<第5回応募作品>「メヌエット」 著者: Cecil

今朝は久しぶりに気分がいい。ここ数日どうもすっきりしない日が続いていたのだけれど、秋晴れの天気のせいか・・・洗濯物を干している私に夫が声をかけた。
「神代植物園にバラを見に行ってみる?」
出不精の夫にしては珍しいこともあるものだと思ったけれど、そういえば電車の吊り広告で見たような気がしてでかけることにした。
 臨時駐車場に車を停め、落ち葉をさくさく踏みしめながら門へと向かう。犬を散歩させる人、どんぐりをひろう子供たち、
「日本は平和だ」
夫ののんびりしたつぶやきに思わず笑ってしまった。
 神代植物園のバラ園。ピンクやオレンジ、色とりどりのバラのあいだをぬけながら気を惹かれたバラのだけ説明を読む。大輪のみごとなバラ、可憐な房咲きのバラ、香りの強いバラ、ロイヤルファミリーのお名前がついたバラ・・・そしてメヌエット。
甘いバラの香りが忘れていた記憶を呼び覚ます。

「あー、腹へったなあ。このバラ、食えないかな。」
晃一は情けない顔つきでバラの花を眺めている。さっき深大寺の門前でお蕎麦を食べたばかりなのに、まったくあきれるほどの食欲だ。花より団子、ロマンチックな雰囲気とは程遠い。私は無視してどんどん先に歩いて行った。
 私の機嫌を損ねたと思ったのか、彼は後ろから声をかけた。
「お嬢さん、ちょっと振り向いてください」
はやっているシャンプーのコマーシャルみたいだ。振り向いた私を狙ってワンショット。
「そんなにすましてないで笑って笑って・・・」
愛用のキャノンのカメラで続けさまにシャッターをきる。いっぱしのカメラマン気取りだが、ピンボケだったりぶれていたり、実のところ彼の写真ときたらひどいものだ。このあいだだって私のコンサートで撮ってくれた写真にはひとつとして満足な出来のものが無かった。
「写真はいいからバラを見ようよ!」
そう言う私のうしろにあったバラをさして
「メヌエットだって・・・可愛いな」
そのバラはクリーム色の小さめのバラで、花びらの縁が濃いピンクで縁取られた可憐なバラだった。
「ね、この写真を撮って!」
それから私たちはバラ園をぐるりとまわって深大寺に向かったのだが、五月の明るい午後、植物園でゆっくりしすぎてしまったらしく本堂に行き着いた頃にはもう五時近くなっていた。そそくさと通り一遍の参拝をすませ、車に戻ると、行きつけのお店へと車を走らせた。
「あら、深大寺へ行ってきたの?」
顔なじみのママに声をかけられ、
「そう。今日は神代植物園でバラを見て、それから深大寺へお参りしてきたの。」
「深大寺って縁結びの神様なんですって」
手にしたパンフレットを広げてみると、なるほどそう書いてある。でも縁結びの神様は本堂ではなくて深沙大王堂にいらしたらしい。
「そこへは行かなかったわよね・・・」
相槌をうつでもなく、晃一は食べるのに夢中。
食欲旺盛な彼の食べっぷりを見ていると、なんだかどうでもいいような気になってきた。
 それから数日たって、
「このあいだの写真、できたよ」
とキャンパス近くのケーキ屋へ呼び出された。
五月晴れのいいお天気だったあの日、なんだかみんな白っぽく写っている。期待していなかったからざっと眺めていくと、あのメヌエットだけがとても素敵に撮れていた。
「どう、良く写ってるだろ?」
「本当。このバラきれいに撮れてる」
私はなんだかとても嬉しくなって、うちへ持って帰るとメヌエットの写真をピアノの上に飾った。
 片山先生の門下生のピアノの発表会。ドレスの裾をひっぱりながら、私は緊張して楽屋で出番を待っていた。今日は佳代子先輩がトリでその前が私だ。晃一も来ているはずなんだけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。さっきのリハーサルでのちょっとしたミスが気になって、もう一度楽譜を見直したり頭の中でフレーズを繰り返してみたり、そうこうしている内に私の番になった。ライトに照らされたステージに踏み出すと、もう時間の過ぎるのはあっという間。何百時間も練習してきた三十分足らずの曲はあっというまに終わってしまう。一度指先でつむぎだした音は間違えたら消すことができない。まあまあのできだったかな、と思いながらステージ中央で頭を下げるとバックステージへひっこんだ。
佳代子先輩は真っ赤なドレスでリストを華麗に弾きこなしている。舞台の袖で思わずため息が漏れた。
発表会が終わったあとの楽屋裏は緊張感もとけて騒々しい。着替えて楽屋口に出ると晃一が赤いバラの花束を持って待っていた。
「すっごく良かったよ。はい、これ」
「ありがとう」
私はちょっと晴れがましい気分で花束を受け取った。背が高くハンサムな晃一は人目をひく。母が「晃一くん、来てくださったの?どうもありがとう」とお礼を言い、他の友人たちと盛り上がっているところに佳代子先輩が出てきた。
「あらあユキちゃん、素敵な彼氏ね。紹介してよ」
大勢のおとりまきに囲まれながら、佳代子先輩は艶然と微笑む。今度はシックな黒のレースのスーツ姿だ。晃一も満面の笑みで
「いやあさっきのワルツ、素敵でした!」
結局みんなでホールを出てから吉祥寺で打ち上げをすることになったのだが、にこやかに微笑む佳代子先輩と調子を合わせる晃一を見て、バラのとげがちくっと胸にささったような気がした。

夏が来て片山先生の湖畔の別荘にほど近いペンションでの合宿が始まった。毎年恒例のこの合宿には、ピアノの生徒以外、管楽器や弦楽器の男の子たちも参加して、先生の別荘で近隣のかたがたをお招きしてのコンサートが催される。新宿西口から高速バスに乗ったときから遠足気分で、みんな盛り上がっていた中、私ひとりブルーな気分でぼんやりと晃一のことを考えていた。発表会以来、なんだかしっくりこない。新曲を仕上げられなくて結局発表会と同じ曲を弾くことにしたし、ちっとも練習に身がはいらなかった。晃一だって大学院の二年だし、研究室に残るにせよ忙しいんだろうと思いつつ、一抹の不安が胸をよぎる。さっき中央高速でみかけたのは晃一のジープじゃなかったか・・・。
「ねえねえ、佳代子先輩、今度はドビュッシーの花火弾くんだって!」
同級生の奏子(かなこ)の声にはっと我にかえって
「そう・・・夏にぴったりよね」
「それにね、またおひとりでホテルにご滞在」
「ふーん」
相槌をうったものの、さえない私に奏子は
「ユキ、バスに酔った?」
「ううん、大丈夫。」
ペンションから先生の別荘まで奏子と並んで歩きながら、これからの三日間、気持ちを切り替えて頑張ろうと心に決めた。
先生の別荘でのコンサートは二日目に開かれる。一日目の午後はリハーサル。二日目の午後のコンサートのあとには先生主催のバーベキューパーティーがあるし、これ目当てに参加する学生も少なくない。自由時間は湖でボートに乗ったり、自転車で湖畔を一周したり楽しく過ごす。ちょっとはめをはずして飲み過ぎたりもするが、ペンションに帰って寝るだけだし、三年生以上の特権だから私は誘われるままにホルンの山野先輩たちにくっついて近くのホテルのバーラウンジへとでかけていった。
ホテルの駐車場で晃一のジープを見つけたとき、私の疑いは確信へと変わった。ペンションへとってかえした私は翌朝、体調不良を理由にコンサートに出ることなくひとり東京へと引き返した。

「バラのソフトクリームだって。食べる?」
夫の呼びかけに現実に引き戻される。
「なにぼんやりしてるんだよ?」
そういえばこの人が初めてプレゼントしてくれたのは偶然あのメヌエットだった。くったくのない笑顔を見ていると、平凡なお見合い結婚だったけど、この人と結婚して良かったと思えてきた。あれからもう四半世紀・・・
「ねえ、深大寺に行こうよ!」
突然どんどん歩き出した私に面食らったようについてくる夫・・・
「なんで深大寺なの?」
「深大寺ってね、縁結びの神様なんですって」
「縁結び?」
バラ園を抜けて木漏れ日のきらきらした林を通って深大寺門から右手のほうに急ぐ。
「おいおい、本堂はあっちだよ・・・」
「いいの、いいの。」
私は案内図を頼りにまっすぐに深沙大王堂へと向かっていった。万霊塔の先を右に折れると右側に延命観音があった。そこも通り過ぎると目指す深沙大王堂・・・思ったより新しいお社だ。あのときは来られなかったお社。
私は横に並んだ夫と手を合わせると、
「この人との縁はしっかり結んでおけますように。」心からそうお願いした。曲のメヌエットみたいに、これからも変わらぬテンポで手をとりあっていこう。
「戻るときに延命観音にも寄って行こうね!」

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<著者紹介>
Cecil(東京都世田谷区/52歳/女性/主婦)

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