<第8回公募・選外作品紹介>「深大寺のカミサマ」 著者:しらたま

 そろそろ秋も終わりに近づいたある夜。夕食の支度をする私の足元から、にゃーう、という甘えた声が聞こえた。脚にすりよるあたたかな感触。
「残念でした。今刻んでいるのはね、玉ねぎですよ、カミサマ。」
 食べますか?と一欠片鼻先に差し出すと、短く、にゃっと声をあげて、カミサマは顔をしかめた。
 
 私がカミサマと出会ったのは、二年と少し前のよく晴れた日、夏の始めの午後だった。
 その頃私が住んでいたのは、京王線国領駅近くの安アパート『メモリーハウス』で、近くを流れる野川のほとりを歩き、深大寺までは二十分程。その日はとても天気が良くて、散歩がてら散策してみることにしたのだ。いや、本当は、少し前に深大寺は縁結びの神様だと聞いたから、と言った方が正しい。
 
 私はとあるFMラジオ局の営業部で地味に事務員をやっていて、三十を手前に周りは次々嫁に行くと言うのに、素敵な出会いもこれといった趣味も無く職場と家を往復する毎日。『メモリーハウス』に住んでいても、素敵なメモリーが出来る気配は一向に感じられない。
 職場に週2日だけやって来る外部の制作スタッフで、笑顔が優しくて熊みたいな男の子。もしもあんな人が恋人だったら幸せだろうな、なんてぼんやり思っていた。ただ思うだけで、たまに言葉を交わす程度の連絡先すら知らない仲なのだけれど...。
 お賽銭を入れて手を合わせる。神様、できたら加藤くんが私のことを好きになってくれますように。いや、いきなり好きになるなんてあり得ないから...せめて、女として意識してくれますように。あ、そのためにもあと五キロ...百歩譲って三キロ痩せたら、もう少しくらい可愛くなると思うんです。どうかお願いします。お願いします...。
 私の祈りは軽く三分を越えた。よし!次はおみくじだ。願いと気合いを込めて、深く手を突っ込む。お、中吉。悪くないじゃん。取り急ぎ 『恋愛』の項目を見る。「思うだけでは駄目」
 ヴぇ、と思わず変な声が出てしまい、前にいたカップルが振り返る。わかってる、わかってるよ、思うだけじゃ駄目だって、わかってるけどさ...。
 気が付くと、私は暗闇の中にいた。あれ...?青木屋で蕎麦を食べて、おみくじに痛い所をつかれたせいもあり、ついついビールを二本空けた。だって、痩せますようにってちゃんとお願いしたし、これで体重が増えたら神様のせいだ。そのあと蕎麦饅頭を買って...ふらふらしながら、ちょっと休もうと思って池のほとりのベンチに座って...、ああ、そのまま寝ちゃったのか...。
 
「あんたねえ、お賽銭を入れて祈ったからって、神様が願いを叶えてくれるとか思ったら大間違いだよ。」
頭の上から声がした。うっすらと目を開けた私の顔を覗きこんでいたのは、一匹の白い猫だった。
 え...?猫が喋った!?驚く私を気にする様子も無く言葉は続く。
「祈って願いが叶うなら、誰も苦労しないんだよ。少しは努力ってもんをしてから色々悩みなさいよ。」
 うぅ。独り身の女友達と行ったパワースポット巡りに、占いにお守り。あの神社は駄目だ、この占いは当たらない、このパワーストーンは効果無し...そうやっていつも他力本願で、自分以外の何かのせいにしてきたんだ、私。
「あのね、お参りのコツを教えてあげる。具体的に、これをこうするように頑張りますから、どうか見ていて下さいねって、宣言するの。文句ばかり言うのじゃなく、今ある幸せに感謝して、頑張りますって言ってる人の背中はさ、押してあげたくなるでしょう?神様だって同じなのよ。」
 本当は、私だって気付いていた。だけど気付かない振りをして、上手くいかないのを何かのせいにしてずっと色んなことから逃げていたんだ。訪れないラブロマンス、代わり映えしない退屈な日常...。誰かが変えてくれるのを待っているだけじゃ、私はきっと一生このままだ。知らぬ間に、涙が溢れていた。そういえば、白い動物は神様の使いだって聞いたことがある。もしかして、私を見かねた深大寺の神様が猫になって私を叱りに来たんだろうか...。回らない頭でそんなことを考えた。
 どのくらい、そうして泣いていただろう。私はガバッと起き上がった。まだそこにいた猫が、一瞬ビクッと体を震わせる。
「申し訳ございません!自分で努力もせずに、何かのせいにしてずっと現実から目を背けていました!今日から心を入れ替えて、ダイエットも頑張ります!加藤くんに、好きになってもらえるような女性になる努力もします!だから!どうか、見ていて下さいッ!」
 泣きじゃくりながら猫に土下座をする私の横を「見ちゃだめよ」と母親に言われながら恐る恐る子供が通り過ぎる。顔を上げると、猫は袋から飛び出した蕎麦饅頭を凝視していた。
「こ、こちらの饅頭をご所望でございますか...?」 
 猫は小さく、にゃお、と鳴いた。すっかり、夜になっていた。
 
 「カミサマ、聞いて下さい!今日ね、加藤くんとメールアドレスを交換したんです!」
 あの日から、残業で遅くならない限り、ウォーキングがてら深大寺まで行くのが私の日課になっていた。白猫を、カミサマと呼ぶことにして、ダイエットや仕事の目標とその成果、加藤くんと話した内容などを報告した。
「この前、カミサマの写メ撮らせて頂いたじゃないですか?あれを見せたら、これよく撮れてるね、俺も欲しいな!って。加藤くん、どうやら猫が好きみたいなんですよ!」
 カミサマは、私が献上した猫缶から一度顔を上げて、小さく、にゃう、と仰った。
 あれ以来カミサマが人の言葉を話すことは無かったけれど、少しずつ自分の考え方も体も良い方向に変わって来ているような気がしていた。仕事でも、もっとこういう番組があればいいのに...と長年思っていたものを企画書にまとめて提出してみたりして、上司に驚かれている。何より、カミサマと会うことが私の楽しみになっていた。冬が、もう目の前までやって来ていた。
 
 珍しく東京に大雪が降った次の日の夜。私は深大寺までの道を、息を切らして走っていた。凍った道路に注意しながら、でも本当のことを言うと二回派手に転んだ。最近残業続きでしばらくカミサマに会いに行けていなかった。数日前からとても寒いし、カミサマは凍えていないだろうか、お腹を空かせてはいないだろうか。それに、今日はどうしてもカミサマに会いたかった。
 肩で息をしながら境内の中を探すと、初めて出会ったベンチの上で丸くなっているカミサマを見つけた。
「カミサマ!ここにいたんですか!今日はね、奮発して、なんと!中トロを買ってきたんですよ~。なぜかって言うと...」加藤くんが、俺もその白猫に会ってみたいから今度深大寺を案内してよ、って。これってつまり、デートですかね!?...だけどその部分は、言葉になって私の口から出ることは無かった。
 「カミサマ...?寝てるんですか...?」
 嫌な予感が胸を突いた。恐る恐るカミサマに触れる。猫ってあたたかいはずなのに、カミサマは冷たかった。 
 「カミサマ!カミサマ!!」
 私はコートのボタンを開けて、カミサマを中に抱き締めた。カミサマは、一度だけ目を開けて、小さく、にゃお、と鳴いて、また目を閉じた。こんなベンチの上で...もっと暖かい場所があっただろうに。もしかして、なかなか来ない私を、ここでずっと、待っていたんですか?カミサマ。
 
カミサマは、きっと神様なんかじゃない。あの時は酔っ払っていたけれど、後から冷静に考えれば、あの声は近くで私みたいなバカな誰かにに説教をする人の声だったのだと思う。だけどもう、カミサマが神様かどうかなんて関係無かった。カミサマのおかげで、少しずつ変わっていく自分を感じていた。私にとって、カミサマは神様なんだ。何より、私はカミサマが大好きだった。
「どうしよう!カミサマが死んじゃう!どうしよう、加藤くん...カミサマが...」
 気付いたら、私は泣きながら加藤くんに電話をかけていた。すぐに行くから、待ってて、調布の、深大寺だよね!そう言って電話は切れた。誰もいない雪の積もった境内で、私はカミサマを抱いて、声をあげてわんわん泣いた。
 
 刻んだ玉ねぎをバターで炒めていると、ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がする。
「もしかして、今日はハンバーグ?」
 当ったりー!と答えると、やったあ、と熊みたいに笑った彼が、出迎えたカミサマを抱き上げた。
 「ただいま帰りました、カミサマ。」
 あの大雪の日からもうすぐ二年。年が開けて、野川や深大寺の桜が咲く頃、私の苗字は加藤に変わる予定だ。
 加藤くんの腕の中で、カミサマが小さく、にゃお、と鳴いた。

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<著者紹介>
しらたま(東京都調布市/33歳/女性)

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