<第5回応募作品>「嵐の契り」 著者: 旭川 今日子

 学校帰りに駅のホームでばったり、同じクラスの橋倉梢に会った。梢は俺の顔を見るなり、傘を小さく振りながら、満面の笑みで近づいてきて、いいところで会った、と言った。
「これから深大寺に行くんだけどさ、一緒にどう?」
 なんだよ深大寺って、と俺が訊くと、梢は目を丸くして大げさに驚いたあと、気を取り直すようにして言った。
「帰り道だからさ。どうせ家に帰ってもすることないでしょ?」
 昼過ぎから降り出した雨は相変わらずしとしとと降り続けていた。そのおかげで今日はサッカー部がなく早く家に帰れるのだった。
 梢によると深大寺というのは調布にある縁結びで有名なお寺らしく、ここ中央線立川駅から荻窪の自宅に帰る途中に、三鷹で降りてバスに乗って行けるらしい。俺も梢も地元は同じ荻窪で、小学校からの腐れ縁なのだった。
「お前、俺と縁結びしたいわけ?」ためしに訊いてみたら、梢は「キモイこと言わないで」と吐き捨てるように言った。
 夏休みを前にしたころで、高校生活にも慣れてきたせいか、周囲がバタバタとあわただしくなっていた。梢もその例外ではなかったようで、野球部の大野先輩とやらと明日の土曜日にデートする約束をとりつけたらしい。
「どうしても大野先輩と会う前に深大寺で縁結びの神様にお祈りをしておきたくて」
 梢の話を聞いている途中で心臓がどくんと鳴った。線路を挟んだ向かいのホームに坂田美雪の姿を見つけたからだ。坂田美雪の方でも、顔を上げて俺を見た――気がしたが、ホームに入ってきた新宿行の電車が視界を遮ってしまった。
 電車に乗り込んだあとも、梢の話を聞き流しながら、窓越しに坂田美雪の姿をちらちらと見ていた。坂田美雪は文庫本に目を落したまま結局一度も顔を上げなかった。
 
 俺は三鷹駅で梢とともに途中下車した。車中、梢に滔々と語って聞かされた、深大寺縁結び大社の力に賭けてみたくなったからだ。
 ロータリーに深大寺行のバスが到着したころには、雨脚がだいぶ強くなっていた。
 雨粒に車体を叩かれながら、バスはざぶざぶと水をかくようにして走った。七月の、まだ夕方も早い時間だというのに、厚く垂れこめた雲のせいで外は薄暗く、水しぶきをあげて走る車はみなヘッドライトをつけていた。
「深大寺っておそばでも有名なの。お寺の周りにおそば屋さんが軒を連ねてるんだって」
 俺は窓ガラスにたれる水滴を見るともなく眺めていた。
「腐れ縁っていうくらいだから、やっぱり縁にも鮮度みたいのがあるんだろうねえ。縁結びしてもらったあとの縁っていうのは、やっぱり新鮮なんだろうなあ」
 そんなことを梢がぶつぶつとつぶやいていた。
 二十分ほどバスに揺られて、俺たちはようやく目的の深大寺に到着した。バスを降りた瞬間に、遠くで雷鳴が鳴った。それを契機に雨はいよいよ激しくなった。とにかく境内を目指そうと、俺たちは看板の地図を頼りに、車道から石畳の敷きつめられた路地に入った。
「へえ、すごい」
しばらく雨のことも忘れて、俺と梢は住宅街にぽっつりと現れた風情ある街並みに、口をそろえて感嘆の声を上げた。学校を出てせいぜい四、五十分ほどなのに、どこか遠い所に来たような、不思議な錯覚に陥った。
 問題は人の姿がまったく見えないことだった。ひっそりとしずまり返った界隈で、雨だけが激しく音を立てながら石畳を打ちつけている。立ち並ぶそば屋はみな店を畳んでいた。
 豪雨のせいではなかった。
 午後、五時二十分。
 すでに閉門の時間を回っていたのだった。
「ごめん、ちゃんと調べとくんだった」
ようやく梢がつぶやいた。
「いや、ついてきた俺がバカだった」
「大丈夫、まだ境内には入れるみたい!」
 俺の愚痴をかき消すように梢が大きな声を上げて小走りに駆けだした。こうなればやけだ、と俺も傘を閉じて梢のあとを追いかけた。        傘をさしていたところで、風にあおられ生き物のようにうねる雨が四方から襲い掛かり、びしょ濡れになるのは避けようがなかった。
 濡れ鼠で境内をかける俺達を、おみくじ売場らしい小屋の中から、二人のお坊さんが目を丸くして見ていた。
 本堂前の軒下に転がり込むと俺たちはようやく人心地ついた。
「よかった。参拝できるよ」
同感だった。
 梢は賽銭箱に五百円玉を投げ入れた。もったいない、と俺が咎めると、梢は満面の笑みで言った。
「あんたにおごるつもりだったおそば代」
 梢は両手を合わせ、目を閉じて祈りはじめた。
 躊躇したが俺も五百円玉を放った。それから梢と肩を並べるようにして、坂田美雪のことを真剣に祈った。さっきホームであったばかりの、目鼻立ちの整った白く小作りな顔を思い浮かべて、胸がうずいた。
 参拝を終えた俺たちは身をひるがえして境内を横切り、山門を出て今度はそば屋の軒下に駆け込んだ。
 梢は鞄からハンドタオルを取り出し額や首筋を軽く拭いた。それから梢はタオルを絞って水を切ってから、
「使う?」と俺に差し出した。
 少し逡巡したが、結局俺はそのタオルを受取り、顔と髪を遠慮なくごしごしと拭いた。それから梢がそうしたように、タオルをきつくしぼった。ボタボタと水が垂れた。もう一度同じ動作を繰り返した後で、梢にタオルを返した。
 それからずいぶん長い間、二人で雨を眺めていた。
 まるで二人きりで時空のはざまに閉じ込められたみたいだ、バチバチと音を立ててきらめく稲妻に驚かされながら俺が言うと、「大丈夫、ここは調布だから」梢が真顔で答えた。
「通り雨かな」梢が言った。
「いや、嵐だよ」俺は答えた。
濡れ鼠になり体力を奪われたせいか、家路につくのがひどくかったるく感じられた。梢も同じ気分だったのだろう。何度か小さくため息をこぼしていた。
「で、あんたはちゃんと坂田さんのことお祈りした?」
 空を切り裂くような激しい雷鳴が轟いた。
「あんたも男ならさ、当たって砕けろでしょ。大丈夫、深大寺の神様がついてるから!」
「うっせーよ!」
 思わず大きな声を上げてしまった。梢はびくんと体を震わせた。
 たぶん、梢に分かったような口を聞かれたのが癪にさわったのだ。ややしばらく沈黙の後、梢はおそるおそる口を開いた。
「坂田さん、超絶可愛いから、意外と分かんないよ」
「どうして?」
「男の子たち、みんな距離を置いてる感じでしょう? 坂田さん自身も、わりと引っ込み思案な感じだし。あんたみたいのが、急に言い寄ったら、意外と喜ぶと思うけどな」
 帰路、俺たちはほとんど口をきかなかった。俺の頭の中は坂田美雪のことでいっぱいだった。梢の頭の中もきっと大野先輩のことでいっぱいだったに違いない。
 別れ際に梢が、思い出したように、「今日はありがとう」と言った。俺も思い出したように、「デートがんばれよ」と返した。

 その翌日、梢は予定どおりに大野先輩とデートをした末に、「まずは友達からはじめましょう」と丁重に断られたらしい。風邪気味で本調子じゃなかった、などと強がっていたが、人並みに落ち込んでいたのは確かだ。

 一方、俺の方はといえば、梢に言われたことを何度も反芻し、とうとう意を決して、坂田美雪にコクって、見事に玉砕された。
 身長百六十センチしかないニキビ顔の俺には、初めから叶うはずのない恋だった。分かっていても、俺は体重を五キロ落とした。学校に行くのが苦痛だった。申し訳なさそうにしてすり寄ってくる梢を、俺はしばらくの間無視し続けた。

「土砂降りの雨の中、わざわざお参りに行ったのに、神様も非情だな」
 ようやく心の傷が癒え、三か月ぶりに梢と会話を交わした俺は、そんな愚痴をこぼした。
 梢は真顔で答えた。
「やっぱり開門してる時間じゃないとマズかったのかもね」

――エピローグ
 俺は高校を出たあと仙台の大学に入り、そのまま仙台の企業に就職した。
 この春で、二十七歳になった。
 祖母の見舞いに、久しぶりに帰省したついでに、十年ぶりに訪れた深大寺は、参拝客でごった返し、界隈にはそばを求める人々であちこちに行列ができていた。
 晴れ渡った空の下、店の軒先で、赤い布のかかった長椅子に座り食べる深大寺そばは、信じられないくらい美味かった。
 例の散々な思い出のことを話すと、そばをすすっていた妻は顔を上げて、
「あんた、そんな昔のこと、ずいぶんよく覚えてるねえ」と目を丸くした。
 どうやらここの神様は縁結びの相手を間違えたのかもしれないな、と考えて、俺は思わずふき出してしまった。

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<著者紹介>
旭川 今日子(東京都杉並区/30歳/女性/主婦)

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