<第3回応募作品>「スノードーム」 著者: emi

 その女の人はすごく目立っていた。はっきり言ってしまえば、浮いていた。まぁ、ものすごい美人ということもあるけど。
なにしろ、八月のあたま、セミだってやけくそに鳴き叫んでるっていうのに、

彼女、き・も・のを着てるんだ。それも黒色の...喪服。

黒い喪服に白い日傘。目の前を通るとき、ばっちり観察したら、絽っていうの? 単の着物で、遠目よりは涼しげに思えたけど...。
決して着物を着慣れているって感じはしなかった。年だって十四歳のぼくとたいして離れてないって感じだし。
とにかく店番をしているぼくの目の前を通って、彼女は深大寺に向かって行ったんだ。
ここから、境内までは歩いて三十分はかかる。つまり再び彼女がぼくの目の前に現れるのは、一時間後だ。ぼくはバカ兄貴を叩き起こして、断固、休憩タイムを要求した。
「もう昼飯かよ。早くねぇ?」
 ぶつくさと文句を言っている兄貴と交代して、ぼくは店の隣の蕎麦屋に向かった。
「いらっしゃい! ...なんだ、宏明なの」
 割烹着姿で、がっかりしたように言ったのは、母さんだ。ぼくの家は、深大寺の山門前で、「早い・安い・その割に美味い」がウリの蕎麦屋とそれに付随する土産物屋で生計を立てている。ぼくは夏休みだけ、土産物屋でアルバイトをしている。
 いつもニコニコ現金払い、従業員割引を使って注文したカツ丼をかっこんだ。
「これからが混むのよ。向こうはお兄ちゃんに任せて、あんたはこっちを...」
 もちろん、母さんの声は聞き流した。


「兄ちゃん、母さんが蕎麦の方、手伝いに来いってさ!」
 いつもと変わらない自然な感じで言った。
「お前...なんか...、おかしくねぇ?」
 するどい...。
普段はバカな兄貴がこういう時だけ妙に賢くなるのは、どういうわけなんだろう。
「おかしくなんかないよ! それより...」
 言いかけたその時だった。例の喪服の女の人が店の前を通りかかったのだ。
 来い! こっちに来い! 店に入れ! ぼくの必死な願いが神に...おそらくは縁結びの深沙大王に...通じたらしく、その女の人は店の前で、日傘を畳んだ。
「いらっしゃいませェ!」
 大きな声を出したのは、兄貴だった...。一瞬、マジで殺意を覚えたね。
 もちろん喪服の女の人はそうとは知らずに、たいして広くもない土産物屋の店内をきょろきょろと見回している。清涼飲料水の自動販売機の前に立ち止まって、ちょっと考え込むようにしてから、ぼくたちを振り返った。
「あの...飲み物を買いたいんだけど、千円札、くずしてくれる?」
「あ、はい。でもまぁ...なにも飲み物なんざ、買うことはありませんやね。おい、宏明、冷蔵庫から麦茶を持ってきて差し上げなさい」
 落語家のような口調で、兄貴はぼくにそう言った。本日二度目の殺意を噛み殺して、ぼくは冷蔵庫に向かってダッシュした。


 戻ってくると、女の人は兄に勧められたらしく、丸椅子に座って扇子を動かしているところだった。アップにした茶色い髪の毛が一本だけほつれて、首筋に汗で張り付いているのが、変に生々しい感じだった。
「どうぞ。...粗茶ですが」
「こちら浦部優奈さんとおっしゃるそうだ」
 えらそうに兄貴が言った。三つしか違わないくせに! ぼくは顎を少しつきだすようにして、頭を下げた。こんなことをすると余計にガキに見えてしまうのは、承知の上だ。
 優奈さんは、そんなぼくを哀れんだように、しっかりした弟さんね、と言った。お世辞という言葉くらい、ぼくだって知っている。
「お葬式の帰りなのよ」
 その格好を見れば当然、想像がつく。
「でも向こうはびっくりしたみたい。親族でもない私が、お着物で現れたもんだから」
「どなたのご葬儀だったんですか?」
 これは、兄貴。こういう時はほんと、ソツがない。
「彼のお葬式。私、愛人なの」
 ぼくと兄貴は顔を見合わせた。
「愛人...だったっていう方が正しいわね。だってあの人...、死んじゃったんだもん」
「え~と、俺、昼飯まだなんで、ちょっと行ってくる。ゆっくりしてってくださいね」
 バカ兄貴はそう言い残して、店を出た。こういう時はほんと、逃げ足が速い。
「いくつなんですか? 年?」
「私? 三十二よ」
 想像していたよりはかなり上だったが、それでも死んでしまった愛人の後を追うような年齢...若くも、逆に諦めの境地に達しているって、わけじゃあない。
古い恋を葬って、新しく生きなおすにはちょうどいい年齢だ。ぼくは感じたことをそのまま口にした。
「ありがとう。...あなた、大人ね」
 ぼくは、この世の中に、泣きたくなるような悲しい笑顔があるってことを初めて知った。
「でもね...」
 優奈さんは、悲しい笑顔のまま、続けた。
「すごく好きだったの。親子ほどに年も違うし、奥さんもお子さんもいる人なのに...。どうしようもないくらい、好きだった」
話しながら、優奈さんは左手の薬指をしきりに気にしていた。ぼくの視線を感じたのか、優奈さんは、左手を広げて、甲をぼくに向けた。赤い石の指輪。
「彼からもらった、たった一つの物なの。誕生石、ルビーだから」
「へぇ~」
「向こうの奥さんがよくできた人でね、多少の財産分与はしてもいいって言ってくれたんだけど。...断っちゃった」
「えっ? なんで! もったいない」
「お金で買われた恋じゃないもん」
 ぼくはなにも言えなかった。
「その代わりにね、分骨してもらった」
「ブンコツ...?」
「彼の骨をね...分けてもらったの。ほんのちょっとだけどね。それで、彼のお骨と一緒に深大寺に来たってわけ」
「縁結びの神様だから?」
「そう」
 話すだけ話すと、優奈さんは少しさっぱりしたような顔で立ち上がった。
「つまらない話、聞かせちゃったね。...そうだ、お礼に...なにか買っていくわ」
「いいですよ、ロクなもん、ないから」
 親が聞いたら卒倒しそうだが、本当のことだ。でも優奈さんは全然聞いてなくて、商品を一つ一つ手に取っては、検討し始めた。
 仕方なく、ぼくも付き合う。
「じゃあ...これなんか。干支の置物! 時期じゃないか...。あ、これは! お菓子。日持ちもするし、お土産に喜ばれること...」
「ねぇ...これは? これは、なに?」
 優奈さんが手にしたのは、うっすらと埃を被った『スノードーム』だった。
 半円球のドームの中に、鎮座する深大寺。その周りには色とりどりのビーズがある。ドームの中は水だから、一度逆さにして戻すと、しばらくの間はビーズが浮遊してキレイ、っていうあのスノードームだ。
「なにって...、もらって嬉しくないお土産物の定番、スノー...」
「これ、いただくわ」
 ぼくはあわてて、埃を掃った。
「おいくら?」
値札は変色していて、読めなかった。
「いいです、差し上げます」
「そうはいかないわよ。じゃあ、さっき両替しようとした千円! これでいい?」
 剣幕に負け、ぼくはそれを包装して渡した。


 優奈さんから手紙が来たのはそれから一ヶ月たった頃だった。土産物屋、兼、蕎麦屋、兼、自宅の住所は包装紙を見て知ったにしてもぼくの名前は覚えてもらえなかったようだ。

『ご兄弟の弟さんの方へ』

 と書く優奈さんもどうかと思うが、これで届けてしまう日本の郵便って優秀すぎる...。
 中には、スノードームの写真が一枚。
 あれから優奈さんはスノードームについて調べたらしい。そしてインターネットで、手作りキットを買えることを知ったのだ。
 半円球のガラスグローブ、コンタクトレンズ用の精製水。それに台座とそれを固定するシリコン充填材、パウダーともチップとも呼ばれる雪をイメージするモノがあれば、スノードームは誰にでも簡単に作れる。
世界に一つしかない、自分だけのスノードームが作れるのだ。
優奈さんのスノードームには、赤い石の指輪...彼からもらったと言っていたルビーの指輪が鎮座している。その回りに浮遊している白い粉は...砂ではない...もちろんビーズでもなく、おそらくは人間の骨。写真の裏には、

『ステキなお墓ができました』

 なんだこりゃ? と兄貴が喚いた。ぼくはただ、笑っていた。
恋の墓標だよ...と言っても、ガキの兄貴には、たぶん理解できないだろうから。

(了)
 
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<著者紹介>
emi  (東京都江東区/41才/女性/主婦)

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