<第5回応募作品>「深大ポスト」 著者: いもとね

 僕がこずえと出会ったのは小学三年生のときだ。クラスで最初の席決めのときに右隣の席に座ったのがこずえだった。その頃は子供だったから「かわいい」とか「きれい」とかいった感情はなかったと思う。強いて言えば少女マンガみたいな女の子、かな。誰でもそうだと思うけど、子供は美醜の感覚がわからないのが普通だ。ただ「好き」という気持ちは持っていたと思う。だって一緒に下校するのがとってもうれしかったから。
 下校はいつも友だち五人で帰っていた。学校を出てから六分くらいすると一人の子がいなくなり、次の角を右に曲がって少し行くと一人減り、次の次の電信柱のところで一人減り、そして僕はこずえとふたりっきりになれた。それがうれしかったのを覚えている。
 まだ小学三年生だから「ふたりっきり」になったからといって別になにもあるわけではない。手を握り合ったりイチャついたりするはずもない。ただ二人だけで並んでいられることがうれしかったのだ。僕は下校時にいつも思っていた。...早くみんなの家に着きますように...。僕の日頃の行いがいいせいか、卒業するまで同級生だった。
 中学校に進学するとき、こずえは家族の人と揉めたみたいだった。特に母親は私立の進学校を受験することを希望していたようだ。僕はといえば、公立中しかあり得なかった。母子家庭の経済状況では私立に進学することなど考えるのも不謹慎だ。
 結局、こずえは中学校でも僕と同級生になった。
「フフ...、父親って娘の言うことはきいてくれるのよね」
 こずえは中学からの帰り道、自慢げに照れながら話した。こずえは普段はおとなしいけれど、いざというときは度胸があるというか肝っ玉が据わっている。僕がこずえを好きになったのもそういうところに惹かれたのだ。
 小学生の頃、僕は買い物もしなければいけなかった。僕は恥ずかしかった。特に恥ずかしかったのはネギだ。買い物袋からはみ出ているネギの緑色が「情けない」と子供心に感じていた。世の中とは不思議なもので一番会いたくないときに友だちに会ったりするものだ。案の定、僕は買い物袋からネギの緑をはみ出しながら歩いている姿を同級生に見られてしまった。翌日、学校に行くと早速男子たちから「ネギ男」とからかわれた。そのときに男子たちを怒ってくれたのがこずえだった。そして言った。
「あたしはネギを持ってる男子って尊敬するー!」
 中学校ではみんなで帰ることはなかったし、さすがにこずえと二人で並んで下校するのは憚れた。中学生という年齢では、男女の関係は微妙な問題だ。でも、一緒に帰りたい...。
 僕たちは週に二回くらい深大寺小学校の裏手で待ち合わせをした。中学生になってから、僕はこずえの容姿がほかの女子より優れてかわいいことがわかるようになっていた。なんかもったいぶった言い方だけど、それには理由がある。同じクラスの男子たちがこずえのことを「かわいい」と噂していたからだ。僕はそれまで「こずえ=かわいい」と考えたこともなかった。ただ一緒にいられてうれしいと思っていただけだ。そんな僕だったけど、こずえがほかの男子たちから褒められるのは心地よかった。
 いつものようにこずえと並んで歩いていた卒業を間近に控えたある日。こずえがかしこまった言い方をごまかすように深大寺の木々を見ながら言った。
「あたしたちもうすぐ別々の学校だね...」
 実は、僕もそれが寂しくてたまらなかった。でも、言い出せなかった。こずえは親に勧められた進学校に行くことに決まっていたし、僕は工業高校に進学が決まっていた。僕は中学を出たら働くつもりだったけれど、母の配慮で進学することになった。
 こずえは僕の反応を窺うように話を続けた。
「高校に行っても会おうか?」
 僕はとてもうれしかった。心の底からうれしかった。僕たちは毎週日曜に深大寺の山門の先にある深沙大王堂の裏のベンチで会う約束をした。それからあと一つ、決め事をした。二人だけのポストを作ったのだ。ベンチのうしろにある大きな木の幹にできていた直径二十センチほどの穴を勝手にポストに見立てただけだけれど...。もし、なにかの都合で来られないときはそのポストに手紙を入れておくことにした。僕たちは深大ポストと命名した。
 高校生になってから六月の半ば頃までは僕たちは毎週深大ポストの前で会っていた。けれど僕は次第に行くことが億劫になっていた。理由は僕の「気後れ」だ。
 こずえは会うたびに学校生活の楽しさを僕に話してくれた。けれど、こずえが楽しそうに話せば話すほど僕はこずえとの距離を感じていた。それに、こずえの学校は男女共学でこずえの口から男の名前が出てくるのが嫌だった。僕の学校は男子校だったから、僕の口から出てくる女の名前といったら国語のヨネ先生くらいしかいない。僕が一番距離感を感じたのはこずえが携帯電話を買ったときだ。僕には携帯電話を買う余裕なんかなかったからだ。こずえは「わたしたちには深大ポストがあるじゃない」と言ってくれたけど、九月頃にはもう全く行かなくなっていた。
 僕は、こずえと距離をおくようになったといっても「会いたくない」わけではなかった。いつもいつも会いたかった。新聞配達の途中では必ず十秒間こずえの窓を見つめていたし、お袋と喧嘩したときはこずえの部屋の明かりを見に行った...。それに毎週、曜日をずらして深大ポストを見に行っていた。そこにはこずえの手紙がいつも入っていた。僕はそっと取り出しコンビニまで歩きながら読み、そしてポストに戻していた。手紙の最後はいつも僕を励ます言葉で締めくくられていた。翌週には、必ず新しい手紙が入っていた。
 実際、僕の高校生活は忙しかった。アルバイトもやらなければいけなかったし、部活動は木工部に入ったので家具を製作する作業に追いまくられていた。このような生活で僕の高校三年間は過ぎていった。
 僕の学校では高校生活最後のイベントとしてバザーをやるのが恒例だった。僕はポストを作った。どこにも売ってないオリジナルのポストだ。ポストの前面上の箇所に「深大ポスト」と小さな文字でプレートをつけた。
 バザー当日、同じ中学から進学してきた昌男が照れながら言った。
「へへへ...今日、彼女呼んだんだ。」
 バザーは大盛況だった。僕たちのブースにもたくさんの人たちが立ち寄ってはくれた。けれど、僕のポストは売れ残ったままだった。僕は人通りが途切れたときに、しゃがみこみポストを磨いていた。すると頭の上から声がした。
「素敵なポストですね」
 僕は思わず顔を上げた。...こずえが立っていた。微笑みながらこずえが立っていた。他人行儀の口ぶりのこずえが立っていた。僕は一瞬声に詰まり「どうしたの?」と言うのが精一杯だった。「友だちに誘われて...」と昌男と話している女の子を指差した。
 こずえは僕のポストを端から端まで丹念に眺めながら褒めてくれた。そのときこずえの視線がプレートの文字で一瞬止まったのがわかった。けれどこずえはなにも言わなかった。もちろん僕も触れなかった。お互いに深大ポストの話を避けていた。大人ふうに言えば、世間話をしただけになる。けれど別れ際に一つだけ約束をした。今度の日曜日に会う約束だ。場所は、昔よく待ち合わせをした場所。
 日曜日の前の晩、僕は心に決めた。深大ポストに足を運ばなくなったことをきちんと謝ろう、と。
 当日、僕は机の中から紙の束を取り出し鞄に入れた。約束の時間より早めに着くように家を出た。深沙大王堂の階段を上がり、深大ポストのほうを見るとこずえの姿が見えた。
 僕が側まで行くとこずえは口を開いた。茶目っ気と深刻さが混じりあった口調で...。
「今日はありがと」
 僕は「うん」としか言えなかった。そのままうつむいていた。
「あたし...。来月から関西の大学に行くの。...最後に会いたいなって思って」
 僕は、どう反応していいかわからなかった。やはり「うん」としか答えられなかった。ただ、小さくなんどもうなづいた。そんな僕を見て、こずえはことさら明るく話を続けた。
「あのさ、高校入ったばっかりのころ、毎週ここで待ち合わせたよね。それから段々とお互い忙しくなって会えなくなったけど、手紙のやりとりもしたよね。あたし、とっても楽しかった...。ごめんね。あたし忙しくなっちゃって...。でも、たまぁにポスト見にきてたんだけど...」
 こずえが話す間、僕はうつむき、小さくなんどもうなづいていた。こずえが続けた。
「仕方ないよね。高校別々だったし。最初の頃は手紙も入れてたんだけどそのうち面倒になっちゃってさぼったりして...エヘ。ごめんねぇ」
 こずえが言い終わると、僕は鞄の中から紙の束を取り出し、こずえの前に差し出した。
 こずえは怪訝そうな表情で紙の束を受け取るとその中の一枚を広げた。女子高生らしいかわいい文字がコピーされた紙だ。紙を持っているこずえの手が少しずつ小刻みに震えだした。こずえはゆっくりと顔を上げ僕の目を見つめると、みるみるうちに涙が溢れてきた。そしてとうとう大声で泣きはじめた。
「ワァー...」
 抱きついてきたこずえを僕は優しく受け止めそっと囁いた。
「社会人になったら、携帯電話買うからね」

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<著者紹介>
いもとね(東京都狛江市/52歳/男性/自営業)

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