<第4回応募作品>「恋の行方は神のみぞ知る」 著者:真平 龍

 「どうかチャンスを下さい」
 たまたま耳に入ってしまった祈り声の主は、僕の知った顔だった。時折、日曜に境内をふらついていると、スケッチブックを広げて熱心に写生をしている女の子を見かけることがある。その日は、学校帰りで高校の制服を纏っていたせいか、いつもより幾分か大人びているように見えた。夕暮れ時、深沙大王堂前には、人通りがないにも関わらず、彼女は手を合わせたまま深々と下げた顔をあげると、少しだけ辺りを気にしながら、照れ臭そうに石段を駆け降りていった。僕はそっと物陰で彼女の姿を見ていた。
深大寺の深沙大王堂は縁結びの神として知られている。多くの参拝者と同じように、きっと彼女も誰かに恋をしているからやってきたのだろう。高校生にもなれば、好きな人ぐらいいたとしても、おかしいことではない。僕は誰もいなくなった御堂の前に立つと、彼女がさっき置いていった五円玉を手に取った。
賽銭箱がないのにも関わらず、参拝者は御金を置いていく。御縁がありますようにという意味で、九割が五円玉だ。僕はそれを指で弾いて、手の甲で受け止めた。もし、表が出たら恋は叶う。自己流の占い。的中率の高さを自負しているが、お遊びで判じるのは所詮他人の恋路。だから結果がどうであれ、僕自身には関係がない。できれば表であってほしいぐらいの気持ちで挑む。素早く硬貨を覆っていた右手を外した。目に入ったのは年号。裏だ。彼女の恋は叶いそうもない。彼女が知った顔であるせいだろうか。占いの結果に、ほんの少しだけ残念にと思った。
 翌日もその翌日もそのまた翌日も、彼女は参拝にやってきた。その度に彼女が置いていく五円玉を、僕は弾き続けた。やっぱり裏だった。四回連続の裏。僕がこんなことをしても何も意味がないということはわかっている。もしかしたら、違う結果がでるかもしれないという淡い期待があった。
 「随分、熱心だね」
 五日目、石段から降りてきた彼女に遭遇した時、僕は思わず声をかけてしまった。彼女は僕に今まで気付いていなかったようで、はっと立ち止まった。その表情に、気まずさを一瞬だけ浮かべたかと思うと、僕を無視して足早に走り去ってしまった。
彼女は六日間、欠かすことなく連続で参拝にやってきた。御百度参りといって、願い事が叶うように百回参拝するというのがあるが、それでもやるつもりなのか。そう考えると、少し滑稽だった。
 七日目は日曜だった。休日の深大寺は大勢の人で賑わう。少し外れたところにある深沙大王堂も例外ではない。恋人同士で幸せそうに石段を昇っていく姿を横目に、僕は少しだけ温かい気分になりながら、深大寺を散策する。春の麗らかな日差しの中、今日も彼女は来るだろうかと考えながら。弁財天池の前に差し掛かった時、僕は彼女を見つけた。今日は制服ではなく、気取らない私服だった。彼女は弁財天池の畔に並べられた椅子に腰掛け、スケッチをしていた。その表情は真剣そのものだったが、時折手を止めてふっと笑っていた。何かを思い出しているのか、満ち足りた表情だった。
 「今日は拝まないの?」
 僕は彼女の隣にあった椅子に腰掛けながら、尋ねた。彼女はびくりと鉛筆を走らせていた手を止めたが、顔を下に向けたままで、何も返答がなかった。再び鉛筆が紙の上を滑り始めた。後ろから絵を除き込むと、池で泳いでいる鯉を描いている最中だった。水中で自由にかつ優雅に泳ぎまわる鉛筆書きの鯉が、白い紙の上で生き生きとしていた。感心して何も言わずに見ていると、彼女はふと顔をあげて口を開いた。
 「あの・・・」
 「それ、見せてよ」
 僕は彼女が抱えているスケッチブックを指差した。突然のことで、彼女は驚いたような顔をしていたが、スケッチブックを差し出してくれた。その中には、今まで書き溜めたのであろう深大寺の様々な切り取られた景色が、鉛筆書きで収められていた。地味だが、どれも生命力に溢れる絵だった。だが、素人感覚だけれども、何か非常に惜しい気がした。
「良いとか悪いとか基準はわからないけど、僕は好きな絵だ。でも」僕の目には彼女の背後に広がる深大寺の景色が飛び込んできた。「色のついた深大寺の絵も見てみたい」
彼女は照れたように、はにかんでみせた。
「同じような台詞を言われたことがある」
「え、誰に?」と僕はすかさず言った。
彼女は気恥ずかしいのをごまかすように、空を見上げて呟いた。
「好きな人に。でも、色をつけたらつまらなくなってしまうかもしれない」
それから、彼女は好きな人のことを話し始めた。顔見知り程度の同級生だということ、いつの間か視線で追い掛けて気になる存在になっていたこと、 ひょんなことから自分の絵を褒めてもらえたこと、でもまだ勇気がなくて気軽に話し掛けられないこと。好きな人のことを語る彼女は、絵を描いている時と同じで生き生きとしていた。
「まだ友達にもなれてないのに、祈っているなんて馬鹿みたいだよね」
 でも、彼女は開き直ったように無理に渇いて笑ってみせた。だが、僕は彼女に同意できなかった。毎日祈るよりもっと簡単なことがある。馬鹿みたいだと思うならどうして祈るのだろうか。
「あと何回祈ったら気が済む?神様が助けてくれるまで?」
 僕は神様が何もできないことを知っている。彼女は言葉を詰まらせながら「わからない」と呟いた。
 「祈るより、簡単なことあるはずだよ」
試しに色をつけてみればいい。試しに話しかけてみればいい。僕の口調は正論を突きつけるようだった。
 「うん、わかっている...けどね」
 「けど?」
 「やっぱいい...ありがとう」
 彼女はそう言って立ち上がった。そろそろ日が沈み切る頃で、西の空が赤く焼けていた。
僕は、彼女が帰った後も、弁財天池の畔に佇んでいた。気付いた頃には、すっかり日は沈み、闇が辺りを包んでいた。彼女は何を言いたかったのだろうか。ただ伝えればいい、ただ話せばいい、人はそんな簡単なことで躊躇するのだろうか。
ふと、遠い昔に知り合った男のことを思い出した。高嶺の花に恋をした彼は、千通もの恋文を送り続け、恋人と引き離されても諦め切れず長いこと苦悩し、神様に祈っていた。僕は彼が不器用に見えて仕方なかった。会いに行けばいい、ただそれだけのことを、どうして簡単に踏み出せなかったのか。
 翌週、彼女は姿を見せなかった。日曜のスケッチも来なかった。もう来ないのかもしれない。そう思いながら、参拝者が置いていった五円玉で遊んでいると、彼女がやってきた。十日ぶりだった。頬を紅潮させながら息を切らせていた。
「作品展に誘ったの」彼女は興奮冷めやらぬ調子で一息に喋った。
「へ?」
「やっぱ神様っていると思う」
 彼女は満面の笑みで僕の手を取ってはしゃいでいる。心の底から嬉しそうだった。話を整理すると、彼女が所属する美術部の作品展に、勇気を出して好きな人を誘ったところ、見に来てくれたというのだ。
「それだけ?」
僕が拍子抜けしたような声を出すと、
「私にとっては大きな一歩なの」とふくれて、「一枚だけ深大寺の絵に色をつけたんだ」と言った。
「でも、それは君の勇気でしょう?神様のおかげじゃないよ」
僕が冷静に訂正をすると、彼女はわかってないなあという顔をした。
「神様から勇気を貰ったから、頑張れたの。人間って臆病なんだよ」
 そう言うと、彼女は悪戯っぽく笑ってみせた。
彼女は御礼参りに僕を誘った。深沙大王堂の前に立ち、隣で深々と頭を下げている彼女の横で、僕は、神様は何もしてないのにと思っていた。そう、何もできない。僕にそんな力はない。
「色のついた絵、見に来てね」
帰っていく彼女の後姿を見送りながら、器用な男のことを再び思い出した。彼もそうだった。自分で粘ってどうにかしただけなのに、何もしていない僕のおかげだと言った。あの時の言葉の意味がやっとわかった気がした。
先程、彼女が置いていった五円玉を僕は手に取り弾いた。ぴしゃりと手の甲に硬貨の冷たさを感じる。僕は何もしていない。何の力もない。ただひたすら、人の恋路の結果を見守ることしかできない。それなのに、僕は人から感謝され必要とされている。やめた。僕は硬貨の結果を見ずに覆った手で握り締めた。そのまま、弁財天池まで走って投げ入れた。ぽちゃりと音をたてて沈んでいく。彼女の恋の結果は神様も知らない。でも、今はきっと表だと思う。これからも、硬貨は裏になったり、表になったりするだろう。僕ができるのは、それをただ見守ることだけ。ならば、その立場に甘んじよう。僕の存在が彼女の勇気となれ。恋の行方は彼女のみぞ知る。

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<著者紹介>
真平 龍(東京都調布市/24歳/女性/会社員)

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