<第9回公募・選外作品紹介>「ジョウビタキのチッチ」 著者:佐怒賀 淳

調布の深大寺周辺はまだ緑が色濃く残っていて住みやすいところだ。そこの小さな林のかたわら、80坪ほどの畑が僕のお気に入りの場所。そこで農作業に没頭しているといろいろな雑事やストレスが汗とともに流れ出してしまう。しかし会社の友人には変人扱いされている。なぜ好き好んで休みの日に農作業なんだと。もっとほかにやることがあるだろう。パチンコ、マージャン、ゴルフとか。なんておまえは付合いが悪いんだ。
でもこれだけはやってみないとわからない。四季折々の変化のなかで太陽の光を浴びながら土に働きかけることのすばらしさ。今は逝ってしまったがこの畑を残してくれた親父とお袋には大いに感謝している。こんな週末農民状態だから彼女いない歴がずっと続いていて、数年前に30歳を越してしまい、内心ではすこし焦っているのも事実なのだ。
冬の農閑期は寒起こしの時季だ。凍てつく土をスコップで耕しておくと寒さで有害な虫や雑菌が全滅し、土が粉々に粉砕されるのだ。
ひとつきほど前から作業中、チ、チ、チという鳴き声が気になってはいた。
「いったい何の声なんだろう」
そのうちに声の主を発見した。それはまるで生きている宝石のようだった。僕の周りをチョロチョロと甲斐甲斐しく動き回って土を啄んでいる小鳥。大きくてチャーミングな瞳。
「なんて可愛くて愛くるしいんだ」
英語に「FO0L IN LOVE」(恋に落ちる)という言葉があるが、その姿を一目見て、僕のハートにはするどい矢が突き刺さってしまったのを実感した。
その美しさは、孔雀やインコやカワセミとは異質の、ある種の素朴さを秘めたものであった。それは小鳥の色と仕草にあった。
茶色のような、オレンジ色のような、ほんとうに暖かそうな色。背中付近にみられる左右の白い斑紋。いつも尻尾を振りながらの愛嬌のあるお辞儀。たまらなくキュートなのだ。 
最近では1mほどの至近距離から、私の掘り起こした土を、尻尾を振り振り、じっと観察するようになっていた。そして急に僕の足元に着地して虫を啄んでいったのだ。
「ははあ、虫をねらっているのか」
まとわりつく理由を理解した僕は、そのときから虫を小鳥に放ってやるようになった。カブトムシの幼虫やら、その他の虫などをせっせと放ってやった。根っから人見知りしない性格なのか、さかんに尻尾を振りながら感謝の気持ちをあらわすチッチ。
僕はいつのまにかその鳴き声から勝手にチッチと名づけてしまっていた。
時には幾度掘り起こしても虫が出てこない。焦れば焦るほど発見できなくてもチッチは健気にいつまでも待っている。素直で我慢強いのでなおさらいとおしい。待っている間も、チ、チ、チと小鳥語で歌を口ずさんでいる。
最近では畑に生ゴミを捨てに行ったときでさえ、その可憐な姿を現すようになった。
ある日のこと、今日は姿を見せないなと、幾分がっかりしていた。でも気になるな、たまに周りを見回してもいない。しばらくしてちょっと一息入れようとふと顔を上げると、チッチがじっと僕を見ていた。
「なんだ来てたのか。鳴き声がしないからわからなかったよ」
僕はうれしさのあまり思わずそう話しかけてしまった。それはまさにごく親しい人間にいつもの調子で自然と語りかけたように。
そんな自分の行為に苦笑していたら、するとどうしたことだろう。
「遅くなってごめんなさい。ちょっと神代植物園のほうに行っていたの。なかなか虫が見つからないの。あっ、そうそう、いつもたくさんの虫をありがとう。感謝しているわ」
なんとやさしくささやきかけるような声が聞こえてきたのだ。僕は自分の耳がどうにかなってしまったのかと驚いてしまった。
「どうして君の声が聞こえるんだろう、今まではチ、チ、チしか聞こえなかったのに」
「あら不思議に思わなくてもだいじょうぶよ。お母さんが前に話していたわ。心と心が通じ合えば自然と生き物同士は理解し合えると。私たち、きっと、心が通じ合った証拠よ、私うれしいわ。あなたはどうなの」
「あっ、そうなんだ。なぜか小鳥に教わってしまったな。でも考えてみると人間なんかより本当のところは小鳥などの小動物のほうが心がすごく豊かなのかもしれないね」
「私は親切な人に出会えてよかったわ。近くに住む友達、ああその娘とはいっしょに渡ってきたのよ。いつもおなかをすかしているそうよ、ほんとうにいつもありがとう」
「どうせ農作業のついでさ。もっとたくさんあげられるといいんだけれど」
「充分よ、おかげさまで太ってきちゃったわ。これ以上太るとうまく飛べなくなるわ」
「へえー、そうなんだ。ところで君はどこから来たの。遠いところ」
「そう、遠いわ、シベリアよ。ここから何千キロも離れているわ、バイカル湖で知ってる。シベリアの真珠と呼ばれているわ」
「シベリア・・・そこは寒いところなんだろう、話にしか聞いたことがないけれどね」
「そうよ、冬は雪と氷の世界よ、ここも今は冬なんでしょうけど、これはシベリアでは夏のような陽気よ」
「そう、ここはシベリアでは夏の陽気なの」
「そうよ。バイカル湖は完全に凍ってしまって車が通っているわ。輝く透明な氷よ」
「へえーそうなんだ。行ったことがないから知らなかったよ」
「そうよ。とてもきれいなところよ。私のふるさとよ。でもここもとても素敵な場所よ。私はここが気に入ってしまったわ。ずっとここにいたいけれどそれはかなわない夢だわ」
「どうして・・・これから暖かくなればいくらでも虫をあげられるよ」
「私もいたいけれど宿命なのよ、渡り鳥の」
ふたりはずっと昔からの知り合いのようにとりとめのない話を、時間を忘れて続けていた。そのあいだじゅう、ふたりの心は幸福感で満たされていくのを感じていた。
急にチッチがあわてながら話した。
「あっ、いけない。楽しくて時間を忘れていたわ。暗くなってきたわ。あぶない、夜行性の鳥にねらわれるわ、またね、さようなら」
チッチは急に飛び去っていってしまった。
なんて素敵な出会いなんだと僕は最高に胸がワクワクして幸せ一杯だった。
会話の中でチッチに教えられたことはたくさんあった。チッチはジョウビタキという種類であること。鳴き声が僕にはチ、チ、チと聞こえるが、一般的にはヒッ、ヒッ、ヒッ、と聞こえて、それが火打石の音に聞こえるから、火焚きすなわちジョウビタキという名前がついたという。
「よし来週が楽しみだな」
それから畑で何回も、チッチと僕の楽しくてしびれるような週末デートが繰り返されていった。僕は完全に夢中になってチッチのとりこになってしまっていた。チッチのことを考えると胸がキューンと痛んだ。
3月が近づいたポカポカ陽気の日曜日、僕たちはいつものようにデートを楽しんでいたが、心なしかチッチの元気がなかった。
「なんか元気がないね、どうしたの」
僕が心配そうにたずねると、チッチが悲しそうに、いつもより小さな声でささやいた。
「もうこれで会えなくなるわ。来週には飛び立たなければいけないわ、北へ・・・ふるさとに帰らなければいけないの。悲しいわ」
「あっそうだ、忘れていた、もうすぐ春だね。やっぱり行かなくちゃいけないんだね」
「そう、私たちは暑さがにがてなのよ」
「なんか残念だな。絶対にここに残ることは無理なんだね」
「そうよ無理なのよ、死んでしまうわ。渡り鳥のおきてなのよ。なんかの童話で読んだことがあるでしょう。ほらツバメさんの話よ」
「ああそうだね。貧しい人に純金や宝石を届けていたツバメが、冬が来ても頑張っていたら死んでしまったね、そんな話だよね」
「それよ、私たちはその逆だけれどね」
「もう何日かで行くのかい、今日で最後かい、まっすぐシベリアに向かうのかい」
「ううん違うの。ここでいう桜前線みたいに少しずつ北に向かうのよ。これから東北地方に向かうのよ、次は北海道」
「えっ、もし海で疲れたらどうするの」
「何か浮かんでいるもので休むのよ、でもあなたにたくさんごちそうしてもらったから体力は十分よ」
「そうか行ってしまうのか、もう会えないのかな、残念だな、さみしいな」
「ううん、そんなことないわ、十二月にはまた来るわよ、絶対よ、それまで待ってて」
「なんか僕も鳥になっていっしょにバイカル湖に行ってみたいよ。または君が人間の女の子に変身するということはできないのかな」
「あら、あたしもそれを考えたけれど無理だわ、見果てぬ夢ね・・・残念だけれど」
「僕たち、人間なら人間、小鳥なら小鳥と、同じ生き物に生まれていれば良かったのにね、神様は不公平だな、別れたくないよ」
「・・・ありがとう・・・あなたに会えてほんとうによかったわ、そして約束するわ、絶対に無事にここに戻ってくるわ、それまで、元気でね。さよならは言わないわ・・・」
僕も何か言おうとしたけれど、チッチの瞳には涙が光った気がしたので詰まってしまったら、さっと飛び去ってしまっていた。
僕はしばらく呆然と立ちつくしていたが考えてみれば9ヶ月なんてすぐだと思い直した。
夏の日の恋は必ず破れるというジンクスがあるが、僕は根っからの楽天家なので、逆に冬の日の恋は絶対に破れないと思った。今日は早く家に帰って、チッチが無事にバイカル湖畔にたどり着けるように祝杯をあげよう。
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<著者紹介>
佐怒賀 淳(埼玉県秩父市/56歳/男性/教職員)

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