<第3回応募作品>「三つ目の願い事」 著者: 日下部 健

 高校三年生のこの時期にもなれば、目ぼしい学校行事も全部終わって、大半の生徒は受験だなんだと忙しい日々を送り始めていた。それでも中にはちらほらと、ゆったり生活をしている生徒もいて、それらは、推薦ですでに大学入学を確定しているか、家業を継ぐか、または受験をあきらめているかだった。前者が僕で、恭子は後者だった。恭子の家は花を育てて売っていて、恭子は高校を卒業した後、すぐにその花屋を継ぐことになっていた。
 継ぐとはいっても、おじさんはまだしばらくは現役でいるし、大学に行き、そこを卒業したあとでもいいと言っているのだが、恭子は頑として店を継ぐと言い張った。
 あるとき恭子は僕に言った。
「大学を出なくても働ける職場があるっていうのに、なんで大学に行かなきゃいけないのかしら」
 恭子の勉強嫌いは筋金入りだった。
 だから僕が勉強をしていると、恭子はよくからかってきた。
「いい大学入ってもいい就職できるかわからないし、いい就職してもいい人生が送れるかわからないのよ」とか、
「知ってる? 学歴が高いほうが変人の率が高いんだって」だとか。
「お父さんが、智志くんがお婿に来てくれればこの店も安泰なのに、だってさ」異様に低くおじさんの口真似をしていた。「今すぐお婿に来ちゃえば受験勉強とかしないで済むわよ」
 僕の気持ちも知らずに、そんなことを冗談で言える恭子が、少し恨めしかった。

 冬も半ばになって、僕の受験が近づいてきた。第一、第二志望を僕は京都の大学としていた。
「受かったら本当に関西の方行っちゃうんだ」僕の書いた志望校リストを見ながら、恭子はつぶやいた。「なんで都内で大学選ばなかったの?」
「別に深い理由はないけど、その大学にいる教授が書いた本読んで、おもしろいかな、って思ったから」
「ふうん」と恭子は興味なさそうに相槌を打った。「でも第三志望はこっちなんだ。じゃ、二つとも落ちればここに残れるね」
「受験生の前で落ちるとかって言うなよ。縁起が悪いだろ」
「縁起とか、信じてないくせに」
「信じてるわけじゃないけど、縁起は担ぐもんだろ。今日だって、帰りにお守り買おうと深大寺に寄ろうと思ってたし」
 すると恭子は身を乗り出した。
「深大寺に、縁結びのお守り?」
「合格祈願だよ。受験生なんだから」
「なんでよ」と不満気に恭子は言った。「深大寺に行くんだったら縁結び買わないでどうするのよ。せっかく今最新ニュースを仕入れてきたところなのに」
「最新ニュースってなんだ?」
「聞きたい?」と、恭子は人差し指を立て、顔を近づけてきた。しゃべれば息が当たる位置で、僕は顔が熱くなった。「縁結びのお守りの中に恋のお願い事を書いて入れて、深大寺の水辺に近い木の枝に結びつけると、その願いが叶うっていうおまじない」
「聞いたことないな、そんなの」
「当然よ。女の子連合の間だけに伝わる、秘密のおまじないなんだから」
「胡散臭いな」
 つい口に出してしまっていた。
「胡散臭くなんかないわよ。代々伝わる由緒正しき伝統のおまじないよ。まあ、今日行ったら試してみるがいいわ」
 偉そうに胸を張ってそう言うと、恭子はまた僕の志望校リストに目を落とし、「京都かあ」とつぶやいていた。
 恭子と別れてから深大寺に寄った。合格祈願のお守りを手にとって、そのとき隣にあった恋愛成就のお守りも目に入った。
 恭子の言葉が浮かんだ。くだらない。おまじないなんて意味のないことだ。そう思いながら、僕は、二つのお守りを買った。
 買ったところから少し離れたところに椅子を見つけ、そこに座った。鞄の中からノートを取り出し、一枚切り取った。
 右を見て、左を見て、誰も自分を見ていないことを確認したが、逆にそれが目立つことだと思い、慌てて下を向いた。
 シャーペンを出し、そのノートに書こうとして、手を止めた。
 なんて書こう。恋愛の願い事か。「恭子と結婚できますように」。いくらなんでも飛ばしすぎだ。早すぎる。「恭子と付き合えますように」。恭子と僕が付き合ってるのなんか想像できなかった。
 試行錯誤の結果、「恭子と両思いなれますように」と書いた。我ながら小学生の女の子みたいだ、と思った。
 そのノートを小さく折りたたみ、お守りの中に詰める。ちょっと膨らんで、格好悪くなってしまった。
 あとは、水辺の近くの木に結びつけるだったな。僕はあたりを見回した。ちょうど目の前の蕎麦屋の裏手に、池の上に枝を突き出した木があった。
 夕方で参拝客も少なくなっているとはいえ、まだ人はいた。それでもなるべく人が途切れるタイミングを見計らって、僕はその木へと突進した。
 枝に手を伸ばしお守りのひもを結び付ける。青い布地に小さな人形がついたそのお守りは、僕が手を離すと、軽く揺れた。
 そのとき、蕎麦屋の窓から、従業員のおばさんと目が合ってしまった。僕は一目散に逃げ出した。
 次の日、さりげなく、恭子にそのおまじないの話題を振ってみた。自分は、本当はそんなの信じていないんだ、と誰にでもなく言い訳するためだった。
 だが、恭子は予想外のことを言った。
「ああ。そんなの、嘘よ」恭子はあっさりと白状した。「私が作ったんだもの」
 その後、「もしかして、試してみたの」とか「何て書いたの」と恭子にからかわれたが、そんなことよりも、なんであんなことをしたんだろうかという後悔と、誰かに見られたんじゃないかという恐怖が僕を襲ってきた。
 その日学校でなにがあったかは覚えていない。学校が終わるや否や、僕は深大寺へ向かった。
 あの蕎麦屋の裏の、あの木だ。人目があるのも気にせず、近づいて見ると、そこにはお守りのかけらもなかった。全くなかった。
 たしかにこの木だったはずだ。手を伸ばしてこの枝に結び付けた。木も見覚えがある。蕎麦屋の名前もそのとおりだった。しかし、お守りだけがない。
 池に落ちた? そんなはずはない。固く結んだはずだ。とすれば誰かが解いて持っていったのか。こんなところにお守りが結び付けてあったら、誰でも気になるし、住職さんや管理の人とかが片付けたのかもしれない。そうとしか思えなかった。もう、あと僕にできることは、持って行った人に中が見られないようにと祈るくらいだった。
 僕が落ち込んでいると、
「こらー」
 という怒鳴り声が後ろで聞こえた。
 振り返ってみると昨日目が合ったおばさんが、僕を見て立っていた。
「あ、すいません、すいません」
 僕はすぐに木から離れ、ぺこぺこと頭を下げながら走って逃げた。
 後ろで、「近頃の若いやつは、どいつもこいつも」とおばさんが愚痴を言っていた。

 お守りのことは気になったが、受験も近かった。努めて忘れるようにして、僕は勉強に打ち込んだ。そして二月の終わり、大学から合格通知が来た。第一志望に合格して、僕の京都行きが決まった。
 京都への出発は入学式の二日前の日、三月の終わりの日だった。父が運転してくれる車で、京都まで行くことになっていた。ちなみに僕を京都のアパートに置いた後で、二人で観光をするのだそうだ。
 朝早くの出発だったのに、恭子は見送りに来てくれた。
「京都に行っちゃったら智志のその間抜け面も簡単には見れないと思って、見納めに」
 恭子の減らず口は、高校を卒業したのに変わらずだった。
「それだけじゃないけどね」
 恭子はポケットに手を突っ込んで、もぞもぞとしていた。
「ほら、餞別よ」
 そう言って恭子がポケットから取り出した物は、深大寺のお守りだった。青い布と小さな人形、中央には恋愛成就と書かれている。あのお守りのことが思い出されて、顔が熱くなった。
「あっちできれいな彼女でもゲットしな」
 握らせるため僕の腕を掴もうとした恭子の手を、僕は避けた。
「いいよお守りなんて。どうせ効かないし」
 効いていたら、今頃......。女々しい考えが浮かんできて、恭子の顔が見れなくなった。僕がうつむくと、
「ばーか」
「ばかってなんだよ」
 声をあげて恭子は笑った。僕には彼女の考えていることがまったく分からなかった。
「いいから。このお守りは効くのよ。持っていきな」
 僕の手の中に人形を握らせ、その上から恭子は両手でそれを握った。恭子の手は暖かかった。
 そろそろ出発すると父に言われて僕は車に乗り込んだ。助手席に母、僕は後部座席だ。
「じゃあね」と窓越しに恭子が手を振った。恥ずかしかったが、もう簡単には会えないんだし、と僕も手を振った。
 そして出発した。恭子がだんだん小さくなって行った。恭子は見えなくなるまで手を振っていた。
 改めて、恭子からもらったお守りを見てみた。ますます僕が買ったお守りに似ていた。
 よくみると、お守りのひもが切れていた。
恭子のやつ、不良品をよこしたのか。一度はそう思ったが、すぐに別の考えが頭を支配した。
 あのお守りは、木の枝にかなり固く結びつけた。取るには、枝を折るか、若しくはひもを切るかしなければ簡単ではなかっただろう。そういわれてみれば少し膨らんでいる気もする。
 慌ててお守りの袋を開き、中を覗いてみた。紙が入っていた。背筋が凍るような気がした。
 取り出し、折り畳まれた紙を開いていった。見たことがある折り目だった。
 そして、
「げ」
 思わず声に出ていた。紙には、見覚えのある字で「恭子と両思いなれますように」と書かれていた。そしてその横には、「智志が第一志望の大学に受かりますように」と書かれていた。
 僕は気が遠くなった。
 遠くなった気のどこかで、恭子の言葉が思い出されていた。
「このお守りは効くのよ」
 僕は後ろを見た。見知った景色が後ろに流れていった。

(了)
 
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<著者紹介>
日下部 健(千葉県船橋市/19歳/男性/学生)

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