「狸の十三夜」 著者:晴田 安義

 今でも自然の残る武蔵野の古刹の辺りには、昔から狸がよく出たそうです。
 深大寺は縁結びの神様として、古くから親しまれ良縁を願う人々が訪れておりました。
 その門前で蕎麦屋を営む仙吉の娘、お福も仕事の前には必ず深大寺の元三大師様に手を合わせて良縁を願っていたのでございます。
 気立てもよく器量も十人並みのお福を、嫁に欲しいという者もおりましたが、面食いのお福はなかなか首を縦に振りません。
 お福も十八になり、いつまでも嫁に行こうとしない娘に気を揉んだ母親は、舞い込んできた縁談をお福に薦めるのですが、なかなか「うん」とは言いません。
「家を追い出そうって訳じゃないけどさ、健造さんは腕のいい職人になるって親方も太鼓判を押してくれてる、しっかり者だよ」。
 母親に薦められても背の低い健造の嫁になるのは、どうにも気が進まないお福です。
「何も迷うことなんかないじゃないか、亭主にするなら真面目が一番だよ。あんたの父親だって、話しかけても『あー』と『うー』としか言わない面白くない男だけど、真面目だからこそ、あたしは我慢しているだから。
 大酒のみで博打好きなんて男と所帯をもった日にゃ大変だよ、そういう男に限って子供は犬っころみたいに、たくさん産ませてさあ」
 父の仙吉が無口なのは母があまりに喋り過ぎるので、喋る暇がないのではないかとお福は日ごろから思っておりました。
 いっぽう、晩酌をしている親方に呼ばれた健造は、お福との縁談を進めていると言われ小さな体をいっそう小さくして「そんな」と、これまた小さな声で呟くばかりです。
「なんだ、お福ちゃんじゃ気に入らねえとでも言うのか? 手前みていな半人前でも先様は『健造さんなら真面目で心配ねえ』って言って下さっているだ。
 半人前のお前には勿体ない話じゃねえか。それとも何か、お前は血の通った娘より石で出来たお釈迦様と添い寝がしてえとでも言うのか、ええ、どうなんだ」
 畳み込むように啖呵を切られた健造は、背も小さく甲斐性もない自分をお福が好いてくれる訳などないと思い、そのことを親方に言おうと思うのですが、酒を飲んで赤鬼みたいになってる親方に、意見なんぞ言ったもんなら、どれほど叱られるだろう考えると、また、体を小さくして下を向くばかりです。
 部屋に戻った健造は布団の中で目をつぶりますが、(ああ、本当にお福ちゃんと所帯を持てたら、どんなにか嬉しいだろう。贅沢はさせられないが、鰻だってたまには食べさせてやれるさ。俺は飯なんぞ二日にいっぺんも食べりゃいいだ。)などと、お天道様が昇るまで、ああでもない、こうでもない、と考えて眠れません。
 眠れないのはお福も同じで、健造との縁談をなんて断ろうか、断って他に良い縁談が来るだろうと昼間の仕事にも身が入りません。
 新月になると、健造の部屋の窓をトントンと叩く者がおりました。
「おい、健造、おい、ここを開けろ」
 聞いたことがあるような無いような声に健造は驚き、「どなたでしょうか」と恐る恐る聞きました。
「俺だよ、俺、深大寺の狸だよ。ほら、なんどもお前に餌を貰った地蔵さんだ」
 声を潜めるように言われた健造は、「深大寺の狸さんで」と狸よりも小さな声で聞き返しました。
「そうだよ、分かったら開けろよ」
 狸にせっつかれた健造が、「はいはい」と慌てて窓を開けると、丸々と太った狸が部屋の中にのっそりと入って来たのです。
「まあ、夜分だし、急なことだからお茶はいらねえよ」
 部屋の真ん中で胡坐をかいた狸は、健造の枕元に置いてあった煙管に手を伸ばすと、美味そうに一服つけたのです。
「こんな夜分に、なんの御用で」
 狸の貫禄に押された健造は、一枚しかない座布団を狸に勧めると、自分は居住まいを正して狸の前に座りました。
「今夜は新月だから化けることも出来ずに、こんな格好で来ちまって悪かったな。何せ月が出ない夜は俺たち狸にとっちゃ休業日だから勘弁してくれ。
 二日と空けずに深大寺にお参りに来ちゃ、時折おいらに美味い菓子をくれたのに、最近は全然来ないから心配したんだ」
 健造は、深大寺にお参りに行くと、帰りに菓子をお地蔵さんに供えて帰っておりました。ずんぐりとした愛嬌のあるお地蔵さんを、健造は自分の容姿に重ねて愛着を感じていたのでございます。
 しかし、そのお地蔵さんは狸が化けていたとは建造もびっくりです。
「化かしといてなんだが、お前は本当に人がいい。そんなお前が病にでもなっているなら薬でも化かし取ってきてやろうかと思ったって次第だ」
 狸は健造のおでこに手を乗せて熱を測ろうとしましたが、健造は、その手を掴んで「これはお医者様でも治せない病で御座います」と狸に縋りました。
「なんだ、そんな大病か」
 オロオロと縋る健造に慌てた狸は、健造に掴まれた手を振り解こうとしますが、健造はもっと強く狸の手を掴むのです。
「分かった、分かった、俺がなんとかしてやるから」
 健造からことの次第を聞いた狸は、「分かったよ、要するにお福の気持ちを知りたいってんだな」。
 安請け合いした狸は、十三夜の月が深大寺の上に浮かぶ日に歌舞伎役者のような色男に化けて、お福に声をかけたのです。
「このお寺さんは良縁結びにご利益があると聞きました。出来ましたら、一緒に山門を潜っては頂けないでしょうか」
 色男の申し出に、お福は二つ返事で山門の石段を登り始めたのです。
「お福さんは、どんな男が好みです」
 狸はそれとなくお福の好みをリサーチします。
「あら、嫌だ。好みなんてありはしませんよ」
 好みがないといった割には、切れ長の目が良いとか、鼻筋が通って唇が薄いのが好きとか、いくつも並べ立てたのです。
 流石の狸も、その贅沢さに腹が立ち、ついつい説教をしてしまいました。
「お福さん、そんな男はこの世にいませんよ。そんなことを言っていたら、狸に化かされますよ」
 狸は勢いよく説教をしたものだから、頭に乗せてあった葉っぱがポロリと落ちて元の姿に戻ってしまいました。
「きゃあー、狸、あたしを化かしたのね」
 姿を見られた狸は、捕まって狸汁にでもされたら大変と本堂の横にある草むらに逃げ込みました。
「こら、狸、出てらっしゃい」
 お福は草むらに向かって足元の石を投げつけました。
 石をぶつけられた狸は、今度は不遜には毘沙門天に化けて本堂の賽銭箱の前に出てきたのです。
「こら、お福、私は歌舞伎役者のような男前に化けた狸に化けた毘沙門天だ。
 欲張りなお前に説法を説くために、歌舞伎役者のような男前に化けた狸になった」
 随分と回りくどい化け方をしたものだと、お福は疑いながらも本堂を背に隆々と立つ毘沙門天に、つい頭を垂れてしまったのです。
「良いか、欲をかいては碌なことがない。腹も八分目が宜しい。亭主にするのも腹八分目。二分ほど欠けていた方が良いのだぞ。
 今宵の月を見よ。まん丸でない十三夜、なんと美しいことか。
 良いかお福、私は歌舞伎役者に化けた狸に化けた毘沙門天である。決して狸汁になんぞしても美味しくない。だから、私がいなくなっても探さないでね」
 狸は冷や汗をかきながらも、ゆったりと本堂から裏に回り、ねぐらに戻ったのです。
 しかし、お福の男前好きを知った狸は、そのことを健造になんと伝えようかと思案しました。
(ああ、これじゃ健造には脈はなさそうだ) 狸は雲ひとつ無い空を見上げて腹太鼓をポンポンと叩きながら、困ったもんだと思ったのです。
 健造に会いに行く気にもなれず、二日ほど本堂の裏で狸が悩んでいますと、そこに健造とお福が仲睦まじく現れました。
「お福さん、本当においらで良いですか」
 健造は心配そうにお福に尋ねます。
「ええ、毘沙門天様に言われたんです。欲をかいちゃいけないってね。
 あたしだって牡丹のように綺麗わけでも、お釈迦様のように慈悲深い女でもありません。
 そんな女に惚れて、夜も眠れないなんて言われたら女冥利につきますよ。
 でもね無理はしなくていいの。鰻なんて食べなくたっていいし、歌舞伎なんて見に行かなくてもいいの。
 私はね、満月なんて望んでないの、ちょっと足りない十三夜で十分。
 だから、お嫁に貰ってもらうのに、一つだけお願いがあるの。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて私より長生きして頂戴ね」
 本堂の前でお福に頼まれた健造は、思わずお福の頭の上に葉っぱが乗ってるんじゃないかと、お福の頭の上を手で払ってしまったのです。

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<著者紹介>
晴田 安義(東京都杉並区/47歳/男性/会社員)

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