五月末、琥珀神社のヤマボウシは、これが見納めだよ、とでもいうように今年も一斉に咲き誇った。
 あの白い花のように見えるところは苞で、花は真ん中の細く束になっているところなんだ、と雅夫が自慢げに話していたのを思い出す。
 千恵が調布に越してきて、かれこれ十年近くになる。大学生活もあと一年というときに、校舎移転で、多摩と御茶ノ水の二つのキャンパスに通うことになった。しかたなく、どちらにも便利で、安いアパートがあった調布を選んだ。卒業後は、大手町にある会社に勤めるから、アパートも別の場所に替えようかと思っていた。
 そんな矢先に、大学の親友が、もう調布にも来なくなるのだから、深大寺周辺を一緒にぶらぶらしようよ、と誘いかけてきた。いつでも行けるからと、深大寺にはそれまで行ったことがなかったのだ。千恵には、思い入れのある場所ではなかった。その日、親友と深大寺近くの蕎麦屋で雅夫と会わなければ、こうして調布にいることさえなかったのだ。
 千恵たちと同じように、雅夫も男友達と二人でその店に来ていた。座った席が近かったから、おたがいの会話がもれ聞こえてきた。どうやら千恵たちの御茶ノ水校舎のそばにある大学に、二人とも通っているらしい。学年も来春卒業で同じのようだ。
 雅夫の親友がこちらに話しかけてきた。外見とは違い、明るく開けっ広げな話し方に、千恵たちは好意を抱いた。自然な成り行きで、本日限定の深大寺探検隊になってしまった。
 千恵と雅夫の両親友は、十分もしないうちに、ずっとつきあっている雰囲気になっていた。気まずい千恵と雅夫は、負けていられないと仲の良いところを装った。
 神代植物公園を歩き始めたときだった。会って三十分もしていないのに、千恵と雅夫の両親友は、おどけながら「じゃあそっちも楽しくやるように」と、手を振りながら千恵たちの前から姿を消してしまった。
「何だよ、おいっ」と、むっとした雅夫の横顔は、まるで豆鉄砲を食らった鳩のようだと千恵は思った。案の定、雅夫は、中学生並みの口下手だった。
 神代植物公園を出て、水性植物園を散策していたとき、雅夫が話しかけてきた。
「俺さ、大学でずっと体育会だったんだ。四年間、剣道ばかりやっていてさ、のんびり植物なんか眺めることなかったんだ。こんなところに来るのも初めてだし、女の子と一緒なのも初めてなんだ。変なヤツで、ごめんな」
 愛想のない喋り方なので、これからどうなるんだろうと千恵は面食らった。だが、自分も偉そうなことはいえない。ハードルが高いから、いつも一人ぼっちなんだ、と親友にからかわれ続けてきた。都内の気楽な週末のデートさえ、誘いに乗ったことがない、おカタイ子だったのだ。だが雅夫にだけは、理由なく気持ちが許せそうな気がした。
 千恵はそれから大学を卒業するまで、雅夫と頻繁に会うようになった。御茶ノ水で会うこともあったが、たいていは深大寺になった。
 雅夫にとって深大寺周辺は、とても落ち着く場所のようだった。千恵もまた、ここがデートの定番の映画館や、レジャー施設で遊ぶのとは違う、緑と水と歴史のいやしの穴場であるのに気づいていた。
 四季折々に咲く花々は目に眩しく、目を閉じて五感で感じようと深呼吸すると、酸素が体中に満たされる思いがする。花の香りも素晴らしかったが、木の香りがこんなにも深いものかを千恵は初めて知った。
「木が放つ匂いは木の言葉なんだ」というデパートの広告キャッチフレーズを、雅夫にいい続けている自分がそこにいた。
 雅夫も千恵の興味にあわせているうちに、植物について結構詳しくなっていた。
 そんなある日、雅夫は話しておきたいことがあるからと、千恵を強引に琥珀神社のそばまで連れて行った。
「俺が剣道をやっているのには、理由があるんだ。先祖が新撰組の下っ端剣士だったらしくてさ。中学校のときにそれを知って、なんだかかっこよさそうだから、剣道を始めちゃったんだ。それで、その剣士はちょっと変なヤツでね。文学者でいうと太宰治みたいなヤツだったらしいんだ」恥ずかしそうな顔をしながら話す雅夫だったが、ここでやめてはいけないと、一気に喋り続けた。
「それでさ、この剣士のことを慕っている、お千代って娘がいたらしくてね。剣士は、その娘にいつ死ぬか分からないから、自分の代わりだと櫛を渡そうとしたらしいんだ。でも、意地悪な女がいてさ、横恋慕っていうのかな、その櫛を渡してあげるっていって、自分のものにしちゃったらしいんだ。それが、まわりまわってなぜか俺のばあちゃんのところに来たんだ。ばあちゃんが死ぬときに、それを俺に残していったんだ。縁起の悪そうなものだから、俺は欲しくなかったんだけれど、おふくろは罰が当るからとっておけって。でね、お前の気に入った女の子にあげろとか遺言状に書いてあったらしいんだ。どうしようかと思ってさ」要領の得ない話は、千恵でなければ聞いてもらえなかっただろう。
「困ったものね。縁起の悪いものは、始末したくなったんだ」と、舌を出して千恵はちょっと意地悪く話を振った。
 紅潮した顔の雅夫。始末したくなったわけではなかったが、知恵に本心をいい当てられ頭をかきながら、結局、柘植で作られたその櫛を持っていてもらうことになった。
 照れくささをごまかすためか、雅夫は琥珀神社に咲く花について、持てる知識を千恵に披露する羽目になった。
 雅夫から不思議なプレゼントをもらって、二週間ぐらい経った頃だった。おたがい卒業までの用事をあれこれ済ませるのに忙しくて、しばらく会えなかった。
 そろそろ千恵から電話をしようかなと、夕方の六時前後にアパートに戻っていたときだった。
 かかってくる来るはずもない、警察から電話がかかってきた。千恵はどきりとしつつ、嫌な予感がする。昔からこういう千恵の予感はよく当った。父が亡くなったときもそうだったからだ。
 御茶ノ水の救急病院で対面した雅夫は、顔に白い布を被せられ帰らぬ人になっていた。警部らしき人物から、説明を聞いた千恵は愕然とする。
 下町にある、雅夫のアパート付近のコンビニで起きた事件だった。
 小雨のその日、客を装った二十代の男がミニバイクでコンビニに乗り付け、レジの店員をナイフで脅した。
 レジから離れていた雅夫だったが、すぐに強盗であるのを感じとって行動に出る。
 手に持っていた傘で男の不意をつき、相手のナイフを叩き落とし、そのまま取っ組み合いになった。
 雅夫が強盗を、床に押し付けて取り押さえた瞬間だった。男は、隠し持っていたバタフライナイフを雅夫の腹部に突き刺した。雅夫はうめきながらも、男を取り押さえたままでいた。
 コンビニ店員の通報で警察が到着し、男が現行犯逮捕されたときには、雅夫は顔色がなく、ぐったりしていた。
 病院に運ばれる救急車のなかで、心肺機能が停止し、病院で救急治療に当ったときには、ほとんどだめだったらしい。
 千恵は、交通事故で他界した父のことをだぶらせ、それ以上の存在になろうとしていた雅夫の不幸に言葉を失った。体のどこに、これほど水分があったのかと思うほど、涙は止まらなかった。
 警察から雅夫の実家とは、連絡こそ取れたが、北海道の過疎地であったため、両親がすぐに駆けつけるわけにはいかなかったようだ。
 しかたなく、アドレス帳の最初に書いてあった千恵のところに電話がきたのだった。
 警察の取調べが終わったあと、警察の電話を使って、初めて雅夫の両親と話した。受話器の向こうから聞こえてきた声は、他人とは思えない親しみが伝わってきた。
 雅夫が急死してから、一ヶ月ぐらい経ってからだろうか。雅夫の母親から一通の手紙が届いた。
 生前、最後まで世話になった千恵への礼が、丁重な言葉で綴られてあった。手紙の追伸に
は、雅夫からもらった櫛についての詫びとも願いともとれる一文が添えてあった。
「雅夫がお渡しした櫛の件ですが、やはり千恵さんに持っていていただきたいのです。雅夫は多分、新撰組だった先祖の生まれ変わりなのでしょう。お千代という娘は、この櫛を見てはいません。千恵さんの手元にあれば、千恵さんの目を通して、お千代も見られる気がしています。雅夫のことが、いつか思い出に変わったときに、櫛は処分してくださるようお願いいたします。押し付けになり、心苦しいのですが、私どもの心中をどうかお察しください」
 この花だけは調べなくても知っている、と雅夫がいったヤマボウシ。櫛の端に小さく彫られていた花だったからだ。
 梅雨に入る直前。毎年この季節になると、雅夫が来るはずもないのに、千恵は琥珀神社に来てしまう。そしてヤマボウシを見あげながら、櫛を握り締め、胸の奥でささやくのだ。
「わたしの手の温もりがわかるかな。百年もの思いと悲しみをありがとう。女ったらしの剣士さん」
 返事を告げるように、ヤマボウシは匂い立つばかりだった。

〔了〕




<著者紹介>
(東京都渋谷区/49歳/男性/コピーライター)

○番組名  ラジオあさいちばん NHKラジオ第1放送
        (5時から8時30分までの番組)
○コーナー 首都圏情報(関東1都6県向けの放送)
○放送日時 7月6日(木)7時45分頃から約8分


実行委員長の大前がインタビューに答えています。
最優秀賞作品の一部朗読もあります。


お聞きになれる方は、是非、聞いてみてください。

 花びらは薄桃色。うつむいた可憐な姿は、内に秘めた情熱に自ら恥じらっている様だ、と幸子は思う。この花が好きだ。
「さっちゃんはどう?」
 同僚のエミに話しかけられて、幸子は一心不乱に動かしていた筆先を止める。楽焼きをやり始めるといつも周りが見えなくなる程、集中してしまう。
「なあに」
「やあだ。さっきから盛り上っているのに」
「だからどっち? 今のところ森君が二票、田口君が一票よ」
 そんなことだろうと思った。同期入社の話題といえば、男子社員のランキング、ケーキの美味しいお店と、至ってシンプルである。何が面白いんだろう、と内心幸子は眉をひそめている。もっと何かないのか、だから女子社員がバカにされるんだ。なんのために四大出ているんだろう。だいいち男なんて......。
「他に好きな子、いるんでしょう」
 美咲の一言に、思わず筆を持ったままの手先に力が入る。
「まさか。タイプじゃないだけよ、二人とも。強いていえば、田口君かな」
「つまんなあい。同点かあ。あーあ」
 エミが大げさに両手を放り投げる。恵子がまあまあ、と取りなして続ける。
「じゃあ、アラシでは誰が好き?」
 アラシ、という言葉に一瞬身体が硬直する。たわいもない雑談をしているというのに。 アラシ、という言葉を口にする度に、充ち足りた想いに笑みがこぼれた頃があった。"アラシ" はイガラシという名字が長すぎるという理由で、小学生のサチコが彼につけたニックネームだった。
「今日からアラシね」
「アラシか。山アラシ?」
「バカ、違うよ。台風の時の嵐だよ」
「そうか。カッコイイなぁ、俺」
 単純に喜ぶ彼に、サチコはちょっと後ろめたかった。名字を短くしただけなのに。

「アラシって何?」
「え、知らないの?ジャニーズのほら、新しいグループ」
 なぜか三人は声をあげて笑う。そんなに大騒ぎすることか、とつい冷静になってしまう。自分だけ遠いところに居る気がする。もしかすると私の方がどうかしているのかもしれない、と幸子は思う。
「ねえ、焼き上りに一時間かかるんだって。お洒落な喫茶店があるから、そこで待っていない?」
 エミが、店先に蔓で編んだ花器が飾ってある、和風の喫茶店をすすめる。自家製のチーズケーキが評判らしい。
「チーズケーキ?行く、行く」
 全く、彼女たちはチーズケーキに目がない。昨日の帰りにも皆でルミネに食べに行ったばかりじゃないか。そういえば、彼と最後に食事したのもルミネだった......。
「私は...まだもう少し。描き終っていないから」
 描きかけの皿を指して言う。ここ、深大寺に来るのは久しぶりだ。訪れる度に、楽焼きの看板に誘われて時間を費す。そして、いつも決まってこの花を描いてしまう。
「可愛い花。ねえ、上手だね。頑張って」
 静かになった。三人の話し声が遠去かって、幸子はほっとする。これで皿のカタクリと向きあえる。この花だけは、いつまでも大切にしたいのだ。

「はい、これあげる」
「きれい!わぁ、どこにあったの?」
「家の下の林の中。いっぱい咲いてるんだよ」
 初めて見る花だった。一目でその可憐な姿に魅入られてしまった。
 アラシと二人で近くの図書館に立ち寄る。植物図鑑をめくると、春の野草の一番最初のページにその花はあった。色鮮やかなカラー写真で、雑木林の斜面を小さなピンク色の花が埋めつくしていた。「昔は根からカタクリ粉を採取したが、今では貴重なこの植物を保存するため...」解説を読んで思わず声をひそめた。
「アラシ。これ、珍しい花だよ。採っちゃいけないんじゃない?」
 アラシは見る見る、ほっぺたをふくらませる。四年生にもなって、これが結構可愛い。「お前が喜ぶと思ったのにさ。俺ん家の続きの林にあるんだぜ。庭だよ、庭」
 アラシの家は、ここ深大寺にある。高速道路のすぐ近くだが、静かで小高い丘の上だった。家の裏手の北側斜面は雑木林になっていて、麓には湧き水が流れる清々しい場所があった。夏を待ちかねて、サチコとアラシは小川で裸足になって遊んだものである。
「ねえ、見に行きたい」
 泣いた鳥が笑ったかのように、アラシは一瞬で満面の笑顔になる。
「OK。じゃあ、明日一緒に帰ろう」
 次の日は雨だった。幼い二人が交わした約束は、とうとう守られなかった。

 雨の音に頭をもたげる。いつの間にか弱い雨が楽焼き屋の店先をぬらしている。外のベンチには赤い布がかけられていて、凛然と立ち尽している傘が静けさを守っているかのようだ。風情があるなあ、と幸子は見慣れた風景に、改めて心魅かれる。

 大学生の頃は、そば家めぐりをした。深大寺は都内でも屈指のそばの名所でもある。サチコは、竹林の中でそばを食せる店が好きだったが、アラシは毎回違う店で食べたがった。一応地元なので詳しいらしく、ここの店が一番古いんだよとか、ここのばあちゃんは毎朝早起きして、10食だけ作るんだよとか、解説してくれる。自分を喜ばせるために一生懸命になっている彼が好きだった。
 どうしてだろう。私も深大寺に住むはずだった。樹々が雨の音を吸い込み、ゆるやかな気持ちにしてくれるこの地に。

「着物、着てこいよ。親に紹介するからさ」
 大学生の彼のまっすぐな物言いに、サチコはたじろいだ。
「すごいよ、きれいだよ。一番いいよ、それが。......大事にしたいんだよ俺、お前のこと」
 嬉しかった。成人式の和装で彼に会えて良かったと、心から思う。
 成人式の式典の後、二人は調布で待ちあわせをして、最高の一枚を撮りに新宿の写真館へ向かった。撮影も終わり、行きつけのルミネでいつものチーズケーキを口にし、やっとひと心地ついたところに、アラシの告白である。背中がまたしても緊張してしまう。
「紹介って、まだ早いんじゃない...」
 自分の気持ちを落ちつけるために言いはじめただけだったかもしれない。
「母にも、まだ早いっていつも言われるし...」
 嬉しい、と口にするのをためらっている間に、開いた口から別の言葉が出た。その場でわかっていたが、素直になれなかった。
 彼の渾身の力をふり絞った告白はふみにじられた。失望と怒りで彼の表情は変わる。
「お前のかあさん、俺のこと気に入らないんだよ。K大生は世間知らずだって」
「ごめんなさい...」
「あやまるのか!なんでお前があやまるんだ。お前のかあさんに言われたんだぞ、俺は」 初めて目のあたりにする、彼のプライドの高さに私は言葉を失った。アラシ、そんな恐ることないじゃない。私、なんて言ったらいいかわからないよ。こんなに嬉しいのに、こんなに悲しい。私が悪いんだから、かあさんにあたらないで、お願い。
「ごめんなさい」
 何か別の言葉を探すべきだった。けれどのど元までこみ上げる涙で、声にならなかった。
 あの成人式の日を境に、彼からの連絡が途絶えた。もう深大寺を訪れることもないだろうと思っていた。

「カタクリですね」
 いきなり声をかけられて我にかえった。そう、よく知っているわね、とゆっくり頭を上げた目の前に懐しい顔があった。
「焼き上るまで一時間かかりますよ。本物を見に行きましょう」
 返事をする間もなく、腕をつかまれる。そう、この指、長くていい匂いがする。
 雨の中、引張られるように、しかし寄りかかりながら進む。あの、雑木林だった。
「脱サラして、店やっているんだ。もう世間知らずじゃないよ、俺」
 そんな風にずっと心にとどめていたなんて。
「ちょうど四月でラッキーだったよ。やっと約束が果たせる」
 彼は幼い約束を果たしてくれた。初めて目にする本物のカタクリは、雨のしずくをしっかりと花弁に受けとめ、静かに強い意思を持って貯んでいた。
「サチも約束守れよ、そろそろ」
「約束?」
「会いに来いよ、俺の親に。紹介するからさ」
「着物着て?」
「当然」
 思わず笑ってしまう。優しい。こんな短い言葉のやり取りが湧き水のように身体にしみとおる。この人とまた、裸足になって小川にひたりたい。私はこの人と深大寺に住みたい。あの頃、口に出せなかった言葉をやっと今、口に出そうとしている。
「嬉しい」
 互いの掌を感じながら、この可憐な花と二人は、楽焼きの待ち時間いっぱいを共に過ごす。もう雨は落ちてこない。

〔了〕




<著者紹介>
(東京都府中市/45歳/女性/アルバイト)

   再訪

 尊敬する恩師が、東京都調布市で暮らしていることを人伝に聞き、特段、恩師の自宅を訪問する訳でもないが、伊藤昭彦は思い出深い調布の町を訪問することにした。
 五十歳になっている昭彦にとって調布市は、四回目の訪問でもあり、過去の三回の訪問それぞれが劇的であった。
 深大寺周辺の町並みの中で、お土産店が集中している辺りを一回りして、昭彦は昼食をとるため、古風で風情のあるそば屋に入って、過去の思い出に一人耽けていた。

   悲恋

 昭彦が学生時代に交際していた恵理子は東京都調布市出身で、大阪で下宿をしていた。部活は軟式庭球部に入っていた。
 昭彦は剣道部の副主将として、剣道の修練に明け暮れていた。そんな折り、学園祭に庭球部と剣道部が合同で、模擬店として喫茶店を出すことが決まった。
 硬派の昭彦にとって模擬店のことは、不本意なことであったが、剣道部の副主将の立場から実行委員の一人として、模擬店の運営にあたっていた。その時に庭球部から、同じ運営委員として恵理子が来ていた。
 美人で控えめな姿勢で、聞き上手な恵理子に、伊藤は一目惚れした。来る日も来る日も恵理子のことを考え、学園祭の模擬店の打ち上げのさい、必死の思いで恵理子に愛の告白をし、受け入れられた。
 伊藤は涙が出るくらいうれしかった。その後交際が進み、恵理子の案内で恵理子の故郷の調布の町を案内してもらい、深大寺周辺を歩き続けた。伊藤はとてもうれしかった。ただ恵理子と一緒に歩けるだけで、幸せを感じていた。
 伊藤は無事、大学を卒業して、就職が決まったなら、恵理子に結婚を申し込みたいと、密かに心に決めていた。
 青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。伊藤が剣道部の夏合宿で信州に行っている間に、恵理子は故郷の調布で盲腸のため腹痛を起こし、急遽病院に入院したものの腹膜炎を併発し、逝ってしまったのであった。
 そのことを合宿所で、人伝に聞いた昭彦は俄には、信じられなかった。昭彦は恵理子の葬儀に間に合わず、恵理子の実家で遺骨の前でただただ、涙を堪えてうな垂れることしかできなかった。
 昭彦は大阪の実家に戻った夜、悲しみが込みあげ、泣きに泣いた。朝まで一睡もせずに涙が枯れ果てるまで泣き続けた。恵理子と一緒に歩いた深大寺と恵理子の遺骨の前で涙を堪えながらうな垂れるさまは、昭彦にとって天国と地獄の深大寺であった。

   隙間

 大学卒業後、大阪の中堅商社に就職した昭彦は、同じ会社に就職してきた章子と出会い、恋愛結婚をした。至宝にも恵まれ、二児の父親となった。
 子供が小学校の高学年になり、その教育方針の相違により、夫婦は倦怠期に陥った。そんなときに昭彦は、ふっと魔が刺し、携帯サイトで京都の西京極に住む、薬剤師の美智子という未亡人と出会った。理知的な匂いのする美人の美智子は偶然にも恵理子と同じ東京都の調布の生まれであった。
 美智子との交際が進み、大阪北の阪急ファイブの赤い大型観覧車の中でキスを繰り返した二人は、その夜、北新地のホテルで激しく抱き合い結ばれた。
 美智子との親密な交際が進み、妻の章子と別れる覚悟を決め、美智子との再婚に向けて、美智子の実家のある調布を訪れることになり、深大寺で愛を確かめあった。
 運命のいたずらとは、このこと言うのであろう。京都に戻った美智子は勤務する病院へ向かうさい、大型のダンプカーと衝突事故を起こし亡くなってしまった。
 昭彦は美智子が亡くなる前夜、別居中の妻の章子の夢を見た。お寺が炎にまみれる中、その本堂で身動きひとつせず、カッと目を見開いて、閻魔大王のごとく顔を真っ赤にして、正座している妻の姿を・・・
 冷や汗が背中全体に流れ、青ざめるる中、昭彦は悪夢から目覚めた。そのときには、昭彦は妻の章子の真意を図ることはできなかった。

   真実の愛

 昭彦は美智子の葬儀が終わってからも、暫くは放心状態になり、鬱状態に陥った。入院を余儀なくされた明彦を救ってくれたのは、意外にも別居中の妻の章子であった。
 倦怠期から憎しみさえ覚える妻と夫であったが、昭彦の病をとおして、二人の愛は戻った。心の底では二人の愛は繋がっていたのであろう。
 その後、妻の章子と縒りが戻り、家族は一つになった。

   悟り

 深大寺のそば屋では、ざる蕎麦を食べ終え、煙草を一服吸った昭彦は、精算をした後、そば屋を後にしていた。
 尊敬する恩師の住まれる調布は、昭彦にとっては、たいへん思い出深き町であった。
 「人生はなるようにしか、ならないものなのか・・・」
 これで良かったのだと、昭彦は自分自身に言い聞かせていた。
 昭彦の独り言を突風が巻き込んでいった。

                          

〔了〕




<著者紹介>
伏田 幸(大阪府阿倍野区/52歳/男性/学校職員)

第2回 短編恋愛小説「深大寺恋物語」 募集要綱

第2回 深大寺恋物語 公募ポスター

【募集内容】
関東有数の古刹である天台宗別格本山「深大寺」の発祥は、その名前の由来でもある「深沙大王」という神様にまつわる「縁結び」の物語に由来する、と伝えられています。「深大寺」という歴史あるお寺、その門前に位置する数多くの「そば屋」や「お土産屋」、そして「東京都立神代植物公園」をはじめとする、その界隈の「豊かな自然や花と緑」を盛り込んだ、現代のラブストーリーを募集します!

【応募規定】
4000字以内
未発表作品に限る。
◆ワードもしくは一太郎などで作成した電子データをEメールに添付した形での応募を推奨。
◆用紙はA4サイズ、1枚400字設定、もしくは400字詰め原稿用紙にて。
作品には表紙をつけ、表紙に住所、氏名、年齢、性別、職業、電話番号、作品のタイトルを記載のこと。
応募用紙には穴を開けず表紙を除いてページ番号をふり折らずに送ること。
◆応募点数制限なし。

【応募資格】
不問

【審査員】
<村松友視>
1940年4月10日東京生まれ。
慶応義塾大学文学部哲学科卒業後、中央公論社勤務を経て作家となる。
1982年『時代屋の女房』で第87回直木賞受賞。
1997年『鎌倉のおばさん』で第25回泉鏡花文学賞受賞。

<藤田三男>
1938年4月8日生まれ。
早稲田大学日本国文専修科卒業後、株式会社河出書房勤務。編集長を経て退社。
現在、出版社の相談役等に就いている。

<井上荒野>
1961年東京生まれ。
成蹊大学文学部英文学科卒業後、出版社でアルバイト。
その後、大学受験生向け新聞のフリーライターに。
その傍らに書き上げた小説「私のヌレエフ」が第1回フェミナ賞を受賞。
著書に「グラジオラスの耳」、「もう切るわ」、「ヌルイコイ」など。

【賞金】
最優秀賞10万円(1編)、 佳作5万円、 調布市長賞

【応募締切】
8月31日(必着)

【応募先】
〒182‐0026
東京都調布市小島町2―45―7調布南ビル2階(ちょうふどっとこむ内)深大寺短編恋愛小説実行委員会事務局
電話:042‐487‐4282
FAX:042‐487‐4280
E-Mail:chofu★shop-info.com(★部分を@に変更の上、お送りください)  

【発表(予定)】
2006年秋に開催予定の「深大寺そばまつり」並びに「ちょうふどっとこむhttp://chofu.com/」ホームページにて

【主催】
深大寺短編恋愛小説実行委員会

【共催】
深大寺そばまつり実行委員会、じんだいフェスタ2006実行委員会
特定非営利活動法人 ちょうふどっとこむ

【参画】
社)調布青年会議所

【協力】
アカデミー愛とぴあ・深大寺奉賛会・深大寺そば組合・調布タウン誌182、J:COM調布・世田谷、調布エフエム放送株式会社・特定非営利活動法人 調布フィルムコミッション

【後援】
調布市・深大寺・財団法人 文化・コミュニティー振興財団・調布市商工会・調布市教育委員会・調布市観光協会・社会福祉法人 調布市社会福祉協議会・調布市文化協会、角川大映撮影所、日活撮影所

【諸権利】
入賞作品の出版権、上映権、映像化権等の諸権利全ては主催者及び共催者に帰属。また、主催者及び共催者は、全ての応募作品について、その作品をホームページ等で掲載させていただく権利を有するものとします。

【その他】
応募作品の返却はいたしません。


※詳しい情報は、「ちょうふどっとこむ」ホームページ(http://chofu.com/)をご覧ください。

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2006年4月20日 朝日新聞武蔵野版 朝刊 に掲載されました

調布で設立の恋愛小説文学賞「深大寺恋物語」:受賞作品集販売開始
4月1日(土)〜じんだいフェスタ2006会場などにて:第2回の公募も開始

昨年度、審査員に直木賞作家の村松友視さんや藤田三男さん、井上荒野さん、長友貴樹調布市長を迎えて設立した恋愛小説文学賞「深大寺短編恋愛小説(深大寺恋物語)」の受賞作品が冊子となり、この度、4月1日〜じんだいフェスタ2006会場などで販売されることになった。

冊子表紙

冊子を開いたところ

    
冊子は、A5版、42ページ。受賞4作品に加え、村松友視さんら3名の審査員の選評が掲載されており、1冊500円(税込み)にて販売。(販売収益は第2回の運営費に充当されます)
4月1日(土)から9日(日)まで開催される「じんだいフェスタ2006」会場内に販売用の特設ブースを設ける。また、第2回の公募も同時に開始する。(今回販売する冊子の末尾に募集要項も掲載)
【冊子販売日程・場所】
深大寺山門前特設ブース(4月1日、2日のみ)
都立神代植物光園正門横特設ブース(4月1日〜9日)
深大寺境内売店(4月3日〜)
4月末には、インターネットでの販売も開始(http://chofu.com/)また、市内書店でも販売する予定。



本内容に関するお問合せは:
深大寺短編恋愛小説実行委員会
東京都調布市小島町2-45-7調布南ビル2F(NPO法人 ちょうふどっとこむ内)
実行委員長 大前勝巳
TEL:0424-87-4282 FAX:0424-87-4280
chofu★shop-info.com(★を@に直してください)
本公募事業の詳細は、http://chofu.com/でもご覧いただけます。
■深大寺短編恋愛小説「深大寺恋物語」公募事業について

「深大寺奉賛会」や「深大寺そば組合」の会員並びに「社団法人調布青年会議所」のメンバーなどが主体となり、審査員に直木賞作家の村松友視さんや藤田三男さん、井上荒野さん、長友貴樹調布市長を迎えて、2005年7月に設立。2005年10月22日(土)、第24回深大寺そばまつりにて、第1回の授賞式。

第1回目は初回にも関わらず、日本全国・北は北海道、南は沖縄、上は85歳下は17歳と幅広い年齢層の方から、応募総数334と非常に多くの作品が集まった。文学賞設立にあたり、様々なアドバイスをいただいた「株式会社公募ガイド社 橋谷尚人編集長(東京都新宿:03-5312-1600)」によると、「第1回であることと賞の規模から考えて、これだけの数が集まるのはめったにない。」とのこと。

受賞作品は最優秀賞1作品、佳作2作品、調布市長賞1作品の計4作品。最優秀賞には
賞金10万円、佳作には各5万円の賞金が送られた。
受賞作品は、作品集として販売する他、朗読したものをテープやCDにして、市内の書店やインターネットで販売していきたい。また、将来的には本受賞作品をもとに脚本を起こし、ラジオドラマ化や近隣の映画関連会社に協力を仰ぎ映像にもしていきたいと考えている。

■第1回入賞者発表!!■ <最優秀賞> 『夏の果て』 中野まさ子さん(埼玉県さいたま市) <佳作> 『実生乱造症候群』 伊吹真理子さん(東京都調布市) 『石斧の恋(せきふのこい)』 吉田信さん(東京都調布市) <調布市長賞> 『雪椿』 前田万里さん(東京都調布市) 入賞作品授賞式は、平成17年10月22日(土)14:00より、深大寺そばまつり会場・深大寺内庫裏前にて行なわれました。 受賞された方、おめでとうございました! 今回の応募総数は、334点。 内、最終選考通過作品は10点でした。 たくさんのご応募、有難うございました。 次回もよろしくお願いいたします。

調布「深大寺」にて恋愛小説の文学賞 初の授賞式開催
審査員委員長の直木賞作家 村松友視さんらも出席〜応募作品総数 334通の中から 選考〜 


この度「深大寺奉賛会」や「深大寺そば組合」の会員並びに「社団法人調布青年会議所」のメンバーなどが主体となり、審査員に直木賞作家の村松友視さんや藤田三男さん、井上荒野さん、長友貴樹調布市長を迎えて設立した恋愛小説の文学賞の選考が終わり、10月22日(土)14時より、深大寺境内にて授賞式を開催することとなった。

今回第1回にも関わらず、日本全国・北は北海道、南は福岡、上は85歳下は17歳と幅広い年齢層の方から、応募総数334と非常に多くの作品が集まった。文学賞設立にあたり、様々なアドバイスをいただいた「株式会社公募ガイド社 橋谷尚人編集長(東京都新宿:03-5312-1600)」によると、「第1回であることと賞の規模から考えて、これだけの数が集まるのはめったにない。」とのこと。

受賞作品は最優秀賞1作品、佳作2作品、調布市長賞1作品の計4作品。最優秀賞には賞金10万円、佳作には各5万円の賞金が送られる。
受賞作品は、小冊子にまとめる他、朗読したものをテープやCDにして、市内の書店やインターネットで販売する予定。また、将来的には本受賞作品をもとに脚本を起こし、ラジオドラマ化や近隣の映画関連会社に協力を仰ぎ映像にもしていきたいと考えている。
尚、授賞式は、「第24回深大寺そばまつり」の一環として開催。(14時〜14時30分)


2005年8月10日 読売新聞武蔵野版 朝刊 に掲載されました

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