<第8回公募・選外作品紹介>「のがわくだり」 著者:門馬 佐和子

「それで?今日はどうだったの?」
「部活のこと?」
「そうだよ」
「どう、って......別になにも」
部活の練習が終わったあと、綾はグラウンドで同じく練習を終えた拓哉に偶然会った。からっからに晴れた夏の日で、練習開始の9時の時点ですでに汗がふきだしていた。練習があるときの化粧はいつも日焼け止めにマスカラだけなのを、今日は男子も同じグラウンドで練習していることを多少考慮して、落ちないようにさらにトップコートまで重ねてきたというのに、練習が終わったときにはすっかり汚く落ちてしまっているであろうことが鏡を見なくてもわかるくらい汗と泥で髪も顔もぐちゃぐちゃだった。だから拓哉に会ったとき、絶対からかわれると思ったのだ。いつもそうだ。女子ならいつもきれいにしておくべきだの、おまえは全然女っぽくないだの、特に部活の練習後に出くわしたときにはうるさく言ってくる。それが今日は違った。あ、おまえも練習終わったの?じゃあ昼食べに行こうよ。ちょっと待ってて。俺まだ片づけがあるからさー。綾はいささか面喰って、かろうじてうん、とだけ言い、続いて、自分もこのあとどうせ練習後のミーティングやらシャワーを浴びたりやらで時間がかかるのだということを言おうと思ったが、それはなぜか口から出てこなかった。結局2人が待ち合わせして大学を出たのはお昼ご飯を食べるには遅い時間だった。2人ともさんざん動いたあとだったのでおなかも充分すいていたが、綾が何気なく言った川に行こう、の一言で野川にそってしばらく歩くことにしたのだった。野川は大学の近くを流れており、比較的浅い川である。川沿いにはまだ紫陽花がところどころ残っていて、つやつやとした花の具合が陽にあたってよりはっきりとわかる。
「ならいいんだけどさ」
「......ね、川におりてみてもいい?」
「自転車はどうすんだよ」
「ちょっと脇に止めておけばいいよ。すぐだから」
正直なところ、今日の部活が順調だとは言い難かった。練習メニューの内容についてキャプテンと社会人のOGが軽い口論をはじめ、それから部内の空気は最悪だった。綾は1年生であり、部内をとりまとめる幹部のポジションではないのだが、所属している女子ラクロス部の中で綾のような経験者は貴重であり、当然周囲の大学からはじめた仲間たちよりも上手いので先輩たちから特に大事にされている。逆に言えば、なんとも中途半端なポジションに位置しており、1年生からも先輩からも愚痴や不満を受け止めるということを4月の入部当初から行っていた。綾自身、そういった現状に対して苛立ちを覚えるときがある。しかし、ほうぼうの事情を知ってしまっているだけにその捌け口をどこにぶつけたらいいのかわからないのだ。拓哉とは同じ授業をとっていることがきっかけで出会ったのだが、彼がたまたま男子ラクロス部に所属していることもあいまって、綾はときどき愚痴を並べる。拓哉は明るい性格で、まさしく健やかに育ったという言葉がぴったりの青年である。人当たりがよく、普段は軽口をたたきあう仲だが、綾がストレス発散に不満をもらすときだけは真剣に話を聞いてくれるのだった。綾は自転車を止めて川におりながら、もしかして今日声をかけてきて、こうして外に連れ出してくれたのはわたしがイライラしていたのを感じ取ったからなのだろうか、と考えていた。そんなに顔に出やすいのか、とも思ったが、よく考えれば男子ラクロス部は女子ラクロス部の隣で活動していたわけで、なんとなく女子部の空気の悪さを察知したからだったのかもしれなかった。まあいいんだけどね、と心の中で独りごちたつもりが声に出ていたらしく、拓哉が「なにが?」と聞いてきたので綾はどきりとした。
「別に。独り言」
「今日の綾はなんだか冷たいなあ」
「そんなことないよ。そういう拓哉こそへんに優しくて、きもちわるい」
「へんに、ってなんだよ。俺はいつも優しいじゃんか」
と、拓哉はへらへら笑いながら石を川に放ろうとしたが、鴨がいるのを見つけてあげた手をおろした。綾は川べりにぺたんと腰をおろし、そのままぼんやりと川と、川の中で何やらぱしゃぱしゃやっている拓哉を見つめていたが、拓哉がいい加減はらへった。何か食べに行こう、と言ったので、そのまま自転車で深大寺のほうへ移動してお蕎麦屋さんに入ることにした。そのお蕎麦屋には以前1回だけ2人で訪れたことがあり、そのときも綾が部活のことで落ち込んでいるときだった。拓哉は笑って言ったのだった。お蕎麦食べたい。この前先輩に連れていってもらったところがすごくおいしかったんだ。行こう、と。
「で?綾はなんで落ち込んでんのかな?」
「だから落ち込んでないってば。しつこいぞー」
「ウソだよ。だって落ち込んでなくて元気な綾がここまでつきあってくれるはずないもん」
「そんなこと」
そんなことないよ、と否定しようとして、綾は言葉につまった。
「そんなことないよ。それを言うんだったら、拓哉だってなんかおかしいよ。わたしが川に行こう、って言ったら随分素直に聞いてくれたもの。そっちの方が怪しいわ。何かあったの?」
「俺は本当に何もないよ」
「俺は、って......」
拓哉がにやにやしながら見つめてくるので、綾はすっかり参ってしまった。お手上げだ。拓哉はいつもこうなのだ。ふざけているようで、いつも真剣で、真摯な人なのだ。綾はそう思うとすっかり力が抜けてしまって、そうなったら止まらなかった。今日の練習で先輩たちとOGのあいだで練習メニューをめぐって口論があったこと、それがこうじて先輩たち同士の雰囲気も悪くなったこと、1年生がその空気の悪さに辟易としてしまい、部活後に綾へ活動中にいざこざを起こすのはやめてくれるようにやんわりと先輩たちへ促してくれないかと頼まれたこと、先輩たちには部内におけるOGの位置づけをどうしたらいいものか相談されたこと。どうだっていい。もうすべてがどうでもいい。それなのに、わたしはいつまでも宙ぶらりんのままだ。
綾が不満をあらかた吐き出したころ、注文したお蕎麦が届いた。前に来た時にくらべて、おしんこの数や量がだいぶ多い。お蕎麦を運んできたおばさんの目がほころびているのを見て、拓哉も綾もその理由を察した。涙目になっている綾を尻目に拓哉がありがとうございます、と言い、それに続いて綾もお礼を言うとおばさんは「いいのよ」と軽い調子で言った。その言葉の軽さに、綾はまた救われた気持ちになった。お蕎麦を一口すくい、口へ運ぶ。美味しい。ほっとする。
「なんだか本当にどうでもよかったね。うん」
「そう?」
「うん」
「すっきりした?」
「うん」
「ならよかった」
拓哉がにっこり笑ったのを見て、綾も微笑をうかべた。もしかすると、拓哉は本当にわたしの苛立ちを感じ取って、こうして外へ連れ出してきてくれたのかもしれない。違うかもしれない。でもそれも、どっちだっていい。
お会計をすませて外に出ると、そば饅頭を食べに行くよ、と拓哉が言った。それでシメなのだと。綾はおなかいっぱいだったが、でもそれくらい食べなきゃね、と自分で自分を励ました。なんだか意味のわからない励ましだな、と思い、つい笑ってしまうと、拓哉がなんだよ1人で、とつっこんできたのでなんでもない、とまた笑顔で返してやった。
「これで深大寺をお参りすればカンペキなんだよな」
拓哉がぽつりとつぶやいたので、綾は何を?と聞こうとしたが、やめた。聞いてみたかったが、なんだか今は聞かない方がいい気がした。代わりに、すっかり元気になっちゃった。いつもありがとう、と綾が言い、おまんじゅうおまんじゅう、とはしゃいでいると、拓哉はお前もやっぱり女なんだなあ、と目を細めるのだった。

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<著者紹介>
門馬 佐和子(千葉県木更津市/19歳/女性/学生)

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