「え?また行ってきたの?」
「だって恋愛運アップにいいってテレビでやっていたもん」
と2杯目のジョッキを空けた。手当たり次第にパワースポットと呼ばれるところに行く友人のアヤは、今のところまだ効果は出てないようだった。
「そう言えば、深大寺って聞いたことある?縁結びのお寺だって、行ってみない?この間もあんたの彼氏、浮気していたよね!あんな男やめやめ!ホント見てられないよ!」
アヤが乱暴にジョッキを置いた。私のことを「あんた」呼ばわりする時は酔っぱらっている証拠だけれど、言っていることは正論だった。
付き合っていた私の彼は、半ば当たり前のように浮気をしていて、それを許している私の感覚も麻痺をしていた。アヤの言うとおり気分転換も必要だなと深大寺へ行くことにした。

深大寺に降りると東京とは思えないほど緑の青々した匂いと涼やかな風が吹いていた。参道を歩いていくと茅葺き造りの山門が見えてきた。山門をくぐり、まず本堂へと足を運び、さっそく縁結びの神様にお参りをすませた。境内には今でも撞いている鐘楼や、さすがそば処と思えるそば守観音があり、とても落ち着く空間だった。デジカメを鞄から取り出し、シャッターを切っていたら、
「私も写真撮って」
とアヤがちゃっかりポーズを決め、こちらを見ていた。レンズを向けると
「撮りましょうか?」
背後から突然声がした。振り返ると一眼レフのカメラを持った若い男性が手を差し出していた。その笑顔に懐かしさを覚えながらも
「じゃあすいません、お願いします」
デジカメを渡し、アヤの方へと駆け寄った。
「じゃ撮りますよ、はい、オッケー」
「ありがとうございます」
「可愛く撮れましたよ」
カメラマンの彼はデジカメを返すと、
「僕のカメラでも一枚撮らせてくれないかな」
突然のカメラマンの彼からの申し出に、戸惑いながらも私とアヤはそのままカメラ前に立った。
「ありがとう、じゃまた」
右手で持ったカメラを軽く上げ、会釈をして去って行った。じゃまたの言葉に一瞬ドキリとしたが、それをかき消すようにアヤが、
「ちょっぴり照れちゃうよね、私達モデルみたいだったね。でも見た?笑うと目がなくなっちゃって、かわいいー。もしかして縁結びの効果が出たって感じ?」
冗談交じりに私の肩を強く叩き、隣の元三大師堂の方へと歩いて行った。
「おみくじやろうよ、ここの元三大師って、おみくじを最初に作ったって、ほら書いてある」
アヤが手招きをして、説明の書いてある看板を指差した。私たちは元三大師堂の階段を上がり、手を合わせ、まず、私からおみくじを振った。渡されたくじをみると「凶」だった。せっかく新しい出会いがあったかと思ったが一気に目が覚め、おみくじを結びに階段を下りた。おみくじを結んでいるとアヤが満面の笑みで駆け寄ってきた。小声で大吉だったよと報告してきた。よほど嬉しかったのかそれからずっとおみくじやパワースポットの話をしていた。
 お腹の空いた私達は参道沿いにある蕎麦屋の暖簾をくぐった。そこは、赤い布の敷かれた縁側の席や、ちょっとした竹やぶがあったりして雰囲気がとてもよく居心地のいいお店だった。お蕎麦の啜る音とアヤの話をBGMに、さっきの懐かしさを感じた笑顔と「じゃまた」の言葉の意味をずっと探していた。

彼の携帯が鳴り着信を見ると、また女の名前だった。タバコを買いに出た彼は五分もすると帰ってきた。タバコに火を点け、着信を知らせる光に気づいた彼は携帯を持ってベランダへ出た。ガラス越しに見る彼は、付き合い始めの頃の活き活きとした笑顔をしていた。私は黙って灰皿を渡し、そっと家を出た。
ちょうど深大寺行きのバスが目の前に来たので思わず乗った。バスを降りると、前と変わらず緑の匂いが私を迎えてくれた。きっと青々した新鮮な緑と澄んだ空気が、汚れて見えた彼の姿を浄化してくれるような気がした。  
深大寺で手を合わせると心の重みがスッと取れ、軽くなったような気がした。急にのどが渇いた私は蕎麦屋に入り、ビールを一気に流し込んだ。
「いい飲みっぷりだね、おねえさん。やっぱり、君だったね」
不意に肩をポンっと叩かれた。振り向くとあの時のカメラマンの彼がいた。
「また会ったね、今日はひとりなの?ここいい?」
私の目の前の席を指差し、同じテーブルに座った。本当にまた会ったという偶然にドキドキした。
「あの、この間はありがとうございました。とってもよく撮れていました。今日も深大寺へ?」
「深大寺の雰囲気が田舎育ちの僕には落ち着くし、近くの植物園も色々な花や草花があって、たまに来ては写真撮っているのさ。」
初めてふたりで乾杯をした。
「今日は何か撮りました?」
「まだ、今日はちょっとしか撮ってないけど」
少し照れながら一眼レフの大きなカメラを手渡した。液晶モニターに映し出されている画を1枚一枚見ていくと、花や木々の中に交じって1枚だけ私とアヤの写真があった。
「あの時の写真、きれいに撮れているでしょ?普段、人物って撮らないけど、楽しそうな君たちを見ていたら、つい、ね」
照れながら両肩を小さく上げ笑った。
「そういえば、あのあとどこか行ったの?」
「お蕎麦屋さんへ行ったくらいで。植物園は時間がなくて行けませんでした」
それから友人のアヤのことをネタに、いつも聞き役の私が、飲み進んだアルコールと再会したカメラマンの彼の存在とで、完全にテンションが上がり饒舌に話をしていた。
「じゃあ、植物園にこれから行くところだったから一緒にどう?」
残ったビールを一気に飲み干して店を出た。それから歩いて五分ほどで神代植物公園に着いた。入園券を手にすると、初めて見るパンパスグラスの写真に、生まれ育った田舎の秋の風景を思い出していた。
「あっそれ、パンパスグラスって言ってね。ススキの大きいバージョンみたいなもので、秋は夕焼けに映えてきれいだよ。まだ今は六月だからヤマアラシみたいだけどね」
カメラを持った彼は、先へと歩いて行った。木漏れ日が射す園内とシャッター音が心地よく、酔い冷ましには気持ちがよかった。背の高い木々に囲まれた先に、広い芝生広場が見えてきた。芝生広場の真ん中にヤマアラシのような塊があった。もしかしてあれがパンパスグラスなのかなと思わず駆けだしたら、酔いのせいで足がもつれ、おもいっきり転んだ。一瞬の出来事に茫然としていたら、
「大丈夫?」
カメラマンの彼は駆け寄って、私の顔を覗き込んでいた。
「あっ、だ、大丈夫です、久住先輩...」
転んだ衝撃で思わず口から出た名前は、一瞬にして過去の思い出の扉が開いた。憧れの久住先輩の背中を友達と追っていたこと、放課後、毎日教室からグランドにいる久住先輩を見つめていたこと、学校の廊下で、突然目の前に現れた久住先輩におもいっきりぶつかって教科書をぶちまけたこと。
「やっぱり君だったね、何となく見たことがあるような気がしていて。改めまして久住です」
急にかしこまって握手をするように手を出し、私の手を引っ張り上げた。
「今の転び方で僕も思い出したよ、こちらこそあの時はごめんね」
「先輩、覚えていたのですか?」
「あの時、しばらく青タンが消えなかったからね」
と笑いながら、ひっくり返った私の鞄の中身を拾ってくれていた。目の前にいる憧れの先輩と酔っ払いの自分が急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして謝った。それからは距離が一気に縮まり、お互い話がつきなかった。彼の懐かしい笑顔とともに。

 旦那は、相変わらず一眼レフのカメラで花や草木を撮っている。パンパスグラスの前に来ると、あわてて私の手を取る。
「ここで転んだらお腹の子がびっくりしちゃうだろ」
繋いだ手を強く握り笑った。
「今度、アヤの結婚式、何を着て行こうかな」

次はアヤと深大寺にまた来よう、縁結びの神様にお礼を言いに。

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<著者紹介>
桜井 あや(神奈川県川崎市/37歳/女性)

 あと一月程で咲き始めるだろう桜の木の下で、私は涙を流している。時折り微笑みながら。
 私が実家を出てからもう二十年になる。とにかく早く家を出たかった私は、高校卒業と同時に一人暮らしを始めた。私が家を出ると打ち明けたとき、父はしぶしぶ認め、数年前に父が再婚した義理の母は「寂しくなるわね」と言いながらも嬉しそうだった。同居していた祖母はとても悲しんでいた。
 父が再婚したい人がいると家にまりこという人を連れてきた時、私と祖母の安穏な生活は終わった。記憶の中でかすかに残っている優しい母の雰囲気と全くかけ離れていたまりこという人は、派手な化粧に派手な服装でいきなり台所に入ってお茶を入れだした。私も祖母もよその家にお邪魔したような居心地の悪さだった。それから数日したある日、家の居間は原色で圧迫感のある家具に占領され、今まで馴染んだ、地味だけれど使い勝手の良い家具達は処分されてしまっていた。それを知った時、私は、家を出ることを心に決めた。
 家を出た当初は、心細いのと、肩身の狭い想いをしている祖母が心配なのとで、週に一度は実家に足を運んだ。私が帰る日を祖母はとても楽しみにしていたようで、いつもお菓子を作って待っていてくれた。 
しかし、社会に出てからは、実家に行くのが月に一回になり、半年に一回になり、電車で5駅しか離れていないのに、いつしか実家が遠い場所になってしまっていた。私を待っている祖母の顔が心に浮かぶ度に、それを心の奥へ押し込んで過ごしていた。
元日の朝に父から電話があり、いつ帰って来るのか聞かれ、祖母の症状がまた少し進行したことを知った。
祖母は数年前から認知症の症状が出だした。昨年の正月に帰った時は、杖をつきながらも嬉しそうな顔で玄関まで出迎えてくれた。
「待ってたのよ、えっと......」
と私の名前がすぐには出てこなかった。
 かなり遅い冬休みを取って、私は一年振りに実家に来た。インターホンを押すと父が出迎えてくれた。少し奥を覗いてみるが、父の他に誰も出ては来なかった。代わりに聞こえてきたのは
「はい、右足上げて。ほら、こっちの足。ちゃんと上げないとおしめはけないでしょ」
という甲高い声と、つぶやくように
「すいませんね、こんなことしていただいて」
と言う懐かしい祖母の声だった。私が奥の祖母の部屋へ行くと
「あら、ようこそ。お母さん、紀子ちゃんよ」と祖母のズボンを上げながらまりこさんが祖母に教えた。
「紀子さんですか、よくいらしてくれました。ゆっくりしていってくださいね」
とお辞儀をして、祖母はベッドに横になってしまった。
「お休み取れたの?お母さん、少し前から風邪引いちゃってね。最近ずっと寝てるのよ」
まりこさんは以前より少し地味になっていた。
「お母さん、おしっこしたい時は横についてるボタンを押すのよ、いい?」
と祖母の下着をかかえてまりこさんは部屋を出て行った。こうなった祖母の世話をしてくれるのはありがたいとは思った。けれど、私はあらゆることが悔しかった。
 私は祖母の部屋を見渡した。去年来た時よりも箪笥の上の祖父の写真が増えていた。祖母はこの部屋で寂しい毎日を送っていたのかと思うと自分が不甲斐なかった。私は写真に近づき祖父の顔をじっと見つめた。
「おじいちゃん、会いたかったな。どんな人だったのかな」
私が生まれる前に死んでしまった祖父のことを考えていると
「紀子ちゃん」
と祖母がこちらを見て言った。
「おばあちゃん、わかる?紀子よ。ただいま」
やはり、祖母は嬉しそうな顔になった。記憶が戻ったり無くなったりしているのだろう。
祖母は震える人差指で空間を指した。祖母の指先を辿ると、箪笥の上の一枚の写真を指していた。それは若き日の祖母と祖父が満開の桜の下で寄り添って映っている写真だった。
「この写真が見たいの?」
祖母は笑ったまま写真を見つめている。
「ここに行きたいの?」
私が聞くと、祖母は深くこくりとうなずいた。写真の裏には[昭和二三年四月二日 深大寺]と書いてあった。深大寺。ここからはバスで数駅の距離だが、果たして歩くのもやっとの祖母が行けるだろうか?
「今日はもう遅いから明日車椅子で行こうね」
私が言うと祖母は少女のような笑顔になった。
 翌朝、祖母の風邪は悪化していてとても連れ出せる状態ではなかった。祖母は
「桜を見てきて」
と深大寺の写真を私に渡して言った。こんな時期に桜なんて咲いている訳がない。けれど
「わかった。見てくるね」
と言って私は深大寺へ一人で向かった。バスを降りて、木々に誘われるように奥へ奥へ歩いて行く。さすがに今日みたいな寒い日は誰もいないだろうと思っていたが、少し先に男性が一人木にもたれて本を読んでいた。私が少しじろじろ見てしまったからか
「こんにちは」
と男性が挨拶してきた。私は慌てて
「あ、こんにちは」
と言った。目が会った時にドキッとした。その男性はとても優しい目をしていた。
「お参りですか?」
木から離れて男性が聞いてきた。
「いえ、祖母と一緒に来る予定だったんですけど、一人で散歩です」
「散歩ですか。僕は人を待っているのですが、まだ来そうにないのでご一緒していいですか?」
突然の誘いにびっくりしたはずなのに
「はい」
と口が勝手に言っていた。男性と並んで歩いていると不思議と安心した気分になった。
「ここはね、春になると道いっぱいに桜が咲いてそれは見事ですよ。僕の恋人はね、桜の散る頃が一番好きなんです。風が吹くと空全部が桜色になって自分に降り注いでくるって、それはもう楽しそうに笑うんですよ」
「待っているのはその恋人ですか?」
「はい。僕がいつも待ちぼうけです」
と男性は穏やかに笑った。
「桜色の空か。散っていく桜ってなんだか悲しいなと思っていたけど、次からは明るい気持ちになれそう」
「ええ。僕達の子供も、そのまた子供もこの桜を見て明るい気持ちになって欲しいな」
私達は赤い門の下の石段に腰を下ろした。真冬なのに、私達のいる場所だけは春のように暖かい気がした。何だろうこの懐かしさは。 
 その後私達は透き通ってきらきらした水の流れる川沿いを歩いて元の場所に戻ってきた。
「じゃあ、僕はもう少しここで待っています。とても楽しい散歩でした、ありがとう」
と男性は手を差し出した。私はその手を握り
「近々祖母とまた来ようと思います。ありがとうございました」
と言って別れた。
 家に帰ると家中がバタバタしていた。祖母は肺炎を起こして予断を許さない状態だということだった。私は何が何だかわからないまま祖母に話しかけた。
「おばあちゃん、深大寺行こうよ。春になると桜が降って来るんだって。行きたいんでしょ?元気になってよ、おばあちゃん」
祖母は目を閉じたまま苦しそうに息をしているだけだった。私は泣きながら写真を見た。祖母のきらきらした笑顔。そして、横にいる優しそうな目をした祖父。そういえば今日出会った男性はこんな目をしていた。私は男性の手の温もりを思い出していた。
 朝になっていた。祖母のベッドの脇で目を覚ました。祖母は昨日とはうって変わって安らかな顔になっていた。容体が良くなったのかと思ったが、しばらくして私は急いで父とまりこさんを呼びに行った。私には、祖母の最期だとはっきりとわかった。祖母の息は先ほどよりも深いものになっていった。
「行ってくる!」
そう言って私は慌てて家を飛び出し、昨日の場所に向かった。やっぱりいた!昨日散歩した男性が、写真で見た若き日の祖父が木の下に。そして私の後ろから
「ごめんなさい、遅くなって」
と走って来る女性に向かって笑顔で手を振った。その女性はあの写真の祖母だった。祖父が私に気づき
「やあ、僕の待ち人がやっときたよ」
と笑いながら言った。いつの間にか私達の周りは満開の桜で、風が吹く度にひらひらと花びらが降ってきた。桜吹雪の中で両手を広げた祖母が嬉しそうにくるくると回っている。
「さあ、そろそろ行こうか」
祖父が祖母に言った。祖母は祖父の手を取り桜色の中を歩いて行く。私は言いたいことが沢山あるのに言葉が出なかった。体が動かなかった。すると、遠くから祖母が走ってきて
「何故だかわからないけれど、あなたにどうしても言わなきゃいけない気がしたの。人は出会って別れるものよ。あなたはこれからあなたの人生を笑顔で送ってちょうだい。私はそれを心から願うわ」
と私を軽く抱きしめて祖父の元へ走って行った。祖父としっかり手をつないだ祖母はこちらを振り返り
「もう泣かないで。私は今とても幸せなのよ。ありがとう」
と言ってきらきらした笑顔で手を振り、祖父と並んで歩いて行った。

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<著者紹介>
藤原 尚(東京都三鷹市/34歳/女性/自由業)

 気晴らしがてらに植物園を散歩したあと、深大寺の前まで足を運ぶ私は、いつもそこで立ち止まり躊躇う。なぜ躊躇うか? 答えは簡単、私が不純な女だからだ。神仏を目の前にして、こんな不純な心を曝け出していいものだろうかという思いが、どうしても私の足を留まらせるのだ。
 私は現在、大学四回生。そして、まだ学生であるにも関わらず、結婚願望が非常に強い。本来の私の人生設計では、三回生になるまでに素敵な人を見つけて、卒業までの期間愛を育み、卒業後夢の結婚を果たすはずだったのだが、人生そんなに甘くはないと痛感した。
 三回生になるまでは勉強で手一杯で、残念ながら、私には恋人ができなかったのだ。ただ、四回生になった今も恋人がいないかと訊かれると、答えはノーである。そう、めでたいことに現在私には恋人がいる。しかも、更にめでたいことだと言えるのだろうか、その数は「一」ではなく「三」なのだ。つまり私は、両手にも余る三股をかけてしまっているということになる。
 これは言い訳になるのかもしれないが、そんなことになってしまっているのには、きちんと理由がある。
 まず一人目の彼は、趣味が同じで楽しい彼なのだが、プライドが高いせいか毎日喧嘩になり精神的に疲れてしまう男。別の一人は穏やかで優しい彼なのだが、浪費家な上にひどく頼りなく先行きが心配だ。残る一人は尊敬できるしっかり者の彼なのだが、自分の時間ばかりを大切にするので疎遠気味になり、私は寂しく感じてしまう。
 何が言いたいのかというと、要はみんな同じ程度に一長一短なのだ。だから私の気持も中途半端で煮え切らない。その結果、気づけば恋人が増えてしまっている事態に......。
 勿論、私自身がしっかりしていれば、三股なんて結果になっていないことは承知しているし、人のことを評価できるほど、自分ができた女ではないこともわかっている。そんな足が宙に浮いたようなことをしている場合ではないことも理解している。私はさっさと一人に絞って将来に向けてきちんと交際を続けていかねばならないはずなのだ。それなのに私は一体誰を選べば良いのかわからず、途方に暮れている次第なのだ。
 そこで、縁結びで有名な深大寺にお参りしようと思ったのだが、よくよく考えると、こんな不純なことをしている女の、「一番良い人と結ばれますように」という願いなんて聞き入れてもらえるはずがない。だからこそ、私の足は止まる。深大寺の入り口で動けぬまま、私はじっと立ち尽くしてしまうのだ。
 そうこう考えていた時。少し離れたところから、見たことのある男がこちらに向かって歩いて来るのに気づいた。私はすぐにそれが誰かわかった。同じ大学に通う石田という男で、私が苦手とする物静かで堅物なイメージの男だ。私は鉢合わせになるのが嫌で、慌てて寺の中に入り、木の陰に身を隠した。
 石田は私に気づかず寺の中に入り、まっすぐに本堂へと向かった。私は見つからなかったことに、ほっと胸を撫で下ろしたが、いつの間にか深大寺に入ってしまっている自分に気づき苦笑した。だが、せっかく入ったのだから、もう割り切ってお参りをして帰ろうと決めた。聞き入れられないならそれでもいい、なるようになるだろうと。それに、なぜ石田がここに来たのか気になるのもあったのだ。私は、興味津々に後をつけてみることにした。
 本堂で手を合わせた石田をじっと観察していた私は、次の石田の行動に驚かされてしまった。なんと石田は、思いつめたような真剣な表情で、縁結びのお守りを購入し始めたのだ。
それを見て私は内心笑った。あの堅物で薬品の研究ばかりしている石田も、恋愛に強い憧れや想いを抱いているのだとわかると、何だか可愛らしく感じられたのだ。
確か石田には恋人はいなかったはずだ。大学内で女性と会話を交わしているところを見ることも殆どないくらいだ。きっと「恋人ができますように」とでも願を掛けに来たのだろう。石田はそのまま、澄ました顔で深大寺から出ていってしまった。
 今度大学で会えば、このことを思い出して私は笑ってしまうのではないかと心配になるくらい、石田の一連の行動が意外で面白かった。あの購入したお守りを、澄ました顔で、一体どこに隠し持つのだろうと想像すると、余計に愉快になってくる。
私も石田の真似をして、同じお守りを購入することに決めた。今度大学で会った時に、さり気なく石田の前でお守りを見せたら、どんな反応をするのだろうかと考えると何だかワクワクしてしまった。
「一番私にふさわしい人と結ばれますように」ときちんとお祈りを済ませて、私は深大寺を後にした。
 小腹がすいてきたので、帰りに蕎麦でも食べようと、適当な蕎麦屋を見つけて入った。この辺りの蕎麦は美味しいので、来るとついつい食べたくなってしまうのだ。
だが、店に入り注文を終えた瞬間、私は「しまった!」と後悔した。前方の席に石田が座っていることに気づいたのだ。よりによって同じ店を選んでいたとは......。
 しかも運の悪いことに、石田が私に気づいてしまった。気まずそうに私は愛想笑いを浮かべる。それに対して石田はくすりとも笑わず、自分の座っていた席から私の席の方に移動してきた。私は慌てる。
「奇遇ですね」
硬い口調で石田が話かけてくる。
「いやぁ......ほんと偶然だね」
私は動揺を隠せないまま答える。すると、石田はじっと私の瞳を見つめてから、躊躇いがちに尋ねてきた。
「そう言えば、さっき深大寺で何をしていたんですか? 僕より先に入っていきましたよね?」
私は自分の耳を疑った。聞き間違いであって欲しいと思うほど動揺した。石田は知っていたのだ。もしかすると、私が石田の後をつけていたことまで知っているのかもしれない......。私は赤面しながら口をもごもごとさせた。
「いやあ......あの......その......お参りに......」
だが、石田は私の様子なんて気にせずに、続け様、衝撃の言葉を漏らしたのだった。
「縁結びの願掛けですか? だけど一体、何を願うのです? 三人も恋人がいるはずなのに」
途端に私は激しくむせて、慌てて茶を啜った。なぜ石田がそんなことを知っているのか。私の恋人ですら、自分が三股をかけられていることに気づいていないのに、垢の他人の石田が知る術がない。私は恐る恐る尋ねる。
「何でそのことを......?」
すると石田は初めて微笑を浮かべた。
「きちんと見ていればすぐにわかりますよ。貴方は意外と素直でわかりやすい人なんですから」
「もう......勘が良すぎだよ。どうせ、違う男といるところでも目撃したんでしょ?」
「いやまあ、それだけではないですけどね」
石田ははぐらかすように茶を啜り、
「それより、三人も恋人がいて何も不足はないでしょう。それとも、他にも恋人が欲しいのですか?」
私は首を左右に振った。
「不足だから迷ってるんだよ。誰がいいのかわからないんだ」
すると、石田は教師のように厳しい表情をした。
「わからないなら誰も選ばなければいいだけの話ですよ。迷っているようでは所詮それまでの恋愛です。貴方の課題は、誰を選ぶかではなく、きちんと三人にケジメをつけてから、自分に本当に適した人を探し出すことですよ。同時交際なんてしているのは良くありません。三人の男性にも失礼です」
私は痛いところを突かれて胃がきゅっと締め付けられた。石田の言っていることは当たっている。確かに、迷うような三人の中から一人を選び出す必要はどこにもない。私に与えられている選択肢はもっと他にもあるのだ。
「そうだね、考え直してみるよ......」
私は素直にそう答えた。私は誰かにはっきりと、そう指摘されたかったのかもしれない。私は石田に「ありがとう」とお礼を言った。
 殆ど話をしたことがなかった石田を単なる偏屈だと思っていたが、話してみれば案外まともな人間なのだと知り、少し安心した。私は叱られた子供にように、しゅんとしながら蕎麦が運ばれてくるのを待った。
「おまたせしました」
店員が持ってきた蕎麦を、私と石田は音を立てて啜った。
「美味しいですね」
「うん、美味しい」
食べながら私は、石田に質問してみる。
「ねえ、石田君は深大寺で何を願ったの?」 
間髪入れず石田は「それは内緒です」と答えた。
「えー、私には答えさせたくせに、それはズルイ! 石田君ってズルイ人だったんだね」
私は悪戯っぽく頬を膨らませて見せた。
石田は少し考えた後、
「まあ、思った以上にご利益があったということだけは確かですよ」とだけ言った。
「え?」
私はその意味を考えるのに、少々時間がかかった。いや、私の考えが合っていたのかは定かではない。だが、何となく石田が素敵に見え始めた気がしたのは確かなのだった。

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<著者紹介>
黒咲 典(大阪府岸和田市/30歳/女性/無職)

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