「ボーンボーンボーンボーン、仏説魔訶般若波羅蜜多心経・・・」
 少し遅れた朝の境内。白髪まじりの男女が太鼓のリズムに合わせて経を読んでいる。重たいトーンの声の重なりに若い女の透きとおった声音がかすかに交じっている。アキコはお経を読み間違えないよう、詠んでいるところを見失わぬよう経典から目を離さず姿勢を正している。長い観音経のあとの般若心経に何かから解放されていくような軽さを感じる。
 もう少し詠んでいたい、そう思うところで御務めは終わり。顔見知りと話しながらおのおの靴を履いて散らばってゆく。アキコもゆっくりと靴を履いて外へでた。
「めずらしいですね。若いのに」
「えっ」
 アキコより少し年上に見える背のすらりとした男が穏やかな声で話しかけた。
「そうですか、一度来てみたかったんだけど、よかったです。すっきりしますね。」
「そう、これいいんだよね、皆で声合わせてさちょっと音楽みたいだし。普段は目ばっか使う仕事してるからなんかいんだよ。あ、僕コウイチです。そちらは?」
「あ、アキコです。よく来るんですか?目使う仕事?」
「ここ地元でね、気分転換にくるんだ。仕事ね、写真撮ってる。フリーなんだけど、最近は結婚式が多いから平日はけっこう時間あってね」
 参道に出るまで何気ない会話をして別れた。一人になったアキコは身体も軽く暖かな光を浴びたような気になる。まさかね。やっぱりお経をあげるって気持ちいいわ、そう確認してバスに乗った。
 アキコは普段、吉祥寺にあるカフェのキッチンで働いている。白い壁に木で作られたテーブルと椅子、温か味のある間接照明、何時間もかけて仕込んだ料理が小さな子を連れたお母さん達の、おしゃべりの止まらない女の子達の口に運ばれてゆく。穏やかな空間、悪くない。だけど仕事のない時、どうすればよいのか、思い出せない。奴に未練はみじんもない。だけどもう一か月経つのに、まだ空いたままの心の空白を埋める方法がわからない。仕事の量を増やしてもらい、店の定休日の火曜日をどうにかしようと思っていた。
 次の休みの朝もアキコは深大寺へと向かった。バスに揺られる間、こないだの彼と話した場面を思いだす。今日またそこに現れる男の姿がぼんやり浮かぶ。どちらにせよアキコはお経をあげるために行動している、男に会うために出かける訳ではない。
 元三大大師堂の中に座り、辺りを見回すと端にコウイチが静かに座っていることを確認するとすぐに御勤めが始まった。
 ここで自分の倍ほど生きた人たちと一緒にお経をあげると安心する。深く呼吸ができる。新しくて物ばかりの世界が全てではない、このお経がお寺が昔からあり続けるように過去から積み上げたものの上に私がいる。手を合わせてお辞儀しながらそんな大きな存在をアキコは感じていた。
 読誦が終わって立ち上がるとコウイチがアキコに気付いて合図するように頬を上げた。
「どうも」 
外にでて自然と一緒に歩きだす。雲がうっすら浮かんでいるが太陽の日差しはどこまでも届いている。人も参道のそば屋も少しづつ活気づき始めている。
「深大寺好きなの?」
「なんか落ち着くんです。全然違うとこに来たみたいだし。特に最近は、ね」
「僕も最近都会の中いてもあんまり面白いとこなくてね。けっこう植物とか緑好きなんだ、恥ずかしいからあんまり言わないけど」
「恥ずかしいなんて植物に失礼です。それじゃ、あっちの水生公園寄ってきません?」
 アキコは気分がよかった。もう少しこの穏やかな時間を延ばしたい、そう思っていた。
 森の中の湿原地帯のように板で作られた木道の下には池や田園やまだ花を咲かせる前のハナショウブやハス達が調和している。花々しくはないそこでは何より豊かな水がアキコを潤わせている。二人はひと回り歩くと休憩小屋の中に座った。
「なんで落ち着くのかって思ったんだけど、ここらへんて下品な音が少ないんですね。この鳥の声。お寺も太鼓とか鐘の音とかだし。」
「そっか、そういえば車の音もあまりしないね。ここはカメラ持った人が多いなあ。あ、カモ」
 田園の端にカモが三羽来ては口ばしをつついて餌か何かをつまんでいる。しばらくたつと満足したのか三羽そろって飛んで行った。

「今日、昼から吉祥寺で仕事の打ち合わせなんだ。バイクだけど駅前でよかったら送りましょうか?」
 帰り際にコウイチが言った。いつもバスで帰るアキコはじゃあ、と乗せてもらうことにした。
 バイクにまたがるとアキコは腰のあたりを両手で押さえる。吉祥寺までの大通りを走っている途中、腕がコウイチの身体を包みそうになる。アキコの身体に染みついた記憶。目の前の背中と自分との隙間に身体が火照るのを感じつつ、アキコは風とスピードから体を支えるため腰に手をあてたまま姿勢を正した。
「じゃあまたね」
「うん、また。ありがとう」
 吉祥寺の北口のロータリーに着いて、コウイチはアキコを下ろして仕事先へとエンジンを切った。アキコは帰り道、サンロードの中を歩き花屋の前を通ると立ち止まり、店の前に並んでいる小さな紫色の花を咲かせたワスレナ草を手に取り、うんと頷いてレジへ持っていった。またね。また、朝の深大寺でね。その意味をかみしめて花を持ち帰った。
 次の休日の朝。アキコは家の鏡の前に立っては服を脱ぎ捨てている。コウイチの姿を想像すると洋服がなかなか決まらない。だんだんイライラしては別にデートに行くんじゃないんだから、と自分をなだめてやっと外へでた。
 その日、コウイチの姿は見当たらなかった。読誦が終わってお参りをしたり、参道を歩いたりしたけど結局現れなかった。彼だっていつもひまなわけじゃないのよね、そう思いつつ、夢から覚めてしまうような、天気がいいと思ったら急に雨雲が押し寄せてきたような、そんな予感がした。
 翌週の深大寺もやはりコウイチは現れなかった。あぁやっぱり。諦めとふて腐れたアキコはそれでもお経を読むと気持ちが晴れるのを覚えて語呂の好きな般若心経の経典を買って帰った。
 その日の晩、家で何もせずコーヒーを飲んでいた。カーテンを閉めた窓際にはアキコの手入れがよくワスナ草の可憐な花がまだわずかに咲いている。ぼんやりしていると、心の窓から闇がじわじわと侵食し、アキコを蝕んでいく。結局男って都合が悪いと逃げていくのよ、そうゆう小さい生き物なのよ。あのコウイチ君にしたってただの気まぐれで話しかけてきたのよ、ほんっとに勝手。その気がないならあんなやさしい顔しないでよ。あれはきっと詐欺師ね、カメラマンなんて嘘ついてきっと失業保険もらってプラプラしていたのよ。もういいわ、もう男はいい。これからは一人で生きていくの、自分の足で立つのよ。ふと思い出し、アキコは鞄の中から経典を取り出し、力を込めてお経をあげた。やり場のない想いを意味もよくわからない、だけど力のある言葉に変えていると、しばし自分のことを忘れていられた。
 もうコウイチに会えるかどうかはよかった。だんだんとアキコは落ち着いていった。翌週も相変わらず深大寺へと向かい、皺を刻んだいつもの顔ぶれ達と一緒に不協和音の真言ハーモニーを奏でていた。短い御勤めを終えさっぱりとした顔で立ち上がるとコウイチの姿がある。どう接していいのかわからないアキコはこんにちはと言って靴を履いた。
「久しぶり、もういないかと思った」
 そういつもの穏やかなトーンの声でコウイチが言うと
「それ、こっちのセリフじゃないですかっ」
 アキコは怒りと嬉しさが混ざって顔をしかめた。
「いや、実は雑誌の撮影の仕事が入って、少しカナダに行ってきたんだ。とにかく広かった、自然の大きさもスケールが違かった、打たれたよ」
「そう・・・よかったですね」
「あ、いや、それで一面可愛らしい花が咲いているところがあって、なんていったか確か近くにいた人がそれはアラスカの州花だって言っていたんだけど。その花を眺めていたら、君が急に現れた、気がしたんだ」
「え?どういうこと?」
「いやだからうまくは言えないけど、その花に見とれていたら君のことをね・・。だから、とゆうかこれ、はい」
 コウイチは写真を一枚渡した。鮮明に写し出された先の尖った葉に可憐な薄紫の花が一面アップで切り取られている。アキコはドキリとした。この花、うちにいるわ。そう説明しようと思ったけどやめた。少しの間写真を眺めてから、コウイチに笑みを向けた。
「他の写真も見せて」
「うん、じゃ後で見せるからさ、その前に僕お腹がペコペコで・・・」
「まだこんな時間だけど、まあいいわ。じゃここで決まり」
 アキコがそう言うと、目の前のそば屋ののれんをくぐった。
「いらっしゃいませーっ、あら?コウちゃんじゃない!久しぶりねぇ元気にしてたの?あらま、かわいい子連れちゃって」
 コウイチはいつになく子供のような照れた顔をしてはにかんだ。

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<著者紹介>
池田 裕美  (調布市国領町/25歳/女性/ フリーター)

 四十分ほど乗っていたバスを降りると、吹きぬけた風に髪を弄ばれた。周囲は木々に囲まれ、冷たい風が火照った頬に心地良い。
先輩から電話が来たのは、一昨日の晩だった。深大寺を舞台にして小説を書けという課題が出たから明後日にでも行くつもりなのだが、近くに住んでいるのならば案内してほしい。電話でそう告げられ、授業があるにも関わらず、僕はすぐに承知した。先輩と二人で何処かに行くなんて、この機会を逃したら次はいつ来るかわからない。少し罪悪感があったけれど、目を瞑ることにした。
時刻表を見ていると、あれ見て、と先輩に肩を叩かれた。振り向くと、先輩が土産物屋を指さしていた。ようかんの試食があるみたい、と先輩は足早に店に向かった。小走りに後を追う。煎餅や飴が並ぶ棚を眺めていると、店員の女性が中から出てきた。お参りですかと聞かれ、そんなところです、と先輩がサングラスを取った。よろしければお一つどうぞ、と試食用のようかんを勧められた先輩は、ありがとうございます、と爪楊枝を手に取った。お兄さんもどうぞ、と笑顔で勧められ、僕の顔からも自然と笑みがこぼれた。
毎朝手作りしているというようかんは、甘過ぎず食べやすかった。僕には丁度いいけれど、甘い物が好きな先輩には物足りないのではないか。そんなことを考えていると、他の客が店に入っていくのが見えた。また帰りにでも寄って下さい、と一礼して、女性は中に戻っていった。ご馳走様でしたと礼を言い、僕達も店から離れた。甘さが足りなかったんじゃないですか、と先輩に話しかけると、まあね、でもすごく美味しかったよ、と言われた。自分の予想が当たっていたのが、嬉しかった。帰りに寄るんですかと聞くと、土産を買う金は持っていないと肩を竦められた。最初から試食だけが目当てだったようだ。抜け目の無い人だ、と呆れつつも感心した。
 沿道には、蕎麦屋や茶屋が軒を連ねていた。大抵の店は壁が黒ずみ、木製の屋根はささくれ立っていたが、茶菓子や蕎麦を食べている人は多かった。蕎麦が有名みたいだね、とカメラを構えた先輩が呟いた。今日のような暑い日に冷たい蕎麦をすすれば、さぞ美味かろう。後で寄りたいね、と言いながら先輩は本堂に足を向けた。二人で昼飯を食べているところを想像し、胸が熱くなった。これくらいのことでいちいち反応する自分が鬱陶しい。はい、と短く返事をして先輩の背中を追った。
 山門をくぐると、玉砂利の敷き詰められた広い空間に出た。鐘楼や石灯籠が建てられており、寺に来た実感がようやくわいた。ふと左を向くと、黄色い袈裟を着たお坊さんがこちらに歩いて来ていた。すれ違いざまに頭を下げると、柔らかな笑顔で一礼を返してくれた。先輩は気付かなかったようで、こちらに背を向け立派な石灯籠を写真に収めていた。
「涼しいね、ここ。木陰だと特に風が気持ちいい。人もそんなにいないし、いいところ」
 先輩が深呼吸をした。服の裾が捲れ、白い肌がのぞく。罪悪感を覚え目を逸らした。
 不意に背後から鐘の音が聞こえた。振り返ると、先ほどのお坊さんが鐘をついていた。
「鐘をついているお坊さん、さっきすれ違った方ですよ。気が付きましたか」
「そうなんだ。全然気付かなかった」
 間近でお坊さんの写真が撮れたのか、勿体無い、と言うので、気にするのはそこですか、と溜息混じりに言ってしまった。黙って首を竦められ、何を言えばいいのかわからなくなる。お参りしようか、と先輩がまた背を向けた。少し居心地が悪い。
「しまった、五円玉を持っていないや」
 財布をのぞいた先輩が、小さく舌打ちをした。自分の財布を見ると五円玉が二枚入っていたので、どうぞ、と一枚を差し出す。もらっていいの、と目を見詰めながら問われ、五円くらい別にいいです、と顔を逸らしながら答えた。手渡そうとすると、地面に置くように言われた。不思議に思いながら従うと、すぐに先輩は置かれた五円玉を拾った。
「今の、何だったんですか」
「お賽銭を手渡ししたらいけないんだって。一度地面に置いて、それを拾って受け取るらしいよ。おばあちゃんが言ってた」
 物知りだな、と尊敬しかけたが、二礼二拍手一礼だっけ、と言われ溜息が出た。
 先輩が何を祈っているのかはわからない。僕は、先輩との距離がもっと縮まるようにと祈った。叶うかどうかはわからないが、祈って損をするわけでもない。先輩にあげた五円玉で、自分と先輩との間にも特別な縁が生まれるといい、と強く思った。
 お参りを終えた僕達は、もっと奥まで敷地が広がっていることに気が付いた。足を踏み入れると、五月なのに葉が紅い木があり、気温と風景が合っていないと感じた。木の近くには池があり、大きな鯉が泳いでいる脇で亀が甲羅干しをしていた。先輩は亀を気に入り、何枚も写真を撮った。いいな、私もここの亀になりたい。カメラから目を離した先輩が、羨ましそうに呟いた。呑気そうですもんね、と相槌をうつ。先輩はしゃがんでしばらく亀を見詰めていたが、行こうか、と急に立ち上がった。見慣れた背中を追ったが、亀を見詰めていた先輩の横顔がいつもと違って見えて、ほんの少し、嬉しさと戸惑いを覚えた。
 本堂の裏手にまわると小さな建物があり、数体の観音像が祀られていた。これは撮ったら駄目そうだね、と先輩が頬をかいた。手や足の角度は生きている人間のもののようで、今にも動き出しそうだ。服の皺は、木彫りとは思えないほど滑らかである。大したものですね、と言葉が漏れた。どうすれば、こんな像を作ることが出来るのだろう。宗教的な意味合いよりも、素晴らしい芸術性を持つ製作者に対して手を合わせたくなった。
 僕達が見入っていると、後ろから子供の声が聞こえた。振り向くと、祖父母と孫と思われる三人が階段の下からこちらを見詰めていた。慌てて場所を空けると、すみません、と女性に頭を下げられた。こちらこそ、と僕も頭を下げる。今日はよく頭を下げる日だ。
 階段を昇る三人を見上げながら、僕にもあんな時間が来るのだろうか、と考えた。あまりに先のことで、うまく想像出来ない。僕の隣にいるのは、どんな人なのだろう。その人が先輩だといいと、どうしても思ってしまう。
置いて行くよ、と声をかけられ辺りを見回すと、先輩が表に戻りかけていた。すみません、と急いで駆け寄る。ぼうっとしているね、起きているの、と軽く頭を叩かれ、起きてます、と乗せられた手を払いのけた。自分が幼くなったような気になる。こういうことをされる時、先輩との距離が近付く嬉しさを覚える一方で、後輩としてしか見てもらえていないと感じ苦しくもなる。あと一年早く生まれていれば、と最近よく思う。そして、どうしようもないことを考えている自分に腹が立つ。
 不意に先輩が声をあげた。どうしたんですかと問うと、あそこ見て、と一点を指差した。そこには竹筒が伸びており、水が一滴ずつ下の池に垂れていた。池には波紋が広がり、枯山水のような模様が浮かび上がっていた。夢中で写真を撮っていた先輩が、すごいな、と呟きカメラを顔から離した。綺麗ですね、と僕も水面を見詰める。波紋が生まれ、消える直前に水が垂れ、また新しい波紋が生まれる。今の僕の心みたいだ。喜んだり悲しんだり、苛立ったりときめいたり。落ち着く暇なんて無い。いつでもさざ波が立っている。前はもっと静かだった。変わったのは、隣に立つこの人と出会ってからだ。それが悪いことだとは思わない。ただ、何もせず、自分だけが一喜一憂している今の状況は好きではない。想いを伝えたい。鼓動が高鳴るのが聞こえたその時、池に大きな波紋が広がった。亀が水に飛び込んだのだ。本当に僕の心と同調している。思わず笑ってしまった。
 シャッターを切る音が聞こえた。横を見ると、先輩が僕の顔にカメラを向けていた。また頬が熱くなる。今日、何回目だろう。撮ったんですかと聞くと、黙って画面を見せてくれた。普段、写真に出てしまうぎこちなさが無い、笑顔の僕が写っていた。恥ずかしいです、と俯くと、いい顔だよと言われた。素顔を撮られたことも、先輩のカメラに自分が残ることも、恥ずかしかった。
 しまった、と突然先輩が叫んだ。首を傾げる僕に、そろそろ時間が危ない、と腕時計を見せてくれた。もう行かないと授業に間に合わない、と慌てる先輩に、蕎麦を食べる時間は無さそうですねと普通を装いながら言った。残念だが、仕方ない。また機会が来ることを祈ろう。いや、今度は自分で機会をつくろう。
 早足でバス停に向かっていた先輩の足が、一軒の土産物屋の前で急に止まった。声をかける暇も無く、先輩は店に入って行った。突然のことに戸惑い店の前で待っていると、先輩はすぐに出てきた。ごめん、お待たせ、と言い、また歩き出した。黙ってついて行く。
 人でごった返すバス停に着くと、すぐにバスが来た。間に合ってよかった、と僕は息をついた。先輩は笑うだけで何も言わない。
バスを乗り継ぎ電車に乗ると、ようやく落ち着いた。不意に先輩が鞄から紙袋を取り出し、付き合ってくれたお礼、と差し出した。中にはお猪口が入っており、お酒飲む時にはそれを使って、と言われた。言葉が出てこない。胸が痺れるような感じがする。泣きたくなった時と同じだ。ゆっくりと頷きながら、ありがとうございます、と搾り出すように言うと、いえいえ、と優しい声が返ってきた。
「今度、先輩とまた何処かに行きたいです。今日みたいに」
 唐突に言葉が口を突いて出た。自分の言葉に驚いていると、いいよ、ちゃんと行き先を決めておいてね、と言われ放心してしまった。駅名を告げる車掌の声が遠くに聞こえた。

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<著者紹介>
柴田 暁人  (埼玉県所沢市/20歳/男性/学生)

深大寺恋物語第六集

 

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