<第11回・公募作品>「祈り」 著者:入倉 直幹

 どうやら、全身に搭載されているあなたを感じるためのレーダーは、鼓膜だけ感度が抜群みたいだった。
 それはあなたが、みんなとはちょっと違うイントネーションでしゃべるってこともあるけれど、そういうことじゃなくて、あなたの言葉はみんなと波長が異なっているっていうか、もっと私の脳細胞を強烈にしびれさせる刺激っていうか、つまりはあなたの声が、いや声だけじゃなくて、たまらなく好きなのだった。あなたを。
 おせっかいなユリは、藤野くんは写真部なんだからもっと誘えるでしょ、夏なんだし海とか、なんて簡単に言う。このまま脳内少女漫画だったらいつになっても変わんないよ、って、睫毛にビューラーをかけながら。
 クラスメイトたちは目の前の大学受験って壁を越えるために、二年の冬くらいから急に恋人って拠点を築きはじめて、私は彼女たちと同列に思われたくなくて、ずっとあなたを誘えないでいた。うそ。ほんとはそうやって、言いわけをつくって、断られるのを怖がっていただけだ。ほんとは隣にいたいくせに。
 だからあなたが、廊下の掲示板に貼られていた鬼燈まつりのポスターを真剣な表情で見ている時、これだって直感したのだった。

 隣の座席にあなたがいるだけで、息が浅くなって唇がみるみる乾く。このままだとバスが深大寺にたどり着く前に唇の表面は砂漠と化してしまいそうだ。ポーチの中からリップを探しているとバスはカーブに差しかかって、カットソーの袖から伸びるあなたの腕が私の二の腕あたりにやわらかく押し付けられるので、もうリップどころじゃなくなる。
「ごめんな」
「ううん」
 すこし声が裏返ってしまう。あなたの声を聞いてからの半年、こんなにもそばで長い時間をすごしたことなんてなかったし、そうできたらいいなって思っていても、実際に起こってみると緊張のせいで幸せを実感する心の余裕すらない。でも、あなたは、なにも気にしていないのかもしれない。
 窓際に座るあなたはゆるやかに流れていく景色を見ながら、首からさげたカメラをなでる。黒色で、いかにも重そうなカメラだ。私からはつむじしか見えないけど、きっとその網膜はシャッターを切るのにふさわしい瞬間をさがしているんだろう。
「ほおずきのお祭り、なんだっけ」
「え、あ、うん。そうそう、ほおずき」
「あんま見たことない、から、どんなのか想像つかないや」
「実が提灯に似てるから、盆の時期になったら死んだ人を導くのに使われるんだって」
「そうなんだ」
 愉快そうに言うあなたの口数は、あまり多くない。まるで言葉を積んでいくよりも、空気とかタイミングとかで伝えようとしているみたいだ。それはきっと、できるかぎり方言を使わないようにしているからだと、私は勝手に、思う。
「でも、そんなにずらっと並んでるわけじゃないっぽいから、期待はずれだったら、ごめんね」
「だいじょうぶだよ」
 香川からきました、と、三年生にあがるタイミングであなたは私のクラスにやってきた。香川県イコール讃岐うどんの図式しかないクラスメイトたちは、週にどれくらいうどんを食べるのかをひらすらに聞き続け、あなたは困ったように、そんな食べないよ、といなしていた。でもあまりにしつこく尋ねるから、声を荒げて、やけんそんな食べんってようるやろが、と言った。大声を聞いたのは、それが最初で最後だった。
「でも、藤野くんの写真、好きだよ」
 私のレーダーが過敏になったきっかけは、正直よくわからない。気づいたらあなたの声のボリュームだけが頭の中で増幅されるようになっていたから。
 はっきりとわかるのは、あなたの写真を好きになったのは、春先にあった写真部の定期展示会だった。大きな桟橋と澄んだ緑色の海、まるまる肥ったオリーブの実、段々になっている水田とこうべを垂れる稲穂、真っ白な風車、砂浜に半分埋まった割れた電球......。針の細いピンで四隅をとめられた風景たちはどれも美しく、奥底になにかしらの物語が息をひそめているような気がした。そして、なんだか、悲しかった。
 ここには香川の写真しかないんだ。あなたは遠い目をして言った。
 どうやって写真を撮るの。たしか、そうやって私は訊いた。
 一枚でぜんぶが思い出せるように。あなたは、しずかに答えた。
「ありがとう」
 くしゃっとほころばせた顔が、吐息が混じった笑い声が、どれくらいの破壊力があるのかを、きっとあなたは知らないから、そんなにたやすく見せられるんだ。ずるい。

「とりあえずお参りして、それから、ごはん食べたりほおずき見よっか」
 あなたは、いいよ、と言う。こめかみあたりにうっすらと汗がかいているのが見えた。
 石畳や水車、そして店先に吊り下げられたほおずきを、あなたがじっくりと見られるように、私はゆっくりと歩く。足を踏みだすたびにカメラが胸のあたりで小さくゆれた。
「真っ白でまぶしいね」
「え」
「地面が」
 ようやく石畳のことを言っているのだと気づいた。光を浴びて、白い粉を一面にまき散らしているみたいだった。
 案内するよ、って胸を張ってみせたものの、ほんとは深大寺にだって一度だけ、それもお母さんに連れられてだるまを買いにきたことがあるだけだった。その時はぜんぜん身動きが取れなくて、小学生の私はお母さんの手を握りながら、気持ち悪いって泣き叫んでいた記憶しかない。だから鬼燈まつりって言葉から、お気に入りのサンダルじゃなくてスニーカーを選んだけど、実際は町内会のお祭りみたいな、のんびりとしたものだった。
 手作りの陶器やら帽子やら小物が並ぶ市を抜けて、本堂に立つ。日の光をさえぎるものがないので、首のうしろに真夏がそのまま降り注いでくる。賽銭箱に五円玉を投げ入れると、乾いた音を立ててすぐに見えなくなった。私たちは両手を合わせて、目をつむった。
 もし幸せがちょっとずつ消費できるんだったら、きっとこうやってたまっていく幸せである程度は暮らしていけるだろうけど、そんなじょうずなことはたぶんできないから、これからも続くよう一心に、祈る。
 目を開けると、もう拝み終えていたあなたは不思議そうな顔をした。
「なにをそんなお願いしてたの」
「その、藤野くんがいいほおずきを撮れますようにって」
「なにそれ」
 動揺に気づいていないのか、あなたは笑った。
 蝉が空の低いところで鳴くのを聞きながら、私たちは境内をしばらく歩きまわる。うんとゆっくりした速度で。でも、あなたは入道雲が立体的だとか、のぼりがどれも赤地に白文字とか、クラスのことをぽつぽつとしゃべるだけで、シャッターを切ることもなければ、ファインダーを覗くことさえしなかった。
 もしかしたら、私にとってものすごく幸せなこの時間は、あなたには切り取る価値すらないのかもしれない。
「もしかして、あんまり、いいとこなかった?」
 どこかぼんやりとした表情でほおずきを見ていたあなたは、私のほうを向いて、よくわからないといった顔をしたけど、すぐに、ああ、と言った。
「あんまし写真を撮るってことを、考えすぎないようにしてるんだ。そればっかり必死になっちゃうと、楽しむってことがないがしろになっちゃう気がするから」
 一枚でぜんぶが思い出せるように。
 あなたの声が頭の中で響いた。私は息を飲んだ。あなたは、思い出すためのピースをすこしずつ増やしているのだ。嬉しいような、情けないような気持ちになって、顔が赤くなっていくのがわかった。
 なんとなくあなたを見られなくて、吊るされたほおづきの鉢植えを眺める。ぷっくりと逆三角形にふくらんだ実は、たしかに提灯に似ているけれど、どうやら照らして導いてくれるのは死んだ人だけみたいだった。縁結びのお寺にあるほおずきなんだから、私たちの関係だって、照らしてくれたなら、いいのに。
 ぴぴ、かしゃ。
 咄嗟に音がしたほうを見る。カメラのレンズが私に向いていた。呆然としていると、あなたは画面をたしかめながら小さくほほえんで、それから、奥野、と私の名前を呼んだ。脳細胞に強烈な刺激がやってきて、私は反射的にそばへかけよって、液晶を覗きこむ。オレンジ色のほおずきをじっとみつめる、わずかに赤くなった私の横顔が映っていた。
「ええ写真やわ」
 あなたの息づかいと一緒に届いたのは、あなたが避けていたはずの言葉だった。私が顔をあげると、あなたは困惑と悲痛が絶妙に混じりあった顔をしていた。
「藤野くんの写真、好きだよ。それから、その言葉も」
 あなたは、ちょっとだけ波長の違う、ありがとう、をつぶやいて、くしゃっと笑う。泣きだしそうなあなたの表情を見て、もういちど、好きだよ、とささやく。

入倉 直幹(東京都/男性)

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