<第5回応募作品>「約束」 著者: 革命詩人

  門前の賑わいは、あの頃と全く変わっていない。二年振りに訪れた深大寺で、あの頃と違うのは、私の隣にタケルが居ないことぐらいだろう。
 私にとって、此処は思い出の詰まった大切な場所だ。何もかも、見るもの全てが懐かしい。タケルがこの深大寺の近くに住んでいたことから、私達はこの界隈を定番のデートコースにしていた。
 私が今日此処に来たのは、あの日の約束を果たす為だ。本当は、タケルとの約束だったからもう果たすことは叶わないのだけれど、せめて私だけでもと思い、一年遅れでやって来た次第である。
 何故今更?と訊かれたら、私の人生の新たな第一歩を此処から踏み出そうと決めたから、という事になる。あの果たせなかった約束がある限り、私はいつまでも思い出に、いやタケルに縛られ続けてしまうだろう。
 約束を果たしたところで、その気持ちから綺麗さっぱり足を洗えるかと言ったら、それは分からない。
 でも今は、兎に角やってみるしかないのだ。
 門前に立ち並ぶ店を素通りして、私は境内に入った。今日は、ゴールデンウィークの最終日ということもあり、程良く観光客がいる。
 私は、取り敢えず一般の参拝者同様に手を洗った。別にお参りするつもりはなかったが、折角此処まで来たんだし、深大寺は知る人ぞ知る、縁結びのご利益があるお寺だからお参りして損はない。ということで、私は約束を果たす前にお参りをした。
 ふと傍らに目をやると、護摩木が置いてある。私は、この護摩木にちょっとした思い出がある。それは、タケルとのちょっぴり切ない思い出だ。
 お参りを済ませた私は、タケルとの約束の場所であるナンジャモンジャの木に向かった。
 こんな奇妙な名前の木は、他では聞いたことがないが、本当の名前は「ヒトツバタゴ」というらしい。そして、このナンジャモンジャの花を見に来る事が私達の約束だった。
それは、6月初めのとても暑い日だった。
 私達は、野川公園を散歩していた。二人共、自然溢れるこの公園が大好きで、気候のいい時期には殆ど毎週のように行っていた。
 その日、深大寺に行く予定はなかったのだが、あまりの暑さにどうしても冷たい蕎麦が食べたくなった私達は、深大寺の門前にある蕎麦屋を目指して移動した。蕎麦を堪能した後、何となく流れで参拝しようということになり、この境内に上がってきた。護摩木の思い出も、この時の話だ。
 参拝ついでに、私達はこの護摩木に願い事を書いて奉納した。私はタケルが何を書いたのかが気になって、ちょっと覗き込んでみた。するとそこには、「美希子が幸せになれますように」と書かれていた。美希子というのは私の名前だが、タケルが何故私の幸せだけを願ったのか、それが心に引っかかった。普通なら「美希子と」と書くんじゃないのか。
 しかし、何故かと訊いてしまうと、私がタケルの護摩木を見た事がバレてしまうし、何となくその答えが怖いような気もしたので、結局真相は分からぬままその場を後にした。今思えば、タケルはこの時既に、私達の結末について覚悟を決めていたのかも知れない。
 私が心に蟠りを抱えた事など知らずに、タケルは私の手を取ると、境内をふらふら歩き始めた。その時、この「ナンジャモンジャ」という奇妙な名前の木に出くわしたのだ。名札を見た私達は、変な名前だと言って笑った。
 しかしこの木、名前は変だが深大寺の名物的な存在らしい。四月下旬から五月上旬にかけて白い可憐な花が咲くのだと、近くにいたおばさんが教えてくれた。
 「来年・・・ねえ、来年のゴールデンウィークに花、見に来ようよ。」
 蟠りはひとまず置いといて、私はタケルに来年の約束を提案した。
 「そうだね。何か気になるし。来年見に来ようか。」
 そのタケルの言葉で、私達の約束は成立した。それが果たされることのない約束になるとは、その時の私には知る由もなかった。
そして今、私はナンジャモンジャの木の前に立っている。あの日、タケルと手を繋いで立っていたこの場所に戻ってきたのだ。
 ナンジャモンジャの木は、白い小さな花で飾られていた。これが、タケルと見る筈だったナンジャモンジャの花だ。放射状に開いたその花は、まるで小さな子供が手を開いているかのようでもあり、小さな花火がパチンと開いたようでもあった。一つ一つはとても小さくて、決して綺麗と言えるものではないが、こうして集まって咲いていると、とても可愛らしい。私は携帯電話のカメラ機能で、一枚写真を撮った。
 まだ削除していないタケルのアドレスに、この写真を送ってあげようかとも思ったが、今更そんな事をしたって虚しいだけだ。私はそのまま携帯電話を鞄にしまった。
 その時だ。
 「美希子さん・・・?」
 不意に声を掛けられた。驚いて声のした方を見ると、見覚えのある女性が立っていた。
 「良かった。やっぱり美希子さんだったのね。」
 その人が、タケルのお母さんであることを思い出すのに、それ程時間はかからなかった。
 「久し振りねぇ。こんな所で会えるなんて・・・。どう?元気にしてる?」
 私は、タケルの母との遭遇を喜ぶことが出来なかった。タケルと別れた理由を考えれば、それは当然だろう。私は、タケルの母の無神経さにちょっと苛ついた。
 私がタケルと別れたのは、一昨年の暮れ、クリスマスを間近に控え、カップルが一年のうちで最も浮き足立っている頃だった。
 タケルは、お父さんと同じ会社に勤めていた。タケルのお父さんは、そこそこ名の知れた会社の役員だった。そのお父さんのコネで就職した訳だが、ある時、タケルに社長の姪御さんかなんかとの見合い話が持ち上がった。
 私という存在がありながら、お見合いなどする筈がないと思っていたのに、タケルは社長からの申し出だからと、それを承諾してしまった。そして、先方に気に入られ、あれよあれよという間に結婚が決まった、という何とも時代遅れな、まるで一昔前のドラマのような結末を迎えたのだった。
私には、全くもって理解も納得もできない話だった。タケルはひたすら謝るばかりだったが、そんな事より、私は彼の本心が知りたかった。本当に、私よりその人の方がいいのか、私への想いは冷めてしまったのか、それを聞いたからって何が変わるという訳でもないが、その時の私は、タケルの口から真実を聞かなければ、どうしても気が済まなかった。
でも、結局タケルは何も語ってはくれなかった。
「美希子さんも、この花を見に来たの?」
タケルの母は、私の苛立ちなど全く気付かない様子で話し掛けてきた。
「え?ええ・・・・まあ・・・。」
私は横浜に住んでいる。別れた男の家の近所までわざわざ来たのかと思われるのが嫌で、何となく煮え切らない返事をしてしまった。
「私もよ。タケルから、今ナンジャモンジャの花が咲いてるから、写真撮って送ってくれってメールが来てね。」
メール?タケルと一緒に住んでないのか。
「タケルさん、お元気ですか?」
私は探りを入れるつもりで訊いてみた。
「ええ、元気よ。今、仕事の関係で香港に住んでるの。来月子供が産まれるのよ。だから、私ももうすぐお婆ちゃん。」
そう言って、嬉しそうな笑顔を浮かべたタケルの母に、私も精一杯の笑顔を返したつもりだった。でも、タケルの幸せを心から喜ぶことができない私が、そんなにいい笑顔を作れる筈がない。私は自分の荒んだ心が情けなかった。
しかしその時、私はあることに気付いた。
タケルが、母親にナンジャモンジャの花の写真を送れと言ってきたことだ。これってひょっとして、私との約束を覚えていたからじゃないだろうか。
私は何だかちょっと嬉しくなった。と同時に、この約束を果たす方法を思い付いた。
「私、ちょうど今写真撮ったんですけど、すごく良く撮れたんで、良かったらこれ、タケルさんに送りませんか?」
断られるのを覚悟で申し出た。
「まあ本当?ありがとう。私、携帯電話で写真撮るの苦手なの。良かったわ、見せて。」
意外にも、タケルの母は喜んでくれた。私は鞄から携帯電話を取り出すと、さっき撮った写真を表示した。タケルの母は、画面を覗き込んだ。
「あら、美希子さん。本当、良く撮れてるじゃない。これ頂戴。タケルに送るわ。」
彼女の表情から、それがお世辞でないことが分かったので、私は赤外線通信のやり方を教えながら、写真を送信してあげた。
「タケルさんには、私に会った事は言わないでください。」
私がそう言うと、タケルの母は全て分かっているというような笑顔を浮かべて大きく頷いた。そして、写真をタケルに送信した。
今頃、タケルは私が撮ったナンジャモンジャの花を見ているのかな、なんて思いながら、私も自分が撮った写真を見た。
私達は今、同じ花を見ている。漸く二人は約束を果たす事ができた。
「護摩木なんかに私の幸せを託さないで、あんたが私を幸せにしてよ!」とずっと思ってきた。でも今は、タケルが願ってくれた私の幸せを、私自身の力で見つけていこうと思っている。

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<著者紹介>
革命詩人(千葉県市川市/39歳/女性)

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