<第7回公募・選外作品紹介>「七夕の事情」 著者:玖月

 約1年ぶりに会った彼女はとても美しくなっていた。
 化粧は相変わらず薄く、体も細いまま。変わったといえば髪が長くなったことぐらいしか見た目からは分からない。それでも美しくなったと感じるのは、彼女の内面が更に磨かれたからなのだろう。それを伝えると「そんなことない」と彼女は反論した。
「白髪も発見したし、シワも増えたんだよ。仕事はまだミスするし、後輩からは先輩と思われてないみたいだし...」
 そんな風に否定しつつも、頬にえくぼができている。彼女が嬉しいときの証拠だ。
「かわいいなぁ」と呟くと「やめてよ」とまた言う。堂々巡りになるから彼女に従うが、間違いなく彼女はかわいかった。普通のカップルからしたら当たり前のようなやりとりが僕にとっては幸せすぎて、鼻の奥が少しつんとする。
「あ、バス来た!」
「急げ!」
再会を楽しんでいる暇もなく、深大寺行きのバスへ慌てて乗り込んだ。
 
彼女との出会いは大学だった。その当時、大学巡りが趣味だった彼女がたまたま僕の大学に来て、学食で彼女が落とした小銭をたまたま僕が拾った。
「ありがとう」
 その笑みに僕は一瞬で恋に落ちた。それまで女性とは縁がなく、女性より勉強という僕の人生に突如として現れた彼女にどうしたら近づけるのか。悩んだ挙げ句、帰る彼女の後ろ姿を真っ赤にした顔で追いかけ、連絡先を交換した。そして何通かのメールのやりとりの後、博物館に行く約束を取り付け、彼女が待ち合わせ場所に来た瞬間、告白した。彼女は笑い、望んでいた答えをくれた。
 段取りの悪さはあれから五年経った今でも恥ずかしい。
 
「久しぶりの日本はどう?」
「そりゃ最高だよ」
 君がいるからとは照れくさくて言えない。
「日本語ばっかりだし」
「まだ英語ダメなの?」
「専門用語は大体覚えたけど日常生活の言い回しは未だに分からないのが多いよ」
「それで次は中国語って、学者の卵は大変ね」
「せめて、ヒヨコと言ってくれ」
 アメリカに留学することにしたのは大学三年の秋、彼女と付き合って1年が経ったころだった。運よく研究の成果が出て、ボストンにある大学に留学してみないかという誘いを受けた。学者になり生涯研究をすることが幼い頃からの夢だった僕にとっては願ってもない話だったが、すぐに決断することはできなかった。彼女と一生人生を歩むことも同じくらい大事な夢になっていたからだ。うじうじと悩み体重が五キロ落ちたところで、彼女に相談した。
「行ってきなよ!待ってるから」
彼女は明るく言ってくれた。
「ただし、金髪美女と浮気しないでよ」
 僕は彼女を抱きしめ、「ありがとう」と言った。弱い僕は彼女が目尻を指でなぞっていることを気づかないふりをし、代わりに腕に力を込め、誓った。
数年後、僕は絶対学者になる。そして君を世界一幸せにするから―
 
 それから僕は、一刻も早く学者として成果が上がるよう、寝る間を惜しみ、アメリカで研究漬けの生活を送った。遊んだことといえば、休日を利用して彼女がアメリカへ来てくれた四回だけだ。日本への帰国でさえ、今回始めてだったが、これもついでだ。急遽、上海の大学に資料提供を依頼することになり、日本へ寄り道することにした。本来ならば直行すべきかもしれないが、僕は数日だけ自分を甘やかすことにした。

 バスを降りると雨が降り出していた。
「七夕っていつも曇りか雨だよね。織姫と彦星は会えてるのかな?」
「さぁ」
 折畳み傘を開く腕に彼女の腕が絡む。肩に落ちる雨の冷たさが彼女の温もりを際立たせた。町並みもすっかり変わり、並ぶ石畳、土産屋、蕎麦屋、景色から日本を感じ、ホッとした気持ちになる。心を呼んだように、彼女が「日本っぽいでしょ」と得意気に笑う。
「いい感じ」
僕は素直に答えた。
日本へ帰ることを彼女に告げると「じゃあ久しぶりに日本を体感させてあげよう」と彼女は言った。鎌倉辺りになるかなと思っていたところで、彼女の口から出た場所は深大寺だった。名前以外何も知らない場所だった。疑問に思ったのが、電波を通して日本に届いたのだろうか。
「深大寺の雰囲気ってなんだか落ち着くの。あなたも気に入るはず。それに移動時間より、デートに時間をかけたいしね」
 彼女の選択は正しかった。まだ深大寺の中に足を踏み入れていないにも関わらず僕は深大寺の雰囲気が好きになっていた。
「七夕の飾りが綺麗ね」
 華やかな色どりの飾りがぶら下がる。それに背伸びして触ろうとする彼女だが、決して足を止めなかった。いつもなら反応しそうな土産屋も裏道も全て無視だ。
「どこに向かってるんだっけ?」
「本堂よ。目的は一番に済まさないとね」
 目的なんかあったっけと考えながら、彼女についていく。僕自身が立ち止まって眺めたい建築物や植物があるが、仕方ない。
「ついたよ」
 本堂は質素だが威厳のあり、立派だった。手を清めて、階段を上がる。お互いカバンから財布を取り出し、小銭を投げ入れ手を合わせた。
 随分と久しぶりの行動だった。思い浮かんだ言葉をポンポンと祈っていく。
 彼女とずっと一緒にいれますように、いい研究結果が出ますように、みんな健康でいますように、悪いことがおきませんように、あとはー、みんな幸せでいられますように
 百円でこれだけ願うことは欲張りだなぁと思い、苦笑いしてしまった。
 そろそろいいかと思い、顔を上げて隣を見ると彼女はまだ手を合わせていた。固く目を閉じ、口を結び、真剣に。何をそんなに?と疑問に思わずにはいられない。
 やがて、顔を上げ一礼すると、彼女は階段を下り始めた。
「何お願いしてたの?」
 ダメもとで聞いてみる。秘密や教えないという返事が返ってくると思ったが彼女は立ち止まり「ここは縁結びの神様なのよ」と小さく言った。
「え?どういうこと?」
 別な人がいるのか?と心臓がヒヤリとなったところで「結ぶものならほどけることもある」と彼女が言った。
「それは二人の気持ちだけではどうしようもないことなのかもしれないから。それなら祈るしかないでしょ?」
「なにを?」
 勢いで聞いた僕を彼女は睨んだ。
「学者のヒヨコならそれくらい考えなさい!それに言って叶わなくなったら困るし」
 あぁ、なるほど。
少し赤くなる彼女を心から愛おしいと思った。
 僕はもう一度深大寺に向きあい、手を合わせ彼女と同であろう願いを祈った。今度は真面目に、真剣に。
 僕は絶対に彼女を幸せにする。だから、彼女との縁がほどけませんように―
 彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 
階段を降り、傘を開く。
「次はお蕎麦を食べに行こう。オススメがあるの」
 そのとき、ニッと笑いながら僕を見上げた彼女の顔の角度が、無意識に僕を動かした。
「人前で何すんの!」
 パシリと肩を叩かれ「ごめん」と謝る。
「つい、条件反射で」
 もーと言いながら両手で頬を押さえる彼女にもう一回と言わず、何度もキスしたくなる。
デートしながら人目を気にせず、キスして、抱きしめて、頭を撫でて、やりたいことは山ほどある。
そこで、僕は、なるほど、と悟った。
今頃、彦星と織姫は雲の向こうで人目にさらされることなく、二人の時間を楽しんでいるに違いない。
「七夕の日、天気が良くない理由が分かった」
僕の呟きに、彼女は首を傾げた。

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<著者紹介>

玖月(茨城県つくば市 /24歳/女性/会社員)

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