<第3回応募作品>「花いろうつし」 著者:奈良井 綾乃

「また、桃花は彼氏かえたのかい。恥ずかしいわ」
「母さんみたいに亡くなった人を40年以上、ずぅーっと、おもいつづけるのはイヤよ」
「桃花は父さんが理想の男のくせに。あんなひと、いないよ。季節毎に花は咲く。時々に女はひらいてなきゃいけないね」
「でも、母さん。永遠に咲き続けることこそ女の鏡なのよ」
始まった。美枝子グランマと桃花ママの噛み合っているような、いないような支離滅裂恋愛観バトルが。現世では会えない恋と続かない恋をしている二人はいつも言い合いながらも声が明るい。水際にある木造のお蕎麦屋さんでは小さな声の響きでも空気のゆらめきが大きい気がする。
「もう...聞こえるからやめなよ」
参戦してこない私に
「だから華蓮は、中学三年にもなって未だに彼ができないのよ」
と、ふたりが揃って放つ。年上の乙女たちは、きっと最高のお茶うけである恋話で、私の口をなんとか開かせようと茶番劇を演じているのだろう。

 お蕎麦屋さんをでて、山門をくぐると前を歩いていた二人が立ち止まった。顔をみあわせてニヤついている。七色の花おみくじがあった。家長の美枝子グランマは、さっと手をいれた。
「赤、赤い花は血行を良くして活気づけ幸福を招くって。これで私も、まだ、あんた達のお世話ができるわね」
「何言っているの。私がお世話しているんでしょ」
憎まれ口をたたきながら桃花ママは、おみくじの入った箱の中を何回転もグルグルと手でうごかし、ひとつを出そうとしては、かきまわすことを何度も繰り返して、やっととりだした。
「今年は何人と新しい恋ができるかな。白い花は清々しくどんな人とも協調し幸福を招くそうよ。次は華蓮ね。何色かしら」
二人は悪巧みを抱いているともいえる笑い顔を見せている。このひとたちの興味の先はシンプルに私の恋愛に向いている。
「あぁ...」
なんだか今日にふさわしくない感じがして、戸惑っていると
「つまらない女ねぇ」
「女の子らしくないのよねぇ」
そう。二人といるとかえって冷静になるのだ。
「もう時間」
と私は先に常香楼に進んだ。薫りは私達をまとって、少しずつ日々に降り積もった邪気を白い煙のなかにすいとって昇華してくれるようだ。

 グランマの旦那様、ママのパパ、私のおじいちゃんの祥月命日だった。深大寺に出かける朝、グランマは、今年も夢で何回もあえますようにと祈っていた。生け花の師範らしく、床の間いっぱいに広がり風がなくても揺れるような繊細な花を活けていた。桃花ママは、パパが桃花のことを永遠に忘れませんようにと彩りのあるゴージャスなプリザーブドフラワーを食卓に飾った。二人は「特権をあたえる」「譲る」と満足げに仏壇の花を供える役目を私にあてがった。会ったことのないおじいちゃんをセピア色の写真から想像して凛とした花をおいた。そして一番好きな果実だったと聞いた柿をそえた。

 女三人の家に週に一度、男の人が入ってくる。二人の乙女のテンションがあがる。インターホンが鳴るとどちらが受話器をとるかのジャンケンで毎回あらそっている。そして、急ぎあしで玄関先に二人で迎えにいく。ゲームとしてたのしんでいるだけだと解るが、私はつい大人ぶって鼻をならす。男の人が来たからって、はしゃぐのはとても格好悪い。私が幼い頃、グランマはおばあちゃんとして、ママはお母さんとして、大人らしく役割をしっかりと演じていた。二人の子どもじみた可愛らしさが、どんどんエスカレートするに触れて、私は何故か可愛らしさをますます閉じ込めてしまった。桃花ママは常に何かをしかけようとする。
「華蓮、受験勉強なんて、どうでもいいから、たまには先生と散歩でもしてきなよ」
「ちょっと、それじゃ来てくれている意味がないじゃない」
常識的なことは、あまり二人には届かないのだがカテキョーの手前言ってみた。先生は優しい顔をしていた。
「じゃあ先生、私は先に部屋に行っているから、二人とお茶飲んでからあがってきてよ」
私はさっさと階段をのぼった。先生と一緒に部屋に行くのに自然な動きがみつからないのだ。狭い階段を横に並んでのぼるのも変だし、数段前の先生に自分の家にもかかわらずに後ろから付いていくのも妙だし、私がさきで少し下の段に先生がいるのも恥ずかしい。ずっと女三人で暮らしてきたから男の人との距離がつかめない。
「おばあさんもおばさんも楽しい人だよね」
「二人からは名前で呼んで、って言われなかった?」
「まえでは美枝子さん、桃花さんだよ」
名前のところだけ抑揚をつけながら言い、その後、少し笑っている。ちゃんとあの二人に女の人として接してあげている先生は大人なのだとおもった。二人が変に画策するから先生を見ることができない。だからといって、横顔を盗み見するほども意識していないはずだ。でも特別なにかあったわけでもないのに先生が頭に浮かぶことが多くなった。

 高校受験の前日の土曜日、インターホンが鳴っても二人はジャンケンをしなかった。
「もう今さら勉強したって仕方ないでしょ。外の空気すってきたら」
私が玄関に出迎えに行けということらしい。私はひとりで玄関口にでた。
「二人が気分転換に先生と散歩してこいって言った」
先生は、ただほほえんでいた。初めて先生と家のそとを歩いた。天に向かう丈夫な枝にしたたるほど花をつけているモモの木から香りがした。
「桃は、花が葉よりも先でてくるんだよ。枝から花が開いているような感じは、おばあさんとおばさんみたいだね」
「それって、どういう意味?」
と声をだして私が先生の前で笑ったのは初めてだろう。勉強部屋のなかでは、私はいつもムスッとしていたから。そとの道は狭くないので隣を歩くのが自然だと思った。坂道をくだった水生植物園は寒さのせいか色あせたカラカラの枯葉が落ちているばかりだ。
「蓮は泥のなかでもかおり高い綺麗な華を咲かすって。華蓮って素敵な名前だね」
水のようにすっきりとした先生の香りがした。沼で咲く蓮の香りは、どんな香りなのだろうと想像した。水面に花が浮かんでいる気がした。小さい頃から呼ばれている名前は、ただの『カレン』で意味なんて考えたことがなかった。
「明日のお守りを買いに行きたいんですけど...」
亀島弁財天池にかかる橋と山門前に流れる小川をまたぐふたつの橋をこえる。本堂につながる階段の一段目にかかる足が先生と同時だったから二段目もあわせてみた。そのリズムが胸をひきあげる。お守りが並んでいる台の角には花おみくじがある。
「先生、今までの勉強のお礼におみくじあげる。ひいてみて」
大きな手がゆっくりと花おみくじをひとつつかむ。青色の花は心地よい静けさを呼び幸せにするという。先生に似合う色だ。

「おかえり」
めずらしく二人が玄関先で出迎えてくれる。
「なんだぁ、先生と一緒じゃないのぉ」
「うん」
花おみくじを握った手のひらを二人の前でひらく。
「先生のことは、わたし、好きじゃないよ」
そう言って動かない私を二人は大きく笑いとばした。
「まあ、いいからおあがりなさい」
おじいちゃんの仏壇の前で手をあわせて二人はなにやら報告している。
「わたし、ただ、花おみくじひいただけ」
誰かを好きになるのがどういうことか私には、まだ理解できない。
「いいのよ。わたしたちの血をひいているからね」
と二人は合唱のように声をあわせて言った。
「で、紫ってどうなの?」
「......」
「...ん?」
「心があらわれて緊張をほぐすって」
「そうよ、もっと素直になりなさい」
でも先生のことは、やっぱりまだ恋じゃない。なんだかリズムがくるうような、時間や場所を忘れてしまうような感じを恋と呼ぶんじゃないかと、グランマとママを見ていると思うのだ。私はまだ冷静だし可愛らしくもない。これは恋じゃない、と胸のなかで繰りかえす。
 しばらく恋ってなにか考えてみよう。そして、誰のことを話すかわからないけど次のおじいちゃんの祥月命日には女三人で恋話をしたいとおもう。

(了)

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<著者紹介>
奈良井 綾乃(東京都杉並区/32歳/女性/会社員)

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