<第4回応募作品>「チョーフの一日」 著者:三浦 舞

 絶対に、来る。
 あたしは毎週土曜と日曜、仕事が休みの日は必ずこの辺、つまり深大寺周辺にいる。調布に来て二ヶ月、もう習慣になっている。今日は、バス乗り場から山門へと続く路にあるお茶屋さんで白玉ぜんざいを食べながら、行き交う人たちに目を凝らしていた。
今日も深大寺はほどよくなごやかに混みあっている。年配の夫婦、家族連れ、あたしと同世代のカップル。なんでここに来る人たちは皆一様に楽しそうだったり嬉しそうだったりするんだろう。沈鬱な面持ちで山門をくぐる人を見たことがない。やっぱり縁結びの神様だからか。梅雨晴れ間の陽射しに照らされているせいか、人々の笑顔がいつも以上にまぶしい。あたしはどんな顔をしているだろう、と思ったそのときだった。
視界を見慣れた人物が横切った。
 思わず立ち上がった拍子に椅子が派手な音をたて、他の客がこちらを見る。
 ついに、見つけた。

 「また会いたいね」と言ったあたしに、「会いたいね、じゃなくて。会おうよ」と言った男は、また会うことなくいなくなった。
 本当に、文字通り、いなくなった。失踪したのだ。
 あたしは「キシダケンジの母」と名乗る初老の女性からの電話でそれを知らされた。彼はいつも通り仕事に行くと言って家を出たきり、行方がわからなくなった。携帯は「探さないでください」と書かれたメモと一緒に家に残されていた。「ケンジの行方、ご存知ありませんか」と言う切羽詰った声を聞きながらあたしは、そういえばキシケンさんの本名ひさびさに聞いたな、なんて思っていた。

 キシケンさんとは沖縄のゲストハウスで知り合った。
高校を卒業したあと、興味本位で街のキャバクラでバイトしていたらそれが親にバレて、たちまち近所でも噂になり、家を追い出された。あたしの地元はそんな保守的で閉鎖的な田舎だった。
 それからは住み込みのリゾートバイトを転々としたのち、沖縄のゲストハウスに住みついた。一泊千円の素泊まりの宿。お金のない旅人がホテル代わりに宿泊することもあれば、あたしのように長期滞在する家なしのフリーターもいる。あたしはそのゲストハウスからバイト先のキャバクラに通っていた。
あたしがそこに住み始めて半年ほど経った頃、キシケンさんはやってきた。
東京でサラリーマンをしていたが、離婚して子供とも二度と会わないという取り決めになり、もう何もかもがどうでもよくなった。それで会社を辞めてマンションも引き払って沖縄にやってきたと言う。
キシケンさんは浪人生みたいに見えるけれどあたしより十四歳も年上で、優しくて気が弱く、いかにも東京もんといった感じだった。あたし達は一緒に近くの海で泳いだり、ゲストハウスで酒を飲んだりするうちに仲良くなった。
キシケンさんが別れた奥さんと子供の思い出を語ったのは一度だけだ。
彼は東京の「チョーフ」という街で奥さんと子供と暮らしていた。チョーフにはジンダイジというお寺があり、よく家族で散歩に行った。ジンダイジの近くには「ジンダイジそば」の店がたくさんあり、キシケンさん一家は休みのたびにそば屋めぐりをした。そば屋めぐりをするとき、子供はいつもジンダイジで買ったセロファン製の風車を持ち歩いていた。
そんなキシケンさんの話を聞きながら、「チョーフ」ってなんだかマヌケな響きだな、とあたしは思った。

 ある夜、いつものように浜辺でオリオンビールを飲んでいると、キシケンさんが言った。
「カヤちゃんはこれからどうするの?」
「どうするってなんばよ?」
「この先。ずっとここに住むわけにもいかないでしょ」
 その通りだった。実家を出て四年。職も住居も転々としていたが、いつまでもこんな生活を続けていられないのはわかっていた。だからといってアパートを借りて定住するようなお金もない。住所がゲストハウスじゃ就職もできない。先のことを考えるとどんどん不安になるだけなので、考えることから逃げていた。目標も特に見つけられないでいた。
「俺はそろそろ東京に戻るよ」
「ほんまに?」
「うん。とりあえず実家戻って仕事探して、落ち着いたらまたどっかに部屋借りるよ」
「チョーフに住むの?」
「調布には二度と行きたくない」
 しまった。キシケンさんはきっとまだ奥さんと子供のことを忘れられずにいるのだ。
紺色の波を眺めるキシケンさんは淋しそうだった。あたしも淋しかった。キシケンさんがいなくなったら、淋しい。
「うちも東京行く!」
 キシケンさんが驚いた顔をした。あたし自身も驚いていた。でもあたしの中でそれはもう決定事項になっていた。

 あたしはそれからがむしゃらに働いた。キャバクラの他に昼間はコンビニで働き、お金を貯めた。敷金、礼金、家具、家電、新しい仕事が決まるまでの生活費。沖縄の安い賃金でそれらを稼ぎ出すのは思った以上に大変で、あたしはそれまでの人生で一番働いた。
 もちろん疲れたし、へこたれそうになった。
 そんなあたしを支えてくれたのは、東京へ戻ったキシケンさんの電話だった。ムカつく客にイライラした日、失敗して店長に叱られた日、あたしはキシケンさんに電話した。キシケンさんはいつもふにゃりと笑って励ましてくれた。「また会おうよ」と言ってくれた。それであたしは、よし、また頑張ろう、という気持ちになれた。
 そして貯金が目標金額に達しいざ東京に行こうとした矢先、キシケンさんは失踪した。
 あたしは予定通り東京に行き、シャクだったので調布でアパートを借りてやった。

 ついに、見つけた。
 胸の中でドラマーが力いっぱい心臓を打ち鳴らす。ずっと探していたのに、いざ見つけると即座に行動できない。はっと我にかえって、慌ててお会計を済ませ、外に出た。
 その人は山門へ向かって歩いていた。ピンクと水色の七夕飾りがしゃらしゃらと風に揺れるその下を、あたしはあの狭い肩幅めがけて全速力で走った。そして、その腕を掴んだ。
「! カヤちゃん......」
 ぎょっとして振り向いたキシケンさんは、最後に会った半年前よりも色が白くなっていた。
「すごい偶然......」
「偶然やなか! あんたに会うために毎週こん辺張ってたのよ!」
 大声を出したあたしに、まわりの人たちの視線が集まる。
「なんで......」
「絶対にまたここに来るって思ってたとよ」
 沖縄でも奥さんと子供のことを忘れられなかった男だ。思い出を求めて、彼は必ず深大寺に来る。あたしはそれを待ちかまえていた。
「あんたは未練がましい男やけん、きっとここに来るって思ってたとよ。うちはあんたみたいに未練がましくなかけど、でもあんたに言いたいことがあったから待ってたとよ。だって、また会おうよって言ったのはあんたやなかの!」
 キシケンさんがうつむく。山門の階段の横では紫のあやめが同じように力なくうつむいていた。あたしはあやめの前に置かれた木のベンチに腰かける。キシケンさんが隣に座る。となりのおやき屋さんからいい匂いの湯気が流れてきた。
「......好いとぉばい。今でんあんたのこと好いとぉ」
 キシケンさんが次に言う言葉はわかっていた。ごめん、だ。キシケンさんが口を「ご」の形に開くのを遮って、続ける。
「だけん、つきあって、とは言わなか。またうちのそばにいてほしいとは言わなか。あんたはいなくなりよった人やけん」
 今どこに住んでいるのか、何の仕事をしているのか、あたしは聞かない。なぜ失踪したのかも聞かない。逃げたいなら逃げればいい。あたしは追わない。
 でも、どうしても一言だけ伝えたい。
「ありがとう」
 伝えると、キシケンさんが怪訝そうに顔を上げる。
「これだけ、伝えたかったとよ」
 あたしがアパートを借りて定住しようと思えたのはキシケンさんがきっかけだった。そしてお金を貯めている間、何度もめげそうになったあたしを励ましてくれたのもキシケンさんだった。彼がいなければ、あたしは今の部屋に住むことはなかった。初めてのあたしだけの居場所。手に入れることができたのは、キシケンさんのおかげだ。あたしはこの二ヶ月で、アパートの部屋も調布の街も、大好きになっていた。だから、お礼が言いたかった。
 キシケンさんは何か言おうと口を開きかけたが、結局何も言わなかった。
「うちもう帰るから」
あたしはキシケンさんに背を向けてバス乗り場の方へ歩き出した。帰るのだ。言いたいことも言ったし、なんか勢いで告白もしちゃったし。「まったくとんだ縁結びの神様やけん」思わずひとりごち、それから笑った。
さぁ、帰ろう。あたしの部屋へ。

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<著者紹介>
三浦 舞(東京都調布市/24歳/女性/アルバイト)

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