「おみくじから始まる恋もある」 著者:加藤 はるき

― お寺や神社でおみくじを引く人はたくさんいるけれど、書いてある運勢どおりに願い事が叶った人はいるのだろうか? ―
 里美がそう思ったのは、「花おみくじ」と書かれた看板を見つけ運試しにやってみようとお賽銭箱に百円玉を二枚入れた時だった。念を込めて一枚引き、ゆっくりと中を開いた。
運勢 『大吉』
願望 『万事好都合にいきます』 
「やったじゃない!大学の授業をサボってまで来た甲斐があったわ」
 小さくガッツポーズを取ったものの、すぐ我に返り、ふぅっと小さく溜息をついた。
「願望が万事好都合にいくのなら、今日ここにはいないはずよ...」
 里美は一週間前に一年ほど付き合っていた彼氏に振られた。傷心の日々を送る彼女がたまたま目にしたのが「縁結びで有名なお寺」とテレビで取り上げられていた深大寺だった。
鮮やかな緑に覆われた境内が映った時に里美はピンと何かを感じた。
「きっと、ここに行けば素敵な事が起こる!」
そう思い、翌日には深大寺に足が向かっていた。何かを信じた時の乙女の行動は素早い。
京王線で八王子の大学まで通っているのでお寺の名前は知っていたが、実際に訪れるのは初めてだった。境内はテレビの画面越しで見るよりずっと明るくどこか懐かしい匂いもした。
「どれどれ、他の項目は何と書いてあるのかしら?」
 里美は花おみくじをもう一度読み直した。
就職 『引立てありて叶う』 

「俺たち、少し距離を置かないか?」
 工藤さんが里美の目をずっと見つめながら言ったあの言葉は今でも忘れる事が出来ない。   
工藤さんは同じ大学のゼミの先輩で里美より学年が一つ上だった。後輩の里美が一目惚れ、果敢にアタックし続けた結果、ついに三年の春からお付き合いが始まった間柄だ。
その日は里美の就職祝いを兼ねたレストランでのデートだった。就職難のこの時代、里美も例に漏れず就職活動で悪戦苦闘の毎日、その間電話で愚痴を聞き続け、励まし続けてくれたのは工藤さんだった。卒業後、就職せず大学院に進んだ工藤さんを今度は私が支えてみせる!と思っていた矢先の一言、里美は目の前が真っ暗になり「なんで?」とも言えなかった...。

「確かに就職は工藤さんの引き立てもあって叶ったけど...。全然ラッキーじゃないわよ」
 あの日以来、工藤さんからメールも来ない。里美がおみくじを読みながら呟いていると、ぽとり、何かが落ちた。
気づいた里美が拾い上げるとそれは綺麗なピンク色の押し花が施してある一枚のしおりだった。
「そうか、花おみくじだから、しおりも付いているんだ!」
 しおりの裏面には「良縁招福」と書かれている。里美は少し嬉しくなった。
「縁起良いから、このしおりは持って帰ろう」
 里美がしおりを鞄の中に仕舞おうとした時、ピロロン、携帯電話の音が鳴った。メールが着信した時のメロディ音だ。工藤さんからかもしれない、里美は急いでメールの中身を確認する。
『就職おめでとう!里美ちゃん頑張っていたから、志望の会社に決まって本当に良かった!今度お祝いするよ!焼肉屋さんで!』
 里美はガッカリしたようなホッとしたような感覚になった。送信相手は工藤さんではなく、同じゼミの同級生である「ダルマ」君からだった。本名は田沼なのだが、高校時代に柔道部に所属するほど体が大きく、しかもぽっちゃり型、何故か日ごろから赤い服ばかり着るので「ダルマ」そっくりに見える所から「ダルマ君」と呼ばれているのだ。
『ありがとう!ダルマ君は今、何しているの?』
 里美はメールを送信した。ダルマ君とは同級生の中で一番仲が良い。就職活動中、里美があまりに愚痴ばかり言うので工藤さんが辟易してしまい、電話に出てくれなくなると、決まってダルマ君に聞いてもらっていたのを里美は思い出した。
ピロロン、すぐにメールの返信が来た。
『今は大学院試験のための勉強中だよ~!』
 ダルマ君は卒業後の進路として就職ではなく大学院を目指していた。試験は確か三週間後、試験の追い込みで一番大変な時期に里美の愚痴を一晩中聞かせ続けてしまっていた事にも気がついた。
「私も就職活動中、ダルマ君に励ましてもらったのだし、気の利いたメールを送らなきゃ!」
 里美は先ほどのおみくじを読み直す。
「あっ!入試という項目があるわ!」
入試 『努力は報いられる』 
おみくじに書かれていた内容をすぐにダルマ君へメールで送ってあげた。
『ダルマ君へ 必ず努力は報われる!あきらめずにガンバレ!』
 このおみくじ、中々良い事も書いてあるじゃない。里美は気分が良くなり、せっかくだからと売店で合格祈願のお守りを買ってみた。
『今、深大寺に来てるよ~!合格祈願お守りを買ったから今度ダルマ君にあげるね~!』
 もう一通メールを送る。おみくじはきっと自分の運勢だけが書いてある訳じゃないはずだ。むしろ、周りの人の願いを叶えてあげてくれた方が嬉しい。
ピロロン、メールの着信音、ダルマ君からだ。格好に似合わず彼はすごくマメだ。
『ありがとう!試験勉強頑張ります!僕の家は調布だから深大寺は近いよ!』
 里美はメールを読んで何故かドキッとした。少し考えた後、ダルマ君へ送る文面を作ってみる。
『よかったら、深大寺でお蕎麦でも一緒に食べない?』
 里美は送信ボタンを押すのを躊躇っていた。やはり、これは自分勝手なメールだろうか?彼氏に振られて寂しい気持ちを紛らわせたいだけなのではないか?
深大寺のおみくじで大吉が出たからと言って、都合よく新しい恋が見つかるのだろうか?
自分の心の声が聞こえてくるが、それでも里美は首を振り、メールの送信ボタンを押した。
「今日くらい、おみくじを信じてもいいじゃない!」
 ピロロン、すぐに返信が来た。
『もちろん!今から深大寺に迎えにいくよ。バス停で待っててね!』
 メールを読み返し、空を見上げるとそこには深大寺の深い緑とは対称的である真っ赤な夕焼けがあった。しかし、赤い空の奥には黒い雲の陰も見える。空模様が自分の気持ちを表しているようで、心苦しくなった。ダルマ君は本当に来てくれるのだろうか?こんな身勝手な私の誘いに応じてくれるのだろうか?
握りしめたおみくじを読み返した。
待ち人 『必ず来ます。信じて待ちなさい』
バス停で待つこと二十分、まっすぐ伸びる石畳の奥からダルマ君が自転車を漕ぎながらやってきた。体が大きいのか自転車が小さいのか分からないが非常にアンバランスなその姿がどこか微笑ましかった。
「遅くなってゴメンね」 
四月に入ったばかりでまだ夕暮れ時になると肌寒いというのにダルマ君の真っ赤なTシャツは汗ばんでいた。里美は首を振り、
「ううん、こちらこそ急に呼び出してゴメン」
 すぐに重い沈黙が流れる...。自分が呼び出したはずなのに二人の会話はそこで止まってしまった。何か話さなきゃと悩む里見を見透かしたかのようにダルマ君が先に口を開いた。
「里美ちゃんに渡したい物があるんだ!」
 窮屈そうなズボンのポケットから小さい布袋を取り出し里美に手渡した。それはお守りだった。「就職祈願・深大寺」と書かれてある。
「本当は、大学で渡したかったのだけど、里美ちゃんは忙しそうだったし、それに...」
 ダルマ君が言いたい事が里美にも分かった。大学ではいつも工藤さんと一緒にいたので、お守りといえど直接渡しづらかったのであろう。モジモジしながら話すダルマ君の顔はいつもより赤くなっているようにも見えた。
「ありがとう。実は私もダルマ君にプレゼントがあるの!ハイ!」
 そう言って先ほど買った「合格祈願・深大寺」と書かれているお守りを渡した。
「二人とも同じ事を考えていたみたいね」
 里美とダルマ君は同時に笑った。心の底から笑ったのはいつ以来だろうか?
「もしかしたら、ダルマ君と私、付き合ったら上手くいくかもよ?」
 肘で小突きながら言うと、ダルマ君の顔から一段と汗が吹き出てきた。
「ねぇ、ダルマ君の自転車の後ろに乗ってもいい?深大寺をグルっと一周してみたいな!」
「えっ?お蕎麦はどうするの?」
「お蕎麦屋さんはまた今度来よう!」
 里美はダルマ君の背中に手を回した。おみくじの項目で一番先に目が行った「恋愛」の項目にはこう書かれていたのを思い出す。
恋愛 『容姿で判断しないこと』
その通りだと思う。工藤さんとはダメだったけれど、私の周りには他にも素敵な人がたくさんいる。深大寺のおみくじはそれを教えたかったのではないだろうか。ダルマ君が運命の人かは分からないが、前向きにさせてくれたのは確かだ。
― おみくじから始まる恋もある ―
大きな背中に寄りかかりながら里美はもう一度、おみくじを読んでみた。
 縁談 『良縁、この人に決めなさい』

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<著者紹介>
加藤 はるき(東京都府中市/29歳/男性/会社員)

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