第5回の応募作品は事前審査が完了し、最終審査に残った方々には9月29日~10月1日にかけてお電話等でご連絡させていただきました。
ご連絡がなかった方は、今回は残念ながら落選となります。
最終審査結果は、原則入賞された方にのみ10月末までにご連絡させていただく予定です。
尚、今年の受賞式に関しましては、11月28日(土)15:30より深大寺境内にて開催します。
第5回の応募作品は事前審査が完了し、最終審査に残った方々には9月29日~10月1日にかけてお電話等でご連絡させていただきました。
ご連絡がなかった方は、今回は残念ながら落選となります。
最終審査結果は、原則入賞された方にのみ10月末までにご連絡させていただく予定です。
尚、今年の受賞式に関しましては、11月28日(土)15:30より深大寺境内にて開催します。
大学生のアキラは、釈迦堂前で何度も腕時計を見ながら気をもんでいた。待ち合わせの時間からもう既に一時間が経とうとしていた。こんな事は今までになかったので、アキラは何か得体の知れない不吉な予感が先ほどからずっとしていたのである。
ここは、アキラとクミのデートスポットである。この釈迦堂は深大寺の一角にあり、山門から入った左手にある建物である。このお堂の創建は昭和五十一年と比較的新しく元々は国の重要文化財である白鳳仏を安置する目的で建立された。深大寺明細帖には、「立像にあらず、座像にあらず」と記されており、クミがとても面白がり、いつしかこのお堂前が二人にとっての待ち合わせ場所になった。
八月もお盆に入り、アキラはいつもなら実家の福島へ墓参りを兼ねて帰省しているところだが、今年は大学が夏休み中は目一杯アルバイトで稼ぐ予定を立てていた。
それというのも、アキラにはイタリアへ行って、古代ローマ時代の遺跡を見て回りたいという目的があったのだ。大学で西洋史を専攻しているアキラは、特に古代ローマ建築に興味を持ち、一年の時から卒論のテーマにしたいと考えていたほど入れ込んでいた。
再びアキラが腕時計に目を落とした時は、もう六時半を回り、いよいよ尋常ならざる状況であることが疑いから確信へと変わった。
アキラは足早に山門へとって返し、いつもクミがやって来るはずの通りへと目をやる。
そして、通りを行き交う人々の中にクミ姿を求めて目を凝らしていた。門前町としての風情を残す深大寺の通りにも、そろそろ夜の帳が降りようとしていた。
クミとアキラは、同じ福島の出身であった。同じ高校に通学しており、同じクラスにもなったこともあるが二人は言葉を交わしたことが一度もなかった。当時、アキラはクミを美人で近寄りがたい存在で、自分とは違う世界の人と捉えていた。クミもまた、アキラを遠くからちょっと格好良いスポーツ好きな青年として見ていたことが後になり二人が付き合うようになって分かった次第である。
地方の田舎町から上京してきた二人にとって、この深大寺は東京という都会の冷たいイメージとは異なり、何故かほっと出来る安らぎの空間となっており、二人の絆をより深める切っ掛けになった寺でもあった。
アキラは、クミの身に何かあったのではないかという思いを必死に打ち消しながら懸命にクミの姿を捜していた。
クミの澄んだ瞳は、いつも明るく輝いている。笑うと両頬に笑窪ができ、益々彼女を魅力的な女性にしていた。少しばかり色黒であるが、そこがまた魅力的であった。
三年前に都内にある予備校の夏季講習会で二人はたまたま出会った。アキラは、すぐにクミが分かったものの、なかなか声が掛けられず、講習が始まって三日目にやっとの思いで声を掛け、会話をするようになった。
クミの方は、私が声を掛けるまで全然気が付かなかったようで、そのことはアキラを少しばかり気落ちさせた。
とにかくアキラは予備校生でありながら、それ以来とてもウキウキとして、毎日が満ち足りた気分であったことを思い出していた。
とその時、「チリーン、チリーン」とそば屋の軒に下がった風鈴が鳴った。アキラが音のする方へ目をやると何とそこにいつの間に来たのかクミが笑顔で立っているではないか。
アキラは、目の前のクミの姿にホッとすると同時にクミの方へ既に走り出していた。両手でクミを抱きしめると、彼女が本物であるかどうかを確かめるように何度も腕に力を入れて抱擁し、深いキスをした。
「アキラ、どうしたの?少し変よ、それより痛いわ」と言ったクミは私の腕から逃れようとしてもがいた。
「いや、ゴメン。あまり遅いから何かあったんでないかと心配したんだ。」
アキラはクミの言葉に漸く我に返って、
「心配したぞ。一体、何があったんだ」
アキラはクミに矢継ぎ早に質問をした。
クミは、アキラの心配性のところがとても好きであり、時に鬱陶しくもあった。しかしそれは、自分に対する愛情の深さ故であると考えるようになってからは何かとても心地よいものに変わっていった。
「実は私、ここへ来る途中もう少しで、車に撥ねられそうになったのよ」
咄嗟にアキラが叫びながら「けがは?」アキラの目は、クミの体をアナライズするように傷や出血の痕跡を探し始めた。
「ううん、大丈夫。安心してアキラ」
「私、こんなに平気よ。怪我もしていないから。それに今日は何故かとても気持ちがいいの、私変ね。」
「ああ、でも私、アキラに貰ったあのブレスレット無くしちゃったのよ」
「その場で何度もその辺を捜したの。気がついた時はこんな時間になってしまったの」 「アキラ、待たしてゴメンね。それにブレスレットも見つけられなくて・・・」
アキラはうんうんと頷きながらクミの話を聞いていた。クミは一通りアキラに自分の身に何が起きたかの説明をした後急に、
「ねえ、私お腹空いちゃった。何か食べない?」というとはにかみ笑いをした。
「そうだな、じゃあそばでも食うか?」
アキラはその笑顔に、これまで何度も救われている。彼女といると何でこんなに幸せな気持ちでいられるのかとても不思議だった。そしてこの満ち足りて穏やかな心地よさが愛だとその時、アキラは実感していた。
二人はそば屋の暖簾をくぐり、右奥のテーブルについた。店内はいつもより人数が少ないように感じた。子供の頃、そばは年寄りの食べ物といったイメージがあったが、最近は健康食ブームに乗り、若い女性の間でも注目されるようになってきた。ここ深大寺そばは、江戸時代に米の生産が適さず、そばを栽培するようになったことからその歴史が始まる。農民達は出来たそば粉を寺に納め、寺ではそばを打って来客にもてなし、それが深大寺そばのブランドとして発展してきた。
食物栄養学を学んでいるクミによれば、血圧の高い高齢者にも、そばに含まれるルチンという物質が血圧を下げるのにとても効果があるそうだ。アキラは一度彼女の通う大学の学園祭に行った時、特設ステージ場で、クミがパネラーの一人として研究室の成果を発表しているところを見たことがある。真っ白な白衣に、黒縁の眼鏡をかけ、髪を一本に束ねたクミは、理知的でとても格好良く見えた。
男は、女性の凛々しさや格好良さにも魅了されるものなんだとアキラはその時感じた。そして、親友のマサカズが当時、大学の附属病院に勤務する男勝りのような看護師に熱を上げていた気持ちがこの時、よく分かったのである。アキラとクミは、いつものように向かい合って、天ぷらそばセットを食べた。
この日のそばがいつもより美味しく感じたのは、クミの事を沢山心配してお腹が特に空いたせいなのかもしれないとアキラは思った。
クミの右腕には無くしたブレスレットの跡がリング状にうっすらと残り、細くしなやかな腕をこの日は一段と細く見せていた。アキラがクミに贈ったブレスレットは、アルバイトで貯め、初めて買ったものでそんなに高価な物ではなかったが、クミは宝物のように大切にしていた。アキラはそのことをずっと気恥ずかしく感じていたのである。
恐らく今日も無くしたブレスレットを必死になって暗くなるのも忘れて捜したのだろう。
アキラは、そんなクミの姿を想像しているとそのいじらしさと可愛さで思わず涙が溢れそうになるのであった。
クミは本当にいい女だと思う。また、自分には不釣り合いなくらいもったいないとも思うのであった。
二人はそばをすすりながら、互いに一緒にいることの幸せを体中で感じていた。幸せな時間とは、こんなにもゆったりと流れ、時間の観念さえも無くしてしまうものなのか。
つい先ほどまで、何度も腕時計を見ながら気をもんでいた自分が、今は間もなく寮の門限時間が迫ろうとしているのも忘れるほど夢中でクミと話し込んでいる。二人は蜜豆とコーヒーを口にしながら、学校やバイトのことなどいろいろと話をし、いつものように有意義で満ち足りた一時を過ごして分かれた。
私は今、郷里の高校で倫理を教えている。クミと最後に会ってから既に二十八年の歳月が流れていた。その後、私は六つ年下の今の妻と見合いで結婚し、高校一年生になる娘と三人で人並みに幸せな家庭を築いている。
今年もあの八月十二日がやって来る。私は毎年この日が近づくと、もう二十八年前にもなるのに昨日のことのようにはっきりとあの日の出来事を思い出すのである。私はあの日の不思議な出来事を誰にも話してはいない。
未だ、あの日の事が信じられないからではない。私はあの出来事は本当にあった事であると確信している。だから、この不思議な出来事を人に話してしまったら、もう二度とクミには会えないような気がしたからである。
そば屋の風鈴の音とともに突然現れたクミ、彼女は、実はもうこの世の人でなかったことを私は夜勤明けのバイト先にかかってきた彼女の母親の電話で知った。クミは事故に遭い、すぐに近くの病院に運ばれて緊急処置を受けたが、その甲斐もなく亡くなった。
あの時、私が一緒に楽しい一時を過ごしたのはクミの魂そのものだったに違いない。
あれ以来、私はいつかクミに会えるかもしれないという虚しい妄想を抱きながら生きていた。しかし、そうした妄想を抱くことはもう終わりにしようと思う。そして、今のこの素朴な幸せの中で妻と娘と共にしっかりと生きていこうと決心したのである。
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<著者紹介>
ムラ アキラ(福島県福島市/49歳/男性/教員)
薔薇が咲いたらまた連絡ください
馨からの返信が喬の携帯電話の液晶に光り、暗い部屋の中の喬の顔を白く浮き上がらせた。喬は明かりをつけて本棚からアルバムを取り出すと、大学時代の友人が集まった写真を探し、馨の姿を見つけた。そこにいる馨は仲間に肩を抱かれ、写真に撮られる恥ずかしさを隠そうとするように、体を斜めにして少し口元を緩め、困ったようにあいまいな微笑を浮かべていた。
アルバイトのために遅れて友人の別荘を訪ねた喬は疲れの抜けぬまま酒に酔い、林間の涼しさにすぐに眠ってしまったのだが、その後サークルの部室で仲間たちが集まった写真を見て、どうして誰も起こしてくれなかったのかと怒り、あまりよく寝ていたからとみんなに笑われたことを思い出した。もう何年も昔のことだ。
喬は冬の間に引っ越ししたことを、少ない友人に連絡していたところに馨へ連絡することを思いついたのだった。アルバムの集合写真の隣には色とりどりの薔薇の中に笑顔で腰をかがめた馨の写真がある。これはうまく写ったからといって馨に手渡された写真だ。
本当は薔薇が咲き始めたころに、馨にもう一度連絡をしなくてはいけなかったはずだ。だが喬は連絡をしないまま、植物公園の噴水の周りで、鮮やかな色を保っていた薔薇はしおれ、その庭園の周りに紫陽花の咲く時期までも過ぎてしまっていた。喬はまた馨の短い返信を読み返し、携帯の目覚ましのアラームを設定して電話を閉じる。明かりを消して喬はベッドの上に横たわる。自動車が静かに角を曲がる音が聴こえた。
かりかりと乾いた音が電柱の上から聞こえてきて、信号待ちをしている喬の右腕に鳥肌を立たせた。振り返ると腹を上に向けた蝉が、電柱のそばのアスファルトに転がっていた。それは今ただ動きを止めているだけなのだろう。誰かが足先で触れたときに驚くような羽音を立ててアスファルトの上を滑っていく光景を喬は想像した。殻を脱ぐのが早すぎたのだと喬は思う。仲間の出てくる前に命が切れてしまうなんて。信号が変わり喬は自転車のペダルを踏み込んで坂を下る。
この道路は昔の道の名残だと喬は自転車に乗りながら思う。深大寺に暮らしていた人たちの通った道。いったいどれくらい昔からこの道を歩いていたのだろうかと、ぼんやりしながら自転車を走らせる。ゆるやかに左右に曲がる道はすぐ先が見えず、振り向くと走ってきた道はまるで消えてしまったかのように思える。自転車の速度を上げると、買い物から帰るビニール袋を提げた親子や犬と散歩する人が街灯の下に現れては暗闇に消えていく。夕闇の中で道路に水を撒いていた人が家の中に入っていく。水にぬれた道路を喬の自転車が横切って音を立てる。十字路は直角に交わらずに思いがけない方向から車が現れてきたことが何度もあって、ここに住み始めてから喬は道路に立ったミラーの確認をするようになった。もう少しでお盆になる。喬は仕事帰りにそのことだけを考えるようになっていた。疲労はそれまで抜けないだろう。
ビールが切れたのを口実に、夜の涼しさを求めて喬は買い物に出かける。ドアを開けると思ったよりも蒸し暑いことに気づく。夏の熱気はアスファルトの中に閉じ込められ、夜の間にため息のように吐き出される。畑のほうから湿った冷たい空気が流れ込むのを喬は感じた。闇の中に水が滴り落ちるように蝉の音が響いている。鳴いている蝉の数を想像する。木々の中にひそんでいるのは数匹だろう。もう次の日付を迎えようとしているのに、夜空はまだ夕焼けの落ちたすぐあとのような赤みを薄い雲に映していた。都心の光が雲に映っているのだろうかと思いながらコンビニエンスストアまで歩き、駐車場でひらけた空をもう一度見上げると、西の空まで薄く赤みを残している。真夜中の夕焼け、と喬は思いつく。
ベッドに腰掛けてビールを飲みながら喬は携帯電話を見る。誰からもメールはない。携帯を閉じて横になる。気楽に連絡を取れる友人は減っていくと喬は考える。それはあるときから急に始まったと思う。結婚、引っ越し、東京を離れるもの。そういった連絡が来るたびに、それぞれの生活から喬は切り離されていくように感じる。自分の居場所を知っている仲間はもうほんの数人だけだろう。みんなそれぞれの星座を夜空に形づくる。小さいものや大きいもの、複雑なもの、単純なもの。それぞれの星座が完結して薄い雲の向こうの夜空に瞬いているのを喬は感じる。その夜空の星座の中を流れていく星。目を閉じた喬は想像する。あれは僕の星じゃない。
馨の背中の白さを喬は横になったまま思い出す。まだ二人とも大学生のときのことだ。それから二人は学生以外の何かになるとは想像できていなかった。少なくとも喬にとっては。はじめて見た馨の背中は、ナイフで剥いたばかりの林檎のように白かった。自分で自分の背中を直に見ることはできない。それだけで喬は馨にささやかな優越感を抱いた。背中に指を滑らせようとすると、くすぐったいと笑って震える馨の髪が揺れていた。指を組んでひざを抱えた馨の手が見える。耳の複雑な形がむきだしになる。こちらを向いてほしいと喬は思う。でも馨はこちらを向いてくれない。声に出そうとするところで、喬は目を覚ます。
とても暑い。喬はTシャツを脱いでベンチに腰をかけた。植物公園のそばの広場にはベンチが置いてある。目の前に四角く緑に切り取られたように短い草の野原が続き、その周りを高い木々が取り囲んでいる。お盆の東京の空は澄み渡り、湧き上がる雲の白さと空の青さのコントラストが普段よりもずっと強く感じる。草の青い匂いが渦を巻いて喬を包み、裸の上半身に染みこむようだ。細く白い雲のラインを斜めに作りながら、旅客機の機体が白く輝くのが見える。
コンビニの袋からペットボトルを取り出すと、喬は腕に冷たい水をかけ、それから帽子にも水をかけてかぶりなおす。背中に帽子から滴る水を感じながら、喬は水を飲んだ。お盆休みはそれほど人出がないだろうと思ったが、これほど人がいないとは思わなかった。日焼けをしたいと思っていた喬には好都合だった。ぬかるみにできた水たまりにカラスが群れている。
濡らした帽子が乾いてから喬はリュックからカメラを取り出して、サンダルを脱いだ裸足の足先と、目の前の四角い草原の空き地と青い空と雲が同時に写るように工夫しながら写真を撮った。黒いカメラが日ざしを受けてあっという間に熱くなっていくのが、カメラを握る手のひらから感じられた。しばらくの間、構図を変えて撮ってみた後でカメラをしまい、もう一度水を飲んでからTシャツを着て喬は立ち上がった。
百日紅が咲いているはずと思い喬は植物公園に来た。公園に入り、すぐ右に曲がって百日紅の林に向かい、手のひらを青空に向けて広げているような百日紅の枝と桃色の花をカメラで写す。薔薇の植えてある噴水を撮ろうとして、誰もいない庭園の中に思いがけず薔薇が満開であることに喬は気づいた。カメラを持ってきて正解だったと思う。見る人のいない中で咲く薔薇は触られなかったためか、ひとつひとつの花弁が汚れずにいて美しい。噴水のある池は水が抜かれていて、無人の庭園の中に咲く薔薇の間を歩きながら、喬は何枚も写真を撮っていた。
馨は結婚するのだ、それがいつなのかはわからないが、そうなのだと友人から連絡を受け取っていた。それが喬をためらわせていたのだった。だがこの薔薇の強烈な色彩の中で喬は決めていた。馨をこの薔薇の中で写真に写して、もう一度彼女の声を聞きたい。返信はもう戻ってこないかもしれない。でも、もう一度馨に連絡をしよう。薔薇が咲いたと。そしてこの薔薇の中にいる二人の姿を想像しながら、喬は薔薇のほかに誰も写らないカメラのシャッターを切った。
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<著者紹介>
北川 淳(東京都調布市/32歳/男性/会社員)
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