1

驟雨だった。
あの時のように、細かい雨が絹糸のように体にまつわり、落ちてゆく。
展示場の軒下にはいって、ハンカチで洋服をふきながら、あの時の幻を見つめていた。彼が恋しかった。

上京して、三鷹の近くの大学の付近で、アパートを借りての一人暮らし。
憧れていた学生生活のはじまりだった。父親が事故で亡くなったのは、私が中学の時だった。母親の仕送りでまがりなりにも、これから、十八歳の一人暮らしがはじまる。貧しくても、希望に光り輝いていた。朝昼の二食は、学食ですまし、夕飯は自炊した。お米を買い野菜を買い、肉や魚を買った。毎日がおままごとのように過ぎた。
母親が、故郷の仙台でいけばな教室を開いている。幼いころから花を生ける母のそばで、あそびながら、この花は薔薇ですよ 菊ですよ葉蘭、南天 カトレアなどなど、聞かされていた。そのせいか、花や、樹木が好きになっていた。神代植物園は、暇ができると、よく足をはこんだ。無理に大学で友人をつくるより、私にとっては、ずっと自然だった。

あの時も、梅雨空のなか、読書につかれた目を、緑や、花でいやされたくて なんとなく来てしまった。樹木に囲まれると、母といるように、安らいだ。くちなしの木の下まで来て、不意にシャワーのような雨につつまれた。
「あ、どうぞ、傘に入ってください。梅雨の時はしょうがないですねえ、
雨が待てしばしがなく、降ってきますからねえ。でも、雨にぬれて、生き生きする植物をみるのが好きなんですよ」
見知らぬ男性だった。四十代だろうか、話しなれた風で、傘をさしかけてくれた。ブルーのカラーシャツが清潔そうな印象だった。
1諸に園内をぐるりとまわった。さりげなく、お茶も誘われて、深大寺のそばの喫茶店に行った。父親に接しているような、親近感で、学内の愚痴なんかも、知らず知らずに、しゃべっていた。

      2

 あれ以来、時々、神代植物園であった西川哲也が、誘いの電話をくれた。
渋谷の劇場への誘いとか、やはり、渋谷にあるロシア料理とかへの招待だった。
「ここは、シアターコクーンといって、お芝居のほかに、海外から呼び寄せたオペラや、音楽の演奏会も行われるのですよ」
「コクーンなんて、変な名前ですね」
「そうですね、聞きなれない言葉だけど、繭という意味のようですよ
ここで、蜷川芝居のギリシャ悲劇を見たときは、感動しましたよ。紅ちゃんは
今日のような、お芝居は、また、蜷川芝居とは、趣きが違うけど、お好きですか」

「あ、劇団旅人という名前は聞いていましたが、はじめてみました。お芝居のテーマというか、作者が なにをいいたがっているか、わかったような気がします。
役者さんたちもすばらしかったわ。このような、世界もあるのですね。新鮮な驚きです」

観劇のあとはロシア料理店に案内された。
西川は 慣れた感じで、ウエイターに料理の注文をし、ワインも何年ものが美味しいとか熟知した感じでオーダーしていた。慌てて、私は未成年者ですと言ったら、えっと、ひどく驚いた。
もう二年で飲めますからと言ったら、また驚いた風で、若い人の年は見当もつかない、とうろたえていた。

          3

 西川との、ときどきの交流は楽しく、私の貧しい学生生活を華やかにいろどってくれた。明日、会いたいという電話が来た日は、胸がはずんで、その夜は、なかなか 寝付かれなかった。そんなこんなで大学の生活にも、慣れてきたが、内気な私には、友人は、なかなかできなかった。。
クラブは演劇クラブにはいった。西川に案内された、お芝居の影響からか、クラブをえらぶのに時間はかからなかった。
彼らはチエホフのかもめをとりあげていた。いい役はみんな、先輩のもので、こちらは衣装がかりとか、小道具とか、使い走りに毛の生えたような裏方ばかりだった。
先輩とのつきあいは、むずかしく、大学の講義には、ついてゆけたがクラブのしきたりには、心の中で反発していた。

 「先輩は、そんなものですよ、どこの世界でも・・・・。彼らに理屈はないのですよ。先輩風を吹かせたいだけなんだから・・・。反発しないで、スルーすればいいのですよ。それよりも、クラブに入ったおかげで演劇のアウトラインがわかってきたでしょ。そうして、本物のお芝居を見れば、味わいが1段と深くなる筈です」
「そうかもしれませんね。でもね、先輩が私の台詞をきいて、君のなまりを治すには二年か三年かかるなあ。アクセント辞典を買って練習しなさい。と言うのよ」
「それは、厳しいですね、まるで プロの世界だ。まあ、高みをねらって努力するのはいいことですよ。なまりと言うか、方言にはいい味があって、僕は好きですが、なおせたなら、社会にでた時もおおいに役に立ちますよ」
西川の言葉は人生の先輩として、重みがあった。
急に西川と連絡がとれなくなって、一ヶ月になる。何か気にさわることを言ったのかしら?お仕事が忙しいのかしら。心を痛めたが、思い当たることもなく、あきらめかけていた時、メールが入った。

「桂木紅子さん 始めまして。急にメールを差し上げてごめんなさいね。わたしは、西川哲也の妻です。あなたのことは、伺っておりました。神代植物園で夫と偶然にお会いしたのですね。彼はとても、喜んでおりました。死ぬまぎわに若いお嬢さんと知り合えたことを。
彼は末期癌でした。息をひきとってから、1ヶ月たちました。ようやく落ち着きましたので、メールをさしあげる決心がつきました。彼は、癌の宣告をうけてから、気持ちを落ち着かせるために、よく植物園にでかけておりました、樹木やお花が好きで、見ていると、穏やかに死を迎える準備ができそうだと言っておりました。あなたのことを、くちなしの花の精が急に目の前に現れたようだったとはなしておりました。彼は劇団旅人の役者でした。
紅子さんをスカウトしたいなどと冗談を言っておりましたが・・・。もう、今は天国で、お芝居を演じているでしょう。
紅子さんのような若い方が、あんなおじさんと付き合ってくださって、有難うございました。彼は最後のお芝居を 若いお嬢さんと演じられて、役者冥利につきると言っておりました。かさねて、有難うを申します。紅子さんには、輝かしい未来があります、もう、哲也のことはお忘れください。おからだお大切におすごしください、では、失礼いたします」
ショックで、何も考えられなくなった、食事も胃が受け付けなくなった。何日も起き上がれなかった。奥様への連絡も、携帯が不通になっていてできなかった。やっとの思いで深大寺におまいりして、彼の冥福を祈った。
植物園にはいると、雨が落ちてきた。あの時と同じだが、傘をさしかけてくれる彼はいなかった。

-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
伊東 ポピー(神奈川県藤沢市 /54歳/女性/主婦)

「どこか行きたいところとか、会いたい人はいないの?」
茜に訊かれて、美空は言葉に詰まってしまった。仕事の合間を縫って、病院まで車で迎えにきてくれた友人が、親切で言ってくれているのはわかる。だが、今の美空には難しい問題だった。
行きたいところはたくさんあった。ファッション関係の仕事をしているが、一度もヨーロッパに行ったことがない。
憧れの職業に就くために十九歳で上京し、仕事一筋で十年が過ぎた。地元でつきあっていた恋人からは、上京して一年ほどで連絡がこなくなった。今年久しぶりに届いた年賀状には、二人目が産まれますとあった。
仕事がひと段落したら、フランスを一人で回るつもりだった。体の不調を覚えることがあったが、旅行を励みに激務に耐えた。
 しかし、当分の間、それはかなわなくなってしまった。主治医を説得し、明後日には帰る約束で外出許可をとりつけたが、あとひと月は入院が必要だと言われている。
「別にないわ。茜が来てくれたし、夜には妹が上京することになっているから」
「ソレイユは?」
「真木さん? どうして?」
「どうしてって、そんなのわかるわよ」
茜は笑って、「もういろいろ我慢するのはやめるんじゃなかったの?」と言った。
真木直樹は、美空が仕事帰りに寄る喫茶ソレイユの店主だった。美空は真木が淹れる紅茶が好きだった。
真木とは、客とマスターの通り一遍の会話以外、ほとんど会話らしいものをしたことがない。趣味で写真を撮っているというのも、ほかの客と話しているのを聞いて知った。
 髪を乱し、化粧もほとんどとれかけた美空が、ドア・ベルを派手に鳴らし、「まだ、大丈夫ですか?」と駆け込むと、直樹はいつも笑顔で迎えた。しかし、それは一瞬のことだった。美空と目が合うと、わずかでも笑顔を見せた自分を恥じるように、そのあとは黙りこんでしまう。自分の感情を表に出すことを極端に警戒しているようだった。
 その真木が、手作りの写真集を持って、美空のいる病院にきた。
 検査を終えて、病室にもどる途中、長い廊下の先に、長身の男の背中があった。逆光でシルエットしかわからなかったが、美空は真木だと気づいた。
 病室にもどると、ベッドの脇には、「東京」と書かれた写真集が置かれていた。「高木美空さんへ MN」というメモがあった。
 なぜ、「東京」なのだろうとしばらく考えると、思い当たる節があった。
 体の不調を我慢して仕事をしていたころ、久しぶりに地元の女友達から連絡があり、同級生がみな、家庭の主婦として幸せに暮らしていると聞かされた。茜が一緒でカウンター席に座ったときで、「田舎に帰った方がいいのかな。東京で暮らすの、疲れちゃった」とこぼした。真木は、それを聞いていたのだ。
 写真をめくっていくと、確信を得た。真木は、東京の美しい風景をたくさん集めていた。美空が見たことのない東京だった。
 その中に、木立を写した写真があった。「深大寺・深沙大王堂」というタイトルがついたその写真が、美空は特に気に入った。
逆光を浴びた木々のシルエットが、澄んだ空気の中に浮かび上がり、石畳には、幹や葉の影が伸びていた。子どものころに、よく遊んだ裏山の林を思い出して懐かしかった。眠れない夜に、美空は写真集をめくった。
写真への愛着は、撮影した真木への淡い思いへと変わっていった。恋と呼べるような感情をもっていることに驚きながら、これは二度めの初恋なのかもしれない、恋を知ったあとだから、本物の初恋なのだと考え、空想の中で、気に入りの深大寺の風景に真木を佇ませて、眠りについた。二人で木漏れ日を浴びながら、散歩をする夢を見ることもあった。
「まだお若いのに」と同病の患者からも哀れまれる病になった運命に、美空は納得がいかなかった。体調が優れなかったり、入院生活に倦んできたりすると、気持ちがささくれ立った。仕事を一線で続けている同僚が見舞いにきたときも、心が乱れた。
反省して努めて明るく振舞うと、反動で果てしなく落ちこんだ。そんなときは、真木への思いも、自分で傷つけてしまった。
真木がいくら優しい人でも、病気になった女を相手にしてくれるわけがないとか、うまく撮れた写真をだれかに見せたいだけだとか、私にしても、ほかに考えることがないから、真木に執着してしまうのだとか。
だが、どんなにふて腐れた気持ちになっても、冷静になろうと努めて真木の写真を眺めると、心は少しずつ穏やかになっていった。
ソレイユに、お礼の電話をかけたことがある。電話口の真木は、感激してまくしたてる美空の話を静かに聞いてくれてはいたが、美空が喜ぶようなことは言わなかった。
外出許可が出たときも、真っ先に電話をかけた。あれこれと言うことを用意していたが、呼び出し音が鳴り続けただけだった。
誰とどこに行きたいかと訊かれれば、真木とあの木立の中に佇んでみたい。そんなささやかなことも、自分には難しいことなのだ。
ふいに目頭が熱くなって、美空は窓の外に視線を向けた。体が不調になって以来、感情が極端から極端へ走ることが多くなっている。車窓を流れる街の景色には、緑の彩りが濃くなっていた。初夏は、美空が一番好きな季節のはずだった。
「大丈夫? 具合が悪いの?」
茜がのぞきこんだ。余計な心配をかけてはいけないと、美空は笑顔を作り、「最近、彼とはうまくやっているの?」と訊ねた。
茜には、三か月ほど前から、つきあっている年下の恋人がいる。彼女には珍しく、自分から交際を申し込んだ相手だった。
この間撮った写真があるはずよと、美空にバッグからデジタルカメラを出させると、信号待ちの間に、ディスプレイをセットして差し出した。
何枚か写真を見た後、「なあに、これ?」
と、美空は吹き出した。
芝生の上で茜と恋人が足先を合わせてVの字に寝転がり、相手の方に腕を伸ばしている。いびつだが、満面の笑みの二人がつくったハートだった。周りには人も写っている。
「見ての通り、遠足で撮った人型ハートよ」
「遠足?」
「正確には、恋人遠足って言うんだけど。デートを二人だけのオリジナルの呼び方にしようって、彼が言い出して。私が考えたのよ」
「恋人遠足ねえ。私が苦しんでいるときに、茜はこんなことして遊んでいるのね」
あきれたように言いながら、美空は久しぶりに心が軽くなっていることに気づいていた。
「私もがんばっているのよ」
 大げさにため息をついた茜は、「ちょっと真面目なことを言うけど、聞いてよね」と前置きをして続けた。
「彼と付き合うまで、愛されるのが当たり前だし、愛されていなくちゃいやだと思っていたけど、自分が愛していれば、それでいいと思うようになったの。愛する方が楽しいのよ。その方が自分に合っているって、今ごろ気づいたの」
 車が、美空の住む町に入った。真木のいるソレイユも近い。
「どうする? あとで迎えに来てあげるけど」
そう言って、茜が車を店の横に止めると、真木が中から出てきた。
「そういえば、マスターが、明日は店を休みにするって言っていたわよ。美空たちも恋人遠足したら?」
次の日、美空と真木は、深大寺界隈を散歩していた。空は青く晴れ渡っていた。
 昨日、美空は、真木の淹れてくれた紅茶を飲んだあと、「明日、遠足に行ってくれませんか? 」としどろもどろになりながらも、自分から誘ったのだった。
「高木美空さんて、素敵な名前ですね」
 深沙大王堂の前で、「ここには縁結びの神様がお祀りしてあるんです」と説明したあと、真木がふいに言った。
「僕は真木直樹で、縦に伸びるようなイメージですが、あなたのお名前は、僕のさらに上にあって、無限に広がっていくイメージです。この木々やその上に見える空は、僕たち二人のことだと思いませんか? 僕はここに来ると、いつもあなたのことを思い出すんです」
 そう言って、真木は空を仰いだ。
 思いがけない告白に、美空はそっと涙をぬぐいながら、私も負けてはいられないと思った。愛することを生きる意志に変えて行こうと、昨晩、一人になったとき、真面目に考えたばかりだった。
 空を仰ぐと、複数の梢に切り取られた空が、真木の出身地だという四国の地形のように見えた。真木にそのことを教えると、喜んでシャッターを切った。
視線を動かすと、すぐ近くに別の形も見つけたが、真木には教えず、美空は自分のシャッターを切った。今日はこれまでめったに使わなかったデジタルカメラを持ってきた。
あとひと月離れている間、美空も自分の思いをこめた写真を真木に届けるつもりだった。
 帰りの車の中で、美空は、
「私たち二人の空です」
と真木にカメラのディスプレイを差し出した。梢の黒い影が、空をきれいなハート型に切り取っていた。
美空は、この写真に、「深大寺・恋人遠足」というタイトルをつけようと決めていた。

-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
藤原 康世(東京都調布市/41歳/女性/主婦)

「ごめん、結構待たせちゃったね」
恭子はまだスニーカーがちゃんと履けていないのか、つま先をトントンと叩きつけながら私の方へやってきた。
「それじゃ光太郎、行こうか」
スキップのような足取りで恭子が私の横を通り過ぎていく。私もふぅっと一泊呼吸をした後、後を追いかけるように歩き始めた。そう、今日はいつもと同じ日曜日だ。
私のような生活をしているとほとんど曜日の感覚が無くなるので、恭子と一緒に歩くこの日だけが来て、始めて一週間が終わる事に気づく。それくらいこの恭子と同じ時間を過ごせる日曜日は新鮮で、待ち遠しい一日なのだ。
「今日は一日中晴れるらしいよ。良かったね、光太郎。明日からはまた雨みたいだけど...」
今年は五月でも雨が多く、春らしい爽やかな風が吹く日が少なかった。私も恭子も大好きな眩しい春を素通りしてもう梅雨に入ってしまうのだろうか?
「うわっ、綺麗な紫陽花」
武蔵境通りをまっすぐ歩き、「深大寺入口」と書かれた交差点を左に曲がると「深大寺通り」に入る。石畳とも言える歩道を進んでいくと季節に彩られた植物たちがここに来る者を迎え入れてくれる。春なら艶麗な桜並木、そしてこの季節は淡い青、白、緑の紫陽花たちだ。恭子も紫陽花の前にしゃがみこんで頬杖を突きながら見惚れていた。
「そうだよね...。もう今日から六月か。一年なんてあっという間だね」
恭子の目の奥にも淡い紫陽花が映るが、どこか物悲しさが漂っていた。私も恭子も六月が来ると憂鬱な気分になってしまう。理由は二つ、ジメジメとした梅雨がやって来るから。そして、私の兄である賢太郎の命日がやって来るからだ。

 私の兄である賢太郎は五年前の六月八日、この深大寺通りで交通事故に遇い亡くなった。その日、兄は恭子と紫陽花を見に植物公園へ行く予定だったのだが、約束の待ち合わせ場所へ彼女がなかなか現れなかった。
『今日じゃなかったのか?』『待ち合わせ時間を間違えたのか?』『何か事故にでもあったのか?』
寂しさと不安に押しつぶされそうになっていた兄は、一時間後、向こう側の道路から走ってこちらに向かって来る恭子をようやく見つけた。余程うれしかったのであろう、私と違い感情がストレートに出る兄は恭子しか見えなくなり、彼女の姿を見るや否や道路を駆け渉ろうとしてトラックに轢かれてしまったのだ。

「今年も一緒に紫陽花が見られて良かったね、光太郎」
恭子はそんな昔の出来事を振り払うかのように私に微笑み、その後、またあのスキップのような足取りで歩き始めた。私は大きく頷くことしか出来なかった。恭子が一緒に見たかった相手は私なのか、それとも...。俯きながら歩く私を尻目に彼女は深大寺に向かって行く。その後姿が少しずつ小さくなって映る事に私と恭子との距離が本当に離れてしまうような錯覚を覚えた。一瞬目の前が暗くなる。そして、いつも恭子が私に向かって話してくれた言葉が真っ暗な視界から救い出す一筋の光のように甦ってきた。

「光太郎、本当に想っている相手なら、喋らなくたって顔を見れば何を考えて何を求めているのか分かるものなのよ」
記憶の中の恭子が私の顔を覗き込みながら話しかけてくれる。私の思いとは...。
「私は光太郎を想っている。だからあなたの事は全てとは言わないけど、何を望んでいるか位は分かっているつもりよ。光太郎もそうでしょ?」
そうだ。私も分かっている。恭子が何を望んでいるか。何を求めているのか。叫べるものならいつでも叫んで伝えてあげたかった。
私は分かっている。恭子も分かっているはずだ。求めている事がもう叶わない願いであるという事も。彼女が立ち止まってこちらを振り返ってくれれば、周りの人など気にもせず私は声を大にして叫んであげたかった。もうどうする事も出来ないその残酷な願いを早く忘れてもらえないかと。

「賢太郎と光太郎と私は必ず出会う運命だったのよ」
 また記憶の中の恭子が私に向かって話しかけてくれる。私と兄は八歳も離れていて、しかも腹違いの子だった。兄は鼻筋も通っている父親似のハンサム、活発で好奇心に溢れどんな人ともすぐに打ち解ける事が出来た社交的な存在、私はどちらかと言えば母親似でコミュニケーションを積極的に取るより、一歩引いて人を観察している方が好きな性格と兄弟といえども容姿・性格どちらも全く異なっていた。それでも兄・恭子・私はいつも皆一緒に行動し、恭子は私と兄に対して平等に接し愛してくれた。
 『光太郎、俺は恭子と結ばれたいわけじゃない。俺と光太郎が恭子にとって、ずっと忘れられない存在として残っていたいだけなんだよ』
私と兄の二人でいる時、兄は私にいつもこう話してくれた。私はまだ幼くその言葉の意味がちゃんと分からなかったが、情熱的な目を輝かせて想いを語る兄に対して
『でも、兄さんと恭子はお似合いだと思うけどな』
と言うと、兄はいつも照れくさそうに笑っていた。兄と恭子が並んで歩き、それを見守る自分がいる。皆が一緒にいる、それが幸せだと思っていた。

深大寺の境内に入ると紫陽花は一層輝きを増したかと思えるくらい鮮やかなブルー一色に季節の壁画を作っていた。咲き並ぶ紫陽花を手で触れながら嬉しそうに恭子は本堂に向かっていく。
「光太郎もちゃんと目を瞑ってお祈りをするんだよ」
恭子がお賽銭を入れ手を合わせる。私も一緒に目を閉じる。いつもここで私が願う事はただ一つ、これまでと同じく何ら変わることなく恭子と同じ時間を過ごせますように。願い終わった私は横目でチラリと隣を見る。彼女は何を願っているのだろうか?
「ねぇ、光太郎。今日はこの後、あそこに寄ってもいいかな?」
目を開けた恭子が真剣な眼差しで話しかけてきた。私は無言で頷く。向かう場所は分かっている、兄の処だ。私と恭子は本堂を抜け石畳の脇道に出た。木々が光を遮っているので、先程の深大寺通りとは違い空間全体がひんやりとしている。
「今日もね、光太郎とずっと一緒にいられますようにとお願いしたんだよ。嬉しいでしょ?」
私は精一杯嬉しそうに笑ってみせたが、実際に認めてしまうと恭子の言葉の裏を探ぐろうとする今の自分の心境が冷えた石畳の感触と重なり体の奥にまで侵食しくるようで『うん』と言葉では言えなかった。いつもは立ち寄る花屋も通り過ぎ、恭子はまっすぐ歩いていく。また私は小さくなった後姿を追いかけなくてはいけなくなってしまった。恭子はどんどん離れていく。
いつの間にか私は走っていた。懸命に走った。息を切らし走りながら彼女を追いかけた。追いかければ追いかけるほど、目の前の恭子ではなく記憶の中の恭子が視界に広がってくる。白く靄がかかった私の想い出の中の恭子はベッドの上で泣いていた。
「賢太郎、寂しいよ。賢太郎...」
私は知っている。恭子が仕事で疲れていた後や、何か不安になった時に眠りながら兄の名を呼ぶ事を。目から涙が零れ落ちている寝顔を見ながら、私は何もしてあげる事が出来なかった。ただ、彼女を包み込むようにして一緒に眠りにつくことしか出来なかったのだ。兄が亡くなってからの五年間、その情景は幾度となく繰り返された。幾度も幾度もそれ自体が終わらない夢の如く繰り返されたのだ...。

「ほら光太郎、もうすぐ着くよ」
どうにか追いついた私の目にも天まで聳え立つ位大きな慰霊塔が見えてきた。あの慰霊塔の下に兄は眠っている。走りながら、恭子を追いかけながら、私ははっきりと分かった。私は恭子を想っている。恭子を見守りながら想い続けている。しかし、恭子が今も心からずっと想い、愛し続けているのは兄なのだと。そしてもう一つ、兄が言っていたあの言葉の意味も。
「久しぶりだね、賢太郎。また逢いに来たよ」
今日、墓前で私は兄に改めて報告が出来るだろう。恭子はずっと兄の事を想っている。兄をひとときも忘れた事はない、恭子の中で今も一緒に生きているという事を。
「ほら光太郎、一緒に目を瞑ろう」
恭子が目を瞑った。うっすら涙が見える。私は目を瞑らず、ただじっと聳え立つ慰霊塔をゆっくり見上げた。兄に報告するためだ。
私も兄もこれからずっと恭子と結ばれる事は無いだろう。それでも構わない。結ばれる事だけが幸せではないからだ。その人にとって忘れられない存在になる事、それこそが私と兄の幸せなのだから。そうだろう、兄さん。
私は力いっぱい吼えた。慰霊塔の脇に建つ紫陽花が供えられた墓石の主の名を。

―   愛犬 賢太郎 ここに眠る 享年 十歳 ―

 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
加藤 はるき(東京都府中市/27歳/男性/会社員)

―「お父さんがね、そんなもの買ってやる必要ないって」―
私の記憶のはじめのほう、母と手をつないで坂道を下っている時だった。
「まなちゃん、おひなさまが欲しいの」
それから私は、何もねだらない子になった。
昭和56年、家の周りは森に囲まれていて、田畑もまだ残っていた。横浜にもそんな風景が残っている時代だった。家から出てすぐ、道の右側には山から流れてくる水がちょろちょろと音を立てていて、左側には防空壕がのぞく竹林があった。空気は冷たかったが、天気は晴れだった。
 あれから20年後に、もう1度母に聞いた。本当に父がそんな事をいったのかと。そのとき初めて、母の父に対する憎しみをあの時から私にぶつけていたことを知った。母は嘘をついていた。本当に父がそんな事を言ったかのような芝居をつけてまで。しかし、母は父の前ではいたって普通に振舞っていた。私さえ黙っていれば「明るい家庭」は成立した。
 深大寺で綿菓子を売っている母娘をみながら、そんな思い出がよみがえっていた。よく働く娘だ、まだ小学校の中学年くらいだろうか。少女は髪を後ろで束ね、7分丈のジーンズからは、綺麗に日焼けしたふくらはぎがすらっと伸びていて、その脚が綿菓子を作る母のところにいったり、機械の周りを回ってお客のところにいったりと、くるくるぴょんぴょん休むことなく動いている。ベンチに座りながら、私はその娘の姿ばかりを追っていた。
紅葉にはまだ早い初秋の頃。蕎麦の季節の深大寺は、子連れ、犬連れ、恋人連れの人たちで混雑している。1人の人もいるけれど、大抵カメラ片手にうろうろしている。蕎麦屋も土産屋も飴屋も繁忙期だ。しかしあの綿菓子屋は面白い。もうすぐ紅葉だっていうのに、青色の綿菓子がある。季節感というものを思いっきり無視しているんじゃなかろうか。白が普通だから、きっと子供にはウケがいいのだろう。商売に季節感を出すのは、子供相手には必要ないのかもしれない。綿菓子を買う子連れの相手をしながら、ずっとあの娘は手伝いをしている。父親らしき人は店にはいない。大丈夫だろうか、我慢しているんじゃなかろうか、そのうち私みたいに・・・。
「ただいま」
「ああ、おかえり」
わが夫である。季節の行事が好きな夫は、ただでさえ丸い顔をもっと丸くしてニコニコしている。男にしては珍しく白くてすべすべした肌の持ち主だ。マシュマロというか大福というか、とにかくすべてが白くて丸い。
「トイレから出たらさあ、階段の所に毛並みがサラサラしたでっかい黒い犬とミニチュアダックスがいて。やっぱいいよなあ犬がいる生活って。でもやっぱりコーギーだよ。あのボンレスハムにポークビッツみたいな体型、最高だよなあ。」
コーギーの話は結婚してこの3年、犬を見る度に聞いている。いつもまともには取り合わない。ただでさえ世話の焼ける男に犬までついてきたら、私の生活はどうなるんだ。孫はまだかとも言われているというのに。
「なんか腹へったなあ、ソフトクリームでも買おうかな。」
「さっき蕎麦食べたばっかりじゃん。もうお腹すいたの?」
「たしかに玉乃屋の蕎麦は美味しかったなあ。太麺があれほど香るとは。俺はまだまだ麺の世界をしらないな。そういえば、昼の薬は飲んだ?ああ、蕎麦屋で飲んでたか。」
結婚するまで、私は食べ物のことなんて興味がなかった。実際今でも食べ物があれば何でもいい。食べること自体がしんどいから食に感動したことはなかった。でもたしかに、玉乃屋の太麺は粗挽きの蕎麦粉が噛むごとに香って、蕎麦のおいしさとはこういうものかと思ったばかりである。それにしても、夫の食に対する気持ちは貪欲だ。
「ソフトクリーム食べる?」
「丸々1個は食べられないよ」
「じゃ、2人で1つね、買ってくる」
週末は大抵、100CCのバイクで2人乗りをして出かけている。車なんて持つ余裕などない。でもそれで十分。私も夫も自動二輪の免許を持っている。1人でバイクに乗るのはストレス解消になるけれど、夫の後ろでタンデムしているときは、なんだか楽しい。バイク歴は私のほうが長いから時々運転の仕方にイライラするけど、夫の体重を後ろに乗せるのも結構しんどい。
「買ってきたよ、抹茶とバニラのダブル。」
2人で1つのソフトクリーム。まさか私がこんなことをするとは。結婚や家庭などもろいもの。恋にあこがれることもなかった。仕事してお金を貯めてマンションを買って、そうやって生きていくと思っていた。それが何だ今のこの光景、はたから見たらラブラブじゃないか。私にはそんな気はないぞ。道行く皆々様、勘違いしてもらっちゃ困るんだよ。私はひたすらポーカーフェイスを貫いた。
「何か買いたいものある?」
「特に、何もないよ」
聞かれて一番困る言葉。買いたい物なんて、あるのかないのかわからない。例えば、なんとなく気になったこの如意棒みたいな長いお菓子は、欲しい物の範疇にはいるのか?生活に必要な物なら買いたいとは思うけれど。一般的に欲しい物って何のことをいうのだろう。
「それじゃ、お参りしようか?」
「いいよ、行こうか。」
夫が行きたがっていくからついて行く。結婚以来変わっていない私のスタンスだ。階段を上り左手にある洗い場で手を洗う。中央に戻って線香を買って立てる。浅草寺みたいに、手で煙を頭に持っていく。この行為に何か意味はあるのだろうかと思いながら、さらにちょっとした階段を上がって御堂の前の賽銭箱に向かう。
「5円玉ある?」
「ないよ」
「じゃ、10円でいいか、はいこれ」
渡された10円を賽銭箱にいれ、1礼2拍手?だっけか?まあいいや。それにしても神様も大変だ。たまに来られて10円で願い事されちゃたまんないだろうに。そんな事を思いながらとりあえずお参りをすませた。
ん?
下りようとした時、左手に何かあるのに気がついた。夫は既に先を歩いている、なんとなく気になって私は左に進んだ。
神社の名前か、神様の名前かが書かれたような細い棒。横にはペンが立ててあって、100円と書かれた箱がある。
(書き方の一例  表 神大寺 洋子  
裏 『母の病気が良くなりますように』)
なるほどね、絵馬を棒にしたバージョンか。100円で棒を買うらしい。
「なんか願い事するの?」
階段を下りたと思っていた夫が突然声をかけてきた。
「うーん・・・、やめとく。」
「そう。」
夫が階段を下りていくのを見計らって、私はものすごい勢いで名前と願い事を書いた。
「なんだ、書いたんじゃん、何書いたの?」
「たいした事じゃないよ」
「どうせ即物的なもの書いたんだろう、金くれ、みたいな」
笑いながら、夫が言う。
「あはは、そんな事は書かないよ」
私がお金で苦労してきたことを知っているからだろう。でも、うつ病で8年も通院している人間にそんなこといわなくても、とも思った。そんな小さな不満をかくしつつ境内を歩く。思えば思うほど変わった人だ。付き合うときに病気のことを話したのに、ああそう、だけで済まされた。結婚までは早かった。主治医から頼まれているからといって私の薬の管理までして、つくづく奇特な人だ。猫背な彼の背中を見ながらそんな事を考えていた。
 ふと見上げ、周りを見渡す。枯葉が混じる緑、少し赤みがかった木々。水の音もする。風も少し寒くなってきた。そっくりだ、あの頃と。小さい頃のあの風景と。悲しさがまたよみがえる。私はすぐに小走りで夫に追いつき、横に並んで門前町まで下った。右を見ると、またあの娘が日焼けした脚をぴょんぴょんと忙しく走らせている。あの娘はどんな人生をおくるのだろうか。何を思って手伝いをしているのだろう。お小遣いでももらえるのかな。友達と楽しく遊べているのかな。必死にいい子のふりをしてなければいいけれど。そんな事を考えながら、綿菓子やの前を通り過ぎた。
 帰り道、夫の運転するバイクの後ろに乗りながら、まだ浅いこの人との歴史を振り返っていた。2005年12月、私は夫を見つけた。翌年2月、結婚が決まっても自分がなぜ結婚するのかわからなかった。3月3日、夫は会社を休み2人で婚姻届けを出した。それから毎年バレンタインのお返しに、夫は雛人形をプレゼントしてくれる。お内裏様が倒れると、彼はいつも「ああ、俺がぁ!」と言って慌てている。私達は大抵タンデム。お内裏様の運転でお雛様が移動する。私はお雛様なんてガラじゃないけれど。いつの間にか、本当にいつの間にか、彼は私のすべてになっている。夫であり恋人であり、兄であり弟であり、親であり子供。まさしく、源氏物語の中で光源氏が紫の上を指していったかのように、彼は私のすべてになっていた。
いつもいつも願うこと。欲しい物はわからないけれど、願い事はいつも同じ。正月も七夕も神社でも、願い事をするときはいつも同じことを思っている。

表 真奈  
裏 ずっと夫と仲良く暮らせますように。

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
木下 蒼(東京都稲城市)

  強盗のように相手の心を奪い、別れるなら殺人鬼のように冷酷でなければ本物の恋愛ではない、と力説する椿老人との出会い。これはまったくの偶然からだったが、本当に僕はあの人物と出会ったのだったろうか。もしかすると、深大寺のかげろうと蝉しぐれが齎した単なる白昼夢なのではなかったろうか。
  それでも椿の古木の前で、初対面の人物は気の毒なほど慌てふためいていた。
「せっかく撮りたいのにバッテリーが減ってしまって・・・」
  突き出すデジカメが同じ銘柄だった縁で、僕とこの人物(最後まで名乗らなかったので仮に椿老人)についての話をはじめなければ
ならない。
「使ってください。僕は撮りませんから」
  特別の思い入れがあるのか、六十前後の人物は涙ぐみつつ椿の花を丹念に写し始めた。
  散り敷いた花弁を踏みしめて老人は円い緋毛氈に立つ花仙人のようにみえる。かげろうが立ちのぼる。老人そのものがゆらゆらと揺れている。
「あなたのおかげで今年も会えました。どうも、ありがとう」
  この日が初会とすると、神代植物公園で再び椿老人と出会ったのは八月の暑い盛りだった。年末提出の卒業論文に「深大寺の文学碑」についてテーマをしぼった僕は、あの春の日と同じデジカメを抱えて、この寺の境内に立つ十五もの歌碑や句碑を写し回り、やっと山門にたどり着いたときだった。
「やあ、きょうも偶然ですね」
  汗を拭う顔が涙ぐんでいて、歳をとるとつい、などといわせるのも気の毒だったから、
「やっと決着がつきました!  さっき〈逢ふもまた別るゝも花月夜かな〉という小林康治の碑文を見つけて、文学における人と人との間(あわい)というか取り合わせというかタイミングというかスタンスというか、日本文学の根底にある情緒を・・・」と一方的にまくしたてるのを遮って、
「ほう、剣道でいう相手との距離感ですね。まさに一足一刀の間合い。男女の仲もこの間隔こそ重要なんです。遠間から近間の案配を計算する真剣勝負。恋もこうでないと本物ではありません。いいテーマを思いつきましたね!」
「青みががって横たわる素朴な句碑も、句の意味も、いい感じでした」
  有頂天そのものの僕に、椿老人はこの前のお礼といいながら、当然のように蕎麦屋の方角へと歩きだしていた。
「茶店風あり御屋敷風ありで、長生きして一年に一軒ずつ、それでも二十年ここに通わんといかん」
  深大寺ビールで乾杯すると老人も表情が明るく饒舌になっていった。
「・・好きな女の人はいますか?  深大寺にきて気分が軽くなったらご利益なんだから、男同士恋の話をしなけぁ」
  微醺を帯びた椿老人の誘いに乗って僕は梨恵との関係をどう切り出したものか正直迷っていたのだ。
  単純に好きなタイプと断定していいかどうか。中学の後輩だった梨恵は、調布駅北口からバスで武蔵境に通う短大の一年生だった。
  会えば、どちらからとなく軽くハグしあう雰囲気になっていたが、キスをするわけでもなく、そこから先へ進むこともなかった。好きな女ではあったが、この関係は何なのだろう、と自分でもふしぎに思う。
  筒井筒ほどではないけれど、幼稚園ころは風呂場でよく水浴びごっこをした。梨恵の胸もとに散らばるほくろを、星座のように数えてその数も僕は憶えている。
  短大の合格通知が届いた二月の上旬、僕は彼女を多摩川原橋へサイクリングに誘った。
  近況報告めいた雑談の後、いきなり梨恵は現在付きあっている人がいるか、と詰問口調で聞いてきた。なんでそんなこと、と僕が反問してから、ほどなく口論となった。自転車も放置したまま鶴川街道を調布インタの方角へ気まずく僕たちは歩くだけだった。
  深大寺に続く通りには、サザンカが咲きこぼれていた。歩き疲れ二人はどちらからとなく道路を挟んで向きあった。短く叫ぶ梨恵の声がダンプカーの排気音にかき消された。また叫ぼうとしたとき、彼女は咳き込みながら路肩にかがみこんでいった。顔面を紅潮させたその様子が異常だった。こんなときに限り車の往来がなかなか途切れなかった。
  このとき梨恵は僕の名を呼んだに過ぎないと思ったのに、意外にも椿老人は声高に、
「大人になった彼女の告知だったんですよ」
  と鈍感な僕を諌めるような目つきだった。気力の限り告白したから思い余って倒れざるをえなかったのだ、とも強調するのだった。
  うずくまる梨恵に近寄ると亢奮も収まり、下から僕を見上げて、寒い寒いと連発する。ダウンジャケットをかけてあげてもまだ寒がったので、僕は強引に梨恵を抱きしめた。そのまま、道端の陽だまりに立っていた。
  脇をにやけながら通過する中年の男や子供を抱えて駆け抜ける親子連れもいたが、僕たちは互いの腕をほどかなかった。ほかに何を求めるのでもなかった。この場所で、このとき確実に聞こえていたのは相手の胸の音だけだ。
  その日以来、自分は永遠なんて信じていない、時間はくり返せない、出会った今をおいて最優先させるものはほかにあるわけがない・・・彼女に会いたくなると僕はメールを矢継ぎ早やに送信した。梨恵も即座に返信を寄
こす。送信をクリックして返信が戻るまでの間合い。微妙な緊張と興奮。
  昼夜分かたず早朝でも深夜でも梨恵からメールが届く。しかし時折、意味もなく返信がこない日もある。三日も四日も一週間も途絶える。僕は毎日送信しているのに。
  彼女の気紛れな周期に滅入る日もあるが、僕は嫌味を書き送ったりはしない。信じていれば梨恵との関係は切断されるわけがない。そんな頑な自負、それだけだったけれど。
「それでいいんです、それで」
  女のわがままに振り回されても、好きならば厭わず信じるべきだとは、椿老人の言い分だった。無償の行為に徹すべきで、女に代価を求めてはならない。自分はそのことで痛く悔いている、と老人は深く溜息をついた。冷房を止めてもよさそうな風の揺らめきが窓越しの景色をいっそう涼しくみせている。
  千三百年前の同じ季節にも、この風は満功上人の御身にやさしく吹き寄せていたのだろうか。クーデターと内乱が頻発する一方で記紀や風土記などが編纂されて、仏教文化が大きく開花した天平の時代、この寺は建立されているのである。
「つぎは私の番だね・・三十年前、婚約した娘と深大寺にきた憶えがあります。椿のいい花があると聞いては埼玉の安行とか鎌倉の頼朝廟とか連れ回りましたが、子宮癌で呆気なく・・若いので進行も早くて・・。ここの椿が末期の花です。きれいねと感嘆したあの声が聞きたくて・・・」たびたび出向いてくるのだと、少年みたいにまた老人は涙ぐんだ。
  蝉の声がいちだんと高まっていた。
「娘を理想の鋳型にはめて硝子細工のように護ろうとばかりしておりました・・私が尊敬する小説家は、恋愛は後味を残すもんじゃない。相手の全身全霊を強盗のように奪い、別れるなら殺人鬼のごとくあれ、といって失恋した一人の女性だけを生涯書き続けました。男の本音だと思います」
「それは未練ですか、復讐ですか?」
「復讐です」
「なんと恐ろしいことを。小説家はそんな冷血漢なのですか!」
「いえ、自分への復讐なのです。その人を恋した処断です。優柔不断で女を扱っても恋は
成就しません。これは私の慙愧です」
  それなら僕と梨恵の関係はどう説明すればいいのだろう。優柔不断というものだったら
まさしく現在の自分ではないのか。傷つくことを避け、そして傷つけることを畏怖している自分ではないのか。男の弱腰を徹頭徹尾糾弾する椿老人は、死別した娘とのかなしみをどのように乗り越えてきたというのだろう。
「やさしさと優柔不断は別です。思い立ったら強引に進むことです。後悔は美徳にはなりません。回想は悔いの溝を深めるだけです」
  老人はそういって席を立ちかけた。
「また会いましょう。深大寺では泉下の恋人が見えるし、恋愛論も華やいできます。あなたも俳句や短歌に関心が生まれて本当によかった。私も気に入った作品があるとメモして置くんです。これなんか、どうですか?
〈死とはただ居なくなること秋桜      博〉
〈亡き猫よ夏の路地から現れよ      真里〉
  どう泣き叫ぼうが身悶えしようが、死んだら最後、愛するものは二度と還ってはこないのです。生きている今が勝負です。思い出は所詮儚い慰めでしかありません。そうは思いませんか?」
  即答できずにいると、たたみこむように、
「たとえ懇願されても彼女とは会いませんからね。恋はあばたもエクボ。他人の評価などどうでもいい。椿は千年長寿の木だと万葉集にあります。深大寺の椿の下で祈れば、恋はかならず成就します。神代の昔から惚れて惚れて惚れぬけと歌の文句にもあるじゃありませんか。あなたたちも、そうしなさい」
  会心の笑みを残し、老人は地鏡の上を滑るように去っていった。
  これが彼をみた最後となるのだが、このとき、なぜか僕には入れ替わりに突如、梨恵が現れてきそうな気配がしないでもなくて、そのまま遠ざかりつつゆらゆら揺れる椿老人の輪郭を、不自然なほどしばらく見守りつづけていたのだった。

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
藤森 重紀(東京都町田市/男性/自由業)

新緑が濃い緑に変わり始めた頃、私は失恋した。友人からのメールで、彼が結婚するらしいと知ったのだ。しかもいわゆる「できちゃった婚」とのことだった。
咄嗟にメールの内容を理解することができなくて、何回も読み返すうちに全身から冷たい汗が吹き出てきて、私はその場に座り込んでしまった。
最近、避けられているのはわかっていたが、こういうことだったのか。
三年越しのベタ惚れの恋だったので、途方にくれた私は、とりあえず友人に会って話を聞いてもらったり、ビールを飲んで泣いたりしてみた。
でも本当に辛いのはそれからだった。

その頃私は、資格試験の勉強をしながら、深大寺の近くにある小さな食品会社で受発注のバイトをしていた。毎日九時に出勤し、データを打ち込んだり、読み合わせをしたりして、四時半になると退勤して、一人暮らしのアパートに帰って勉強した。
朝はバスを利用して通勤したが、交通費の節約と運動不足の解消と気分転換を兼ねて、帰りは三鷹にあるアパートまで三十分かけて歩くことにしていた。
園芸店が軒を並べる深大寺脇の坂道を上り、植物公園の裏門を過ぎてフェンス沿いに進み、桜並木が美しい公園通りを渡って、自由広場の中を突っ切るのがお決まりのコースだった。
自由広場にはシロツメクサのなだらかな丘があり、その丘の向こうにはこんもりと木立が茂っていて、どこか外国の公園みたいな雰囲気が気に入っていた。私は時々ベンチに腰掛けてボーッとしたり、ジョギングや散歩をする人を眺めたりして時を過ごした。

人はあまりに辛い時には、その辛さを感じないように、全ての感覚を麻痺させてしまうのだろうか。
私の日常生活はそれまで通りに続いていたが、何を食べても美味しくないし、お笑い番組を見ても笑えない。道行く人がきれいね、といって指差す花にも、心が動かない。全ての出来事が別世界で起きていることのようによそよそしく感じられて、生きているという実感が持てなかった。
ただ、もくもくと仕事をこなしている時はそんなことを考えなくてすんだし、仕事帰りに緑の中を歩きながら頬に風を受けたり、鳥の声を聞いたりしている時だけ、化石のように固まった心に血液が流れ込む感じがして、乾いた瞳から涙が滲み出たりした。

夏も近いそんなある日、自由広場のお気に入りのベンチに座って、白い大きな花をつけた泰山木を眺めていると、隣のベンチから争うような大きな声が聞こえてきた。
横目で見ると、そこには時々見掛けるゲイのカップルと思われる男性二人がいた。彼らは天気の良い日など、仲良く草の上に寝転んだり、ベンチでそれぞれ本を読んだりしていた。一人は筋骨隆々のマッチョタイプで、一人は線の細い美少年タイプだ。
梅雨明け前なのに早くもランニング姿のマッチョが、怖い顔で腕組みをしている。美少年の華奢な腕の中には茶色の塊があり、もぞもぞと動いている。どうやらその塊が争いの種らしい。
「オレはごめんだね。生き物はキライだってこと、知ってるだろ?」
しかもブサイクな犬、とマッチョは付け足した。
うーん、確かに。美少年の腕の中の塊は毛の艶も悪く、お世辞にも可愛いとはいえない貧相な面構えの小犬だ。
「じゃあ、このコはどうすればいいの?」
懇願するような声を出した美少年と目が合って、私は胸に痛みを感じて下を向いた。やや垂れ気味の潤いをたたえた目の形や眉間のホクロが失恋した彼に似ていたからだ。
夫婦ゲンカは犬もくわないと言うし、私は早々に席を立ってベンチを離れた。自分の立場を理解しているのか、小犬がくうんと切なそうな声をあげた。
その夜、彼の夢をみた。辛い出来事は何かの間違いで、全てが以前と同じハッピーな状況に戻っているという夢。彼の優しい笑顔に安心して、私は心から笑っていた。
目覚めたら真夜中だった。私はぼんやりとした頭で、あのメールが伝えた事実は何も変わっていないと悟った。布団にうつ伏せて声をあげて泣いた。
朝起きたら、少し元気になっていた。

その年最初の蝉が鳴き始めた頃、私は泰山木の見えるベンチで、ブサ犬を連れた美少年と再会した。私が例のごとくボーッと座っていると、彼らがやってきて隣のベンチに座った。なんとなく元気がない。
「このコが粗相しちゃったの」
自分が失敗したかのように美少年がしょんぼりとつぶやいた。ブサ犬も神妙な面持ちでおとなしくしている。私は曖昧にうなずいた。
「小さいんだもの、仕方ないわよね」
言いながら美少年はブサ犬の鼻をつついた。
「ところであなた、最近、虹を見た?」
唐突な問いかけに、私はつい彼の顔を正面から見てしまった。そうして自動的に胸がズキンとするのを感じた。
「虹?」
「そう、この景色には虹が似合うと思わない?」
私は丘に続く木立とその向こうに広がる空を眺めて、虹が架かったところを想像してみた。確かにぴったりだ。虹。虹なんて随分見ていない気がする。
その時、子供たちの歓声が聞こえてきた。見ると、保育園のお散歩なのか、若い女性に連れられて五、六人の子供がはしゃぎながら歩いていた。
「小さい子って可愛いわよね。」
美少年が目を細めて、子供たちに手を振った。
「私たちって子供が作れないから。」
美少年が付け足すようにぽつりと言った。
子供。好きな人の子供を産むって、きっと最高に幸せなことだろう。
私も大好きな人の子供は産めなかった、と心の中でつぶやいた。

その日はお昼を過ぎた頃から、雲が厚く空気が重たい感じだった。遠くの空でごろごろと怪しい音が響いていた。夕立が来る予感がした。
職場を出る頃には大粒の雨がボツボツと降り始めていた。足早に歩いていると、深大寺の山門を過ぎたあたりで雨足が強くなり、みるみるうちに土砂降りになった。雷の音も大きくなってきた。
雨宿りする場所もなく、私はびしょぬれになりながらほとんど用をなさない折りたたみ傘をさして坂を上った。着ているものはべったりと肌に張り付き、足元が小川の流れようになった道を歩いていると、ぼんやりしていた感覚が覚醒していくような気がした。
総合体育館前の信号を渡るころには稲光まで加わったので、私は屋根のある休憩所に駆け込んだ。一息ついて傘をたたむと、そこには先客がいた。
例のマッチョとブサ犬だ。私が会釈すると、マッチョもブサ犬を抱いたままうなずいた。ブサ犬は雷鳴が怖いのか、きゅうきゅうと情けない声を上げてマッチョの腕の中で小さくなっている。
私たちは黙って夕立が去るのを待った。ごろごろピカッが来ると、マッチョが「よしよし」とか「大丈夫」と、怯えているブサ犬に声をかけていた。私は手提げからハンカチを出して、気休めに顔や腕をぬぐった。
やがて雨は小降りになり、空が明るくなってきた。そこに美少年がやってきた。
「無事でよかったわ」
美少年は持っていた袋の中からタオルを取り出し、一枚をマッチョに渡し、もう一枚でブサ犬を拭いてやっている。よくみると、ブサ犬はブサイクななりに愛嬌のある表情になっていた。
「あなたもどうぞ」
美少年が振り返ってタオルをさしだした。胸がちくっと痛む。
「銀行の粗品だから、遠慮しないでどうぞ」
目を細めて微笑む彼に頭を下げて、私はタオルを受け取った。
「ラブ、行くぞ」
マッチョがブサ犬に声をかけた。ラブ、というのがブサ犬の名前だとわかると、私は泣きたいような笑いたいようなくすぐったい気持ちになった。
再び日が差してきた広場の方へ歩き出した二人と一匹は、何だか家族みたいだった。
粗品のタオルはふんわりと柔らかくて良い匂いがした。私はびしょぬれの頭や腕をごしごしと拭いた。
気がつくと、蝉が再び合唱を始めていた。深呼吸して見上げた空に、大きな虹が架かっていた。

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
北野 香菜(東京都調布市/45歳/女性/嘱託職員)

 写真で見た「深沙大王像」が好きだった。
「わたしのまち」という授業で偶然見つけた写真だ。
 昭和四十七年、小学一年生だった私は他の子に比べかなり見劣りする体躯だった。写真の大王は、紅い皮膚に筋肉の鎧を纏い、髑髏の胸飾りをつけている。戦闘ヒーローとは異質の存在感に囚われ、憧れたのだ。
 そんな経緯を知ってか、その年の夏、父は二日と空けずに私を深大寺に連れ出した。

 布田天神を尻目に武蔵野市場を目指す、ゆっくりと歩く父を仰ぎ夢中で話しているともう目の前に城山の細い坂道が見える。一気に上り修道院の前にたつと深大寺の森が姿を現わす。そのロケーションが体感温度を俄かに下げ再び歩く活力をもたらす。深沙堂に一礼して山門の石段の前まで来るときまって父が十円玉を一枚くれた。それを握りしめ本道の賽銭箱まで駆け上がる。呼吸を整え大きく振りかぶりピッチャーのようにそれを投げ入れると私の参拝は終わり、再び全力で駆け下りる。毛氈の鮮やかな赤が眩しい門前のそば屋の縁台に腰掛け、下りてくる父の姿を「深沙大王」にダブらせ、じっと待った。
 もっとも穏やかな夏の想い出である。

 その年の冬、安息の日々が突然壊れてしまった。父が亡くなったのだ。
 消沈する母を私は黙って見守った。年が明けると母の故郷である姫路の子供に私はなった。その日から十余年、その町でそれなりに暮らしたが、懐かしい武蔵野への郷愁はついぞ頭を離れなかった。

 昭和五十八年、沈思する母をソデにして東京に舞い戻った。京王沿線の大学に通うようになった私は飛田給にアパートを借り、心地よい堕落に浸っていた。東京競馬場、京王閣、多摩川競艇どれも自転車で通える絶好の立地で大学への足は自然と遠のいていった。時折、母から届く書留は便箋だけをそのままに僅かな札を抜き取った。
 二年目の冬、まともに連絡すら取れない息子に業を煮やした母は、電報を寄越した。「キットカエレ」。
短い文面は、淋しい今の母の状況を物語っていたが帰る気にはなれなかった、その日から母が納得できる、帰れない状況を作り出すため奔走した。先輩の紹介で漸く見つけたアルバイトは年末年始が見事につぶれる、懐かしいあの深大寺のそば屋だった。
 
繁忙期までにはある程度の仕事をこなせるようにと乞われ、十二月中旬から深大寺に通い、店頭での甘酒売りに精をだした。
そんな折、店主が私に紹介したのが年下の美大生、松田尚美だった。
「西崎宣彦です。」
なんとも冴えない、気後れした挨拶を私はした。
「松田です。よろしくお願いします。」
歯切れのいい澄んだ声をもっていた。
少し斜めに頭を下げると短めの髪が顔を覆い、それを軽く右耳にかける。すると耳の先から耳たぶにかけて小さな痣があるのが判った。アゲハの鱗粉を思わせる紫桃色の紋様が鮮やかで思わず視線が止まった。尚美もその視線を感じとってしまった。慌てて顔を戻すが眼球がそれより若干遅れた。
「隠すの止めたの、それで髪短いの」
尚美は言った。
「えっ」
私は言葉に詰まり、動揺した。

 その日を境に足繁く通う先は深大寺に変わり、バイトのできる土日は尚美の右側に立つことを意識した。アイツはいつも変な処に立っていると言われたが気にならなかった。
 なんの進展も無いまま一ヶ月が過ぎた頃、先輩がとっておきの情報をもたらしてくれた。尚美が時々アルバイトを早く切り上げ向かう先が神代植物公園であること、画材を持ってバス停とは反対方向に帰るので間違い無いと言う。私は偶然を装い待ち伏せることにした。深大寺門、正門と閉園時間に合わせて自転車を走らせたがいつも空振りに終わった。
 やがて、暖かくなる春を前にして尚美はアルバイトを辞めてしまった。

 痛恨の極みである。肝心なときに限って弱気がいつも頭をもたげる。思い切って店主に住所あるいは電話番号を聞きだそうと近づくがいつも周りに人がいてそれも出来ない。アルバイトを辞める口実も見つからない。桜が咲き、じきにバラも咲く。忙しくなるのでそれも言い出せない、自分にそう言い訳をした

 新緑の頃、持て余した時間を潰しに寄った調布駅前の書店で尚美を見つけた。躊躇する心を殺し、渾身の勇気を振り絞り尚美に声を掛けた。
「あれっ、きょうは」
振り絞った勇気が空回りする。
「植物公園に写真を・・・皆さんお元気ですか」
少し伸びた髪が右耳を隠している。
「オレも時々行くんだ。バラとか見に」
嘘である。目と鼻の先にある植物公園には一度も入ったことがない。
「バラ、まだでした」
尚美が言う。慌てた私は、
「バラの花とかじゃなくて、バラそのものがいいんだ。茎とか葉っぱとか」
尚美が笑っている。萎えそうな気持ちが上気して、畳み込むように喋り続けた。狭い書店の通路を塞いで一時間近くも尚美は笑みを絶やさず、ずっと聞いてくれた。
 それを機に、二人きりで頻繁に会うようになった。
 少しずつではあるが、尚美が育った環境、境遇も分かってきた。宇都宮で父親が小さな電器店を経営し、弱視の兄がそれを手伝っていること、やさしい母親が陰になりそれを支えていること、最近は近くに大型量販店ができ経営が思わしくないこと、私よりはるかに苦学しているのが判った。
 七月のとある日、アルバイトを早めに切り上げ、神代植物公園で待ち合わせた。デッサンする尚美の右側にそっと座り、ただその様子をじっと眺めていた。やがて閉園をつたえる音楽が園内に流れ始めると漸く尚美が口を開いた。
「隠れよう、夜の方がもっといいと思う」
私はその言葉に従った。
 道具倉庫の裏に身を潜め、時間がたつのをじっと待った、徐々に作業員達が集まりだし他愛もない会話が聞こえてくる。ふと視線を左に移すとアゲハの耳が鮮やかに浮かび上がっている。躊躇わずに見続けた。視線が重なり、ゆっくりと唇が重なった。作業員の会話が遠のき、蜩の声が消えた。
 離れた唇は自然と右耳に向い、そっと触れた。
「フッフッ」
押し殺して尚美が笑った。
 聞かれてはまずいと思う気持ちと恥ずかしさを隠すために尚美を抱き寄せた。

 私は尚美を絶えず求めた。映画を観、食事をし、喧嘩をした。狭いアパートでヌードモデルをしたこともあった。

 一年も経つと私の狭いアパートは、尚美の画材で溢れ、同時に経済観念に対する食い違いが目立ってきた。少しずつギャンブルに手を出し、夜はできるだけ遅く帰った。尚美は何もいわずに耐えていた。それもまた私の鼻についた。
 夏休みが目前に迫る頃、また母から手紙が届いた。その希望に応えるという大義を胸に私は黙って、姫路に逃げた。
 三年ぶりの母は思っていたより元気だったがその喜び様は尋常ではなく、せめて夏の間は帰京させまいとつまらぬ用事を次々作り出した。
 九月になり漸く開放された私は、すぐさま飛田給のアパートに戻った。案の定、尚美の家財道具一切が消えていた。
「短いけれど楽しかった   ナオミ」
メモだけが置かれていた。
 失ったものの大きさに戸惑い私は泣いた。
 すぐさま隣接する街のアパートに向かったガ部屋は既に引き払われ、美大に問い合わせても住所変更の届出はなかった。校門の前に何日も立ち続けたが会うことはできなかった。

 秋の風が吹く頃、私は自身を奮い立たせ全てを清算する準備にかかった。思い出の品を破棄し、髪を切り髭を剃った。

そして、飛田給を離れた。

 あれから二十年が経ち、あの頃の仲間に偶然再会した。店主は還暦を迎え、今もなお元気に采配を振るっているという「西崎はどうしている」と気に掛けてくれているらしい。

 今日、ハンドルを握って向かう先を妻は知らない、先程から転寝をしている。
 駐車場は思った通り満杯だ。満開のバラとそばを満喫するためにやってきたのだろう。

 駐車待ちの車内に新緑の木々を縫って陽が差し込む、その光はアゲハのように鮮やかな妻の右耳を照らしている。

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
彦々(東京都三鷹市/43歳/男性/運転手)

 僕の初恋の人は、「喫茶 深大寺」にいた。
 中学1年の夏休み、ただ家でゴロゴロしている僕を見かねた父が、伯父さんが経営する「喫茶 深大寺」にアルバイトとして送りこんだ事で、僕らは出会ったんだ。

 彼女の名前は、沙和子さん。普段は明るく接客をしているのに、時折漆黒の長い髪の毛を、ちょっと憂いた瞳で耳にかける様は、どことなく影があるような気がして、初めて目の当たりにする年上の女性の魅力に、僕はみるみる惹かれていった。

 沙和子さんはいつも、白い大きな貝殻のピアスをしている。

 何か意味があるのかと、気にはなったけれど、彼女の口から「恋人」の二文字が出てくるのが怖くて、聞くことができないでいた。
   
そんなある日、カウンターの端に「深大寺観光マップ」が置いてあるのに気が付いた。

「深大寺......? そう言えばこの店の名前も深大寺だけど......」

 深大寺は、市内に実在するお寺の名前。この店が深大寺近隣にあるならともかく、ここは調布駅前だ。
 僕の素朴な疑問に、答えてくれたのは紗和子さんだった。

「深大寺は縁結びの神様で、マスターが奥さんと結婚できたのは、深大寺の神様にお祈りしたおかげなんだって。だからなんじゃないかな、このお店の名前」

 それを聞いて僕は、こっそり観光マップを一枚小さくたたむと、ポケットに忍ばせた。


 その日の夜、トイレに立つと、ベランダに紗和子さんの姿を見つけた。
 僕も彼女も、夏の間だけ、伯父さんのお店兼自宅に住み込みで働いているのだ。

「沙和子さん?」

 引き戸をあけ、そう問いかけた僕のほうを「眠れないの」と言って振り返った沙和子さんの瞳は、月の光に照らされ、一瞬だけ潤んでいるように見えた。

 紗和子さんの耳には、いつもの大きな白い貝殻のピアスがついている。ピアスとは、夜眠る時もするものなんだろうか?

「紗和子さん、ピアス......」

 思わずそう漏らした僕に、紗和子さんは「ああ」と言ってゆっくりと口を開いた。

「私、ずっと好きな人がいて。その人からもらったものなの。だからこれをすれば、眠れるかと思ったんだけれど......」

 やっぱり、沙和子さんには好きな人がいるんだ。中学生の僕が沙和子さんの恋愛の対象にならないことくらいわかっていたけれど、恐れていたことが現実になったことに、僕は、胸に矢を打たれたような痛みを覚えた。

「その人は......?」
「もう、会えない」

 そう悲しそうにうつむく沙和子さんを見ていられなくて、僕は口走ってしまった。

「会えるよ!」

 何言ってんだ? 僕。
 自分でも自分の心と言葉の矛盾さにおかしくなったけれど、僕は咄嗟に続けてこう提案していた。

「沙和子さん、深大寺、行こう」
「深大寺?」
「そう、深大寺の神様にお祈りすれば、きっと沙和子さん、そのピアスの人に会えるよ。だって、ほら。深大寺の神様は、伯父さんと奥さんを結んでくれたんでしょ」

 僕は、勢いよく紗和子さんの手をとった。

「ちょっと待って。今から行くの?」
「大丈夫だよ。自転車飛ばせば、こっからだったら三十分で行ける」

 そう言って僕らは、伯父さんを起こさないようにそっと玄関の鍵を開けると、紗和子さんを後ろに乗せ、真夜中の深大寺を目指して、自転車を漕ぎ出した。

 誰もいない裏通りを、僕と沙和子さんだけが駆け抜ける。まるで僕ら二人のためだけに、世界が用意されているみたいだ。

 山門へ続く道に入ると、自転車を降りた。
 そば屋が軒を連ねるその道は、昼間はさぞかし観光客で賑やかなんだろうが、今は深夜二時。外灯はほとんどなく、そば屋の軒下に飾られた風鈴が、生ぬるい風に乗って、カランカランと響く光景は妖しく、僕の背中を汗でびっちょりと濡らすのに充分だった。
どうにか山門まできたところで、僕は自分があまりに無計画だったことを知った。深大寺の拝観時間は当然のように過ぎていて、重厚な木の門が固く閉ざされていたのだ。
 不安そうに僕を見た紗和子さんに、僕は一瞬固まったのの、次の瞬間こう口走っていた。

「上ろう!」
「え? 上る?!」
「そう! せっかくここまで来たんだもん。壁上って、中、入ろうよ」
「でも、どうやって」
「えっと......、あれ!」

キョロキョロと辺りを見回して、一軒のそば屋の軒下に、ビールケースが積んであるのを見つけた。

「あれを台にして上っちゃおう」

 こうして何とか境内に忍び込んだ僕らは、まずは本堂にお参りを済ませ、その後、元三大師道に上った。
僕の隣で、紗和子さんが手を合わせている。
 何を祈っているのかわかっているだけに、胸が苦しかった。こんなに近くにいるのに、沙和子さんの心は、僕にはない。どこにいるのかもわからない、離れた男のところにある。
 紗和子さんが合わせていた手を解くのを待って、僕は精一杯明るく紗和子さんに言った。

「あのね、知ってる? ここのおみくじは、おみくじの元祖って言われてるんだよ。ねえ、引いてみない?」
「え、引くって言ったって、閉まってるし」

 深大寺のおみくじは、筒を振って、出てきた番号を巫女さんに伝え、おみくじを出してもらうため、巫女さんがいない時間帯はひくことができない。
 でも、僕は構わず紗和子さんに問う。

「上中下、どれがいい?」

 きょとんと僕を見つめた後、「じゃあ、上......?」と、小さな声で言った紗和子さんに、僕は手に隠していた葉っぱを一枚差し出した。

「おめでとうございます、大吉です。あなたの願いは何でも叶います!」
「あっはっは、本当に大吉?!」

 そう言って、目をぱっと輝かせて笑う沙和子さんを見て、やっと笑ってくれたとほっとする反面、胸が苦しかった。
 紗和子さんの笑顔は、僕を幸せにする。でも、紗和子さんの幸せの中に、僕はいない。

「ねえねえ、月がキレイだよ。満月なのかな」

 紗和子さんはそう言うと、元三大師堂の階段に座って、済んだ夜空を見上げた。僕も紗和子さんと並んで、夜空を見上げる。
 境内の木々が夜風に吹かれて、サラサラと音を立てる。

「気持ちいい」

 沙和子さんが風が吹くほうに向かって目を閉じる。月明かりに照らされ、うっとりするくらい妖艶で綺麗だった。
 沙和子さんの左腕と、僕の汗ばんだ右腕が接触する。
 僕の心臓は、もう一生分の力を使い切ってしまうのではないかと思ってしまうくらい、激しくポンプ運動を始めた。
 満月の光と、深大寺の神様の仕業か、僕の気持ちが、これまで以上に昂ぶった時だった。
  
「今日はありがとね」

 それはほんの一瞬の出来事。
 沙和子さんの唇が、僕の唇に、ほんの一瞬だけ重なった。


 次の朝、店に入ると、いつも僕よりも早く入り、掃除を始めている紗和子さんの姿がなかった。その代わりに、僕は伯父さんから、封筒を渡された。
 開けてみると、白い大きな貝殻のピアスが入っていた。

「何これ?!」
「ああ、ピアスだったのか。それ、死んだ大事な人からもらった形見だって言ってたよ」
「死んだ大事な人?! そんなの聞いてないよ。紗和子さんは?!」
「言うなって言われてたから黙ってたんだが、紗和子ちゃんのバイトは昨日までだよ。今朝は九時の快速に乗るって言ってたから、今追いかければ、まだ間に合うんじゃないか?」

 僕は店を駆け出ると、自転車に飛び乗った。
 夢中でこいで駅に着くと、改札に紗和子さんの後ろ姿を見つけた。

「紗和子さん!」

 僕は人目もはばからずそう叫んでいた。

「紗和子さん、僕、大きくなるから。紗和子さんの、このピアスの男性を超えてみせる。だから......、待ってて......」

 最後の僕の声は、もう紗和子さんには届かなかった。

         *

「これから、どこ行こうか」
 そう言って、コーヒーを口にした女性グループに、僕は「深大寺はどうですか?」と、「深大寺観光マップ」を差し出した。
結局僕は、中学一年の夏が終わっても「喫茶 深大寺」でアルバイトを続け、紗和子さんと深大寺にもぐりこんだあの日、十二歳だった僕は、十八歳になった。「へー、縁結びの神様なんですね。いいかも!」とはしゃぐ女性の後ろで、ドアベルがカランと、新しいお客の来店を告げる。いつも通り「いらっしゃいませ」と顔を上げて、僕は目を疑った。
 そこには、忘れもしない女性の姿があったから。
 言葉を発することができず、ただただ無言で見つめる僕に、彼女は優しく微笑んだ。
「ねえ、知ってる? 私があの夜、深大寺の神様に、何てお祈りしたか」

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
押切 優(東京都武蔵野市)

入学式とオリエンテーションが終わり、通常の授業が始まった。ようやく東京での一人暮らしのリズムもつかみ始めたころ祖父との約束を果たすために深大寺に行った。
新宿から京王線に乗り調布駅で降りた。調布駅からはバスが出ているらしい。駅前のロータリーに向かい深大寺行きのバス停を探した。深大寺がどのあたりにあるのか、東京に来てまだ日が浅く、しかも都心から離れているこのあたりの土地勘は全くない。バス停に立っているおばさんに聞いてみると、深大寺に行くにはいくつかのルートがあるようだ。おばさんが待っているバス停からも深大寺に行くバスが出ているらしい。
「深大寺は初めてですか」
「ええ。昔、祖父がこのあたりに住んでいたらしいのですが僕は初めてです」
話はそれで終わった。知らない人に祖父の話や深大寺に行く目的を話しても仕方がない。
駅前から出たバスは住宅街を通り抜け、十分前後で深大寺の入り口に着いた。祖父から聞いて想像していた様子とは少し違っていた。深大寺の周辺は緑が多く回りは田や畑、それに武蔵野の面影を残す林があると聞いていた。緑は多いものの住宅やビルも多く、かなりにぎやかな印象をもった。
「まずは、お参りをしなきゃ」
子どものころから祖父とよく遊んだ渉は昔の慣習をよく知っていた。それが合理的であるかないかに関わらず自然と身についていた。入り口にある深大寺の説明文を読むと今から千年以上前に開かれた寺で境内には山門や本堂をはじめ多くの建物がある。また山門に続く道にはたくさんのお店が並んでいる。何故か蕎麦屋が多いのには驚いた。渉の故郷では麺類と言えばうどんで蕎麦はうどんのついでに作っているような店が多かった。お土産物屋も覗いてみたかったが後でじっくりと見ることにして山門へと急いだ。
山門の階段を上がると正面に本堂が見える。寺院めぐりが好きな祖父と多くの寺院を見たが、今まで見た寺院の中でもかなり大きな部類に入るだろう。お賽銭を投げ入れ、これから始まる東京の生活が無事に過ごせるように、また楽しい学生生活が過ごせるようにお願いをした。お参りを済ませると気持ちが落ち着いてきたのか、ゆっくりとお寺全体を見る余裕が出てきた。境内の地図を見ると、深大寺に接して大きな植物園がある。時間があれば寄ってみようと思った。
「まずは、トックリの木を見つけないと」
渉は地図を確かめ、なるべく効率よく境内を見て回ろうと思った。境内には多くのお土産物屋とそれを囲むように多くの木がある。都心から離れた場所にある深大寺だが、天気が良いこともあり多くの人が来ていた。
祖父が東京を離れて五十年経つ。トックリの木は五十年経つと、どのくらい大きくなるのだろう?どうやって見つければよいのだろう。自分の家の庭にも同じ木がある。子どものころから見慣れているので、すぐに見つかるだろうと思っていたが、境内にある木の種類と数の多さを見ると本当に探し出せるのか不安になった。渉は店の横や奥にある木々を注意深く眺めていた。
三十分ほど歩いた後、古い日本家屋を利用した喫茶店を見つけた。ちょうど歩き疲れていたので中に入った。厚みのあるテーブルが四つ、その一つには六十代と思われる夫婦がコーヒーを飲んでいた。室内は障子を通じて柔らかな光が差し込んでいる。店の奥は庭になっているようだ。渉は奥のテーブルに座った。人の気配を感じたのか、店の奥から店員が出てきた。
「いらっしゃいませ」
澄んだ声が聞こえてきた。ちょうど渉と同じくらいの年齢の女性だ。メニューをテーブルの上に静かに置くと、「ご注文が決まったら呼んでください」と言ってまた戻っていった。渉はホッとした。注文の品が決まるまで横に立っていられるのが一番苦手なのだ。
「すみません」
しばらくして奥に声をかけると、アイスコーヒーを注文した。

半年前、東京の大学に合格したことを報告すると、普段はあまり感情を表さない祖父が喜んだ。
「そうか、東京の大学に合格したか」
祖父も大学生のころ東京で一人暮らしをしていた。同じ経験を孫がすることが単純にうれしかったかもしれない。
「渉、東京に行ったらお願いがある。深大寺というところに行って、この庭にある木と
同じ木があるか探して欲しい。もうないかもしれないが、それはそれでかまわない。一度見てきてくれんか」
「いいけど、なんで?」
祖父は少し言葉に詰まったようだ。
「内緒にして欲しいが。昔ある人とこの庭にある木と同じ木を一緒に植えた」
渉はそれ以上、詳しいことは聞かないようにした。祖父の青春時代の断片を見たような気がした。

境内の地図を見ながら、これからどのように見てまわろうか考えていた。
「深大寺は初めてですか」
アイスコーヒーを置きながら店員が声をかけてきた。かなり夢中で地図を見ていたので、店員が来たのに気づかなかった。
「最近、東京に引っ越してきたので」
「熱心に地図を見て、何かお探しですか」
「ええ、ちょっと・・・」
店員に木を探していることを言ってもわかってもらえないだろう。渉は適当に応えた。
「あっ、おばあちゃん」
窓越しに庭を見た店員がつぶやいた。庭には七十過ぎと思われるおばあさんが大きな木を見上げていた。
「また、あの木を見ている」
その言葉で渉はその木を見た。
「あっトックリの木だ」
「えっ、あの木をご存知なのですか。とても珍しい種類の木みたいで」
店員の視線に気づいたのか、おばあさんはこちらに向かって微笑み、店の方角へ向かってきた。
「おばあちゃん、またあの木を見ていたの」
「そうだよ。ちょうど今日であの木を植えて五十年経ったのよ」
そんな話をしているおばあさんの顔をチラッと見た。おばあさんも窓越しに木を見ていた視線をチラッとこちらに向けた。
「いらっしゃ・・・」と途中で声を詰まらせた。渉の顔をじっと見た。
「あの、何か僕の顔についていますか?」
「おばあちゃん、そんなにじっとお客さんの顔を見て失礼でしょう」
店員は渉に謝り、おばあちゃんの背中を押して店の奥へ行かせた。
「すみません。祖母が失礼なことをして」
店員はこのおばあさんの孫娘らしい。 
「深大寺にはあの木と同じ木が他にもあるのですか?」
店員は少し考える表情をした。その顔は幼稚園の子どもが何かを思い出そうとするような表情だった。
「多分、ここだけだと思いますが」
渉はこれから探そうとしていた木が偶然に見つかったことに驚いた。あのおばあさんはもしかして祖父と一緒に木を植えた人かもしれない。祖父は東京の大学に通っているうちに、ここのおばあさんと知り合いになったのだろう。何かの事情があり東京を去ることになり最後の日に一緒にこの木を植えたのだろう。郷里の広島に戻った後は地元で結婚し、自宅の庭にも同じ木を植えたらしい。幼いころから祖父が、この木を大切にしていることを思い出した。
「とてもあの木が気に入っているようですね」
「はい。あの木に思い出があるらしいのです。昔、好きだった人と一緒にあの木を植えたらしいのですが、詳しいことは教えてくれないのです」
「そうですか」
さぞかし、昔は美人だったに違いない。今見てもかわいいおばあさんだ。
しばらくすると、そのおばあさんがお茶を持ってきてくれた。
「先ほどは失礼しました。昔に会った人にとても似ていたので、ついお顔を見てしまいました」
「いえ、気にしないでください。私の祖父も昔、東京に住んでいて、このあたりにも良く来ていたらしいです。それに偶然かもしれませんが、私の郷里の庭にも同じ木があるのです」
そう話すと渉は少し微笑んでおばあさんの目を見つめた。おばあさんの頬が少し赤くなったように思った。孫娘は何故、二人がお互いの顔を見ているのかわからない。
「また人の顔をじっと見て失礼でしょ」
「いいえ、大丈夫です。現実にはありえないですが、僕も昔会ったような気がしてきました」
カップに残ったコーヒーを飲み干すと
「ご馳走さまでした」
渉はレジで勘定を済ませた。
「ありがとうございます。おばあちゃんが失礼なことをして申し訳ありませんでした。お気を悪くせず、またいらしてください。」
明るい笑顔に渉はしっかりとうなずいた。
今度はトックリの木ではなく、孫娘の笑顔を見に来ようと思った。

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
井手 博之(東京都大田区/50歳/男性/会社員)

僕が君を愛し二人で築き上げてきたことが、今崩れようとしている。失われていくのだ。
君のいないこれからの人生なんて僕には考えられない。君と歩んできた想い出の数々。
激しい雨の上り坂や暖かな陽の当たる楽しい下り坂も一緒に歩んできた。君の日々は僕の毎日でもあった。君がどう感じ、なにを喜びどんなとき微笑むのか。君の一挙一動も呼吸のタイミングまでも僕のものとしてきた。
君にとって煩わしいこともあっただろうが、いつも笑顔で応えてくれた。その君が僕から離されていく。君の意思ではない。
魂が天に召されるのだ。僕には止めることができない。最新の医学も高名な医者たちも助けることができない。僕の深い悲しみや嗚咽の声も、神への祈りさえも君を引き留めることができない。まだ元気なころ紅葉を観たいという君を連れて山門をくぐったのが最後になった。そこから見る一面の深い秋景色にまだ残る緑のなんと鮮明だったこと。それに抜けるような青空が僕には、ねたましかった。
君は来年も見たいと言った。しかし、目を奪う赤や黄色の艶やかな落葉が日を経ずして、くすんでいくように君が急速に生気を失っていった。現在があるからこそ過去も分かち合える。まして、これからの人生を君なしで築き上げることはできない。どうか浅い眠りなら覚めておくれ。これからどう生きていけばいいのか、教えておくれ。

僕たちが恋に陥ったときのことが鮮明に甦える。音楽会のことだった。座席を間違えた僕をとがめることもなく、隣りですから、そのままでいいですと言った。僕は今までに感じたことのない戦慄を覚えた。そのときは言葉も交わせず、ただ横顔を盗み見ることしかできなかった。偶然がもう一度起こった。
一ヶ月後別の音楽ホールで座席を確認すると隣りに君を発見したのだった。僕はもとより君の驚きは困惑を越えて笑顔を作っていた。偶然というよりも運命ではないかと思った。心の底から湧き上がるものが身体の芯から僕を激しく揺さぶった。君のあくまでも清楚な明るさが僕の内部でこだましたのだった。
君は水の精のようにどんな形にもなれたし、その姿を溢れる泉のごとくいつも新鮮さを保っていた。僕には汲みきれない不思議な泉。それが君だった。深い泉なのに涌き出る底まで濁りなく見透すことができた。君の目を見つめたときの僕の印象だった。会うたびに泉の溢れる水が僕の心の隅々を潤してくれた。僕は最高の宝物を手にしている喜びを実感した。この思いが君にも伝わって、君の笑顔を見たとき僕たちは確信した。将来を誓ったのだ。一緒に歩もう。共に暮らそう。ふたりで始めよう。新しい生活を。素晴らしい人生を切り開こう。この誓いが昨日のことのようによみがえる。あの山門を抜けて、小高い丘から見る森や木立は若葉に萌え、僕たちを祝福してくれた。空は、どこまでも高く青く、僕たちを迎え入れてくれたのだった。

時間は、ゆっくりと流れていた。僕たちの生活は毎日が楽しいことの繰り返しで、いつもその余韻を語りあった。それは、まるで雲の上か草原を泳いでいるようだった。花々がいろどりを競い、風に乗って花びらが舞う。
見上げると樹々の先から止めどもなく落ちてくる。僕たちは降り積もる花びらをかき分けはるか梢の先に大空を臨んだ。そこには白く大きな雲がゆっくりと流れていた。

ひとりなって、この丘に来たが、どうしても心が重くなるばかりだ。音もなく雲が行き過ぎる。残された者の気持ちは寂しさだけではない。静寂がいっそう重苦しさを募らせる。
遠くの木立から数羽の鳥が飛び立つのを合図に夥しい鳥たちが一斉に大空へ向う。森の上で二三度遊弋しつつ、その輪を広げながら陽の沈む方へと向った。小高い木々の梢が長い影を作る。僕の心の中から君がだんだんと遠くへ行ってしまうのを覚えた。本当に君は、この夕陽に吸い込まれてしまうのか。
鳥たちが朝になると舞い戻ってくるように君も明日には帰ってきておくれ。どうして僕だけを置いて逝ってしまうのか。約束したではないか。いつでも僕たちは一緒だって。
死ぬときも。どんなときだって。逝かないでほしい。戻っておくれ。僕のところへ舞い戻っておくれ。

なにもかもが去ったあとに感ずる静寂。
足下から冷気が忍び寄るさびしさ。寂寥感がひしひしと感じられる。このままじっとしているだけで、安らいでいくものではない。
ひとつひとつの共にした時間の長さが今ではその長さだけ孤独を深めさせる。思い出が僕を悲しみの底に追いやるのだ。君もひとりで旅立つのは、きっと寂しいだろう。
君の力になれない僕を赦しておくれ。時間よ止まれ。時間よ、昔へ戻れ。元気なころへ戻ることができれば、僕はすべてを捨ててもいい。よく腕の中で静かに目覚めていた君が今ではもう永遠に眠りから覚めなくなる。
前夜の楽しい夢を語ってくれた君はもう言葉を知らない。耳たぶに君の囁きが聞こえる。明るい声が僕の耳底に染みついて離れない。目を閉じれば瞼の裏に焼きついた君の笑顔がある。このすべてが過去になっていくのか。想い出になってしまうのか。残される僕がひとりぼっちになっていく。

山門に春がやってきた。ここから植物園へ抜ける緩やかな坂。途中の丘に若い緑が拡がるころ僕は君との想い出を懐かしむ。バラ園の芳香と鮮やかな深紅が好きだった。坂道に沿って花が咲き乱れ、虫たちが飛び交う。
ここからの眺めを楽しんでいた君。斜面の芝生で仰向けになって雲の流れを眺めたこと。
さまざまに変わっていく雲の形が可笑しくて笑い転げた君。天道虫が這い上がり大騒ぎをしたこと。すべて懐かしい思い出となった。この丘もいつかは若木が大きな樹となり、やがては小さな森になって鳥たちを宿すことだろう。戻ることができるなら、僕たちも生まれ変わり、その森で再び出会いたい。
そうだ、きっと僕が君を迎える。太陽を背にした君が近づいてくる。夕陽を受けた僕の顔が火照り、眩しさに圧倒されながらも君を待つ。そしてこの手で君を迎え、しっかりと抱きしめるのだ。もう誰にも渡さない。渡すものか。梢から一群の鳥たちが空を目指す。
僕たちの頭上で大きく旋回する。祝福してくれる。生きている。新しい人生が始まる。
そして待つ。君の笑顔と明るい声が僕をこの上ない幸せで満たしてくれることを。

(了)
 
-----------------------------------------------------------------
 
<著者紹介>
牧野 功(東京都三鷹市/65歳/男性/システムアドミニストレータ)

<<前の10件 12|3|45 次の10件>>

主催

深大寺短編恋愛小説実行委員会
深大寺恋物語公募ポスター

第13回公募、募集開始いたしました。皆さまからのご応募お待ちしております。
募集要項の内容が変わりましたので、作品を書き始める前、そして投稿前に必ずご確認ください。
→第13回公募 募集要項

Facebookはじめました

紹介作品について

ブログにて紹介させていただいております作品は、第一次審査を通過し、且つ、Wordや一太郎のデータにてご応募いただいた方の作品のみを掲載させていただいております。
掲載前には、直接メールでご連絡しております。
何卒ご了承ください。

著作権について

このブログに掲載されている文章、及び画像の無断使用、無断転載、無断流用を固く禁止します。
※作品の転載に関しては、ご本人様のみ可能です。
転載等に関してご質問がございましたら、事務局までご一報下さい。

深大寺周辺地域紹介

深大寺地域観光マップ

Facebook始めました

最近のトラックバック