<第8回公募・選外作品紹介>「恋ぼたん」 著者:白土 真美子

「はい、いらっしゃい!」
 今日も店に母の声が響く。
 父は厨房でもくもくと蕎麦を茹でている。
 私は、小上がりの座敷で宿題中。
 蕎麦の茹で上がる匂い、天ぷらの油の音を背中で感じつつ、私は算数の問題を解く。
 いつもの景色が私を温かく包んでいる。

 うちの蕎麦屋は深大寺の蕎麦屋には珍しく、夜遅くまで営業しているが、私は夜のお店が忙しくなる前に帰る事にしている。
 母はもしかしたら、直接家に帰って欲しいのかも知れない。父は......どうだろう。
 お店を空けると母に文句を言われるのに、図書館に行ってくれたり、買い物に連れて行ってくれたりする。私が両親との時間をもつために学校帰りにお店に寄るように、父も私との心の距離を縮めたいのかも知れない。
 距離なんて、父が思っている程、ないのに。

 年に一度二日間。私の居場所が奪われる。
「だるま市」だ。
 母に言わせれば「そんな大げさな」という事になるのだが、私にとっては大問題!
 宿題をする場所がない程に激しく混んだ店内で、いったいどこに居場所を見つけろと?
 母は何にも分かっていない!
 そう憤っても、母は笑うだけだ。

「明日みっちゃんと林檎飴食べいこっかな」
「お!林檎飴かー。お父さんも一緒に......」
「えー、やだ」
 思わずキツい口調で言ってしまって、すぐに後悔した。言っちゃいけなかったかも、と。
 しかし父は、気付かぬふりで、まるで外国人のように、両手を上げて母に愚痴る。
「はー、亜美ちゃんが遠いよ。」
「そんなもんよ。小学5年生なんて」
「一人で子離れかよ」
「なによ、それ。あなたがいつまでも......」
 ほっとこ。

 当日、厨房の影からそっと見つめる父を横目に、私はみっちゃんと深大寺に向かった。
みっちゃんは、2歳年下の小学3年生だ。
 何かというと「あみねー、あみねー」とまとわりついてくる。ちょっと照れくさくもあり、可愛くもあるが、一人っ子の私にとっては妹みたいなもんだ。

「ねぇねぇ、あみねーがさー」
 深大寺に向かう参道は、いつもの平日の昼間とは比べ物にならない位の混雑っぷりで、繋いだ手がじっとりと汗ばんでくる。
「産まれる前のパパママの事、知ってる?」
「あーそういえば聞いた事ってないかも」
「みーはね、昨日聞いたの!そしたら、なんかー、ママが照れてて、可愛かったよ!」
「なんで照れちゃったの?」
「んー、みーが思うには、その頃の超かっこよかったパパの事、思い出したから?」
「みっちゃんパパ、今でもかっこいいじゃん」
「えー!お腹がくまさんだよ!」
「いーじゃん、くまさん」
 私は微笑みながら、みっちゃんを見つめた。
「や!水泳選手みたいなのがいい!」
「お、みっちゃんはムキムキが好きなのかー」
「うん!ムキムキ!」
 そして二人でムキムキポーズをとりながら、人波を掻き分けて、りんご飴屋を目指した。

 その夜、キッチンで小説を読んでいる母に、
「ねぇ、パパとどこで初めて会ったの?」と聞いてみた。「亜美も年頃ねぇ」と呟きながら、母は、小説をパタンと閉じ、話し始めた。
「初めて会ったのは、深大寺」
 母は昔を思い出すように目を細めた。
「その頃も、深大寺は今と変わらなかったな。緑が濃くて、静かで。夏は蜩の声が恐い程だった。その頃、雑誌に深大寺の特集が載っててね、気分転換に、って......」
 母は何かを思い出したようだったが、頭をぷるっと振るってから、話を続けた。
「それで、お参りをしてたら、後ろからドンって、凄い勢いでぶつかってきた人がいてね」
「それがパパ?」
「そう。砂利で躓いたんだって。昔から変わらないの、パパって」
「今も何にもない所でこけてるもんね」
母はお腹を抱えて笑いながらも、目がとても優しかった。そんな父が大好きなんだろう。
「ぶつかられたママはね、持ってたバッグを落としちゃって。中のボタンが散乱して......」
「え?ボタン?集めてたの?」
「亜美、想像してみて。砂利とボタンがもう、どれがどれだか分かんなくて大騒ぎよ」
「でも一緒に拾ってくれたんでしょ?」
「そう。だってそこでプロポーズされたのよ」
「えー!何それー」
「ま、それはうそだけど」
 うそかい。でも憎めないんだなー、これが。
「でもね、それが出会いなのは本当。それから一週間位したらね、何と職場にパパから電話があったの」
「なんで?」
「名刺入れを落としてたみたいでね」
「それを、パパがこっそり拾って!」
「そうそう!電話をかけてきた、って訳」
 んふふと笑いながら席をたち、冷蔵庫のミルクティを3つのカップに注いでいく。
「ここから先はパパに聞いたら?今日は、かなりへそ曲がりよ。亜美がかまわないから」
「えー面倒くさい」
「そんな事言わないの。パパ、亜美が好きで好きで仕方ないんだもん。ママ嫉妬しちゃう」
 満面の笑みで言われても、まったく説得力がないんですけど、お母様。
 そんなへそ曲がり中の父から聞いた話。
 一目惚れ、だったと。どうしてももう一度会いたくて、電話してデートに誘うのに成功し、頑張って頑張って付き合う事に成功し、またまた頑張って頑張って結婚した、と。

 一気に話して喉が渇いたのか、ミルクティを、まるで生ビールのように飲み干してから話を続けた。しかも、ヒソヒソ声で......
「なぁ、亜美。実はママにも言ってない秘密があるんだ。お前、もう大人か?」
「それって、秘密を守れるかって事?」
 めちゃくちゃ真剣な顔で頷く父。
 私も真剣な顔で答えた。
「もちろん。亜美は大人だよ」
「よし。じゃあ、教える。明日、学校が終わってから、深大寺バス停に集合だ」

 バスから降りる人々の吐く息が、まるで霧のようになって辺りを漂っている中、かじかんだ手をこすり合わせつつ、ぴょんぴょん飛んでいたら、やっと父がやってきた。
「おーそーいー」
「ごめんごめん。ママをまくのに時間がかかって。それにしてもお前、うさぎみたいだな」
「大人の女に対して超失礼な発言だよ、それ」
「ごめん、亜美はもう大人か。昨日、約束したんだもんな」
「そうだよ、おっとなっだもーん」
「......あんまりアレだけどまいいか。行くぞ」

 私たちは参道を抜け、池の横の道を通り、深大寺の奥まで歩いた。
 ちょっと遠くない?と父に話しかけようと思った瞬間、目の前にそれは現れた。
 大きな大きな木、だった。
 こんなに大きな木を見落としていたなんて。ちょっとショックだった。
 でもそれは、「威厳」みたいな気を発していて、木の神様、って感じだった。
「この木?」
「アレ」と言いながら父が指す指の先をたどっていくと、うっすらと何かが光っていた。
「あ!あれ」
「そう。ボタンだ」
「何であんな所にボタンがあるの?あ......」
「パパがぶつかった時にぶちまけちゃったボタン。一番大きいのをね、そっとポケットにしまったんだ」
 父は、そのボタンを大きな木の幹の上の方にあった窪みに隠した。そしてそのまま、忘れてしまった。

 ある日、部屋に落ちていたボタンを掌の上に乗せて眺めていたら思い出した。
「あそこに、まだあったんだ」
「よく落ちなかったよね」
「本当に不思議だよ。絶対にもうないと思ってた。でも、あった事で決心したんだ」
「ママと私と生活する。パパになるって事?」
「とても勇気のいる事だった。でも、どうしても家族になりたかった。後押ししてくれたのが、あのボタンだ」
「パパ......ありがとう」
 父は、こっくりと頷いただけだったが、その目にうっすらと涙が滲んでいたような気がする。
「ねぇ!帰る前に、りんご飴食べよ!」
「夕飯前だから、二人で一つ、でもいいか?」
「......パパはいいの?」
「もちろん!」

 そんな訳で、今年のだるま市は、自分の居場所を見失うどころか、逆に自分のルーツを知る事が出来た日になった。

 深大寺はまだまだ喧騒に包まれている。
 そこここから聞こえる一本締めの音、子供達の歓声、屋台から流れてくる美味しそうなソースの匂い。
 そんな様子を眺めつつ、手を繋ぎ歩く参道。
 この景色を、この手の温もりを私はいつまでも忘れない。そう強く思った。

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<著者紹介>

白土 真美子(東京都調布市/40歳/女性/調布市立中央図書館嘱託員)

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