<第7回公募・応募作品>「2つのお願い」 著者:奥松 亮二

6月の日曜日、空にはきれいな夕日が浮かんでいる。久しぶりにさえぎるものが何も無い太陽の光りを浴びることができた一日。ここ数日は、雲の上から深大寺水車館の水車で水を流し続けているかのような雨が降り続いていた。
深大寺の本堂の前に熱心に手を合わせている一人の高校生がいる。彼は、調布市内の都立高校に通う高校3年生の丸川隆。隆は、長いお参りを終え山門の方へと歩き出そうとしていた。山門の方からジャージ姿の見覚えのある女の子がやって来るのに気が付いた。女の子は、幼馴染みの松川奈々だった。
「あれ~、隆じゃん、何してるの?」
「いっ、いやお参りをちょっと」
隆はあわてた様子でこたえた。
「何?私変なこと聞いちゃった?」
「別に何でもないよ、ただお参りしてただけ」
「そう?そんな風に見えないけど、悪いことでもしてたんでしょ!まさかお賽銭を盗んだとか!えぇ~、隆ってそんな人だったの」
「はぁ~、勝手に犯罪者にするな、別に何でもないって、奈々こそ何しにここに?」
「お参りに来たにきまってるじゃん。ここはお寺なんだし」
たしかに...。
「ねえねえ、隆は、何をお願いしたの?」
「何で奈々に教えなきゃなんないの?」
「いいじゃん、幼馴染みなんだし、隠しごとなしってことで」
隆の家は蕎麦屋、奈々の家は隆の家から50mほど離れたところで土産物屋をしている。2人は、幼稚園から小学校、中学校、高校と同じ学校に通っていた。小学校の頃までは、お互いの家に遊びに行ったり、家族同士で一緒に出掛けたりといったこともあった。しかし中学生になるとお互い部活や塾などで忙しくなり、登下校の際にたまに顔をあわせる程度になっていた。
「来週の日曜日に部活の県大会があってそれが高校最後の大会になるかもしれないんだ。だから神頼みをしてた」
「へぇ、じゃあ私と一緒じゃん、私も来週負けたら最後の大会があって、ちょっとでもいい成績を残せますようにってお願いしにきたの。隆は、柔道部!昔から結構強かったよね。今回の目標は?」
「もちろん優勝、そして全国大会出場!!それを目標にずっとやってきたからね」
「全国大会!すごぉ~い!!そうだよね、小さい頃から道場に通ってたもんね。でどう?行けそうなの?」
「強いやつはたくさんいるからそう簡単にはいかないよ。それに柔道はちょっとした油断やミスで負けるときもあるし。まぁやるだけやってみるよ。奈々は、テニス部だよね。そっちはどんな感じなの?」
「私も全国大会!って言えればかっこいいんだけど、隆ほど気合いれてやってきたわけじゃないし、1回勝てればいいかな。この大会が終われば、いよいよ受験勉強!そろそろ本格的にやらなくちゃ。すでに頑張っている人たちからすれば、"遅すぎ!"って言われちゃいそうだけど。隆は、卒業後はどうするつもり?」
「俺は父親の知り合いの蕎麦屋で働かせてもらう予定。まあ、いわゆる"修行にでる"だな。だから真剣に柔道やるのも高校まで。その後は、しっかりと蕎麦屋の跡継ぎとして親に心配かけないよう腕を磨こうと思ってる」
「えらいっ!見直しちゃった。ちゃんと将来のこと考えてるんだね」
「まぁそうでもないけど。親が仕事している姿を子どもの頃から見ていて、なんか楽しそうだなって。それに自分の作った蕎麦を"美味しい"って言ってもらえたら嬉しいじゃん。だから俺も蕎麦屋で働きたいなぁって」
「奈々は受験するってことは、大学に行くんだ」
「私はまだ将来のこととかよくわからないというのが正直なところ。土産物屋は、お兄ちゃんが継ぐっぽいし。とりあえず大学に行って、いろいろ挑戦してみようと思ってるんだ。まずは、お化粧でしょ、そしてネイルもきれいに飾って、あっピアスもね...」
「それって単におしゃれしたいってだけじゃないの?」
「冗談、冗談、いろいろ本当はちゃんと考えてるの!"あ~あ"でも今年の夏もあっという間に終わって、すぐに卒業式が来ちゃうんだろうな。そしたら隆と今までずっと一緒の学校だったけど今度は違う進路に進むことになるんだね」
「そっか、そうだよね」
隆はしんみりと言った。しばらく2人の間に沈黙が流れた。
奈々が顔をあげて
「あのさ、来週の日曜日、試合終わったらここにもう一度来てお互いの結果報告会しようよ。どう?いい考えじゃない?」
「あぁ、いいよ」
隆は、思ってもいなかった奈々の言葉にとまどいながらもこたえた。
「6時なら来れそう?」
「うん、6時なら戻ってきてると思う。わかった、じゃあ来週6時にこの場所で。奈々、大会頑張れよな」
「隆も頑張ってね。大丈夫!このお寺のご利益は日本一だってうちのお父さんがいつも言ってるから」
隆は山門へ、奈々は本堂の方へと歩いていった。
大会当日の夕方 
隆は、先週奈々と話した場所に約束の10分前にやってきていた。まだ奈々は来ていない。隆は、早朝から気持ちを張りつめていたため、体は脱力感でいっぱいだった。しばらくは、大き目の石に腰をかけて、参拝に来た人たちが行き来するのをぼんやりと眺めていた。パック旅行の団体客やペット連れの家族、カップルといった人たちが、目の前をひっきりなしに通り過ぎていく。お寺の雰囲気が作り出すのだろうか、みんな穏やかな表情で歩いていた。30分ほど経ったが、奈々はまだ来ない。こんなことなら、奈々の携帯の番号かメールアドレス聞いとけばよかった。そんなことを思いながら、隆は寺の中をぶらぶらしていた。子供のころからすべてを知り尽くしていると言っていいほどの場所。でも季節ごとに異なる表情を見せてくれるこの場所は、隆にとっていつも新鮮だった。
アジサイの花の向こうから、奈々が走ってくるのが見えた。
「ごめ~ん、だいぶ待ったでしょ。先輩たちが応援に来てくれていて、大会が終わったら食事に行こうって、なんか抜けられる空気じゃなくなっちゃって」
「この時期の寺の雰囲気を満喫してたから大丈夫。寺の中のすべてのものが、夏を待ち構えてるって感じがするんだよね、で、大会はどうだった?」
「2回勝った!3回戦もかなり善戦したんだけど、まぁ部活に関しては、思い残すことはないかなって感じ。隆は?」
「決勝で負けちゃった。それまでは調子よかったんだけど。言い訳なしかな、完敗だった」
「そっか、でも一生懸命やったんでしょ。一生懸命やったって思えるなら、隆のこれからの人生にとって必ずプラスの経験になるよ。私がえらそうに言える立場じゃないけど」
「ありがとう」
そう言ってもらえると嬉しいよ。
「あ~、その表情は落ち込んでるな」
奈々がちょっといたずらっぽく言った。
「落ち込んでなんかいないって」
隆は少しむきになって言った。
「よしっ、じゃあこの奈々さんが隆君を励ましてあげよう!来週の日曜日に2人で出かけるっていうのはどう?それとも私じゃ役不足?」
「えっ、いや、ぜひ!」
「本当!どこかリクエストある?」
「別にどこでもいいかな」
隆は素直に喜びを表すのが照れくさかった。
「何それぇ、じゃあ"そば饅頭"食べながら考えよう!!さっきは、先輩と一緒だったからお腹いっぱい食べられなかったんだよね。行こう!隆」
「わかった、その前にちょっとここで待ってて」
そう言いながら隆は、本堂の方に駆けて行った。本堂の賽銭箱にポケットの中の小銭を入れて手を合わせた。
「ありがとうございます!柔道の方は願い通りに行かなかったけど、『高校生のうちに奈々と昔のように仲良くなりたい』ってお願いは聞いてくれたんですね」
ぶつぶつ言っていると、背後から奈々の声が聞こえた。
「まだお願いすることがあるのぉ~、早く行こうよぉ"そば饅頭"が待ってるよぉ」
「ごめ~ん、今いく」
隆は、奈々の方へと走っていく途中、もう一度本堂の方へと振り返って、
「また、お礼を言いにきます!」
そう心の中で手を合わせながらつぶやいた。
空には、先週と同じくきれいな夕日が浮かんでいる。あたたかな光に照らされた2つの影が山門の下を駆け抜けて行った。2人の高校生活最後の夏が、もう目の前にやって来ていた。

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<著者紹介>
奥松 亮二(千葉県柏市 /37歳/男性/自営業)

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