<第9回公募・選外作品紹介>「鬼の灯消えたら帰れない」 著者:山田 夏蜜

 ぼんぼん、ぼんだら、ぼんだんだん。
じいちゃんが、昼食の途中でつぶやいた。
「あら、また歌ってくれるのね」
 食事の介助をしていた施設の職員が、手拍子を始める。
 ぼんぼん、ぼんだら、ぼんだんだん。
 青い小僧が寺の小道を走らんと。
 鐘を鳴らせばほおずき笑う、
 小僧とほおずき背比べ。
 ぼんぼん、ぼんだら、ぼんだんだん。
 じいちゃんの声が部屋いっぱいに響く。
他の入所者たちが、祖父に拍手を送った。
「じいちゃん、それはなんの歌だい」
 食事に同席していた僕は、老歌手に聞いた。
 返事はない。僕に目を合わせないし、僕が孫であることも、もうわからないのだろう。
「手まり歌みたいですよ。ご自分で作ったとか。娘さんが小さいときに歌ってあげたんですって」
 僕の母さんのことだ。
 昨日、母さんをひどく怒らせてしまった。
 大学の単位が足りず、四回生になるには後期の開講科目をすべて履修したとしても、必修科目が追いつかない。もうこのまま中退すると言ったら、母さんは無言で夜のパート勤めに出てしまった。
 結局僕は、居心地が悪いから男友達の家に泊めてもらい、今はじいちゃんの入所しているホームに来ている。
「沢村さん、お昼の後どうしますか? 栄(えい)八(はち)さんは、いつもサロンでのんびりしますけど」
 職員の声で、僕は頭の中の日記帳を閉じた。
「いや、もう帰りますんで」
「そうですか。じゃあ、またぜひ」
 僕が席を立つと、栄八じいちゃんが突然、
「オニノヒキエタラカエレナイ」
と、小さく叫んだ。
「なんだって? どういう意味?」
 聞き返しても、不機嫌な顔のまま口を結ぶ。
「歌の続きかしらね」
 職員はいたずらっぽく笑うが、僕にはさっぱりだ。腑に落ちぬまま、ホームを後にした。


「ぼんぼーん、ぼんだらー」
 ついじいちゃんの歌を口にしながら、僕はユリエの家の近くまで歩いた。今日は最初からユリエを迎えにいくはずだった。不意に、じいちゃんのことを思い出してしまい、足がそちらに向かってしまった。
 すでにユリエは、家の前で僕を待っていた。
「決心ついた?」
ユリエが僕の顔をうかがう。
「うるさいな」
「今日でしょ、留年予定者のガイダンス。意地でも連れていくから」
「カノジョでもないくせに、余計なお世話だよ」
 上がり続ける気温に、僕はいっそう苛立ちを覚えて嫌味を言った。暑い。ホームが快適な室温だったからなおさらだ。
「そうだね。だけど友達の立場でも連れていくよ。友達なんだから。ほら、歩く歩く」
 ユリエは僕の背中を押す。
 汗で透けているTシャツに触れられるのが恥ずかしくて、僕は思わずのけぞった。
「照れちゃって」
 その笑った顔に、ばっさり短くした髪がよく似合っていた。ユリエは恋人じゃない、ガイダンスなんて必要ない。そもそもなぜ、僕を連れていこうとするユリエを僕が迎えにいかなきゃならないんだ。言いたいことが、ユリエの顔の前で立ち消えする。
「......なあ、オニノヒってなんのことか知っているか?」
 仕方なく歩き出した僕は、呼吸する度に肺に溜まる熱気にうんざりしながら、ユリエに聞いた。
「オニノヒ? 記念日かな? オニノヒ、オニノヒ......。あっ、ほおずきのことじゃない?」
「なんでまた」
「ほおずきって、赤鬼のオニに街灯りのアカリっていう字を当てるのよ。他に難しい字でも書くけど」
「鬼の灯りってことか」
「ほおずきがどうしたの?」
「え、ああ、いやなんでもないよ」
栄八じいちゃんの歌は、小僧とほおずきのことを歌っていた。僕になにか伝えたかったのではなく、独り言だったのだろう。
「ねえ、ほおずき市にいかない? 急に思いついちゃった。あちこちのお寺で開かれているけど、私は深大寺がいいな。ね、決定」
 ユリエは勝手に決めて、スマートフォンで交通アクセスの検索を始めた。
「おい、ガイダンスはどうするんだよ」
「あらら、急にいく気になったの? 今日のガイダンスは夕方からだよ。あ、うん、そんなに時間はかからないみたい。じゃあ出発」
 ユリエの勢いに押されて、僕は流しそうめんみたいな気分になった。ユリエは涼しい顔で、僕と並んで歩く。
 僕は幼い頃は札幌に住んでいたが、ユリエは生まれてからずっと東京だ。別に東京のせいではないけれど、すごく東京の匂いのする人だと感じていた。僕がユリエの近くでぶらぶらと中途半端な態度をとるのは、ユリエがいつも僕の一歩先にいる感覚で、その距離を縮めるのが怖いからなのかも知れない。
 それから深大寺にたどり着くまで、僕たちはなぜか今後の進路以外の話ばかりした。
 熱に浮かされた街や人々をくぐり抜け、深大寺のほおずき市の会場入口までやってきたとき、さすがに息が切れた。
「『ほおずき祭り』なんだね、お祭りとか縁日って、本当に久しぶりよ」
 ユリエが頭上の大きな提灯を指差して笑う。
「ああ」
「まだ歩ける?」
 ユリエが冗談めいて言う。
「当たり前だろ。じいちゃんが施設で暮らしているんだけど、お土産にほおずきを買っていくよ」
「いい孫ね」
「良く思われたいだけさ」
「そうね、そんなものだわ」
 可笑しくないのに、互いに苦笑いをする。
 さっそくほおずき選びで出店を回ったが、ユリエはやたらはりきって即決しない。
「どれもきれいじゃないか」
 僕は最後の店のほおずきをお土産にしようとした。特に僕の目をひいたそれは、濃い朱色でぷっくりふくれた実が印象的だった。
「ねえ、見て。『鬼行燈』って書くのね。今、気づいたわ」
 ユリエが出店ののぼりを見て言った。
「本当だ」
「嫌だ、変なこと思い出しちゃった。おばあちゃんの話。ある夜、家に帰るはずが道に迷って、いつの間にか鬼がいる門の前に立っていた。鬼は『おまえの命の灯りだ』だと睨みながら行燈を目の前に置いて、鬼問答をするんだって。鬼に勝てば門が開いて行燈を渡される。負けたら......」
 ふと、じいちゃんの声がよみがえる。
 鬼の灯消えたら、帰れない。
 栄八じいちゃんは、僕にこう言ったのだ。
「どうしたの?」
 ユリエが僕の顔をのぞきこんだ。
「負けたら、行燈の灯が消されて、帰れなくなるんだろ」
「そう。なんで知っているの?」
「話の流れで、予想はつくよ」
「おばあちゃんは帰ってこられたそうよ」
「ええ? おばあちゃんの実話なの?」
「好きな人と婚約していたのに、家のために違う人と結婚を決めた、その夜の出来事だったって言ってた」
 ユリエは真面目な顔で記憶をたぐっている。
「どうして帰ってこられたんだ」
「どうしてだと思う?」
「わからない」
「鬼になにを聞かれたか忘れたけれど、『私は帰れなくていい、戻っても辛いだけから帰りたくない』って言ったそうよ」
 そのときだった。
ユリエも出店もすべてが消えて、僕と深大寺の広い景色だけが広がった。
 学生服姿の男がぼんやり現れ、僕を見た。古い写真の中から抜け出たような姿。
 すると、僕の横を女の子が通り抜けた。
 彼が見ていたのは僕ではなく、彼女だった。
「じいちゃん」
 僕が声を漏らすと、幻は一瞬揺れて消えた。
「またぼんやりして。ね、このほおずきに決めない? きっとおばあちゃんの作り話なんだから気にしないで」
 ユリエが僕の腕を突っついた。
 我に返った僕は、ユリエが選んだほおずきをじっと見つめた。
「君のおばあちゃんの他にも、鬼問答を受けて帰ってきた人間がいるよ。たぶんね」
 ユリエは僕の言葉に首をかしげる。
「大学辞めたら、僕は鬼に呼ばれて、帰ってこられないだろうな」
「だから、作り話だってば。変な人。学校中退しないって、素直に言えばいいのに」
 そうか、素直じゃないか。僕はユリエにも大学にも追いつけない自分自身を、本当に捨てるところだった。
「母さんにも贈ろうかな。昨日、悪いことしちゃったからな」
「じゃあ、仲直りできるようお参りしようよ。私は縁結びの願掛けする」
 僕はそんなヤツいるんだ、と思わずつぶやいてしまった。それを聞いたユリエが笑う。
「そう、鬼が怖くて大学辞めるのを中止した不思議な男とね、縁結びのお願いするのよ」
 鬼行燈が、僕の一歩先を照らした気がした。
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<著者紹介>
山田 夏蜜(北海道札幌市/34歳/女性/自営業)

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