<第11回・公募作品>「巡縁」 著者:伊越 啓

ある日、彼女は現れた。
彼女が部屋に入ってきた瞬間、何か胸に突き刺さるような感覚があった。二十七歳から渋谷で占い師を始めて十年になるが、このような感覚は初めてだった。
彼女のカウンセリングシートには「柏木美咲、平成元年生まれ。三鷹市在住」とあった。
彼女は、可愛らしく上品で好感の持てる女性だった。だが、その容貌とは反するように、鋭い目つきで私を見つめ、私に対して個人的に強い感情を抱いているように感じた。
「どのようなお悩みをお持ちですか」
 彼女はやっと私から目をそらし、一瞬曇った顔をして言った。
「彼との結婚について占って頂きたいのです。お付き合いをはじめて半年になります。私は結婚をしたいと思っているのですが、彼がどのように思っているのかお聞きしたくて」
「わかりました。ではまずはお相手のお気持ちを占ってみましょう」
私はタロットカードを使い、占いを始めた。
彼女の恋人の様子がタロットカードに表れる。あるカードをめくったとき、私は思わず息を飲んだ。「まさか......」心の中で呟く。私は自分の動揺を彼女に悟られないよう、平静を装いながら言った。
「彼はご結婚に関して、とても慎重でいらっしゃるようです。またお二人のご結婚に関しては、美咲さんのご両親も反対されていますね。彼は美咲さんより一回り近く年上で、自分で事業をされていらっしゃる方ですね」
「......」
「彼は二十代半ばころ、一度離婚していますね。もう恋はしないと決め、仕事一筋で生きてきたようですが、美咲さんに出会い恋をした。美咲さんを好いています。しかし、彼の心の中には他の女性がいるようです。その女性とは縁が切れていますが、彼はずっとその人を想っているようです。美咲さんとの結婚は難しいでしょう」
 彼女は顔を下に向け、涙を落とした。
私は、自分が占った結果と目の前の彼女と自分の感情とが繊細に絡まり合うのを感じていた。そして、私はそっと席を立ち、彼女を抱きしめた。しばらくの沈黙の後、
「すべてその通りです」 
 と、彼女は言って、私の目を見た。先程までの鋭い感じではなく、何かの糸が切れたような、それでいてほっとしたような複雑な表情だった。
彼女は、それでも彼と結婚したいのだと言った。そして、次の日曜日に、縁結びで有名な「深大寺」に、彼と一緒に参拝に行く予定だと告げて帰っていった。
「深大寺」その名前には深い思い出があった。長い間、記憶の奥にしまい込んでいた場所。彼女が去った後、私はあらゆる葛藤の末、深大寺に行くことを決めた。
次の休みは、日曜日だった。

調布駅から京王バスに乗り、深大寺についたのは午前十時だった。山門までの道は蕎麦屋が軒を連ねていて、観光客で賑やかだった。以前深大寺に来たのはもう十五年も前になる。
山門をくぐり、本堂へ。手水舎で手と口を清め、常香炉で線香の煙を浴びてから参拝した。本堂脇のなんじゃもんじゃの木に、白く可憐な花が咲いていた。「あの時も、この花が咲いていた」私は小さく呟いた。
 階段を登り、元三大師堂に向かった。お賽銭を入れ、手を合わせた。
その時、背後から懐かしい声が聞こえてきた。一瞬、背中が硬直する。私は覚悟を持って振り返った。そこには、若い女性と共に階段を登ってくる背の高い男性がいた。
「洋介......、やっぱり」閉じ込めていた記憶と複雑な感情が交差する。
 一緒にいたのは先日のお客様、美咲さんだ。
私は二人に気付かれないように、とっさに左奥にある開山堂参詣道へと向かった。脈が高鳴っている。
あれは確かに、洋介だった。ひょろっとして背が高く、ジャケットを羽織り、着るものにはこだわるわりに、髪は無造作でくしゃくしゃなままでいるところも変わっていない。
 私は参詣道を足早に登って行った。二人とも私には気づいていないようだ。気付かれずに安心したと頭では思っているのに、心臓は強く早く動いていた。
 開山堂に到着しても、心は上の空だった。私は、北門を出て、神代植物園へと自然と歩を進めていた。季節の花々を見て、自分の気持ちを落ち着かせようと思ったのだ。
私は植物園を黙々と歩いた。まだバラは咲いていなかったけれど、ツツジが満開で美しかった。しかし、頭の中は洋介のことでいっぱいだった。
 洋介と私は、十二年前に離婚した。二年の結婚生活を送った後、まるで初めからこうなることが決まっていたかのように、私たちは離婚した。原因は価値観の相違だ。今はそう思うようにしている。
 洋介はそれなりにいい男で仕事も成功していたから、洋介に好意を持つ女性はたくさんいた。私の親友だった芳美も、その一人だ。
でも洋介は私を選び結婚した。芳美にとっては、気持ちの良いものではなかったと思う。
結婚して半年が過ぎた頃、芳美から「洋介が他の女と浮気している」ということを聞いた。洋介は、自分は浮気なんてしていないと言ったけれど、私は芳美の話を信じるようになっていった。そしてだんだんとうつ病のような状態になり、占いにはまるようになった。
占い師も、洋介が浮気をしていると言った。私への愛は冷めているとも。占いに行くときはいつも芳美が一緒だった。そしてその後、芳美は決まって「別れなよ」と言った。
私たちが離婚したのは、私が占いにはまるようになって一年後のことだった。もちろん洋介は離婚を承諾しなかった。しかし芳美が間に入り遂には洋介も離婚届にサインをした。
離婚後、占い師に勧められるまま、占いの学校に通い始めた。その後しばらくして、芳美は洋介のことが好きで、私に嘘をついていたことがわかった。芳美は「幸せそうなあんたを見てて悔しかった」と言った。
私はそれ以来、芳美とは会っていない。三ヶ月間家に閉じこもった。占い学校の先生が連絡をくれて、良かったら自分の店で働かないかと誘ってくれた。それが今のお店だ。
時計を見ると二時間が経っていた。帰宅する前にどうしても参拝したいところがあった。「深沙堂」だ。深大寺が縁結びの寺と言われる由来となった、深沙大王が祀られている。私と洋介にとって思い出深い場所だった。
十五年前、私は洋介と深大寺に来て、深沙堂で参拝し、その後結婚した。
神代植物園から坂を下り深沙堂に着くと、辺りは十五年前よりも開けていたが、人通りはまばらで付近には誰もいなかった。私は洋介の幸せを願い、手を合わせた。
「絵理子......」
 突然、背後からとても、とても懐かしい声が私を呼んだ。反射的に振り返る。
「洋介......」驚きと熱い思いが込み上げる。
「やっと会えた」洋介は微笑んだ。
「美咲さんは?」
「帰ったよ。美咲が、今日絵理子が深大寺にいるはずだって。美咲とは別れたんだ。全部話したよ、美咲に。絵理子が渋谷で占い師をしていることは芳美から聞いた。急に電話があって、渋谷で絵理子を見つけて後をつけて行ったら占いの店だったって。芳美も反省していたよ。絵理子に会ったら謝っておいて欲しいって。芳美は今や二児の母だそうだ」
 複雑な気持ちになった。洋介は続けた。
「美咲は、絵理子に会うためにあの店に行った。来ただろ、この前の火曜日。絵理子は、俺の名前も生年月日も何も聞かないで全部言い当てたんだってな。美咲が驚いてたよ。で、あいつが泣いたとき、絵理子が抱きしめてくれたって。そのとき、あいつは決めたって」
「決めた?」
「今日、ここに来ること、あいつわざと絵理子に言ったんだ」
「わざと」
「......俺は、今でも絵理子を愛している」
「......」
「離婚届書くとき、約束しただろ。もし絵理子の気持ちが変わって、俺への疑いも晴れて、十年後お互いに結婚していなかったら、もう一度、俺たちやり直そうって」
洋介はそう言って鞄から絵馬とペンを取り出した。そこには、「結婚します」と大きな文字が書いてあり、左下に洋介の名前が書かれていた。驚きと嬉しさで言葉が出ない。
「ここに名前を書いて」
 洋介は、私の前に絵馬とペンを差し出した。私は、洋介の名前の横に自分の名前を書いた。
「深沙大王に報告しよう。俺たちは再び結ばれる。そして、もう絶対離れないって」
 私は洋介に促されるまま、もう一度手を合わせ、目を閉じた。
「絵理子が幸せになりますように......」
洋介が小声で言った。
「洋介が幸せになりますように......」
私も小声で言った。
「深沙大王様、もう叶いました。俺今すごく幸せです」洋介がはっきりした声で言った。
「私も叶いました。今、とても幸せです」
私たちは、目を合わせて笑った。
「蕎麦食べようぜ。あの時行った、門前でも行くか」
「うん。私、門前そばにする。大根おろしと椎茸食べたい」
「俺はとろろだな。そのあと、蕎麦団子に、くずきりとあんみつも食べよう」
「うん。あのときみたいにね」
 私は深沙堂を振り返り、心の中でもう一度手を合わせ、心から感謝した。

伊越啓(千葉県市川市/35歳/女性/主婦)

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