<第11回・最終審査選出作品>「ソックスキラー」 著者: 柿久米田郎

引っ越しの荷造りをしていると、押入れの奥から黄色と黒色の横縞柄の『ちゃんちゃんこ』が出て来た。
アニメのキャラクターグッズで、時には武器としても使用されていた。悪い妖怪相手にえぃっと投げつけ、ヒロインである夢子ちゃんを守っていた。
 
 『ちゃんちゃんこ』は満男が買った。
付き合って間もなく縁結びの神様がいると聞き深大寺に参拝に行った時のことだ。
満男とは五年付き合った。しかし、結婚までは至らなかった。深大寺のご利益が足りなかったのか、それともご利益の御蔭で五年付き合えたのか、どちらなのかは良く分からない。そして何故『ちゃんちゃんこ』を買ったのかも分からない。付き合い始めたばかりのカップルの悪乗りに近いと思う。

 『ちゃんちゃんこ』を見ていると、荷造りの手が完全に止まってしまった。
 一度だけ、満男はこの『ちゃんちゃんこ』を着たことがあった。ハロウィーンの日にバンドのライブがあり、イベント名が『仮装パーティーナイツ』だったため、『ちゃんちゃんこ』を無理矢理着てハーフパンツと草履(下駄が無かったので)の出で立ちでステージに上がった。
仮装が中途半端だった挙句、愛用のギターが黄色だったこともあり、『ちゃんちゃんこ』は全く目立たなかった。しかも他のメンバーは仮装を諦め、普段と同じ衣装で演奏していたため、より滑稽に映った。前日の夜、「イケるイケる、ゲゲゲしてる!」と焚き付けてしまった私は少し罪の意識を覚えた。

その時の写真があったはずだ。
私はふとそう思い、荷造中の段ボールを掻き分けて、パソコンを起動し、当時の写真を探した。
写真を見てみると思っていたほど悪くないコスプレだった。意外とイケてるように思えた。少なくとも『ちゃんちゃんこ』とハーフパンツ、草履の組み合わせは悪くない、問題は靴下だった。靴下に関して私は指示を出していない。当日の朝、勝手に五本指ソックスを履いて出掛けたのは満男だった。

思いにふけている場合では無かった。
引っ越しの荷造りを進めなくてはならない。
私はパソコンを閉じ急いで箪笥の前に戻り、荷造りを再開した。暫くすると、妙な心の引っ掛かりを覚えた。
靴下が気に入らなかった出来事が他にもあったような気がしたのだ。しかもそれは深大寺に行ったときだったような...。
私は気になってしまい荷造りに集中できなくなった。すぐに手を止め、またパソコンに向かい当時の写真を探した。
深大寺で撮影した写真は百七枚あった。
緩やかに下る蛇行した桜道、アスファルトに花弁が少し落ちている。そこを歩く満男。ジャケットにサルエルパンツ、蝶ネクタイをしている。付き合い始めたばかりだからか、明らかに気取っている衣装。しかし、足首に覗く靴下はあからさまに失敗の組み合わせ、異様な心地の悪さを出している。
深大寺参道前の石垣。よじ登る仕草をする満男。深大寺参道、ひょっとこの様な石造の横で同じ顔をする満男。亀島弁財天池の横で亀のように首を伸ばす満男。河鍋暁斎の天井画『竜』の説明看板の前で竜の顔真似をする満男。その全てに変な靴下を履く福田満男の姿が写っていた。

写真を見ていて少しずつ思い出したことがある。百七枚の写真のうちの大半が某キャラクターの顔ハメ看板から顔を出した写真だった。この時をきっかけに私達は顔ハメ写真を集めることを共通の趣味とした。
顔ハメの魅力は幾つかある。
まず神出鬼没ということ。顔ハメがあるという情報は旅行雑誌やサイトには謳っていない。旅行先や出先で唐突に現れ、その中には何でこの顔ハメ?と思う物も良くある。それに出会えた時は言い知れない喜びがある。
そして何よりも笑顔になれる。
例えば、私は人並みにお化粧をする。その状態でねずみ男の顔ハメをすると、モードメイクとねずみ男のミスマッチが強烈な違和感を出す、と思いきや意外にもマッチしたりする。
「実写いけるね。」
満男と二人してけらけらと笑ったことがあった。

私は深大寺の写真を一通り見ると、荷造りを再開した。
この引っ越しが無事に終わったら深大寺にもう一度行ってみようと思った。満男と行った時は、深大寺そばを食べ損ねたからだ。今回は引っ越しそばを兼ねて食べに行こうと思う。上手く行けばちょうど桜が満開の頃だ。

ほどなくして引っ越しが無事に終わり、早速、その週末に深大寺に向かった。桜が残っているかと期待したのだが、全て綺麗に散ってしまっていた。
参道の前に立つと、写真だけでは思い出せなかった事が、瞬時に頭の中に広がった。
確か、案内板の前で笑った記憶がある。
私は案内板の地図に近づいた。何で満男と笑ったのか、それを思い出そうと必死で案内板の地図を見上げた。
『武蔵野の水と緑と寺とそば』。
これだ!案内板の上に謳われているこの文句、
様々なしがらみを感じさせるこの言い回しに笑ったのだ!私は思い出して嬉しくなった。
私は踵を返し、少し駆け足で参道前に向かった。そこには『ちゃんちゃんこ』を買ったお店があり、その手前に顔ハメがあった。まだ残っていたことにホッとし、まじまじと眺めた。 
そうだ!確か満男は、「これなら靴下が隠れる」と言いながら顔ハメの裏に回り、あの写真に残っているくしゃくしゃな笑顔で穴から顔を出したのだ。
私は当時を懐かしく思った。
 三つの穴が開いた顔ハメの正面に立ち、穴の向こうの丸見えの緑を眺めながら、急にそこに満男の笑顔がにゅっと出てくることを想像した。
 
三つの顔すべてに満男の顔が現れることを想像していると、唐突に、後ろから男の人の声がした。
「撮りましょうか?」
振り返ってみると、私より少し若く、まだあどけなさが残る男性が立っていた。お洒落な出で立ちをしている。
私が困惑していると、
「撮りましょうか?ずっと眺めていたので。」
と言い、カメラを構えるジェスチャーをして二度人差し指を動かし架空のシャッターを押した。
 私は思わず「大丈夫です。」と断った。
「いいじゃないですか、一枚だけ。」
洒落た男は意外と強引だった。そしてハンサムだった。
私は少し考えて、せっかく親切に声を駆けてくれたのだから、一枚だけ撮ってもらうのもいいかも、イケメンだし、と思った。
「では一枚だけお願いします」と言い、カバンからデジカメを取り出して男に渡した。
 私は顔ハメに向かいながら、三つあるキャラクター、片目、ねずみ、吊目女のどの穴から顔を出すかで迷った。満男とはねずみが最も面白いとなった。しかし今回は見知らぬお洒落なイケメンだ。可笑しくてもあからさまに笑うようなことはしないだろうし、よくよく考えると笑いを求める必要もない。
片目だ。私は無難に真ん中の穴に顔を入れようとした。
 すると、洒落坊は図々しくも指示を出してきた。
「ねずみ男がいいですよ。似合うと思います。」
私はどういう意味だ、と思いながらも、「そうかしら」と微笑みながら、ねずみ男の顔ハメに顔をセットした。
 少し強引な洒落坊に苛立ちを覚えたが、顔ハメから覗く深大寺の風景は、そんなくさくさした心を洗うものがあった。
微笑む顔をきっちり作り、カメラを構える生意気な洒落坊に目を向けると、ふと違和感を覚えた。すごく懐かしい、前にも感じたことがある違和感。何だろうと思いながら注意深く探ってみると、洒落坊の足首から激烈にダサい靴下が見えていた。
折角作った笑顔が崩れ、前歯が出たような苦笑いになってしまったと心配していると、
「やっぱりお似合いです!上手く撮れています!」
洒落坊が、撮ったばかりの写真を見せながら私に近づいてくる。

柿久米田郎(神奈川県相模原市/39歳/男性/会社員)

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