この度の震災の影響で紙の入手に時間がかかったこともあり、例年より少し遅れましたが、入選作品を掲載した第六集を発行する運びとなりました。
4月11日からはオンラインショップでもお求めいただけます。

先行販売として、例年通り、深大寺の山門脇にて第六集の特設ブースを設けますが、その日程が下記の通りとなりました。

4月9日(土):11時~16時
4月10日(日):11時~16時

今週末は深大寺のサクラも丁度見頃になるかと思いますし、また、深大寺近隣では4月10日に手作り市というイベントも開催されます。
→手作り市について(公式HPが開きます)

是非、新緑の深大寺に足をお運びいただければ幸いです。

 雨降りの深大寺通りは、いつもに増していよいよ鬱蒼として、降る雨が地面を掘りかえす匂いがむっとするぐらいだった。
 蕎麦屋が軒を並べる道沿いの歩道を歩く真希の傘は白い花柄で、通り過ぎる人がみな一瞬はっとするほどの鮮やかさであった。
真希はこの傘がとても気に入っていた。
吉祥寺の専門店で買ったものだったが、値段は真希の予算を大幅に越えていた。いつどこに忘れてきてしまうかも知れない傘に支払う金額にしては多すぎると、少し躊躇した。そのぐらい、迷いに迷って手に入れたた傘であったから、使ったあとは店員のアドバイス通りに日陰に干して、購入したときにつけてもらったプラスティックの透明カバーをつけてしまっている。
 そんな真希のお気に入りの傘が、その日深大寺通りの歩道上で、見知らぬ誰かの傘とすれ違いざまに触れ合いそうになったとしたら、それは真希にとってはちょっとした事件なのだった。
 その人は何の変哲もない、濃紺の傘をさして、すれ違いざまに
「おっと失礼」と言った。
、そして、真希の傘の華やかさに少し心を奪われたのか、花柄の傘の中の真希の顔をちらりと見やった。
 真希がその顔を覗き返した時、その人がこころ奪われていたのが傘ではなく、真希本人であることに気付いた。
 濃紺の傘のなかには、真希の忘れられない懐かしい顔があった。

「真希ちゃん、俺のこと覚えていた?」

 傘の中のひとは、みるみるうちに真希の知っていた幼いころのあっちゃんの顔になり、大口を開けて破顔した。そして、ちょっと真面目な顔にもどって、思案げに
「うーん、そうだね。あれは確かに駆け落ちと言っていいものだった。」
と、濃紺の傘から滴り落ちる雨粒をみながら言った。
 あの当時、二人は中学3年生だった。
 駆け落ちといっても、当時二人の恋愛が親に反対されていたとか、赤ん坊がができてしまったとか、そういったややこしいものではなく、今思い出してもほんとうに笑いだしてしまうような、ささいなきっかけで思いついたことで、その顛末もおおげさなことにはならなかった。
 そうでなければ、こんなところで出会って、にこにことあいさつなどできようはずもない。
 でもしかし、その駆け落ち事件は、真希にとって、その後何年間もの間、真希の心を支え続けた温かいできごとであったことに間違いないのだった。
 事件の発端は、真希の両親の離婚であった。
 ある日唐突に母親は真希に、父と離婚することを宣言し、夏休みの間に母の実家のある長崎へ引っ越すことになったと告げた。
 「ごめんね真希ちゃん。お母さんはもう、お父さんと一緒に暮らすことはできないの。」
  
 その一言で真希は、子どものころからこの町を離れることになった。
 真希は、同級生で幼馴染の敦士とつきあっていたから、敦士に泣きついて一緒にどこかへ行っちゃいたいと頼んだのだった。

 二人は、深大寺の門前で落ち合うことにして、その日の授業が終わるやいなや、部活もぶっちぎりで待ち合わせ場所に駆け付けた。
 真希が、門前に着くと敦士はすでに門前で所在無げに立っていた。
 二人はしばらく、池の前のベンチの鯉をながめながらぼんやりしていたが、岩の上に乗っていたカメが、池の中にぽちゃん、とび込んだ拍子に敦士が言った。
 「おれはさ、思うんだけど。真希の幸せは真希が決めるんだろう。どこにいたって、誰といたって、ひとに決められるんじゃなくって自分で決めることだろ。」
 あっちゃんとこのまま逃げてもいつかはそんな生活に嫌気がさすことがあるのかもしれない。それは、自分が何かから逃げているからだ。
 「好きな人といるために、どうして何かから逃げないといけないんだ。俺はそんなのはほんとじゃないと思う。逃げなくたって、いつかほんとだったら俺たちはまた会って、それで自分たちで決めて幸せになることができるんだよ。」
 池のそばのアジサイの濡れた花がひときわ奇麗に見えるように、あるべき時に、あるべきところにあるから、一番輝いてみえるんだ。
 どこに行ったって、何があったってそこで自分が頑張っていればいいんだ。
 わたしとあっちゃんが、このままこの町にいても、いつかは別れるときが来るかもしれない。でも、今離れ離れになってしまっても、いつかまた会えるかもしれない。
 別れることは、終わりじゃない。なにがあったって、終わりってきめられることじゃない。
 わたしは、まだ中学生でいろんなことを自分だけの意志で決められるわけじゃないけど幸せかどうかは自分で決めることができるんだ。
 あっちゃんと、手をつないで雨にぬれた石畳の道を歩きながら、こころの中はだんだんとあったかくなって、つないだ手にギュッとちからを入れたら、あっちゃんがギュッと握り返してくれた。涙がでそうなぐらい幸せな気持ちになって、なんだってがんばれそうな気がした。
 あっちゃんは、、目はちょぴり赤くなっていたけど、唇をきっと噛みしめてわたしの顔をまっすぐに見た。
 「だから真希、俺たちここでお別れだ。ここで思ったことを忘れないでいよう。」

 寂しい時いつも思いだした。
 深大寺小学校の角をまがるその道であっちゃんと別れた時のこと。
 幸せは自分が決めるんだって、そんなふうに教えてくれたあっちゃんのことを。

 「おれさ、来月子どもがうまれるんだよ。よかったら真希、見に来てくれよな。」

 何もかもが永遠に続くわけじゃない。
 幸せも、幸せじゃないことも。

 ただ、それが永遠じゃないからってほんとじゃなかったって言うことにはならないんだよ。
 むしろ、永遠のほうが嘘っぽいことなのかもしれないよ。
 大切なのはそのとき。
 何年たっても、雨上がりの深大寺の石畳の道をわたしは忘れない。それがたったひとつのあっちゃんとわたしの間の真実だから。

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<著者紹介>
長崎 美然子  (東京都武蔵野市/44歳/女性/事務職)

 僕が美絵と出会ったのは、幼馴染の吉郎が主宰したコンパだった。「聖慶女子大と言えば、お嬢様ばかりだからな。お前なら、人畜無害だし」とあからさまに人数合わせで声を掛けてきたのだが、蓋を開けてみれば、その「お嬢様」と付き合う事になったのは、参加メンバーの中で僕一人だった。
「深大寺って知っています?」
席で隣り合わせた女の子が声を掛けてきた時、僕は必至でアラビアータを口に放り込み、ビールで流しこんでいる所だった。明らかに僕と目が合っているのか、三秒ほどかけて確認した後に、
「知っているよ。寺だよね。調布にある。そばが有名。後は縁結び。毎年、深大寺をテーマにした短編小説募集なんかもやっている」
 僕も密かに小説を応募しようと思っていたので、深大寺については、ある程度の事は知っていた。
 その子は、僕を見てニッコリと笑うと、
「そう、良く知っているね。私、あの近くに住んでいるの。だから、深大寺あたりを良くぶらぶらしているの」
 変わった子だなと思った。瞳がこぼれそうなほどに大きいな美人だし、その服装からも育ちの良さが滲みでているのに、一番冴えない恰好の僕に声を掛けてくる。そもそも、この子はこの中で一番綺麗なのに、このコンパ中も他の男を遠ざけているように見えた。
 彼女は、どうでもいいような話題をダラダラと続けた。オジギソウを見た事があるかとか、宇宙人って信じるかとか、カメは好きかとか、両親は健在かとか。そんな、大凡、合コンには相応しくない内容。
 意気投合とは言わないだろう。ただの世間話以下の雑談を延々と一方的に付き合わされただけだ。居酒屋を出る時間になり、ほとんどのメンバーは二次会のカラオケに向かった。しかし、僕と彼女はカラオケに行かず、駅に向かいながら、延々と下らない雑談を続けていた。
「大丈夫?もう十時過ぎだけど」
 僕は、一応は初対面の礼儀として言うと、彼女は急に落ち着かない様子になった。
「え?不味い。もう帰らないと。ああ、もう!ごめんね。あ、そうだ」
 グッチの鞄から慌てて手帳を取り出して、ペンですらすらと走り書きをすると、びりびりと破いて僕にその紙を手渡した。
「それ、私の携帯の連絡先。時間がなくて、番号交換できないから、渡しておくね。じゃあ!」
 そのメモを渡すなり、彼女は駅前のロータリーに向けて全力で走りだした。僕は、彼女が無事、タクシーに乗り込むのを見てから帰路についた。メモには携帯番号の他に「美絵」という名前が書かれていて、それを見て僕は初めて彼女の名前を知った。
 翌日、渡されたメモの番号に電話すると、美絵は当たり前のように「深大寺に一緒に行こうよ」と言いだした。
 これが初めてのデートだった。ただ、仲見世を歩き、土産物屋を覘き、そばを食べ、御賽銭を二人で投げて、園芸品を見て、最後に池でカメを見ただけだったが、それを経て、僕らは互いに親しみの感情を持った。
それ以降も、二人でお台場やら横浜やらに出かけたが、具体的に付き合おうとか言う話は出なかった。
七月七日、再び深大寺へ二人で訪れた時に、僕は、僕らの関係について、少しばかり緊張しながら美絵に訊いた。
「なあ、僕たちってどういう関係だと思う?」
 美絵はあからさまにがっかりした表情を僕に向けた。
「あのさ。私は初めっから付き合っている気満々だったのだけど、違っていたってこと?」
「いや、そうじゃない。こういう自然発生的な付き合い方ってのは、貴重だし、素晴らしと思う反面、これが勘違いだとすると、自分としても辛いので確認した次第」
 ふうっと、美絵は息を吐き出して、にっこりと笑った。彼女はこういう所があって、次の瞬間には全く違う表情をする。僕は、コロッと変わる彼女の表情を見るのが好きだった。
 僕らは仲見世の通りに設置されている笹に短冊をそれぞれ結びつけた。笹には既に大量の短冊が結びつけられていて、遠目から見るとそのカラフルな短冊の一つ一つに誰かの願いが込められているなんて事も忘れてしまいそうになる。お互いに何を願ったのかは内緒だったが、酷く幸せな気持ちだった。

 でも、今はその笑顔は僕の手の届く範囲には存在しない。美絵とは年明けから連絡が取れなくなった。携帯電話も解約されていた。それだけで、すべての連絡手段が無くなってしまったに等しい。僕は彼女の家も知らない。住所も自宅電話番号も知らない。合コンをセッティングした吉郎に、あの時の女子メンバーの連絡先を聞いて連絡をしてみた。
「ああ、美絵は休学中だよ。短期留学でロンドン行くって...。美絵の家って両親が今時珍しいくらい過保護なんだけど、留学を良く許したなって...」
 少し同情が混じった声を聞いて、僕は悲しくなった。僕が思う程に彼女は僕の事を好きな訳でもなかったのだ。何がいけなかったのだろうか。もしも、それがはっきりと彼女から告げられていたのであれば、僕も諦めがついたのかもしれない。しかし、何が起っているのかもわからない状況では諦めようもなかった。
 冬がきて、春がきても、彼女の事が忘れられなかった。女々しい男だと自分でも思ったが、その気持ちをぶつける相手がいない。それ故に僕はますます彼女の事を、その表情の一つ一つを、忘れる事ができずにいるのだろうと思う。
 彼女が消えてしまってからも、僕は何度か深大寺を訪れた。仲見世を歩き、本堂を眺めながら、彼女と初めて会った時に話していた取りとめの無い話を思い出す。境内を裏口から出て坂道を下る途中の園芸屋にはオジギソウがあったし、その更に先の池にはこれでもか、という程に亀が泳いでいる。本堂の向かい側の大きな木の根元に佇む石仏はまるで宇宙人のようだった。今さらになって、すべてが深大寺に繋がっていたんだとわかった。
 七月七日、僕は今日も深大寺に来ている。一年前、僕が短冊に込めた願いは叶わなかった。僕があの時の望んだのは、美絵との未来だけだった。「ずっと一緒に居たい」それだけを書いた短冊。
 仲見世には、あの時と同じように笹が設置され、短冊が風で揺られている。僕は笹の直ぐ脇に設定されたテーブルで短冊に願いを書こうとするが、何を書いて良いものか迷う。じっと、オレンジ色の短冊を睨むが、筆は遅々として進まない。
「あの...」背後から女性の声を聞いて我に返った。僕がテーブルを長時間占拠していた為だろうと思い、「すみません」と振り返るとそこには美絵がいた。
「え」僕は驚き、それ以外に言葉を発する事すらできなかった。
「あ、何も書いてないね、それ」彼女は僕の短冊を指差した。
「いや、そんな事よりも一体どういう事?」
「短期留学だったからね。もう終了して、今日帰国したところなの」そっけなく言ってから、彼女はにっこりと微笑んだ。
「そういう事じゃない」僕がムッとして言うと、彼女は急にシュンとしてしまい、泣きそうな顔になった。彼女に怒気を含んだ言葉を浴びせたのはおそらくこれが初めてだ。
「ごめんね。うちの両親、凄く厳しいの。あなたとの事を話したら、勝手に留学の話を進められて。素直に言う事を聞くつもりなんかなかった。いざこざの末、結局、賭けをする事にしたの」
「賭け?」僕は唐突な彼女に話についていけずに口を挟んだ。
「そう。暫く会えなければお互い気持も冷めるだろう、なんて言うから半年合わなくても私たちは絶対変わらない。もしそうだったら、ちゃんと私たちの事を認めて欲しいって」
 僕からすれば馬鹿馬鹿しい話なのだけど、彼女を様子は真剣そのもので、これに対して何か感情的にモノを言うのは躊躇われた。
「で、どうなったの?」僕は訊いた。
「勿論、認めてもらえたよ。賭けだけじゃないけどね。深大寺のお陰かな」
美絵は悪戯っぽく笑う。
「深大寺の恋愛短編小説に応募したの」
 突然、ガラリと変わった話の内容に僕は面食らって言葉も出ず、首を傾けた。
「入賞はしなかったけど、サイトには掲載されているの」彼女は得意そうに続ける。「その小説では、私たちと同じ名前の登場人物がいて、彼らは両親の反対を押し切って、勝手に籍を入れちゃうの」
「つまり、それを両親に見せたの?このままだとこうなるぞって?」僕は大人しそうな彼女の大胆な行動に舌を巻いた。
「うん。凄く効いたみたいね。あ、でも...」
 急に不安そうな顔で、美絵は僕の目を見つめて言う。
「私の気持ちは半年前から変わって無いけど、もしかして、変わっちゃったのかな...」
僕は美絵の弱々しい声を聞いて、ようやく微笑むができた。
「去年の短冊に書いた通り」少し意地悪く、突き放すと、美絵はムキになって反応した。
「見て無いからわからないよ。その短冊に同じ言葉を書いてみてよ」
僕は、その少し膨れた顔が愛おしいと思う。
「じゃあ、今年は見せ合おうか?」
僕の言葉に彼女は素直に頷いた。

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<著者紹介>
岩 司 (埼玉県北葛飾郡/33歳/男性/会社員)

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