「縁結び大作戦」 著者:山澤 紀啓

『縁結びの神様、深大寺デートの実力』
 自動ドアが開くたびに冷たい風が攻めこんでくる二月のコンビニで、内容も冊子も薄っぺらな地方情報誌を握り締めながら、ぼく斉藤和也は目から鱗が落ちていた。この町から電車でわずか十五分の地にそんな場所があるなんて。僕は生まれてこれまで十九年、彼女がいない。「今年こそ」と決意を新たに、大学入学と同時にやったこともないテニスのサークルに入り、テニスより合コン活動に勤しんだのだが、その努力空しく彼女いない歴がさらに一年増えようとしていた。しかし、そんな残念な僕ともこれでお別れ、二十歳の僕には彼女と仲良く構内を歩くという幸せなキャンパスライフが待っているんだ。その幸せを運んでくれるのはこの深大寺!と、雑誌を握る手に自然と力が入っていた。
 結ばれたい相手はもちろん同じサークルの桜坂ありすだ。年末の忘年会でやっとメアドをゲットし、それ以来何度かやり取りをしている。天真爛漫な彼女の笑顔はそれは眩しく、その笑顔を見るだけで僕の心には光が差し込む。僕にとって彼女は太陽そのものだ。
 その日から僕は深大寺でのデートプランを練りに練った。何度か下見にも行き、完璧なプランが出来上がる頃には、あと2週間で大学での一年が終わろうとしていた。最大の難関はありすちゃんと二人きりで会うことだった。そのために、軽いノリと時間のルーズさでおなじみの林と、噂話が大好きでミススキャンダルの異名を持つユキちゃんに頼み込み、4人でお花見に行くという設定を作り上げた。もちろん二人には当日ドタキャンをしてもらうという、ごく自然な流れとなる。計画を成功させるために二人にご飯をオゴる羽目になったのだが、ありすちゃんの笑顔を一人占めに出来るのであれば、バイト六時間分の投資も安いものだろう。
 そうこうしているうちにデート当日がやってきた。僕は集合場所である調布駅前で、少し緊張しながら完璧に練り上げたデートプランを頭の中で見直していた。お昼前に集合し、まずは二人きりになってしまった状況を説明する。心優しいありすちゃんは間違いなく「せっかくだから二人で桜を見に行こうか」と言うはずだ。深大寺に着いたらすぐに目的である縁結びのお参り、と行きたい所だがここで慌てちゃいけない。お花見に来たのにいきなりお参りでは怪しまれるかもしれない。それはまずい。何としてもさりげなく任務を遂行しなければならない。そこでまずは本堂の周りをゆっくりと散策し、少しずつお互いの距離を縮めるのだ。山門前まで来たら「ちょっと周りを歩いてみようか」と促し、角のそば屋のお団子を回れ右。その先にある信楽焼のたぬきの前に剣玉が置かれていることは下見でチェック済みだ。実はこの一ケ月、プランを立てながら毎日剣玉を練習して、ようやく三回に一回は大皿に玉が乗るようになったのだ。華麗に剣玉を操る僕を見て「かず君凄い!」と絶賛するに違いない。さらに進むと目の前には桜が満開の坂道が飛び込んでくる。ありすちゃんの名前と同じ『桜坂』!感動と羨望の眼差しで僕を見つめる姿が今から目に浮かぶ。そのまま静かな小路をぐるりと周る頃には、すっかり打ち解けた二人の間に笑い声が絶えないだろう。ゆっくり歩いて小腹が空いたらあげそば串の出番だ。そばの香りとほんのりとした甘味が歩き疲れた体に優しく、思わずこぼれる笑顔のままお互い見つめ合ったりなんかして。そして再び山門前まで戻ってきたらいよいよお参りだ。このタイミングなら自然に目的が果たせるはず。ついに僕の幸せなキャンパスライフが約束されるのだ。だがここで油断してはダメだ。デートはまだ終わっていない。その後は境内に祀られているそば守り観音を参拝し、日本中のそばを一人で守るその功績を労いながら、そろそろお腹が空いたね、とバス停までの道の途中にある、界隈でもコシの強さで有名なそば屋に入り、深大寺そばをいただく。そうしてそばのコシに負けず劣らず強く結ばれた二人は、神代植物公園のお花見へと向かう...
 あまりにも完璧なデートプランに自分でも気付かない内ににやけていると、突然後ろから声をかけられた。
「おはよっ、かず君」
緩んだ頬を引き締めながら振り向くと、そこには世界で二つ目の太陽が輝いていた。そのあまりの眩しさに危なくプランを忘れてしまうところだった。
「あれ?ユキちゃんと林君はまだなの?」
辺りを見回すありすちゃんに(計画通り)二人がドタキャンしたことを告げると、「そうなんだぁ...」と一瞬困惑した表情を見せたが、太陽はすぐに輝きを取り戻し、「せっかくだし、二人で行こうか」と微笑んでくれた。あまりにも想定通りの答えにまたにやけそうになるのを堪えながら、僕らはバスに乗り込んだ。こうして僕の縁結び大作戦は幸先の良いスタートを切った。そのはずだった...

 深大寺に着いて門前通りに入ると、彼女は鬼太郎の看板を見つけてお土産物屋に向かって行った。―えっ、お土産は最後じゃないの...。呆気に取られる僕を後目にお店に入って行ってしまった。あわてて追いかけると、ありすちゃんは店内を見渡しながら目を輝かせていた。「かず君、どっちがいいかなぁ」と言って一反木綿とぬりかべのストラップを両手にぶら下げている。「い、一反木綿...かな」と答えると「私も一反木綿大好きなの!」と言いながら、大きな目玉を新たに手にしていた。そうこうしてレジに並ぶ頃には既にお店に入って三十分が過ぎていた。結局彼女は妖怪メモ帳と鬼太郎ボールペンを買って嬉しそうに店を出て、見るとまたもや目を輝かせていた。
「見て見て、ピンク三姉妹がいる」
指差す先を見ると、三人組のおばあちゃんが、偶然なのか揃えたのか、みんなピンク色の服を着てそば屋の前でメニューを見ながら何か言い合っていた。派手な服の割には妙に景色に馴染む三人組だった。「知っている人?」と尋ねてみるが、返ってきた返事は「ううん、きっと仲良しなんだね」次の言葉を探す僕に気付くことなく、彼女は歩き始めた。
 いきなり予定が狂ったがこの程度は問題ないだろう。僕は頭の中でプランをおさらいした。山門前での回れ右に成功したら、まずは剣玉だ。しかし、待ちわびていた信楽焼のたぬきが見えてきた時、またもや予想外の出来事が。彼女が突然、「ジョン!」と叫びながらたぬきを通り越して駆け出したのだ。たぬきに一瞥をくれながら僕も後に続くと、彼女はお茶屋の前で白い大きな犬と戯れていた。一応「知っている犬?」と尋ねてみるが「ううん知らないよ。でもジョンっぽいよね」と言って嬉しそうに首元を撫でていた。僕とジョン(仮)の飼い主と思われるおじさんは、お互い明らかな作り笑顔で会釈をするしかなかった。背後で信楽焼のたぬきが僕を心配する視線を送っている、何故かそんな気がした。
 彼女はジョンをひとしきり撫でると、さらに歩みを進めた。この先にはありすちゃんの名前と同じ満開の桜坂が待ち構えているはず。そのはずだった、どうやら先週までは...。「昨日の雨でだいぶ散っちゃったね」周りの桜を眺めても薄々そんな気はしていたのだが、僅かな期待も見事に散ってしまっていた。
全てが裏目だ。本堂裏の静かな緑の道を、僕は落ち込みながら歩いていた。正直ありすちゃんの予想以上の天真爛漫ぶりに、ちょっと消化不良気味でもあった。陰りを見せた太陽は、うつむく僕を覗き込みながら言った。
「かず君なんだか元気ないね」
―あぁ、(君のせいなのだが)落ち込む僕を気遣うありすちゃんは、やっぱり可愛い...
本堂裏をぐるりと周っていると、忘れ去られたような小さなお墓が道端に現れた。特に気に留めることもなくその前を通り過ぎようとした時、意外な光景を目にした。
「それ、知らない人のお墓だよね。何で手を合わせているの?」
その問いかけに、彼女はしゃがみこんだまま僕の方を向き、優しく微笑みながら答えた。
「何かさ、死んじゃってからも色んな人が自分のことを想ってくれたら何だか嬉しくない?誰かが死んじゃった私を想ってくれたら、その度に私って生きてたんだなー、って思えるじゃない。だからね、沢山の人にそう思ってもらいたいから私も手を合わせるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前の太陽が輝きを取り戻した。いや、今まで以上の眩しさに目の前が真っ白になった。
―ありすちゃん、やっぱり君は...素敵だよ。
よし、この想いを胸にお参りだ!ちょうど一周りして山門も見えてきた。さあ、お参りを提案しよう、と息を吸い込んだその時...
「あっ、さっきの人たちだぁ」
僕らの前に現れたのはまたしてもピンク三姉妹だった。彼女はその姿を追って本堂と逆方向へ駆けて行ってしまった。そしてピンク三姉妹があげそば串を食べながら仲良く歩く様子を満足気に眺めながら、更に信じられない言葉を口にした。
「いけないっ、今日は私がおじいちゃんの病院に行く日だった。もう帰らなくちゃ!」
あぁ、そば守観音よ、日本中のそばは守っても、僕は守ってくれないのかい。何の非もないその後ろ姿に別れを告げながら、僕はありすちゃんを駅まで送ることにした。
結局目的を果たせないまま。

別れ際、やっぱり今年も、と落ち込む僕に向かって、ありすちゃんは振り返って言った。
「今日はごめんね、でもとても楽しかった。桜は間に合わなかったけど、神代植物公園はバラも綺麗らしいよ。また一緒に行きたいね」

―よし、次はバラで縁結び大作戦だ!

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<著者紹介>
山澤 紀啓(東京都八王子市/27歳/男性/会社員)

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