「なんじゃもんじゃの木の下で」 著者:佐藤 祐子

 真由は会社を出るなり、達也へ電話した。真由と達也は大学からの付き合いで、真由は会社で嫌なことがあると、達也にグチを聞いてもらっている。お互いに就職してから三年。達也は大手の銀行で外回りを経験中、真由は証券会社で事務をしている。
 たった三年。されど三年。新入社員でもなく、だからといってベテラン社員と呼べるほどの立場でもない。どことなく、宙ぶらりんの立場。
 今日、真由は仕事でミスを連発してしまった。
「もう、三年もやっているのに、これぐらいの仕事もまともに出来ないのか」
 延々と上司から説教されてしまった。自分が自分で情けない。
真由はうなだれて席に戻ると「この仕事、私には向いていないのかもしれないな」と呟いた。それほど大きな声で呟いたわけではないのだけれど、隣の席の先輩にはしっかりと聞こえていたらしい。
「たったの三年やったからといって、一体、あなたにこの仕事の何が分かるというのよ」  
パソコン画面に向かいながら、先輩は吐き捨てるように言った。真由に言っているのだろうけれど、その先輩は、自分にも言い聞かせているようだった。
 
「ねぇ、聞いてよ、達也。今日、仕事でミスしちゃってさ、確かに私が悪いんだけど、上司にずっと嫌味を言われ続けたんだよ」
真由は、いつも会社や人間関係のグチをとめどなく話す。達也はそんな真由の話を「そうだよね、分かるよ、その気持ち」「うんうん、そうだよね、真由の言うとおりだよ」「真由が正しい」と、上手に相槌を打ってくれる。この上手な相槌が心地よくて、真由はついつい達也を呑みに誘ってしまう。
真由はたまに、本当のところ達也は自分と呑みに行くのが嫌なのではないだろうかと思うことがある。誰だって、他人のグチを一方的に聞かされるのは嫌だろう。  
以前、そのことをさりげなく達也に聞いてみたことがあるのだけれど「俺、真由と呑むの、嫌じゃないよ」と即答してくれた。それが真意かどうかは分からないが、たまには達也から呑みに行こうと誘ってくることもあるので、とりあえず、自分は嫌われてはいないのだろうと思っている。
達也とは、大学の友達同士で開かれた呑み会で知り合った。たまたま隣同士に座って意気投合。同じゼミだったということもあり、いつしか呑み友達となった。それから、ずっと良い友達の関係が続いている。
正直、達也と恋人同士になったらどのような毎日が待っているのだろうと想像したことがある。
 だけど、達也と恋愛して別れたら、今の良好な関係が崩れてしまう。もう二度と、達也とバカを言い合ってじゃれあうことができなくなってしまうかもしれない。そっちのほうが、真由にとって恐怖だった。
達也のほうはどうかというと、真由に対して「付き合おう」とか「デートしよう」とか決定打を言ってくるわけではなかった。気が向くと「呑みに行こうぜ」と誘ってくる程度。だから、仲の良い女友達として認識されているのだろうと思う。
「そうそう、なんじゃもんじゃの木って知ってる?」
「なんじゃもんじゃの木?」
達也がピーナッツを噛み砕きながら話すから、上手く聞き取れない。
「面白い名前の木だろう?今、確か花を咲かせているんじゃないかな。今度、一緒に見に行こうよ」
「ああ、うん」
 なんじゃもんじゃの木。なんか、変な名前の木。口の中でその木の名前を何回も唱えていると、舌がこんがらがりそうだ。しかも、そんな変な名前の木の花なのだから、めしべとおしべもこんがらがっていて、もじゃもじゃとしているのではないだろうか。
「花を見てみたいけれど、面白い形をしているの?」
「見てみれば分かるって。そうそう、場所は深大寺だから待ち合わせは調布駅な」
 深大寺。確か、ソバで有名なところではなかっただろうか。スーパーの乾燥蕎麦を売っている棚で「深大寺そば」という名前を見たことがある。
「深大寺って、確か、蕎麦が美味しいところだよね」
「なんだよ、花見よりも食い気かよ。まあ、それでもいいか。蕎麦ご馳走してあげるから、一緒になんじゃもんじゃの木を見に行こう」
「うん。蕎麦をご馳走してくれるなら行く」
 ううん、本当は、蕎麦をご馳走してくれなくても、達也から誘われれば、深大寺だろうが北海道だろうが、それこそシベリアだろうが、自分は付いて行くかもしれない。
「じゃあ、決まりな。そうそう、仕事のミスは気にするな。その先輩が言っていた通り、きっと、長年かけなければ分からない何かというものが、仕事にはあるんだよ」
「うん」
 店を出るころには、仕事のミスについて心の切り替えが上手く出来ていた。そして、今度の休日のことで頭がいっぱいになった。昼間の明るい時間に、達也と二人で深大寺へ出掛ける。恐らく、昼間の明るい時間に二人きりで出掛けるのは、これが初めてのことだと思う。それが、嬉しかった。
 
「ほら、これがなんじゃもんじゃの木だよ」
 真由の目の前にあったのは、花がもじゃもじゃとした木ではなかった。
緑の濃い葉をたくさん茂らせ、純白の細長い花びらが氷の結晶のように見える幻想的な大木だった。とてつもなく歴史を感じさせる木で、真由は圧倒されてしまった。
「なんじゃもんじゃって、なんだこれという意味があるみたいだよ」
 達也が解説してくれた。
 なんだこれという名前の付いた大木。この木は、ここまで大きく成長するまで、ずっと「なんだこの木」と思われていたのだろうか。
けれど、きっと近所の人たちに愛され続けた木なのだろう。そうでなければ、得体の知れない木なのだから、とっくに切り倒されていたに違いない。
なんじゃもんじゃの木は、真由に「お前は何者だ」と問いかけている気がした。
自分は何者だろう。三年会社で仕事をしてもミスを連発し、達也とは腐れ縁を続けているというだらしなくてずるい人間。  
だけど、生まれてからたったの二十数年だ。なんじゃもんじゃの木は、みんなに受け入られるまで、何年かかったのだろう。何年、白い花を咲かせ続けているのだろう。今でこそ愛されているのかもしれないけれど、何十年もここに佇んでいれば、その間、切り倒される危機だってあったかもしれない。その間、雷に直撃しそうになったり、台風で倒れそうになったこともあったかもしれない。それらの危機を乗り越えて、今こうして、自分の前に立って美しい花を咲かせている。そして、この木の下に人が集うほどに、愛される存在になっている。
 自分も、叱られても、そして嫌なことがあっても、踏ん張って、頑張って、長年生きていれば、何かを掴むことができて花を咲かせることができるのだろうか。
「私もこの木みたいに、長年頑張らないといけないんだよね」
「長年生きてれば、何かしら見えてくるものがあるだろうしね」
 真由は約束どおり、達也に蕎麦をご馳走してもらった。その蕎麦は、スーパーの袋入りの「深大寺そば」とは程遠い味で、とても美味しくて、思わず笑みがこぼれてしまった。
「真由は、食べているときが一番可愛い」
「それって、食べていないときは可愛くないみたいに聞こえる」
 真由は嫌味を言いながら、それでも達也が「可愛い」と言ってくれたことがとても嬉しかった。その嬉しい気持ちが顔から悟られないように、務めて冷静に蕎麦をすすった。
「そろそろさ、俺たち、恋人同士にならない?」
 真由はびっくりしてむせってしまった。
「深大寺ってさ、縁結びの寺でもあるんだ。こうでもしないと、俺、勇気が出なくてさ。居酒屋で告白しても良かったのだけれど、酔っていない昼間にきちんと告白したかったんだ」
 達也は頭をかきながら、伏し目がちに真由を見た。真由は待ち望んでいた言葉に何度も首を上下させて頷きたいところだけれど、そうすると自分の立場が安っぽく見えそうで、嬉しさをこらえながら外を見た。
 店を出ると、達也は真由に手を差し出した。 真由は達也の手を握ると、今までとは違う空気が二人の周囲を纏っていると感じた。その空気は深大寺の自然が生み出しているとも感じるし、縁結びの神様が与えてくれているとも感じるし、二人で作り出しているとも感じることができた。
「もう一度、なんじゃもんじゃの花が見たい」
「ああ、そうだね」
 なんじゃもんじゃの木に、自分と達也の成長を見守ってねとお願いしいたい。今は何者にもなっていない二人かもしれないけれど、これからどのような花をつけるのか、なんじゃもんじゃの木に見届けて欲しいと思うのだ。

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<著者紹介>
佐藤 祐子(東京都大田区/43歳/女性/専業主婦)

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