浮気。主婦との。亮子は汚いものを見るような目で、不倫と言った。浮気と不倫は何が違うのか。辞書を引いてみると、浮気は、「ほかの異性に心を移すこと」で、不倫は、「人道に背くこと」とある。僕の場合、主婦と寝た時点で、人道に背いたことになるのだろう。そして、さらに、その主婦に心が移ってしまっているので、浮気にもなるのだろう。不倫で浮気。

 神代植物公園に行くバスは空いていた。僕が二人掛けのシートに座ると、亮子は僕の斜め後ろのシートに座った。椅子の下のヒーターでお尻は暖かく、窓ガラスは結露で曇っていた。何度か亮子を振りかえったが、亮子は、手でぬぐった窓ガラスからぼんやり外を眺めていた。

 亮子と僕は、三年前、ハローワークで知り合った。仕事を検索する端末の使い方がよくわからず、きょろきょろしていた僕を見かねて、隣の端末にいた亮子が、面倒くさそうにではあるが、操作方法を教えてくれた。四週間に一度ある、失業給付の認定日にも窓口で見かけ、今度は僕が声をかけた。亮子は「すぐ帰るけどいい?」とことわって、お茶につきあってくれた。
 亮子は、派遣切りに遭い、失業保険をもらっているうちは次の仕事を探す気はなく、自分のやりたいことをやると言った。くるぶしまである黒い前掛けをしたウェイターが運んできたフレンチトーストに、大量のメープルシロップをかけて、黙々と食べはじめた。僕が、やりたいことって何? と聞こうとしたら、亮子は、空になったメープルシロップの入れ物をかかげて、おかわりを宣言したので、思わずまわりの客の反応が気になって、聞きそびれた。黒い前掛けのウェイターが、小さなピッチャーに並々とついだメープルシロップをうやうやしく運んできて、「どうぞごゆっくり」と笑顔で戻っていったのを覚えている。
 メープルシロップの海に沈んだフレンチトーストをたいらげ、ミルクティーを飲み干した亮子が、「もういいかな」と立ちあがったので、僕は慌てて、ブラックコーヒーを一気飲みし、
「家まで送るよ」
 と亮子を追いかけた。急いでレジを済ませ、店の外に出ると、亮子の姿はもうどこにもなかった。そのときは、結局嫌われたんだと納得するしかなかったから、次にハローワークで、「ケーキ食べに行かない?」と声をかけられたときは、不意を突かれた感じで、ただ「あー」と声を出していた。亮子はそれを、行きたくないという意味にとったらしく、
「嫌ならいいよ」
 とくるりと背中を向けたので、僕は慌てて亮子の前にまわり、笑顔を作った。僕はその日、人生ではじめて、スイーツ食べ放題の店に入った。
 亮子と最初に寝たのは、神代植物公園の大温室に、はじめて二人でいった日の帰りだった。冬の寒い日で、大温室なら暖かいよと亮子が言って、僕たちは大温室に行ったのだった。
 大温室の入り口で、
「ここ、あたしのお気に入りなの」
 と亮子はにこっと笑った。
 亜熱帯の環境を再現したらしい温室内は、むわっと暖かかった。順路に従って進んでいくと、「熱帯スイレン室」というのがあり、なかには、さまざまな色の花が咲いていた。
「これが、ブルー・スモーク、こっちが、ブラック・プリンス、そっちの黄色いのはセントルイス・ゴールド」
 それぞれの植物には、名前や種類を書いたプレートがついているのだが、亮子は、その説明を見ることもなく次々に花の名前を言った。
「あたし、スイレンが一番好きなんだよね」
 亮子は、花びらの尖ったその花に顔を近づけて、いとおしそうに見ていた。
 熱帯スイレン室を出てから、亮子が突然僕の手を引っぱった。そして、曲がりくねった順路の途中にある、なんという名前か忘れたが、大きな葉っぱの陰で、亮子が僕にキスをした。それから手をつないでさらに順路を進んだ。あいかわらず亮子は、植物や花を指差しながら、難しい名前を並べていく。温室の迷路はどこまで続くのだろうと少し飽きてきたとき、急に室温がさがったような気がした。目の前には出口と書かれたプレートがあった。大温室の外には池があり、おおきな蓮の葉が浮かんでいた。

 やっぱり今日も大温室のなかは暖かい。大雪が降ったばかりで、平日のためか、客の姿はほとんどなかった。亮子は、僕の少し前をうつむき加減に歩いている。熱帯スイレン室でも、大好きだと言っていた花の前を素通りしていく。僕は、花の名前を書いたプレートの前で立ちどまり、
「ブルー・スモーク」
 と亮子に聞こえるように大きな声で言った。亮子が立ちどまった。見ると、肩を震わせている。まずいと思った。亮子が泣いている。声をかけたほうがいいのか。突然、「はははは」と楽しそうな笑い声が響いて亮子が振りかえった。僕は自分が間違っていたことに気づいた。亮子はお腹を抱えるように、肩を震わせて笑った。でも、その姿は少しも楽しそうには見えなかった。
 僕は、ただじっと亮子を見つめていた。つぎの瞬間、泣き出すか、怒りだすかするんじゃないかと思ったのだ。亮子はひとしきり笑ったあと、大きく息を吐き出すと、僕のほうに歩いてきて、
「覚えてたんだ、あたしの好きな花」
 僕は、なにか言わなければと思ったが、亮子が先に口を開いた。
「結局、徹平はやさしいんだよね」
 どう返事をしていいかわからなかった。
「あたし、これから当分のあいだ、四十代の主婦を全部敵だと思うような気がする」
 亮子が僕をじっと見つめていた。僕は、ひっぱたかれる覚悟をした。永遠に感じられる沈黙。亮子の目に溜まった涙が、表面張力を越えてあふれそうになる。亮子はあわてて背中を向けた。
「もう、行きなよ」
 亮子は早口に言った。肩が震えている。僕は亮子の横をすり抜けて、順路を出口に向かった。出口の近くで室温がさがったとき、なぜか、すごく後悔している自分に気づいた。
ここを出たら、もう戻れない。僕は一瞬、順路を戻ろうかと思った。でも、すぐに気づいた。引き返すタイミングは、遥か遥か昔に過ぎてしまっていたのだ。僕は出口から冷たい外気のなかへ出ていった。

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<著者紹介>
S・Y(神奈川県横浜市/男性)

 僕がとんちゃんに出会ったのは、一年前のさくらんぼが美味しい季節だった。

 僕は還暦になったと同時に現役を引退した。
―これからは奥さんと楽しい時を過ごすぞ―
と、意気込み十分で隠遁生活に入ったのだけど・・・。
「あなた、今日は朝からボランティアのお仲間がいらっしゃるの。申し訳ないけれど夕方まで出掛けてくださらないかしら。
居てくださっても構わないけれど、お話に花が咲くと女性の声は五月蠅くなりますからね。貴方がお休みになれないと思って・・・。
ごめんなさい。」
と、週のなかで2、3日はこんな感じで追い出されるか、
「今日は、お友達とお芝居に行ってきますから、ごめんなさい、お昼とお夕飯ご自分でお願いします。」
と、家に取り残されてしまうか。
―つれないなあ―
でも、それは僕が仕事にかまけていた間、奥さんが逞しく過ごしてくれていた証拠で、そんな奥さんに惚れたのだから仕方がない。
そこで僕は僕なりの楽しみを見つけることにした。
―そうだ、散歩に行こう。―
 六月のある日、僕は思い立って家を出た。
この日は、梅雨に入るのか入らないのか微妙な空模様。散歩と言うからには、やはり近くをぶらぶらと思ったが、あまり近すぎても挙動不審になりそうで、まずは、最寄の調布駅に到着。まだホームが地下になる前で、開発工事の真っ最中。
―このあたりも随分変わったなぁ―
 としみじみ思った。昔の名残りと言えばグリーンホールの佇まいと前の公園くらいか。駅近くにあった大きな工場もいつのまにか、市の施設や保険会社のビルに替わっている。
 駅の周りのお店を少しのぞいて、深大寺行のバスに乗った。
 旧甲州街道の商店街を抜け、バスはだんだんと自然豊かな道に入って行った。
「次は、神代植物公園です。」
車内アナウンスを合図に、前に座っていた女性がボタンを押した。僕は、車窓の景色に気を取られていて女性の存在に気が付かなかった。女性は白髪のボブヘアで、赤いベレー帽を被っている。傍らに大きなキャンバスが見える。
「バスが停車してから、席をお立ち下さい。」
車内アナウンスが告げる。
 女性が、大きなキャンバスを持ち、立ち上がった。
―僕が、持ちましょう。―
僕は、思わず女性のキャンバスを持ってバスを降りた。
「ありがとうございます。」女性はにっこり微笑みながら「もう、持てますから大丈夫ですよ」と言うと僕の手からキャンバスを受け取り公園の方へと歩いて行った。
 もちろん、僕も公園に行ったことは言うまでもないけれど。
 六月の神代植物公園は、バラはもちろん、ねむの木や睡蓮も頃合いよく咲いている。
僕は、花を楽しみながら、文字通り、散歩を楽しんだ。でも、普段歩きなれていないせいか、いささか疲れを感じて、緑と小川で涼しい、せせらぎの小径にあるベンチに腰をおろした。

「先ほどは、ありがとうございました。」
 僕は、いつのまにか微睡んでしまったらしい。ハッと目をあけると、先ほどの女性が、僕の隣に腰掛けていた。
「起こしてしまってごめんなさい。眠っていらっしゃったの気づかなくて・・・。」
―いえ、全然かまいませんよ―
 女性は申し訳なさそうに、肩を縮めて
「あの、良かったらこれ、召し上がっていただけませんか。」とタッパーに入ったさくらんぼを差し出した。
「娘の嫁ぎ先から送られてくるのですが、私、一人暮らしなもので、とても食べきれなくて。」
―ありがとうございます。いただきます。―
 このさくらんぼの味は、僕は今でも覚えている。皮の歯触り、果肉の甘味、さわやかな香り、種の大きさ。どれひとつ忘れちゃいない。
―美味かった。―
 女性は、週に一、二回、この植物公園に来て絵を描いているのだそうだ。キャンバスを持っていたから、絵を描いているのはわざわざ言うまでもないか。キャンバスの他にも、スケッチブックを持っていて、公園の花はもちろん、深大寺の参道の風景も描かれていた。
僕は、絵に描かれている「tom」と書かれたサインを見つけて、ともこさんですか。と、聞いてみた。
「いえいえ、とみこですのよ。おばあさんの名前でしょ。」女性はクスッと可愛らしく微笑んだ。
―ああ、とんちゃんだ。―
僕は思わず、子どもの頃、近所にいたお姉さんのあだ名を呼んでしまった。
「ええ、私もとんちゃん。よく呼ばれていました。懐かしいですね。」
 その日の帰り道、僕は早速、スケッチブックとえんぴつを買った。そして、その後一、二回は偶然を装い、その後は、必然的にデートをするようになった。
 この界隈は、植物公園だけではなく、開山以来千三百年の歴史がある深大寺のお詣りなど、若者や家族連れだけでなく高齢者のデートスポットにも最適の場所である。
 僕らは、真夏の暑い日は、水生植物園で過ごしたし、時には趣向を替えて深大寺の句碑、歌碑を読んでまわった。中には、その季節にならないとピンとこない句もあって、
―また、その季節に来よう―
と約束もした。
僕は、とんちゃんと出逢い、とても良い時を過ごした。もちろん浮気じゃない。とんちゃんと出逢ったその日、あまりにうれしくてちゃんと奥さんに報告もしている。
「あら、良かったじゃないですか。だからといって、スケッチブックまで買ってきて、ご迷惑じゃないんですか。」僕の奥さんは心が広い。まあ、偶然を装って再会しようという試みはナイショだったけれど。
 でも、僕ととんちゃんは家の事や、家族の事はあまり話さない。僕たちの過ごし方は、とんちゃんが描く絵を後ろから眺めたり、僕がとんちゃんにデッサンの仕方を教わったり。食事をするときは、「お蕎麦が美味しいね。」とか、調布シネサロンの映画はいつも懐かしい作品でうれしいとか他愛もない話が多かった。
 高校生のカップルと変わらないと思う。
―あ、高校生は蕎麦ではないか―
十月のある日。
芝生広場で空に向かって穂が伸びたパンパスグラスのデッサンをしている時だった。
「娘も孫も、このパンパスグラスの前で撮った記念写真があるのですよ。ごめんなさい。今日でお別れです。」僕は耳を疑った。一瞬何を言われたのかわからなかった。
「娘のところに、住まう事になりました。」
とんちゃんは、申し訳なさそうに肩を縮めて「ごめんなさい。」と言うと、リュックの中から赤い包みを取り出して僕の手の上に置き、行ってしまった。
 僕は、あまりに突然のことでとんちゃんを追いかけることも出来なかった。
 どれくらい、そこにいただろうか。遠足に来た小学生たちが、パンパスグラスの前に並び記念写真を撮っている。
―そう言えば、息子の記念写真もあったか―

 僕は、しょんぼりして家に帰り、書斎に入ると赤い包みを開いた。そこには、小さいキャンバスに描かれた、深大寺の白鳳仏の姿があった。
その微笑みが、どことなくとんちゃんに似ていると思った。
―還暦の失恋は、かなりツライ―
その後、元気がなくなってしまった僕は、奥さんに本気で心配をされた。それはそれで嬉しかったけど。でも、とんちゃんがどうして突然去ったのか、ずっとそのことを考えていた。
あれから八ヶ月。
奥さんと出掛けたショッピングセンターで開かれていた市民の個展をたまたまみていた僕は、一枚の絵に釘付けになった。
芝生ひろばのパンパスグラス。穂が空に向かって伸び、前にはかけっこする子供たちの姿が描かれている。絵の隅っこには「tom」のサイン。まぎれもないとんちゃんの絵だ。前と違うところは、「o」の文字がさくらんぼになっていたこと。僕は、嬉しさを我慢できずに、係の女性に絵の事を尋ねた。
「とみこさん、亡くなられましたよ。娘さんと一緒に暮らすようになって間もなく...この絵は最後の作品です。」
 あの時の光景が目に浮かび、僕はその場に膝をついた。

 今日、僕は奥さんと深大寺を散策している。
―あなた、そろそろ帰りますか―
「奥さん、素敵な方ですね。いつもありがとうございます。」僕の耳元でとんちゃんの声が聞こえた。
 奥さんは、毎朝、白鳳仏の絵に手を合わせ、花を供えている。
 還暦の事を、本卦と言うらしい。
これが僕の本卦の恋だったことは言うまでもないか。

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<著者紹介>
ながた かおる (東京都多摩市/46歳/女性/主婦)

  正月3日目のせいか、深大寺の境内は人であふれている。
「やはり正月は家族連れだよなあ」
独り言を言い、私は人をかき分けながら本堂へと一人向かった。お賽銭として45円賽銭箱に入れる。
目をつぶり、おまいりをした。
「しじゅうごえんがありますように、今年こそは、いい彼が出来結婚できますように」
突然、後ろから押されて目を開けた。
「イタッ」今度は足を踏まれた。足を踏んでいる人の顔を見ると、普通のおじさんのようだ。
「いたい、足踏まれて痛いのですが」と私が言うと、そのおっさんは「すみません。でもねえお姉さん、こんなに混んでたんじゃ、足も踏んじゃうこともありますよ」と言った。そのおっさんの言い方に頭にきた。そのおっさんを睨みつけ言ってしまった。「ふざけんじゃないわよ。おっさん、人の足踏んどいて、言い訳ではなく、お詫びでしょうが」
私の叫び声でまわりにいた人達は私から少し離れた。「すみませんでした。」おじさんは深々と頭を下げた。しばらくおじさんはその姿勢を保っていた。
私は急に恥ずかしくなって、その場を立ち去った。ちゃんとお参りもできなかったし新年早々ついてない。
 昨年末、私は今まで勤めていた会社を辞めた。
今までは世間でいうところの一流企業だったが、同期の女性は結婚する人、キャリアアップと言って会社を辞める女性もいた。気づいたら同期の女性も三人になっていた。今年は三十、環境も変えれば、少しいいこともあると勝手に考えたのだ。
就職氷河期と言われた中、私はいくつか受けた面接試験の中から、IT関連の会社からキャリア採用内定をいただいたのだ。

 新しい会社では入社式があった。
しかしキャリアの入社式は形ばかり、私を含め3名だった。会社の説明のあと、直属の上司が迎えにきてくれた。しかしその顔を見てびっくりした。深大寺の時に足を踏んだあのおっさんだったのだ。
「水川です。よろしくお願いします」私の顔は赤くなっていたのだろうが、社会人としては当然の社交辞令であった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。課長の中山です。一緒に頑張りましょう」おっさんも深々と頭を下げた。
 私は中山課長、いいやおっさんの部下になった。一緒に働いてわかったのだが、おっさん、課長としてなかなか仕事ができる。
それから、おっさんは仕事には厳しい
しかし、おっさん、深大寺でお正月に会った事、私には全く気が付いていないらしい。もちろん私の方からも何も言わない。
 ある春の日、会社での飲み会があった。
おっさんより年上と思われる小林係長は、おっさんにいつも以上にゴマをする。
「課長、お酒はなんにしますか」
おっさんはゴマをすられるのが苦手らしい。
「小林君、僕に気はつかわなくていいから、
みんなに気をつかってくれ」
一次会が終わると、みんなで二次会に向かう。
しかしおっさんは来ない。他の女性によると、おっさん 数年前に奥さんを病気で亡くしたようだ。今は独身のはずなのにあまり、仕事の用以外では飲まないようだ。
 おっさん抜きで二次会はカラオケに行ったのだが、小林係長の一人舞台となった。
小林係長、マイクはなかなか離さないし、下手すぎて、とても聞いていられない。しかし若手の男性社員はマスカラや掛け声で盛り上げ曲が終わるたびに拍手、これだからサラリーマン社会にはついていけない。目配せをして女性3名で、早めに切り上げ甘いものを食べに行った。正直、今日飲み会に参加した女性は小林係長の事が嫌いだ。小林係長は女性には変にやさしいが、女性を見る目がいやらしい。それから男性の部下には強い口調で言う。世にいう「パワハラ上司」とは小林係長のような人だ。同僚の女性によると、小林係長は極端な恐妻家のようで、家庭内のうさを晴らす為に会社で、特におっさんがいない時に自分の男性部下をいじめているのではないかとの噂だ。
 この飲み会があった後、この女性達とは会社の帰り食事に時々出かけるようになった。そんな女性達と食事にいった帰りの電車の中でおっさんに出会った。おっさんも私と帰る方向は同じ方向らしい。会社では弱気なところを見せないおっさんだが、その日は酔いつぶれているようだ、なんだか少しかわいい。
 しばらくして、80代くらいのおばあちゃんがのってきた。酔っているにもかかわらず、おっさんは席をたつ。おっさん、中々いところある。
 梅雨入りが発表されたある日、小林係長が朝から騒いでいた。フロアの全員に向かって叫んでいた。
「盗難だ。この中に絶対に犯人がいる」
同僚女性の話によると、小林係長の財布がなくなったのだ。あいにく当日は、おっさんは出張していて不在だった。
会社には絶対に外部の人が入れないから内部の犯行だと小林係長はいうのだ。警察を呼ぶとまで言われ、必死にみんなで止めていた。小林係長は当日の昼過ぎまで騒いでいた。会社のみんなも疑心暗鬼になって、とたんにその日は会社の雰囲気が悪くなった。
 そんなことがあって二日後、一本の電話があった。たまたまその電話は私がとった。
電話の相手は一方的に自分の要件を言った。「調布警察署のものですが、お宅に小林さんという方はいらっしゃいますか。実は財布が調布の居酒屋のトイレに落ちていたという届け出がありました。ご本人様はいらっしゃいますか」という電話だった。
その電話を取った小林係長は、何度も頭を下げていた。
そのことを同僚の女性に話をしたら、「小林係長、奥さんにこっぴどくやられるみたいで必死だったみたい」と言っていた。
 翌日、私は頭に来ていたので、出社したおっさんにいいつけてやった。それを聞いたおっさん、普段は感情的にならないのに、顔を赤くして、手が震えていた。
おっさんは、小林係長を会議室に呼んだ。
おっさんのすごい怒鳴り声「聞こえないのか小林さん、みんなに謝れ、それができなければ、お前はクビだ」と聞こえてきた。
 その翌日から、体調不良という理由で小林係長は会社に出社しなくなった。おっさんは何もなかったように、仕事をしていた。
 一週間後小林係長が出社したその朝、おっさんはまた、大きい声を出した。
「小林さん、私は部下の人を信用しています。その部下の人を泥棒よばわりし、結果誰も犯人ではなかった。そのことがわかった時、あなたは謝るべきだったと思います」
おっさんは声が詰まっていた。しばしの沈黙の後、「しかし、人生の後輩としてあなたに偉そうなことを言いました。申し訳ございませんでした。しかし小林さん、あなたのことを心配していました」おっさんいきなり、大粒の涙を流していた。小林係長も下を向いて泣いた。私も思わず、うるっとしてしまった。
 それから、明らかに小林係長の態度に変化が見られた。
 私も少しづつ自分の変化に気がついた。おっさんの事が気になってしょうがないのだ。とうとう夢にまで出てきた。
会社の中でも時々おっさんの方に目が向いてしまう。会社の女性からも何だか、会社に来るのが楽しそうだねと言われる始末、「あーあ、とうとう私は恋をしてしまったのか、しかも12歳も年上のおっさん」に。
 その恋がかなうようにと夏のある日に深大寺に再び出かけた。
お正月と違い、深大寺は時間がゆっくりと動いているように感じた。境内をゆっくりと散策する。本堂で「おっさんとの恋がかないますように」と私は心よりお願いしていた。
今度は足を踏まれることもなかった。もちろんお賽銭は45円だ。その後、おみくじを引いたらなんと大吉、待ち人すぐ来ると書いてあった。
なんだか気持ちがよくなったし、ちょうどお昼過ぎだったので、深大寺の中にあるそば屋に入った。今日は少し奮発をして、天ぷらそばを注文、そばをいただいた。さすが本場の深大寺そばはおいしい。今日は大満足と思い、会計をしようと立ち上がろうとした時に「水川さん」と声が聞こえた。声がする方向を向いたら、ポロシャツ姿のおっさんがいた。待ち人はすぐに来た。
おっさん、私の前に座りお酒と板わさを頼んで言った。「偶然だなあ、深大寺で会えるとは。実は毎週日曜日、深大寺には来るんだよ。色々な思い出があってね。水川さんもよくくるの」
あまりに急なことで私は黙ってしまった。
「ここで飲むお酒もおいしい」とおっさん独り言、おっさん、そばも注文した。そのタイミングで私も思い切って言ってみた。
「その思い出の話、少しづつで良いので、聞かせてもらってもよいですか」と。
不思議そうな顔をしたおっさん、お酒のせいで赤くなった顔をして考えていたが「会社ではなく、この深大寺の中であれば」と言ってくれた。
 会計の時、自分の分のお金を出そうとしたが、おっさんに「お正月の時に足を踏んだお詫びにおごってあげる」と言われた。
おっさん覚えていたんだ、心の中は「よーし頑張ろう」とうれしさでいっぱいとなった。

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<著者紹介>
高尾 幸司朗 (神奈川県相模原市/47歳/男性/会社員)

 あの日、「彩音ちゃんに許してもらえるまで待とう」と言った涼子は今にも泣き出しそうだった。思えばあの瞬間にはもう終わっていたのかもしれない。ただ、今と同じで気がつかない振りをしてきただけで。
「もう、お父さんってば。聞いてんの?」
 大きな声で健治は我に返る。夕食を食べているうちに物思いに沈んでいたらしい。食卓の向かいで娘の彩音が呆れた顔をしている。
「さっきからずっと、土曜日に何か予定はあるのかって訊いてたんだけど」
「土曜日って明日のことか?」訊き返すと、彩音がどこか緊張した面持ちで頷く。
 以前涼子と毎週土曜日に会う約束をしていたのを知っているのだ。健治が首を横に振ると、彩音の頬がほっと緩んだ。
「よかった。あたし、行きたい所があるんだ」
 彩音はいそいそと仏壇へ向かい、供えてあった紙を健治に差し出す。
 雑誌の切り抜きだろうか。深大寺と大書された文字と寺の写真が赤い丸で囲まれている。お参りねぇ、と健治は呟いた。珍しいことを言い出したものだ。妻を亡くして以来、二人にとって寺は法事で訪れる場所でしかなかったのに。
 しかしどうせお参りするなら学業成就の御利益がある所の方がいいのではないか。来年は彩音も高校生になるのだし。健治がそう口に出したとたん、彩音の声が尖る。
「うるさいなぁ。いいの、そういうのは」
「でもな、御利益はそれぞれ違うんだぞ」
 そもそも深大寺の御利益は何なんだ。健治が言いかけるのを遮って、彩音が一際大きな声を出した。
「美味しいお蕎麦屋さんがあるんだって!」
 予想外の返事に言葉が宙に浮く。蕎麦屋?
「そういうことだから、決まりね」彩音は一方的に宣言すると、食卓の皿を片付けにさっさと姿を消してしまった。
 
 バスが左に曲がると、突然緑に抱かれた広い空間が現れた。
「こんなに賑やかなお寺もあるんだねぇ」隣で彩音が目を見開いている。つられて健治も窓の外を覗くと、門前にいくつも店が連なっているのが見えた。確かに普段法事で世話になる寺とは雰囲気がだいぶ違う。彩音に引きずられるようにやってきたが、寺にも色々あることを教えてやれたのはよかったかもしれない。
 バスを降りて広い参道を抜けると、茅葺の大きな門の前に出た。
「三百年も前の山門なんだって」
 彩音が駅でもらった散策図を見て言う。見上げれば柱の朱色が初夏の緑に溶けて美しい。   
 その優しい色合は健治に涼子の口紅を思いださせる。
 淡く柔らかな色は涼子の色白な肌によく似合った。しかし初めて涼子と顔を合わせたあの日、彩音はケバイと投げつけるように言うなり、部屋に籠ってしまった。あれからもうどれくらい経つだろうか、と健治はぼんやりと考える。涼子が待てないのも当然だ。
 ふいに傍らから軽い足音が立った。視線を戻すと彩音が階段を上りかけている。
「いいのか。そっちは本堂だぞ」
 呼び止める健治を彩音が怪訝そうな顔で振り返る。
「知ってるけど。それが、何?」
「おまえが用があるのは、あっちだろう」そう言って健治は指を左へ向けた。
 彩音は顔を向けてから手元の紙に目を落とす。たちまちその顔が真っ赤に染まった。
「まぁ、まず本堂からご挨拶をしようかね」固まっている彩音の肩を軽く叩いて健治は山門をくぐった。 しおしおと後をついてくる彩音の姿に、口元が笑いで緩む。
 何が美味い蕎麦屋だ。そんなに簡単に親父を騙せると思うなよ。
 左へ行った先にあるのは縁結びで有名な深沙大王堂だ。女性に人気の参拝スポットとしてネットでも紹介されている。それを隠しおおせると思うあたり、彩音もまだまだ詰めが甘い。
それにしても、と健治は思う。俺に嘘をついてまで恋愛の成就を願いたい相手とは誰なのだろう。授業参観で見かけた同級生達の顔を思い起こそうとしているうちに、ふと昨夜見た深大寺の伝承が脳裏をよぎった。
――親に引き裂かれた恋人同士を深沙大王が引き合わせたという言伝えから、深大寺は縁結びの寺として名高くなった。――
 深沙大王の前で、隣にいる父親の反対を抑えてくださいと手を合わせる彩音の姿を想像して、健治は呻く。
 まさか、俺に反対されるような男との縁を願う気なのか。
 湧きあがったのは、強い怒りだった。そんな恋が許されてたまるか。だって――。健治はそこで慌てて考えるのをやめる。その理由の先に醜い本音が見え隠れしたような気がしたのだ。違う、と健治は頭を強く振ってその醜い姿を頭から追いだす。あれは、何かの間違いだ。
 本堂でお参りを済ませた後、二人は蕎麦屋へ立ち寄った。
「このお店が美味しいんだって」
 友人の勧めだという店の暖簾をくぐりながら彩音が言う。ずいぶんと落ち着いた雰囲気の店だった。彩音と同年輩の子供が好む店とは思えない。ひょっとしたら、と健治にある推測が浮かぶ。そいつが深沙大王に頼みたい相手じゃないのか。この店を好むのならかなり年上の男だろうから、彩音が父親の反対を心配するのも不思議はない。
「その友達って、幾つなんだ」
 尋ねると彩音はそっぽを向いて、さぁ、と素っ気なく答える。しかしその耳が赤くなったのを健治は見逃さなかった。間違いない、そいつが相手だ。
 やはり許せないと感じたのは正しかったのだ。中学生とそんな年上の男の交際を認める余地はまるでない。きっと子を思う親としての直感が健治に警鐘を鳴らしていたのだろう。健治はどこかほっとしながらそう考えた。許さない理由は手に入った。これで、見えかけた醜い本音と対峙しないままで許さないと言えるのだ。しかし手に入れたのが建前の理由にすぎないことから健治は無意識に目を逸らしていた。

 深沙大王堂の前は閑散としていた。彩音は財布から考え考え五百円玉を取り出している。月の小遣いの半分の額だ。いくらなんでも高すぎる。
 小言を言う健治に彩音はあかんべえをして、硬貨をぽんと賽銭箱へ放りこんだ。
 好きな男の前では小遣いも俺の反対も問題じゃないってことか。
 苛々しながら健治も賽銭を投げる。そして手を合わせようとしたが、手がうまく合わさらない。健治は閉じた扉の向こうを睨んだ。
 俺が娘の恋路を妨げる親だからか。しかし俺の反対は理に適っている。深沙大王に口出しされる筋合いはない。そう思って無理に合掌したとき、突如醜い本音が飛びだしてきた。
――本当は理由なんてどうでもいいくせに。
 娘思いの父親という仮面を取った本音は歯を剥いて健治を嘲る。
――ただ、同じ目に合わせてやりたいだけなんだろう?
「ねぇ、絵馬を買ってきてもいい?」
 ぼうっとしながら目を開くと、彩音が見上げている。その顔はひどくすっきりとしていた。健治が頷くと彩音は勢いよく駈けだした。小さくなる靴音を背中で聞きながら健治はその場から動けないでいる。
 彩音が先に俺の恋を台無しにしたのだから、と本音が醜く笑う。その傍らで仮面は彩音のために反対してやらねば、と微笑んでいる。そしてその双方から伸ばされた手が彩音を自分と同じ所まで引きずりこもうとしていた。
 いつのまにか健治の全身を冷たい汗が流れていた。涼子とだめになったのはあくまで自分のせいだと思っていたはずなのに。これが、自分の本音なのか。
 その醜悪な姿に吐き気すら覚えるが、覚えのない感情ではなかった。あれは俺の本音だと健治は認めざるを得ない。しかし認めたからこそ、ただ呑まれるつもりはなかった。
 娘が許さないから、俺もというのは父親のすることではない。
 健治は小銭を取り出すと、まとわりつく本音を振り払うように勢いよく賽銭箱へ投げた。改めて手を合わすと、今度はすっと合う。父親として祈ることは最初から一つしかない。
 彩音が幸せになりますように。
 祈るうちに醜い笑い声は段々と小さくなり、やがて消えた。健治は静かな気持ちで手を解く。気のせいか、少し心が軽くなったような気がした。
「お父さぁん」
 参道から彩音の呼ぶ声がする。その声を愛しいとためらいなく思えることに健治は安堵する。
 参道を振り返った健治は思いもかけない光景を目にして息を呑んだ。
 彩音が絵馬を片手に走ってくる。しかし、その隣にいるのは誰だ。
「健治さん」聞きなれた声が名前を呼ぶ。その声は泣き笑いしているように震えている。
「メールアドレス、勝手に見てごめんね」
 一足先に健治の元へ辿り着いた彩音が照れくさそうに笑って絵馬を突きだす。
 そこには丁寧な文字で『二人をちゃんと応援できますように』と書いてあった。
 やっと追いついた涼子を彩音が手を広げて迎えている。屈託なく笑うその横顔が、健治にはなぜだかひどく大人びて見えた。

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<著者紹介>
静音 奏 (東京都多摩市/32歳/女性/主婦)

 割増と表示されたタクシーが三台止まっている。深夜の三鷹駅は閑散とし、ヒールの音がやけに響く。深大寺行きの臨時のバスはもう終わってしまっていた。大晦日なので騒いでいる若者でもいそうだが、街の機能は停止し、きたる来年を静かに受け入れようとしているといった雰囲気。私は一番先頭に止まるタクシーに近づき、ドアをノックした。
 リクライニングを深く下げていた運転席の男が慌てて起き上がるのとほとんど同時に、後部座席のドアが開いた。
 車内に乗り込むと、男が摘みを絞りラジオの音を小さくした。くせ毛なのか、男の髪は柔らかそうな毛先がはねている。眉毛にかかる前髪から覗く横顔は鼻筋が通っており、鋭い目をしている。タクシーの運転手にしては若いのではないだろうか。私が今まで乗ってきたタクシーがたまたま、おじさんだったのだけかもしれないが。
「今年は厄年だったんですよお、ワンちゃんは死んじゃうし、財布は落とすわ。その財布にね、十万も入っていたんですよお」
アイドルだろうか、ラジオから甘ったるいしゃべり方に続いて笑い声が続く。
 深大寺まで、と伝えると、男の返事とともにゆっくりと車が動き出した。こんな最悪な大晦日にちょっといい男のタクシーに乗れたのは、今年の災難のお返しを神様がしてくれたのだろうか。まぁこんなのでは私は納得しませんがね。神様。
 時刻は十一時三十分を回っている。車内の暖房で顔が火照る。私は首に巻いていた緑色のマフラーを外した。窓の外を流れる車道は時折車がすれ違うだけで空いている。
「年越しに間に合いますか」
 運転手の鼻に向かってくねるもみあげに話しかける。
「この時間は毎年道も空いているんで、二十分くらいあれば着くんじゃないでしょうか、お客さん、初詣に行かれるんですか」
「ええ、まあ。友人と現地で待ち合わせしているんです」
 私は嘘をついた。三十にもなった女が、一人で、大晦日に、恋愛成就を祈りに行く。言えるか、こんなださいこと。
会社の同僚と忘年会をしている時に、後輩の結花ちゃんが言った。
「鈴原さんの住んでいる所って、深大寺近いんじゃないですか」
初詣にどこに行くか、という話をしていた。深大寺は恋愛成就のお寺でもあるそうで、結花ちゃんはそこで参拝したから、今の夫と結婚できたのだそうだ。
「深大寺の初詣でお願いしたら、あれやこれやで今じゃ北原さんの妻ですもん。まあ社内っていうのが、ちょっと気まずいんですけどね。絶対おすすめです」
 少し離れた席で北原君が顔を真っ赤にして宴に興じていた。お酒はそんなに強くない。
「神様にお願いする時は、名前と住所、電話番号と勤め先など個人が特定できる情報も忘れずに伝えなきゃだめですよ。神様が自分を見つけられるようにしなきゃ」
余計なお世話だ。結婚したからなんだって言うんだ。結婚が幸せなんて、必ずしもそうじゃないよね。自分に言い聞かせるけれど、私の体の中には、寂しさが、かくれんぼをしている。奥のもっと奥の方に隠れるのに、見つけられることを本当は望んでいる。
ラジオでは先程の女が今年の災難というテーマの投稿を読んでいる。この甘ったるい話し方は、結花ちゃんを思わせる。北原君はあの女のどこが良くて選んだの。私じゃなくて。
「実は僕、深大寺の住職の息子なんです」
カッチカッチとウィンカーの音が静かに響く。信号が青に変わり体が左側に引かれる。
「坊主が似合わなくて、ほら、見てください頭の形が悪いんです。だからこうやって今はタクシーの運転手をやっているんです」
 男の後頭部を見てみても、形が悪いということが分からない。それより、住職の息子なのか、この男は。興味をそそる。
「深大寺は本当に恋愛成就のご利益があるんでしょうか」
 住職の息子なら、何か知っているんじゃないかという期待を抱いて、私は聞いた。
「成就したっていう声は届いていますよ。ただね、絶対数も相当ありますから、あれだけ多くの人が願ったらそりゃ成就する恋も出てくるでしょう。確率的に」
 至極まっとうな答えに拍子抜けする。けれど、変に神々しい返答をされるよりずっと親近感が湧いた。
「そうですよね。そんなの偶然に決まってるもん。迷信ですよね」
 私は言った後にしまったと思った。仮にも男は住職の息子だ。無礼にあたるだろうか。
「くっつくものはくっつくし、そうじゃないものはそのままです。だって同時に二人の男が一人の女を思って願ったらどうです。恋愛成就はその時点で矛盾します」
 彼は楽しそうに笑った。どうやら私の無礼は見逃してもらえたようだ。その通りですよね、と相槌をうつ。
「そもそも、恋愛成就ができるのならば、深大寺のご利益で見事に成就した恋を、同じ深大寺のご利益で引き裂くことなんてこともできちゃいそうですよね」
 私は出来る限り冗談っぽくなるように言った。鞄の中の財布はこの日までにできるだけためた五円玉で膨らんでいる。
 結花ちゃんから深大寺の恋愛成就の話を詳しく聞きだした。日ごろから、買い物をした際にはおつりで五円玉をもらえるよう心掛ける。大晦日の深夜から深大寺に行き、年越しと共に祈祷する。その際に貯めた五円玉を賽銭箱に奉納する。結花ちゃんが行った参拝はこんな感じだった。
私は結花ちゃんと同じことをする。結花ちゃんの願いを打ち消すために。北原君を奪い返すために。
「ちらほら参拝者が目立ち始めましたね。もうすぐ着きますよ」
 暗闇の中を家族だろうか、子供づれの男女が歩いている。私は助手席の前にあるネームプレートに目がとまる。三島由紀雄。
「運転手さん、ミシマユキオって言うんですか」
私は思わず聞いてしまう。字は違うものの、私でも知っているあの文豪と同じ名前だ。
「ええ、そうなんです。乗車された方は同じように驚いていただけます。面白いでしょう。文才のかけらも無い、ミシマユキオです。学生の頃は迷惑でしたよ。僕が国語の成績が悪いと人一倍笑いものですから」
 三島由紀雄が頭をかきながら言う姿に思わず、にやついてしまう。辺りはまるで山奥に来たかのように暗くなり始める。それに比例して歩道を歩く参拝者の影も多くなってきた。
「ずばり、神様はいるのでしょうか」
 ハザードランプを点滅させながら車が減速した。路肩にゆっくりと止まる。
「さぁ、皆目見当がつきません。ただ、大晦日の夜に美人とドライブできたので、あるいは、いるのかもしれません」
 三島由紀雄は初めて後ろを振り返り、照れくさそうに乗車料金を告げた。
「お口が上手ですね」そう言いながら、少し照れている自分がいた。私は降りる寸前に後部座席のドアポケットにこっそり五円玉を入れた。住職の息子だ。何かご利益があるかもしれない。
タクシーを降りて深大寺に向かって歩き始めようとすると、助手席の窓をあけて三島由紀雄が顔をだした。
「あの......」何かを言いかけたと思うと、くしゃっと笑う。
「住職の息子と言うのは嘘です。またお会いしましょう。良いお年を」
 タクシーは走り出した後、しばらくハザードランプを点灯させていた。何のための嘘なのか、さっぱり分らなかった。
 深大寺の敷地に入ると沢山の人でごったがえしている。屋台が軒を連ねお祭り騒ぎ。小さい子たちが林檎飴をほおばりながら歩いている。時代錯誤な雰囲気を感じる。
「あと十分で今年も終わっちゃうね」
隣を歩く男女二人が話している声を聞いて、腕時計に目をやると、十一時五十分を回っている。入口にある地図で本堂の場所を確認し、足早に向かった。
 本堂は大行列だ。山門のはるか後ろまで人、人、人。家族、カップル、若者のグループ。様々な人の群れが大蛇のように伸びている。この中に私のように一人で、誰かの不幸を望みに来ている者はどれくらいいるのだろうかと見渡してみる。夜店の明かりや、照明に照らされた人々の顔を見てゾッとする。なんだ、みんな優しい顔をしている。私だけなのではないか。北原君と結花ちゃんの破局を願いに来たような愚劣なものは。私は急に恥ずかしくなり、大行列には加わらずに行列をかき分けて通り過ぎた。誰にも見られたくない、こんな姿。元三大師堂を横目に脇にある坂道を上る。上に行くにしたがって暗闇が増す。上りきると神代植物公園入口と書かれた看板があった。その先を進むと黒い柵が現れる。私はそこに並ぶベンチに腰を下ろした。
 ゴーン。
 暗闇の中を除夜の鐘が響き渡る。体の芯をゆするような感覚を覚える。出直して来い。そう鐘に言われているようだ。暗闇の中に座る私は、誰かに見つけられることを望んでいる。
チカチカと光るハザードランプが残像のように頭に残っている。首元がやけに冷えることに気がついた。マフラーがない。
 三島由紀雄か。マフラーを探し出すのはそう難しくなさそうだ。
 遠くで歓声が聞こえる。年が明けた。
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<著者紹介>
吉田 塁 (東京都武蔵野市/26歳/男性/会社員)

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