「雨語り」 著者:藤倉 美音

雨の日の深大寺。そこの本堂に私はいた。
なんてことはない。只の付き添いだ。ここへ来ることを熱望していたのは、私ではなく私の友人。お供の私はこうして友人のお参りが終わるまで待っている。丁寧な参拝をする彼女の背中。ふと思いつき、両手で長方形を作りカメラのレンズを覗くように見てみる。なかなか良い絵だ。映画のヒロインのようだが今の我が友人の姿を見て誰がそんなことを思うだろうか。
今朝、集合場所に来た友人はいつもと違った。泣き疲れてやつれた顔。涙の跡を消す為か化粧は濃い。その姿は覇気は無いが気迫はあった。よっぽど酷い失恋をしたのだろうか。
境内は静かだった。雨で濡れた砂利を足で玩び、横目で様子を窺う。目の端に映る彼女はどんな気持ちで願を掛けているんだろう。
友人はよく恋をする。よく恋をするから、よくふられる。一昨日も電話の向こうで子供みたいに泣き叫び、いつものように失恋を癒す為の散歩に私を誘った。毎度お馴染みのイベント。場所はいつも彼女が決めていたが、どこででも楽しむ自信はあった。しかし今回選ばれたのは縁結びスポット。私が一番苦手とする場所であった。良縁を求める行為を否定しているわけでは無い。だが縁結びの願掛けに熱心な人たちの中にいるときの居心地の悪さがどうも苦手だった。今日こそ克服すると勇んで来たが見事に玉砕し、落ち着かない状態はずっと続いている。私だけ疎外されているような、と言ったら被害妄想だろうか。
「どうしたの。変な顔して」
気が付くと、友人が隣にいた。どうやら私はしかめっ面をしていたらしい。
「何でもない。それより、気は済んだの」
 慌てて聞くと友人は黙って頷いた。元気が無い。今日は気が済むまでとことん付き合ったほうが良いかもしれない。
「まだお寺の中見て回ろうか。それとも」
 そこで、来る時に見た蕎麦屋を思い出した。
お蕎麦食べたいな。今日は寒いし温かいのがいい。今なら蕎麦とチークダンスが踊れる。
「あのね、ちょっと行きたい所があるんだけど。いいかな」
付き合うと決めたんだから仕方が無い。雨の中、深沙大王堂へ向かい歩き出しながら私は心の恋人お蕎麦にしばしの別れをつげた。

 移動中、友人は何も喋らなかった。話題を振ってみたものの反応は薄く結局私も黙り込んでしまった。傘に隠れた友人の顔はよく見えない。私は普段と違う彼女に戸惑っていた。
 どう声を掛ければいいんだろう。恋愛経験が乏しい私はいい言葉を持っていない。理由を縁が無かった以外に挙げれば、恋愛に対し嫌な思い出があるからだろう。
中学生時代には告白しふられた女友達と、その相手に板挟みにされたことがある。二人と仲が良かったのが仇になった。あの気まずさはもう二度と経験したくない。二回目はつい最近。仲のいい男友達の彼女に在らぬ疑いを掛けられたことだ。直接会い疑いを晴らしたあと、怒りが込み上げてきた。恋愛のいざこざに巻き込まれ私の中で恋愛イコール非常に面倒臭いこととなっていた。そんな私が何故、恋多き女性と友人になり彼女の傷心を慰める立場にいるんだろう。縁は異なものというやつだろうか。
「はぁ、くだらないなあ」
 隣を歩いていた友人が驚いたように顔を上げる。しまった、声に出してしまった。慌てて謝ると彼女は少し笑った。些細な恥ですが、笑ってくれるんだったらいいですよおだ。
「ね、一つ聞いていい?」
 友人が久しぶりに口を開いた。黙って頷く。
「初恋がいつだったか憶えてる?」
 それを私に聞きますか、友人よ。正直答えに詰まる質問だった。返答を期待するまなざしが痛い。
「ええと。たしか、幼稚園、かな?」
 友人はまだこちらを見ている。もう何も言え無いのに。恥ずかしくなってきた。
「でも後から考えれば只の特別な友達ってわけで。そんなませた子供じゃなかったしっ」
 照れ隠しに訳の分からないことを捲くし立てる。嫌な汗をかいてしまった。私の馬鹿。
「ごめん、困らせちゃって」
 友人は笑っていた。からかわれた、のか。
「そっか、でも好きになったことってあるんだ。なんか安心した」
 歩き出す友人の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、私はその意味を計りかねていた。恋する人間の気持ちはさっぱり分からない。貸してもらった恋愛小説、諦めずに頑張ってちゃんと読めばよかった。

 数分後、目的地である深沙大王堂が見えてきた。今は御開帳の時期ではないので、その扉は固く閉ざされている。離れ離れになった男女を結びつけるために霊亀を送った仏教の神様か。友人にも送ってくれればいいのに。
 雨粒がビニール傘に当たった時の音が朝よりも大きい。雨足が大分強くなっているようだ。生憎の天気だが、雨に濡れる境内の木を眺めるのも悪くない。
 いつの間にか友人は目を閉じていた。物思いにでも耽っているのだろうか。彼女の様子を窺いながら無意識に傘をゆっくりと回していたことに気が付いた。いつの間にかついた癖。そう言えば、こんな風に傘を回すのが好きだった子がいたはず。そうだ。ずっと忘れていた顔が頭の中で蘇る。大事な思い出だったはずなのに忘れていた自分が情けない。
「ね、ねえ。今回の人ってどれくらい好きだったの」
 瞑想を続けていた友人の顔を見ないように背を向ける。思い切って聞いてみよう。
「なんか気になっちゃって。いつもと様子違うし。何かあったのかなぁって」
 きっと友人は驚いた顔で私を見ているに違いない。気まずいのは承知だったが、いざその空気になると慌てる。
「えと、嫌だったら無理に言ってもらわなくてもいいし。どうしても聞きたいって下世話な気持ちは無いから」
 過剰に気を使う私に、ありがとうと声が掛けられた。怒ってはいない。寂しそうな声だった。
「いいよ。教えてあげる。今回好きになった人は、恥ずかしい言い方なんだけど。きっと、本当の意味での初恋だったんだと思える人だったの」
 本当の、初恋。何だろう。
「その人と一緒にいると、凄く楽しくて、何だか一緒にいるのが当たり前って思うくらい。初めて会ったときか、いつだったのか分からなかったけど、凄く好きになってた」
 穏やかに話す友人が何だか居た堪れなかった。
「それで告白したの。あんなに緊張したのは久しぶりだった。一世一代の告白って言えるくらい。でも、ふられちゃった。今は誰かとお付き合いしたいって思わないって。それなのに同情で付き合いたくないって。今時律儀な人よねえ」
 友人はあくまで明るく喋り続けている。本人は辛いだろうになあ。
「だけど、やっぱり自分の思いが通らなかったのが悔しくて、昨日まではちょっと泣いちゃってた。今日もまだ引きずってるし、全部吹っ切れたわけじゃないんだけど。でも今までの失恋とは何か違う気がするんだ」
 何だろうなあ、と呟く姿は今朝のものとはまるで違い、爽やかだった。ここに来て、憑き物が落ちたのかもしれない。
「多分、この気持ちは一生忘れないと思う」
 一生忘れない思い。彼女の言葉を噛み締めながら、友人に顔を向ける。微笑んでいた。化粧の濃さを抜きにすれば、その表情は紛れも無くいつもの友人のものだ。
「なんかすっきりしたら、お腹空いちゃった。何か食べに行こうか」
 ようやく友人がいつものペースに戻った。よかった。ようやくお蕎麦にありつける。行こう、と歩き出す友人の後ろで私は悩んでいた。先程思い出したことを言うべきか。うん、もう一つ恥をかいておこう。
「あのさ、私も一つ言っていい?」
 振り返った顔から視線を逸らす。
「私、小学校の時。凄く仲がいい男の子がいたんだ。お互いが同等の存在の、ちょっと変わった友達だった」
 友人はひどく驚いていた。普段から恋愛は無理ですと言っている人間が、異性の話をしているのだから、当たり前か。
「私も楽しかった。その子と一緒にいると気が楽で。だから、そんな感じの人とだったら」
そこまで言って口篭る。言えない。お付き合いしてもいいなんて、絶対に。気恥ずかしくなり、困っていると突然、友人は私の手をしっかり掴み、元来た道を戻り始めた。
「何。ちょっと、どうしたのよ。お蕎麦は?」
 友人が振り返る。何故か目が、輝いていた。
「何って、あんたの良縁をお願いしに戻るに決まってるじゃない。あんたの恋愛アレルギーも緩和されてるみたいだし、今のうちよ」
 昔懐かし見合い好きのお節介おばさんと化した友人は止められなかった。長年の付き合いというのは恐ろしい。彼女は私の心の声をしっかり聞き取っていたのだ。
しかし何故、私はこんなことを言ったんだろう。友人が羨ましかったのだろうか。はたまた深大寺の霊験だろうか。なんだかいい気分だ。私の恋愛に対する苦手意識が和らぐ日が来たら、どんな人を好きになるんだろうか。楽しみだな。不安でもあるけれど。
「そうだ、忘れないうちに言っておくね」
 楽しそうな友人が私に話し掛ける。
「彼氏が出来たら、のろけ話とか聞かせてね」
 謹んでお断りします。

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<著者紹介>
藤倉 美音(埼玉県所沢市/21歳/女性/学生)

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