<第8回公募・選外作品紹介>「恋のフォロワー」 著者:柴野 睦人

 一人、神代植物公園に咲いているソメイヨシノの桜並木をながめていた。桜の花びらが、風に吹かれるたびに潔く散っていく。千佳への思いがつのるぼくにとって、その執着がないようにみえる桜の舞が、どこかうらやましくも思えた。少しでも華やかな気持ちになりたくてバラ園に入ると、家族や恋人たちの笑い声が聞こえてきた。バラの花は咲きはじめた頃のようだが、ぼくの心はまだ蕾のようなものだ。
 今日は千佳とこの公園で待ち合わせをする予定だった。ふたりとも、住宅地図の会社に勤めていて、新年会千佳と話が妙にもりあがり、つきあうようになった。ぼくが二十二歳。千佳が二十三歳だった。千佳と昼過ぎまで公園内を散歩してから、深大寺そばを食べ、深大寺に参詣する予定だった。その千佳とは三日前に、メールのことでケンカをしてしまった。千佳によれば、ぼくの返信するメールがいつもそっけなく感じるそうだ。ぼくは絵文字を使わないので、ぼくのメールがなんとなく冷たく感じられるらしい。その後、ぼくからメールや携帯に電話をかけても千佳は無視をしていた。休日に家にいても鬱々としてくるので、一人で公園にやってきたのだが、楽しげに公園を散歩している恋人達をみていると、よけいに気分が沈んでくるのだった。
 ぼくは退屈まぎれに、携帯でツィッターをはじめた。今までは、ぼくの書き込みに対してフォローしてくれた人はあまりいなかったが、ツィッターをしていると、なんとなく気がまぎれる。だから仕事帰りやなにもすることがないときなどに、ときおりほかの人の書き込みにも、ツィートと呼ばれる書き込みをするようになっていた。
 「一人で神代植物公園に来ています。家族連れや恋人たちが多くて、なんか辛いです」
 ぼくはツィッターに書き込んだ。すると、すぐにツィートしてくれた人が三人いた。
 「私は彼氏と神代植物園に来ています。売店でお茶してます」
 「今度は恋人と来られるようにがんばって!」
 「深大寺は縁結びのパワースポットだよ」
 彼女はいるが、ケンカをして一人で来ているなどと、なんとなく空しいので書き込まず、仲直りの願いをしようかと、深大寺に向かった。亀島弁財天池の静かな水面を眺めつつ、そばのお店もチェックした。そばのお店はあとで寄ることにして、歴史を感じさせる山門をくぐり、本堂に向かった。本堂の手前では、たくさんの参詣者が線香を焚き、煙を腕ごと招き寄せるようにしていた。そうすると厄払いになり、開運すると聞いたことがある。ぼくも真似をして、線香の煙を自分の体にこすりつけるようにしたあと、本堂で手をあわせた。それから深大寺のデートスポットとして有名だという深沙堂に向かった。このお堂には縁結びの神様がいるとのことだ。千佳はパワースポットが好きなので、ネットでいろいろと調べていたと話していた。なんでも深大寺の古い書物には深沙大王という神さまが、男女の仲を取り持った伝説が記されているのだという。ぼくとしても、困ったときの神頼み。深沙堂の神さまに真剣にお願いしてみることにしたのだ。
 五段の石段を登り、小さなお寺のような建物がみえてきた。木が少し、お社にかかりそうな感じで立っていた。十代か二十代くらいの女性が真剣に手をあわせているのがみえたので、ぼくは静かに石段を下りて、芭蕉句碑のあたりで時間をつぶすことにした。そういえば、男性も縁結びを願っている人は多いはずだが、神頼みをしている話はあまり聞かない。ぼくも一人で深沙堂にお参りすることになぜかためらいを感じてしまう。そんなことをつらつらと思い、ツィッターにそんな疑問を書き込むと、ダイレクトメッセージが入ってきた。ダイレクトメッセージは、送り手と受け手の二人しかみることができないようになっているので、メールと似たような使い方ができるのだ。いつのまにかフォロワーになってくれていた人のようで、@moomin1005というハンドルネームだった。
 「私も今日、一人で深大寺に来たんですよ。よかったら、一緒にお茶しません? 私には彼氏がいるからあくまでお茶だけね。それから、ダイレクトメッセージでやりとりしたいから、私をフォローして、相互フォローにしましょうね」
 まだ深沙堂にはお参りしていないのに、このご利益。ぼくも千佳のことが大好きなので、ほかの女性とつきあおうとは考えていない。でも、お茶を飲みながらちょっとお話するくらいならよいだろうと思った。ぼくはさっそく彼女をフォローした。
 「ありがとう。どこで待ち合わせする?」
 相互フォローになったので、こちらからもダイレクトメッセージを送れるようになった。ぼくの返事に、
 「少しゲームをしてみましょうよ。あなたが怖い人かどうか遠くからチェックしたいから、深大寺付近で私をみつけてみて」
 「おもしろいね。でも、携帯しながら歩いている人ってたくさんいるよ。どうやって見分けたらいいのかな?」
 「私の携帯は黒。白いマフラーを首に巻いているから目印にしてみて。じゃあ、今いる場所をメッセージしながら鬼ごっこね」
 沈んだ気持ちも、突然のゲームの誘いに、なんとなく花びらが大地に落ちずに、天空に舞いあがっていくような気分になってきた。それにしても、個性的な人だ。どんなことでも遊びにしてしまう千佳みたいな人だと思った。年齢もわからないけど、なんとなく気があいそうだと思えた。
 「今、五大尊池にいるわ」
 ぼくは早足で五大尊池に急ぎつつ、まわりのようすも見逃さないように歩いた。
 五大尊池がみえたが、一人きりの女性はいない。すでにどこかに移動したようだ。池では大きな錦鯉たちが群れていた。どうやら錦鯉たちも恋の季節なのだろうか。
 その後も、万霊塔や開山堂、元三大師堂、なんじゃもんじゃの木にいますというメッセージをもらって向かってはみたが、どうやっても彼女をみつけることができなかった。ぼくはしだいに誰かから、からかわれているのではないかと疑心暗鬼になってきた。冷静になって考えてみれば、見知らぬ男性と一緒にお茶を飲もうとする女性なんておかしな話だ。ぼくはつぎからつぎへと送られてくるメッセージを無視して、改めて深沙堂にお参りしてからそばを食べ、家に帰ることにした。
 石段を登り、社がみえてきたとき、白いマフラーを首に巻いた女性が立っているのがみえた。そしてよくみると、その女性は千佳ではないか。
 「ゴール! 鬼さんこちら。私が@moomin1005の千佳ちゃんよ」
 ぼくは一瞬唖然として立ち尽くしていたが、やがて事情が飲み込めてきて、顔がほころんできた。ぼくは千佳に近づき、「千佳!」と叫んだ。そういえば、以前、千佳にもぼくのツィッターのアドレスを教えたことがあったっけ。だけど、千佳はツィッターはしないかもっていたので、@moomin1005が千佳だとは思ってもいなかった。
 「私も家にいても楽しくないから、神代植物園の桜を見に来ていたんだ」
 ぼくがさらに近寄ると、
 「学。ほんとうに千佳じゃない人とお茶するつもりだったの?」
 と顔を少ししかめて訊いてきた。このあたりがぼくにはわからない千佳の繊細で複雑なところだ。ここはひとつ、お寺でもあるし、方便で答えることにした。それに、ひとつ千佳が話していたことを思いだしてもいた。
 「まさか。最初から千佳だってわかっていたさ。千佳は、子供の頃、ムーミンのアニメが好きだって話していたろう」
 「そっかー。そうだよね。学も知っていて知らないふりをしていたんだよね」
 二人の思いを現すかのように、深沙堂の木々が揺れ騒いでいた。
 「そうだよ。二人が仲直りできますようにって願いをかけるために、深沙堂にお参りしようと思って来たんだから」
 「ありがとう。じゃあ、一緒にお参りしよう」
 まだどこかぎこちない二人だけど、深沙堂のまえで目を閉じ、手をあわせていたら、気持ちもしだいに安らいできた。そして、神さまのまえではウソをついては罰当たりではないかと思い直し、
 「千佳、ごめん。ほんとうは千佳だってわからなかったんだ。お茶くらいならいいかなって思って。でも、仲直りの祈願をしに来たのはほんとうだよ」
 ぼくは頭をさげあやまった。
 「私のほうこそごめん。学を試すようなことをしてしまって」
 ぼくは千佳の手をとり、やさしく引き寄せ抱きしめた。すると、
 うえからなにかが二人の頭に落ちてきた。落ちてきたものをよくみてみると木の実だった。お社のまえで不謹慎だと、神さまからとがめられたような気がして、二人して大笑いをした。
 「神さまを怒らせちゃったかな」
 千佳がいたずらっ子のような顔をした。
 「いや、二人の熱々の抱擁にあてられて、神さまもイタズラをしてみたくなったんじゃない」
 ぼくの言った言葉がとてもおかしかったのか、千佳の笑いはなかなか鎮まらなかった。
 その千佳の笑いを吹き飛ばすかのように、突然、風が深沙堂を駆け抜けた。すると、千佳の頭についていたのか、桜の花びらが空に舞いあがった。
 「わあ、桜の花びらが!」
 ぼくの言葉に、千佳も空に浮かんだ花びらをみつけ、二人で花の舞をみつめた。やがて桜の花びらは、とっさに二人が重ねた両手のなかに、ゆっくりと落ちてきた。 

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<著者紹介>
柴野 睦人(新潟県/自由業)

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