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<第一回応募作品>『愛の深み』著者:伏田幸

   再訪
 尊敬する恩師が、東京都調布市で暮らしていることを人伝に聞き、特段、恩師の自宅を訪問する訳でもないが、伊藤昭彦は思い出深い調布の町を訪問することにした。
 五十歳になっている昭彦にとって調布市は、四回目の訪問でもあり、過去の三回の訪問それぞれが劇的であった。
 深大寺周辺の町並みの中で、お土産店が集中している辺りを一回りして、昭彦は昼食をとるため、古風で風情のあるそば屋に入って、過去の思い出に一人耽けていた。
   悲恋
 昭彦が学生時代に交際していた恵理子は東京都調布市出身で、大阪で下宿をしていた。部活は軟式庭球部に入っていた。
 昭彦は剣道部の副主将として、剣道の修練に明け暮れていた。そんな折り、学園祭に庭球部と剣道部が合同で、模擬店として喫茶店を出すことが決まった。
 硬派の昭彦にとって模擬店のことは、不本意なことであったが、剣道部の副主将の立場から実行委員の一人として、模擬店の運営にあたっていた。その時に庭球部から、同じ運営委員として恵理子が来ていた。
 美人で控えめな姿勢で、聞き上手な恵理子に、伊藤は一目惚れした。来る日も来る日も恵理子のことを考え、学園祭の模擬店の打ち上げのさい、必死の思いで恵理子に愛の告白をし、受け入れられた。
 伊藤は涙が出るくらいうれしかった。その後交際が進み、恵理子の案内で恵理子の故郷の調布の町を案内してもらい、深大寺周辺を歩き続けた。伊藤はとてもうれしかった。ただ恵理子と一緒に歩けるだけで、幸せを感じていた。
 伊藤は無事、大学を卒業して、就職が決まったなら、恵理子に結婚を申し込みたいと、密かに心に決めていた。
 青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。伊藤が剣道部の夏合宿で信州に行っている間に、恵理子は故郷の調布で盲腸のため腹痛を起こし、急遽病院に入院したものの腹膜炎を併発し、逝ってしまったのであった。
 そのことを合宿所で、人伝に聞いた昭彦は俄には、信じられなかった。昭彦は恵理子の葬儀に間に合わず、恵理子の実家で遺骨の前でただただ、涙を堪えてうな垂れることしかできなかった。
 昭彦は大阪の実家に戻った夜、悲しみが込みあげ、泣きに泣いた。朝まで一睡もせずに涙が枯れ果てるまで泣き続けた。恵理子と一緒に歩いた深大寺と恵理子の遺骨の前で涙を堪えながらうな垂れるさまは、昭彦にとって天国と地獄の深大寺であった。
   隙間
 大学卒業後、大阪の中堅商社に就職した昭彦は、同じ会社に就職してきた章子と出会い、恋愛結婚をした。至宝にも恵まれ、二児の父親となった。
 子供が小学校の高学年になり、その教育方針の相違により、夫婦は倦怠期に陥った。そんなときに昭彦は、ふっと魔が刺し、携帯サイトで京都の西京極に住む、薬剤師の美智子という未亡人と出会った。理知的な匂いのする美人の美智子は偶然にも恵理子と同じ東京都の調布の生まれであった。
 美智子との交際が進み、大阪北の阪急ファイブの赤い大型観覧車の中でキスを繰り返した二人は、その夜、北新地のホテルで激しく抱き合い結ばれた。
 美智子との親密な交際が進み、妻の章子と別れる覚悟を決め、美智子との再婚に向けて、美智子の実家のある調布を訪れることになり、深大寺で愛を確かめあった。
 運命のいたずらとは、このこと言うのであろう。京都に戻った美智子は勤務する病院へ向かうさい、大型のダンプカーと衝突事故を起こし亡くなってしまった。
 昭彦は美智子が亡くなる前夜、別居中の妻の章子の夢を見た。お寺が炎にまみれる中、その本堂で身動きひとつせず、カッと目を見開いて、閻魔大王のごとく顔を真っ赤にして、正座している妻の姿を・・・
 冷や汗が背中全体に流れ、青ざめるる中、昭彦は悪夢から目覚めた。そのときには、昭彦は妻の章子の真意を図ることはできなかった。
   真実の愛
 昭彦は美智子の葬儀が終わってからも、暫くは放心状態になり、鬱状態に陥った。入院を余儀なくされた明彦を救ってくれたのは、意外にも別居中の妻の章子であった。
 倦怠期から憎しみさえ覚える妻と夫であったが、昭彦の病をとおして、二人の愛は戻った。心の底では二人の愛は繋がっていたのであろう。
 その後、妻の章子と縒りが戻り、家族は一つになった。
   悟り
 深大寺のそば屋では、ざる蕎麦を食べ終え、煙草を一服吸った昭彦は、精算をした後、そば屋を後にしていた。
 尊敬する恩師の住まれる調布は、昭彦にとっては、たいへん思い出深き町であった。
 「人生はなるようにしか、ならないものなのか・・・」
 これで良かったのだと、昭彦は自分自身に言い聞かせていた。
 昭彦の独り言を突風が巻き込んでいった。

伏田 幸(大阪府阿倍野区/52歳/男性/学校職員)

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