<第2回応募作品>『思い出への変換から→過去への変換』 著者:山里 理

榎本しおり 様
 
 何回目だろうか。君へのE-mailを送るのは。その度に、このフリーメールはいつまで使えるのだろうとふと思う。読んでいるのか、この世にいるのかもわからない君宛に、10年間、メールを送り続けてきたのだから。

 昔を振り返りながら今の僕の心境を伝えたい。本音で。

 運転中、たまたま、東京都立神代植物公園を見つけた。僕は、思いつきで、駐車場に車を停めた。公園と書いてあったので、まさか有料とも知らず。植物にはまったく興味がなかった僕はお金を払うのも躊躇われ、仕方なく近くを散歩していた。桜並木を抜けて、深大寺というお寺の標識を見つけ、何気なく深大寺へ向かった。当時、僕は大学4年生で、2日前に晴れて就職先が決まったばかりだった。
あの日は(もう11年以上前になる)、息をするだけで暑い日だった。それでも深大寺に向かう歩道は、緑が豊かで心地良い散歩となった。たえず、セミの声のシャワーを浴びながらの。
君と会ったのは神代植物公園の深大寺門あたりだったよね。君は無表情でぼっとしながら歩いていた。たまに空を見上げながら。まるで、天国からも地獄からもオファーがなく、仕方なくこの地を彷徨っているかのように。僕は直感で君が自殺しないか心配になり声をかけた(後になって、君はいつもぼっとしていることがわかった)。
君は不思議そうな表情を浮かべたものの、僕の言葉を自然と取り込み、深大寺に初めて来たという僕を案内してくれた。そして、調布市内のお寺の境内に観光地のようにお店が並んでいるのにビックリして、キョロキョロしていた僕を、君は愉快そうに眺めていた。見知らぬ君と僕とを深大寺は悠然と迎えてくれたのを覚えている。セミの鳴き声とともに。

そう、これが始まり。

衝撃的な出会い。
たしかに、このくらいの出会いは、衝撃ではないと言う人がいるかもしれない。しかし、僕が何気なく立ち寄ろうと思った公園の前で君と出会った。見知らぬ人に声を掛けたことのないテレ屋の僕が自然と君に声を掛けた。会うことも、話すこともないはずの二人が出会ったのだから、これを衝撃的と言わないで他に適切な言葉はないだろう(劇的という表現はテレビで大げさに使われる表現だから好きではない)。
運命の出会いから、すぐ僕たちは付き合うようになった。自然と。男女が付き合うには、告白などのプロセスがいるとずっと思っていたが、いつの間にか僕たちは恋人同士になっていた。僕たちは自然と会話して、自然とデートした。君は時々、理解できないことを言う。不思議なところがあった。でも、それ以外、僕たちはいつも自然だった。僕は、君と結婚する運命だと思っていた。これが、よく言う運命の出逢いだと。

1年が経ち、また夏がやってきた。そして、あの日を迎える。ちょうど10年前の今日を。
深大寺に向かう途中、近くのファミリーレストランに入った。レストランが混んでいて、入口の近くで待っていた時、君はいなくなった。突然、外に出て、そのまま行方不明になるなんて。
白昼、レストランを出てすぐに、君が忽然と消えたことで、当初は、警察から痴話喧嘩と相手にされなかった。しかし、君がいつまでも帰ってこず、白昼に堂々と消えたことから、マスコミは、失踪事件として大きく取り上げた。だけど、警察もマスコミも僕を真犯人に仕立て上げようとしただけだった。僕が君を殺害したと。そうでなければ、君を自殺に追い込んだと。
 警察の聴取は厳しかった。任意同行ということだったが、辛く苦しい尋問だった。なぜ、苦しんでいる僕を、警察が苛めるのか、まったくわからなかった。
 もっと酷かったのはマスコミだった。マスコミは面白おかしく書くだけ。そして、昼夜を問わず、厚かましく取材へやってきた。雑誌が発行されるたび、私に話しかける人は減っていった。友達も、親戚も。結局は他人だった。友達が去り、新聞社や雑誌社が興味を失うようになった後も、フリーランスの記者が、時々僕のところにやってきた。誰もがスクープを狙って、僕が君を殺したと言わせようと必死だった。
 「被害者」を尊重するという風土は、日本には存在しないのかもしれない。僕は、愛する君という存在が目の前から消えた「被害者」だったはずなのに。
誰も信じられなくなった。それでも君を信じていた。信じようとしていた。すがることができるのは、君だけだった。

正直に話そう。君に対する愛情をいつも持っていたわけではない。君が憎しみの対象となっていったこともあった。けっして、短い間ではなく、比較的長期間にわたって。
なぜって。それは僕をこんなに悩ますからだ。もしかしたら、僕の近くにいつもいて僕の行動を君が笑って見ているのではと思ったこともある。目の前で死んでくれたならばどんなに楽だっただろうと常に感じていた。死は、ある意味一区切りを告げられる。しかし、行方不明は、辛い。辛すぎる。わからないという辛さ、これは経験した人でないと理解できないだろう。僕は、ドイツに出張に行った時にヘンケルス製の包丁を買った。君が現れた時に刺殺するために。どうせ、世間の人は僕が君を殺したとマスコミの報道を見て思っているのだから。それほど憎しみに満ち溢れていた。たぶん、愛情の裏返しかもしれない。君を愛する愛情を抱きながらその一方で、君が僕を愛していないから、突如消えたのではないかという疑念が巨大な憎悪に成長していったのだ。

君の呪縛から逃れようと、新しい女性と付き合ったこともあった。だけど、僕にとって君ほどの女性はいない。ほかの女性と付き合って、改めて君の素晴らしさを認識した。君と僕とは運命によって結び付けられたのだから。
君の魅力、それは、不思議な雰囲気だ。君の不思議さを暴きたい、君をもっと知りたい、それが、君から僕を離さない最大の理由のような気がする。僕は、君の呪縛から逃れようとさまざまなことに挑戦した。しかし、君のことは忘れられなかった。この10年、君に屈し続けた。考えることができる能力を身につけた動物である僕は、自分の思考回路を恨めしく思った。もし、僕が馬鹿で何も覚えていなければ、こんなに、悩まなくてよいのにと。
消えた君をひたすら待つ僕は、周りから見ると時間が止まった存在だった。僕は、しだいに、変人として見られるようになった。もちろん、表面上は誰もが同情してくれる。しかし、それは同情に過ぎない。誰も、結局僕の心を救うことはできなかった。人がいなくなった後に、残された恋人の苦しみを誰が理解できようか。
君はどこに行くのだろうか?天国にも地獄にも行けず、彷徨っていた君は、天国に行ってしまったのだろうか。僕を置いて。

今日、深大寺に行ってきた。10年前と驚くほど変わっていない。調布市街は随分変わったし、新しいマンションが沢山建っている。そんな中、深大寺は昔のまま悠然と僕を迎えてくれた。周りのそば屋やお店も、以前と変わった気がしない。
僕は、今日、深大寺そばを食べた。君に深大寺そばが有名と教えてもらいながら、そばアレルギーの君と一緒に食べることはなく、今日、初めて食べた。お寺の門前で食べるそばは最高だった。でも、そばを食べると無性に寂しくなった。僕は一人ぼっちだって。
この10年、君は僕を支配し続けてきた。僕は、何度も君を忘れようとした。酒も、女遊びも、仕事への熱中も、君には勝てなかった。結局、君に打ち勝つことはできず、君とのことは思い出になることはなかった。それだけ、君は僕にとって大きな存在だった。
今日、深大寺に行き痛感した。深大寺はほとんど変わっていなかったにもかかわらず、僕が変わってしまったと。君が僕の元を去ってから、連日、僕は苦難の日々を過ごした。君を殺したいと思うなんて、僕はあまりにも変わり過ぎてしまったようだ。もし、君が帰ってきても、今の僕なら嫌気がさすだろう。
10年前の僕に戻ろうと思う。君と付き合っていたころの僕に。楽しかったころの僕に。君を忘れることは一生かかっても無理なことはこの10年でよくわかった。僕は、君をずっと待ち続けるし、そのためにも深大寺のように昔のままの僕でいようと思う。そして、深大寺のように悠然と構えていたいと思う。僕が、愛した女性は君だけ。一生、君を愛し続けることにした。君との記憶は、思い出のアルバム1ページにしてしまうのではなく、現在も進行する恋愛の1ページなのだから。

しおり。これからの10年もよろしく。

勇治

(了)
 
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<著者紹介>
山里 理(神奈川県横浜市/33歳/男性)

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